HUNTER DAYS FACTER

見えないけれど確かなココロ・・・
〜鋼の心〜
後編

 森林区画の中を、一人のレイキャシールが歩いている。道連れは一人。
 赤い瞳を宿した“それ”は、不意にレイキャシールの後ろを離れ、近くの草むらに飛びこんだ。
 それには気がつかないままにそのレイキャシールはどんどん歩き、パイオニア2の転送装置までたどり着いた。
「さぁ、帰りましょうかぁ・・・・?」
 そう言ってくるりと振り返った先には誰もいない。レイキャシールが話しかけた相手は、とうの昔に草むらに消えていた。
「ふぇ!?」
 レイキャシールがびっくりしたのか妙な声を上げて、辺りを探し始めた。
「あうぅ〜〜〜・・・でてきてくださぁい・・・・」
 半分泣いているような声でレイキャシールはそう言って、天を仰いだ。その時。
−がつんっ「きゃうっ!」 ガツッ「きゃー!!」 ごんっ「みぎゃっ!!」
 断続的に響く何かがぶつかる音と、それを追う様な短い悲鳴がレイキャシールのソナーに引っかかってきた。
「・・・何でしょう・・・?」
 不思議そうな顔をして、レイキャシールがそちらの方に向かう。と、そこにはメタリックグリーンを基調としたボディ・カラーの、自分と同型機のレイキャシールが、まるで今しがた崖から落ちてきたかのような風体でそこに倒れていた。
 レイキャシールがその倒れているレイキャシールを入念にサーチする。
 どうやら強制スリープモードに入っている様だと気がつくと、ほっと一息ついてレイキャシールはその倒れている相手を引き摺り、来た道を引き返した。

「ジョーダンじゃねぇぞ!!あんなエネミーがいるなんて聞いてネェ!!」
 クーゲルが意気込んで、目の前にいる偏屈そうな商人に掴みかからんかの勢いで怒鳴った。
 現在クーゲルたちはヒルデベアの猛攻の前に後退し、パイオニア2へと戻って来ていた。
「すでにギルドに報酬は払いおわっとる。それ以上出す気はないのぉ」
 商人、ガロンはまるで聞く耳持たないといった風に軽くあしらった。
「・・・ああそうかい!!こんな依頼願い下げだ!やってられるカ!!」
 背を向けるクーゲルにガロンがそっぽを向いて言う。
「勝手にするがいい。この程度の依頼もこなせんような役立たずのレンジャーなぞドコにでも転がっておるからなぁ・・・」
−めきぃっ−
 クーゲルの静かな怒りは、ギルドカウンターの受付台の片隅に歪なひび割れを作りあげていた・・・。

 ギルドで依頼のキャンセル手続きを済ませた後、クーゲルは外にいたシグマと合流した。
「・・・依頼は?」
「ンなモン、キャンセルだ!キャンセル!・・・馬鹿らしくてやってらんネー!!」

 涼やかなシグマと対照的にクーゲルは熱くなっていた。
「そうか、・・・だが、いずれにしてもラグオルには再び降りねばなるまい・・・」
「ああ・・・」

 チェックルームで再び武器を受け取り、クーゲルとシグマはラグオルへの転送装置へと歩き出した。
 目的はひとつ。アイリスの安否を確かめ、救出することである。

 アイリスが目覚めたとき、そこは戦場だった。
「ほえ?」
 間抜けな声を上げるアイリスの目の前に、草叢を割ってサベージウルフが現れた。
「え、ええと・・・」
 ゆっくりと間合いを詰めるサベージウルフに、アイリスは半歩後ずさって右手を宙に掲げた。
 その右腕が見る間に形を変え、デルセイバーの右手の様な剣に変化する。
「とー!」
 アイリスが気合(と本人は思っている)の声とともに振り下ろした剣は、サベージウルフを両断した。
「わたしは、デルセイバーの細胞を持つ“デルキャシール”ですぅ!!」

 アイリスは、以前請け負った依頼の際、デルセイバーにその身を貫かれた。デルセイバーの右腕は完全にアイリスの体に突き刺さった形となり、そのままアイリスは機能停止寸前にまで陥ったという。
 しかし、ある科学者の手腕とアイリス自身の持つ未知の能力により、アイリスはそのままデルセイバーの右腕を取り込み、自分の体をデルセイバーの剣に変化させる能力を得たのだ。
 それ以来、彼女は“デルキャシール”と自らを呼称しているのである。

 他のサベージウルフがアイリスの右腕を警戒し、後ろに下がって回り込もうとした。その瞬間、
 BOW!!BOOOOW!!BOOOOOOWWW!!
 長身の銃口を弾丸が駆け抜ける音だとアイリスが気がつくよりも早く、飛来した弾丸は次々に他のサベージウルフたちを貫き、真紅に染まった大輪の花をその場に咲かせた。
「あのぉ・・・大丈夫ですかぁ・・・?」
 銃声がした方から響いてきたのは間の抜けた合成音声。音の響きから自分と同じレイキャシールであると判断したアイリスは、武器の構えを解いた。その瞬間、砂糖菓子のようにどろどろと右腕が形を変え、元の手の形に戻る。
「だいじょうぶですー。助けてくれてありがとうございましたー」
 アイリスは自分に敵意がないことを示すために、端末を操作してシンボル(言語の通じない相手にも通じるように顔文字などを作成する端末ソフトウェア)を使用し、にこやかに笑っている人間の顔を手前の空間に立体映像で呼び出した。
 丈の長い草叢を押し分けて、ピンク色のボディカラーを基調としたレイキャシールが現れた。
 アイリスが“ほえー”と声を上げる。自分と同型機のレイキャシールでありながら、そのレイキャシールはすらりと高く、大きなライフルを構えるにも様になっている。アイリスと比べるとまるで大人と子供ほどの身長の違いである。思わず感嘆の息を漏らしたとしても、仕方の無いことであろう・・・。
「あ、私、エレノア=カミュエルって言います」
「よろしくですー。わたしはアイリスですー」

 戦場の真ん中とも言える中で呑気に挨拶を交わす二人のレイキャシール。
 と、のほほんとしていたエレノアがはっとなってアイリスの方をすがる様な目で見て、言った。
「あのぉ、すみませんが・・・マグ、見ませんでした?」

 BAN!BAN!BAN!!・・・カシッ、カシッカシッ・・・
 森林区画に撃鉄が火薬を爆発させる独特の音と、排莢の音が規則的に響く。
 今や森林区画は激戦区とも言える程の様相を呈していた。
 まさに屍山血河とも言える程のエネミーの死骸の転がる中、銃声の主たちは先を急いでいた。
「ったくよぉ・・・鬱陶しいゼ!!」
「・・・同感だ、珍しく意見の合う事だな・・・」

 クーゲルとシグマはそう言いあってお互いどちらともなく少々自嘲的に笑った。
 お互いに背中を向け、重ねあうようにして構える。クーゲルがヤスミノコフのリボルバーから空薬莢を放り出し、新しい弾丸を詰めている間にシグマが敵を牽制し、シグマのショットガンの次弾射出までのラグをクーゲルのハンドガンが埋める。
 打たれ弱いと言われたレイマーが取る遠距離攻撃の戦術であった。
「おい、シグマ。あれは・・・」
「む・・・」

 クーゲルとシグマの視線が、彼方の草叢に釘付けになった。
 そこではサベージウルフが集団で集まって、さながらハイエナの如く何かを一心に貪っているのだった。貪っている対象は間違いなく、名も知らぬとはいえ仲間の屍肉である。
 クーゲルの顔が怒りに変わって行く。シグマも、表情は変わらないがその心に静かな怒りが押し寄せていた。
「テメーラ・・・何食ってやがんダァッ!!」
 クーゲルが叫びながら突進する。シグマは、そのクーゲルの少々後を追うように走り、ショットガンをしまいこみ、マシンガンを腰だめに構え直した。

「はぁー、はぁー、はぁー・・・・ザマぁ見ろ。畜生!」
 クーゲルが吐き捨てるように言って、息をついた。シグマはクーゲルの様子を一瞥してもの言わぬ塊になった元・ハンターズの傍らに膝をつく。
「・・・無念であったろう・・・せめて、安らかに眠ることだ・・・」
 シグマが胸の前で早九字を切った。
「忍法、火遁の術!」
 シグマの胸の前で組まれた手印から炎が迸り、見る間に骸に燃え移り、その死骸を炭に変えた。
「一度パイオニア2で弾丸を補充した方が良いだろう・・・。忍法・里帰り!」
 一方的にそう言った後、シグマはゲートを呼び出し、パイオニア2に移動して行った。
 クーゲルもまた、その様子に自分の愛用のヤスミノコフをホルスターに収め、ゲートを呼び出した。
「・・・ン?」
 クーゲルはその時、未だ燃えがらを残して燻っている炎の方を覗いている一つの影を見つけていた。
 拾い上げ、じろじろと眺め回す。
「これ・・・マグ・・・・だよな?」
 クーゲルは暫くそうしてマグを眺めていたが、やがてその場にマグを放り出すと、自分もゲートをくぐってパイオニア2へとジャンプした。
 後に残されたマグは、ぶすぶすと煙を残して鎮火していくその様子を、ただゆっくりとメタリックの外装に反映させていた・・・。

「そうなんですかぁー。マグにも、心があるんですねぇ〜・・・」
 アイリスが感心したように言った。
 エレノアの問いかけに、自分たちがマグを探しに降りてきたことを告げたアイリスは、事のあらましを聞いて、エレノアと一緒にはぐれマグを探すことにしたのだった。
「そうなんですぅ。ハンターズのみなさんが装備した瞬間、みなさんをマスターとして認識するんですぅ。マグだって、ちゃんと心があるんですよぉ〜」
 エレノアが少々興奮気味に話しているのを、アイリスはふんふんと頷いて聞いていた。
 正直、アイリスにはエレノアが何を言っているのか半分も理解できていなかった。だが、エレノアがあまりにも熱を込めて話しているので、理解しようと必死になりたくなっているのだった。
「つまり、マグもラコと同じで、心があるんですねぇー」
 “ほへー”と感嘆するように息をついて、アイリスは自分の背を護るマグ、<マルト>を外してまじまじと見つめた。言われて見れば、愛嬌のある顔が見えなくも無い。
「きっと、アイリスさんのマグも大事にされてるんですよね」
「ほえ?」

 急にかけられた意見に、アイリスが間抜けな声を上げる。
「ええと、だってほら・・・、アイリスさんは優しそうだし・・・」
 褒められているとわかってアイリスが嬉しそうな顔を見せた。心なしか、マルトも嬉しそうに笑っているように見えてきて、アイリスはマルトをきゅっと軽く抱きしめてから背中に戻した。
「それにしてもすごいですねぇー。エレノアさんは、どうやってマグと話してるんですかぁ?」
 アイリスは正直な感想を口にした。もし、マグと話すことができたら、ラコニウムも自分に語りかけてくれるかもしれないと、アイリスはそう思っていた。
「えっと・・・ごめんなさい・・・よくわからないですぅ・・・」
 すまなそうにうなだれるエレノアに、アイリスは明るく声をかけた。
「わかりましたぁ!私もいつかマグとお話できるようにがんばりますぅ!」
 アイリスの様子にエレノアが微笑む。と、そのヘッドドレスが軽くゆれた。
 途端にエレノアの顔が険しさを帯びる。
「アイリスさん!」
 エレノアがライフルを構えながら言う。アイリスのほうも気がついていたのか、その手をデルセイバーの右腕に変化させていた。
 そして、空を裂いて、地面に着地したそのエネミーは、凶暴なその目をぎらぎらと光らせて二人のレイキャシールをその標的に定めた・・・。

「ほええっ!?」
−グシャァッ−
 アイリスが緊張感の無い声を上げて後方の壁に激突した。
 完全にガードをしたというのに衝撃だけで吹き飛んだのだ。
 マグが咄嗟にバリアを展開しなければ、行動不能にすら陥っていたかもしれない。
「アイリスさぁん!!」
 声を上げるエレノア。こちらは地面と片足を氷で繋ぎ止められ、身動きができないでいた。

 <ヒルデブルー>・・・突然変異種のヒルデベアで、口から高温の火炎の代わりに極度の冷気を吐き出す。他のヒルデベアと違い体格も大きくタフである。特徴として、頭部が青いのでこの名が付いた。

「あ・・・・あうぅ・・・」
 壁から脱出しようともがくアイリスに、ヒルデブルーが容赦なく追い討ちをかける。
−グシャァッ、ガゴォッ、ガシャッ・・・−
 拳による殴打にアイリスが抵抗の様子を見せることもできない。
 アイリス自身も、すでにメインカメラの映像に障害が出始めていた。
(もう・・・ダメなんでしょうか・・・・?)
 アイリスがそんなことを考える中、ヒルデブルーが拳を振り下ろした。
 次の瞬間、悲鳴を上げたのはヒルデブルーのほうだった。
 アイリスの胸部装甲板がはじけ飛び、機械回路がむき出しになった瞬間、何かがヒルデブルーとアイリスの間で爆ぜたのだ。
「いまですぅ!!」
 アイリスが力を振り絞って壁から抜け出すと、背中のマルトがドクン、と鼓動した。
「絶対、絶対、ぜったい、ぜぇーったい許さないですぅ!!」
 背中のマルトの力がアイリスに伝わっていくのを、ゆっくりと感じながら、アイリスは使用可能な全回路のエネルギーを瞬間的にマルトに集中させた。
「アイリス、いっきまーすぅ!!フォトンブラスト“パイラ”ぁっ!!」
 アイリスの声とともに、地面に魔法陣が描かれる。同時に、周囲に異質な空間が展開された。
 ヒルデブルーが攻撃するために体を動かそうとするが、たちまちのうちに異空間に絡めとられ、その動きを封じられる。
 マルトが光を放ち、アイリスの背中から離れた。その光が一層激しくなった瞬間、マルトはその姿を変える。まるで巨大なイカのロボットのような風体に姿を変えたそれは、その触手を動かすと、天空に向かって光を放った。その次の瞬間、天空高く飛ばされたその光は鋭く長い光の槍に姿を変え、ヒルデブルーを深々と貫いた。
 フォトンブラストが作り出した異空間が消滅し、苦悶の声を上げのた打ち回るヒルデブルーを尻目にアイリスは元に戻ったマルトを背中に背負ったままうつ伏せに倒れこんでいた。
「えぇーい!!」
 ヒルデブルーが弱っている瞬間を逃さず、エレノアはライフルをヒルデブルーめがけて乱射した。
 ヒルデブルーが動かなくなっても、恐怖に駆られたレイキャシールは、暫くその骸を撃ち続けていた・・・。

「に、しても・・・無茶してるなぁオイ」
 クーゲルが苦笑して言う。クーゲルたちが騒ぎを聞きつけてその場に駆けつけたときには、アイリスは強制スリープに入っていた。
 エレノアは、はぐれたマグを見つけ出し、一足先に博士のもとへと帰ることをクーゲルたちに告げると、ゲートを開いて帰っていった。
「それにしても、妙な話だ・・・」
 シグマがアイリスが叩きつけられていた壁を入念に調べながら呟く。
「レイキャシールの装甲が爆発するとはな・・・一体どういうカラクリか・・・」
 シグマが首をひねっていると、クーゲルが何かを見つけて、大声で笑い始めた。
「ぶはははははははは!!シグマよぉ!こいつはすごい話になるかもしれないゼ!」
 シグマが何事かとクーゲルの方を向いたその鼻先に、クーゲルは見つけたものを拾い上げて押し付けるように手渡した。
 それを見て、シグマが一瞬怪訝そうな顔をして、次の瞬間失笑する。
「くっくっく・・・。成程、これは・・・アイリスは喜ぶだろうな・・・」
「だろ?だろ?」

 クーゲルたちが笑い転げる中、その笑いの渦中に置かれたものが陽光を受けて輝いた。
 それは、アイリスがいつも肌身離さず持っていたラコニウムの杖だった。
 その先にあるはずの火炎を生み出すラコニウム鉱石は潰れて無くなってしまっている。
 これをアイリスが見れば、ヒルデベアの攻撃からアイリスを護ろうとして、ラコニウムが自分で爆ぜた。などと本気の顔で言いかねない。
 ボディを破壊した際に火花が散って引火したのか? それともラコニウムには意思があるのか?
 どちらも根拠の無い仮説に過ぎないものであり、真相は謎である。
 だが、これを機にアイリスのラコニウムへの愛はさらに深みを増していくことになる。
「ラコニウムも・・・生きてますぅ・・・」
 スリープモードのアイリスが、小さく寝言を漏らした。

☆お・ま・け☆
「な、なにぃ!?たった一つだとぉ!!?」
「はいですー」

 傷の治ったアイリスの微笑みに、驚愕の顔を見せていたガロンは表情を戻すと、がっくりとうなだれた。
「・・・報酬はギルドで受け取れ、どうせ払い込んだら払い戻しはきかん・・・」
「はいですー♪」

 ぶつぶつと呟きながら落ち込んでいるガロンに別れを告げ、アイリスはギルドカウンターで報酬を受け取った。シグマもクーゲルも依頼はキャンセルしていたが、アイリスだけは依頼続行状態だったためだ。
 ギルドカウンターをでて、チェックルームに立ち寄ったアイリスは、新しいラコニウムの杖を一本引き出した。
 そのままみんなのところへと戻る。皆がアイリスを向かえてくれる。なんだか嬉しくなって、アイリスは持っていたラコニウムをぎゅっと抱きしめた。
 皆に後でクーゲルから聞いたそのときのことを話すと、皆が興味深い目でラコニウムの杖を見た。
「皆さんの前にたくさんのラコがありますように・・・」
 アイリスがそう言って締めくくると、サイカが肩をすくめた。
「私はできればごめんだわ」
 アイリスにとっては宝物でも、ハンターズから見ればやっぱりあんまり役に立たないアイテムでしかないのである。

☆ちゃんちゃん☆

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