HUNTER DAYS FACTER

ダイエット大作戦
〜消えた花嫁〜

 ハンターズに対して、ハンターズが仕事を依頼することもある。
 それは例えば、今回のように少し特殊な依頼もあるのだろう。

「はじめまして。私、シシルと言います」
 ハンターズに割り当てられる個室・・・依頼人のプライバシーを保護するために作られた部屋・・・の中で、向かいに立つフォースの女性はそう名乗った。
「YOHOO。俺はクーゲルって言うんだ。ひとつヨロシクゥ♪」
 クーゲルの言葉もまともに届いていないような思いつめた表情で、シシルはクーゲルにすがるように走り寄ってくる。あらためて見ると、その体躯はどちらかと言うと縦の比率よりも横の比率の方が大きいようにも見える。
「お願いします!私のダイエットに付き合ってください!!」
「オ、オッケーェ。任せときなって♪」

 クーゲルにすがりつくようにシシルが詰め寄ったとき、シシルは二人が触れ合った矢先に嫌な音がしたような気がしたが、気のせいだったと思いなして事情を話し始めた。
 事情を話す間、クーゲルはずっと頬に浮かんだ脂汗を隠しながら、相手に気づかれないようにレスタを自分の肋骨に当て続けていた・・・。

「ようするに、だ。結婚相手に自分の今の姿を見られたくないわけか」
「ハイ・・・」

 低くうなだれて、シシルが言う。シシルの言うことには、今の状態は食べすぎとストレスによる肥満症らしい。おそらく過食症もともに入っていることだろう。
「で、ラグオルを冒険して、体重を減らそうと?」
「ハイ・・・」
「でも、一人だとモノメイトとか使っちまって体重が逆に増えちまう」
「ハイ・・・」

 シシルの表情は青く、今にも倒れそうだ。実際、かなり精神的にもまいっているのだろう。
 クーゲルはシシルのそんな表情を見ながら、さらに続ける。
「で、俺がこの依頼受けなかったらどうするワケ? また一人でラグオルへ降りるのか?」
「そ、それは・・・」

 シシルが下を向く。その身体が小刻みに揺れている。
「冗談だよ、冗談」
 クーゲルがシシルの顔を持ち上げて、無理やりに上を見上げさせる。その顔を覗き込むようにして、クーゲルはにっこりと笑った。
「俺に任せナ!女性の悩みは俺の悩み。女性の敵は俺の敵だ」
「そ、それじゃあ・・・」

 シシルの顔が“ぱぁっ”と明るくなる。その瞳からこぼれかけていた涙を指ですくいとると、クーゲルはシシルへとウィンクを一つした。
「さて、いきますかね。お嬢さん♪」
 まるで従者のようにうやうやしくお辞儀をするクーゲルに、シシルは思わずふきだしていた。

<ラグオル・洞窟区画エリア1>
 縦横無尽に走るマグマとそこいらを徘徊するエネミーたちに支配された空間に次々に銃声が轟く。硝煙を上げる自分の銃を手にクーゲルは、薄く笑ってみせる。
「ヒュウ! この感じいいねぇ〜♪ 俺って天才! だよね〜♪」
 くるりと振り返るクーゲルの目には、どすどすという擬音が聞こえてきそうな勢いで走る少しばかり・・・いや、かなりふくよかな女性の姿が映る。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
 まだこのエリアに来てから3部屋も巡っていないというのに、まるで居住区画を一周してきたかのような息の上がりっぷりに、クーゲルは思わず心の中で嘆息した。
「こりゃ先が長そうだ・・・」
 クーゲルの様子など関係なく、というか見えていないのか、シシルは汗に濡れた髪を振り乱しながら、走っていた。その後ろから、パルシャークの爪が姿をみせる。
「およ、あっぶねぇなぁ・・・」
 クーゲルが軽い調子でそう言って銃をシシルへと向けた。
「そのままの勢いでこっちに走ってきな! お嬢さん!」
 クーゲルが怒鳴る。シシルはこくこくと頷きながらクーゲルの方へと走った。
 BAN! BAN! 
 クーゲルが立て続けに銃を2連発する。銃弾は走っているシシルの身体に掠るか掠らないかのラインでその場を通り過ぎ、シシルの後ろにいたパルシャークの片腕を吹き飛ばした。
「YES!!」
 子供の様に嬉しそうにはしゃぐクーゲルを尻目に、ようやくと言った感じでシシルが到着した。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
 汗だくになって肩で息をするシシルに、クーゲルが告げる。
「さぁて、次行こうか」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 シシルが荒い息をつきながら、腰に携帯している水筒に手を伸ばす。
「シシル!」
 クーゲルの厳しい声にシシルは伸ばしかけた手を引っ込める。
「水は脂肪にはならないが、水ぶくれになりやすいぜ。そして、水ぶくれはそう簡単には直りゃしない・・・」
 クーゲルの言葉に、シシルは手を引っ込めて、小刻みに震えさせる。
「飲みたいんなら飲めばいい。だがな、その程度我慢しなけりゃ、痩せるなんてできないぜ!」
 クーゲルの言葉に、シシルが瞳を上げてクーゲルを見た。その眼が闘志に燃えている。それをみたクーゲルは嬉しそうに笑った。
「その意気だよ。安心しな。俺は馬鹿だが、女性の頼みは引き受けた以上必ず成功させているんだ」
 シシルの肩をポンポンと叩き、その手にゲル状の栄養補給飲料を握らせる。
「必要最低限の栄養だけを取れば、身体ってのは動いてくれる。後の栄養ってのは、無駄なものとして身体に付くんだ。そいつなら足りない分の栄養のバランスもいい。不適当な栄養摂取は太る要因になるからナ♪」
 クーゲルがそう言って笑う。シシルはそのゲル状物質の入ったパックをあけると、一気に咽に流し込んだ。咽を通るゲル状物質が、雀の涙ほどではあるが咽の渇きを潤してくれる。
「大丈夫です、行きましょう・・・」
 シシルがクーゲルに向かってそう言う。クーゲルは、銃を構えながらシシルにウィンクして言った。
「OK.。参りましょうか、お嬢さん」

「せーのっ! よっ! ほっ! はっ! っと・・・♪」
 軽やかにステップを踏みながら、まるで遊んでいるかのようにクーゲルが銃を放つ。しかしその弾道は正確で、次々にエネミーを打ち抜いていく。
「バ、バータ!!」
 シシルのテクニックが発動し、最後の一体も氷の中に散っていった。
「いい感じだぜ!腕もいい」
「ありがとうございます」

 クーゲルの言葉にシシルは額の汗を拭いながら微笑んで見せた。
 現在、ラグオル洞窟区画エリア2。<水の洞窟>部分である。ひんやりと冷えた洞窟の床一面に水の張っている部屋が多く、クーゲルは、買ったばかりのブーツが汚れるのが嫌なのであまり来ない場所である。
「で、“滝の広間”まででいいんだよな?」
 クーゲルの言葉に、シシルが頷く。
「よっしゃ!行こうぜ」
 クーゲルがそう言って歩き出す。シシルがそれに続いた。

 洞窟の中に撃鉄の音と、排莢の音が響く。
「ふぅ・・・」
 新たに武器を替え、ヤスミノコフを手に持ったクーゲルが息をつく。セーフティを外して弾倉を交換する。独特の音がやけに大きく響いていた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
 大きく息をついているのはシシル。水の洞窟は比較的涼しいはずなのに、その顔にはびっしりと汗が浮かんでいる。
「大丈夫かい?」
 クーゲルが声をかけると、シシルは声を出すのも億劫なのかかくかくと頷いている。
「OK.。俺はちょっと先に行って様子を見てくるから、暫く休んでりゃいい」
 クーゲルはそう言って、通路の伸びる先に消えて行き、残されたシシルはその場にしゃがみこんだ。
「はぁ・・・・・・」
 重いため息をつく。シシルは今まさに、自分が置かれている立場と、それまでの自分の行動を考えて後悔する、いわゆる“あのときにこうしていれば・・・”状態に入っていた。
 知らず知らずのうちに涙がにじむ。シシルは頭を振って考えを追い出すと、氷に彩られた天井を見上げて決意の瞳を見せる。
「辛くたって頑張らないと!これは、二人の幸せのためですもの!!」
 闘志を燃やすシシルの後ろの方で、床にたまった水がゆっくりと持ち上がり、その中から現われる真っ赤な光がシシルへと標的を定めた。

「おおー・・・」
 クーゲルが声を上げる。今、クーゲルの目の前には巨大な滝があった。
「何だヨ。すぐそこが滝の広間じゃねーか・・・」
 クーゲルが少しだけ拍子抜けしたように言って、踵を返す。
「まぁ、アンだけ汗かいたんだ。痩せてるだろ」
 クーゲルが元にいた部屋の中に戻る。
「オーイ。シシル・・・・?」
 誰も残ってはいない。クーゲルは訝しげに眉をひそめる。部屋中を見回して、クーゲルは部屋の中にシシルのステッキが残っているのを発見した。
「こいつぁ・・・」
 クーゲルがステッキを拾い上げる。その中ほどに亀裂が入っていた。
「・・・・・・」
 クーゲルが座り込んだ姿勢のままゆっくりと床にたまった水を見る。ゆらゆらと波紋を浮かべる水面に、天井に張り付いたプフィスライムの姿が映った。
 プフィスライムが天井からクーゲルに向かって触手を伸ばす。しかし、その触手がクーゲルに到達するよりも前にクーゲルは動いていた。
 BAN!!
 乾いた音が響き、天井に張り付いていたプフィスライムが霧散する。クーゲルはゆれる水に映ったスライムの姿に照準を合わせて、自分の脇の下を通して拳銃を撃っていた。
「もう一匹は・・・、どこだ・・・?」
 クーゲルの瞳孔が細くなってゆく。まるで照準を合わせる猛禽類のように・・・
 そのクーゲルの後ろから、床の水を割って、プフィスライムが現われた。
「テメェ・・・・死んだぜ・・・」
 クーゲルが振り返る。と、その顔が驚愕にとってかわった。プフィスライムの身体の中にはシシルがその姿のまま取り込まれているのだ。シシルの体躯がプフィスライムの核を隠しており、これでは狙うことができない。
「チィッ・・・」
 小さく舌打ちをして、クーゲルはプフィスライムに向き直る。シシルは気絶しているらしく、その身体に動きは無い。
 クーゲルは銃をホルスターに収めると、腰からセイバーを抜き放った。
「行くぞ、このクズ野郎がぁっ!!」
 プフィスライムに斬りかかろうとクーゲルが突進する。しかし、その瞬間クーゲルの目の前でプフィスライムは水の中に 隠れてしまい、捉えることができない。クーゲルのセイバーでの一撃は壁を削り取って終わる。
「へっ・・・そう来るかい・・・。まぁ、そうだわなァ・・・・」
 クーゲルがにやりと笑う。その手に持ったセイバーを振り回し、クーゲルは辺りの壁を削り取り始めた。
「よぅし、こんなもんかねぇ・・・」
 セイバーを収めて、銃を取り出したクーゲルはそう言うと部屋の隅に陣取った。この位置なら後ろを狙われる事は無い。
「さぁ・・・出てこいよ・・・!!」
 クーゲルが怒鳴る。シシルの状態を心配して、だ。ハンターズは特殊訓練を受けさせられるために、多少は一般人よりも身体が丈夫にできてはいるが、肺の中の空気もほとんど無く、気を失っている状態で、果たして何分持つのか・・・?
 クーゲルの目の前にプフィスライムがあらわれる。その身体には未だにシシルの姿がある。
「ヘっ・・・・・」
 クーゲルが右手で銃を撃った。それと同時に、左の手で懐に隠してあるハンドガンを抜き打ちする。プフィスライムがシシルを前面一杯に持ってきて、盾にした。
 BAN! BAN! BAN!!
 3発の銃声が響き、ゆっくりとプフィスライムがシシルを取り落とす。その粘液体が爆発したように霧散する。クーゲルは、壁を利用して弾丸を跳弾させ、プフィスライムの核を後ろから狙撃したのだ。
 クーゲルは、シシルを抱き起こすと、息を確かめる。
「まじぃな・・・」
 シシルは息をしていなかった。おそらく、スライムの粘液が気管支に詰まっているのだ。
「ったく・・・役得とは思うが・・・意識の無い女相手にしても燃えねぇよなぁ・・・」
 人の生き死にがかかっていると言うのに、相変わらずの調子でクーゲルはシシルの気道を確保すると、応急処置を始めた。

「ゲホッ・・・ゲホッ・・・・ぁ・・・・」
 小さく呻いて、シシルは目を覚ました。目の前一杯に、クーゲルの顔がある。
「よかったぁ〜♪ 気がついたみたいだナ!」
 クーゲルがにっこりと笑顔を見せる。
「ぁ・・・わたし・・・?」
 ワケがわからないといった風のシシルに、クーゲルはステッキを返すと前を指して見せた。
「行こうぜ、そろそろラストだ」
「は、はい・・・」

 釈然としないまま、シシルは走る。向こう側に、滝の広間が見え始めていた。
 そして・・・
「ぐすっ・・・・」
 シシルのすすり泣く声が聞こえる。
「ああ、ホラ。プフィスライムにやられたときにたくさん水飲んだろ?あのせいだって、多分・・・」
「うぅっ・・・ぐずっ・・・」

 クーゲルのフォローも聞こえていないのか、シシルはただすすり泣いていた。
 シシルの体重は、それほど変わっていなかったのだ。まぁ、実際は1日2日のマラソンで、体重が激減する方がおかしな話ではある。
「こんな姿じゃ、あの人に合わせる顔が無いわ・・・・」
 泣き崩れるシシルに、クーゲルは困った顔をする。
 クーゲルは考える。このまま女性を泣かせたままでいるのは自分の血が許さない。かといって、この状態をどうすればよいものか、と・・・・
 その時、クーゲルの頭に閃くものがあった。
「よぉ、シシルさん。どうやら、諦めるのも早いかもしれないぜぇ・・・」
 シシルが顔を上げる。クーゲルが不敵な笑みを浮かべた。

「で、何でアタシのところに来るかねぇ・・・。まったく・・・」
「そりゃ決まってるだろ?」

 クーゲルの言葉に、鬱陶しそうにサイカが文句を言う。
「サイカのその左手は、モノを作り変えることができるんだろ? なら、理想のプロポーションも思いのままじゃねえの?」
「実際そう簡単にいくかどうかわからないのよ。生き物に使うと激痛が伴うからね」
「だから、こうやって全身麻酔かけてるんじゃねぇの♪」

 両者ともに一歩も引かない。最後には、クーゲルの様子にサイカが折れて、まとまることになった。
 サイカの髪の色が銀色に変わる。身長も伸び上がり、クーゲルほどにまで大きくなった。両手の力を使うときの影響である。サイカは、目の前に横たわるシシルへと静かに左手を伸ばした。

 シシルが痩せたこの話は、事実に少々の誇張を加えてハンターズの間を流れることになる。しかし、その話の中には、サイカについて触れられた部分は一切なかったという。

☆お・ま・け☆
「アイリーン。ちょっといいかね?」
 パイオニア2総督府のデスクでハンターズの調書を見ていたタイレルは、不思議な点を見つけて秘書のアイリーンを呼んだ。
「何の御用でしょうか?提督」
「ああ、これなんだが・・・」

 タイレルが指したのは調書の一つ、ハンターズのラグオルに降りた降下数と、その区域別グラフである。
「最近洞窟区画に降りているハンターズが増加しているのだ。しかもハニュエール、フォニュエール、フォマール・・・どれも女性ハンターズばかりだ。何か知らないかね?」
 タイレルの言葉に調書を見ていたアイリーンが微笑んだ。
「ええ、存じております。彼女たちも、ハンターズである前に女性だと言うことですよ・・・」
「ふぅむ・・・」

 タイレルはアイリーンの言葉にただ首をひねるだけだった・・・。

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