HUNTER DAYS FACTER

夜を刈り取る黒い走狗(イヌ)
すべての結末と、最後に笑うもの

−BOOOOOW!!−
 爆音を響かせ、弾道が唸りを上げ、着弾、爆発。
「・・・・・・・・・」
 “それ”は無表情なままその光景を見ていた。たった今、炎の舌を放った武器を手に・・・。
「・・・・・・・・・」
 やがて“それ”は、興味を失ったかのようにその場に背を向け、マーカーで示されている光点へと向かって歩みを進め始めた。
 そして、残されたのは単なる瓦礫の塊と、それに埋もれるようにして沈んでいる数多の機械部品だけになった・・・。

「カァァァッ!!」
 獣のような唸り声を孕ませたまま気合とともに振り回されたニョイボウは、しかし狙いに当たる事無く宙を薙いで過ぎる。その間隙を縫うようにして鋭利な鎌の刃がニョイボウの持ち主の胸元へと襲い掛かった。
「フン!!」
 ビュンッ!!空気を切り裂く音を響かせて鎌の刃が通り過ぎた。身を低くしたまま刃をやり過ごしたサイカは、そのままクラウチングスタートを切るような態勢からキリークに向かってタックルをかける。
「はぁぁっ!!」
 サイカは肩からぶつかる瞬間に、もぐりこませた拳を打ち込んだ。身体を瞬間的にくの字に折り曲げて衝撃を殺す体制をとったキリークの顔が、サイカの間近に迫る。

 哂っていた・・・。とても愉しそうに、その顔が哄笑していた。

「・・・くっ!!」
 間近に迫る顔に向かって小さく吐き捨てるように呟くとサイカはキリークの首へと手をかけて、体重をかけて地を蹴った。
 哂ったままのキリークの顔面にサイカの怒りを孕ませた強烈な膝蹴りが唸りを上げて叩き込まれる。
−グシャアアアアッ!!−
 金属のひしゃげる音と、硬いものが金属に激しくぶつかる音とが同時に鳴り響いた。
 背中に広がる殺気にサイカがキリークの肩口を片足の踵で蹴り飛ばし、距離をとる。ほんの少し、たかが2〜3秒の差で、両側から掴みかかろうとしていたキリークの腕がサイカの髪を撫でるようにして過ぎる。気が付かなければキリークに捉まって動けなくなっていたことだろう。
「・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・ったく・・・・しつっこい上に・・・・堅いったらありゃしない!」
 サイカが毒づいてニョイボウを握り締めた。サイカの身長と同じほどに伸びた棒を手に、サイカが槍術の下段突撃の体勢をとる。
「クククククククククククッ・・・・・!!」
 薄ら笑いを続けたまま、心底愉しそうな表情でキリークは鎌を手に大上段の構えを取った。
 サイカとキリーク、二人の間に静かに空気が高まり、気勢を乗せた視線が交錯する。
 しばらくの硬直の後に、双方はどちらともなく相手をめがけて動き出した。サイカは姿勢を低くしてニョイボウを地に擦り付けんばかりに下げたまま突進し、かたやキリークは、鎌を大きく振りかぶったままでゆっくりと前進する。
 二人の戦闘範囲が徐々に重なり、お互いの領域がお互いをそれぞれ侵食する。そして・・・、
「クハハハハハハハハハハハハ・・・・・・・」
 哄笑しながらキリークが振りかぶった鎌を振り下ろした。ダッシュするサイカの視界外からの振り下ろしに、しかしサイカは反応していた。地に着かんばかりに下ろしたニョイボウを地面に当て、慣性の法則とテコの原理に従って浮き上がる体をニョイボウを支点に半回転させ、鎌をすんでのところでかわすと、そのままの勢いを利用してキリークの膝関節部の裏側にある外部装甲板に痛烈な蹴りをお見舞いした。
−ベキィッ!!−
 小さく、そして甲高い音とともに金属板が砕け、膝関節部の神経接続プラグと人工筋肉筒が垣間見えた。バランスを崩すキリークを尻目に着地し、反射的にそれに手を伸ばすサイカ。その右手のすぐ前に、鋭利な鎌の刃が立ちはだかった。
「・・・・・・」
 無言のままにキリークの鎌が振るわれ、咄嗟に手を引っ込めたサイカの右手の甲を軽く傷つけて通り過ぎる。サイカはキリークの連撃を防ぐため、床を手で突いて身体を後方に押し出した。
 距離をとったサイカが、手の甲に浮かぶ一筋の線に沿って数珠繋ぎに浮かんだ血の玉を舌で掬い取るようにぺろりと舐め上げて、その瞳を怒りに染め上げキリークを睨みつける。
「・・・・キリーク・・・・アンタを止めてやる・・・」
「ヤッテミルガイイ・・・・」

 サイカがキリークへと疾風のように突進する。キリークが迎え撃つように鎌を振り下ろす、が、それよりもコンマ1つ早くサイカの身体がそこを駆け抜けた。
「もらったぁ!!」
 サイカが膝裏側に存在するコードの数本に向けて手を伸ばす、勝ち誇ったような笑みを浮かべた瞬間、その笑みが凍りついた。
 サイカの目の前にセツの顔があった。キリークが鎌を持たぬ方の手で拾い上げ、サイカに向けて突き出し、投擲していたのだ。さすがにこれはかわせず、サイカはコードから手を放してセツを受け止め、床を転がった。
−・・・・ザシュッ・・・・−
 鋭い音がやけに長く響いた・・・。
 床に伏すサイカの右足から、真紅の流れが噴き出し、床に新たな溜まりを作っていた。
「・・・・チィ・・・・・・」
 サイカはセツをあらぬ方向へと放り出し、膝立ちのままキリークを迎え撃つ準備をする。が、それよりも早くキリークはサイカに接近し、その横っ面に痛烈な蹴りを打ち込んでいた。
バキィッ!!
「・・・っがっ・・・!!」
 苦悶の表情を浮かべて床に再び倒れるサイカのその首下に、死神の刃が添えられた。
「無様ダナ・・・“銀の悪魔”」
 キリークが侮蔑の入り混じった眼差しでサイカを見つめる。
 サイカが、キリークに向かって殺気のこもった目を向けた。しかし、右足の傷は思ったよりも深く、立ち上がることはおろか、態勢を変えるだけでも大変に思えた。
 それでも、ぐらぐらと揺れる身体を支えながら立ち上がるサイカの横っ面を再びキリークが蹴り上げる。サイカの小さな身体が、床にバウンドして転がった。
「・・・かはぁっ・・・」
 腹の中の空気を吐き出したサイカの口から、血の混じった泡が飛び出す。鼻骨にダメージを受けたか、鼻からも血が溢れ出ている。
 それでも床に手を突いて立ち上がろうとするサイカの首に、鎌の刃が当てられた。ゆっくりと振り向くサイカへと、キリークの恍惚の笑みが向けられる。
「オワリダ・・・長イ関係ダッタガ、ヨウヤク終ワル・・・」
 キリークがゆっくりと、名残を惜しむような素振りで言った。
「サラバダ・・・」
 キリークが別れの言葉を口にした正にその瞬間だった・・・
−・・・・タンッ・・・・−
 ・・・それは小さな音だった。とても小さくて、それでいて重い音。
 実感のわかないために、サイカはそれが銃声だと気がつくのに、だからしばらくの時間を必要とした。
「・・・・な・・・ぁ・・・?」
 そして、それはキリークも同じだった。いきなり背後から狙撃されたのだ、と気がついた時には、銃弾を受けた右の腕に走る衝撃から、鎌を取り落とした後だった。
 慌てて銃弾の発射点へと目を向けるキリークの眼に、信じられないものが映っていた。
「じゅ、ジュエル!?」
 サイカが声を上げる。キリークに至っては声も出てはいない。キリークを狙撃したのは、首が胴体から切り離されて絶命したはずのジュエルだった。その首は左手に大切そうに抱えられ、西洋の首なし騎士、デュラハンを髣髴とさせた。ただし、右手に握られているのは西洋刀剣では無く、ハンドガンだが・・・
 キリークが正気を取り戻した瞬間、次いでのジュエルの射撃が始まった。ハンドガンによる射撃に、キリークが鎌を拾う間もなく腕を上げてかろうじてセンサーをガードする。
「!!」
 そのチャンスを逃すサイカではなかった。力の入らない右足を捨て置き、左足と右手でバランスを取って起き上がり、床を右手と左足で同時に叩いて肩からキリークにぶつかった。
「ナッ・・!?ヌゥォオオオオオオオッ!!!?」
 驚愕の声を張り上げてサイカとともに崩れ落ちるキリークへと手を伸ばし、サイカは無我夢中で数本のコードを毟り取っていた・・・・。

「しっかし・・・ビックリしたわぁ・・・どしたの、それ?」
 キリークが機能停止に陥ったことを確認して後、サイカは右足にレスタの治癒を施しながら、ジュエルへと質問した。と、ジュエルが途端に得意げな顔になる。
「まぁ・・・“ロボットはすべからく首を外せるもんだ”って、知り合いのヒューマーが言っててね。それで、研究所の人に頼んで、頭部に予備電源と遠隔操作システムを積んでおいたの」
 ジュエルの話では、予備電源が作動せず、あわや死か?とまでイきかけたところ、サイカが流した涙のために回線がショートし、予備電源のスイッチが入ったのだと言う。
 ジュエルの話が終わる頃には、サイカは右足の治療を終えて、動けることを確認していた。
「・・・・・・殺す・・・・・」
 いつの間に気がついたのか、先ほどまで気絶していたセツがキリークに向けて、残っていた片手で鎌を構えていた。その刃に、魂を滅する魔性の輝きが宿る。
「コロシテヤル!!キリークゥゥゥゥ!!!」
 セツが鎌を振り下ろそうとしたその時、
−pipipipipipipipipi・・・−
 時計のアラームのような音が鳴り響き、ジュエルが慌てたような声を上げた。
「大変!予備電源が無くなりそう!!早く帰らないと!!」
 ジュエルの言葉に、セツが鎌の手を止めて、その場に刃を放り出した。
「・・・運の良いヤツ・・・」
 小さく呟いてその場を去るセツに、サイカは微笑を返した。
「さて、帰ろうかね。我が家へ♪」
 そう言ったサイカの背中に、硬いものが押し付けられる。横を見るサイカの瞳に、ジュエルやセツの様子が映った。一様に顔を諦めの表情に変え、両手を上に上げている。
「大人しくしろ・・・我々は、ラグオル軍部の人間だ」
 さすがのサイカも青くなった。今まで忘れていたが、この場にはサイカたちだけではなく、軍部の人間もいたのだ。あまりといえばあまりの展開に、サイカはおろかジュエルもセツも、反応できていなかった。
「・・・・はぁ〜ぁ・・・・まずいなぁ・・・これは」
 セツもサイカも、軍部の連中に知られてはいけない秘密ばかりを抱えている。しかし、この場で逆らっても得策ではない。仕方なくサイカたちは自分の装備している武器を全て外して床に置くと、両手を挙げて投降のポーズをとった。
 銃を構えている一人がうんうんと頷くと、周りの連中を見回して、言う。顔はフェイスガードに隠れて見えなかった。
「オレはこいつらを始末する。お前らは他の場所を見て回れ、」
 声の調子から男だと判断されるそいつの号令に、他の連中は蜘蛛の子を散らすようにばらばらに駆けて行く。どうやらこの男がリーダーのようだった。
「さぁて・・・」
 男はゆっくりと、銃を向けたまま回り込み、じろりじろりと嘗め回すような視線をサイカたちに向けてくる。
「まだ武器を隠し持っているかもしれないからな・・・お前!」
 銃をセツに向けたまま、男はサイカを指差した。指されたサイカが不審そうな視線を男に向ける。
「そっちの女の服を脱がせろ。武器を隠していないかを証明するんだ」
 憎しみの視線を向けるサイカへと銃口が向けられる。右手も左手も使えないことが、今は腹立たしかった・・・。
「・・・お・こ・と・わ・り・よ!」
 わざわざ一字一字を区切って言い放ったサイカに、男が不敵な笑みを浮かべた。
「そうかい・・・・残念だなぁ・・・」
 男の指が引鉄にかかり・・・
−PAN!!・・・ぱっち〜〜ん☆−
 乾いた音とともに、サイカの額に吸盤つきの矢が盛大な音を立てて引っ付いた。
「・・・・・は??」
 意表を突かれたサイカが奇妙な顔のまま固まっていると、男がいきなり笑い転げる。
「だぁっはっはっはっはっはっはっはっは・・・・!!!」
 大声で笑い転げる男をぼんやりと見つめるサイカ、そのうちに男は笑い疲れたのか、身体を起こしてフルフェイスのフェイスガードを脱いで、いつもの格好に戻る。
「よ!助けに来たよ」
 軽く手をあげて笑うヒューマーの姿には、三人とも見覚えがあった。
「ガングレイヴ!!」
 サイカとセツ、そしてジュエルの声が、その瞬間確かにハモっていた・・・。

「いやはや・・・クーゲルの馬鹿から話を聞いたときには正直焦ったよ・・・」
 ジュエルに肩を借りながら、サイカはガングレイヴの言葉に耳を傾ける。
「どうにか軍部の連中の中に知り合いがいてね。無理やりここの掃討任務の連中の中に潜り込んだんだよ・・・」
 ガングレイヴが肩をすくめる。その様子が妙におかしくて、サイカもセツも笑っていた。
「・・・警告。エネルギー残量30%を切りました、一刻も早い補給を推奨します」
「何ですって!?」

 ジュエルのエネルギータンクの警報に、セツが声を上げる。
「ジュエル!あんた、私を騙したのね!」
 セツがジュエルを今にも掴みかからんばかりの形相で睨みつける。しかしジュエルはそんなことどこ吹く風で、
「知ってるくせに、私は冗談をこよなく愛する新型レイキャシールよ?」
 とおどけた調子で言って見せた。
 「それにね」ジュエルは付け加えるように言って、セツへと手に乗せた頭を寄せる。
「誰のためだって言っても、私は貴方が他人を殺すところは、これ以上見たくないの」
 静かに、だが力強く言い放ったジュエルの言葉に、セツは一瞬驚いたような表情を見せ、その後すぐに笑って言った。
「だったら金輪際、アンタがどうなろうと殺しなんてしないからね!!」
 「はいはい」
と相槌を打つジュエルの様子に、サイカは小さく笑って、テレパイプのスイッチを入れて放り投げた。
 地面に落ちた小さな機械から光が立ち上り、パイオニア2へと続くゲートを作り上げる。
 サイカたちがゆっくりとゲートを潜り抜ける時、
「そういえばさぁ・・・」
 セツがジュエルの方を振り返った。ジュエルが何事かとセツの方を見ると、セツは笑ってジュエルの頭に指を“ちょん”と触れさせて、言った。
「買い物、付き合ってくれる約束。忘れるんじゃないよ、ジュエル」
 セツの言葉に、ジュエルはゆっくりと、微笑を浮かべた。
「ええ・・・この程度の損傷、一日足らずで直すわよ・・・」

 ・・・結局、この事件はうやむやのうちにコンピュータのミスということになって、そのまま立ち消えた。しかし、現場から発見されるはずのキリークの身体や、彼の鎌は発見されず、彼の行方はそのまま闇の中に解けるように消えてしまった・・・。
 キリークは死んだのか?だれにも分からない。
 だが、サイカもセツも、あの走狗がこの程度でくたばるとは思ってはいなかった・・・。

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