You're not the only hero

きえたはなよめ

 美しい自分を維持する事は、昔から女性に課せられたノルマである。
 その中でも体重を希望の値に持続させるのは、最も難しい。
 どんなに運動をしたつもりでも、どんなに食事制限をしても、知らず知らずのうちに、自分を束縛しようとする意識が薄れていくものだから。
 少しぐらい構わない。そんな甘さが・・・。
「くっ・・・・な、何でよ・・・・」
 彼女・・・ノアのように体重を増やしてしまう原因になるのである。
「1キロ・・・・1キロも・・・」
 体重計の上で嘆く彼女の傍ら・・・。
 同居人は黙々と夕飯のカレー5杯目をおかわりしていましたとさ。

「はーぁ・・・・」
 ギルドのラウンジにあるベンチで、ノアは憂鬱そうに溜息をついていた。
 憂鬱そうと言うか、まさに憂鬱だったが。
 そんな彼女に、突然缶コーヒーを持った手が差し出れる。
「ノア、どうなされましたの? 何時もの元気がありませんこと」
 ちょこんとノアの隣に座り、13、4さいほどの少女が尋ねてきた。
 少女は優しい桃色の髪を頭の上の方で結い上げ、また髪の色に良く似たピンクを基調としたハンタースーツを着込んでいる。
 見た目は活発そうだが、言葉遣いは何処か品のある、落ち着いた感じだ。
「ん? アリサかぁ。いやー大した事じゃないんだけどね」
 ノアはハハハと空元気な笑い声で、アリサと言う少女からコーヒーを受け取る。
 カフェオーレ。あまり苦いのが好きではないノアにとって、そのささやかな心遣いがとても有難く思えた。
 アリサはノアの隣の部屋に住むハンターの子だ。両親の元を離れて、ハンター業を営んでいる。
 穏やかで親切なその性格は多くのハンター達を励まし、このノアでさえも元気付けられるほどだ。
「いやー昨日体重計乗ったらさ、かなり増えちゃっててねぇ・・・運動してるつもりなんだけどなぁ」
「まあ大変・・・・あ、そうですわ!」

 何かを閃いたのか、アリサはポンと相槌を打って頷く。
「私(わたくし)、今から依頼で洞窟エリアに行くところでしたの。良かったら手伝って頂けません? あそこは溶岩地帯でありますから、サウナの効果もあると思いますの」
 洞窟エリア。そこはむき出した岩肌の間を血液のように溶岩が流れ、まさに灼熱地獄のような場所だ。
 気温は体温よりも高く、ハンタースーツがなければ焼けてしまいそうなほど。
 それに加え長く広い道。そして襲い来る大量のエネミー達。行くだけで過酷な運動を強いられる。
「そうだねぇ・・・なんか行ったら勝手に痩せてそうだし、ご一緒させてもらうわ」
「助かりますわ。そうと決まれば、さっそく向かいましょうか」

 アリサの優しさに甘え、同行を決めたノア。
 後に、その優しさの中にある彼女の「厳しさ」を知ることになる。

「いつ来ても暑いわね・・・」
 転送された直後に、むせ返るような熱気が襲う。
 じっとしているだけで汗が流れてくるのだ。そんな場所でエネミーと戦ったり、走ったりするのだから、フルイドがなければ脱水症状を起こしかねない。
「あらあら、さっそくやって来ましたわ」
 アリサが指差した方向を見ると、大量のエビルシャークの群れがこちらまっしぐらに向かっていた。
「どうやら、アタシのダイエットを手伝ってくれるようね」
 駆け出したかと思うと、ノアの青い爪が一気に群れを、肉を引き裂いた。
 断末魔の叫び声が木霊し、緑の体液が飛び散る。
(流石「白獅子」ノアですこと。おっと、私も負けていられませんわ)
 アリサが扱うのは、紫紺のフォトンを放つ、細身のセイバー。
 伝説の剣と呼ばれ、全てが謎に満ちた武器「ラヴィス=カノン」を模して作られたそのセイバーは、レプリカとはいえ、伝説の剣に恥じない力がある。
 まあその強さの秘訣は、その剣を使いこなすアリサの腕にもあるが。
 振り上げられたその剣に、エビルシャーク達は体に深い一文字の傷を付けられる。そして抵抗も虚しく、地にひれ伏す。
 10匹ほどの群れは、5分足らずであっさりと二人のハニュエールに打ちのめされた。
「うーん・・・やっぱり、ツラいわね。ちょっと回復を・・・」
 辛いのは敵の強さではなく、この厳しい環境のせいだろう。
 少々バテてしまい、ノアはパックからモノメイトを取り出し、口に運ぼうとした。
 だが。
「チェストー!」
「ぬわぁー!!!!?」

 アリサは突然ラヴィス=カノンで、ノアのモノメイトを弾いた。
 ノアの手から離れ落ちたモノメイトは、ジュッと音を立て溶岩の中に飲み込まれる。
「カロリーの固まりであるメイト類は太る原因! 絶対、ぜーーったい駄目ですわ!」
 困惑していたノアを、アリサが厳しく咎める。
「え、ええぇ・・・」
 先程までほんわかと穏やかだったアリサの変わりように、ノアは驚きを隠せない。
「下の階層に着くまでに飲んでいいフルイドも、2つまでですわ」
「!? そ、そんなぁ・・・それは勘弁してよ」

 1個が雀の涙ほどしかない量なのに、2つだけなんて。ノアには耐えられそうになかった。しかし。
「我慢出来たら・・・スマートなボディを手に入れ、きっとモテモテですわぁ♪」
 その一言に、ノアはピクッと反応する。
「・・・・よっしゃー!行くわよ!!エヘヘへ・・・ウフフ」
 だらしなく鼻の下を伸ばし、ノアは元気良く前へ進んで行ってしまった。
 頭の中でピンクな妄想を描きながら。
「ノア、ファイトですわ〜」
 少女はノアと言う白獅子を、飴とムチで見事に手懐けていた。
「あ、ちなみに目的地は第2層の滝までですわよ」
「遠っ!?」


 巨大花の毒や、翼竜のビームを避けながら、何とか第2層に辿り着くいた二人。
 過酷な環境の第1層とは打って変わり、こちらは自然に溢れ、地下水が脈々と流れている。
 あの暑さはなくなったが、安心は出来ない。こちらの敵の強さは第1層より若干劣るが、多種類のエネミーが、それもうようよと徘徊しているのだ。
「ちょっと水飲んでいい・・・・・?」
 第1層で喉がカラカラに渇いてしまったノアは、岩の間から流れる清水が飲みたくて堪らない。
「構いませんが、3デシリットルだけですわよ」
 何処から持ってきたのか、アリサは計量カップをノアに手渡した。
「よ、用意の良い事・・・・」
 アリサの徹底さに、ノアはただ従う事しか出来なさそうだ。
 目盛りを見て、3デシリットルきっちりの水で、飢えた喉を潤そうとした。
「さて、ここからはマラソンですわ!敵は無視して、滝まで一気に走りますわよ〜」
「え、ちょ、ちょっと・・・」

 全部飲むのもままならず、ノアは走り抜けていくアリサの後を追うはめとなった。

「ゼー・・・ゼー・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」
 恐らく1kmぐらいは走ったのだろう。
 ここは涼しいはずなのに、ノアもアリサも第1層と同じぐらいの汗を掻いていた。
「お疲れ様ですわ。滝の所に着きましたわよ」
「え?あ・・・!」

 顔を上げると、まさに目的地の場所だった事に、今更気付くノア。
 勢い良く流れる滝のしぶきが、ノアの体を冷ましてくれる。
「さてと・・・」
 アリサは近くの岩石から、透明な鉱石を採取する。彼女が依頼で頼まれていたものだ。
「私の目的も無事果たせましたわ。今日は振り回してごめんなさいね」
 アリサは申し訳なさそうに苦笑する。
 確かに疲れはしたが、自分の為に彼女は尽くしてくれた事に、ノアは寧ろ感謝していた。
「ううん、アタシこそ有難うね。じゃあ、帰ろっか」
「了解しましたわ」

 ハンターズ居住区。
「お、おお・・・おおおおおー!!!」
 帰って早速体重を図ると、何と・・・2キロも痩せていた。
 元の体重に戻ったどころか、元より痩せてしまったのだ。
 こりゃお釣りが来たねと、ノアは喜びのあまり頬が緩む。
 もしも減っていなかったら・・・・の心配もあったので、この結果にはとても満足できる。
 いや・・・痩せてなかったら、きっと体重計を壊してしまってそうだが。
『夕飯が出来たぞ』
「は〜ぃ♪」

 疲れを忘れてたのか、軽やかな足取りでノアは食卓へと向かった。

「うまうま〜♪」
『そうか、それは良かった』

 運動してお腹が空いていたので、ノアは箸を止めることもなく、食事を楽しんでいた。
『今日は多めに作ったからな。幾らでも食べると良い』
「マジで! お腹減ってたのよね〜嬉しいわぁ〜♪」

 だがノアはその時気付かなかった。
 いつももの倍以上の量を食べている事に。
 そして次の日。

体重は振り出しに戻る。

めでたしめでたし。

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