「それ」は、放置されていた・・・。
 深々と切り裂かれた胸部装甲、失われた左の腕、明滅を繰り返すセンサー。
 どれをとっても、そのアンドロイドが生きているとは思えなかったからだ。
 だが、"彼”は確かに、生きていたのである・・・。
(・・・音声にバッテリーを消耗すると、このまま一巻の終わり・・・でも、このままでも一巻の終わり・・・)
 計算する。しかし答えは出ない。堂々巡りのまま時だけ過ぎて、だんだんと命の灯火が消えてゆく。
(全ての残存電力をメモリーバックアップに回せば、記憶だけは失わずに済むか・・・)
 がらくたの山に成り下がった機械たちにうずもれて、黙考する。
 しかし、仮に記憶を守れたとしても、システムダウンからそれほど時間は稼げない。
 だが、それすらも時間とともに不可能になるのは確かな話だった。
(少しでも"生きる”可能性の高いほうにするべきか・・・)
 意を決して、「それ」は行動を開始した。
 残った全エネルギーをメモリーバックアップ用のシステムに回す。それによる、意識が闇に落ちるような感覚。
 消えようとしている意識の中、身体が抱きかかえられた。
 視覚センサーに、その姿が映る。
「お・・・い・・・る・・・?」
 聴覚のセンサーへの供給が絶たれているために、音声が聞き取れない。
(現状行動を中断。次いで全システム復旧)
 負荷に熱を持ちながら、システムが復旧する。復活したばかりの聴覚センサーに、声が届いた。
「聞こえてる?あんたはどっちを選択するの?苦痛にまみれるかもしれない生?永遠の安息を得るかもしれない死?」
 ジャンクの山の中、そんなことを聞いてくる相手に多少の戸惑いを覚えながら、「それ」は選択した。
「・・・・望むならば・・・・」

HUNTER DAYS FACTER

〜BoogieFriends〜
奇妙な仲間たち

一人目:t−z
〜Underground Underdog〜

「おーおー。良く似合ってるよ〜」
 嬉しそうな感想とは裏腹に、自分は今怪訝な顔をしているんだろう。
 鏡に映っている自分の顔は、間違いなくそう見えているのだから。
「・・・恩人」
「サイカだよ。・・・いい加減に名前覚えようね・・・記憶メモリーが混乱してても、覚えるくらいはできるんでしょ?」
「・・・譲歩します」

 むくれている恩人、サイカというらしいそのニューマン種族に謝罪してから、再び疑問にもどる。
「このボディはレイキャストのものだと思うのですが・・・」
「うん。だってキミ、レイキャストなんだもの」

 何を言っているのだろう・・・?私の記憶メモリーのログには、私の過去の姿がきっちりと記録されている。
 その姿は紛うことなくヒューキャストだというのに・・・
「いや・・私はヒュー」
 ヒューキャスト、と言い始める前にニューマンが手を出して制する。
「キミは今日からレイキャスト。理由はめんどくさいから」
 びしっ、と指を突きつけてくるニューマンに理不尽さを感じながら、考えをまとめる。
 少なくとも、現在の私の命を担ってくれたのは彼女である。そういう意味では、人間で言う、恩、に当たるものが私には生まれているわけである。だとするならば、彼女の言葉には従うべきなのかもしれない。
−・・・命があっただけ儲けものだ・・・−
 誰かの言葉が記憶メモリーに引っかかった。しかし、それも刹那の後にノイズの中に埋もれて消える。
「・・・・?」
 それは一体誰の言葉だっただろう・・・?疑問は一瞬、そして次の瞬間にはその疑問も霧散する。
「とりあえず、キミのその姿に見合うだけの能力を覚えないとね。・・・いくよ・・・」
 一方的に言うだけのニューマンに、私は従いながら尋ねるしかない。
「あの・・・恩人」
「サイカだってば」
「・・・モウシワケアリマセン。・・・それで、どこへ・・・?」
「そりゃ決まってるでしょ?ラグオルだよ」

 そのニューマンは、それが当たり前のように「何か変なことでも言ったかな?」と言った風な顔をしていた。

「驚いたぁ・・・結構使えるんじゃん・・・」
 簡単の息を漏らすニューマンの女性。
 無理もない。達者に扱っている自分が一番驚いているのだから・・・。

 小銃を片手に走る。 目標は、ブーマ・・・・、数は、3・・・。
 こちらに気が付いたブーマが咆哮をあげる。両手を天に掲げて威嚇のポーズ。
 怯む事は無い。相手に殺意があるように、私にも殺意があるのだから。
 まずは、一番私の近い場所にいる一体。
 膝部分のギアの反動率を計算して、跳ね上がり、両手を下ろしたばかりのブーマの肩口に、前回転を利用したキックを一撃。悲鳴を上げる暇も与えないままに小銃のグリップを、セイバーを持ったときの要領で握り、銃身部分を叩きつけ、銃口を押し付けるような形になった瞬間にゆっくりと、だが確実に引き金を引く。
 三度の銃撃による反動が、私の身体を前回転の慣性の法則から開放し、地面に降り立たせる。脛部分の衝撃 緩和用のスプリングが軋む音と、ジョイント部分の圧差が、地面に足をつけていることを実感させる。
 さきほどのブーマは既に戦闘続行は不可能。次いで二匹目に取り掛かる。
 まっすぐにこちらに向かってくるブーマに向かい、銃を構える。先ほどの一撃で、銃身にゆがみが発生している可能性は未知数だけに、命中する確立を考慮せずに、射撃、射撃、射撃。
 狙った部分を微妙にそれる銃撃、銃弾がすぐ横を掠めても、全く脅えるそぶりもない。
−・・・極度に興奮したケモノは・・・−
 まただ、私の記憶メモリーにノイズが走る。
ノイズをかき消すようにしてクビを振ると、目前までブーマが歩み寄り、その腕を振り上げたところだった。
轟音、人間で言うところの耳にあたる部分に付けられたセンサーから轟音と呼ぶにふさわしい音が届く。
すんでのところでの上体屈で攻撃をかわした私は、ハンドガンを地面に向けて撃つ。
 BAN!
 軽い音とともに、銃の反動で身体を起こした私の目の前にブーマの血走った瞳があった。
 いくら銃身が微妙にゆがんでいたとしても、ここなら外さない。
 小銃を、その唾液にまみれた口の中に腕ごと叩きつけるようにして突っ込み、引き金を引く。
 重苦しい音とともに、あたりに紅の華が咲いた。
 ・・・残敵数・・・1・・・
 向きを変えることなく、そのまま身を沈める。一瞬送れて、頭上を駆け抜ける風圧。
 脚部バランサーのコントロールに重点を置き、後ろ回し蹴りの要領で回転、かかとを跳ね上げる。
 ―キャギャッ!!―
 金属のきしむ音を立てて、脚部の負荷でメインモニタの映像がブレ始める。だが関係ない。
 跳ね上げたかかとに、遠心力と、脚部モーターを可能な限り全力で起動した威力を乗せて叩き込む。
 ごきり、と、異様な音を立ててブーマの首の後ろ側にめり込んだかかとの下から、その音は響いた。
 お互いに数秒間静止し、やがて、余剰熱分を吐き出す私の身体に押されるようにして、ブーマが地に崩れ落ちた。
「・・・Misson complete・・・」
 "ふふん"と鼻で笑う。

 パチパチパチパチ・・・拍手が起こった。

 拍手をしていた私の恩人は拍手の手を止めて、少し照れたように顔を朱に染める。
「あ・・・ごめんね〜。なんか、動きが凄く綺麗でさー」
「・・・いえ・・・」

 銃をしまい、一礼。マニュアルどおりの行動。だが、ノイズが走る。

−・・・綺麗だな・・・って、想って・・・−

 刹那の余韻とともにノイズも消え去り、視覚モニタの真正面に、恩人の顔があった。
「大丈夫?メインメモリーに傷でも入ってる?」
「いえ・・・大丈夫・・・デス・・・・」
「そう?ならいいけど」

 それっきり恩人はなにもいわなかった。私も何も言わなかった。
 ・・・それでも、胸のうちにくすぶったノイズは消えなかった・・・。

――起床。

 スリープモードの間に過去のビジョンを見たような気がするが、当たり前のように記録には残っていない。
 もともと機械のこの身体には夢を見ると言う概念がない。であるから、夢をいるというのは結局、過去の映像のパッチワークのようなものであって、人間たちのいうところの「夢」ではない。

 私は夢を見ない。「電気ヒツジの夢を見るんじゃないの?」という恩人の言葉を否定したときに彼女は信じられないような顔をした。
 それ以来、毎度のように「夢は見た?」と聞いてくる。
 正直、少々疲れる。

――内燃機関のチェックの後、ミッション

 相変わらず恩人は無茶が多い。自分から敵の中に突っ込み、こちらの射程外の敵まで相手にしながらも相手の攻撃をかわし、最低限の反撃しか行わない。
 何を考えているのか理解しかねるところだが、一応未だどうにかこちらの援護の範囲内だけに、私はそれに異を唱える気にはならなかった。

−・・・・大丈夫?・・・・・無茶しないでよ・・・−

 ・・・ノイズは相変わらず消えない。


――恩人の仲間たちとは一仕事の後に出会う。いつも同じような時間に出てくるあたり、几帳面なようだ。

「ま、同じレンジャーだ、ヨロシクナ!」
 恩人の仲間の一人が手を差し出してくる。

−・・・しらない?これ、握手っていうんだけど・・・−

 ノイズがはっきりと聞こえるようになってくる中、私はその手を握り返した。


 日常は流れていく。私が銃に慣れるにつれて私の中のノイズがはっきりとしていく気がした・・・。

――その日で何十度目かのラグオル降下のことだった。

「今日はキミに素敵な贈り物を上げよう」
 にこにこと喜色満面の笑みにはいつもの邪悪さもない。ただ無邪気にこちらが喜ぶだろうと考えている様子がありありと感じ取れた。

 無骨な銃身。
 リボルバー式の、いまどきではありえないアンティークモデルの機関銃。
 それは、マニアの間ではヤスミノコフの名前で親しまれる一品だった。

「どう?どう?」
 反応を見ている恩人の様子は、猫を髣髴とさせる。
「ありがとうございます・・・しかし、良いのですか?こんなものを貰っても・・・」
「いいのいいの。・・・もともとは、キミのものなんだから」

―ノイズが、走った・・・


−・・・これ?へへ〜。いいでしょ?マニア垂涎の一品なんだから・・・−


「・・と!!・・・ちょっと!大丈夫なの!?」
 知らない間に、その場に跪いていたらしい。いや、むしろ倒れそうになっていたんだろう。恩人が、滅多に見せない心配そうな顔をしている。
「・・・ダイジョウブ、デス」
 大丈夫ではない。それだけ告げるのがやっとだった。
 内部回路をサーチしてもわからない。"原因不明"と"危険"の文字が視界センサーを埋め尽くし、

 私は、倒れたらしい・・・。

 彼女はそこへやってきた。


「へへ〜。いいでしょ?これ、マニア垂涎の一品なんだよ?」
 ハニュエールの女性は手にしているヤスミノコフをぶんぶんと振り回しながらいう。
「でもお前使えねぇじゃん」
「・・・いいじゃないのぉ・・・こういうの、好きなんだからさ」
「・・・くだらね〜」

 フォニュームの男の方が興味もないような顔で空を仰いだ。
 周囲にはロボットの残骸が転がっている。フォニュームとハニュエール以外に、動いているものは私くらいのものだろう。
 私もまた、彼らの協力者だから生きているに過ぎない。
「なぁ、"骨董品"?」
 彼が私のあだ名を呼んだ、首だけをそっちに向ける。
「なんでしょう?」
「自分も扱えないような武器持ってきて、アホだろ?阿呆」
「なによー!そんなことないってばー!」

 わたしは答えない。別に答えたところで関係はない。
 そのうちに話をしないわたしに興味も失せたのか、二人は二人で話しこみ始めた。

 ・・・ジャリッ・・・

 坑道の中に静寂を破る音が響く。
「・・・・・・・・」
 無言で、二人が武器を構えた。
 ヤスミノコフをホルスターに、ハニュエールが背中の長刀を。フォニュームはハニュエールの援護も含めるために、後ろに下がりながら杖を構え、口の中で呪文めいたものを唱えながら精神を集中させていく。
「ひとーり、ふたーり、さーんにん・・・」

 ・・・じゃりっ・・・・じゃりっ・・・・

 残骸だらけでざらざらの地面を苦ともしないで歩いてくる。
「・・・・おねーちゃんたち、つよい?」
 ―警告、警告。逃亡を推奨します。警告、警告
 センサーが警鐘を打ち鳴らす。
「な・・・」
「・・・・餓鬼・・・・?」

 二人は突然の乱入者が小さなハニュエールの女の子だとわかって戸惑っていた。
 それは・・・決定的な油断だった。

 ぶちん

 引きちぎれるような音を立てて、何かが床にぶちまけられた。
「・・・・・・・・・・あ・・・・・?」
 フォニュームの青年が小さく声を漏らした。まるで信じられないものを見たような目で、自分の腹部を見ている・・・。
 その腹部にあたる部分が・・・臓器ごと消失していた・・・。
「・・・・・きゃ」
―ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―
 絶叫が響く。
 内臓の大半を失った異常。こうなってしまえばもはやレスタも関係なくわずかの後に死亡するだろう・・・しかし・・・。
 それよりも前に精神の方が保たなかったらしい。
 仰向けに床に倒れ、血液と一緒に失禁した証拠を撒き散らしながら、それは一言も発することなく動かなくなった。
「・・・よわいなぁ・・・もぅ・・・すこしはてーこーしてよ・・・」
 フォニュームの腹部を切り裂いたと思われる爪をひらひらと見せつけ、その爪に付着した真っ赤な染みをいとおしそうに舐め取る。
 その瞳が、ハニュエールの方を向いた。
「おねーぇちゃん。おねえちゃんは、つよいかなっ?」
「ひっ!!」

 短い悲鳴を上げてハニュエールの女性が一歩退く。
 わたしとしても仲間を一人殺され、むざむざとまた一人殺されるわけには行かない。
 無言で前に出た。手にした"武器"を構え、身を低くする。
「・・・・へぇ・・・・」
 殺気が叩きつけられる。
 自分でもわかる。
 このままだと死ぬ、間違いなく死ぬ。だが、とまらない。
「・・・勝てると思ってる?」
「・・・さぁ・・・?」

 虚勢を張ることで自分を縛り付ける。目の前の少女は少しだけ気分を害したような顔を見せて、吐き捨てるように言った。
「アンタを見てるとむかつくなぁ・・・・"ブラックハウンド"を見てる気分」
「"黒い猟犬"ね・・・生憎と私は猟犬なんて物騒なものじゃない・・・」

 虚勢を張り続けるしかない。それがわずかでも自分なりの抵抗になっている。
 軽く"ふふん"と鼻で笑ってみせる。殺気が一層濃くなった・・・。
「そうだな・・・"骨董品"の私には・・・"負け犬(アンダードッグ)"で十分さ・・・」
「"負け犬"・・・ね・・・・」

 目の前の少女の姿が掻き消えた。次いで、警告が・・・

 ―――ッギィ・・・・

 襲ってきた衝撃は殺せなかった。無様に地面に倒れることだけは避けて、自分から床を蹴って衝撃の方向へ飛ぶ。
 吹き飛ばされた衝撃に対して無理に抵抗せず、地面に腕をついて跳ね上げる。
 起き上がると同時に目の前に少女が迫っていた。
「・・・くっ!!」
 反射的に腕を振りぬく、腕に取り付けられていたシノワビートブレードは空振りに終わる。
 少女は空中に跳んでいた。だが・・・
「・・・迂闊すぎだ」
 左腕のシノワビートブレードを手首部分から排出、次いで左腕の手首のうちに埋まっていたものを空中の少女に向ける。
 腕の内部に収納されていた機関銃が火を噴いた。

 パラララララララッ!!!

 空中で少女が円形の盾をかざし、その中に身を縮めた。
 盾から覘き出た部分に多少命中はしたが、動きを阻害させるものになりえないのは明らかだ。
「・・・チッ」
 空中でバランスを取り直し、一度後方に下がろうとする少女を放り出して、一度手首を拾って付け直す。
 少女は右のひじの傍、二の腕にあたる部分にかすったような傷と、左の足に小さな弾痕をのこしていた。
 浅くはない。だが、深くもない。
「・・・・ふぅん・・・・」
 自分についた傷に、不思議そうな表情で少女は私に向けて先ほどまでと同じ殺気を向ける。
 ただただ純粋な、殺気。無邪気な中に内包された純粋な殺意の気配。
「・・・・・・・・・」
 黙っているだけで気力をそがれていく気がする。少女は先ほどと同じ不思議な彫刻の円形盾を構えたまま、爪をほうり捨て、代わりに腰のダガーを引き抜いた。
 真紅に染まった短剣はシンプルな形ながら、データベースの中ですら見たことのないものだった。
「・・・"負け犬"・・・ね・・・いい名前じゃない・・・」
 一瞬だけ、その少女が大きくなった気がして・・・


 次の瞬間、私は空を向いていた。


 何が起こったのかわからない。ただ、坑道区画の天井を見上げていた。
 立ち上がろうと、左の腕を動かそうと思った。
 だが、動かない。
 動かそうと思っても動かない。それどころか、動かそうと力を込めているのだが、その力を込める部分すら・・・

 そこで、気がついた。
 私は、すでに上半身を左肩から袈裟懸けに切断されていたということに・・・。
 右手のみで起き上がる。斜めに起き上がる身体から休息にエネルギーが失われていく。
 私の下半身はまだそこに立っていて、その一撃の鋭利さを物語るように、硝子のような滑らかな切り口を見せていた。
「・・・・ぐ・・・ぁ・・・」
 短い悲鳴。下半身の向こう側で、ハニュエールが追い詰められていた。
「おねーちゃんは、弱いね・・・」
 いや、追い詰められていたのではない。もうすでに結果としてはハニュエールは倒され、少女によって玩ばれていた。
 先ほど私を切り裂いたと思われるダガーは腰に、ほうり捨てていた爪を拾ったのか、その爪が、ハニュエールの腹部に深々と突き刺さり、抜けばそこから大量の血液が流れ出て死に至るだろうにそれをせず、反応を楽しむように時折爪を動かしては、呻くハニュエールを愉しそうに見詰めては薄く微笑んでいた・・・。
「苦しい?痛い?」
「ヒィ・・・グッ!!・・・痛い・・・痛・・ガッ!?・・・ぃ・・・よ・・・も・・・ぅ・・・や・・・てよぉ・・・やめてっ・・・!!!」

 泣き叫ぶハニュエールの反応が愉しいのか、哂っていた。
「あは・・・あはははははは・・・・・・・!あははははははははははははははははは・・・・!!!」
 薄ら笑いは、いつの間にか哄笑に変わっていた。
 少女の中に狂気がある。
 何よりも純粋で、それ故に危険な狂気。到底人の体にありえない純粋さの狂気。
「・・・・・・ぅ・・・・・ぁ・・・・・」
 狂気に気圧されたのか、ハニュエールは恐怖で声さえ上げることができなくなっている。
 私もまた、その狂気に抵抗を感じていた。
 ただし、私の場合は彼女のように恐怖ではなかった。
 私を支配していたのは、怒りだ。こんなにも危険なものをそのままにしておけないという怒り、自分がそれを止める術をもっていない怒り、そしてなにより、こんな存在を許している全てへの怒り。
 残った力でセンサーをめぐらせる。
 少々手前にあるギルチックの残骸の山に持たれるようにして、向きを調整する。
 右の手を突き出し、目標への距離を計算、弾道角度、精度の調整を済ませた。
 少女は気が突く様子もない、相変わらず壊れた様子で高らかに哄笑している。

 そして、左腕と同様に、私の右腕に偽装されていた"ベルラパンチ"が少女に襲いかかった。

――どのくらい・・・"眠って"いたのだろう・・・?
 爆発と閃光と衝撃で、一時停止状態のセンサー類が回復したときには、天井を見上げていた。
――倒したのだろうか・・・?あれを・・・。
 反動で吹き飛ばされ、腕もさっきの一撃で失ってしまった。どこからどう見ても、がらくたの体だ。
 壊れかけてどうにもならない体の中で、唯一はっきりしている頭は考える。

(・・・音声にバッテリーを消耗すると、このまま一巻の終わり・・・でも、このままでも一巻の終わり・・・)

 そうして、私は目を覚ました。

 見えるのは、暗い鉄の天井。部屋の中にいるのは心配そうな顔の恩人と、いつも私の修理を受け持っているらしき不思議な雰囲気の男。
「目が覚めたかい?」
「・・・いささか語弊がありますが、概ね合っています。正確には、ロボットの自分は意識がないために機能停止から回復することはあっても目を覚ますという概念には当てはまりません」
「そうかい?・・・そうだね・・・ウフフフフフフフ」

 意味ありげな含み笑いを漏らす男から、恩人へと顔を向けた。
「大丈夫?無茶してるんだから・・・」
「モウシワケアリマセン」

 非礼と、自分のふがいなさを詫びて頭を下げた折に、彼女の腰に下げられた武器が目に入った。

 真紅の色をした、短剣型の武器

 データバンクですら見たこともないもののはずなのに、なぜかそのとき、私にはこれが見たことがあるものだと感じた。
「・・・サイカ、それは・・・・?」
「ん?」

 私の言葉に、恩人が腰のダガーを抜く。
「これ?・・・聞きたい?」
 一瞬だけ、その顔に翳りが見えた。聞かれるなら答えるが、聞いてほしくないといった表情。
「・・・イエ、ケッコウデス」
 私が言った途端に、恩人は安堵した表情になった。
 そして、答えなど聞かなくともその様子だけで私の中で記憶が固まった。そこから導き出される答えは・・・・

「サイカ。わたしに本日の貴方の予定をいただけませんか?」
「・・・・言ってる意味わかってる?」

 なぜか顔に微妙な朱色を交えて、恩人は飲んでいた紅茶が咽喉にでも入ってしまったのか何度も咳をしていた。
 必要な資料で得た知識だけに、何処が間違っているのかが気になる。
「・・・どこか、間違っていましたか・・・?」
「・・・まぁいいけどさ。ドコにいくの?」

 苦笑しながらいつもの装備を手にしている恩人に、私は告げた。
「―――坑道・・・第二区画(エリア)へ」


<坑道 第二エリア>

 残骸があたりに散らばる。
 ギルチック、カナディン、シノワビート、シノワゴールド、ダブチックにギャランゾ。

 じゃり・・・っ

 残骸を踏みしめる音が、ノイズを鮮明な映像として見せてくれた。
 あの時退治した相手、その顔をも・・・残酷なほどに鮮明に・・・

「サイカ・・・私は、昔を取り戻したい・・・そう思っていました・・・ただ漠然と・・・そう思っていました」
「・・・・・・・・・・・」

 恩人は答えない。その様子は変わらないような様子だ。
「ですが取り戻したい過去は、残酷すぎる」
「・・・・・・・・」


 じゃりっ・・・

 二人して進む音だけが続く。
 その歩みが、止まった。
「どうしても腑に落ちないところがあるのです」
 サイカは答えない。ただ黙ったまま立っている。
 そして私は、最期の一言を、聞きたかった疑問を口にする。

「何故、サイカは私を助けたんですか?」
「んー・・・私が正気を失ってたとか・・・色々女々しい理由が無いことも無いけど・・・そのあたりはどうでもいいの」


 恩人はゆっくりと、私と対峙するように距離を開き、そして――

「理由は、キミがそれを選択したからだよ」

―― 一息で、言った。
「・・・それだけのことで?」
「・・・うん、"望むのならば、苦痛にまみれようと、生を"とキミが選択したから。・・・ただそれだけ」
「・・・・・・・・」

 今度は私が黙る番だった。
「だから私は、恩人って呼ぶなっていったんだよ」

「だって私は、キミから過去の全てを奪った人間なんだから」


 ノイズがうるさい。頭の端々でノイズが暴れている。

「・・・貴方が私から過去を奪った。・・・ですが、与えたのも貴方だ」
 ゆっくりと、手にしていた銃を、上げた。
 ヤスミノコフ9000M。恩人が私に与えたもののひとつ、恩人が私から奪っていった過去の一つ。
「今更過去の"骨董品"頃の名前も必要ない。私が貴方を殺したとしても何の解決にもならない。・・・空しいだけだ」
 片方の銃を恩人に向けたまま、もう片方を―自分のメインメモリーチップと人格形成回路の基板―頭部に押し付けた。
「・・・心中でもする気?」
「シンジュウというものがどういうものなのかは思い出せませんけれど、貴方に向けている銃は単なる脅しです。
・・・ですが、止めようとするのであれば容赦はしないので・・・」

 銃口を向けられても顔色一つ変えないくせに、私が言った言葉には驚いている。不思議な人だ。
「貴方は私から全てを奪った敵です。だが、同時に私に生きる望みを与えた恩人だ。私の中の矛盾は私の存在を持って成り立っている、故に私は私の存在の消滅をもって全ての矛盾を解決します」
「なんだ・・・自殺志願?・・・やめてよね・・・・」

 ゆっくりと、恩人の様子が変わった。左手を腹部に、右手を腰にある短剣に添え、身を低くする。
「・・・言っておくよ。キミさ・・・この距離だったら、死ねないから。絶対に」
 絶対を強調して、恩人は言った。
 距離は約7歩分。こちらの威嚇を意に介さないと考えても銃がわたしのメインメモリーを粉々に砕くほうが早い。
 そして、わたしが引き金を引くその瞬間に、

「――神楽流・奥義組討・・・・"紅疾風(べにはやて)"――」

 あの時と同じように、恩人の身体が、瞬間的に大きくなったような幻覚が見えた・・・。

「・・・無様ですね」
「そりゃそうでしょ」

 仰向けに転がるわたしの上にマウントポジションをとる格好で、サイカは告げる。
「・・・無駄な力使わせないでよね・・・」
 疲れた調子で言うサイカの腕には、未だスパークを上げる私の腕が握られていた。
 一瞬の内に七歩の距離を詰め寄ってわたしの腕を両方とも切り飛ばした。センサーにも映っていないほどの・・・技の名を呟く声が後にやってくるほどの超高速。勝ち目など無い・・・。
「"苦痛にまみれるかもしれないけれど生きる"って選んでおいて早々と自殺図ろうとしてんじゃないの!・・・大体、キミが成長していくの見てるのは楽しいんだから、人の楽しみを奪うなー」
「・・・サヨウデスカ」

 どこまでも自分勝手な考え方の人だ。嘆息するわたしに、サイカは新たに告げた。
「ねぇ・・・キミの名前さ・・・」
「t−z」
「・・・・へ?」

 思いがけない答えに間抜けな顔を見せているサイカに、わたしはさらに告げる。
「t−z(ティーズィー)です。製造ナンバーまで入れるのは響きがよくないので」
「ふぅん・・・t−zね・・・」

 "変な名前だな"と不思議な顔をする。思いつめていた自分が何よりも馬鹿らしい。
「実のところは止めにきた貴方に殺されるというのが、一番の理想だったんですけどね・・・・」
「馬鹿じゃない?わたしが殺すはずないじゃないの」
「・・・サヨウデスカ」

 嘆息がまたひとつ。
「生きたんだから、死ぬまでの間あがいて見せな。"負け犬(アンダードッグ)"」
「・・・・・・」

 それだけいうと、サイカは私の体を持ち上げ、引きずっていく。・・・と、
「・・・過去を本気で消したいと思うのなら、メモリーから完全に消してあげる・・・」
 "取り戻すことはできなくても破戒する事は簡単なんだ"と、呟くように言ってからこちらを見る。
「さぁ、キミはどちらを選択する?"全てを忘れてやり直す"か、それとも"記憶を残したまま引きずって生きる"か・・・?」
 わたしは、サイカの言葉に答えた。
「望むならば――」

「・・・ッ!!」
 刃が交錯する。
 小さな音を立ててスライサーが弾かれる。転がったスライサーを一瞥して、ガングレイブが歯噛みする。
「ガングレイブ!」
 サイカが叫びながら、腰のダガーを振り回して周囲のエネミーを切り裂きながら走る。だが、遠い。
「・・・チィッ!!」
 スライサーの代わりにと引き抜いたセイバー。だが、それよりも早く刃はガングレイブを両断する。
 ・・・かに見えた。

 ギィッ

 気味の悪い金属の擦れる音を立てて刃が阻まれていた。
「・・・・・ふふん」
 軽く鼻で笑い、腕を持って刃を止めたレイキャストが片手で腰から獲物を抜く。

 BooooooooM!!

 軽快な音を立てて駆動するモーターの音を聞きながら、彼はその獲物、"チェインソード"でエネミーの体を斬り上げた。
「くたばれ化け物(フリークス)・・・!!」
 断末魔の叫びを上げながら体液をほとばしらせて倒れてゆくグラスアサッシンを前に、吐き捨てるように言うとそのレイキャストはガングレイブに手を差し伸べる。
「大丈夫でしたか?」
「・・・あぁ、一応な。それにしてもアンタ、変わってるよな」

 ガングレイブが手をとって起き上がりながら言うと、レイキャストは少しだけ心外そうな顔をした。
「・・・質問の意図が不明ですが、わたしは一般的なレイキャストのつもりです」
「・・・だがな、あんたの戦い方見てるとレイキャストって言うよりも・・・どっちかというとヒューキャストみたいなんだよなぁ・・・」

 どこから見てもレイキャストの風貌の彼を前に、ガングレイブが首をひねる。そんな様子を見て、エネミーを全滅させたサイカが言った。
「どっちでもいいじゃん。そんなこと」
「・・・わたしのパーツには随分と年季の入ったものが含まれてますので」
「へぇ・・・アンタベテランなんだな」

 ガングレイブが感心したように言うが、彼は少し照れたような笑いを浮かべるだけで
「・・・まだまだ・・・ですよ・・・"負け犬"ですから・・・」
 小さく呟くように言った最期の言葉は、ガングレイブに届きはしたが、意味まではわからなかったのか、疑問符しか浮かんではいなかった・・・。
 そんなことには構わずにレイキャストは疑問符だらけのヒューマーの元から離れ、ハニュエールのところへ歩み寄る。
「どう?・・・まだ生きてる?」
 ハニュエールの問いかけに、レイキャストは一部の淀みも無く答えた。


「・・・勿論。"負け犬らしく、なにもかも引きずって足掻いて生き"て見せていますよ」

 リボルバー方式のマシンピストル、ヤスミノコフ9000Mを手に皮肉気に笑う。
 その様子を見て、ハニュエールもまた楽しそうに笑顔を見せていた。

目次へ
トップページへ トップページへ