novel

No.ex8 パイオニア2のハロウィン

「子供達にケーキですか?」
 依頼者からの直接仕事の内容を聞いたアッシュ・カナンは、オウム返しのように聞き返してしまった。
「ええ。今度のハロウィンで、折角ですから甘いお菓子を・・・と思いましてね」
 依頼人にして企画の立案者である女性、アイリーンがさらに詳しく話を進める。
「現在、パイオニア2はラグオルの衛星軌道に到達したことで、なんとか食糧問題は解決していますが・・・それでも母星のように自由な食料調達が出来るわけではありません。その為天然素材の食料は高額になり、特に甘いお菓子などは子供達が気軽に食べられるような品物では無くなっています。ですからせめて、この機会に一度くらい・・・と思いましてね」
 パイオニア2は移民船だ。その為新天地を求めるあらゆる人々がこの船団に搭乗している。ハンターズのように、新たな「職場」を求める者が大半だが、中には家族連れもいる。故に子供も少なからず乗っているのだ。
 移民船とはいえパイオニア2は長い航路に耐えられるよう設計されている為、開拓施設や軍備施設も整っている一方で、船内を快適に暮らす設備も充実している。もちろん教育や遊技も。つまりは子供達にとっても母星と変わることのない充実した環境で生活が出来るのだ。
 だが施設ではどうにも出来ないことがある。それが燃料と食料の調達。
 元々パイオニア2は万が一の事態を想定し、燃料や食料を余分に積み込んでいた。しかし備えがあるとはいえ、よもやラグオルに降下出来ず、長い年月衛星軌道に乗ったまま生活するなど考えも出来なかった。一応軌道に乗ったことで無駄な燃料の消費は防がれている。なによりラグオルに船を降下出来ずとも、小型船や許可を得た一部の人間は降下することが出来る為、燃料と食料はどうにか確保出来ている。これで一応、パイオニア2だけでの生活は維持出来る。
 しかし不満がなくなるわけもない。燃料を食事とするパイオニア2は、燃料の「質」に文句を言うことはない。しかし人間はそうはいかない。栄養価としては申し分ない合成食料も、味気なければ不満が出てくる。特に現状をきちんと理解出来ず、故に我慢を強いられる事にストレスを感じる子供達にとって、これほどの不満は他にないだろう。
 そこで総督府が立案したのが、今回のハロウィンをきっかけとしたケーキの配布である。もちろん、このような気の利いたことを「あの」総督が思いつくわけはない。立案者は彼の秘書であるアイリーンだ。
「企画の意図は理解しました。だけど・・・どうして俺たちハンターズに依頼が?」
 ハンターズは依頼されたことを解決する、ある意味便利屋的な組織だ。だがそのほとんどは、個人では解決出来ない危険が伴う事柄を解決するのが主であり、このようなイベントの作業員としてかり出されることなど滅多にない。ハンターズに支払う依頼料が高額な事を考えれば当然だろう。
「それがね・・・ケーキ作りを頼んだ「あの三姉妹」が・・・ちょっとねぇ・・・」
 溜息をつきながら、アッシュの疑問と依頼の具体的内容を説明し始めた。

「で、こんな所に「あの三姉妹」がいるって事か・・・」
 呆れながら、愛用のバーニングビジットを担ぎ直しバーニィがぼやく。
「つくづく・・・職人のこだわりってのはわかんねぇなぁ」
 やれやれ、といわんばかりに、左手のひらを上に向けながらオーバーなリアクションをとってみせる。
「よく言うよぉ。自分だって、こぉ〜んな使えない武器を愛用してるのにさぁ」
 その「使えない武器」をコンコンと叩きながら、所有者にケチを付けるハニュエール。
「やかましい。俺のは「漢のこだわり」なんだよ。一緒にするな」
 叩かれた武器で軽くハニュエールを小突き返しながら、「こだわり」を語る。
「いったいなぁ。そんなんで叩くなんて酷いよぉ」
「いいじゃねぇか。たんこぶの分背が伸びて。えぇ? アナ」
「二人ともよしなさいよ・・・こんな所に来てまで、つまらない事やらないの」

 二人のやりとりを、叩かれたハニュエールの妹であるクロエが止めに入る。その様子を見ながら、このメンバーに依頼の助っ人を頼んだアッシュが苦笑しつつ見守っていた。
 今回の依頼は、ハロウィン用のケーキを取りに行くことだった。内容としてはただの宅配なのだが、問題はケーキを受け取る場所、つまりケーキ担当の三姉妹・・・ナウラ三姉妹の居場所である。
 彼女達は以前まで、セントラルドームの地下洞窟でケーキの制作に当たっていた。いまだエネミーが徘徊する危険な場所であるにもかかわらず、そこで作り続ける理由は、生地を作る際の温度と湿度が最も適した場所だからというもの。しかし今回のイベントをきっかけに、彼女達はさらに思いきった行動へ出た。
「まぁ確かに、「こいつら」がぷかぷか浮いてるところを見ると、あの洞窟とかわらねぇってのは理解出来るけどなぁ・・・」
 ツンツンと、愛用の銃で浮かんでいる「クラゲ」を突きながらバーニィがぼやく。
 ここラグオルでは、母星コーラルには見られない怪現象がいくつか存在する。その一つが、バーニィが指摘した「大気中に浮かぶクラゲ」である。本来水中を漂うクラゲだが、ここラグオルのクラゲは湿度の高い場所ならば大気中を泳ぐことも可能なようだ。つまりこのクラゲが存在していることは、この場所の湿度がドーム地下の洞窟と同じように高いことを示している。
「加えて、ここは密林だから・・・食材の採取にも困らないんだってさ」
 依頼を受けた張本人であるアッシュも、三姉妹に呆れながらクラゲをツインブランドで突き始めた。突かれる度にクラゲはふわふわと逃れるよう漂い、そして平然とまたプカプカと留まる。
「船内でもいいのにねぇ・・・まぁいいや。あのケーキ美味しいし」
 アナも愛用のダガーでクラゲを突き始める。軽く突くだけの単純な行為なのだが、この何気ない行為が妙な癖になる。
「三人とも・・・遊んでないで。そろそろ行きますよ」
 いつの間にか、クラゲを突く事自体を夢中になり始めた三人をたしなめ、クロエが先頭を切って歩き出した。
「あっ、ちょっと待ってよ。今回は俺がリーダーなんだからさぁ」
「リーダーって器かよ、お前が」

 こつんと、左の拳でアッシュを叩きながら、バーニィも後に続いた。

「いらっしゃいませ! ケーキ屋ナウラへようこそ!」
 営業スマイルと共に、威勢の良い声が響く。ここがパイオニア2船内なら非常に好感持てる美しい笑顔だが、場所が場所だけに浮いた印象しか受け取れない。そもそも、こんな所で営業を続けるつもりなのかどうか・・・。
「えっと・・・総督府からの使いなんだけど・・・」
「はい、承っております」

 気後れしているアッシュとは対照的に、受付を担当している三姉妹の一人は、ニコニコと笑顔を崩さずに対応している。
「ある意味、根性座ってるよなぁ・・・」
「失礼でしょ、そんな事言ったら」

 ぼそりと呟いたバーニィを肘で突きながら、クロエが注意を促した。三姉妹はその様子を知ってか知らずか、笑顔を崩すことなくテキパキとケーキの包装に取りかかっている。
「こちらがご注文のケーキになります。折角なので、新作も含めていろんな種類をご用意致しました」
 大きな箱をいくつも積み重ねた後で、今度は小さな包みを差し出しながら言葉を続けた。
「それと、こちらは皆様に。こんな所までお越し頂いたお礼です」
 小さなケーキが四つずつ納められている、との事らしい。一人に対しては多い量だが、おそらくお土産になるようにという配慮だろう。ただケーキ作りに熱中するだけの職人ではなく、きちんと心配りが出来る接客。営業スマイルも伊達ではないようだ。
「中身はパイオニア2に着いてからのお楽しみに♪」

「なんでも、今回のイベントは総督のポケットマネーで行われるそうですね」
 ケーキをアイリーンに渡しながら、クロエが小耳に挟んだ噂を確かめていた。
「総督だけではなく、幾人かの有志が援助で行っているんですよ」
 大きな箱を受け取りながら、アイリーンが説明を続けた。
「本当は総督府の予算から行ってもいいんですけどね。「税金を無駄なことに使うな!」なんて言う方もいらっしゃいますから」
 そういうことを言う輩に限って、税金を渋ったり私欲に税金を使ったりするものだが、それを今口にすることはないなと、クロエは言葉を飲み込んだ。
「さーてと。中身は何かなぁ・・・」
 仕事を終えた事を確認して、アナが待ってましたとばかりに自分のお土産をいそいそと開いた。
「おいしそーっ! 桃が乗っかった生クリームのスポンジケーキ♪」
「私のは・・・ブルーベリーソースのかかったレアチーズケーキね。チェリーのアクセントが美味しそう」
「お、チョコレートケーキか。シュガーパウダーとスライスアーモンドがなかなか洒落てるなぁ」

 三人はそれぞれ、自分のケーキに一喜一憂していた。
「あれ? アッシュは?」
 だが一人、その輪に加われない者がいた。
「か、カボチャ・・・」
「はい?」
「カボチャが乗っかってる・・・モンブラン・・・ハチミツまでかかってる・・・」

 おそらくはハロウィンというイベントを意識したケーキなのだろう。カボチャはハロウィンの象徴的な野菜であり、ユーモラスなお化けのお面にして子供達がかぶる習わしがある。そのお面に見立ててモンブランにしたのだろうが、この組み合わせは・・・名店ナウラのケーキだけに不味くはないだろうが、少なくとも好んで選ぶ人はそういないだろう。ちょっとしたナウラ流のユーモアなのだろうが・・・。
「あ、クロエ。私のケーキと交換しない?」
「いいわね。バーニィさんもどうです?」
「そうだな。まぁこれだけあるから、帰ってみんなで食べようか」
「あー、そういうあからさまなのは止めようよぉ・・・」

 お疲れ様というアイリーンの言葉が、アッシュにはひどく寂しかった。

ex8話あとがきへ ex8話あとがきへ
目次へ 目次へ
トップページへ トップページへ