HUNTER DAYS FACTER

夜を刈り取る黒い走狗(イヌ)
潰えるものと新たに挑むもの

「・・・・・・くぅっ!!」
 小さく声を漏らすセツの頬をかすめるようにして、鎌の刃が行き過ぎる。すんでのところで素早く右に跳んだセツは、かわす動作をそのまま攻撃に転じさせて、身体を捻り、裏拳をキリークの顔面に叩き込む。
−バキィィッ!!−
 鉄が軽くひしゃげ、そして何かが砕けるような音とともに、セツの身体のほうが吹き飛ばされて壁に激突した。セツの拳よりも一瞬早く、カウンター気味に繰り出されたキリークの拳がセツを捉えていたのだ。
「ドウシタ・・・・“死を呼ぶもの”・・・・オ前ノチカラハソンナモノカァッ!!」
 キリークが鎌を振り上げて壁に打ち付けられたままのセツに迫る。セツはどうにか壁から身体を引き剥がすと、キリークが鎌を振り下ろす瞬間を見計らって身体を捻り、鎌の刃をすんでのところでかわすとともに、その脇腹に痛烈な蹴りを放った。
 バキィィッッ
 金属の砕けるような音とともに、キリークのボディの脇腹部分に無数の亀裂が入る。しかし、その身体は傾ぐことなく執拗にセツへと鎌の刃を翻す。
 ヒュンッ ヒュンッヒュンッ
 空気を裂く音が残響音を響かせてセツの耳元を掠める。紙一重のところで攻撃をかわしたセツがキリークから距離をとり、そこで片膝をついた。
 先ほどキリークに向けて蹴りを放った脚の方に、無数にひび割れたボディの欠片がいくつも突き刺さっていた。止まる事無く溢れて滴る血が、傷の深さを如実に表している。
「・・・・チィ・・・・」
 小さく舌打ちをすると、セツは力を振り絞るようにして立ち上がる。脚に突き刺さっていた破片が、筋肉の動きで吹き飛ばされて転がり、傷跡から血が噴き出す。
「・・・・レスタ・・・」
 セツの詠唱に反応して緑の光が脚の傷を癒してゆく。しかし、それを許すキリークではなかった。
「死ネ・・・・!!」
 間合いを詰めなおしたキリークが鎌の一撃を振るう。セツは転がってそれをかわすとレスタの詠唱を続行し、キリークはその機に乗じてとどめを刺さんと襲い来る。
「コォォォォォォォォォォォッ!!!!」
 気迫とともに振り下ろされた鎌が床を凪ぐ。削り取られた金属片がセツへと襲い掛かった。
 仕方なくセツは傷跡の血を止めるだけにとどめ、金属片に向けて手を突き出す。
「ギ・バータ!!
 セツの詠唱に反応して、掌から噴出した冷気が金属片を絡めとり、氷の塊に変える。その瞬間、キリークの姿が一瞬だけではあったがセツの視界から消えた。
「・・・・・・・・!!」
 ぞくり、と広がる悪寒にセツが氷の塊を頭上にかざすように向ける。
 ・・・ぞぶりっ・・・
 気味の悪い音とともに、氷の塊が付属品とともに斬り飛ばされて床に転がった。
「ぅあああああああああああああああああああああっ!!!!!」
 セツの口から絶叫が迸る。
 その右手が、二の腕の辺りから切断されていた。一瞬遅れて紅の飛沫が辺りを染めてゆく。
「クハハッ、クハハハハハハハハハハハハハハハハ・・・・・・」
 返り血に赤く濡れる刃に狂気の光を宿らせて、キリークは愉悦の表情で笑い続けた・・・。

「マジかよ・・・洒落になってねーゾ・・・・」
 クーゲルが苦しそうに呻く。サイカの言った言葉は、それほどまでに重い意味を持っていた。
「・・・いた仕方あるまい。拙者たちは二人を連れて先にパイオニア2へと帰る。そこで、JOKER殿やアイリス殿、ナユキ殿に連絡を取ってみよう・・・」
 シグマが沈痛な面持ちで言う。シレルには状況が掴みきれないのか、あたふたと周りを見回すだけである。
「彼らの中には上層部に顔の利く人間もいるだろう。ならば、時間を引き延ばせるかも知れぬ・・・」
「残念ながらそんな時間も無いのよね・・・」

 サイカはシグマの言葉を切り捨てて、さらに絶望的な言葉を口にしていた。
「あと1分を待たずに、やつらはこの区画の坑道エリアにジャンプしてくる。・・・このエリア3に来るまで・・・おそらくは、10分ってところでしょうね・・・」
 サイカの言葉にクーゲルもシグマも言葉を失った。
 言い様の無い虚脱感が二人を支配する。
「あたしはセツを連れに行く。だから、二人はガイア君とシレルちゃんを連れて先に帰って」
「・・・・ま・・・・・・・・て・・・・・・・」

 サイカの言葉に、小さな声が静止をかける。
 倒れたままのガイアが、剣を杖代わりにゆっくりと起き上がり、サイカの方を睨んでいた。しかし、その姿はとてもではないが戦える姿ではない。
「オレを・・・・・連れて行け・・・・・サイカ・・・・・オレは・・・・・逃げては・・・居られない」
 ガイアがふらふらとサイカに近づく。足取りのおぼつかないガイアの様子にサイカはため息を一つついた。
「ガイア君・・・悪いけど、足手まといは引っ込んでて!」
 サイカがガイアの肩に手をかけ、右拳をその腹部に叩き込んだ。いきなりの出来事に防御姿勢もとることができず、ガイアは声も出さぬままに悶絶、昏倒する。
 そんなガイアの様子を見てから、サイカはガイアの身体を突き飛ばし、シグマたちのほうに送り出した。
「頼むわね・・・二人のこと・・・」
 サイカが言うと、クーゲルたちは神妙に頷いて、リューカーのゲートへと足を向けた。
 サイカもクーゲルたちに背を向けて、エリアマップに表示されたセツの方向に走り出そうとする。
「あ・・・あの・・・」
 後ろからかかった声に振り向くと、シレルがサイカに向けてジュエルの頭部を差し出している。
「これ、ジュエルさんって言うセツさんの仲間だった人なんです・・・」
 ジュエルの首と交互に首のないレイキャシールの身体に視線をめぐらせて、シレルは続けた。
「これ、ジュエルさんの身体と一緒に持って行ってもらえませんか? セツさんのために・・・」
 サイカは少々逡巡した後、シレルから首を受け取った。シレルは、サイカが申し出を許諾してくれたものと思い、礼を言ってリューカーに消える。
 サイカは、それを見送って後、リューカーのゲートを閉じ、ジュエルの首を床に横たわるレイキャシールの身体の上に置いた。
「ジュエル・・・ゴメンね・・・すぐにでも私が来ていれば・・・」
 サイカの双眸から涙が溢れて頬を伝い、ジュエルの身体に幾つも降り注いだ。
 小さな水滴はジュエルのボディに水滴になって残り、サイカは目元を拭うとその場を後にする。
 サイカが居なくなって静寂が訪れたその空間に、小さく電子音が鳴り響き、暗闇の中に小さな光がふたつ生まれた。
 しかし、それに気が付くものは、誰も居なかった・・・。

「バータ・・・!!」
 セツの詠唱に、冷気が噴出し、斬り飛ばされた部分を氷に閉ざす。傷口が塞がったことを確かめると、セツは高笑いを続けるキリークに向かって鋭い視線を投げかけた。
 キリークが高笑いを止め、目の前出喘いでいるフォマールに向き直る。
「ナンダ・・・? マダオキアガルチカラガアッタノカ・・・」
 興醒めした様な声のキリークに、セツは無言で間合いを詰め、顔面に蹴りを叩き込んだ。
 小さくよろめくキリークの顔面に、続けて氷の塊となった右腕を肘打ちの要領で叩きつける。
 ガグシャァァッ
 氷の塊が金属片を撒き散らしながら砕け、再び噴き出す真紅の流れがキリークの顔面を染め上げる。セツはその顔面を蹴って距離をとると、再び右腕に氷の戒めを施した。
 その顔が苦痛に歪む。もはや、立っているだけでも激痛に気を失いそうな状態だというのに、セツの頭の中には、キリークを倒すことしか入っては居なかった。
 仰け反るような体制のまま固まっていたキリークは、やがてゆっくりとその体勢を戻し、セツに向けて殺意をこめた眼差しと愉悦の笑みを見せる。
「マダソレダケ戦エルノカ・・・・オモシロイ・・・実ニオモシロイ・・・ククククククッ・・・・」
 キリークの鎌がセツの方を向き、そして、一方的な結果とも言える第二ラウンドが始まった・・・。

「しかしまぁ・・・わっかりやすいわね・・・」
 サイカが小さく独り言を呟く。
 金属質な床を蹴って失踪するサイカの周囲には、これまでクーゲルたち、あるいはキリークが叩き壊してきたギルチックやカナディンの残骸がうず高く積まれており、それを辿れば迷う事無くセツのもとへと行ける様だった。
「・・・・・・さて・・・・・・どうしたものかなぁ・・・?」
 走りながらもサイカは考える。キリークを出し抜いてどうにか逃げる方法を、その脳は模索していた。
 サイカの視線が自分の腰にいつも装備されている紅のダガーの代わりにもってきた短い棒に注がれる。最近お気に入りの武器になっている“ニョイボウ”だが、鍛えの中途半端なこの武器では、キリーク相手には役不足とも思えた。
 考え込みながら走るサイカの耳に叫び声が響いたのは、ちょうどその時だった。
−ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・−
「!?」

 サイカが走る速度を速めた。通路を抜けて向こう側に、その光景が広がる。
 床を染める鮮血、哄笑する死神、床に倒れるフォマール、血濡れの鎌、そして、床に転がる一本の腕・・・。
 サイカはあえて声を上げず、キリークへと疾走し、歓喜に打ち震える表情のキリークの横っ面をニョイボウで激しく殴打した。不意打ちに吹き飛ぶキリークを放り出し、サイカはセツに駆け寄る。
「・・・・・・サイカ・・・・・・なの?どうしてここに・・・?」
 セツがうっすらと開かれた瞳でサイカを確認し、小さく呟く。その顔は疲労に溢れていて、装備していたネルガルも、再び封印を為されてボール上になり、床に転がっている。
 サイカはセツの様子に腰のベルトポーチからトリメイトを取り出し、セツの口に含ませた。
「ゴメンね・・・今は我慢してて・・・すぐに治療するから・・・」
 サイカはそうセツに言って、ニョイボウを背後に振るった。大きく飛び退る音がして、振り向くサイカの前にキリークが再び鎌を構えて間合いをはかっている。
「貴様カ・・・“真紅の獣”・・・!!」
 キリークが嬉しそうな声を上げる。その顔にも愉悦の表情が浮かんでいた。
「・・・後一分もせずに軍部の連中がやってくるわ・・・この場の連中皆殺しにするためにね・・・」
 無駄だとわかっていながらも、一縷の望みを賭けてサイカがキリークに語りかける。
「アンタも早く逃げないと・・・」
 サイカの言葉は最後まで紡がれることなく、キリークがつまらなそうに鼻を鳴らす音にかき消された。
「興ガ殺ガレタ・・・ヤツラノセイダ・・・」
 キリークがサイカの横を一足に走り過ぎた。一瞬遅れてサイカの後方でひしゃげたような叫び声が上がる。ノド笛を一瞬のうちにかき切られ、ひゅうひゅうと音を立てながら絶命しているレイマーの姿がそこにはあった。
 立った今、真新しい返り血に染め上げられた鎌の刃を翻し、キリークは恍惚の笑みを貼り付けた表情をサイカに向けた。
「サァ・・・始メヨウカ・・・邪魔ガ増エナイウチニナ・・・」
「・・・腹八分目っていう言葉を知らないの・・・? 暴飲暴食は身体に毒だよ!!」

 憎まれ口を叩きながら冷静な仮面を貼り付けてニョイボウを構えるサイカの内心には、確かな焦りと微妙な恐怖が内在していた・・・。

「・・・・・・・・」
 闇の中光る二つの光は、ゆっくりと行動を開始した。
「・・・・・・・・」
 無言のまま、暗闇の中ゆっくりと光は高度を上げ、人の身長ほどの適当な位置で止まる。
 光の前に突然エリアマップが浮かんだ。自分の存在を示す光点とは別に、三つの光点が存在している空間を確認すると、ふたつの光はゆっくりと、しかし確実にその場所へ向けて動き始めた・・・。

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