ラグオルのおおじぬし
本星からラグオルへ訪れたのはパイオニア2だけではない。
宇宙空間に漂うパイオニア2の周りを取り巻く小さな宇宙船。
小さいとは言っても、それは何万人もの人間を乗せているパイオニア2と比べてなので、実際はそれらもとても大きなものだが。
これらの宇宙船は政府とは全く関係の無い個人の持ち物。
勿論、長い宇宙生活が可能な高性能の宇宙船など、普通の一般市民では到底手が出ない。
主に所持、乗船しているのは大富豪……『名家』と呼ばれるほどの者達。
その財産は一代で築き上げたのか、遠い昔の先祖達が代々遺してきたものかは分からない。
だが何であれ、個人の宇宙船と言うものは、巨額の財産をそのまま示すものなのである。
その中の一つである宇宙船『パールヴァーティー』では……。
「馬鹿かお前は!!!」
鼓膜が破れんばかりの怒声が響き渡っていた。
この声の主こそ『パールヴァーティー』の所持者であり、かの有名なミヤマ家の分家に当たるカナン家の家長。
「テレパイプを買い忘れて死にかけるとは……馬鹿にもほどがあるってんだ!」
その男の前には、赤いハンタースーツを纏った青年……アッシュがいた。
「……そう馬鹿馬鹿言わなくてもいいじゃんか……」
「おいお前、何か言ったか?」
「な……何でもない」
殺意が宿っているような目でギロリと睨み付けられ、アッシュはすくみ上がる。
「今日はお前腹筋と腕立て伏せ300回、これ3セットな」
「えぇ!?そりゃないよ親父……」
どうやらアッシュの父親であるらしい男は、なんと片腕でアッシュの胸倉を掴み、そのままから体を持ち上げた。
「……3セットな?」
「分かったよ……」
泣く泣くアッシュはその日、酷い筋肉痛になるまでしごかれたとさ。
「おい、あれは『白獅子』じゃねぇか?」
ハンターズギルド。
ざわざわと雑談がしていたそこにある人物が入ってくると、ほんの僅か辺りが静まり返った。
その人物はニューマンのハンター。背は高く、金髪にしては少し色素の薄い髪の女性だ。
「古株のハンターで、あいつに仕事を取られたって奴、結構多いよな」
「しっ、お前声がでけぇよ」
そんな会話を聞いているのかいないのか、わき目も振らず彼女はそのままカウンターへと向かう。
「ノアさんですね……どんな依頼をご希望でしょうか?」
「10万メセタ以上の仕事はあるかしら?」
受付嬢は手元のコンピューターで手際よく調べ上げる。
10万メセタ以上の依頼は、大抵が生命の危機に晒されるかもしれないような危険なものが殆ど。
そんな依頼を引き受けるのはよほどの腕利きのハンターぐらいしかいないだろう。
そのことから、彼女がどれほど強いハンターなのかが伺える。
「今日はありませんね……」
「そっかー……じゃあ今日は簡単そうな仕事でもやっておこうかな」
ノアと呼ばれた女性はモニターに映った依頼を適当に指差して、依頼を受けた。
その依頼がまさか、彼女が受けてきた依頼の中で一番辛いものになるとは、彼女はその時思いもしなかった……。
ラグオルの森の中、次々と現れる原生生物を蹴散らしながらノアは進んでいく。
「物欲でラグオル降りるって……どんだけ気が違ってる親父なのよ……」
ノアが受けたのはラグオルに降りてしまったラクトンと言う父親を探して欲しいと言う息子からの依頼だった。
話を聞くと、その父親はラグオルに降りればその土地が自分のものになると思い込み、一目散に向かってしまったらしい。
ちなみに、一般人のラグオルへの降下は原則として禁止されている。
それには多くの理由があるのだが、一番大きい理由はラグオルには凶暴な生物が数多く生息し、危害を加えかねないからだった。
そんな所に、しかも土地欲しさに降りてしまうラクトンをノアは馬鹿らしく思ったが、原生生物に襲われているかもしれないと考えると、どうしても足を早めなければならなかった。
案外簡単にラクトンは見つかった。
ガレキの影に隠れていた為に、原生生物に見つかることは無かったようだ。
「息子が心配してるわ。さっさとパイオニアに帰りなよ」
これでやっと依頼が終わると、安堵したノアだった。
だが……そうこの依頼は甘くなかった。
「土地を確保するためにカプセルを三つ置いてきたんじゃ。それを取ってきてくれたら、帰ってやってもいいぞ」
「……はぁ?」
なんとも我が侭で図に乗ったラクトンの発言に、ノアは思わず聞き返してしまった。
「だからの、カプセルを持って来いと言っとるんじゃ。分からんか?」
「……アタシは気が長くないの。さっさと帰ってくんない?」
ノアが右腕に装着したサイレンスクローの切っ先をラクトンの首に当てる。それも数ミリの感覚だけ開けて。
すると、さっきまで調子に乗っていたラクトンの顔が一気に青く染まる。
「わ……す、すまん!調子に乗ったのは謝る!だが、あのカプセルは必要なんじゃ……お願いだ、取ってきてくれぇー!!」
「な!?」
とうとう泣き喚き出したラクトンにノアは敵わず、渋々承諾するハメになった。
「……はいはい、分かった分かった。取ってきたらいいんでしょ?」
(うひょひょ、ちょろいのう……)
ラクトンの嘘泣きにも気付かず、どこまでも振り回されるノアだった。
「最後の一つ、一体何処にあるのよ……もう」
三つあるというカプセルのうち、二つは見つけた。
一つは湧き水の近くの岩に挟まっていた。
これはまだ良いほうだ。大した敵も出現せず、冷たい水に手を突っ込むだけで済んだ。
苦労したもう一つのカプセルは、ウルフ達がわらわらと出てくる広い場所にあった。
どうやらそこはウルフ達の縄張りだったらしく、普段は背後から敵を狙うウルフ達が怒り出し、正面でも構わず突然襲ってくる始末……。
なんとか全滅させたものの、ノアの疲れはピークに達していた。
だが、肝心な最後のカプセルは何処を探しても見つからなかった。
「同じところも探したのになぁ……」
これ以上探しても同じ。ノアは一度、ラクトンがいるガレキの所に戻ることにした。
「おお!姉ちゃん、いいところに来たの!」
戻ってみると、ラクトンはノアの顔を見るなり言った。
「はぁ……?何?」
「すまんのー!もう一個は……」
「何処にやったの?もう一個は探しても無かったんだけど……?」
ノアはカプセルが見つからず不機嫌になっていたが、次のラクトンの言葉にそのストレスが大爆発することになってしまった……。
「ワシのポケットの中に入ったままだったんじゃよ!」
「……」
その瞬間、ラクトンはおぞましいほど強い殺気を覚えたという。
「す……すまん……の……?」
無言でノアは自分の腕をポキポキと鳴らし始めた。
「馬鹿ぁー!!!」
「ギャアァァー!!!?」
静まり返った森の中で、何かを殴る音と誰かの悲鳴が木霊し続けた……。
「お、親父!?どうしたんだよ!!」
パイオニア2に帰ってきた父親の顔がパンパンに腫れているのを見たとき、息子は思わず父親に尋ねた。
「いや……ちょ、ちょっとな」
恐怖に震え、ラクトンの目は何処か遠くを見ている。
「まぁ……命に関わるような大怪我はしていないようですし……ノアさん、有難う御座いました!」
「いいわよ、気にしないで」
ラクトンをボコボコにしたのがノアだとも知らず、息子は深々と礼をした。
(ああ……疲れた)
重い足取りで、ノアは依頼料を受け取り、去っていった。
「あーもう、さっさと寝たい……」
トボトボと一人、ノアは自分が住んでいる居住区へ帰ろうとしていた。
するとノアの前にふと、黒いハンタースーツを纏ったフォースの青年が現れた。
「あ!?……待っててくれたの?」
ノアの問いに、青年は無言で頷く。
「そっか……ありがとジェット。アンタは優しいねぇ」
どこぞの親父とは大違いだと、ノアは心の中で呟いたのだった。
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