HUNTER DAYS FACTER

サイカの日記帳
シグマの章

「じゃ、アタシは出かけてくるから、後はよろしくね」
「はーい!」
「御意」

 サイカがそう言って出かけるのを、明るく美和が見送り、シグマが厳かに頷いた。
「さて、お掃除お掃除〜♪・・・あ、シグマさん。えっと、お掃除の邪魔にならなかったらどこにいてもいいから、楽にしててくださいね」
「忝い」

 美和がぱたぱたとはたきを手に部屋を駆け回るのを尻目に、シグマは一人サイカの家の奥へと歩を向けた。
 ドアが開き、サイカの部屋へとシグマが足を踏み入れる。乱雑に放り出された本と、何かのデータを収めたものであろうディスクで部屋が溢れかえっていた。
「・・・・・・・・・」
 一瞬、気が遠くなりかけたシグマであったが、意を決してその中に入り込み、乱雑に放り出されている本の山の中を手探りで何かを探し始めた。
「これか?・・・いや、違う。・・・・・・これは・・・違う!」
 シグマが次々に本を手にとっては放り出す。部屋の中に埃が舞った。防塵マスクをしているためにシグマは別段なんともないが、もう一人は違ったようだった。
「はぁーっくしょん!!」
 シグマが突然のくしゃみに驚いて後ろに飛び退った。くしゃみをした主は、鼻の辺りがまだむずむずするのか、鼻を指で押さえながらシグマの方へ向く。青と白の色分けが清潔な感じを見せる独特の法衣に身を包んだその姿は、フォマールだった。
「やぁ、シグちゃん。探し物?」
 ひょいっと左手を上げてシグマに挨拶すると、そのフォマールは意地悪そうな目をシグマへと向ける。
「昼間っから女の人の部屋で何を物色しようとしてるのかな〜〜?もぅ・・・H♪」
「そう言う貴様は何を探しておるのだ? セツよ」

 まるでサイカの様なセツの言い方に全く動じないシグマの切り返しに、セツと呼ばれたフォマールが少しだけ慌てた素振りを見せる。
「え? え〜〜〜と・・・・」
 セツが返答に詰まってあたふたとする。と、その目が床にあるディスクに釘付けになった。
「・・・・・・・・・あった・・・・・・・・」
 セツが呟いてディスクを取り上げる。その顔に満面の笑みがあった。
「あったあった〜〜〜♪」
「そのデータディスクがなんだというのだ?」

 シグマの訝しげな言葉に、セツが嬉しそうに言う。
「このデータディスクはサイカがまだ“組織”にいた頃からとり続けてた映像日記データなの。私、これが見たくてね〜♪」
 セツの言葉に、シグマが驚いたような表情を見せた。
「偶然だな・・・。拙者が探していたのも、結局はそのディスクだ・・・」
 シグマの言葉に、セツの目が獲物を狙う狩人の眼に変わる。その手が袖に引き込まれた。
「渡せないわよ・・・・。こればかりはね・・・・・・」
 シグマは現状を鑑みた。狭い部屋の中に散乱した様々なゴミの類と本類。この場所では自由には動けまい。こういう場所ではセツのテクニックの方に分があると言えた・・・。
「・・・・・拙者が見たいのはそのサイカ殿の行動を表した日記ログデータの最初のほうだけだ。ほかの映像には興味はない。それだけを見せてくれるのであれば争う必要もない」
 シグマの言葉に暫く逡巡して、やがて、セツが袖から手を出した。目も元の瞳に戻っている。
「長い付き合いだからね。信用しようじゃないか」
「かたじけない」

 シグマが一礼するとセツが困ったように照れて目を伏せた。こと戦闘や暗殺に関しては“死を呼ぶもの(エンドブリンガー)”の名前で呼ばれ、恐れられていたセツにも、実は照れ屋な一面があるのだった。
「で、どのファイルを見るの?」
 セツは持参してきていた携帯型ホログラフィを取り出すと、中央の読み込み口に先ほどのディスクをセットして、シグマのほうを向いた。
「サイカ殿が、最初にラグオルに降りた折のデータを、見せていただきたい・・・・」
 シグマの言葉に、セツがホログラフィを操作した。

 どうやらサイカは、ベーシックマグの浮いている位置に、マグ方の小型自走式カメラを仕掛けて、この映像を撮っているらしい。
「・・・というのはお前か・・・他人と組むのは初めてだぜ・・・」
 ハンター専用区画の町並みの映像が流れ、ギルドの中の映像になる。その向こう側で、見慣れないハニュエールと、ヒューキャストが話をしていた。どうやらこの場所はギルドの中、転送装置のすぐ裏側のようだった。物影から様子を覗き見るサイカのお尻の辺りに獣の尻尾のようなものが揺れる。<パンサーテイル>と呼ばれるマグの一つだ。だが、パイオニア2のハンターにも、まだ正式な認可は下りていないはずだった。
「まだかなまだかな〜?」
 わくわくしている子供のような呟きを漏らしながら、サイカは二人のハンターズを見ている。パンサーテイルが遊びを待っている子犬かなにかのようにゆらゆらと左右にゆれていた。
 どうやらこのサイカは現在のサイカよりも相当に若いらしい。まだ子供のような雰囲気を受ける。
「・・・頼んだぞ」
 依頼人であろう人の声が響き、二人のハンターズが外にあるラグオルへの転送装置へと走り出した。サイカがそれを追って走り出し、カメラがそれを追う。
「ハンターIDを提示してもらおう」
 転送装置に消えた二人を追って走るサイカの前に、衛兵よろしく立っていた二人の軍人が立ちはだかる。サイカの顔が不機嫌になった。
「おじさんたち、邪魔」
 サイカの緋色の髪が逆立った。パンサーテイルも威嚇するようにぴんと伸びきっている。
「いいからハンターIDを見せろ」
 その場の雰囲気を見ない軍人の一人がサイカの身体に手を伸ばした。次の瞬間、サイカの右手にフォトンの輝きが宿る。
 右手が、横薙ぎに振るわれた・・・。
 たったそれだけで軍人の身体が上半身と下半身の二つに分かれて床に転がる。
 どちゃりという生々しい音を立てて転がったその骸を見て、もう一人が信じられないものを見たように顔を引きつらせる。それが命取りだった。
「ガァッ!!」
 獣のような唸り声を上げて、サイカがもう一人の軍人に飛び掛った、その腰のホルスターに納まったままの拳銃を左手に宿ったフォトンの輝きで切り裂き、床に放り出すと、軍人の咽を両手で締め上げる。
「ぎ・・・・ぃ・・・・が・・・・ぁぁ・・・・・」
 呻き声のようなものを上げながら、軍人はそのまま失神する。サイカはそれを確認するとその軍人の持っていたセイバーを取り上げてその軍人に握らせると、二つになった方の軍人の胴体部分にある傷口を、そのセイバーのフォトンの光で焼ききった。そして、その後にホルスターに納まったままの拳銃をもう片方の手に握らせるとそのまま失神している相手のこめかみに押し当てて引鉄を引く。画面には映らなかったが、何かがひしゃげ砕ける音がして、サイカの身体に赤い染みを幾つも作り上げた。これでは、何も知らない者には軍人の一人が相手を殺し、自殺を図ったように見えるだろう・・・。

 画面を凝視しているシグマとセツは驚愕に眼を見開いていた。
「これが・・・あのサイカ殿か?信じられぬ!」
「まさに“悪魔”ね・・・。」

 画面に映るパンサーテイルがまるで悪魔の尻尾のように映っていた。

「来るぞ・・・ラグオルの原生生物だ」
「どうやら場所によってはエネミーを全て倒さないと・・・」
「どうした?敵に攻撃が当たらないか?そんなときは・・・」

 ラグオルの森林区画にキリークと呼ばれるヒューキャストの声が響く。
 カメラは、ハニュエールに親身に教えを与えているヒューキャストの姿を物陰で隠れながら見入るサイカごと捉えていた。
「キリークに気に入られちゃったみたいだねぇ、あのハンター。かわいそうに・・・」
 ちっともかわいそうでなさそうな調子でそう言うとサイカは、その手に光る、先ほど軍人を殺した自分の武器<サイレンスクロー>を、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のような瞳で見ていた。
「これ、いいわぁ・・・。おもしろーい♪」
 サイカが物影から飛び出したい衝動を必死に抑えている様が、パンサーテイルの左右に触れている様子でよく理解できる。サイカは物影から草むらへと移動して、そこをさらに奥に進み、少し開けた広場に出る。背の高い草叢に右手を一閃。それだけで草叢の形が短く変わる。
「ふみゅう・・・・」
 サイカがきらきらと目を輝かせる。その手が腰に付けられた投刃型の武器に触れた。と、いきなりサイカが何かに気がついたようにして身を伏せる。カメラがそっちを向いた。
「どうやらラグオルにもネズミはいるらしい・・・・」
 キリークが鋭い視線を草叢の向こう、丁度サイカがいる辺りに向けていた。
「ふぅ・・・危ない危ない。・・・キリークアブナイやつだし・・・見付かったら老師(タオシー)にお仕置きされちゃうよ・・・・」
サイカが小さく呟きながら、その場から這って逃げ出した。

「あんたら・・・・何者か知らんが・・・気をつけろ・・・」
 傷ついた若いヒューマーがその場に寝転んだまま辛そうに呻く。
「やつら、その辺に・・・まだ・・・隠れて・・・」
 二人のハンターズは辺りを見回し、地面に落ちたデータディスクを見つけ、走り寄る。と、キリークが立ち止まった。もう一人、先に進もうとするハニュエールを手で制し、告げる。
「何か聞こえるな・・・唸り声・・・?」
 まるでキリークのその言葉をひきがねにした様に、サベージウルフの群れが草むらを割って辺りを取り囲んだ。キリークがその瞳を愉しそうに歪め、愛用の大鎌を構える。
 サベージウルフの一匹がキリークの後ろから飛び掛った。キリークは無駄の無い動きで紙一重にかわし、その腹を鎌の刃で切り裂いた。
「ギャウン!!」
 まるでイヌの様な声を出して、サベージウルフが絶命した。続いて2匹が、訳もなく倒れ、そのまま死に至る。二人のハンターズがその光景を見ている中、遥か上空を飛ぶ刃は、草むらの中にある柄へと無事に戻っていった。
「きもちい〜〜〜〜♪」
 ゾクゾクと身体をのけぞらせてサイカが小さく歓喜の声を上げる。
 キリークは草むらの影に向かって殺気を飛ばしていたが、不意に視線を戻すと、ハニュエールとともにヒューマーの下へ走った。
「ありがとう。助かったよ・・・」
 複雑な顔のヒューマーを尻目に、キリークはハニュエールに言った。
「俺はあの足手まといを連れて行く・・・。お前はデータディスクを持って帰れ」
 キリークはカメラを通してみているシグマすらもぞっとするような殺意を秘めた愉悦の笑いを見せた。
「もっと強くなれ・・・、俺を楽しませるほどにな・・・お前にはその資格がある・・・・ククッ・・・」

「ふふっ・・・・」
 サイカが楽しそうに笑う。物影から二人のハンターズが消えて後、サイカは一人行動を開始した。データディスクのあったその場所の奥、草むらの影に隠れるようにそびえる転送装置に身体を滑り込ませる。
「さぁて、セントラルドームに冒険ぼーけん♪」
 まるで木の枝を手に近所の林の中に入っていく子供のような物言いである。パンサーテイルが、サイカの身体の一部かのようにゆれていた。

 一方、こちらはギルド・・・・・
「確かに届けたぞ。データのほうはあっちが持ってくる」
「ああ、ありがとう。この馬鹿にも困ったもんだ」

 依頼人、ジッドという名前のその人はそう言って傷だらけのヒューマー、アッシュをばしんと叩いて豪快に笑った。
「俺はもう行くぜ、帰ってきたらもう帰ったと伝えてくれ・・・」
 ギルドカウンターで報酬を確認したキリークは、そう伝えてギルドを後にした。
「・・・・・・・・・」
 ギルドを出てからキリークの表情が変わる。転送装置の前には二人の衛兵が油断なく周りを見回している。だが、その表情は硬くこわばっている。キリークが視覚情報を鋭敏にして床をサーチした。何事もなかったかのような様子の床に、微かにルミノール反応が検出された。
「・・・・・・・クククククッ・・・・・・」
 殊更愉快そうに笑うキリークに、殺意の影が揺らめいた。

「ん〜〜〜〜・・・」
 森林区画エリア2、そう呼ばれているここは、パイオニア1のセントラルドームの手前に存在する大森林地帯のことを指している。サイカは今そこに立ち、リコからのメッセージボードに自分の首にかかっているIDデバイスからコネクターを取り出して、差し込んでいた。
「入ってくる入ってくる♪」
 楽しそうに言うサイカのデバイスを通じて、端末に色々な情報が流れてきているのがわかる。
「さすがレッドリング・リコのデータバンク♪ いろんな情報があるわ」
 データの収集が終わり、メッセージボードからコネクターを引き抜いたサイカは、突然の殺気に地を転がった。一瞬の遅れとともに、地面に亀裂が走る。
「う、うわぁぁ・・・・」
 地面に亀裂を走らせた張本人とも言えるその大鎌は、地面に刺さったままオブジェのようにそこに存在していた。

「パイオニア1の事故直後にこんなことがあったのね・・・・」
 セツが感心した様に言う。セツ自身、あの事故のあった頃に自分を育ててくれた老子(タオシー)から大体のことは聞いていたのだが、改めてみるのとでは全然想像が違っていた。
「・・・・・・・・」
 セツの言葉も耳に入らないほどに、シグマは映像に見入っていた。画面の端に映るセントラルドームを見るたびに、自分の頭の中に浮かんでは消える景色が現われる。
「この・・・・記憶は・・・・・・?」
 シグマは頭を押さえながらも、再び映像を食い入るように見つめた。

「なぜ貴様がここにいる・・・・?」
 キリークの言葉に、サイカが乾いた笑いを見せる。
「あは・・・あはははははは・・・・」
「・・・・・質問に答えればそれでいい・・・それ以外は許可していない・・・」

 キリークの視線がサイカを貫くかの勢いで迫る。サイカは、愛想笑いのような表情のまま、右手を後ろへと持っていく。キリークがそれに気がついて大鎌を振り上げたまま突進した。
「オン・インドラヤ・ソワカ!!・・・ゾンデ!!」
 サイカが右手を突き出した。キリークの上空に閃光が走り、小さな稲妻がその頭部をめがけて落下する。
「・・・・・フン・・・・・」
 キリークはつまらなそうにその稲妻を身体に受ける。しかし、勢い自体は止まらず、そのままサイカめがけて突進し続ける。
「甘いあま〜い!!」
 サイカが右腕を後ろに引くと同時に、タイミングを見計らって利き腕でない左の手でスライサーを放った。これは予測できていなかったのか、キリークが顔面めがけて飛んでくる投刃に自分の鎌を当てて受け止める。
 乾いた音を立ててスライサーの刃が落ちたそのあとには、サイカの姿は残っていなかった。
「・・・・・ククッ・・・・・面白い・・・・・クククククッ・・・」
 キリークは愉悦にまみれた見るものを凍らせるほどに恐ろしい笑みを浮かべながら、エリアマップに映るサイカの後を追った。

「今のサイカとは別人みたいに“弱い”わね・・・・」
 セツが映像を見ながらそんなことを漏らす。
「まぁ、昔の話だからな。今より強かったらそれはそれで問題だろう・・・」
 シグマが映像から目を離し、セツの方を向く。
「それよりも・・・この先なのだ。拙者が見たいのは・・・」
 シグマが再び画面に食い入るように見つめる。セツはその雰囲気に不思議な焦燥感を感じていた・・・。

「まったくもぅ・・・・キリークもしつっこい・・・・」
 サイカがぼやきながらゲートを越える。セントラルドームに至る道が、口をあけていた。
「ラッキー!」
 嬉しそうに笑って、サイカはゲートをくぐろうとする。そのときだった・・・
−グゥオオオオオオオオオオオオッ−
 地を震わせるほどの叫びとともに、空中から巨大な体躯をしならせてヒルデベアが現われた。その姿は従来のヒルデベアとしても異様なもので、特に、その頭部が青白い色を見せている。
「今までのレッドリング・リコのデータバンクには該当しないわね・・・。ヒルデベアとは違うし・・・もしかして、突然変異種(ミュータント)かな?」
 サイカの目の前で、ヒルデベアは腕を広げて口から冷気を吐き出した。吐き出された冷気に、ゲートの半分が凍りついて霜を降ろす。
「冷気を吐くヒルデベア・・・か・・・。お粗末な・・・」
 ため息をつくサイカに、そのヒルデベアは拳を振り上げた。その姿にサイカが目を細める。まるで野生の獣のような鋭さをその瞳の光が帯びた。
−ザシュッ・・・・・・−
 紙切れでも切り裂くかのように、サイカの右手のフォトンの輝きがヒルデベアの右腕を斬り飛ばした。苦悶の声を上げるヒルデベアに、サイカがくすくすと嬉しそうな笑い声を上げる。
 サイカは悪魔的な笑みを顔に浮かべたまま、ヒルデベアの脇をすり抜けると、その背中を駆け上がった。
「バイバイ♪」
 軽くそう言うと、サイカが両腕をヒルデベアの首に向けて重ねるように振り下ろした。何かが千切れるような音を立てて、ヒルデベアの首がその場に転がった・・・。
「我流流派、神楽流。・・・<牙王烈爪(がおうれっそう)>・・・」
 本物の悪魔と紛うばかりの笑いを貼り付けて、サイカが血にまみれた顔を上げた。そのままセントラルドームへと続く転送装置をくぐる。
「・・・・・・・・・・・・!?」
 転送装置をくぐったサイカが蒼い顔を見せた。転送装置の向こう側には、モネストが群生していたのだ。
「ハ・・・・ハチ・・・・、蚊・・・・・ハチ・・・・・・」
 サイカが小刻みに震えながら脂汗をかき始めた・・・・。そう、サイカはハチや蚊といった羽虫が大の苦手なのである。
「い・・・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 悲鳴を上げながら、サイカが次々とラゾンデを放つ。閃光と雷撃のショックで、カメラの画像が歪むほどの高出力の電位層がそこに生まれていた。

「はぁ・・・・はぁ・・・はぁ・・・・」
 肩で息をしながら、サイカは辺りを見回して羽虫のいないことを確かめてからその場に力が抜けたように座り込んだ。その顔には憔悴が見て取れるほどで、見ているほうが不憫になってくるほどだった。そして、サイカの座り込む向こう側で、“ガタン”という重い音とともにゲートのロックが開いた。
「おおー」
 サイカが再びキラキラと目を輝かせて、扉へと近づこうとする。と、そのときだった。
−ヒュンッ−
 空気を切り裂く音とともに飛来したそれを、サイカがかろうじて爪で弾き飛ばした。乾いた音を立ててスライサーの刃が転がる。サイカの顔がこわばり、その頬には冷や汗が浮かんでいる。
「あ・・・・あはははははははは・・・・・・」
 愛想笑いのようなものを浮かべながらサイカが振り返った先には、大きな鎌を構えた死神が、メタリック・パープルのボディを雨に濡らせながら立っていた。
「答えろ、“真紅の獣”・・・。なぜお前が降りてきている・・・?」
 愉快そうに口の端をゆがめて、キリークがサイカに問う。サイカがじりじりと間を詰めるキリークに対して、ゆっくりと下がりながら答える。
「な、なんとな〜く・・・・ね♪ホラ・・・ず〜〜〜〜っとパイオニア2だけで遊んでると、つまんないし」
 サイカの言葉に、キリークが悪魔のような笑みを浮かべた。サイカのパンサーテイルがぴんと張り詰める。マグだというのに、その姿は驚いたときの猫のように大きく膨らんでいた。
「では、俺が遊んでやろう・・・。ただし、遊ぶからには、俺も楽しませて見せろ・・・・」
 キリークがサイカの答えも待たずに襲い掛かった。サイカは少し面食らいながらも大鎌の攻撃を爪で受け止めると、キリークの顔側面に鋭い蹴りを放つ。
−ばきぃっ−
 軽く何かがひしゃげるような音を立てて、メタリックパープルの塗料の舞う中に、キリークが倒れこんだ。サイカはキリークの手を離れた鎌を足で蹴り飛ばし、彼方の方へと追いやる。
「アンタに鎌を持たせるとやばいしね・・・・」
 サイカがそういってにやりと笑う。と、その様子が豹変した。まるで何かにおびえるようにパンサーテイルが力なく垂れ下がり、サイカが頭を押さえてその場にうずくまる。
「な・・・・・・なによ・・・・・・・?この声は・・・・・」
 サイカが苦しそうな声を上げる中、キリークもまた頭を押さえて呻いていた。
「ガ・・・・・ガァッァアッ!!ガガッァァアアアアァァ!!」
 二人の苦しむ声が森林区画の中に響き渡った。

「ど、どうなっておる? これは!?」
 シグマが画面を見て驚愕に眼を見開いた。セツも驚きのあまり声を失っている。サイカの身体が見る見るうちに“銀髪の悪魔”の姿に変身していく。髪は伸び上がり、色素を失いどんどん白く。身長も伸び、もともと延性のなかった服が耐えかねて弾け跳んだ。
 セツがシグマの目を押さえようとするが、カメラの角度を調節してあるのか、それとも後で編集したのか、際どい所で映らないようにカメラが移動している。

 そして、ほとんど裸同然の格好のまま、サイカは立ち上がった。まるで何も覚えてなかったかのように、辺りを見回して首をかしげる。
「何で私は“銀髪の悪魔”モードになってるのかな・・・・?」
 不思議そうに首をひねるサイカの足元で、キリークは完全に気絶しているようだった。ピクリとも動かないキリークに気がつかないまま、サイカがロックの開いたゲートを通り抜ける。
「・・・・・・・・・?」
 その向こう側で、サイカが何かを見つけたらしい。驚いたようなサイカの表情をカメラが映す。
「これって・・・・・人? パイオニア1の生き残りね!!」
 サイカが嬉しそうな声を上げるとともに、画面を見ていたセツが驚いたような声を上げる。
「何!? パイオニア1の生き残り!? そんなの聞いたこともないわよ!!」
「だろうな・・・・」

 シグマはじっと画面から目を離さずにそう答えて、サイカの様子を見続ける。
「大丈夫? 生きてる?・・・・・と、とりあえず・・・私の家にでも運んで、それから・・・・老子(タオシー)には連絡なんてできないから・・・・・」
 サイカがあーだこうだを決めている中、セントラルドームの中央入り口の手前で倒れていたそのレイマーの若者は、ハーフマスクに顔を隠したまま、夥しい量の血にまみれていた・・・。

「ただいまー」
 夜になって、サイカはやっと戻ってきた。サイカを出迎えるもの中にセツがいたことに、サイカは最初驚いたが、すぐにどうでもよくなったのか、結局4人は一緒に夜食をとって、玄関で別れを告げた・・・。
 その帰り道・・・
「ねぇ、シグちゃん・・・」
「何だ?」

 珍しく神妙な顔つきのセツに、シグマが聞き返した。
「あの映像に映ってたレイマーの人、無事なのかな?」
 セツの言葉に、シグマが天を見上げた。天井にホログラフィで映し出された星の瞬きが映る。
「昔、サイカに助けられたレイマーは、そのままサイカの家とホスピタルで休養し、レイマーとしてハンターライセンスを取ったらしい・・・・昔の話だがな・・・・」
「そうなんだ・・・」

 セツが嬉しそうに言う。シグマはさらに続けた。
「しかし、そのレイマーは当初の記憶のほとんどを失っており、何があったかを覚えていなかったらしい・・・」
 セツがシグマのほうを見上げる。何でそこまで知っているの?と、言いたげだ。
シグマはそれに答えずに空を見上げた。

 シグマを見送った後、サイカは一人自室で考え込む。ゆっくりと、その頃の映像がリフレインしてきた・・・・。

「ただいま♪ 元気?」
 サイカがそう言って殺風景な部屋に上がりこむ。部屋の主と思われる男が、軽く手を上げて応えた。
「まだ、思い出さない?」
 サイカの言葉に、主らしき男が軽く頷く。
「そっか・・・。名前は思い出したんだし、きっと思い出せるよ」
 サイカの言葉に、再び男は頷いた。サイカがそれを見て微笑む。
「あれ? そんな本あったっけ?」
 サイカがそう言って男の持つ本を指す。男が持っていた本をサイカに渡した。サイカは渡されたそれをパラパラとめくっていたが、やがて興味もなさそうに本を閉じる。
「“忍術指南書”? アンタ、前は忍者か何かだったの?」
 サイカはそれをその男がもとから持っていたものだと思っているらしい。その瞳が楽しそうに細まった。
「そういえばアンタのその格好って忍者みたいだよね。ニンニン♪ なんて」
 言って、楽しそうに笑うサイカに、男も微笑を浮かべた。
「まぁ、アンタが何者でもいいや。早く元気になりなよ。シグマ」
「御意」

 サイカの言葉に、シグマと呼ばれたその男はまるで忍者のように仰々しく頷いた。

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