鬼神集う時代

 

序章 鬼神集う時代

 

 吟遊詩人という道を選んで、まだ数えるほどしか季節を巡っていない。
 しかし、私は早くも「壁」にぶつかっている。
 街から街へと旅を続けて・・・酒場では勇敢な戦士達を、広場では古の神々達を、王宮では甘い恋人達を、好事家の屋敷では身も凍る怪物達を、私はたくさん謡い続けてきた。
 あるいは、様々な人から様々な物語を聞き取っては、私なりに尾ひれを付けて謡ったりもした。
 だが、私もこの仕事に限界を感じてきた。
 謡い続ける物語は、どれも似たような物ばかり。登場人物の名前が違う程度の物でしかない。
 語り部であれば、物語を正確に後世へと受け継いでいくのが仕事だろう。だが、私は吟遊詩人だ。私の物語を聞く者は皆、今までにない物語を求めてくる。片田舎ならまだしも、都会では私の話など、聞き慣れた物でしかない。
 珍しい物語を生み出す・・・どうやら、私にはそういった能力に乏しいようだ。吟遊詩人としてもっとも必要であるはずの能力が・・・。
 そろそろ、別の道を探すべきなのだろうか?
 そんな思いを巡らせながら・・・酒場の扉をくぐっていくと・・・そこには見慣れない風貌の男が、群衆の前で語り始めていた。
「さて、みなさん。怪しい者の語る怪しい物語に、耳をかたむけてみませんか」
 同業者だろうか?男は吟遊詩人がよく使う口上で語り始めた。
「え?・・・わたくしですか?そうですね・・・バントロス・・・とでも覚えておいてください」
 自己紹介をする吟遊詩人は珍しい。よほど名のある吟遊詩人なのか?
 しかし、私は初めて聞く名だ。集まっている酒場の客達も私と同様のようだ。
「そんなことよりも・・・みなさんに、この物語の主人公をごらん頂くことにしましょう・・・」
 男が軽く手を振りかざすと、パッパッと、12人の姿が私の目の前に現れては消えていく・・・。なるほど、魔法を駆使する吟遊詩人か・・・風貌と共に珍しいタイプといえるだろう。
「主人公達は全部で12人。鬼神の魂を受け継いだ、数奇な運命を持つ連中です」
 先ほど見えていた12人が、一斉に現れる。大柄の男から、あどけない少女。中には、人ならざる者までと様々な者達が映し出されている。男が言うように、「数奇な運命を持つ」というふれこみがふさわしい者達ばかりのように思える。
「え?鬼神の魂って何かって?それはまァ、追々わかること・・・気にしないでください」
 酒場に連れられてきたであろう小さな男の子の質問に、男はさらりと答え、続けた。
「コホンッ!では、まず・・・この男に登場して頂きましょう」
 こうして、怪しい者の語る怪しい物語が幕を開けた。

 長い長い物語だった。
 男の話は、数夜に分けて行われた。日を追うごとに聴衆は増え続け、酒場の中では人が入りきらないほどになったため、広場へ場所を移したりもした。
 私は自分の本職も忘れ、この数日間男の話に夢中になっていた。
 そして今、私は男の話を自分なりにまとめ上げる作業をしている。
 この物語を、私はどうしても謡いたかった。
 聞いてほしかった。
 そう、私は思いだした。なぜ自分が吟遊詩人という道を選んだのか。
 様々な人に、様々な物語を知ってほしい。
 それが、私の道なのだと確認し確信した。
 そこで・・・私はあなたに、こう語りかけよう。

さて、みなさん。怪しい者の語る怪しい物語に、耳をかたむけてみませんか?

 

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