餓狼伝説vs龍虎の拳

序章 狼達の旅立ち

 

 街全体が熱気に包まれていた。
「ギース・ハワード死去」
 この一方が街を覆い尽くしたとき、様々な感情が噴出する。
 悪政の終わりに胸をなで下ろす者
 新しい虎の威を早急に探す狐
 次の目標を、ギースを倒した者へと切り替える格闘家
 …様々な「想い」が、まさしく交差していった。
 そしてここに…複雑な面持ちでバルコニーにて酒をあおる男がいた。
「ここにいたのか…兄さん」
 バルコニーでたたずむ男に、声をかける小柄な男…いや、アメリカ人にしてはと訂正しておこう。
「今夜の主役がこんな所にいたんじゃ、パーティーにならないじゃないか。兄さん」
 非難的なセリフとは裏腹に、うれしくてたまらないといった笑顔を見せる。その笑顔は無邪気な子供のそれと変わらない。
 笑顔とはにつかない筋肉質の体が、喜びに打ちふるえている。
「アンディか…」
 アンディと呼ばれた男とは対照的に、落ち着いたトーンで返事を返す。いや、落ち着いたと言うよりは落ち込んだと言うべきか…。
「どうしたんだい?兄さん…今日ほど喜ばしい日はないっていうのに、浮かない顔して…」
 喜ばしい日…兄さんと呼ばれた男、テリー・ボガードがギース・ハワードを倒した日…二人が念願していた父親の敵を打ち倒した記念すべき日である。
「なぁ…アンディ…」
「え?」
「俺は…人を一人…殺したんだよな…」
「!!!」
 テリーは死闘の末、高層ビルより対戦相手であるギースを突き落とした。それがギースの直接の死亡原因である。
「なにをいってるんだ、兄さん!あんな奴…死んで当然じゃないか!!」
 親の敵であるギースは、それこそ非道な男。「死んで当然」と、誰にも思われていたほどの人物ではある。
「だが俺は…その「死んで当然」の男と同じように…人を殺したんだよ」
「そんな…」
 考えもしなかった。「父親の敵を討つ」ために、お互い強くなるのに必死だった。父ジェフの技をそのまま引き継いだテリーと、自分の体型に合う技を身につけるために日本にまで旅立ったアンディ。強くなって、敵を討って…その先のことなど、考える余裕など…。
「うれしかったさ…この手でギースを倒したときは。だがなアンディ。その結果が人殺しだったんだよ、結局はな。」
「兄さん…」
「今更…そんな現実が俺に重くのしかかってきやがった…ギースを殺したことで、父さんは喜んでくれるのか?」
 兄の哀しげな言葉に、弟はなにも応えられなかった。
 父、ジェフが望んでいた結果か?その答えはわかっている。
「最低でも…兄さんのおかげで救われた人が沢山いる。今はそれだけでいいんじゃないかな…」
 気休めだ。わかってはいる。しかし今はそれしか言えない。
「そうだ…な」
 夜空を見上げたまま、長い沈黙…。
 この先、俺達はなにをすべきなのか?
「2,3日したら、舞と一緒に日本へ戻るよ」
 不意に、アンディがもらす
「僕はまだ半人前だ。まだまだ日本で学ぶことが多すぎるから…」
「そうか…」
 アンディは真面目な男だ。そのためか、中途半端なものをもっとも嫌う。彼が始めた骨法と忍術を、納得できるまで修行するであろうことは容易に想像できる。もっとも、骨法と忍術の全てを会得したところで納得はしないだろう。さらなる高見へと…アンディとはそういう男だ。兄として、弟のそういうところを羨ましく思う。
「兄さんは…どうするの?」
「さて…どうするかね?俺は根っからの風来坊だからな…風の向くまま気の向くままっ…てね」
 風…兄を一言で言い表すなら、これほど適した言葉はないだろう。何事にも自由な姿勢を貫く。テリーとはそういう男だ。弟として、兄のそういうところを羨ましく思う。

「こんな所にいた!もぉ、なにやってんのよアンディ!」
 会場から、罵声が飛ぶ。可愛らしくも、どこか品のある…そんな雰囲気を持つ日本人女性がこちらに歩いてきた。
「舞…」
「ねぇ、せっかくのパーティーなんだから楽しまないと…あら?テリーさん?」
しまった!と、露骨に表情に出す。なかなか表情豊かな女性だ。
「やぁ、
Ms.shiranui!」
「ごっ、ごめんなさい…せっかく兄妹水入らずの所を…」
「いや、いいんだ舞。兄さんにもちゃんと紹介するつもりだったし」
 正直、救われた。兄弟はそう感じていた。舞のおかげで、場に笑顔が戻ったのだから。
「キング・オブ・ザ・ファイターズで会ってるだろうけど…改めて紹介するよ。僕が日本でお世話になっている不知火流忍術の後継者で…」
「不知火舞ともうします。」
 ぺこりと、礼儀正しく頭を下げる。大会でのおてんばぶりからは想像つかなかったが…。
「どうも。弟が日本で世話になってるようで」

 軽く帽子を持ち上げ、挨拶を返す。
「とんでもない…アンディさんのおかげで、良い後継者が生まれそうだと父も喜んでおりますし…」
「後継者?」
 意外な言葉に、二人が声をそろえて驚く。
「なんだよ、その後継者って…」
「あら?アンディが私と子供を作れば、良い後継者が生まれるわけじゃない。ちがう?」
「こっ、子供!?」
 あわてふためく弟
「何だアンディ…なるほど…早急に日本に帰るわけだ」
 訳知り顔で納得する兄
「後継者としては、男の子がいいんだけど…女の子でも良いなぁ。ねぇ、アンディはどっちが良い?」
 甘えた声で訪ねる義妹
「ちょっと、ちょっと待ってよ。いきなり子供なんて…僕たちまだ何にも…」
「あら?つれないわねぇ…この前の、あの夜はあんなに…」
「そっ、なっ、この前の夜って…あれは…」
「あれ?もしかして俺はおじゃまかなぁ…んじゃ、パーティーの主役は戻るぜ。夫婦水入らずの夜を…」
「あっちょっと待って兄さん!これはその…」
「なにあわててるの?もしかして照れてる?」
「いや、だから…」
 あわてふためくアンディを見て、二人は思った。
(ホント、アンディをからかうのは面白い…)

「で、これからどうするんだ?」
 これで何度目か…様々な人に聞かれる質問。
「さてね…まだなにも決めてないよ」
 そして同じ答えを繰り返す。
「どうせこの街を出て行くつもりなんだろ?」
「たぶん…な。まぁ、また戻ってくるさ。」
 ここは俺のホームタウン…そして父ジェフが愛した街だ。戻ってこないわけがない。
「戻ってきたときはいつでもこの店に来い。寝床とホットドックが待ってるぜ」
 この店「パオパオカフェ」の店主、リチャード・マイアがうれしいことをいってくれる。
「そいつはありがたいね」
 特に寝床の確保は助かる。
「それとな…テリー」
「ん?」
 不意に声のトーンを変えるリチャード。そして顔は・・・例えて言うなら父親のそれだ
「街を出る前に…ここによってみるといい。」
 地図の書かれた紙をテリーに渡す。
「ここは…」
 紙には「極限流道場」と書かれていた。
「知らない名じゃないだろ?」
 知らないわけがない…ギースを唯一倒したと言われていた男、リョウ・サカザキがいる道場…そして…
「お前の父、ジェフとも親交があった道場だ。行ってみて損は無かろう…」
「ああ…」
 父ジェフと極限流を確立させた男…タクマ・サカザキとは、良き好敵手の間柄であった。
 幼い頃、テリーは父に連れられて一度だけ会っている。父が全力で闘う姿を見たのは、この時が始めてであり…最後であった。
「極限流か…リチャード、何だって急に…」
「なに。行けば…何らかの答えも得られるだろと思ってな?」
「答…え?」
 答え?俺は答えを探しているのか?
「街を救った英雄はな、もっと堂々としてなくちゃならん…お前に、その迷った眼は似合わんぞ」
「…そう見えるのか?」
 にっ、と笑いかけてリチャードが言う
「試合じゃ負けたが…人生経験の差は俺の方が上だからな」
 と…。

「だぁーっはっはっはっ!」
 豪快な笑い声が店中に響きわたる。
「お前も飲んでるか?ホア」
 言うが早いか、空いたグラスにビアを注ぐ。
「俺はもう酒をやめるっていっただろう…」
 口では断っておきながら、何度目かの祝杯を受け取る。
「あぁ?そんなもんは明日からにしろ、明日から」
 このやりとりを、いったい何度繰り返したのだろう…本人達ももう覚えてはいまい。
「で、お前本当に俺のトレーナーになるつもりか?」
 絡むように質問を浴びせる男、ジョー東。
 ホアと呼ばれ質問された男は、このジョー東への復讐のため、プライドを捨ててまでギースの配下に加わった経緯がある。そんな男が、いきなりトレーナーになるなどと言い出してきたのだ。復讐の標的にされてきたものとしては、いささか不可解な行動にしか見えない。
「本当だ。このまま腐って生きるのもいい加減飽きたんでな…まぁ、俺の手で世界一の男を作り上げて行くってのも面白いじゃねぇか」
「けっ、俺は誰の手も借りなくても世界一になるっての!」
 それに信用できる相手じゃない。復讐のためにプライドまで捨てた男だ…。
「まだ信用してないな?なら、俺が面白い対戦相手を紹介してやろう。それで契約ってのはどうだ?」
「対戦相手?」

 なるほど、プロモーターとしての腕も見せてやるってことか
「まだ話を付けた訳じゃないんだが…ここサウスタウンに面白い奴がいるんだ」
「面白い奴ねぇ…」
「俺達と同じムエタイの使い手でな…「イリュージョン」ってバーを経営している」
「ほぉ…まるでリチャードみたいな奴だな」
 リチャードはカボエラの使い手であり、ここ「パオパオカフェ」の経営者である。
「もっとも…そいつは闘うことを捨てたって話も聞いたが…なに、会いに行けば何とかなるだろ」
 何ともいい加減な話だ…こんな事でプロモーターがつとまるのか?これなら俺の方が…。
 ジョーはそう思っていた。が、ジョーをよく知る者がいればこう付け加えるであろう。「人のことを言えるのか?」と。
「本名は不明だが…人からは「キング」と呼ばれている」
「キング…ねぇ…」
 王。その意味を知ってか知らずか、自らキングを名乗るものは腐るほどいる。が、その大半は「自称」であり、実力が伴っていないものだ。が…
「ギースの息がかかったこの街で、脅しに屈せずに店を続けてきたんだ…実力の方は想像できるだろ?」
 タイマンならまだしも…ここサウスタウンで「店を守る」と言うことは、格闘の実力と共に精神的な強さも要求される。少なくとも、あのリチャードとほぼ同レベルの「強さ」を必要とするのは間違いない。
 つまり、「キング」は本物のようだ。
「…で、どこにあるんだ?そのバーは」
 会ってみたい。ジョーにとって強い奴こそ倒すべき相手であり、生き甲斐なのだ。
「俺が案内してやるよ…なに、焦らなくても店は逃げやしない」
 焦ってなどいない…面白くてワクワクしているのだ。早く会いたい。そして闘ってみたい。
 まるでサンタを待つ子供のように、胸躍らせているのだ。それだけ、ジョー東という男の持つ「格闘」に対する想いは純真なのだ。
「俺はキング以外にも色々「強い」奴を知っているぜ…」
 なるほど。ホアはプロモーターとして合格のようだ。ジョーにとっては。

「イタリア?」
「そう、イタリア」
「何でイタリアなんかに?」
「そりゃもちろん、新婚旅行に決まってるじゃない」
「あのねぇ…舞…」
「くすっ。冗談よ」
 会場に戻った二人だったが、二人っきりの世界は続行中である。
「イタリアに…昔お世話になった人がいてね。せっかく日本を出たんだから、帰る前に寄りたいの。ね?良いでしょ?」
「別にかまわないけど…会いたい人って?」
「気になる?」
 甘く質問
「いや、気になるというか…」
 それに赤面という形で答える。
 それだけでも満足なのだが、女というのは言葉にして応えて欲しいもの…欲張りに出来ているのだ
「なに?ねぇ、ちゃんと答えて?」
「いやだから…」
 あわてふためく彼を見て、ちょっとした征服感に浸る…が、
「とっ、ところで、そのお世話になった人って?」
 話を逸らす。幾度と無く繰り返した煮え切らない態度に、少々うんざりもしてくる…自分には魅力がないのか、自信すら失いそうになる。
「もぉ…」
「…ごめん」
 まぁ、しょうがないか。焦っても仕方ないし。これが毎回たどり着く答え。
「極限流って知ってる?」
「え?」
 突然出てきた言葉に、少々面食らう。
「極限流ってね…」
「知ってるよ…あのギースを倒したことのある、リョウ・サカザキがいる空手の流派だろ?」
 アンディは…未だにギース中心の考えを持っているのね…舞としては少々哀しい現実だ。
「そう。そのリョウ・サカザキの妹、ユリさんに昔お世話になってね…」
「そうなんだ…でも何でイタリアに?」
 極限流の道場は、確かここサウスタウンにあったはず。
「イタリアにも道場があるのよ。そこで若手の指導補佐をやってるんですって」
「指導補佐?」
「そう。あくまで補佐なんだって…実力的には師範代を名乗ってもおかしくないほどなんだけどね」
「そんな人が補佐なんて…じゃあいったい誰が…」
「ロバート・ガルシア…彼はあなたに興味があるって言ってたわよ?」

 強い日差しが照りつける中、二人の兄弟と、彼らの仲間達が手を合わせていた。
「それでは…行ってきます。タン先生」
 街と、愛弟子の息子達を守るために命を落としたタン・フー・ルー。
 父に次ぐ恩師との別れを済ませ、テリーは簡単にまとめた荷物を担ぎなおした。
「兄さんは…これからどこへ?」
「取りあえずは極限流道場。なんか面白いことが起こりそうだぜぇ?なぁPちゃん」
 弟の質問に対して、旅の同行者が代わって答える。それに対してもう一人(匹?)の同行者が、ピィと同意するように鳴く。
「リチャードが行けってうるさいんでね…アンディはすぐに日本か?」
「日本に帰る前に、イタリアに新婚旅行へ行って来まぁ〜す

 こちらも又、質問された方の同行者が答えた。
「あのねぇ、舞…」
 言っても無駄か。
「俺はこいつと、もうしばらくこの街にいるぜ。ちょっとやってみたい相手が見つかったんでなぁ」
「はたして、『キング』の名にふさわしい奴なのか…楽しみだな」
 ムエタイの達人二人は訊かれる前に答えていた。
「そうか…お前らも色々大変みたいだな」
 何に迷っているのか?答えを探しに行くテリー。弟たちも又、何かの答えを探しに行くのだろうか?
「では、元気で兄さん…次に会った時には、勝たせて貰いますからね」
「おいおい、テリーはまず俺が片づけるんだよ。お前はその後ゆっくりと、な」
 挨拶代わりの挑戦状。二人の挑戦を真っ向から受けられるよう、答えを見つけなければ…。
「んじゃな。また…会おうぜ」
 英雄は片手で別れを告げ、去っていった。
 父親の敵討ちから始まった、一人の狼の伝説。
 それは多くの狼たちとの、出会いの始まりでもあった。
 そしてまた、伝説を作り続ける狼は、最強の龍が待つ元へと…。
 答えを見つけるために。

 

 

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