右に移動する。目の前に、ビーム状の柵。
「ぶっ!!」
柵にぶつかり、したたかに顔をぶつけたサイカのすぐ横をセツが駆け抜ける。
「・・・・はんっ・・・」
ご丁寧に、鼻で笑うことも忘れずに。サイカの殺気を感じながら、セツは更にスピードを上げて、サイカが顔をぶつけた場所のひとつ向こうの区域を高速で曲がった。
がんっ!!
「ぁぐっ!!?」
先のサイカよりも更に盛大な音を立て、ビームの柵に顔面をぶつけたセツは仰向けにひっくり返った。
「ばーかぁ!!」
サイカがそう言い捨てて、ご丁寧にもセツのお腹を踏んづけてから、走る。
がつんっ!!
「へぶっ!!?」
だがそのサイカも、すぐ向こう側の柵に頭をぶつけてうずくまった。
「・・・・馬鹿が二人・・・・」
タバコをくゆらせながら地面のスイッチを踏んづけているJOKERは、さながら暗黒舞踏のようなその光景をただただ呆れて見るだけだった・・・。
「封印・・・解除」
洞窟の奥に存在する封印開放のスイッチを押したのは・・・睦月だった。
「時間に間に合ったから良いものの・・・二人とも、多少はいがみ合うことをやめられないのか?」
ガロンの説明を聞き流しながら語りかける睦月の目の前には、引っかき傷と身体に走る痣で見るに耐えない姿の二人。
「・・・ジョーダンじゃない・・・」
「絶対に・・・嫌よ・・・!」
息を切らせながらも、二人して拒否を見せる。ある種賞賛に値するほどの強情さに睦月も匙を投げたか、ふいと背を向ける。
「・・・洒落にもなってねぇなぁ・・・」
懐から新しい煙草を取り出しながら、JOKERは重い重いため息をついた。
「ここは錯視の間。ここでは、見えざる敵がお前たちを狙っている」
ポータフォンからの声に、四人それぞれの頭部を被いつくすように何かの画面が広がった。
それは一瞬のうちに頭部を覆い隠すようにぐるりと周縁上に広がり、映像を映し出す。
「な・・何・・・これ・・・!?」
最初に声をあげたのはセツだった。
サイカも睦月も、JOKERすら、目の前に広がる画面映像に釘付けになっている。
そこに映っていたのは・・・
「私たち・・・・?」
「何!?盗撮されてんの!?これ!!」
「・・・そんなわけがなかろう・・・」
呆れるようなガロンの声に、声を上げそうになっていたサイカは、正気に戻ったか口をつぐむ。
「視界強奪(サイトジャック)システム・・・だな・・・」
JOKERが画面の隅から隅までを見渡してそう言うと、ポータフォンの向こうから、ガロンの感嘆の声が聞こえた。
「そう、そのとおり。お前たちの視界を強奪しているのがなんなのか、それはわからん。・・・一説には、宝を手に入れようとしたものの成れの果てが、魂になってなおとどまって、同じ輩を恨みとともにみているのだという・・・」
「・・・ぞっとしないわね・・・」
身震いするようなしぐさをするセツ。
「あぁ・・・でもこうやって客観的に自分を見るのも面白いわ〜」
艶っぽくポーズを決めてみせるサイカの横で、セツが呆れたようなジェスチャーをみせた。
「言っておくが、お前らの見えている映像の中心から外れないように戦うんじゃぞ。その範囲から外れたら魂を抜かれ、永遠に闇を彷徨うことになるぞい」
「ちょ・・・!!」
言い切るだけ言い切って通信を切るガロンに舌打ちしながら、サイカが如意棒を構える。
「・・・言いたいことだけ言って、後見てるだけのご身分ってのは、下から見るとむかつくもんだね!いつの世でもさぁ!!」
「・・・無駄口叩くな、死ぬぞ・・・」
そして、戦闘が幕を開けた・・・。
「気をつけろ!」
JOKERの声に、セツが移動する。
まるで首を振る範囲指定監視カメラのように動く映像に翻弄され、まったく見えない方向からの攻撃にサイカもセツも自由に身動きが取れなかった。
「・・・・・」
睦月が動く、寸前を行過ぎるレーザーの光。
一歩踏み込み、肩口をかすかに焦がすレーザーを気にもせずに刀を振りぬく。
斬っ!!
真二つに切り裂かれて倒れるパンアームズを尻目に、映像に映るギリギリ範囲内に走りこみ、抜き身の刀を振りかぶった。
「壱の太刀!涼風!」
切り裂く音もなくひゅぅと振りぬかれた刃に遅れることしばらく、睦月が方向を変えて走り出すとともに、映像に映らない範囲からポイゾナスリリーがその半身を落とし、体液を流しながら消えていった。
「・・・セツ」
「・・・わかってるよ・・・休戦協定ね」
サイカの言葉に頷くと、セツとサイカが武器を持っていないほうの拳を軽くぶつけ合わせた。
そのまま二人してリープ音とともに現れるアルタードビーストの群れに突進する。
「はぁっ!!」
サイカが一番先頭に構えるパルシャークの肩口に如意棒を振り下ろす。小さく鈍い音を立てて、何かが砕ける音が響いた。
「駕ァッ!!」
サイカが如意棒を両手で持ち棒の先を接地点に体重をかけ、肩を下ろすサイカの背中をセツが駆け上がり、跳ぶ。
そのままサイカの頭上で一回転し、遠心力を乗せた一撃をひるんでいるパルシャークの頭に叩きつけるように振り下ろした。
ぐしゃぁっ!!
緑色の体液を飛び散らせて倒れるパルシャークに構うことも無く、セツは身を低く構えて武器を頭の上に、地面と平行に掲げた。
如意棒をつっかえぼう代わりにしていたサイカが、今度は棒を支点代わりに地を蹴る。やじろべえの様にバランスをとってセツの上を飛び越え、敵の真っ只中に飛び込む。サイカが如意棒を引くその瞬間、セツが手に持った武器の先端に付けられたフォトンクローの部分で如意棒の先端を挟み込み、サイカに引っ張られる形で敵の中に飛び込んだ。
「ぁぁぁぁぁぁああああああああああっ!!」
如意棒の先にセツを乗せたまま、サイカが横なぎに如意棒を振るう。だが、これはすべてセツもサイカも納得済みの攻撃である。
セツは自分の武器を片手のみで持って振り回される自分の体を支えながら、もう片方の掌をアルタードビーストの群れに向けた。
そして、敵に激突する瞬間セツの掌に力が凝縮し、解放された。
「ギ・バータ!!」
氷の飛礫が掌から弾け飛び、パルシャークの群れに降り注いだ。氷の棺に次々と閉じ込められるパルシャークを、次いで放たれるセツの蹴りが砕いてゆく。
その場のパルシャークが絶えるまでに、1分も要さなかった。
「・・・やれやれ・・・真面目にやれば楽勝なんだよなぁ・・・ったく・・・」
特にやることも無くなったJOKERが、新しい紙巻き煙草に火をつけると時を同じくして、ポータフォンからガロンの声が響いた。
「目に見えるものがすべて真実ではない・・・この試練でワシは金儲け以外にも興味を持ったぞい」
(そりゃ間違いなく嘘だ)
JOKERを始め、その場の全員が、同じ気持ちだったという・・・。
「で・・・ここが最後の試練ね・・・」
ワープポータルから転送された先におもむろにカメラを意識した、いわゆる女優立ちを披露しながら、サイカが台詞を読むように言う。
「・・・ここまできたんだから、まぁ、“毒食らわば殻まで”・・・ってやつで」
「・・・この際、間違ってるのは放っておくとして、だな・・・」
サイカに続いたセツに続いて、呆れ顔のままJOKERもワープポータルを踏む。
「ここは、なんと言う名前の試練であっただろうか・・・?」
考えるような表情のまま、睦月がポータルを踏んだ。
「ええと・・・」
光が、ポータルから立ち昇る。世界が、揺らめき、暗転する。
−・・・確か・・・“灼熱の間”だったかな?−
サイカの言葉は、ポータルを通り抜けるハンターズには届かず、その場の残響音として響いただけだった・・・。
ワープポータルの移動を終え、目を開いたサイカたちの前にあったのは、「石の壁」だった・・・。
「はぁ!?何よこれ」
セツが声を上げる。と同時に、サイカの真後ろから炎が吹き上がった。
「何!?これ何?!ガロン!!説明しなさい!!」
依頼主を呼び捨てにしながら、サイカがポータフォンに向かって怒鳴る。
「・・・ここは、灼熱の間!!しまった!!」
ポータフォンを通して、ガロンのあわてた声が響く。
「すぐにその場を離れるんじゃ!!岩を破壊した通路の奥にポータルがある!!そこまで走れ!!さもなければ・・・」
次のガロンの言葉は、サイカたちにとって最悪の言葉だった。
「さもなければ、そこはいずれせりあがってくるマグマに埋れてしまうぞい!!」
「・・・ちぃっ!!JOKER!!まだなの!?」
「こっちだって掛け値なしに全速力だ!!」
ギルシャークの一匹を斬って捨てながらも、荒い息をついているサイカが声を上げる。
声をかけられたJOKERは怒鳴って返し、マシンガンを両手に眼前の岩を破壊し続けていた。
「弐の太刀!!万寿沙華(まんじゅしゃげ)!!」
パルシャークの攻撃を切り払い、返す刃でその胸を切り裂きながらも、睦月の息も荒くなっていた。
「・・・キリが無い・・・・こういうの、なんていうの?アレよ・・・おでんに梅干し?ってやつ?」
「・・・一応言っとくと、暖簾に腕押しだからね?それ」
サイカのツッコミにも切れはなく、セツもはぁはぁと苦しそうに喘いでいる・・・。
無尽蔵かと思われるほどにとめどなく現れるエネミーの前に、そして、緩やかに襲い来る溶岩の恐怖に、サイカたちは徐々に徐々に精神と肉体の両方を蝕まれつつあった・・・。
「チィッ!!全然砕けやしねぇ!!・・・おい!サイカ!」
JOKERがマシンガンを放り投げ、背中の大剣を抜いた。赤く輝くフォトンの刀身が、その重厚さを増すに役立っている。
「セツも、ムツキも、力貸せ。こうなったらエネミーに構ってる場合じゃ無ぇ!全員でぶん殴ってこの岩叩っ斬ってやる!!」
「・・・確かに・・・このままでは、いずれエネミーに狩られるか・・・さもなくば・・・溶岩に焼かれるか・・・」
「・・・すっごい嫌な究極の二択だわ・・・それ・・・」
睦月もセツも状況を見て呟き、自分の目の前のエネミー数体を切り捨て、凍らせると、JOKERの横に並んで構えをとった。
ただ、サイカだけは・・・
「何やってるのよ!サイカ!!」
セツが声を上げた。サイカがけが、エネミーの群れに対するように立ち、如意棒を伸ばして敵を押しとどめようとでもするように横に構える。
「・・・早く打ち破りなさいよね・・・三人もいれば十分でしょ?」
エネミーが殺到する。サイカに向けて。
如意棒が攻撃をはじき、受け流し、砕き、吹き飛ばし、サイカの立っている場所から後ろへ向かうエネミーが次々とサイカの手によってはじかれる。
「・・・チッ・・・」
JOKERが剣を振りかぶる。
「・・・・」
無言のまま、睦月が続いた。
「・・・・足並みそろえるってのがスジでしょうが・・・バカ!」
セツも、構える棒杖に全力を込め・・・
三位一体で繰り出された攻撃は、数発の繰り返しにより、漸く通路を防ぐ最後の岩を粉々に砕ききった・・・。
「サイカ!!行くぞっ!!」
セツと睦月を先にワープポイントに送り出し、JOKERがサイカのほうを振り返った。
サイカも了解したとばかりにエネミーを放り出し、JOKERの立つ位置へと走る。
しかしその背後には熱く灼けるマグマが近づいている・・・・。
エネミーの攻撃が背後から迫った。
瞬転、転がってかわす。だがその代わりに、地面に膝をついた状態のサイカとJOKERの距離がさらに開く。
このままの勢いではマグマに巻き込まれ、そこで一巻の終わり。
サイカは瞬時に策を巡らせた。最善の手段は何か・・・?
計算終了、如意棒を短く戻しサイカは地を蹴った。
空中で体をひねり、如意棒を突き出す。
「・・・・伸びろぉっ!!!!」
如意棒が声に応え、伸びる。地面に向けられた如意棒の先端は、盛大に地面に激突して反動をサイカのほうに伝える。衝撃に、サイカが如意棒を取り落とした。
めきっ・・・・
何かがきしむ音とともに、如意棒の先端がサイカの腹部にめり込む。
持ち主の手を離れた如意棒は、次の瞬間ただの棒に収縮し、地面に転がった。
空中に投げ出される格好になったサイカは如意棒の一撃で大きく吹き飛ばされ、JOKERの立つ場所へと放物線を描き、落下していく・・・。
「・・・無茶苦茶しやがる・・・」
腕を大きく広げてサイカを受け止めたJOKERは、マグマから逃げ出すようにワープポータルへと飛び込んだ。
「いや〜〜・・・死ぬかと思ったわ・・・」
けらけら笑いながら言うサイカに向けて、セツが詰め寄った。
「あのねぇ・・・本気でバカなワケ?アンタ!如意棒がなきゃ、間違いなく死んでたわよ!」
怒りとともに吐き出されるセツの言葉も、サイカを本気で心配していた様子が伺えた。
睦月に至っては「もはや何を言っても無駄」と悟っているのか、無言で口を閉ざしたままその場に座っていた。
「まぁ・・・いざとなったときには、最後の手段を使ってただろうケドね」
そう言って、サイカは自分の右手をちらりと見た。
サイカの右手には、フォトンの結合を断ち切って破壊することのできる切り札がある。
しかし、破壊するものと相応に、サイカ自身も自分の身を削る諸刃の剣でもある。
「アンタねぇ・・・そうやって右手と左手に頼りっきりになったからそんなに弱くなったんでしょうが!!」
セツが怒鳴る。だが、サイカはへらへら笑うだけである
「まぁ、いいんじゃないかなぁ?」
「アンタねぇ・・・この間“黒犬”に・・・!!!」
セツが声を大きく荒げた瞬間、それをとめるようにサイカが指を一本立てて諌める。
「・・・映画に音声撮られるよ。黙ってな」
サイカの瞳が細く鋭さを増す。普段睦月やJOKERには見せない、そしてセツには久しく見ることのなかった、圧倒的な殺気を迸らせたサイカの瞳に、セツも言葉を失った。
「・・・いいんだよ・・・私は弱くなってもね・・・」
小さくつぶやくように言うサイカの瞳から殺気が消えた。
サイカの様子の変化に、セツが声をかけようとした瞬間、ポータフォンから声が響いた。
「よくやってくれた!3つの封印が解かれ、封印の扉が開かれるゾイ!!」
ガロンの声に反応するように、スパークする電磁波のようなものに守られていた岩戸が砕け散り、その先に新たなワープポータルが現れる。
「伝承によれば、この先にシヴァストーンが眠るはず・・・ここから先は何があるかわからん。気をつけて進め」
ガロンの言葉に、サイカがJOKERたちを振り返ると、JOKERと睦月は黙ってポータルの上に立ち、セツがポータルの前に立ってサイカに向けて手を伸ばしていた。
「・・・休戦協定はここで破棄ってことで。さ、早く行くよ」
セツが不敵に笑ってみせる。サイカはセツのその様子を見て、同じように不敵そうに笑って見せた。
「・・・上等・・・」
サイカとセツがワープポータルに足を踏み入れると、光の柱が周囲を取り囲み、サイカたちを送り出した。
そして、サイカたちが消えた後、岩戸は何事もなかったかのように閉じ、その場に静寂が訪れた・・・。
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