鬼神集う時代

 

第一話 めざめよ、ゴメス!
第二節 罠

 

「おう、新入り!よくやったな!」
 一仕事終えたゴメスを、いつものようにシーズが待っていた。
「ほら、今日の日当だ」
 魔晶鉱石を確認すると、今日の日当400ゼニーを渡した。
 この三日で稼いだお金は1500ゼニー。20000ゼニーまでの道のりは長そうだが、1ヶ月も働けば貯まるだろう。
「じゃあ、明日もがんばってくれや!」
「おうょ」
 ゴメス自身、すぐ場に和むタイプではあるが、特にこの鉱山のような、男臭い場には馴染みやすいのだろう。すでに意気投合していたシーズに別れの挨拶を送ると、家路に急いだ。

「・・・おじいちゃんの・・・・・・おじいちゃんの・・・」
 ゴメスが家に帰り着くと、肩をふるわせつぶやくマーシャがそこにいた。
「バカッ!」
 マーシャの体からは想像もできないほどの大声を上げたかと思うと、帰ってきたゴメスにも気がつかないのか、そのまま家を飛び出してしまった。
「・・・・・・なんだ?」
 思わぬ出迎えに、面食らってしまう。
「どうしたんだ?じいさん・・・」
 ゴメスより先に来ていたペックも、事情が飲み込めていないようだ。
「あ、ゴメスさん・・・ペック・・・すまん・・・」
 苦渋の表情のまま、二人に頭を下げるブイ。その頭は、なかなかあがろうとしない。
「・・・頭を上げてくれ、じいさん。何がどうなっているのか、まずは説明してくれないか?」
 訳もわからぬまま謝罪されても、どう対処して良いのか戸惑うだけである。
「・・・実は、借金取りのガルードがやって来て、金を全部・・・持って行ってしまったんじゃ・・・」
「謝金取りが?」
「どういうことだよ、それは!?」
 借金取りが、意味もなく金を取り立てるようなことをするわけがない。それはつまり・・・
「・・・おまえも覚えているじゃろ。去年の大火事を・・・」
 ゆっくりと、ブイは真相を語り始めた。
「去年この町の畑が大火事になって、作物がほとんど採れなかった・・・それで、みんなが困ったことを・・・」
 ゴメスはこの町の住人ではないが、大火事の話は知っている。それほど、大規模な災害だったのだ。
「わしは去年まで、この町の町長じゃった・・・だから、なんとかしようと思って・・・・・・ガルードから金を借りたんじゃ・・・すまん・・・すまん・・・」
 人を思いやる心と責任感は、マーシャによく似ている。だからこそ、このゆがんだ町でも町長として責務を果たすことが出来ていたのであろう。だが、それが彼と孫を苦しめる結果になろうとは・・・皮肉な運命だ。
「チクショウ!」
 ゴメス以上に、ブイ達との付き合いが長いペックには、その悔しさがよくわかっている。
「ゴメス!ガルードの所へ行って、金を取り返して来てくれよ!」
 無茶な話だ。
 無理矢理とはいえ、借金取りが借金を取り返しに来たのは至極当然。それをさらに取り返しに行くのは理に反している。
 だが、飛び出していったマーシャが心配だ。
 貯めた金はゴメスがマーシャのために貯めていた金である以上、借金の返済に使われることに何の文句があろうか?
 しかし、マーシャもブイも、取られた金を「ゴメスが貯めた金」と思っている。預かったお金を無理矢理持ち去られたと考えていれば、取り返しに行くなんて無茶な行動を起こしかねない。
「ペック、ガルードの屋敷はどこだ?」
「ガルードの屋敷は、丘の上の庭のある屋敷だ・・・」
 このままガルードの屋敷に乗り込めば、罰せられるのはむしろゴメスの方である。がだ、そんなことよりもマーシャのことが心配だ。それに、ゴメスがそんな後先のことまで考えて行動を起こすわけもない。
 マーシャを助ける。
 ゴメスを動かす動力は、この一点に集約されている。
「すまん。お前の金を・・・勝手に・・・」
 案の定、ブイはゴメスに対して罪悪感を抱いている。
「気にすんな、じいさん」
 落ち込む老人を励ましながら、ゴメスは屋敷を目指した。

 ガルードの屋敷は、この町の総督、フリムンの屋敷に次いで大きい。マデラは鉱山で莫大な富を得た者と、ただの労働者とに大きく別れる。故に、貧富の差が激しい町でもある。ガルードは当然富を得た者の一人だが、彼の財力は他の富豪と比べても桁違いに大きい。
 そのため当然警備も厳しく、普段は門番が待機しているはずなのだが・・・ゴメスが屋敷についたときには、門番もおらず、鍵も開いている。
 何故?何が起こった?
 不安がよぎるものの、ゴメスは門をくぐった。
 そこには、不適な笑みを浮かべ、屋敷の中央階段であえて目立つように仁王立ちするガルードと、彼をより目立たせるように、規則正しい位置に彼の部下達が待ちかまえていた。
 まるで、自分の立場と力を誇示するかのように。
「フフフ・・・やはりブイの借金を取り返しに来たな」
 待ちかまえていたのだ。「借金を取り返しに来た」というセリフからして、ブイの身内が屋敷に来るであろう事を予測した上で、わざわざ取り立てを実行したようだ。
 しかし、ゴメスがそんなことまで頭が回るわけもない。言葉をそのまま聞き流しながら、ガルードを見据える。マーシャを探しながら。
「だったら、マーシャを連れて来い」
 どうやら、マーシャはここにいないようだ。内心ホッとしたゴメスだったが、ガルードのセリフは彼の関心をより引きつけた。
「マーシャを連れて来いだと?それはどういう意味だ!」
 借金をしたのはブイだ。マーシャの名が出てくるところではないはずである。
「金を貸したのは、俺の親分のドラコ様だ」
 教壇で生徒に学問を教える講師のように、わざとらしく左右に動きながらゴメスを説き伏せる。
「親分はマーシャにぞっこんでよ、彼女を連れて来るなら、借金を帳消しにしてやるぜ!」
 借金の形にマーシャを差し出せ。まるで出来の悪い三文芝居を見ているようだ。
 マーシャをまるで金品のように扱う言いぐさが、ゴメスの怒りに火を付ける。
「わかったか。グハハハハ・・・」
 下品な笑い声が、より三文芝居を思わせる。耳障りの悪い声だ。
「ふざけやがって・・・・・・」
 怒れる野牛は、爆発寸前である。
 自分のことをどういわれようが、気にもとめない彼であるが、自分の身内に対する罵声や屈辱は、自分のこと以上の怒りを覚えるのである。
「あ〜ん?何だその顔は?やろうってェのか?」
 そんな彼を、わざと挑発する。
「上等だ・・・」
 ズン!
 一歩踏み出すだけで、まるで地響きが起きたかのように、屋敷全体が揺れ動く・・・。
 素早く、ガルードの部下が進路をふさぐ。むろん、ゴメスには彼らなど眼中にないのだが。
「いいのかよ?今度ケンカしたら・・・保釈は取り消し、テメェは死刑・・・なんだろ?」
 ゴメスの動きが止まる・・・。
「どうしたんだよ?やらないのか?ん〜?」
 保釈の取り消しも、死刑宣告も、ゴメスにとってはさして問題ではない。
 だが、そのことによってマーシャが悲しむのは見たくない・・・。
「ホラッ、どうしたよ?」
 悔しさで、頭がどうかしてしまいそうだった。
 噴出しかけた怒りを急速に冷まされただけに、無念の思いが彼を何重にも包み込む・・・。
「へっ、ざまァ見ろ。グハハハハハ・・・」
 何も言い返せなかった。ただ、すごすごと屋敷を出て行くしかない自分の無力さが、身にしみていった・・・。
 ガルードと、彼の部下達の笑い声がいつまでも屋敷にこだましていた・・・。
「ゴメスさん!」
 屋敷の外では、心配そうにマーシャが待っていた・・・
「マーシャ・・・」
 隣には、背を向けて立っているペックがいた。どうやら、ペックが先にマーシャを見つけてくれたおかげで、マーシャが無茶をする事にならなかったのだろう。
 しかし、ペックは多少不満があるようだ。だからゴメスに背を向ける。
 おそらく、ゴメスを心配したマーシャが屋敷まで行くと言い出したのが気に入らないのだろう。屋敷の前で待つことに止まったにせよ、マーシャがこのところゴメスの心配ばかりするのが気に入らないのだ。
 ペックにとっては、マーシャが全てなのだ。
「ケンカ・・・しなかったのね・・・?よかった!」
 心の底から心配していたのだろうか。マーシャの目がうっすらと潤んでいる。
「すまねぇ、マーシャ・・・20000ゼニーは、もうちょっと待ってくれねぇか・・・」
 そんなこと・・・。と、マーシャが言うよりも早く、ペックが先に口を開いた。
「仕方ねえよ。気を取り直してまた明日から、かせいでくれよ!」
 落ち込むゴメスを励ますと言うよりは、マーシャにこれ以上心配させないために、ペックはゴメスに声をかけた。
「そうだな・・・・・・」
 この三日の稼ぎが無駄になることなど気にはならない。
 だが、ガルードの言葉がずっと気になっていた。
 彼女を連れて来るなら、借金を帳消しにしてやるぜ!
 マーシャ本人にこのことを伝えるわけには行かない。おそらく、ブイやゴメスのために、進んで借金の形としてガルードの所へ向かうのは目に見えている。
 とにかく、早くブイの借金を返済して、全てにけりを付けなければ。
 そのためにも・・・と、ゴメスは再びマデラ鉱山で働くことになる。

 当初は、20000ゼニーが目標だった。
 だが、今はブイの借金全額返済が目標となっている。が、ブイはどれほどの借金を負ったかは教えてくれない。
 ペックが言うには、大火災があったときに町から出された援助金は、約20万ゼニーだったという。おそらくこの援助金がそのままブイの借金だろう。
 20万ゼニー・・・20000ゼニーの10倍もの借金を返せるのだろうか?
 日当平均500ゼニーのこの仕事だけでは、貯めるのに時間がかかりすぎる。
 何かもっと、短時間で稼げる方法はないものか・・・
 などと思案し続けながら、鉱石収集を続けていたゴメスの目に、見慣れない石が映し出された。
「・・・なんだ?」
 その石は赤く輝いていた。まるでゴメスに見つけて貰ったことを喜ぶかのように、光でゴメスを誘惑している。
「鉱石・・・じゃなさそうだがなぁ」
 時に女性の唇のように鮮やかに、時にしたたり落ちる血のようにどす黒く、様々な「赤」を絶えず輝かせていた。
「おう、おめぇこれなんだか解るか?」
 たまたま近くで鉱石がありそうな所を探していたダウザーに、この赤い石を見せてみた。
「なんだその石・・・?魔晶鉱石とは違うみたいだな?」
 どうやら、ダウザーも始めてみる石のようだ。
「もしかしたら、いい金になるかもなっ!シーズに聞いてみろよ」
 いい金になる?
 その言葉の魅力にとりつかれ、ゴメスは今日のノルマもそこそこに、シーズの所へと急いで戻った。

「ノルマ分は終わったのかよ?見せてみろ?」
 入り口で待っていたシーズは、多少早くあがってきたゴメスに驚きながらも、いつものように声をかけた。
「シーズ。これ、なんだか解るか?」
 ノルマのことよりも赤い石。ゴメスは赤い石をシーズに無理矢理渡す
「・・・どれどれ!?・・・・・・・・・」
 強引なゴメスの押しに戸惑いながらも、渋々ながらも鑑定を始める。
「!!」
 声にならない驚きの声を上げる。
「なんだ?おいシーズ、この石は何だったんだ!」
 金になるのか?ゴメスの脳裏にはこれだけがよぎる
「こっ、これは!オーガストーンじゃねぇか!!」
「・・・・・・オーガストーン?」
 ・・・・・・どこかで聞き覚えのある名前。
「・・・オーガストーンは、大悪魔ラージンが、全能の神ダイオスによって滅ぼされた時、肉体が飛び散り、宝石になったもの・・・・・・といわれている」
 ・・・よく意味が分からないが、とにかくすごい石であろう事は、ゴメスにもよくわかる。
「それだけに、オーガストーンには、不思議な魔力があると信じられ、コレクターには、たまらない魅力なんだと・・・」
 たまらない魅力。
 ゴメスにとっても、大金に化ける、たまらない魅力ある石であれば良いのだが・・・
「これだけのシロモンなら、20万ゼニーは下るまい」
 化けた。
 20万ゼニーあれば、間違いなくブイの謝金を一発で返せる!
「俺はコレクターじゃねぇから買う気はねぇけどよ」
 子供が早く目の前のおやつをくれないかとうれしそうにしている。そんな顔をしたゴメスに「買ってくれ」といわれる前に、くぎを差す。
 一転して、ゴメスはがっくりと肩を落としうなだれてしまった。
「それよりゴメス。今日のノルマは果たしたのか?」
「あっ・・・」
 言われて気がつく。まだノルマを果たしてないことに。
「・・・・すまねぇ・・・・・・」
 オーガストーンの事しか頭になかった。まだノルマの半分ほどしか果たしていない。
 しょうがねぇなぁ。と、オーガストーンを返しながらシーズが愚痴る。
「今日は、もうアガリだ!帰った帰った!!」
 今日のゴメスでは仕事にならない。オーガストーンを日当代わりにし、ゴメスを帰した。
 シーズの機嫌が悪くなったことにも気を止めることなく、鉱山を後にした。
 20万ゼニーでこの石を引き取ってくれるコレクターがどこかにいないのか、そればかりが頭から離れなかった。

「や〜、ゴメスさん。私です。バントロスです。」
 町に戻ると、聞き覚えのある声がゴメスを出迎えた。
「ん?お前は・・・」
 いつぞやの仲裁人である。
「お久しぶりですね」
 彼の名がバントロスということを初めて知った、というくらいの付き合いでしかないにも関わらず、彼は旧友であったかのように親しげに接してくる。
「約束のオーガストーン・・・見つけましたね」
 この時、ゴメスは思い出した。彼との約束を。
 ケンカの仲裁をして貰う代わりに、彼の約束を聞くこと。
 その約束というのが、オーガストーンの探索。
 そう、元々ゴメスはこのオーガストーンを探すためにマデラまで来たのだ。
「こちらに頂きましょうか」
 マーシャやブイのことで頭がいっぱいだったために、すっかり忘れていた事だが、約束は約束。きちんと果たさなければならない。
 だが・・・このオーガストーンが20万ゼニーにもなる宝石であり、今その20万ゼニーがどうしてもほしい。
「いや、ちょっと待っ・・・」
 事情を説明して、何とかオーガストーンを買い取るという形に事を進めたかった。
 しかし、ゴメスが話を切り出すよりも早く、バントロスは見た目の体型からは想像もできないほどの素早さで、彼の手からオーガストーンを奪い取ってしまったのだ。
「では、確かに頂きましたよ」
 赤く輝く宝石を手に、満足げに確認する。
「そうそう、代わりといってはなんですが、必殺の宝石をあげますよ」
 呆気にとられたゴメスに、畳みかけるように話を進める。
 代わりの品を言うがままに受け取ってしまったゴメスは、これ以上交渉が出来ない事実まで受け取ってしまったことになる。
 必殺の宝石と呼ばれるこのアクセサリーも、そこそこ高価な品であることは間違いない。しかし、店で買えば200ゼニーほど。オーガストーンの百分の一ほどの価値しかないのだ。
「またオーガストーンを探しておいてくださいね・・・そうすれば、もっと素晴らしいものを手にすることができますよ」
 バントロスとの契約はまだ終わっていない。いや、終わらせてくれないと言った方が正しい。
 この先、オーガストーンをまた運良く見つけたとしても、バントロスに安く買いたたかれてしまうのは目に見えている。
 やはり世の中、そうそう一攫千金など得られるものではないのだろうか・・・。
「ではでは。ホーホホホホホ!」
 ゴメスの心情を知ってあざ笑っているのか?いや、決してそんなことはないのだろうが、バントロスのデリカシーのない笑い声は、ゴメスをさらに落ち込ませる。
 バントロスが見えなくなるまで、彼はがっくりと肩を落としていた。
 いつまでも気を落としているわけにも行かない。ゴメスはとりあえずマーシャの待つ家に足を運ぶ。
 ふぅ。
 軽くため息をついて、ドアノブに手をかける。
 バタンッ!
 彼の帰宅を待ちわびていたかのように、ドアノブを回しただけでマーシャとペックの方から出迎えてきた。
「すっ、すっごい宝石を見つけたんだって?」
 ペックの唐突な質問・・・
「・・・どこでそんな話を?
 ゴメスはオーガストーンを手に入れてから、まっすぐ町に戻ってきている。
 噂が流れたとしても、彼らの耳に届くにはあまりにも早すぎる。
「さっき小柄で太った男がやって来てさ、ゴメスのアニキが宝石を手に入れたから会いに来たって訪ねてきたんだよ!」
 興奮気味に語るペック。調子のいいこの男は、こういう時だけ「アニキ」と呼ぶ。
 しかし・・・バントロスがマーシャの家まで訪ねてくるとは・・・。
 彼女たちがオーガストーンを拾った話を知った理由は解ったが、同時に別の疑問がわき上がる。
 バントロスはどうやってオーガストーンを拾ったことを知ったのか?
 彼の登場はあまりにもタイミングが良すぎる・・・
「やったわね!!ゴメスさん!」
 嬉しそうにはしゃぐマーシャをみて、罪悪感に包まれる。疑問もどこかへと吹き飛んでしまう。
「・・・いや・・・それが・・・・・・」
 喜ぶべき時に、歯切れの悪いゴメスの態度。どうしたものかと首を傾げる二人・・・。
「あの・・・ゴメスさん?どうしたんですか?」
 マーシャの質問に、ゴメスが答えようとした時だった。下品な声が、ゴメス達に浴びせられたのは。
「オーガストーンをよこせゴメス」
 用心棒風の部下を二人引き連れて、借金取りがいのつまにかやって来ていた。
「てめぇはガルード・・・」
「何しに来た!」
 ペックが不快感を隠さぬまま言い放つ。
「聞こえなかったか?オーガストーンをよこせと言ってるんだよ・・・」
 ガルードまでが何故オーガストーンのことを知っているのか?いや、この答は簡単だ。
 ゴメスは知らなかったことだが、マデラ鉱山のオーナーはガルードなのだ。おそらくシーズからオーガストーンのことを聞いていたのだろう。
 このことをゴメスが知っていたら、おそらく彼はあの鉱山で働くことはなかっただろうが・・・。
「それで借金をチャラにしてやるぜ」
 本心ではない。
 ガルードはゴメスの手元にオーガストーンがないことを確信していた。バントロスとのやりとりを偶然目撃していたのである。
 その上で、彼はあえてオーガストーンを交渉の場に持ち込む。この後の行為を正当化するために。
「どうしたんだよ?渡さねェつもりか。だったら・・・」
「キャ〜!」
 ガルードの部下が、いつの間にかマーシャを連れ去ってしまっていた。
 ゴメスもペックも、ガルードにばかり注意を払っていたために気がつかなかったのだ。
「しまった!」
 ガルードは、いや正確には彼のボスであるドラコは、マーシャに夢中だった。そのことをゴメスは知っていながら、守ることが出来なかった。
「マーシャは頂いて行くぜ!」
 本来の目的を達成したガルードは、満足げな、それでいて醜い笑顔を浮かべる。
「返してほしくば、オーガストーンを持って来い!」
 とってつけたようにオーガストーンのことを持ち出す。自分の行動が正当化されていることを裏付けさせるために。
 正当化させることは、ガルードにとって重要なことだった。
 この誘拐劇は、警察署の前で行われている。
 騒ぎを聞きつけた警察官達がやってきても、それなりの言い訳をするためには。
 もっとも、そんな心配も無用なものなのだが。すでに警察署に多額の賄賂を支払っているガルードにとっては。
「どういうつもりだよ!宝石がそんなに大事なのかよ!?」
 連れ去られていくマーシャを、ただ黙って見送るしかできなかったゴメスを見て、事情を知らないペックが責め立てる。
「おいら、みそこなったぜ!ゴメスッ!!」
 所詮、こいつは流れ者。マーシャの事なんかどうでも良いんだ。だからこんな奴を泊めることは反対だったんだ。ペックの心の内は、こんな疑念ばかりが沸き立ってくる。
「マーシャは絶対に俺が助ける・・・」
 ペックの心中を知ってか知らずか、ぽつりとつぶやくと、ハンマーを握りしめたままガルードの屋敷へと向かった。

 バンッ!
 両手にハンマーを握りしめたまま、勢いよく足で扉を蹴り開ける。
「待っていたぞゴメス。オーガストーンは持ってきたか?」
 持っていないのを知りつつも、わざとらしくオーガストーンを交渉材料にまた持ち出す。
 お前はこの男のせいでさらわれたんだ。そんなことをマーシャに見せつけるかのように。
 ゴメスは黙って、ガルードに近づく。
「それとも・・・」
 その様子を見たガルードが言葉を続ける。
「力ずくで、マーシャを取り返そうってか?」
 ガルードの言葉など耳に入らないのか、ゴメスの足は止まることを知らないかのようにガルードに向けられる。
 用心棒達が彼の進路をふさごうとするものの、ゴメスには彼らすら見えていない。
「やめてゴメスさん!ケンカしたら死刑なのよ!」
 そんなゴメスの怒れる行進を止めたのは、マーシャの声だった。
「ゴメスさんが・・・ケンカをガマンしてきたこと・・・約束を守ってくれてたこと・・・私・・・とても嬉しかった・・・」
 彼女を救うためだとしても、彼女の心を傷つけてしまっては意味がない。
「・・・だからお願い。私のことはいいから逃げて!」
 ゴメスは自分の死刑などよりも、マーシャを救い出す方が大事だった。
 マーシャは自分の置かれた立場よりも、ゴメスが死刑になることの方が悲しかった。
 二人の、お互いを思いやる心があるがために、何もできない悪循環を生んでしまう。
「そうは行くか!イヤでもケンカさせてやるぜ!?」
 このまま逃げられては、またいつゴメスが邪魔にはいるか解らない。
 マーシャを人質にしている今がチャンスなのだ。この気を逃す手はない。
「おいっ!オマエたち!ゴメスをかわいがってやんなっ!」
 下卑た笑い声がゴメスを囲む。
「ブイの時と違って、手加減はいらねぇぜっ!」
 この一言が、攻撃開始の合図となった。
 ブイの時と違って?
 無抵抗のまま袋叩きにあいながらも、ゴメスはずっと抱いていた疑問の一つが、明確に理解できた。
 ブイの足の怪我。やはりあれは、自らトンカチで打ち出来たものじゃない。ガルードの部下にやられた怪我なのだ。
「キャ〜!ゴメスさん!!」
 じいさんも、マーシャを守ることに必死だったんだろうな・・・。
 悲痛な悲鳴が聞こえる中、気が遠くなっていくのを感じていた・・・。
 すまねぇ、じいさん。マーシャを守ってやれなかった・・・。

第三節へ

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