You're not the only hero

バレンタインというなのせんそう

「あーぁ・・・何かうまいこと儲かる手はないものかね・・・・」
 パイオニア2一般区域にある、憩いの広場。
 そこで中年の男が一人、寂しげにベンチに座って、呟いていた。
 彼の名は「ガロン」。一応、商売人のはしくれである。
 だが、その傲慢な性格が災いして、商売は上手くいっていないようである。
 先日は防具としてハンターズのみに配布されている「マグ」を売って儲けようとしたが、見事に失敗に終わったのであった。
 ただ一つマグが残っていたのだが、そのマグも通りすがりの男に譲ってしまった。
 そのマグを売ればよかったと、今になって後悔するが、もう遅い。
「うーむ・・・・・ん?」
 ガロンはふと、広場の時計を見た。
 その時計は時間だけではなく、日にちまでも分かるものであった。
 時計は、2月13日PM6:00と指していた。
「・・・・・・・!! これだ!! どうして、今まで気付かなかったのだ!」
 何を思いついたのか、ガロンは静かな広場を一人駆け抜け、自宅へと向かったのであった・・・。
 走り抜ける彼の顔は、何とも邪な笑顔だった。
 たまたま道を歩いていた人々は、まるで危険なものを見るかのような目でしばし見つめていた。

 翌日の早朝。

 パイオニア2内に在る、ハンターズ居住区。
 一般居住区と区別されているのは、ラグオルの情報を漏らされるのを防ぐためだ。
 その為、一般居住区の者がハンターズ居住区へ入ること、またはその逆、ハンターズの者が一般居住区へ入る事は、特別許可がない限り禁止されているのである。
「あちゃ・・・来ちゃったわね・・・」
 その、ハンターズ居住区の、一室。
 整えていないボサボサの寝癖頭で、腕利きのハンター、ノアが一人悩ましげにカレンダーを見つめていた。
 今日は2月14日。そう・・・バレンタインである。
 この日は元来、家族や大切な人にプレゼントを贈る日とされていた。
 しかし今では、女性が好きな異性にチョコレートをプレゼントする日と思われている。
 それは遥か昔、本星コーラルにあった一つの小さな島国が広めたと言う説があるが、真相は定かではない。
 まあ何はともあれ、女性、男性にとっても、大切なイベントに変わったのは事実である。
(困ったなぁ・・・去年まではとりあえずメッセージカードで済ませたけど・・・今年もそれじゃあまりにも可哀想よね。甘いもの嫌いじゃなければ、山ほどのチョコレートをあげるんだけど・・・)
 ノアは隣の部屋で歯軋りしながら爆睡している青年への贈り物をどうしようかと考えていた。
 何故かと言うと、その青年は、異常と言ってもいいほどの「辛党」であったからである。
 反面、甘いものが大の苦手で、特にチョコだのクリームだのというベタベタした油の固まりに対しては、香りを嗅いだだけで吐き気を催すという重症・・・。
 そんな人にチョコレートをあげるということは、相手に「死ね」と言っているようなものだ。
「どうしようかな・・・ん?」
 ピピッと小さなアラームが鳴る。メール受信装置にメールが来たようだ。
 見ると、どうやらメールマガジンのようだ。
 パイオニア2では、このメールマガジンが私達の言う「新聞」の代わりとなっている。勿論、無料だ。
 そのメールをしばらく眺め、ノアはクスリと微笑した。
(グッドタイミング!なかなか面白いことしてくれるじゃん!これなら、喜んでくれるっしょ)
 ノアはさっさと服を着替え、足早に部屋を後にした。
 テーブルに置かれたままの受信装置の画面には、こう書かれていた。
『ハンターズの為のバレンタイン特別イベント!チョコレートで運試しバトル大会☆優勝者には魔石ハートキーをプレゼント♪参加料は1000メセタにて』

 商品である魔石ハートキーとは、ほんの僅かしか取れない貴重な鉱物である。
 ため息が付くほどの美しい色から、プレゼントとしても人気が高いものである。
 それに加え、非常にフォトンの濃度が濃く、武器や防具として加工しても素晴らしい力を発揮する。
 ハンター達にとって、これほど嬉しいプレゼントはないだろう。
 それが1000メセタで手に入るかもしれないのだから、ハンター達はやる気満々だろう。
 実際に、大会の会場にはノアの予想以上の人が集まっていた。
 それらのほとんどが女性だと言うのもある意味怖い。
 おそらく、彼氏なんかではなく、自分の為にハートキーを手に入れたい者もいることだろう。
「これは・・・凄いね」
 厳しい戦いとなる事だろうと思いながら、会場にいたノアは周りを見渡す。
 こんなことなら去年と同じようにカードだけで良かったかもしれないと少し後悔したが、今更挽くわけにもいかない。
「諸君、よくぞ来てくれた!!」
 突如、大音量のスピーチと共に大会の主催者が登場する。
 何だかバレンタインのイベントには不釣合いな、少し太めの中年男。
 そう、ガロンであった。
「激戦となる事と思う・・・・だが、それにめげず、是非とも栄光とハートキーを手に入れて頂きたい!さて・・・今からルールを説明する。この会場の中に無数のチョコレートが置いてある。その中のたった一つだけ、甘くて美味しく、そしてコインの入ったチョコがある。そのチョコを見つけた人が、ハートキーを手に入れることが出来る!!」
 ガロンは一息付くと、続きを言った。
 その言葉を、会場の人々の顔を引きつらせた。・・・・恐怖でだ。
「ちなみに・・・そのコインの入ったチョコ以外は、激辛カラシチョコであるからな」
(・・・・カラシ?)

 ノアは思った。
 やっぱり止めといた方が良かった・・・素直に家に帰れば良かった・・・と。
「では・・・・・始め!!!」
 ピーッとこれもまた大音量の音が響き、とうとう戦争が始まったのであった。
 それと同時に、ノアの近くにいた女性が素早く身近にあったチョコを口に含んだ。
 そして・・・。
「キャアアアアアアアアアア!!!!!!!!???」
「!?」

 その女性は断末魔の声を上げて・・・なんと、気絶してしまった。
 恐るべしカラシチョコ。次々と乙女の叫び声が聞こえる。
「な、何なのよこれ・・・ラグオルよりも酷いじゃない・・・」
 ノアはもう戦意喪失しかけだった。
 だが、僅かなハンターとしてのプライドが、彼女を残りのチョコへと突き動かした。
(大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫DAI☆JOE☆BU!!!!)
 心の中で言い聞かせながら、ノアはチョコを一つ、口に放り投げた。
 ・・・・。
 ・・・・・・。
 ヴ。
「ウッ!!?ガフッ!!?ゲホゲホゲホゲホッ!!!!」
 あまりの辛さに思わずチョコを吐き出してしまうノア。
 チョコを出した後も辛さは残り、思わず涙が溢れ出てくる。
「うぅぅ・・・もう少しで・・・昨日のご飯も出てくるかもしれなかったじゃない!!!!」
 涙を流しながらもノアは鼻をつまみ、カラシチョコを物凄い勢いで食べだすのだった。

 多くの女性が脱落し、残りのチョコも100個を切った。
 会場には可哀想に、絶えられなくて気絶した人や、怖い怖いと呟きながら震える者が後を絶たなかった。
 ノアはと言うと、鼻つまみ戦法が効いたのか、まだ黙々とチョコを食べている。
 だが、もう舌は限界。気力だけで食べていると言う感じだ。
(やば・・・何かぼやけてきた・・・)
 舌だけではなく、体力も精神も限界に近付いてきたようだ。
 その時だった。
 血迷ったのか。参加者の一人である女性が、その拳で次々と他の参加者を殴り出したのだ!
 再び叫び声が響き、多くの参加者が地に伏せる。
「私の!!全部全部私のもの!!!」
 完全に狂ってしまったようだ。目が逝ってしまっている。
 その女性はチョコを一つ握り、食べようとしたその時だった。
 突如、女性の後ろに白い影が現れた。
「殴ってもいいの?じゃあ、アタシの勝ちで決まりね」
 その白い影は弾丸のような速さで、女性の尻を蹴っ飛ばしたのであった。
 女性の体は宙を舞い、重力に従って、ドサッと力なく落ちた。
「一応緩めにしといたけど・・・ごめんねぇ♪このノアの名に免じて許してっ」
 白い影の正体であるノアは、落ちて割れたチョコの中に、何か光るものを見つけた。
 取り出すと、それはまさしく、捜し求めていた黄金に輝く、小さなコインだったのだ。
「み、見つけた・・・・見つけたー!!!!!!!!!!」
 嬉しさのあまりにスキップになりながらも、ノアは状況の酷さにただ呆然とするだけのガロンの手から、ハートキーをぶん取って帰っていくのだった。

「たっだいまぁああああああー!!!」
 バーンと勢い良く玄関のドアを開け、ノアは帰宅した。
「!?」
 ちょうど、青年は晩御飯の準備をしていて、突然の同棲者の帰宅に驚いたようだ。
 しかも、その同棲者の顔には何故か茶色いものが無数に付いていたのであったのだから。
「・・・・・ふぅ。あーそのさ、ジェット」
 ノアはようやく落ち着いたのか、一息付き、青年の名を呼んだ。
 名を呼ばれた青年の方は、どうしたのだろうとでも思っているのか、小首を傾げる。
「えーっとさぁ・・・いつも、色々お世話になってるからね。ちょっと今年は頑張ってみたんだけど・・・これ、バレンタインの贈り物って事で宜しく」
 いつもはハイテンションな彼女も、やはりこんなシチュエーションには緊張してしまうようだ。
 少し顔を上気させ、手に握っていた美しい鉱石を差し出した。
 それを見た青年は驚いた様子で、ノアを見る。
「いいのいいの、受け取って」
 そうノアが言うと、青年はとても嬉しそうにハートキーを受け取る。
 声は聞こえなかったが、微かに口を動かして何かを伝えたようであった。
「・・・何か、カラシの苦しみ、忘れちゃうね」
 その様子を見て、ノアの顔に安堵と満足感の表情が現れたようだった。・・・・ようだった。
 だが・・・。
(ふむ、ホワイトデーは貞操でも頂こうかね)
 と言う、邪な考えを抱いていたのであった。

「この騒動は貴方が原因ですね?ちょっと本部まで、来てもらいます」
「な・・・!!?ワシは、ワシは悪くないぞぉ!!!?」

 イベントの後。
 ガロンは怪我人を出し、大規模な騒ぎを起こしたとして、軍に逮捕されていたのであった。
 そして儲け以上の罰金を払わされてしまったのだとか。

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