novel

No.ex5 悪魔の食物

「ZER0ならいないわよ」
 部屋には、その部屋の主ではなく一人の女性が代わりに待っていた。
「なぁ〜んだ。お兄ちゃんいないのかぁ・・・で、なんでお姉ちゃんがいるわけ?」
 主に代わって部屋にいたジャーナリスト、ノルに、ハンターであるアナがインタビューをした。
「あなたと同じ。私もZER0に用事があったんだけど・・・どうも出かけているみたいね」
 散らかった部屋を片づけながら、インタビューに答える。用事があるだけなら、なにも部屋を片づける必要など無いはずだが、ノルはまるで「いつもの事」のように、ごく自然と清掃をしていた。
「それで、あなたはまた「遊びに行こぉ〜!」ってわけ?」
「うん!」

 悪びれるわけでもなく、アナは元気良く答えた。
(・・・逃げたわね、ZER0)
 昔、ZER0はひと騒動起こしたアナの監査役として終始アナの側にいた。いや、ZER0を気に入ったアナの方がZER0の側を離れなかったという方が正しい。監査の役目を終えた今でも、アナは事ある毎にZER0の側にいようとする。それをZER0は「これじゃナンパも出来ない」と、自分に軟派の才能がない事をアナのせいにし愚痴る日々が続いていた。
「たまにはハンターらしい事をしたら? クロエばかり苦労かけさせてないでさ」
 アナの双子の妹、クロエは、姉妹の生活を守るためにハンター稼業で懸命に生計を立てている。アナも同様にハンターを生業としているだが、あまり積極的に働こうとするタイプではない。姉妹でありながら、性格は全く逆なのである。
「ぶぅ〜。だって面白そうな仕事無いんだもぉ〜ん」
 ハンターを生業にしているというのは多少語弊がある。アナにとっては、「お金も貰える遊びの一環」のように考えているのかもしれない。
「まったく、ちょっとはクロエを・・・あぁそうだ。なら、私の依頼を受けてみない? ZER0に頼もうとしてた仕事なんだけどさ」
 ノルはZER0に仕事を依頼する事が多い。それは単純に頼みやすいからという事と、ギルドを通して依頼する際にかかる中間マージンを安くすませる事が理由となっている。つまりはZER0でなくとも、頼みやすく、マージン料が安くなるのであればノルにとっては誰でも良いのだ。
「ん〜・・・まぁお姉ちゃんの仕事ならいいや」
 内容を聞く前に、あっさりと依頼を引き受ける。たとえ相手が親しくとも、内容を吟味するのがハンターとして当然の事であり、それが仕事の第一歩になる。それを深く考えもせずすぐに返事を返してしまうアナは、ハンターとして未熟である証。だからこそブラックペーパーに騙されるような失態をしでかすのだが・・・今のノルにとっては、話が進めやすい分ありがたい。
「その前に一つ訊いてもいい?」
 しかし深くものを考えないアナが珍しく疑問を持った事が、話を進めにくくする。
「なんでお兄ちゃんの部屋の「中」にいたの? お兄ちゃん鍵かけ忘れてた?」
 仕事の内容を説明するより、その前に話した「言い訳」の方が長い説明となったのは言うまでもない。

「甘い物を捜してこい?」
 あまりにもハンターらしからぬ・・・少なくとも、アッシュが考えるハンターの仕事とはかけ離れすぎた依頼内容に、声を裏返して驚く。
「ああ。依頼主のトレッカ嬢が言うには、船内で作られる人工甘味料で作られた物ではない、ラグオルの天然素材で作られた「甘い物」が食べたいとの事だ」
 ハンターの仕事は、探査依頼から討伐まで幅が広い。だが、さすがのジッドも今回の依頼内容は前例がないようで、困惑している事が表情から読みとれる。
「・・・どうしても断れなくてな。トレッカ嬢には何かと世話になってもらっててな・・・・・・すまん」
 今まではアッシュの事を考え、あえてアッシュの理想とする依頼を避け、身になると思えるものを選んできたジッド。しかし今回の依頼ばかりは勝手が違うようで、無理難題となっている事をただただ平謝りするしかジッドには出来なかった。
「大体、具体的になんだよ甘い物って。果実でも取ってくればいいのか?」
「いや・・・森に実る果物はあらかた食したらしい。出来れば天然素材で作られたデザートが良いらしいんだが・・・」

 男二人、「甘い物」などに興味があるわけもなく、具体的にどういったデザートがあるのかなど詳しいわけもなく、当然その製法を知るわけもなく・・・ただ途方に暮れるしかなかった。
「・・・とりあえず、洞窟にでも行ってみたらどうだ? 森の果物はあらかた食べたとはいえ、洞窟の食べ物はまだ口にしていないだろうし・・・」
 提案はしたものの、洞窟にどんな食べ物があるかなど予測すら出来ない。そもそも溶岩の多い第一階層や人工的に掘り進められた第三階層に、食べられるようなものがあるとはとても思えない。
「なぁジッド・・・」
「なんだ?」
「・・・クラゲって甘かったか?」

 二人はまた、甘い物について思考を巡らせ始めた。
 考えるだけで胸焼けしそうなほどに。

「行方不明になった三姉妹の探索ですか?」
 ノルがウェインズ姉妹に依頼したのは、行方不明者の探索だった。
「そうなの。ナウラ三姉妹って知ってる? パン職人の」
「あ〜、アナ知ってる。あそこのパンすっごく美味しいんだよねぇ」

 パイオニア2では、いやもはや社会的な事なのだが、普段人々が口にする食事は人工的に作られた食物である。栄養のバランスのとれた食事として一般的ではあるが、しかしその一方で、天然素材を利用した食事文化も失ってはいない。それは食事というものを「味を楽しむ娯楽」として楽しむ人々が耐えないためである。人間の本能的な欲とも言えるだろう。その為あらゆる食事を作る料理人はいまだ存在する。
 しかしパイオニア2船内では、このグルメな娯楽は制限されていた。それは単純に、船内では天然素材を手に入れる術がないからである。ところが、ラグオルに降下はしていないものの到達した事で、ラグオルの天然素材を持ち込む事が出来るようになり、この娯楽規制が若干緩和されつつある。
「今までの規制が緩和され始めた事で、パン屋「ナウラ」は繁盛し始めたのに・・・突然失踪したのよ、あそこの三姉妹」
 説明を続けるノルの目が、生き生きと、そして鋭くなる。それはまるで、上物の獲物を見つけたハンターのように。
 そんな瞳を本物のハンターを前にして輝かせながら、ノルは続けた。
「すでにギルドにも探査の依頼はあると思うけど、それとは別に捜して欲しいのよ。出来れば他のハンターより早く」
 何のために? という疑問は、愚問かもしれない。クロエはそれを理解した。ノルの職業がジャーナリストだと思い出す事で。
「もちろんギルドの依頼と同時進行でかまわないわ。そうすればギルドと私の依頼料が同時に手に入るしね」
 ノルにしてみればギルドの依頼があることで、自分の依頼料はチップ程度に押さえて支払うだけで良くなる。つまりギルドの依頼も受けた上での話という事になるのだが、そこはわざわざ自分から言い出すような「へま」はしない。
「なんか面白そうだね」
 アナは既にやる気だ。いや、アナはこの説明を受ける前から「依頼を受ける」と約束してしまった以上、やるしか無いとは言えるが・・・それにしても、とクロエはノルの話しぶりに感心していた。
 まずゴシップ的な話で興味を引きつけ、次に「誰よりも早く」とゲーム性を織り込み、そして依頼料が上乗せされるという実入りの良さで結論を出させる。さすがはジャーナリスト。読者層の・・・この場合アナの事だが・・・興味を知り尽くしている。しかも、アナさえやる気にさせればクロエは付いていくだろうという「読み」も織り込んでいるのだから・・・クロエは舌を巻くしかない。
「判りました。ただ・・・さすがにギルドの探査依頼は出されていますし、何人もの人が既に探し出していますから・・・難しいですよ? この依頼」
 遠回しに、失敗の可能性を示唆する。
 いやそうではない。クロエは交渉に入っているのだ。相手の機嫌を損ねない、当たり障りのない言葉を選びながら、「難しい」事を強調する。当然依頼は難易度が上がれば料金も上がるのが常。
「私からの依頼料は、成否にかかわらず支払うわ。もちろん成功して、さらに良い記事が書けたらボーナスを付けても良いわよ」
 姉妹二人だけで生き延びてきただけのたくましさはあると、ノルは感心していた。アナの自由奔放な性格を補う上でも、これほどたくましく無ければ今までやってこられなかったであろう。
「よぉ〜し決まり! クロエ、早く行こうよ!」
 待ちきれないとばかりに、アナは出発を主張する。それをノルがなだめた。
「待ちなさいって。三姉妹の居場所、見当付いてないんでしょ?」
 双子の姉妹に、三姉妹の居場所に関する推理をノルは語った。

「ジッドの奴もいい加減だよな・・・」
 ラグオルに降りてから何度目の愚痴になるのだろうか? アッシュは洞窟を徘徊しながら、ぶつぶつと同じ事を繰り返す。
「修行ついでに洞窟にでも行って来いってなぁ・・・いい加減だよなぁ・・・」
 確かにアッシュにとって修行にはなっている。迫り来るエネミーを一人で撃退するアッシュは、駆け出しだった頃に比べて格段に腕を上げており、それは今も着実に身となっている。
 ただ問題があるとすれば、今目の前に見えるエネミー全てが・・・実は食べたら甘いのか?・・・という、とてつもない妄想に何度も囚われてしまう事だろう。さすがに丘鮫やカマキリを食してみたいとは思えず、妄想が湧き上がる度にすぐその考えを改める事が出来るのだが・・・。
「花の蜜って甘いって聞くよな?」
 妄想の中にもなかなか否定できない、それこそ「甘美」なものもあった。
 たしかに花の蜜は甘い。
 しかし花の蜜が甘いのは、花粉を運ぶ虫を寄せ付けるためであり、花粉自体に毒素があるリリー種にとって蜜を甘くする必要など無い。むしろ毒素の元となっている可能性があるだけに危険だ。それは判っている。
 が、今のアッシュにとって、試してみたくなる誘惑にかられるのも無理からぬ話かもしれない。それほどアッシュは甘い物に飢えていた。自分が食したいわけでもないのに。
「・・・・・・いかんいかん。何を考えているんだ俺は・・・」
 危うい所で「甘い魅力」から目を覚ますきっかけは、生への執着。よくよく考えればこれほど滑稽な話もないが、今のアッシュにとっては死活問題にさえなりかねない。
「くそっ! やってられないよなこんな依頼・・・」
 かといってジッドの面子を潰すわけにも行かない。しかしやる気は急速に低下する。先の見えない目標ほど、人の気力を奪うものはない。
「ん? なんだこれ?」
 しかし、人の気力などちょっとした事で増幅するのもまた事実。
「セイバー? いや、フォトン射出口がどっちにも付いてる? もしかしてこれ・・・」
 丘鮫が落としたと思われる武器は、アッシュのやる気を瞬時に増幅させた。
「おーっ! これダブルセイバーじゃん! すげぇ、やっぱかっこいいなぁ」
 セイバー二つをそのまま合わせたように、左右からフォトンの刃を造り出す武器、ダブルセイバー。武器屋に陳列される事もあるが、あまり一般的な武器ではない。特殊な形状故に、扱いが難しい為だ。
 アッシュはこのダブルセイバーを何度も手に入れようと試みていたが、その度に「お前には早い」とジッドに止められていた。しかし今ここにジッドはおらず、偶然ながらこうして手にしてしまったのだ。子供のようにはしゃぐアッシュの心情は理解できる。多少単純だと思う事はあっても。
「よぉし! この武器を使いこなしてやろうじゃねぇか。ジッド、見てろよぉ!」
 気力は一気に増幅された。しかし本来の目標を見失っては意味がない。ダブルセイバーという「甘い魅力」に抵抗できる程、アッシュは一流ではない。

「つぅ〜かぁ〜れぇ〜たぁ〜!」
 腕は一流でも、気構えまで一流とは限らない。本来アナは、探索という目標の見えない依頼に向いていない。座り込み駄々をこねる姿はまるで子供。
「わがまま言っても見つけられないよ? ほら、立って! 誰よりも早くナウラ姉妹を見つけないとノルさんに悪いよ?」
 しかし妹のクロエが、そんな姉を仕事へと引き戻す。その姿は子供をあやす母親。
「お姉ちゃんの話本当かなぁ・・・ぜんっぜん見つからないよぉ?」
「ノルさんの推理は筋が通ってるし、間違い無いと思うよ。きっともう少しだからもうちょっとがんばろう。ね」

 パンは元となる生地を作る事から始まる、とノルは二人に解説していた。
 その生地は非常にデリケートで、温度や湿度の条件次第で後の味を大幅に変えるという。
 もしナウラ姉妹の失踪が自ら行ったものだとしたら、職人堅気な彼女達の性格から、温度と湿度が整いそうな場所・・・つまり洞窟、それも第三階層にいる可能性がある。ノルはそう推理した。ジャーナリストとしての豊富な知識に裏付けされた、確かな推理だとクロエは感心していたが、アナにとっては「第三階層にいる」という「確かな情報」と誤認している。故に第三階層を探し始めてすぐに見つからない事が、アナの不満になっていたのだ。
「ぶぅ〜。じゃあもうちょっとね」
 不満を口にしながらも、アナは立ち上がり探索を再開した。
 不意に、立ち上がったアナは奇妙な匂いをかぎつけた。
「甘い香りがする」
 奇妙と言うのは、洞窟という場所にそぐわないという意味であり、香りそのものは奇妙と言うよりはそれこそ「甘美」である。
「本当だ・・・」
 微かな甘い香り。二人はその香りに引きつけられる蝶のように、香りを辿るようにして花を求めた。
 そして花は見つかった。
 とてつもなく、派手な花が。
 チカチカする電飾。それを飾り付けた一台の屋台が、場の雰囲気を無視するかのように自己主張し、二人を誘っていた。
「なにこれ・・・」
 あっけにとられ立ちつくす二人に、屋台の中にいた女性が語りかけた。
「いらっしゃいませ〜! ケーキ屋「ナウラ」へようこそ!」
 事の展開に、思考が付いていかない。
 どうして洞窟に屋台が?
 どうして営業できるの?
 そもそもナウラってパン屋では?
「こんなところにケーキ屋があってごめんなさい!」
 もちろん、そういう問題でもない。
「わたしたち、パン職人とは世を忍ぶ仮の姿! 本当はケーキ三姉妹なのでーす」
 そう説明されたところで、二人がそれで納得できるわけもない。第一、パン職人として世を忍ぶ必要があったのだろうか?
「どうよ、この温度と湿度! やっぱり天然の環境じゃないと良い生地にはならないのよ!」
 ノルの推理は正しかった。しかしこの姉妹の存在は、何処か間違っている気がする。
「人工の環境での生地作りに限界を感じ・・・思いあまって降りて来ちゃいましたー!」
 動機は判らない事もないが、それにしては・・・。
「ね、お願い。買ってって〜!」
「あ・・・じゃあ一つください・・・」

 雰囲気に飲まれ、二人はそう答える事しかできなかった。
「・・・!! 美味しいこれ!」
「ホント・・・すごく上品な甘さで・・・」
 その美味しさは、ケーキ屋の存在への疑問を一蹴させるほど劇的な、そしてまさに甘美なものだった。
「これ、お姉ちゃんにも買って帰ろうよ」
「そうね。すみません、ケーキもう一つください」
「ウチのケーキは人気商品ですので、お一人様一個とさせていただいてますぅ。ごめんなさいね」

 人気以前に、客が他にいるのかはなはだ疑問ではあるはずだが、あまりにも美味しいそのケーキの存在に、妙に納得させられてしまう。
「仕方ないか・・・とりあえずノルさんに報告・・・って、そうだ! 私達あなた達を捜していたんです!」
 本来の目的を思い出し、慌てて事情を三姉妹に話す双子姉妹。
 そしてもう一人・・・。
「なんだ? なんでこんな所に屋台が・・・」
 目的を忘れた男が、三人目の客として訪れた。

「良い記事になりそうだわ。ありがとう二人とも」
 失踪事件の真相だけでなく、思いがけず最新グルメ情報まで手に入れる事の出来たノルは上機嫌であった。
「場所が場所だけに、ちょっと扱いに気を付けなくちゃいけないのがやっかいだけどね」
 本来、一般人のラグオル降下は許可されていない。もちろんラグオルで商売をするなどはもってのほか。それだけにノルはナウラ姉妹の身を考えながら記事を書かなければならないが、そこはプロのジャーナリスト。配慮に抜かりはない。
「じゃあ私は取材に行って来るわ・・・って、一人じゃ行けないか。悪いけどもう一度つき合ってくれない?」
 今のノルは、HONの記者としてラグオル降下の許可が下りている。しかしハンターでない彼女は単独でエネミーを撃退する術がない。姉妹が造り出したテレパイプを辿るにしても、やはり護衛は必要なのだ。
「それは良いですが・・・」
「ん? あぁ追加料金? 別に良いわよ。今回はHONからもギャラがたっぷり入りそうだし」
「いえ、そうでは無くて・・・あ、そうですね。追加料金の代わりに一つ、情報を提供してくれますか?」

 この情報というギャラは、ノルにとってとてつもなく高額な、少なくとも三人にとってそれぞれに価値があるだけに、ノルは痛い出費となった。
「アナから聞きましたが、ノルさん。どうしてZER0さんの部屋の「中」にいたんですか? 私達、抜け駆けはしないって約束でしたよね?」

 その一方で・・・。
「今回ばかりはお前の運の良さに感謝しないとな」
 無事に任務を消化できた事は、アッシュにとってもジッドにとっても、奇跡だったのかも知れない。
「運も実力の内ってな。ちょっとは俺の実力を認めたか?」
 調子に乗るな。ジッドはそうアッシュを戒めた。
「ところでアッシュ。先方は満足されたから問題ないが・・・あのケーキはラグオルの天然素材から作られていたのか?」
 ジッドの疑問は確かで、アッシュもそれはきちんと確認を取っていたが・・・。
「さぁ? あの姉妹は企業秘密だって教えてはくれなかったが・・・一応天然素材らしいぜ?」
 おそらく、その秘密をアッシュが知ったら・・・彼は自分が悩み苦しんだ「甘い誘惑」に対して、様々にまた悩み苦しむ事になるだろう。

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