HUNTER DAYS FACTER

夜を刈り取る黒い走狗(イヌ)
助けるものと罠にかかるもの

 薄暗い機械の床を、黒い影が移動する。メタリックパープルのボディが薄い明かりを反射して光った。
「・・・ドコダ・・・」
 暗闇の中光るふたつの光が、獲物を求めて泳いでいる。
 暗闇の中に光が生まれ、新たにギルチックが生まれ、ふたつの光に殺到する。
「・・・邪魔ダ」
 不意にヒュウと風が凪いだ。たったそれだけでギルチックは二つに裂かれ、爆発する。
「・・・・逃ガサナイゾ・・・・クククク・・・・」
 地の底から響いてくるような恐ろしい笑い声を響かせて、その光は再び闇に消えた。

「・・・まさかあの黒い猟犬とはね・・・」
 セツが小さく呟いた。冷たくなっていた掌が、熱い位に熱を帯びて来ていた。
「シレルを見つけて、早く逃げよう・・・。さすがにあのバケモノに勝てないとは言わないが、限りなく勝率は低い」
 セツがガイアの言葉を聞き逃さず、頭の中で考えをめぐらせた。
 黒い猟犬と言えば、秘密裏の組織、“ブラックペーパー”子飼いの始末屋とも言うべき抹殺者である。その猟犬相手に“勝率が低い”程度のことを言うヒューマーの正体を、セツは不信に思っていた。
「ともあれ、ここじゃ場所が悪いわ・・・」
 セツがそう言ってジュエルの方を見る。ジュエルの方は空中をぼんやりと見ている例の仕草をやめて、冷静にセツを見返すと、顎をしゃくって促す。セツが開いたリューカーをくぐろうとした瞬間、リューカーのゲートが何かに弾かれたように消え失せた。
「・・・・始まったわね・・・」
 セツが新たにリューカーを使用する。しかし、ゲートはおろか、光の粒子も出てはこない。
「・・・まさか、妨害(ジャミング)か!?」
 ガイアの声にセツは重々しく頷いた。
「宝石は気まぐれな未来を映すの・・・・この場にいるのは危険よ・・・」
 ジュエルがか細い声でそう言うと、ガイアとセツを両腕に抱え、地面を転がった。
 一秒ほどの遅れの後、ガイアたちが居た場所を飛来した漆黒の鎌が削り取る。
「ほぅら・・・見付かった・・・」
 淡々と言いながらも走りだすジュエルの後を、セツとガイアは慌てて追いかけた。
 背後から迫り来る殺気の中、セツは妨害されていないことを祈って救援のメールをサイカに向けて飛ばしていた・・・。

「あ〜らよっと!!」
−ザシュウッ!!−
 気合の入っているような入っていないような微妙な声とともに振り下ろされたセイバーの一撃で、周辺の最後のエネミーが息絶えた。
 作戦の終わりを、アラームが告げる。
 森林区画で急激に増加したエネミーたちの掃討作戦。それが今、終わりを告げていた。
「ふぃー!終わりだ終わり!!」
 肩をコキコキと鳴らしながら息をつくレイマー、クーゲルの目に、見知った顔が映る。
「ありゃサイカか?アイツもこの作戦に参加してたんだな・・・」
 クーゲルが声をかけようとサイカの元に歩いていくと、それよりも先にサイカに近づく影があった。
「・・・シグマ・・・アイツも一緒だったのかよ・・・」
 クーゲルの顔が微妙に苦しそうな顔に変わる。クーゲルは、男性とはあまり親しく話をしないが、どういうわけか、シグマとはしばしば言い争いに発展するのだ。
「ったく・・・」
 それでも一応知った顔だということで、クーゲルはシグマとサイカに声をかける。
「YO!おふたりさん。大丈夫だったカ?」
 クーゲルの声にシグマとサイカが振り返る。
「クーゲル・・・アンタも一緒だったんだ・・・」
「なるほど・・・エネミーの撃ち漏らしが多かったのはお前の担当区域か・・・」

 シグマが毒づく。クーゲルの顔が一気に不機嫌に変わった。
「・・・そりゃどういう意味だ・・・?」
「言ってもわからぬのであれば、重症だな。メディカルセンターでも治せまい」

 シグマは基本的に相手にも自分にも厳しい人間であり、鍛錬の足りない相手には厳しい雑言を言い放つ人間として知られている。クーゲルは、シグマから見れば軽薄で弱々しい単なる雑魚のように見えているのだろう。
「まぁまぁ・・・・」
 サイカが途中で間に入る。作戦が終わって双方ともに無傷ではない。サイカとて同じだった。もしもここで市街戦や森林区画でのバトルモードに入ってしまったら、どちらも無事で済まない上に、サイカでも止められそうになかった。
「・・・そういえばサイカ殿。引き受けなければならない仕事があったのではなかったのか?」
 シグマがクーゲルから視線を逸らし、サイカに向き直った。
「あっちはセツとジュエルに任せたから、多分大丈夫だと思うんだけどね・・・」
「セツとジュエルか・・・あの二人ならよっぽどの相手じゃない限り負けないだろ♪」

 軽くウィンクすると、クーゲルが何か思いついたように親指だけを立て、自分を指す。
「オレクラスじゃない限りはナ!」
「寝言は寝てから言うものだ・・・」

 クーゲルの軽い調子に、シグマが冷淡に返す。絶妙なタイミングのツッコミに、クーゲルも言葉を失い固まった。
「そういえば、JOKERは?」
 サイカが不思議そうにクーゲルに向かって言う。JOKERとは、クーゲルの相棒であり、同居人であるアフロヘアーのヒューマーのことだ。
「JOKERのオッサンなら、初心者の館にいい新人が居るのか知らねーケド、通い詰めダ」
 肩をすくめながら言うクーゲルに、ほんの少し寂しそうな影が見える。
「そっか・・・」
 サイカが呟いたとき、不意にメールの着信音が響いた。
「あ、メールだわ♪」
 サイカが嬉しそうにデバイスに触れ、再びウィンドウを呼び出した。
 セツからのメールが届いている。サイカがメールの部分を指でなぞるとメールボックスが開かれるようなアクションを見せた後、ウィンドウ一杯にメールの内容が現れた。
「な・・・何・・・?これ・・・」
 サイカが驚愕に目を見開く。影から覗き込んでいるクーゲルとシグマも言葉を失った。
 ウィンドウ一杯に意味の無い、言葉とも言えないような単語が並べられている。
「・・・しまっ!?」
 サイカが慌ててウィンドウを閉じ、メールボックスを消去しようとしたが一歩遅く、ウィンドウの端から黒い影が表面を覆いつくし、デバイスからアラームがけたたましく鳴り響き出した。
 ウィルス・・・メールに仕掛けられていたそれがサイカのデバイスは破壊されたことを表すかのようにうっすらと黒煙を上げていた・・・。

「何がどうなってんだ・・・・?」
「拙者が知るはずもなかろう・・・」

 クーゲルとシグマが小声で相談する中で、サイカはかろうじて生きている部分を残した自分のデバイスを起動した。
 大きくラグを開けた後にウィンドウが呼び出され、アクセス不能を告げる。
「まずいなぁ・・・あたしのIDが使えない・・・」
 サイカが唇を噛んだ。IDは、ハンターズに登録されたときに受け取るハンターズの一員である照合番号である。もしこれを失くしてしまったハンターズは、新たに発行されるまでハンターズとして行動することができないのだ。
「しかし・・・どういうつもりだ? セツのヤツ・・・」
 クーゲルが首をひねる。
「違うよ・・・セツはこんな事しない・・・」
 サイカが呟くようにそう言って、もう一度デバイスに触れ、ウィンドウを呼び出した。
 次の瞬間、サイカの身体が徐々に膨らみ、髪が長く、銀色に変化する。
 “銀髪の悪魔”モードに変化を遂げたサイカは、ウィンドウに左手を向ける。その左手にフォトンにも似た輝きが宿った。それと同時に“システム修復中”の文字がウィンドウ一杯に広がる。
「ど、どうなってんだこりゃ!?」
「わからぬ・・・だが、サイカ殿が何かをしているのだろう・・・」

 シグマとクーゲルが見守る中、サイカの顔に大粒の汗の玉が次々に出来上がる。相当の疲労を伴うのだと目に見えてわかるほどに頬がこけ始める。
 やがて、サイカの掌から光が消えると同時にウィンドウが開き、メールボックスが起動する。
「・・・やっぱり・・・ね・・・」
 虚脱感から力なく呟くサイカと、横から覗き見るクーゲル、シグマの目にはセツからの“黒い猟犬、救援求む”のメールが映っていた・・・。
「黒い猟犬・・・か・・・そりゃマズいわ・・・」
 サイカが歩き出そうとしてふらつき、倒れそうになる。
 先んじてそれを受け止めたシグマはリューカーのゲートを呼び出した。
「一旦メディカルセンターへ、全てはそれからだ・・・」
「お、おう」

 シグマの言葉にクーゲルが躊躇した後に頷き、二人はサイカを連れてゲートをくぐった。
 長い一日になる、とシグマもクーゲルも、そしてサイカも予感していた。

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