HUNTER DAYS FACTER

夜を刈り取る黒い走狗(イヌ)
死を呼ぶものと終焉を告げるもの

 先に動いたのは、わからない。
 二人はほとんど同時に動き、距離は一気に詰まっていた。
「ガァッ!!」
 獣の唸り声のような叫びとともに、セツの繰り出した拳が空気を裂く音を立てて飛ぶ。
「シャァッ!!」
 空気を切り裂くような声とともに振り上げるようにして振られた鎌の柄に遮られ、その腕があらぬ方向へと向けられた。
 セツは肘を曲げ、鎌に巻きつかせるようにして、それを支点にキリークの後ろに回りこもうと床を蹴り、キリークはそれをさせまいと鎌を引き戻し、引き戻される鎌にバランスを崩される前にセツが鎌を突き放し、腰を捻って着地する。
 一進一退の攻防が続いていた・・・。
「クハハハハハッ!!面白イ!実ニ面白イ!!」
 キリークが狂ったように哄笑し、セツがバイザーの下の顔を歪ませて、再び飛びかかって行く。
 その戦闘の影を縫うようにして、シレルがそっとクーゲルたちに近づいた。
「大丈夫ですか・・・・?」
 その手にディメイトを持ったシレルが、クーゲルたちに囁くように言う。
「あ・・・ああ・・・」
「かたじけない・・・」

 シレルからディメイトを受け取り、クーゲルたちは礼を言うと傷口に震える手で塗りこんだ。
「腱をやられたわけでもないし・・・この程度ならすぐに戦えるようになるナ・・・」
 起き上がったクーゲルがそう言って肘を曲げたり伸ばしたりする。シグマも掌を閉じたり開いたりして身体の異常を確かめていた。
「さ、シレルちゃん・・・行くぜ・・・」
 クーゲルが立ち上がり、シレルを促した。シレルが不思議そうな顔をする。
「え?どこにですか・・・?」
「決まってんじゃねーの。キミのマスターの所だヨ」

 クーゲルの言葉に、しかしシレルは躊躇を見せる。困ったような顔で、セツとキリークの戦う姿をちらりと見た。
「セツなら大丈夫だ。勝つって! それにオレたちの仕事はあんたらを救助することだ。それさえ済んだらとっととオサラバするに限るぜ。あの手のバケモノはしつっこいからナ」
 おどけた調子で言うクーゲルに、シグマが無言で頷く。
「・・・わかりました。行きます・・・」
「そう来なくっちゃナ!」

 クーゲルとシグマがシレルを連れて離れようとするのを見て、キリークが殺意も露に視線を射掛ける。殺意の塊に変化したキリークを、しかしセツが圧しとどめた。
「・・・貴様・・・見くびってくれるなよ・・・余所見をしながら勝てる相手か!!」
 叫ぶように放たれたセツの左のヒザが、キリークの右頬を一瞬ひしゃげさせた。
 大きくよろめいて体勢を元に戻したキリークから距離をとり、セツはクーゲルたちの駆けて行った方向を塞ぐようにして立った。
「クククッ・・・ククククク・・・・クククククク・・・・クハハハハハハハハハ・・・・」
 薄気味悪い笑い声を上げて、キリークは肩に乗せるようにして鎌を構え、セツに向けて地を蹴った。

−ガァン・・ガァン・・・・ガァン・・・・・・・・・ガァガァン・・・・−
 不規則に、硬いものが壁を殴打する音が通路に響く。
 今や一枚の壁となってしまった扉に向けて、ガイアが一心不乱に剣を打ち付けていた・・・。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
−ガァンッ・・・・−
 渾身の気合を込めたかに見えるその一撃も、しかし壁は小さな傷だけを残し無常に弾き返す。
「くっそぉぉぉぉぉぉっ!!」
 力任せに振り抜いた剣が弾かれ、今度はガイアの手からも飛び出す。
−がらんがらんがらん・・・・・−
 重たい音を立てて剣は転がり、明滅する明かりの奥に消えていく・・・。
「開けよ・・・・開きやがれよぉっ!!」
−ガンッ!ガンッ!−
 鉄の扉にガイアが拳を打ち付ける。
−ガンッ!ガンッ!−
 拳を守る手袋の金具部分がひしゃげ、手袋が破れ、それでもガイアは止まらない。
「開け!開けっ!開けッ!!」
−ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガツッ!−
 振り上げる拳に紅が混じり、鉄の扉に拳の模様の赤い彩が加えられていく・・・。
 ズキズキと走る痛みにも構わないまま、ガイアは拳を振り上げる。
 その手の甲に、再び赤い印が刻まれた。今度は、今までにないほどの強い光をもったまま・・・
「開けって言ってんだろうがぁぁぁぁっ!!」
ガイアが吐き捨てるように叫ぶと、振り下ろす拳が印を中心に赤く輝いた。

「は〜〜〜〜〜・・・・・退屈・・・・」
 パイオニア2の自宅で、サイカは暇をもてあましていた。
「やっぱ無許可でも勝手に行けばよかったかな〜・・・・」
 危なげなことを平気な顔で話すサイカに視線が向けられる。
「お姉ちゃ〜ん・・・お願いだから危ないことやめて〜〜〜」
 今にも泣きそうな顔の美和に、サイカは“ジョーダンだよ”と言って肩をすくめる。
 PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi・・・
 突然にサイカの部屋にある端末が警告音を立て始めた。
 サイカも美和も何事かと端末のモニターに目を向ける。
 モニターにはサイカがいつも懇意にしている情報屋からの緊急アクセスがあったことを表示するアイコンが立っていた。
「ビックリさせないでよね〜〜〜」
 “はぁ・・・”と大仰にため息をついてサイカはアクセスしてきた情報屋からのメッセージを表示する。
 その目が見開かれ、動きが凍りついた。
「ちょっと・・・・マジ!?・・・洒落になんないわよ・・・!!」
 サイカが一人で呟く。その様子に、美和も身を固くしてその場に凍りついたかのような様子を見せていた。
「・・・・・・・・・ったく・・・・・・!!」
 サイカは舌打ちを一つ残してデバイスに触れ、一瞬でジャンプしようとした。しかし、デバイスは作動せず、エラー音が鳴り響くのみである。
「・・・そっか・・・壊れてたんだっけ・・・・」
 機能しないデバイスに小さく呟いて途方にくれるサイカに、美和が後ろからそっと手を差し出す。美和のIDデバイスが、その手には握られていた。
「お姉ちゃん、行くんでしょ?使っていいよ・・・」
 サイカは美和の瞳を見上げて、やがてゆっくりとそれを受け取った。
「ありがと。使わせてもらうわ」
「うん。でもお姉ちゃん、私のデバイスだと、右手も左手も使えないから、無理しちゃ駄目だよ・・・・」
「わかってるってば」

 心配そうに見る美和に軽く返事を返して、サイカは美和から受け取ったIDデバイスを、自分のそれを外した首に巻きつけるように装着する。軽く首を締め付ける感触があって、それから首の太さにあわせてデバイスが伸縮する。同時に、サイカの流れるような銀髪が短くなって行き、その色も銀色から朱が混じり始める。身長も縮み始め、“銀髪”の悪魔は、元の原型を知っている人間には全くわからないような、緋色の髪をした子供くらいの身長のハニュエールに変身していた。
 いや、もしかしたらこちらの方が本来の姿なのかもしれない。
「“右手”も“左手”も使えないんじゃ、行ってもキリークの相手はできないから・・・・。まぁ、どうにか逃げ切って見せるわヨ。・・・こう見えても、逃げるのって割と得意だしね」
 サイカが舌を出して微笑んで見せると、美和も顔をほころばせた。
 サイカはそんな美和の様子に、内心で安堵して、ゆっくりとデバイスに触れる。
「じゃ、ご飯でも作って待っててね」
 ジャンプする直前に言った言葉の残響音だけを残して、サイカはその場から転送された。
 後に残された美和は、微笑みの表情を一瞬だけ暗く陰鬱な表情に変えて、胸の前で手を組んで祈りをささげた。自分が何に向かって祈っているのかもわからないままに・・・。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・」
 肩で息をしながら、セツは積み上げられたガラクタの影を縫って移動していた。
 キリークの気配は近いのか遠いのか判別できない。アンドロイド特有の足音だけで、セツは相手の位置を察知してその間合いから逃れ続けていた。
 セツが身体に纏うネルガルは、既に切り裂かれた傷だらけで、生体組織はその回復に全力を注いでいる有様である。高速回復を実行しているのか、身体からどんどん生気が吸い取られている感覚がセツの中で大きくなっていた。
 セツのネルガルは、セツ自身の力を扱いやすくするための、いわば拘束具のようなものである。セツは、生まれながらにして強い精神力をもって生まれ、その力の強力さ故に、制御が未だにできていないのである。故に、ネルガルを装備中で無い時には、セツが本気でテクニックを使用したり、“魔闘法”と呼ばれるセツの我流闘法を使うことはない。
 己の力を制御する拘束具にして組織で動いていた頃の暗殺任務用の正装。それが、ネルガルであった。
 ネルガルが絶えずセツからエネルギーを吸い取り続けている分、セツは図らずも弱まっている自分の力を制御できているのである。
 それが今は、完全に裏目に出ていた。
「・・・・・・ちっ・・・・・・・」
 セツは辺りを見回して耳を済ませた。
 ・・・・・・・ガチャッ・・・・・・ガチャッ・・・・・・・・・・
 小さく、微かだが音が聞こえる。金属と金属が擦れ合い、重みを支える時の独特の音。いかに足音を忍ばせても、消すことのできない音。
「・・・・・・・ざっと・・・・・10歩半ってところね・・・・」
 セツが相手の位置を割り出して、ネルガルの切り裂かれた痕に走る、無数の切り傷に掌を当てる。
「・・・・・・レスタ・・・・」
 緑色の光がセツの傷口を癒し、同時にネルガルの傷跡が塞がり、代わりに黒い塊が崩れ落ちるように床を叩いた。どうやらネルガルのかさぶたのようなものらしい。
「・・・・・モウ休憩ハ終ワリカ・・・?」
 すぐ真上で声が響いた。答える代わりに前へ跳ぶセツの一瞬後に、その場の床を鎌の刃が斬り砕く。ガラクタの山の上で、死神が笑っていた。
「・・・・・・やっぱり・・・・・一人じゃ勝てないか・・・・」
 呟くセツの脳裏にはいつも一緒にいたレイキャシールの姿がよぎったが、セツはそれを追い払うと目の前で鎌を拾いなおす死神に向けて右の拳を向けた。
「例え死ぬとしても、貴様のノド笛を噛み切ってから死んでやる!!」
 セツの憎しみと怒りに満ちた目に、キリークは音を立てずに笑っていた。

 一方その頃・・・

「ほぁ〜・・・・・・・・・こいつァ・・・・・どうやったんだァ・・・・?」
 目の前に広がる光景に、クーゲルが独り呟く。
 クーゲルたちの目の前には、何か巨大な力でねじ切られたようにひしゃげて潰れている電子扉と、その周囲に砕け散ったまま斃れているギルチックなどのマシンの群れ、そして、その中心で倒れたままピクリとも動かないヒューマーと、その腕に抱かれるようにしている首の無いレイキャシールが映っていた。
「確かに・・・この扉の様子はおかしいでござるな・・・・」
 シグマも不思議そうに扉の周囲とその反対側にある通路の壁を交互に見ながら言う。爆薬を使ったのならば、通路の壁にも同様の衝撃が爪跡を残していても不思議ではないし、指向性の爆薬ならば扉だけを破壊して内部に衝撃をもたらすはずである。しかし、衝撃はあくまで扉だけを襲い、内部にも外部にも他の爪跡は残されていなかった。
「マスター!!マスター!!」
 シレルが必死に呼びかける。
「・・・・・五月蝿い・・・聞こえてるっての・・・」
 ガイアから弱々しいがしっかりした反応があったことで、シレルは喜色を露にガイアを抱きしめた。
「あ〜・・・・もぅ・・・・なぁ・・・・」
 クーゲルが面白くなさそうに天井を見上げる。と、その時、そのクーゲルの見上げた天井の空間が開き、何かがクーゲルめがけて降ってきた。
「・・・・・げっ・・・・」
−ぐしゃっ−
 その場に立っていたクーゲルの顔を踏んで、体重にかかる落下速度を相殺した後で、ゆっくりとそれは床に降り立った。緋色の髪の毛が通気ダクトからの風に揺れる。
「ごめんねぇ、クーゲル。許してね」
「サ、サイカ殿!?」

 シグマが驚いて声を上げる。サイカは自分が潜れないから自分たちに言ってくれと頼んでいたわけであって、自分で潜ってくることなどできるはずが無い。という思い込みから、シグマは激しく混乱していた。
「あー、細かい説明は後々。大変なんだから!!」
 サイカが慌てた調子で一息に喋る。シグマもクーゲルも、シレルもガイアも、サイカのその様子に真剣な面持ちでサイカを見た。
 そして、サイカの言葉は、4人を驚かせるには十分すぎる内容だった。
「この区域全域に上層部から派遣された軍部直属の連中が来るわ! あいつら、今回この区域の問題を力ずくで揉み消すつもりよ! もし見つかったら・・・消されるわ!!」
 早口にまくし立てるサイカの顔色は、蒼白を通り越そうとしていた・・・。

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