鬼神集う時代

 

第一話 めざめよ、ゴメス!
第一節 時代の幕開け

 

 ガシャン!
「このやろう!オモテにでやがれ!」
 派手な音と罵声が鳴り響いたかと思うと、酒場から四組の男達が姿を現した。
 いや、一人の大男と、三人の酔っぱらいと言った方が正しい。
「やいやいやい、人の酒を勝手に飲みやがって!返しやがれ!」
 酔っぱらいのリーダー格であろう男が、大男にくってかかる。
「ハハハハハ・・・飲んじまったものは返せねェ。小便になるまで待つんだな!」
 大男の言うことは筋が通っている。が、人の酒に手を出すことまで通りがあるわけでもない。
「な、なんだと!」
 怒りに打ち震えながらも、喉の奥から声を絞り出して文句をたれる。
「おいおい、やめとけよ!」
 背負っていた二振りのハンマーを構え、大男は続ける
「このゴメス様になぐられたら痛ェぞ!!」
 その出で立ちは、まるで鬼神そのもの。痛いどころではすまないのは明確である。
「うるせェ!」
 体のふるえを無理矢理押さえながらも、酔っぱらい達はとうとう喧嘩を始めてしまった。
 誰がどう見ても、悪いのはゴメスと名乗った大男の方である。
 そしてこれまた誰がどう見ても、数の有利を差し引いても、酔っぱらいがこの喧嘩に勝てる見込みもなかった。
 一撃。
 これだけで酔っぱらいを後込みさせるのは充分であった。
「こ、このやろ〜!なかなかやるじゃねェか!」
 再び絡む酔っぱらい。
 そしてまたハンマーを一振り。
 ゴメスにしてみれば、こういったいざこざは手慣れたものなのだろう。
 相手を極力傷つけない程度に追い払うすべを知っている。
 しかし逆に言えば、それだけ方々で他人の酒を飲んでは踏み倒してきたともいえるが。
「こ、このやろ〜!これからが本気だ!」
 ゴメスにとっては聞き慣れた台詞。
 そしてまた一振り。
 ところが、ゴメスに誤算が生じた。今回の相手は結構しぶとい。これは怪我でもして動けなくなるまで続くかもしれない。
 しかし、怪我をさせるのは本望ではない。それがゴメスなりの、「正しい酒代の踏み倒し方」における流儀なのだ。
「いやぁ強いですな」
 野次馬の一人が唐突に、ゴメスに話しかけてきた。
「それだけ強いと気持ちよいでしょうなぁ。・・・でも、つかれませんか?」
 確かに、今回の相手は相当しぶとい。このままでは疲れてくるのも当然といえる。
「私の頼みを聞いてくれたら、ケンカをとめてあげますよ」
 なるほど。ただの親切な仲裁人というわけではないようだ。この手の連中は、後でとんでもないことを頼んでくるケースがほとんど。ゴメスはそれを経験と勘で知っていた。
 そう・・・この仲裁人は、本当にとんでもない頼みを要求することになるのだが・・・。
「うるせェ!邪魔すんな!」
 このケンカ以上の厄介ごとはごめんだ。ゴメスは早く終わらせるために、またハンマーを振り下ろす。
 この繰り返しが続く・・・。
「もうそろそろ、やめませんか?」
 何度目かの、仲裁人の質問。
 さすがのゴメスも、相手のしぶとさに参っていた。
 この仲裁人にケンカを止めさせられれば、後々自分に厄介ごとが降りかかるのはわかっている。
 が、今はそんなことを気にしているゆとりがなかった。
「とめてくれ・・・」
 ゴメスはこの一言で、仲裁人と契約を結んでしまったのだ。
「では、とめてあげましょう」
 仲裁人は酔っぱらい達の前に立ちはだかると、くるりと身を踊らせて続けた。
「パンパンパンプキンサンデー」
 まるで小さな子供に呪文でも唱えているかのような、意味があるようでないような言葉を投げかけると・・・
「パン!」
 声と共に手を大きく打ち鳴らした。
 するとどうだろう。酔っぱらい達はまるで夢から覚めたばかりのように、目をぱちくりとし始めてこう続けた。
「あれ?俺、何やってんてんだ?」
「・・・飯の途中だったんだ・・・」
「きもち悪っ・・・いっ、行きましょ・・・」
 酔っぱらい達は思い出したかのように、酒場へと戻っていってしまった。
 明らかに、仲裁人は不思議な「技」を用いている。それは、これから告げられる「私の頼み」が本当に厄介なものだということを暗示させるのには充分だ。
 しかし今のゴメスは、永遠に続くかもしれなかったケンカが中断できてホッとしているだけで、そんなことまで頭が回らない。
「ハハハ、ざっとこんなもんです」
 自慢するわけでもなく、さらりと言ってのける仲裁人。
「では約束です。私の頼みを聞いて貰います」
 いよいよ本題。
 一瞬、ゴメスの背筋がゾッとする。
「ここから東へ行くと、マデラという町があります。お酒もおいしい町らしいですよ・・・」
 ゴメスの興味を引きつけるために、わざわざ酒の話を織り交ぜる。手慣れた話術だ。
「そこへ行ってオーガストーンという不思議な宝石を見つけて来てください」
 オーガストーン?初めて聞く宝石だ。
「見つけたら私が取りに行きます。・・・いいですね」
 ゴメスはあるだけの知識を総動員して、オーガストーンがどんな宝石なのか、見当を付けていた。
「なぁ、オーガストーンってのは・・・」
 どんな宝石なんだ?と聞くまでもなく、仲裁人・・・いや依頼人となった男は、スタスタと歩き出していた。
「いいですね!オーガストーンですよ!」
 それだけを言うと、依頼人はさっさと立ち去ってしまった。
「まいったなぁ・・・」
 確実に迫る、ケンカ以上の厄介ごとが、現実のものとなってきた・・・。

 マデラに向かうには、パプカ山を越える必要がある。
 途中怪物におそわれる危険性があるものの、山道は整っているので迷うことはない。
 一部桟橋手前で、落石によって通行不可能な場所があったものの、道は一つでないのでさほど問題ではなかった。いや、むしろ幸運であったのかもしれない。
 まさに、山賊に襲われそうになっている少女にとっては。
「きゃーーーーっ!」
 絹を切り裂くような、という表現がそのまま当てはまる、甲高い悲鳴が山にこだまする。
「どこだ!」
 悲鳴を聞いて、人がとる行動は二通りある。助けを求めているとすぐさま駆けつける者と、厄介ごとをさけるように遠のく者とに。
 ゴメスがとる行動は、もちろん前者。
「俺達は山賊だ。だから・・・やることは、わかっているな?」
 山賊の一人が、獲物を手に少女ににじり寄る。
「あり金を、ぜんぶ置いて行け!」
 震える少女に、さらなるプレッシャーを与える。彼女はもう、どうすることもできない・・・。
 しかし、救世主は現れた。
「男二人でナンパするには、ちょっと気の利かねぇセリフじゃねぇか?それもこんな山ん中でよ」
 少女と山賊の間に割って入り、自慢のハンマーを二振り、構える。
「何だテメェは!?邪魔しようってのかぁ?」
 ちょっと前に相手をしていた酔っぱらいとは訳が違う。突然現れた大男に多少驚きつつも、怯むことなく悪党独特の「睨み」をきかせてくる。
「おいおい、やめとけよ!」
 睨みなら負けない、とばかりに、さらに鋭い視線を山賊に向け、言い放つ。
「このオレ様になぐられたら痛ェぞ!!」
 
さすがに、これで退散してくれるほど山賊は甘くない。
「かまわねェ・・・」
 握りしめていたサーベルを、ぐっと握り直す。
「やっちまえ!」
 号令と共に、素早くゴメスを挟み、対峙する。
「囲め!逃がすんじゃねェぞ!」
 統率のとれた動き。隙のない攻撃。
 だが、ゴメス相手には少々非力すぎた。
 ハンマーがうなりをあげ、山賊を打ちのめす。
 圧倒的なパワーの前に、為す術もなく倒されていく山賊達。
「ウグゥッ!!ガ、ガルード様ぁ・・・・・・」
 ガルード?山賊達の頭の名であろうか?
 散り際のセリフが気になったものの、今は少女の身が心配だ。
「どなたか知りませんが、危ないところを助けて頂いて、ありがとうございました」
 愛らしい容姿と同様の、暖かさのこもる声で、少女はお礼を述べる。
 どうやら、山賊には指一本ふれられることなく事はすんだようだ。
「あ、私マーシャといいます。ヨークで働いていたんですけど・・・おじいちゃんが怪我をしたって聞いて、急いでマデラへ帰る途中なんです」
 自己紹介と簡単な身の上話を、丁寧に語る。話しぶりだけで、マーシャと名乗ったこの少女の優しさと人の良さが伝わってくるようだ。
「お願いです!私をマデラまで連れて行ってくれませんか?」
 それだけに、先ほどの山賊達の襲来が衝撃的だったのだろう。まだふるえが止まらないようだ。
「あぁ、かまわねぇよ。俺もちょうどマデラまで行く途中だったしな」
 仮に、行く方向が逆だったとしても、ゴメスはこのかわいそうな少女を放っておくことはなかっただろう。
「ありがとうございます!」
 ゴメスの同意がうれしかったのだろう。震えが止まり、満面の笑みでまたお礼を述べる。
「それじゃあ・・・行こうか・・・」
 少女のまっすぐな感情が、ゴメスには少々照れくさかった。

 マデラ。
 もっとも治安の良い町として、近隣にすむ者ならばその名を知らぬ者はいないだろう。
 だが、同時にもっとも法が厳しい町としても有名である。
 何の変哲もない田舎町だったマデラは、近くに魔晶石の鉱脈が発見されたことで一変した。
 発見された鉱脈の労働者が集まり、新しい鉱脈を発見して一攫千金をねらう者が集まり、人口増加に伴って様々な職種の者が集まり・・・いつしかマデラは、急激に発展していった。
 急速な発展はゆがみを生む。
 特にマデラの場合、人口増加に施設などが間に合わないというゆがみが生じ、次第に人の心までもがゆがんだ。
 ゆがんだ心は、町を無法地帯へと変えていった。
 そしてこの無法地帯から強制的に秩序を取り戻そうとした結果生まれたのが、厳しすぎる法なのだ。
 厳しすぎる法も「ゆがみ」である。
 しかし、このゆがみを正そうとする者はいない。
 なぜならば、法の最高権力者たる総督フリムンが、それを許さないからだ。
 パン一つ,ミルク一杯盗むだけで死刑。
 総督に離反するだけで、どのような刑が待ちかまえているのか、想像するだけでも恐ろしい・・・。
「ここがマデラよ」
 パプカ山を越え、二人はマデラにたどり着いた。
 町は活気に満ちあふれている。法による「ゆがみ」は、見受けられないのだが・・・
「そういや・・・」
 思い出したように、ゴメスは訪ねる。
「この町には、旨い酒があるって聞いたが?」
 この町に来た目的を、すでに半分忘れているかのような発言。いや、酒のことは絶対に忘れないだけなのかもしれないが。
「えぇ。私の家の近くに酒場がありますよ。なんでも、ラム酒がおいしいとか」
 私は飲めませんから、詳しいことはわかりませんがと、補足も忘れない。
「ラム酒ね・・・鉱山の町らしい特産だな」
 ラム酒といえば、鉱山で働く労働者が好んで飲む酒として有名だ。
「さて、ラム酒よりはまずマーシャを家まで送り届けないとな。家はどっちだい?」
「こちらです」
 左手を示すマーシャに続いて、家路へと急いだ。

「・・・見かけない顔だな。ブイじいさんに何か用か?」
 マーシャの家の前では、一人の少年が待っていた。
 怪訝そうな顔を隠すこともなく、ぶっきらぼうに言い放つ。
「ただいま、ペック」
 その声を聞いたマーシャが、ゴメスの後ろからひっこっと顔を出した。
「あッ!マーシャ、帰って来たのか!」
 驚きと喜びを織り交ぜた声が響く。
「こちらは、ゴメスさん。帰る途中で助けて貰ったの」
「・・・よぅ」
 マーシャに紹介されて、軽く挨拶をするゴメス。どうもこういうときの対応は苦手らしい。
「なんだ!マーシャの客なら歓迎するぜ!おいらはペック」
 自己紹介をした少年は、はじめの時とはうって変わって親しげに握手を求めた。
 こうも態度が露骨に変わると、ゴメスもどう対応して良いのか戸惑う。当のペックは気にもとめていないが。
「ブイじいさんなら中にいるぜ。早く行ってやれよ。マーシャ」
「えぇ。ゴメスさん、どうぞ」
 マーシャに促され、家へ通される。
 ガチャ。
 小気味良い音を立てながら、ドアが開く。
「おじいちゃん!」
「おお、マーシャ!」
 ヨークの町から、ずっと祖父の心配をし続けてきた彼女は、すぐさま彼の元へ駆け寄っていった。
「怪我は大丈夫?心配したのよ」
 思っていたよりは元気そうだったからだろうか。彼女の目には安堵の涙で濡れている。
「すまんな・・・仕事をしようと思うてな・・・トンカチで・・・自分の足を打ってまったんじゃ・・・」
 わざわざ隣町から駆けつけてきた孫に、怪我の原因を語る。
「歳をとって、目がかすんでのぉ・・・自分の足がかれ木に見えたんじゃ」
 あまりにも不自然な理由。おそらくは洒落のつもりなのだろう。それがわかるからこそ、三人はそのつまらない冗談に固まってしまった。
「おじいちゃん・・・働いてためたお金がここにあるわ。これでお医者さんにみてもらってね」
 気を取り直したマーシャが、隣町で働き、貯めたお金を祖父に見せる。
「お金、ここに入れておくよ?」
 マーシャは貯金箱に20000ゼニー入れた。
 普通宿屋に泊まれば10ゼニー。短期高収入といわれる鉱山での重労働でも、一日平均500ゼニーである。いかに20000ゼニーが大金であるかが伺える。
「ところでマーシャ。こちらのお客さんは?」
 暖かい家族のやりとりを見ながら、自分がいて良いものか困っていたゴメスに、やっと話題が移ってきた。
「あ、そうそう。こちらゴメスさん。ここに来る途中、助けてもらったの」
 軽く会釈するゴメス。やはり、こういう場の挨拶は苦手のようだ。
「それはそれは、ありがとうございました」
 深々と頭を下げる老人に、さらにどうして良いのか戸惑うゴメス。
 そんな不器用なゴメスが、ちょっとおかしかった。
「今晩はうちに泊まって行ってくださいね」
 クスクス、と笑いながらも宿泊を薦める。
「あっ、いや俺は・・・」
 暖かすぎる家庭が、自分には不釣り合いだ。そう感じていたゴメスはこの申し出を断ろうとしていた。
「ゴメスさんや・・・孫を助けてくださったお礼を、是非させてくれんかのぉ?」
 そういわれては、もはや断れない。
「それじゃあ・・・世話になるかな・・・」
 何故か、照れてしまう自分が恥ずかしい。
「良かった!それじゃあ、今晩はごちそうを作らななくっちゃね!」
 うれしそうにはしゃぐマーシャを見れば、なおさらだ。
 こうしてゴメスは、マーシャの家にしばらくとどまることになりました・・・
 ところが、相変わらずケンカっぱやいゴメス。すぐに町一番の暴れんぼうとして有名になってしまいました・・・

 ガシャン!
「・・・やろうっ!オモテに出やがれ!」
 どこかで見た風景が、ここでも繰り広げられていた。
「てめェ、俺の料理を、勝手に食いやがって。返せ!」
 口笛を吹き、ごまかすゴメス。
 よく見ると、ゴメスに絡んできた酔っぱらいは、ヨークの町で同様に絡んできた男達と同一のようだ。
「すっとぼけやがって!たたきのめしてやる!」
 彼らはヨークでの、ゴメスとのケンカの記憶を謎の仲裁人によって消されている。とはいえ、ここまで同じパターンを繰り返すとは・・・。
 いや、むしろどこに行っても同じ事をやっているゴメスの方を非難すべきか。
「おいおい、やめとけよ。このオレ様になぐられたら痛ェぞ!!」
 一瞬たじろぐ。だが、おきまりのパターンが待っている。
「うるせェ!」
 こけにされて引き下がれない酔っぱらいが、ゴメスに襲いかかる。
 そして、ハンマー一振りで決着が付く。
「ちっ、油断したぜ・・・」
 やられても後に引けない酔っぱらい。一撃の決着のどこに、「油断」があるのだろうか?
「やめてゴメスさん!ケンカしないでっ!」
 ヨークの町と違うのは、仲裁人が取引など持ちかけないことか。マーシャが必死にケンカを止めようと駆けつけてきた。
「るせェ!女は引っ込んでろ!」
「きゃっ!」

 止めに入ったマーシャを突き飛ばす。
「てめぇ・・・マーシャに手を出しやがったな・・・」
 勢いとはいえ、女性に手を出すのは許される行為ではない。特にゴメスにとって、これほど怒りを買う行為があるだろうか?
「ぜってぇに許さねぇ!」
 あしらう程度ですますつもりのゴメスであったが、怒りが彼を止められなくしてしまった。
 荒れ狂う闘牛。今の彼を例えて言うなら、これほど適当な言葉はないだろう。
「ゴメスさん!ケンカはダメ!!」
 マーシャのこの一言がなければ、闘牛はどこまで暴れたであろうか?ゴメスはハッと我に返り、手を止めた。
「ちっ、油断したぜ・・・」
 捨てゼリフをはきはしたものの、胸をなで下ろしていたのは言うまでもない。
 ピーーーー!
 ゴメス後方で笛の音がする。
「コラッ!!マデラでは、ケンカは禁止だ」
 警察官達が大挙してやってきていた。
 酒場と警察署は店を一軒挟んで建てられている。この騒動に気がつかない道理はない。
 酔っぱらい達は彼らが来るのをいち早く気がつき、すぐに逃げ出していた。
 だが、ゴメスは背後に迫る彼らに気がつくのが遅れた。
「ケンカをする奴はタイホだ、タイホッ!」
 完全に逃げ場を失った。かといって、警官に怪我をさせてまで逃げる事が出来ようか?
「ゴメスさん!」
 マーシャの声がむなしく響きわたる中、ゴメスは連行されていった・・・。

 ガシャン
 監獄の鉄格子が音を立てて閉まる。なんとも冷たい音だ。
「まいったな・・・」
 他人の酒を飲み干し、ケンカになり、監獄へ。ゴメスにとっては別段珍しいことではない。
 ただ今回に限って言えば問題が二つある。
 一つは、ここがマデラであるという事。
「おいら、ただの食い逃げ。でもひょっとしたら、死刑かも・・・ここの警察は、きびしいんで有名なんだ・・・」
 同じ監獄に入れられていた囚人が、一人愚痴をこぼしていた。
 そう、ここマデラの法はあまりにも厳しい。
 いや、厳しいと言うよりも極端なのだ。死刑か、釈放か。このどちらかしかないと言えるほどに。
 そしてもう一つの心配事は、マーシャのことである。
 あの優しい彼女のことだ。ケンカを止められなかった責任を感じているに違いない・・・。
「ゴメス・・・釈放だ。出ろ!」
 不意に、看守から命令が下る。
「釈放?」
 監獄に入れられたばかりで、即釈放とは・・・怪訝に思いながらも、鉄格子をくぐる。
「ゴメスさん!!・・・よかった」
 すぐ外では、マーシャが待っていた。
「マーシャ・・・どうしてここに?」
 その疑問には、看守が答えた。
「マーシャに感謝するんだな・・・マーシャが保釈金の20000ゼニーを払ったから、出られるんだ」
 20000ゼニー。それは、マーシャがブイじいさんのために一生懸命貯めたお金だ・・・
「マーシャ・・・俺・・・」
 いたたまれない気持ちでいっぱいだ。マーシャの顔をまっすぐ見ることが出来ない。
「わたし、手続きがのこっているから・・・」
 厳つい大男だからこそ、落ち込む姿はよりいっそう寂しげに見える。マーシャもそんなゴメスを見ていられないのか、すぐに監獄を後にしてしまった。
「今度ケンカしたら、保釈は取り消し・・・貴様は死刑だ!・・・わかったな」
 看守の厳しい言葉が、ゴメスの心を貫く。
「二度とこんな所に来るんじゃないぞ」
 忠告を背に浴びながら、すごすごと監獄を出ようとした。
 出口には、ペックが待っていた。
「ひでェ男だぜ、あんたは・・・保釈金の20000ゼニー、マーシャが一生懸命働いてためた、ブイじいさんの治療代だぜ・・・」
 言われなくともわかっている。だからこそ余計に胸が痛い。
「何が何でも働いて、20000ゼニー返すんだな!たとえば・・・マデラ鉱山へ行って働くとかしてよっ!!」
 マデラは魔晶石の鉱山で栄えた町だ。魔晶石の需要はとどまることを知らず、鉱山では大規模な採掘が続いている。
 しかし、採掘には相当体力を使う上に、危険が伴う。だからこそ常に人手不足であり、高収入が得られる仕事なのだ。
 このマデラで20000ゼニー貯めるのであれば、もっとも手っ取り早い仕事であることは間違いない。
 ゴメスはマデラ鉱山で働くことを決意し、マーシャの家に帰宅した。
「鉱山はマデラを出て北にあるぜ・・・マーシャのためにもがんばってくれよ、ゴメス・・・」
 一度帰宅したゴメスに、再度鉱山行きを薦めるペック。
「わかっている・・・」
 ペックは、マーシャがいる前では調子がいい。監獄でこれでもかと言い攻めた時とは明らかに口調が違う。ゴメスにとって、こういう男は一番嫌うタイプである。
 しかし、ゴメスもマーシャの前ではどうも弱い。ペックの指示に素直に従い、鉱山へと出かけていった。

「おう、なんだぁ?ここの鉱山で働きてえのか?」
 マデラ鉱山に着くと、ここの親方らしい男が話しかけてきた。
 鉱山に来る目的なぞ、働きに来る以外に考えられない。男がゴメスに「働きたいのか?」と声をかけるのは至極当然といえる。
「おう。ここなら手っ取り早く稼げるんだろ?」
 腕を振り回しながら、俺は相当使えるぜ?とアピールし単刀直入に切り出す。
「いいねぇ。威勢のいい奴は大歓迎だ」
 ゴメスの肉体は、鉱山で働くのに適材といえる。鉱山夫を管理するものとしては歓迎して当然だろう。
「俺はこの鉱山で働く奴らを管理している、シーズってもんだ」
 握手を求めるシーズに、答えるゴメス。これがそのまま契約成立となる。
「この鉱山での発掘作業には、二つの仕事がある」
 シーズは仕事の内容を簡単に説明する。
「山を掘って魔晶鉱石を掘り当てる仕事と、掘り当てた鉱石を集めて持ち帰る仕事だ」
 当然、ゴメスには掘り出す仕事が割り当てられると思ったのだが・・・
「あんたには、鉱石を集める仕事について貰いたい」
「なんだって?」
 予想に反した依頼に、面食らったゴメスは思わず声を出してしまった。
「勘違いするなよ」
 ゴメスの反応を予測していたシーズは、説明をつつける。
「この鉱山では、鉱石集めの方が危険な仕事なんだよ」
 シーズの話によると、この鉱山では表面が魔晶鉱石によく似たモンスター、ガンバーンが生息しているためだと言う。
 もちろん、鉱山には他にもモンスターが生息しており、働くものを襲っている。だが、鉱山をうろつくモンスターは専門のモンスター・ハンターが退治しているために、発掘者に被害はほとんどない。
 だが、ガンバーンは鉱石だと思って近づいてきたものを直接襲うため、モンスター・ハンターの助けが間に合わない。
 つまり、発掘された鉱石だと思われるものに近づくものは、ガンバーンを自力で打ち倒せるものでないと勤まらないのである。
「当然、モンスター・ハンターとしての仕事も兼ねることになるんだけどな」
 と、説明を加えたところで話は終わる。
「なるほど・・・俺向きの仕事だな」
 危険な仕事だが、それだけ金になる。ケンカっ早いゴメスにはこれほど適した仕事も他にないだろう。
「で、報酬はどれくらいになる?」
 もっとも肝心なところ。
「1コ持ち帰って100ゼニー」
 悪くない報酬だ。
「ただ、一日に何個でもってわけにはいかん。掘り進みの度合いによって、日毎にノルマをもうけている」
 早いもの勝ちというわけではないようだ。
「いったん山に入ったら、ノルマ達成まで出られねぇぜ?」
 これも、仕事条件の一つなのだそうだ。
「望むところだぜ、おっちゃん!」
 気合い充分。ゴメスは早く20000ゼニー稼がなければならないのだ。引き下がるわけがない。
「そ〜か。じゃあ・・・おまえの今日のノルマは・・・魔晶鉱石6コだっ!6コ掘り出してきたら、日当を払ってやらあ」
 こうして、ゴメスの初仕事が始まる。

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