novel

No.ex9 パイオニア2のバレンタイン 2

 二人の女性が機械を前に思い悩んでいた。
 目の前に置かれた「フォトンクック」。素材を置くだけで味を調えるというこの機械は、世の料理下手な人々、特に女性にとって救世主というべき機械だろう。
 扱いさえ難しくないのなら。
「素材を置いて・・・チョコレートなら三秒で取り出すのがベストだって書いてあるわ」
 元ジャーナリストのノルは、どこから情報を得たのか、この怪しげな機械を持ち込み取扱説明書を穴が開くのではというほど真剣に読みふけっている。
「三秒・・・また随分微妙な時間だね・・・」
 現役ハンターであるアナもまた、何処で情報を得たのか、ノルがフォトンクックを購入した事を聞きつけ押し入ってきていた。
 二人の目的は、バレンタインのチョコを作る事にある。
「微妙なところに絶妙な味が生まれるのよ・・・たぶん・・・」
 さして詳しく書かれていない粗末な説明書を投げるように置くと、やはりまだ不安なのだろうか、もう一度説明書を手に取り、読み始める。
「とりあえず・・・やってみようよ。チョコなら沢山あるし」
 ケーキ屋ナウラの特製チョコレート。本来ケーキの専門店ながら、ケーキの材料にもなるチョコレートですら手を抜かない完全主義の店だけあり、チョコレートだけでも絶品なのだ。
 ハッキリ言えば、このナウラのチョコレートだけで十分上手い。なにもフォトンクックなどといった怪しげな機械を使ってさらに上を目指す必要もないだろう。
「だいたい、クロエが「今年は手作りのチョコを渡したい」とか言って抜け駆けするのが悪いのよ!」
 双子の妹に悪態を付きながら大量のチョコを準備する。
 ナウラのチョコレートは有名だ。それだけに、世の女性陣はこぞってこのチョコレートを購入し、バレンタインにプレゼントしている。その為か、普段甘い物を口にしない男性陣もナウラの味には馴染みがある。
 ここに落とし穴がある。
 つまりいかに美味しいナウラのチョコレートでも、バレンタインのチョコとしては「ごく当たり前の物」となってしまっている。
 渡す側受け取る側が一人ずつなら問題ないかもしれない。心がこもっているのなら。しかしノルやアナ、そしてクロエが渡そうとしている相手は、沢山の女性からチョコを貰う可能性がある。
 そんな中で自分というチョコレートの存在をアピールするためには、ナウラのチョコレートそのままでは役不足。
 そこでクロエは、「手作り」というエッセンスで味付けをすると言い出したのだ。
 男はこの「手作り」に弱い。非常に弱い。
 時間を割き、手間暇をかけ、自分のために作ってくれる。尽くしてくれる。この好意が男の心をくすぐるのだ。こうなると味は二の次だ。
 だが、もしこの「手作り」というエッセンスを全員が行ったらどうなる? そう、これもまたナウラのチョコレート同様、「ごく当たり前の物」として評価それてしまうのだ。そうなると当然、再び味に着眼される事となる。
「クロエはいいわよ。料理上手いから・・・どうして同じ双子なのに私は下手なのよぉ!」
「大丈夫、その為のフォトンクックよ! これで作れば「一応」手作りなんだから!」

 大丈夫と太鼓判を押しながらも、ノルは不安だった。
 このフォトンクック。機能が非常に不安定なため、いまだ開発段階の代物であり、市場に出回っている物ではない。
 ではどこから入手したのか?
 その答えは、現在ノルがラボに努めているというところで想像できるだろう。
「とにかく、作るわよ!」
 スイッチを入れる。チョコレートを置く。
 1・・・2・・・3・・・。
「良し!」
 三秒経った・・・と思われるところでチョコレートを取り出してみる。
「・・・成功?」
 心配そうにノルが尋ねる。
「判らない・・・ちょっと試食してみる」
 恐る恐る、出来上がったチョコを一口、頬張る。
「うっ・・・」
 口の中に広まるのは、なんとも言えない甘さ。
 それを「美味い」と評価する人はそういないだろう・・・そんな甘さ。
「なんだか・・・身体がビリビリ痺れる感じ・・・」
 もちろん「痺れるほど美味い」という訳ではなさそうだ。
 簡単に言えば、失敗ということだろう。
「ちょっ・・・大丈夫なのこの機械?」
 身体の痺れが抜けたところで、アナは今更この機械に不信感を抱いた。
 そもそもこれは、市場に出回っていない研究中の代物。大丈夫なはずはない。
「大丈夫よ・・・死にはしない・・・と思う・・・」
 自分で大丈夫と言いながらも、ノルは不安になる。それはそうだろう。「ビリビリ痺れる感じ」がするチョコなぞ、身体に良いとはとても思えない。
「たぶん、アナはちょっと置きすぎたのよ。ちゃんと計測すれば大丈夫」
 アナは大ざっぱに、口で秒を計りながらチョコを作った。そこに原因があるのだろうとノルは推測した。
 ならばと、ノルはストップウォッチを持ち出し、正確に時間を計測して作ろうと試みた。
 スイッチを入れる。チョコレートを置く。
 1・・・2・・・。
「今!」
 三秒経つかどうかの際どいところでチョコレートを引き上げる。
「大丈夫・・・よね・・・」
 自分に言い聞かせながら、チョコを一口。
「うっ・・・」
 口の中に広まるのは、ほんの少し苦みはあるが、それがまたほのかな甘みを引き立てる絶妙な味。
 これは間違いなく美味しい。
 美味しいのだが・・・。
「なんだか・・・頭がクラクラするわ・・・」
 少なくとも、身体には悪そうだ。
 味は問題ないのだが、意識が遠退きそうになるほど頭がクラクラするチョコを成功とは言えないだろう。
「こ、コンマ一秒の戦いねこれは・・・」
 ピッタリ三秒。間違いなく味は良いのだから、そこをクリアすれば行ける。
 この確信がさらなる戦いを生む。
「次はアナの番よ」
「えっ! まだやるの?」
「当たり前でしょ! ライバルはクロエだけじゃないのよ! こんなことで負けてられないわ!!」

 いやはや、執念というのは恐ろしい。
「やらないならいいわよ。その代わり、私の一人勝ちね」
「むー、お姉ちゃんばっかりにやらせない!」

 以後、二人がチョコを作り続けては食べ、クラクラしたりシビシビしたりを繰り返したのは言うまでもない。

「ZER0さん。これは私から・・・一応手作りなんですけど、お口に合うかな・・・」
 クロエは少し気恥ずかしそうに、綺麗にラッピングされたチョコレートをZER0に手渡す。そしてZER0は受け取ったチョコレートを早速一口頬張る。
「お・・・ビターチョコか」
「えっ、あ・・・はい。ZER0さんはそういう方が好きかなって・・・」
「うん、美味しいよ。ありがとう」

 どうやら湯煎に失敗し、チョコレートを少し焦がしていたようだ。ビターチョコにした覚えのないクロエはその事に今気付いたが、言わぬが華と黙っていた。
「それとこれは・・・アナとノルさんから」
 それぞれ綺麗に・・・と言うよりは、二人の個性が十分に現れたラッピングで包まれたチョコレートをクロエが代理で手渡す。
「あれ? 二人は?」
「それがちょっと・・・急用で・・・」

 何度も何度も、チョコレートを試食しては作り直しを繰り返した二人。クラクラしたりシビシビしたりも当然繰り返したのだが、不思議とその事は身体に影響を残さなかった。
 だが、チョコレートそのものが身体に影響を与えた。
(さすがに・・・二人ともあの顔じゃZER0さんに会いたくないわよね・・・)
 ニューマンは新陳代謝が激しい。加えて、チョコレートは食べ過ぎると身体に悪影響を与える。
 二人はその悪影響が「ニキビ」という形で顔に出てしまったのだ。
「そっか・・・二人のチョコは後でゆっくり食べるよ。二人にありがとうって伝えておいて」
 男は手作りにも弱いが、直接手渡しされるのにも弱い。何せ単純な生き物なのだから。
 その点において、クロエは二人から一歩リードしている。
 だが、それでも会えなかった二人には勝利への確信があった。
 何度も何度も、ニキビが出るほどにまで繰り返した結果、宇宙一美味しいとまで思えるほどの絶品を作る事に成功した。
 これで感激しない男はいないだろう。その姿を見られない事だけが悔やまれる。
 二人はそう思っていた。

「チョコレートか・・・そうか、もうそんな季節か」
 部下から手渡されたチョコレートを手に、世間の季節感からずれたところにいる自分に哀愁を感じる。
「それとこれは、紅茶の葉です。チョコにあった紅茶を選んでみましたが・・・レオ隊長のお口に合えば幸いです」
 日ごろの感謝と愛情を込めて、DOMINOはチョコレートと紅茶のセットを前々から準備していた。おそらくはバレンタインという行事も忘れているだろう多忙な高官殿に、少しでも安らぎを得て貰おうと。
「ありがとうDOMINO。しかしいいのかね? 本当は私以外にも渡したい人がいるんじゃないのかね?」
 感謝と共に、少しばかりイタズラっぽい笑顔でレオは聞き返した。
「いっ、いえ・・・私もなにぶん忙しいので・・・そういう人は他に・・・」
 相変わらず分かり易い娘だ。レオはそのおかしさを隠そうともせずクスクスと笑い出した。
「いや、本当にいませんよそんな人・・・本当ですから!」
 ますますムキになる部下の態度に、ついに大声で笑い出す。赤面してうつむく部下に、今日の業務は良いから行ってこいと、一人の女性の小さな恋を応援して送り出した。

「はいこれ、Mから。それと・・・DOMINOから」
 小さな箱を二つ、ZER0に手渡す。
「お、サンキュー。それにしても、Mは判るとしてDOMINOは?」
 Mはおそらく、今チョコを手渡した女性・・・ESの部屋で待っているのだろ。だからこそESに代理で渡すよう頼んだのは判る。
「うん・・・実はそこでうろうろしてたのよね。私にチョコを渡したらすぐいっちゃった」
 玄関を軽く指さしながら、ZER0の疑問に答えた。
 やはり直接会う事にためらいがあるのだろう。正直ZER0は、DOMINOが自分の事をどう思っているのかよく判っていない。
 互いに色々とあった。だからこそ、互いに相手の思いが見えてこない。
 少なくとも、チョコレートを届けに側まで来てくれただけでも感謝しなければならない。小さな箱に込められた想いがなんであれ。
「しかしなんだ・・・それを見ると、負けた気分になるな毎年」
 ESの手には他に、あふれんばかりのチョコが抱えられていた。
「モテるって辛いわぁ。まぁ軟派師には永遠に判らないわよねぇ」
「けっ、ぬかせ・・・」

 自分も結構な量を貰っているにもかからわず、同姓からもモテる黒の爪牙に嫉妬する。
 ふて腐れながら、頂いたナウラのチョコレートを口にする。
「あんただって随分貰ってるじゃない・・・それは誰から?」
 詮索する必要など無いのだが、どうしても気になる。素直でない彼女は、さりげなさを装いながら尋ねた。
「これはノルのだな。あとこれはアナから。なんか二人とも忙しかったみたいでさ、普通にナウラのチョコだった」
 これは義理かな? いいかげん態度をハッキリさせないから嫌われたか・・・そんな寂しい事を考えながら、新しいチョコを口に入れる。
 フォトンクックは試作品である。後で判った事なのだが、フォトンクックの効果は時間が経過すると無くなってしまう。つまり二人が苦労して作ったチョコレートは、時間が経過したため元のチョコレート、つまり市販されているナウラのチョコレートへと戻ってしまっていたのだ。
 宇宙一美味しいと自信を持ったチョコレートの賞味期限は、あまりにも早かった。
「で・・・ほれ」
「なによ、その手は」

 手をひらひらと振って見せるZER0に、その意味をわかっていながらあえて尋ねた。
「チョコだよチョコ。オマエからの」
 用意してあるんだろ? そう自信たっぷりに答えるZER0の態度が、どうにも気に障った。
「あるわけ無いでしょ? 私はね、本命だけしか用意してないの。もちろんMに渡すやつね」
 少し呆れながら、少しいらつきながら、ESは言い放った。
「あんたにはね、これだけで十分!」
 ぐっと顔を近づけ、ESはZER0にバレンタインの贈り物を届ける。
「じゃ、じゃあね!」
 顔を赤らめながら、ESは慌てて部屋を出て行った。沢山の女性から貰ったチョコを忘れていくほど慌てて。
 贈り物を貰ったZER0も、顔を赤らめていた。
 甘く、熱い、贈り物。
 唇に残る贈り物の感触は、ZER0にとってチョコレート以上のものとなった。

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