HUNTER DAYS FACTER

レンジャーの意義・・・

 それはある日の武闘会区画でのことだった・・・。
「ハァッハァッハァッ・・・ハァッ・・・・糞っ!!」
 悪態が口をついて出る。そのレイマーは徐々に追い詰められていた。目の前に開いているワープゲートに飛び込み、出口の傍にトラップを仕掛ける。後方で誰かがフリーズトラップにかかったようだった。自分のデバイスにトラップにかかった表示が出る。
「・・・・クッ・・・・・・」
 レイマーが小さく呻いて目の前の角を曲がった。
 その顔が驚愕にとってかわる。目の前に浮いているのは紛れもなくトラップ・・・。
「しまっ・・・・」
 叫びの声もないままにレイマーがそのままの格好で凍りつく。体の半分が凍りに埋まっていく中で、ハンターたちの嘲笑がそのレイマーに浴びせられる。
「く・・・くそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
 叫ぶそのレイマーの耳には、嘲笑が後を引いて残っていた・・・。

 BOW! BOOW! BOOOOOOW!!
 洞窟に散弾銃の音が響く。
「なぁ、シグマさん。ショットガンやめてくれない?」
 散弾銃を持ったレイマーに、一緒にいるヒューマーの一人が、そんなことを言って出た。
「何故にか? 理由を聞きたい・・・」
 シグマと呼ばれたレイマーが少しばかりの怒りを含めて、そう聞き返す。
「だってさぁ、俺たちは相手の攻撃を読んで、その手前にタイミング合わせて連続で攻撃当てて、相手からの攻撃を受けないように頑張ってるんだぜ。なのに後ろから散弾銃で攻撃されると相手が軽く吹っ飛んじまうから俺等のタイミングが狂うのよ」
 ヒューマーが“なぁ?”とばかりに周りの連中を見る。周りの連中は言葉には出さないがそれに同意してるような素振りだった。
「それに、正直レンジャーって卑怯だと思うのよ。俺」
「何だと・・・・!?」

 ヒューマーの言葉にシグマが怒りの声を上げる。そんな様子に気がついてないのか、ヒューマーは続けた。
「だってそうだろ? あんたらは遠くから攻撃してるだけでいい。それだけで総督府はあんたらを評価してくれてるんだからなぁ」
 ヒューマーの言葉に周りが一瞬にして気まずい雰囲気に変わる。ヒューマーの言っているのはどうやら総督府が決めた<能力制度>のことを言っているようだった。

 総督府が決めた<能力制度>。それはハンターズのIDデバイスにある装置をつけることで、ラグオルでエネミーを撃破した数を装置に記録させ、どのようなエネミーを倒したかによってポイントを決め、それを集めることで総督府にレベルを決めてもらう。そして、そのレベルが一定に達しないと特定の区画に入れないようにすることで、ハンターズの無駄な死を防ぐ役目を果たすというものだ。そのレベルが高いほど、戦闘を経験していると同じ意味を果たしている。

「・・・・・・」
 シグマは何も答えない。ただ黙ってヒューマーの言葉を聞いていた。それに気をよくしてか、ヒューマーが続ける。
「俺は前に出てみんなを護って戦ってる。その自覚がある。だがアンタはどうだ? レンジャーと来たらフォースよりも後ろでちまちまちまちま当たりもしない銃を連発してよぉ・・・」
「ダイ! 言い過ぎ」

 フォマールの少女がヒューマーをたしなめる。が、少し遅かったようだ。
「・・・・・よかろう。拙者がいなくなればいいことだ。望みどおり、消えてなくなってやろう!!」
 シグマはそう怒鳴る様に言い放つと、リューカーのゲートを作り出し、その場から消え去った。
 後に残された3人の胸には、何かとんでもないことをしてしまったような、そんな気持ちの悪さがずっと残っていた・・・・。

 JP3・TYPE<レオ・マイナー>のロビーで、いつもの面々が集まっていた。
 サイカ、JOKER、ナユキ、アイリス、それにシュリ。そして、見慣れない法衣を着たフォマール・・・。
「でね、美和はアイコちゃんと一緒に行っちゃってね〜」
 サイカが大仰にため息をつきながら両手を広げる。周りのハンターズが苦笑する。その時を割って、シグマがジャンプしてきた。皆の苦笑にシグマがハーフ・マスクに隠された顔を歪めた。
「あ、シグちゃん。やっほ〜」
「おお、シグマ!ご無沙汰じゃねえか」

 サイカとJOKERがシグマに気がついて声をかける。それに続くように他の面々も口々に声をかけた。しかし、シグマは押し黙ったまま、その場に立ち尽くしている。
「?・・・どしたの?」
 サイカがシグマの異常に気がついて声をかける。シグマはそれにも答えず、受付の登記名簿に名前を登録すると終始無言のまま転送装置に走りこむようにして飛び去った。
 残されたハンターズは一様に不思議そうな顔をする。シグマの様子がどうもおかしいからだ。
「私、シグマさんを見てきます・・・」
 シュリが立ち上がる。青い法衣のフォマールがそれに続いた。
「待った。・・・私が行く・・・」
 サイカがそう言って登記名簿にサインし、一人で転送装置を潜り抜けた。

 BOW! BOOW!! BOOOOOOW!!
 散弾銃の音が響き、次々とエネミーを薙ぎ払っていく。シグマは魂の抜けた人形のように散弾銃を連射し続けていた。
「・・・・・・・」
 倒れ、体液を流しているブーマの骸に散弾銃を押し当てて、さらに引鉄を引く。肉塊が地面にめり込んで粉々になるまで打ち続け、それでもシグマは止まらなかった。
「シグちゃん・・・」
 かけられた声に、シグマが散弾銃を撃つのをやめてそちらを向く。サイカが武器もマグも身につけぬまま、そこに立っていた。その瞳は悲しみに揺れている。
「シグちゃん。何があったの? 一体何がそんなに哀しいの?」
「・・・・・・・・煩い」

 シグマがサイカの足元に向けて威嚇射撃を放つ。散弾銃の弾丸がサイカの足元にいくつもの穴を穿った。だが、サイカは退かない。ただ、シグマのほうを見つめている・・・。
「・・・なぁ・・・サイカ殿・・・。レンジャーが散弾銃を使って何が悪い・・・?」
「え・・・?」

 突然のシグマの言葉にサイカが不思議そうに聞き返す。
「散弾銃で遠距離から弾丸をばら撒くのは、卑怯なのか・・・・? 皆の邪魔になるのか・・・?」
 シグマの頬を涙が伝い、ハーフマスクに染み込んで、消える。サイカはそんなシグマの様子を見て軽く微笑んだ。
「何を言われたの?シグちゃん。話してみなさいな・・・」
 優しく語りかけるように言うサイカに、シグマはこれまでの経緯を話して聞かせた。模擬戦闘でのこと、ハンターズとのラグオル調査の時のこと、サイカは終始顔を変えずに、黙って話を聞いていた。
「・・・・・以上だ・・・」
 シグマが話し終えると、サイカは伸びを一つして森林区画の木の一本に向かって立ち、ハンドガンを木に向けた。
 BAN! BAN! BAN!! BAN! BAN! BAN!!・・・・
 ハンドガンの弾丸が木に穴を穿つ。次々と連射するサイカに、シグマは不思議そうな顔を向けていた。弾丸を暫く撃ち続けていたサイカは、不意に自分の腰に隠し武器としてつけてあるダガーを手に取り、木に向かって両腕を振るった。
「神楽流!!双雷!!」
 一閃。たったそれだけで木が大きな音を立てて倒れていく・・・。サイカはそれを見届けた後、もう一つの木に向かって、ダガーを構えた。
「神楽流!双雷!!」
 先ほどと全く同じように切りかかる。しかし今度は木を両断することができず、木には深い傷が残り、ダガーは弾かれて地面に転がった。サイカがシグマのほうを振り向いて、言う。
「どう?わかる?私が言いたいこと」
「わからんでもない・・・」

 シグマが重々しく頷く。サイカは笑顔を見せた。
 一回の攻撃で敵を殺せる必殺の技でも、やはり必殺のタイミングで無い限り一撃で、というのは難しい。一人で敵と戦うのには限界がある。そして、それぞれにはそれぞれの役割がある。
 例えばハンターは、最前線で敵と戦うだけの肉弾能力がある。だからそれを任される。フォースは、高レベルのテクニックで皆を強化したり、敵を攻撃したりできる。そして、レンジャーにもレンジャーだけの得意な役割がある。それが、遠距離からの射撃である。
 確かに、レンジャーは他のハンターズに比べて打たれ弱く、攻撃力も貧弱だ。ハンドガンも、熟練したハンターは簡単に扱うし、散弾銃は狙っていない獲物も一緒に狙うために、仲間の邪魔をしていることもあるだろう。だが、レンジャーが後方から支援射撃をしてくれないパーティーは、フォースがその代わりを担う分疲弊しやすくフォースの負担も大きい。
「実際ね・・・。仲間を軽んじるやつは、ハンターズ失格よ」
 サイカの言葉に、シグマは空を見上げた。曇りない空が、森林区画の木々の間から覗いていた。
「・・・・・サイカ殿。ありがとう・・・。拙者は、行くところができた・・・」
「うん・・・」

 サイカが笑顔で頷いた。シグマがサイカに背を向けて、リューカーを使う。
「あ、これ、餞別よ!」
 サイカが奇妙な形をしたスライサーのような武器をシグマに投げてよこした。シグマがそれを受け取り、いつものような不敵な笑みを浮かべる。
「忍法、里帰り!・・・さらば」
「いってらっしゃい・・・」

 サイカはそう言ってリューカーの光に消えるシグマの姿を見送った後、やってきたゲートの方に向き直った。
「で、アンタたち・・・・」
 サイカがゲートの方に地獄から響いてきそうなほどに低い声でおどろおどろしく言う。ゲートの影から身を乗り出していたシュリと法衣のフォマールがゆっくりと、ばつが悪そうに乾いた笑いを浮かべて出てきた。
「もー。ベルちゃんも、シュリちゃんも、駄目じゃないの」
「わ、わたしは、ベルダンディさんと一緒にラグオルに降りてたんです」
「そ、そうそう」

 ベルダンディと呼ばれた法衣のフォマールが、シュリの言葉にかくかくと頷く。サイカが呆れたとばかりにため息をついた。
「まぁ、シグちゃんは気がついて、わざと気づいてない振りをしてたみたいだから、いいけどぉ?」
 サイカの言葉に、シュリが恥ずかしそうに顔を赤らめ、ベルダンディがやれやれといった風に肩をすくめた。
「さぁて・・・・シグちゃんも行ったことだし・・・戻りましょうか?」
 サイカの言葉に、二人は頷いてサイカの後を追った。

「ちっ・・・!! このっ!!・・・がぁっ!?」
 悪態をついていたヒューマーが、突然の後ろからの奇襲に坑道の床に叩きつけられる。なんとかしようとヒューキャストがヒューマーの元へ走ろうとするが、彼もまた、その周りを飛び回るカナディンたちによって、徐々に追い詰められている。
「くそっ!!早くレスタを頼むぜ!アスカ!!」
「無茶言わないでよ!私だって・・・」

 アスカと呼ばれたフォマールが怒鳴り返して敵に向き直る。彼女の前には、3体ものギルチックが並んで立ちふさがっていた。
 坑道区画にやってきた3人は、素早く動く敵の前にフォマールが足止めをする以外の方法が無く、気がつけば敵に完全に囲まれてしまっていた。
 ヒューマーを床に叩きつけた敵、シノワビートが、止めとばかりにその二の腕に取り付けられたナイフをヒューマーに向けた。
「げ・・・・・」
 ヒューマーが身体を引き摺って逃げようともがく。ヒューキャストが予備武装であるスライサーを腰から抜き放ち、放とうと振り上げる。しかし、それよりも早くカナディンの電撃に阻まれ、ヒューキャストも自身の駆動系異常からその場に倒れこむ。
「バディス!!」
 フォマールが悲鳴に近い声を上げる。その瞬間、フォマールもまたギルチックによって床に叩きつけられていた。
 そして・・・シノワビートがそのナイフを頭頂にまで振り上げた。ヒューマーがその目を閉じる。
 “ばきん”という金属質な音が鳴り響き、シノワビートがその格好のまま爆散する。
「・・・・・あ?」
 かなり情けない声を上げながら、ヒューマーが涙目でシノワビートの向こう側を見る。その手に東洋の手裏剣のような武器<フライトカッター>を構えたシグマが威風堂々といった面持ちで立っていた。
「破っ!!」
 その手を離れたフライトカッターは、様々な軌道を描いて次々にエネミーを打ち砕いていく。3人のハンターズはまるで奇術を目の当たりにしたような気持ちで、その光景を見ていた。
 −GYUUUUUUUUUUUUUUU・・・−
 機械の駆動音を響かせて、ギャランゾがシグマのほうへと向かっていく。
「ダイ!武器を取れ!!」
 シグマがフライトカッターをしまいこみ、代わりに大型のライフルを取り出しながら怒鳴る。
「お、おう」
 どもりながら、ダイと呼ばれたヒューマーは地面に落ちたままの自分の長槍を拾い上げ、ギャランゾに向かって突進した。
 BOW! BOW! BOOOW!!
 シグマの射撃が、ギャランゾの駆動系を打ち抜いたか、ギャランゾがその動きを止める。
「もらった!!」
 ダイがその瞬間を逃さず、ギャランゾのエンジン部分を貫いた。激しくスパークして、ギャランゾは砕け散る。
「・・・・・ふぅ・・・・・・」
 ようやく機能が回復したか、ヒューキャストが立ち上がる。フォマールも、自分の回復が終了したか、立ち上がるとシグマのほうへと歩み寄る。
「ありがとう。助かったわ」
 フォマールの言葉に、シグマは少しだけ、視線を上に向けた。
「レンジャーにはレンジャーの、ハンターにはハンターの役割があり、それが無ければどこかに無理が出る・・・」
 シグマの言葉に3人は顔を見合わせる。シグマはさらに続けた。
「拙者はこれで帰る。貴様等を助けたのは、一時とはいえ仲間だった者達。死に至るには少々忍びなかったからに過ぎんよ・・・・」
 シグマはそう言って、リューカーを使用して、ゲートを開いた。
「貴様等にはまだ経験もコンビネーションも足らぬ。1からやり直すがいい」
 シグマの言葉は3人のハンターズを深くえぐるように吸い込まれる。
 そして、シグマはその場から消え去った。

「とりあえず、礼を言う。かたじけない・・・」
 シグマの言葉に、サイカは笑顔で返した。
「いいのいいの。気にしなーいきにしなーい♪」
「しかしまぁ、下らん話だ」

 JOKERの言葉に、シグマが息がかかるほどに近寄った。
「JOKER殿よ。こととしだいによっては貴様でも許せんぞ・・・。」
「くだらねーから下らねーっつったんだよ」

 JOKERとは別方向からかかった声に、シグマが振り向くと、クーゲルが立っていた。
「悩んでも仕方ねーだろ? 俺は自分がレンジャーだってことが誇りだね。自分が望んでなったんだ、後悔なんざするもんかい! 俺はこの射撃の腕で一緒に冒険する女の子を護る、それが目的にして最高の目標だ!」
 誇らしげに言うクーゲルに、シグマが怒りの表情を緩める。JOKERを見ると、JOKERも軽く頷いている。
「仲間を役立たず呼ばわりするような奴らなんざ放っておけ。少なくとも俺たちは仲間のことを悪く言うやつを許さねぇ・・・」
 JOKERの決意の瞳に、シグマが軽く目を閉じた後、不意に目を見開いて、言った。
「ならば拙者は忍として、レンジャーを極めて見せよう。拙者を馬鹿にしてくれたやつ等に目にもの見せてくれる!!」
 シグマの声に、JOKERもクーゲルも、そしてサイカも、顔をつき合わせて笑った。
 この事件をきっかけに、シグマの胸には、決意の意味も込めて“忍”マークがIDと並んで描かれていると言う・・・。
 そして、シグマと分かれた3人のハンターズは新たにチームワークの大切さを学び、やがて押しも押されぬ凄腕のハンターズチームとして名を馳せることになるが、それはまた、別の話である・・・。

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