鬼神集う時代

 

第三話 泥棒娘ラディア
第一節 奪還

 

「い〜や〜だぁ〜!!」
 街の広場に、建物の二階にまでとどくほどの巨大な釜が用意されていた。
 その釜は熱せられ、中の水と共に、声の主を文字通り釜ゆでにしていった。
「おまえは1000件もの盗みを働いた・・・」
 釜ゆでを指揮しているであろう男が、二階のバルコニーから釜ゆでにされている男の罪状を読み上げた。
 それは、釜ゆでにされている男に対して読み上げたのだろうか?広場に集まった見学者に対していったのだろうか?
「よって、かまゆでの刑にする!身も心も洗い流すがよい!」
 ただはっきりしていることは、この罪状認否が一方的なものであり、男の刑を執行する正当性を示していると言うことだけである。
 執行人にとって大事なのは、罰を与えるための罪。正当な理由となる罪は、罰のためにあるようなものだ。
「イヤだ、イヤだ〜!」
 だからといって、男に同情するものはない。罪は事実なのだから。
 いや、同情するものはなくとも、釜ゆでの男に悲しげな瞳を向けるものはいた。
 一人は少女。一人はその母親。
 視線の先にいる罪人は、彼女たちにとって父親であり旦那である。
 ただ、親子ではあるはずだが、二人の瞳に宿る「悲しさ」は同じものではなかった。
「俺は100歳まで生きるって、医者がいったんだぞ!」
 その悲しみを向けられた男は、それを知ってか知らずか、身勝手なことを語り始めた。
 釜ゆで。1000件もの盗み。そのことと、長生きとに何のつながりがあるのだろうか?
「世界一の長生きで、歴史に名を残すんだ〜!死にたくな〜い!」
 生きる。その執念が男を支えているかのよう。
 死に直面したこの男は、死に対して恐怖し、生を必死に得る為に叫び続ける。
 生への執着が、「まだ死にたくない」ためなのか、「100歳まで生きて名を残したい」ためなのかは、定かではないが。
 おそらくはそのどちらも、であろう。
「お父ちゃん・・・」
 父親の無様な姿を目の当たりにしても、ただただ、父の死が近づいてくるのを見守ることしかできない自分がいるこの現実を受け止めるだけで精一杯だった。無様な姿をあざけり笑うことなど出来ようか。
 だが・・・その父の伴侶である女性は違った。
 男の死という現実よりも、自分の将来への不安でいっぱいだった。
 女性は、男の1000件の盗みで生計を立てていた。
 男の戦利品を当然の権利とばかりに身にまとい振る舞っていた彼女にとって、男の死は糧を失うに等しい。
 もっとも、その装飾品を切り売りしていけば、10年は生活できるだろう。その間に生計を建て直しすれば問題はないはず。
 だが、彼女にとって贅沢な生活こそが生き甲斐。それが出来ないことを死活問題として捕らえている。
「・・・・・・・・・」
 ならば、早く次の財源となる男を探さねばならない。釜の中でもがく財布を、いつまでも未練たらしく眺めている場合ではないのだ。
 女性は黙って、その場を離れた。
 財布を手放さないために繋いでいた紐として活用していた、少女を置いて。
 財布のない紐をぶら下げていては、次の財布を手に入れられないのだから。
 少女は何も言わず立ち去る母親を、追いかけようとした。
 だが、父の死を前にして、自分までその場を離れることをためらっていた。
 そして少女は、その場に残ることを決めた。
 母親の考えを理解したからではない。
 捨てられたという現実を受け止めたわけでもない。
 ただ、父から目が離せなかっただけなのだ。
「熱っ!あつつつっ!熱くなってきた〜!!」
 そんな親子の葛藤よりも、自分のことで精一杯の男が、無様な叫び声を広場に響かせていた。
「ウワァッチ〜!!ちょ、ちょっと待ってよ!俺は100歳まで生き・・・アッチッチ!」
 あまりの熱さに、叫ぶことも困難になってきた。
「俺の計画を中断させやがって!アッチッチッチッ!」
 それでも、自分の信念,主張を最後まで叫び続ける。
「チクショウ!」
 だがしかし、最後は己の生への執着は、刑を執行したもの,刑を見物しにきたものといった、今生のある者達への妬みに変わっていた。
 そしてその妬みは、断末魔として最後の言葉に全て集約された。
「怨んでやる〜!」

 さわやかな朝を、断末魔で起こされて迎えた。
 もっとも、その断末魔を耳にして聞いたのは10年も前の話。
 こうして、夢の中で何度も思い返した日々もあったが、それも昔の話。
 ここ数年、自分の父親の死を思い出すこともなかったのだが・・・
「いまさら・・・」
 ベッドで一人、ため息混じりにつぶやいた。
 身勝手な父親は処刑され、身勝手な母親は自分を捨てた。そうして、孤児になった。
 親と一緒に過ごした日々が短かったわけではない。だが、親から愛された覚えは、無い。
 だからだろうか?孤児となった自分に救いの手を差しのべてくれた、親切な人たちの本当の愛を、素直に受け入れることは彼女にはとても出来なかった。
 だから、一人で生きていくことを選んだ。
 そして、一人で生きていくために必要だったものは、すでに父親から自然と教わっていた。
 盗み。
 悪いことだという自覚は、あまりなかった。
 生きていくために必要なことだったから。
 いや、それだけではない。盗みで生計を立て、欲しいものは何でも奪ってきた。そんな家庭で育ってきた彼女だからこそ、盗みは当然の行為でしかなかった。
 父親の天才的なまでの盗みのテクニックと、母親の物に対する執着心。盗賊として生まれ育つことの方が、ごく自然な環境だ。
「ま・・・仕方ないよね」
 じっと、手を見つめて、またため息をつく。
 これまで生きてこられたのは、間違いなくこの手に受け継がれた、両親の才能。
 だが、大人になるにつれ、漠然とした疑問を持ち始めてきた。
 その疑問自体、なんなのかよくわからない。
 だが、このままではいけない。そんな気がしてきた。
 だから、孤児になってからずっと気にかけてくれた神父の呼びかけに、ようやく答える気になった。
 そして、教会で一緒に過ごすようになって・・・ずいぶんと経つ。
 トントン
 ドアをノックする音と同時に、優しい神父の声。
「おはよう、ラディア。今朝はずいぶんとうなされていたが・・・大丈夫かい?」
「ん・・・大丈夫よ。ちょっと恐い夢を見ただけ」
 嘘はついていないが・・・なんとなく、父親の最後の夢であったことは、語らない方がいいという気になっていた。
「いつもの夢かい?」
 断片的にしか覚えていないものの、ここのところ奇妙な夢を見続けていた。
 だが、目が覚めると忘れていた。奇妙な夢だったというあやふやな記憶だけを残して。
 そんな日が何日か続いていたため、先日神父に相談したこともあった。
 だから神父もラディアを心配して、うなされていた彼女を気遣っている。
「ううん、違うんだけどね・・・」
 今回は、はっきりと夢の内容を覚えている。このことが今までと違う。
 だから、というわけではないのだが・・・今回の夢は今までの奇妙な夢とは違うという確信だけはあった。 
「ならいいのですが・・・」
 本人が大丈夫と言う以上、追求しても仕方がない。
「では、私は朝の礼拝がありますから・・・朝食はどうしますか?」
 食事は普段、神父と一緒に取っている。だが、朝食の前に礼拝を済ませる神父と、礼拝を拒むラディアとでは、時間にどうしてもズレが生じる。そのため、ラディアが神父の礼拝を待って一緒に食事をするか、勝手に一人で食べるかを常に聞くのが習慣になっている。
「チャオと一緒に魚でも食べてくる」
 夢のせいだろうか?なんとなく、外の空気を一刻も速く吸いたい気分だった。だから外食を理由に出かけることを選択した。
「そうですか。では、今日もラディアの身にダイオスの神のご加護がありますように・・・」
 扉の前で一通り祈りを捧げ、神父は礼拝堂へと戻っていった。
 本当は、ラディアにも礼拝に参加して欲しいのだが、ラディアはがんとして礼拝を拒み続けた。
 今まで一人で生きてきた少女が、得も知れぬ神に頭を下げることを拒んでいるのだろう。教会での生活にもっと馴染んでくれれば、そのうち参加してくれるようになるだろう。神父はそんな風に漠然と考えていた。
 しかし、ラディアはそんなことを考えていたわけではないようだ。
 ただ、なんとなく・・・ダイオスという神が肌に合わない。
 本当は、神父に祈って貰うのもイヤなのだ。だから、祈る姿くらいは見ないように、扉を開けずにやって貰うようお願いしている。
 盗みをして生活していたことを負い目に感じて、神の祈りを受け付けないと、神父は考えている。
 そして今も、盗みをやめられない自分に悩み続けているからだと。
 そう、ラディアは安住の地にたどり着いてなお今も、盗みを続けている。
 もはやラディアにとって、盗みは息をするのと同じくらいごく自然な行為。
 人と離す距離に近づいただけで、いつのまにか懐から何かを盗み出している。
 それをあまり悪いことだと自覚はしていない。
 だが、やはり一抹の不安が時々彼女を襲う。このままでいいのだろうか?と。
 そして今朝のように、手を見つめてため息をつくこともある。
 が、それもその一時だけ。元来、彼女は楽天主義者なのだ。悩むことはあってもそう長い時間考え込むことはほとんどない。
 親友の所へ朝食を食べに出かけたラディアは、もう先ほどの悩みなど綺麗さっぱり忘れている。
 そんな彼女を、神父は暖かく見守り続けている。彼女が孤児になってからずっと。そして今日も、彼女の幸せを願いながらダイオスに祈りを捧げる。

「あっ、おはよう、ラディア」
 お気に入りのマントを風になびかせながら教会を後にしたラディアに、少女が声をかけた。
「おはよう。今日も女神像の見物?」
 いつもこの少女とは、教会の前で会う。この少女、常に教会の前に設置された氷の女神像を眺めているために、よくラディアと挨拶を交わすのである。
「いっつも見てるよねぇ・・・よく飽きないね」
 ここまでの言葉が、日常の挨拶となっている。そして・・・
「うん。ずっと眺めてても、飽きないんだよねぇ・・・」
 これも、挨拶の一部。
 女神像はたしかに、少女一人を釘付けにするだけの、飽きさせない魅力を放っていた。
 それだけに、ラディアはこの女神像を、常々独り占めにしたいと思っていた。この考え方が盗賊的なのか、はたまた母親譲りなのか・・・どちらにしても、なんでもかんでも独り占めにしたいと願ってしまう癖がある。時には、美しい夕焼けすら独り占めにしたいとさえ願うほど。
「神秘的なのよねぇ・・・水の魔晶石で出来てるって話も神秘的だし、そのせいか、近づくだけでちょっとヒンヤリするところも」
 実際には、何で出来た像なのかははっきりしていない。だからこそそこもまた神秘的なのだが。
「どっから持ってきたんだろうね?昔っからここにあったわけじゃないみたいだけど」
 ラディアが言うように、女神像は昔からこの街のシンボルとして君臨していたわけではない。その証拠に、女神像を支える台座は最近作られたもので、4つの鍵で固定されている。
(この4つの鍵がはずせれば、盗めるんだけどなぁ・・・)
 口には出さないものの、女神像に見とれる少女と言葉を交わす度に、こんな事を常々考えている。
 そして、少女の懐から何かをすり取ってしまうのももはや日常となっている。
「じゃあね」
「うん、またね、ラディア」
 こうして、朝の日課がまた一つ行われ、ラディアはやはり日常となっている親友の元へ遊びに行く課程へと移ろうとしていた。

 だが、日常の課程は男の一言で崩された。
「ようっ!おまえが泥棒娘のラディアか」
 唐突に、ハンマーを背負った大男が少女に声をかけてきた。
 男は気さくに話しかけるものの、少女にとっては身に覚えもない男・・・。見るからに怪しげなその男とは対照的に、ラディアは警戒の色を強めていた。
「オレ?オレ、ゴメス」
 ラディアの訝しげな視線に気がついた大男は、訊かれもしない自分の名を語った。
 そして、値踏みするかのようにラディアをジロジロと見て回る。
 男が好奇の目で少女を値踏みする。
 普通に考えれば、これほど女性に対して失礼な行為があるだろうか?
 だが、男はそれを全く気にしていない。というよりは、自分の行為が相手にどれだけの不快感を与えているかなど、考えもしなければ理解もしていないのであろう。デリカシーのない、とはまさにこのこと。
「実をいうと、おまえもオレたちの仲間になる人間なんだぜ」
 終いには、またも意味の分からないことを口走り始めた。
(こいつ・・・ちょっとヤバくない?)
 なぜ自分の名前を知っているのか?という疑問もあるにはあったが、そんなことよりも、これ以上この男と関わらない方が身のためだ。少女はそう確信し、そそくさと男から逃げるようにして離れていった。
「ま、今はまだそんなこと、気にしなくてもいいんだけどな」
 男は逃げる少女に気づいていないのか、最後にまた意味不明な言葉を投げかけていた。

「や、やぁ、ラディア!・・・・・・グスッ」
 大男に平凡な日常を崩された余波は、親友のチャオにも及んでいた。
「どうしたのチャオ!何泣いてるのよ!」
 ラディアと同じように孤児として育ったチャオは、歳も近いことから、子供の頃からの親友として常に一緒にいた仲だ。
「えっ、泣いてたのかって?な、泣いてなんかいないよ!」
 と、一応に強がってみせるのは、昔から変わらない。何かあったことを確信していたラディアは、あえて問いただすことをせず、彼の口から語られるのを待った。いつだって困ったことがあったときは、愚痴をこぼすようにラディアに相談していたチャオだ。彼女はそんな彼の性格をよく知っている。
「ちっ、シニョーレの奴に、おれの船をとられちゃったよ・・・」
 案の定、事の真相を語り始めた。
「ちくしょう!」
 悔しさを大声にしてぶつける。これもいつものこと。ラディアは黙って聞き続ける。
「・・・でも、あいつの屋敷には悪そうな奴がいっぱいいるし・・・」
 そしてまた、弱音を吐き・・・
「ほ、ほんとうなら、おれがガツンといってもいいんだけど・・・誰かあいつを、コテンパンにやっちゃってくれないかな」
 強がりながらも、遠回しにラディアに助けを求める。いつも通りのパターン。
 孤児として生きてきたチャオは、けして弱い人間ではない。今でも、自分の船を持ちながら、魔晶石の運送などの仕事をし、自力で生活費を稼いでいる。
 だから、普段なら何でも物事は自分で解決していく。が、自分の手には負えない問題が生じたときにだけ、ラディアを頼ってしまう。
 一応に強がってみせるのは、基本的には自力で解決しなけれぱならないんだ、女の子に助けを求めたくはないんだけど・・・という負い目の現れなのだろう。
 もちろん、ラディアはそこまで承知済みなのだ。
「はいはい。要するに、船を取り返してきて欲しいんでしょ?」
 大男に会ったときから、今日は何かありそうだという予感はしていた。
 チャオには悪いが、ラディアはこの展開を楽しみ始めている。
「・・・・・・まぁ、船が帰ってくるといいなぁって思うけどさ・・・」
 素直にお願いしないのも、彼なりのプライドなのだろう。少女は笑って、彼の願いを聞き入れた。

 シニョーレは、富豪の多いマデラの町の中でも屈指の大富豪である。その富豪ぶりは、悪名高い大富豪であったガルードや、実質上マデラの町を私物化していた総督フリムンなどとナンバー1の座を競っていたほどであった。もちろん、富豪ぶりだけでなく、悪徳な所も、ではあるが。
 だが、その競争相手であったガルードは失踪し、フリムンも仮面を付けた少女に殺されるという劇的な事件が立て続けに起こり、今ではシニョーレがマデラの町を牛耳っていると言っても過言ではない。
 そのため、フリムンがいた頃には考えられなかった「一所有者から船を無理矢理奪ってくる」という大胆な犯罪を犯すことも、それの責任をもみ消すことも簡単なのだ。
「だからってさ、善良で品粗な一般市民から、船をぶんどることもないじゃない・・・金持ちなんだから自分で船を買いなさいっていうの!」
 欲しいものは奪い取る。シニョーレはラディアと同じく、盗賊的な考えの持ち主だ。自らの財産を使って買うよりは、奪うことを選んだだけ、ということなのはラディアも重々判っている。
 だが、親友であるチャオから船を奪い取った。これは自分の所有物を奪われたに等しい屈辱なのだ。ラディアにとって許し難い行為。
「だいたいなんなのよ、この森は!至る所にモンスターはいるし、茨ばっかりだし・・・もぉ、頭にくるわねぇ!」
 シニョーレ邸は、マデラの町の郊外に建てられている。そして館の前には、シニョーレの森と名付けられた、護身を兼ねた森が広がっている。そのためこの森は、侵入者の行く手を阻むようにモンスターが放し飼いにされ、行く先々に茨を敷き詰め、曲がりくねった道を形成している。
 ラディアはぶつくさと文句をたれながら、森を抜けていった。

「ここは、シニョーレ様のお屋敷だ。子供の来るところじゃな〜い!」
 イライラしながら森を抜けたラディアにとって、この門番の一言はさらにイライラを募らせた。さらに、どう見ても弱そうで情けなさそうな門番に子供扱いされたのが余計に頭に来る。
 文句の一つも言って、強引に突破しようと身構えたその時、不意に背後から、ラディアと門番の間に割って入ってきた者がいた。
「ゴチャゴチャいわねえで・・・通せばいいんだよ!」
 町でラディアに声をかけた、あの不振な大男・・・ゴメスと名乗ったあの男だ。
「ヒェ〜ッ!」
 何とも情けない門番の悲鳴。ゴメスが背負っていたハンマーを振り上げただけで、そそくさと奥へと引っ込んでしまった。これでよくも門番が勤まるものだ・・・。
「さ、これでいいぜ。どんどん中へ入ってくれ。アハハハ!」
 まるで自分の家に招き入れるかのような口調。
「なんなのよ、もぉ・・・」
 先ほどまでイライラしていたのが、この大男のせいで一気にしらけてしまった。幾分やる気もそがれる。何故大男がこんな所にまで現れたのか、という追求も、もはやする気も起きない。
 とはいえ、チャオの船を取り戻さなければならない。ラディアはシニョーレ邸の中へと歩を進めた。

「オレ様がシニョーレ家の親分、シニョーレ様だ」
 門番以外には防犯設備がないのだろうか?ラディアはすんなりと、シニョーレ本人の前までやってこられた。
 おそらくは、防犯にかかる費用をケチっているのだろう。なるほど、だから森という自然の防犯を設けたり、たいして金のかかりそうにない腰抜け門番を雇ったりしているわけだ・・・。
「・・・で、この俺様にいったい何の用だ?」
 門番がすんなりと小娘を通した。とか、そのようなことに疑問を感じないのだろうか?ちょっと拍子抜けの対応。よくこれで親分を名乗れるものだ。まぁ、こんなんだからこそ、今までガルードやフリムンを出し抜くことが出来ないでいたのだろうが・・・。
「チャオの船を無理矢理奪ったのはあんたね?」
 訊くまでもないことではある。シニョーレが部下を使い奪い取ったのは明白なのだから。
「チャオの船?・・・あ〜、船のことなら心配ないぞ。俺様がちゃ〜んと、預かってやっているからな」
 しかし、この期に及んで「奪った」とは認めず「預かった」と言い放つ当たり、小悪党らしい。大富豪やマフィアと言うより、チンピラの親分に近い。
「その船を取り返しに来たの。さぁ、返しなさいよ!」
 森を抜けるまでのピリピリした緊迫から、一転して気の抜ける対応の連続。自分から言葉を荒げ、気合いを入れないと調子が崩れてしまいそうだった。
「何?返してほしいだと・・・グハハハハハ!返してほしければ、力ずくで取ってみろっ!!」
 予想通りの小悪党的なセリフ。とはいえ、展開が展開なだけに、緊迫は増す。
「野郎ども!やっちまえ!!」
 またもお約束なセリフ。そして・・・。
「待て待て待て待てっ!」
 やはり、典型的な展開へ。ここでまた力が抜ける・・・。
 ラディアと対照的に、とても少女の危機を救いにやってきたヒーローには見えない大男、ゴメスが熱のこもった言葉で台本通りのセリフを喋る。
「そんな面白そうなこと、オレなしで始めるんじゃね〜ぜ!!」
 いや、やはり台本通りのセリフとは言えない。とてもではないが、ヒーローらしからぬ言い回し。これではヒーローと言うよりは悪役である。
「表でジッと待ってたから、体がうずいて止められね〜っ!!」
 ただ一人、興奮し始めるゴメス
「うおぉぉ〜!血がさわぐ〜!!」
 ラディアはただただ、呆れるばかり。とはいえ、船を取り戻すにはこの大男と一緒に戦うしかない。気を引き締めて、手にした戦闘用のナイフを握り直す。
「行くぜっ!」
 ゴメスの号砲が、戦闘開始の合図となった。

「ガンバレ、オヤブン!ガンバレ、オヤブン!」
 四六時中、シニョーレの肩にとまっていたオウムが騒ぎ立てる。
 戦闘は、圧倒的にラディア達が優勢であった。
 シニョーレ自身も、シニョーレの部下も、対して強くはなかった。という事もあったが、なにより、ラディアとゴメスのコンビネーションが絶妙だった。
 ゴメスはその口振りから、ケンカに関しては絶対の自信があり、戦闘のなんたるかを熟知しているのであろう事は安易に推測できる。だが、ラディアはどうだろうか?
 彼女は、盗みのために護身的な戦闘は何度か経験していた。が、真っ正面から戦いを挑むことはモンスター相手でもない限りは滅多にない。ましてや、他人と協力しての戦闘など、これが初めてである。
 にもかかわらず、妙に息があった。お互い、次は何をすべきかを解り合い、アイコンタクトもなしに見事なコンビネーションを作り上げていった。
 しかし、本人達はこれをあまり不思議と思わなかった。ごく自然に、シニョーレ達を圧倒し追いつめていく。
「ガンバレ、オヤブン!マケタラ、オシオキ!」
 オウムの無責任な応援もむなしく、シニョーレはあっさりと倒された。あまりにもあっさりしているために、ゴメスは物足りなさすら感じていた。
「さぁ、船を返して貰うわよ。いったいどこに・・・」
 シニョーレを問いつめ始めたその時、派手で贅沢な装飾品を身にまとった一人の女性が割って入ってきた。
「私の大切なダーリン!大丈夫?」
 どうやら、シニョーレ婦人のようだ。旦那を気遣うセリフを投げかける割に、どこか愛を感じることのない形式張ったものを感じずにはいられなかった。
 ラディアは、なんとなくこの形式的な愛を知っている・・・そう感じ取っていた。
「あなた!何てことするのよっ!」
 旦那を打ちのめされた怒りをぶつける。そんな演技を・・・ラディア以外、それを演技とは見ないだろうが・・・シニョーレ婦人は侵入者に見せた。
「まあ、ラディア!!あなただったの!?」
 強盗の顔を始めてみた婦人は、少女の顔を見て驚きの声を上げた。
「あなた、今、何をしたかわかってるの?あなたの新しいパパに、こんなことするなんて・・・」
 新しいパパ?この婦人は何を言い出すのか・・・
「あら、まだわからないの?無理もないわね・・・」
 呆れたように。軽いため息。瞳には、ほんの少しの悲しみすらたたえているように見えたが・・・。
「あれから、10年もたったものね。あなたを・・・すててから・・・」
 過去を懐かしむように語り始める。一見、過去の過ちを振り返り反省をしているようにも取れるか・・・いや、この女性は単に懐かしんでいるだけで、後悔なんかしているはずもない。ラディアにはそれが判っていた。この女性を10年前は母親と呼んでいたのだから・・・女性にそんな愛がないことをよく知っている。
「でも、元気だったようね。さすがは私の娘ね!ママはうれしいわ!!」
 捨てておいて、なにを今更・・・
 ラディアは、母の白々しい態度に呆れていた。
 ただ、不思議と怨んではいなかった。
 10年前に、父を見限り、自分を捨てた母ではあるが、子供ながらこの母親ならそれもやりかねない。漠然とそんなことを理解していたのかも知れない。
 許すつもりはない。でも、怨むつもりもない。
 目の前にいる女性は、自分を生んだ、血のつながった女。ただ、それだけだ。
「あらあら、もう少し使える男かと、思っていたけど・・・困ったわねェ・・・これじゃ、何の為に船を盗ったのか、わかりゃしないわ・・・」
 こいつか・・・チャオの船を盗った張本人は・・・
 10年前のことよりも、船の強奪者であることの方が許せなかった。
「ねえ、私のかわいいラディちゃん。ママのお願い聞いてくれない?」
 図々しい。身勝手。
 これらの言葉が、これほどまでに似合う女性がかつていただろうか?
「船は持って行っていいから・・・かわりにダイヤの指輪を取って来て!」
 もって行っていい?かわりに?
 船は元々チャオのもの。取り返すのが当然であり、そこに交渉を持ち込む隙間などあろうはずがない。
「処刑されたパパが身につけていたダイヤの指輪・・・あれ、ママがあげたものなの」
 ラディアの思惑を知ってか知らずか、話を続ける交渉人。
 ラディアは、交渉人の言っているダイヤの指輪を知っていた。
 あれは確か、結婚前に貰ったものだと、父親が娘に自慢げによく見せていた。
 これが愛の証なのだと。
 今にして思えば、財源を得るための先行投資だったのだろう。それに気がつかなかった父親は・・・ある意味幸せだった。
「サラマンドラ島の、パパのお墓の中にあるはずよ」
 死者の墓を荒らしてまで、そんなに指輪が欲しいのか?
 だが、ラディアは少しだけ、同感だった。
 墓にあってはダイヤの輝きも無意味。たしかにもったいない話ではある。
「取って来てくれたら、お礼に、いいものあげちゃうから!」
 ここからが、交渉の本番なのだ。
 交渉人は、ラディアに胸元をちらつかせ見せた。
 だまって事の成り行きを見ていた大男も、あまりにも大胆な行動に目が釘付けになる。・・・・・・こればかりは、男の性であろう。
 胸元には、ほんの少しだけ露わになった乳房と、複雑な形状になった鍵が見て取れた。
 その鍵には見覚えがあった。
 先ほどシニョーレと戦闘したおりに、隙を見て彼から盗み出したものと類似していた。
 盗み出したときには、別段意識して盗んだのではなかったのだが・・・交渉人が鍵を見せた時に、その形状から何の鍵だかを理解した。
 マデラにある氷の女神像。あの像を支えている台の鍵なのだ。
 何故、交渉人は鍵を交渉に持ち出したのか?
 ラディアが女神像を欲しがっていたのを知っていたのか?
 いや、それはあり得ない。
 先ほど彼女が驚いて見せたとおり、ラディアと再開したのは10年ぶりなのだ。もっとも、それすら芝居なのかも知れないが・・・。
 ただ単に、ラディアがシニョーレから女神像の鍵を奪い取ったのを目撃していたために、船の奪還以外に鍵の奪取も目的なのでは?と勘違いしただけなのである。
 本来なら、交渉人の勘違いのために、この交渉は失敗に終わるはずである。
 が、たまたまラディアが欲したものであったことから、この交渉は成立したのだ。
「じゃ、お願いね!ラディちゃん」
 一方的に交渉が成立したといわんばかりに、身勝手なお願いをする。
 ラディアはこの交渉を受ける義理はない。が、女神像を手に入れるためには必要な鍵なのだ。
 結局の所、この交渉に親子の情が絡むことはなかった。お互いの利益のために成立した交渉なのだ。
「あのボロ船だったら、外にあるわよ」
 最後まで、親子らしい会話はなかった。
 それどころか、ラディアは母親に対して、言葉を一言もかけていない。
 ただ、親子であることをなんとなく感じ取る瞬間だったのは・・・
「だめよ、ラディちゃん。ダイヤの指輪と交換よ!」
 隙を見て、鍵を盗み出そうとするも、そんな隙を見せることはなかった。
 さすがは、盗人を夫に持った事のある婦人とその娘。といったコミュニケーションではなかろうか・・・。
「ようっ!けっこうやるじゃね〜か」
 交渉を完全に終えたところで、ゴメスが話しかけた。
 彼の言う「けっこうやる」事とは、もちろん交渉のことではなく、その前の戦闘に関しての事。
「一応はお礼をいっとかなきゃね」
「なぁに、俺は面白そうなケンカがしたがっただけさ」
 豪快に笑う大男。
 初めてあったときには、怪しげな男としか思わなかったが・・・いや、今でも怪しい男という印象に代わりはないのだが、何故か憎めない。そんな不思議な雰囲気のある男だ。
「じゃ、私は船で帰るわ。もぅ、あんな森をまた歩くのはこりごりだしねぇ」
 ラディアは屋敷の外に停泊してある船に向かって歩き出した。
「待った!待ってくれ〜!!オレも乗せてくれ!!」
 その後を、ゴメスが追いかけていく。
「よしっ!それじゃあ、出発だ!!」
 どんな事にも、威勢のいい男だ。憎めない男かもしれないが・・・掴みきれないだけ、付き合うのにちょっと疲れを感じてきている。

 船での帰還は、当然徒歩よりも速く町に着く。
 とはいえ、それなりに船の旅には時間がかかる。
 その間、ラディアとゴメスはお互いのことを語り始めた。
 気さくなゴメスに対して、警戒することなく話をするラディア。ただ、なぜゴメスがラディアのことを知っていたのかは・・・
「ま、細かいことは気にすんなって」
 と、話をはぐらかし続けていたが。
 それを不審には思うものの、だからといって気にすることはない。元来、ラディアは楽天主義者なのだから。
 程なくして、船はチャオの待つ波止場へと着いた。
「船を取り戻してくれたんだ。サンキュー、ラディア」
 船が近づくのを目撃していたチャオは、ラディアだと確信して船着き場で出迎えていた。
「ただいま、チャオ」
 無事、チャオの船を取り戻せた。だが、これで全てが終わったわけではない。
 今度は、自分の為にダイヤを取りに行かなければならないのだ。
 事の成り行きをチャオに語る。
「お礼といっては何だけど、サラマンドラ島に行きたいんだろ?おれの船で連れてってやるけど、どうする?」
 サラマンドラ島は、マデラ地区に住む人々の共同墓地となっている島である。
 この島は巨大な火山がある島としても有名で、この火山があるために常時人の住める環境を提供してはくれないのだ。
 もっとも、リゾート地としては最適で、主に冬になると暖を求めて人が集まることも多い。
 また、リゾート目的以外で人が来ることのないこの土地は、主に埋葬場所の無くなった犯罪者の墓地として活用するには都合が良かった。
 ラディアの父はこの島に眠っている。ダイヤと共に。
「んー・・・とりあえず、朝食を食べてからね。もうお昼になっちゃったけど」
 そういえば、元々チャオの元には朝食を一緒に食べる目的出来ていたのだ。
「ハハッ、そうだね。それじゃ、とびきり生きのいい魚でも用意してあげるよ」
 まってましたとばかり、舌なめずりをするラディア
「あっ、そうだ。ゴメス、あんたも一緒にどう?」
 ラディアはすっかり打ち解けていたゴメスを、遅くなった朝食に誘った。
「いや、俺はいい。飯よりももっとウマい酒が、俺を待ってるからな」
 ガハハハハと豪快に笑いながら、その場を立ち去ろうとした。
 が、何かを思いだして振り返り、
「ラディア!何かあったら、また助けてやるぜ。だがな、あまりムチャはするなよ。ハハハハ!!」
 と、言いたいことを言い放って酒場へと歩いていった。
「何だあいつ、変な奴だな・・・」
 船とラディアにばかり気を取られていたが、そういえばはじめから船に乗っていたな・・・。きちんと紹介されたわけではないので、チャオにとってゴメスは不審な人物以外の何者でもない。
「悪い奴じゃないんだけどね」
 クスクス、とおかしそうに笑いながら、本人不在のまま、ラディアはチャオにゴメスを紹介していた。

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