HUNTER DAYS FACTER

夜を刈り取る黒い走狗(イヌ)
闇に落ちるものと追い詰められるもの

「宝石は気まぐれな未来を映すの・・・こっちよ」
 先行しているジュエルが左に曲がる。セツとガイアがそれに従い角を曲がった。
 依然として殺気は付きまとい、いつ後ろから襲いかかられてもおかしくない程の緊迫感を与えてくる。セツと同じ速度で走っていたガイアが徐々に遅れ始めた。傷口が完全に塞がりきらないうちに走って再び出血したのか、アーマーの上からでも分かる程に血の臭いが濃い。
「・・・マズいな・・・どこかで手当てをしないと血の臭いだけで感づかれちゃう・・・」
 セツが歯噛みする。と、先を行くジュエルの足が止まった。
「これで暫くは時間が稼げるかもね・・・」
 ジュエルの言葉に、その傍まで追いついたセツは安堵の息をついた。
 深部へと潜る転送ポートが、稼動していることを知らせるかのごとく赤い光を放っていた。

「俺たちが潜る!?」
 サイカの提案に、クーゲルは声を上げた。
 ここはメディカルセンターの受付。運び込まれたサイカは、治療用のカプセルで応急処置を受け、安静を言い渡されていた。
「そう。私が出られない以上、クーゲルやシグちゃんに頼むしかないしね・・・」
「まあ、今から連絡してもいつもの面々が集まるとは限らぬし、正論だな」

 シグマが頷く。だが、その面持ちは不本意そうだ。
「セツのいる区画へのアクセスができないみたいだから、私が端末で転送ポートを人為的にこじ開けるわ」
「そんなことできるのかよ!?」

 信じられないような顔を見せるクーゲルとは正反対に、シグマは落ち着いてサイカの衰弱した瞳を見ていた。
「私はこれでもハンターズになる前は非合法のハッカーだったのよ・・・この程度、ワケないわ・・・それで、クーゲルとシグちゃんはセツとジュエルと、あと他の人を連れて私に通信してちょうだい。連絡をくれれば、もう一回侵入してすぐにでもゲートを開くから・・・大丈夫よね?」
 サイカの言葉に、“当然だ”とばかりに頷く二人。その様子に、サイカが笑顔を見せた。
「OK。上手くいったら、報酬代わりにマテリアルでも出すわ」
 青白さの増した顔でそれでも笑顔を見せるサイカに、クーゲルとシグマは笑顔で返すと、中央ブロック、ロビーへと向かった・・・。

「アクセス開始・・・パターン照合・・・システムにアクセス・・・修正値、・・・クリア。オーヴァー」
 サイカの両手が端末のキーボード上をめまぐるしく動き、画面上に次々に空間が展開する。
 メディカルルームから見える転送ポートの前では、シグマとクーゲルがスタンバイしていた。
「アクセス完了・・・システムオールグリーン・・・グッドラック・・・」
 アクセスが完了し、光を取り戻した転送ポートに滑り込むクーゲルとシグマに笑顔を見せるサイカには、少々の不安の色が見え隠れしていた・・・。

 強引にこじ開けたゲートの中は、電位層の乱れか、不安定な通路のようにうねっていた。
「大丈夫なんだろうな・・・ここ・・・」
「文句を言うな。サイカ殿すら信じられないのか?貴様は」

 シグマに問われてクーゲルは口をつぐんだ。脳裏にサイカに関する記憶がよぎる。
 最初に出会ったときのこと、一緒に仕事をしたこと、みんなと出会うことになったときのこと、サイカが関係しなかったときは無く、サイカが居なければ今の自分はここにいないといっても過言ではない。
 だがクーゲルには、それがどうにも作られた感が否めない分、不信感を残すことになっているのだった・・・。
「しっかし、坑道区画まで転送が進まないねぇ・・・」
 クーゲルが誰に言うとも無く漏らした。普通、転送は一瞬で行われる。電子の速度は本来、人間が動くそれとはケタ違いに速いものだからだ。
「確かに・・・妙だな・・・」
 シグマも不審そうに呟いたときだった・・・。
「・・・・っぐぅっ!!?」
「・・・あ・・・がぁぁっ!!!」

 シグマとクーゲルが苦悶の呻きを漏らす。二人の脳に直接、奇妙なノイズが生まれていた・・・。
“コ・・・コニ・・・イ・・・コ・・・ニ・・・ソ・・・テ・・・”
 男のものとも女のものとも取れない不鮮明な声が直接脳に響いて行く不快感を、消すこともできないままにクーゲルとシグマは意識を闇の中に引きずり込まれていった・・・。

「・・・とりあえずは・・・これでいいわ・・・」
 止血を終えたセツが、苦しそうに喘ぐガイアにそう言って離れる。
 T字に分かれた通路を曲がったその角のところで、待機しながらライフルの弾を数えているジュエルに近づく。
「・・・後どのくらいだと思う?」
 ジュエルは弾丸を数える手を止めて、宙を眺めるような目つきに変わった。
 ジュエルの視覚モジュールには、ある種のシステムが組み込まれている。ジュエルの目の部分に使われている、“未来を透見する石”とも銘打たれる胡散臭い宝石を中心に、近未来に起こりうる可能性の出来事を、一部ではあるが“視る”事ができるというものである。
「・・・宝石は気まぐれな未来を映すの・・・・・・・・・救援が来ているわ・・・」
「あのメールはサイカに届いたのね!!」

 セツが嬉しそうに笑顔を見せる。しかし、次にジュエルが言った言葉は、彼女を再び絶望させるには十分なものだった。
「・・・でも・・・このままだと、私もあなたも・・・彼も・・・救援が来る前にヤツに殺されるわ・・・」
「・・・冗談でしょ?」

 セツが乾いた笑いとともに言う。ジュエルはお茶とハンバーガーのほかに、漫才などの冗談を愛することはセツも知っていた。だが、長く一緒の生活をしているセツには、ジュエルがどんなときに冗談を言うか分かっていた。
 そして、こんなタイミングで言わないことも・・・
 瞬間、殺気が膨らんだ。そして・・・
−ガシャァァァァッ−
 立てかけていたジュエル愛用のウォルスMK-IIを蹴倒して、ガイアが滑り込んできた。
「・・・逃げるぞっ!!」
 短く言い捨るとその場から跳ぶガイアに一瞬遅れて、深々と鎌が突き刺さる。
「・・・・ミツケタ・・・ゾ・・・・・・」
 金属質の床に刺さった鎌を引き抜いて、死神が恍惚の笑みを浮かべていた。

 そして、一方・・・

 電気の供給システムがイカレてしまったのか、薄暗い通路の中を、一つの影が歩いていた。
「マスター? どこですか?」
 ブルーメタリックのボディが非常電源灯に照らされて光る。
 と、その影が立ち止まって、前方の方をじぃっと見つめ始める。
「赤外線探知モードに変更、オプションチェンジ、生物温度探索・・・」
 電子音声に反応して、その影の目に、ふたつの反応が飛び込んできた。
「・・・反応微弱・・・、生命反応は良好。ハンターズ、該当データ番号照合・・・」
 静かにふたつの影を肩に抱え上げ、その影は姿を消した。
 通路には、何事もなかったかのような静寂だけが残っていた・・・。

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