novel

No.ex6 消えた花嫁

「これは由々しき事態ね・・・」
 小さなモニターに映し出させた数字を見つめ、彼女は呻いた。
 彼女がモニターに向かって頭を抱える事は、職業柄多い事ではある。だが今見つめているモニターは、仕事で毎日のように見ているモニターとは全く異質の物だ。
 気になる者は毎日見ているモニター。だが彼女は、仕事の忙しさにかまけ、そのモニター・・・体重計をそう頻繁に見る事はなかった。
「運動不足と・・・ストレス解消に沢山食べた事かな・・・困ったわ・・・」
 これもまた仕事柄というべきか。彼女は小さなモニターが示した数値に対して、解析し納得する。それはまた同時に、現実を受け入れ自分を落ち込ませるという二次的な結果を生み出す。
「ダイエット・・・よね、やっぱり」
 すべき事は判っている。しかしこの「すべき事」というものが、どうにも腰を重くする。それほどに重労働なのだ。
「・・・ノルさんなら、何か良いダイエットを知ってるかな?」
 情報を生業としているノルならば、何か知っているかもしれない。人は出来る限り、苦労を避けるか、あるいは絶大な効果を求めるか、そのどちらかを求めるもの。そして出来るならば、どちらも求めてしまう。ダイエットという重荷に対して、常に人は・・・特に女性は・・・楽で効果のある方法を求める。故にその手の情報は非常に重宝される。ジャーナリストのノルにしてみれば、この手の情報は収入源の一つとしていくつか持っていてもおかしくはない。
「善は急げね。研究も一段落付いたし、ちょっと訪ねに行ってみましょうか」
 自室兼研究所を飛び出し、アリシアはノル宅へと急いだ。

 待ち受けていたノルにとっても、アリシアの話は渡りに船といわんばかりにタイミングの良い話であった。
「ちょうどね、ハンター向けのダイエット特集を考えていたのよ」
 その一言は、アリシアの脳裏に「被験者」という単語をよぎらせた。研究者らしいといえばそうだが、ノルの含みのある言い回しが「記事のために協力して」と言わんとしているのがはっきりと伝わったからだろう。
「最近ね、ハンターの間で「ナウラのケーキ」が流行しちゃって、そのせいで肥ってきたって言う女性ハンターが多いらしいの・・・」
 流行らせた本人が、さも人ごとのように語る。
「そこでハンター向けのダイエットを・・・ですか? でも私はハンターではありませんし・・・」
 ハンター向けのダイエット・・・日々モンスターと格闘する肉体派のダイエット。そんなイメージが瞬時に思い浮かぶ。頭脳労働専門のアリシアに、そんなダイエットが耐えられるはずもない。
「ん〜・・・ハンター向けと言うより、「ラグオルに降下出来る人向け」って言った方がいいかな? アリシアさん確かラグオルへの降下許可書持ってるわよね?」
 ノルが言わんとしている事は、確かに「ハンターに限定」はしていないが、アリシアが懸念していた「肉体派」では無いとは一言も言っていない。アリシアはこの時にきちんと尋ねるべきだったと後々後悔する事になるのだが・・・。

「確かに・・・ダイエットにはなるかもしれないけど・・・これはちょっと・・・」
 ノルが提唱したダイエット。それはあまりにも過酷なマラソンだった。
 ただ普通にマラソンをするだけでも、鍛えていない人にはかなりきつい運動。それを、さらに過酷にする条件下で行えというのだ。
 その条件とは、「ラグオルの洞窟内で走れ」というものだ。
 ラグオルの洞窟、特に第一階層の自然環境は、かなり厳しいものだ。マグマが岩肌をまるで血管のように駆けめぐり、洞窟内を熱気という重苦しい空気に仕立て上げている。
 ハンタースーツを着ていなければ、熱気だけで燃えてしまいそうだ。着ている状態ですら、さながらサウナのような状況で熱気に包まれる。立っているだけで汗が滝のようにしたたり落ちる。
「大丈夫ですか?」
 エネミーも出現する洞窟を、ハンターでないアリシアが一人で走り抜けるのには無理がある・・・最も、エネミーが出現せずとも、この洞窟を走り抜けるのは無茶な課題ではあるのだが・・・その為、ノルはアリシアに二人の護衛を付けていた。
「なんとか・・・ハンターって、こんな所でも平気なのですか?」
 確かに、学者のアリシアとハンターでは身体の鍛え方が違う。しかし・・・。
「あぁ〜つぅ〜いぃ〜よぉ〜!」
「・・・平気ではないんですよね、私達でも」

 ハンターの一人は駄々をこねるようにわめき散らす。その様子をもう一人のハンターがアリシアへの解答として示した。
 アリシアは何処かホッとしていた。自分があまりにも貧弱なのか? 学者という仕事をしているだけに、普段自分の肉体にあまり関心がない。だからこそ余計に、自分の体力のなさを「運動不足」という単語で締めくくりたくなる。それもまた事実ではあるが、とりあえずこの熱気に対しては、ハンターも例外ではない、つまり自分が貧弱すぎるというわけではないという事が、どことなく嬉しいのだ。
「早く次に行こうよ! ここ暑くていや!」
 護衛という任務を忘れ、ハンターの一人はずんずんと先へ進んでしまった。確かに暑いのはハンターも学者も変わりない。しかし体力の差はやはり違う物。暑さでその場にへばるアリシアとは違い、ハンターは暑さから逃れようと先に進むだけの体力があるのだ。
「・・・どうします? 体験レポートとしては、ここまでで十分だと思うのですが・・・」
 先へと行ってしまったハンターとは対照的に、残ったハンターはアリシアを気遣い、ギブアップを勧めた。ハンター二人の容姿は非常によく似ていたが、性格はまるで違っている。双子だと聞いていたが、性格まで似る事がない事例もあるものなのだと、学者らしく変なところで二人のハンターを観察している。そんな自分に笑ってしまう。
「そうね・・・このままだと脱水症状を引き起こしそうだし」
 アリシアのギブアップ宣言を聞き、軽くうなずくハンター。先に行ってしまった自分の姉を大声で呼び戻すと、帰路を造り出しアリシアをパイオニア2へと導いた。

「効果はありますが、過酷すぎます」
 これが、アリシアの結論だった。
 確かに、アリシアの体重は激減した。目的を達成した事は喜ばしいが、それだけの汗を一気にかいた事は、むしろ身体に悪影響を与えかねない。なにより体重が減った事など、精魂疲れ果て気力まで減退している状況で、素直に喜べるはずもない。
「やっぱり体力のあるハンター向けかなぁ・・・」
 プランを立てた段階で、ノルも薄々感づいていた。ただ彼女は洞窟に行った事はあっても、テレパイプなどで第三階層へ直接向かっていたために、話にしか聞いていなかった第一階層の過酷さがいまいち理解出来ていなかったのだ。
 本来なら、彼女自身が体験してレポートをまとめるべきだ。常に経験に基づく記事を第一に考えているノルならば尚更。しかし、あまりにタイミング良くアリシアが訪れた事と・・・彼女自身も、過酷なダイエットという物に腰が重い女性の一人なのだ。
「あんな環境下で動き回れるエネミーがいる事には、大変興味を持ちましたけどね・・・」
 ネイティブ属性の、自然界の動物達を研究している彼女にとって、アルタード属性の怪物達は研究対象からは外れている。とはいえ、やはり学者として興味を惹かれるところではある。
「う〜ん・・・今回の記事はボツかなぁ、このままだと」
 記事になりそうにない。そう判断しかけた時だった。
 PiPi
 ノルに一通のメールが届いた。
「ん? なんだろ・・・」
 メールには、HONの記者に訊きたい事があるという愛読者からのメールだった。どうやら編集部に送られたメールを、ノル向けだと判断し転送したようなのだが・・・
「・・・ふふっ。どうやら、まだ諦めるのは早いみたいねぇ」
 後に、ノルはシシルという愛読者を被験者に選び、ダイエット記事と共に失踪事件の記事まで書き上げる事になるのだが・・・それはまた別のお話。
 アリシアはぽつりと、ノルについてこう評価したという。
「鬼・・・だわ・・・」

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