novel

 

No.ex4 黄色いフェイク

 ハンターの仕事というものは、千差万別、色々とあるものだ。
 例えば、「探索」という仕事はハンターの基礎と言うべき内容だ。しかし基礎だからといって初歩的なだけでなく、まして簡単だというわけでもない。一口に探索といっても、探すのは物,人,情報と様々。そして探す場所も様々であれば、そこに行き着くまでの困難も様々で、探す物に関する事前情報も様々。この組み合わせでその依頼に対する難易度も変わるだろうが、やっかいなのが、その難易度は終わってみた結果論でしかわからないことだろう。
 今回依頼を受けた若きハンター、アッシュは、依頼内容の難易度を「簡単」と判断し、またしてもマネージャーである叔父にくってかかっていた。
「いつも言っているだろ。仕事をなめてかかるな。今回の依頼は容易ではないぞ」
 だがしかし、アッシュは若い故に派手な名声を好む傾向にある。「探索」ではなく「討伐」や「駆除」といった派手な立ち振る舞いをこなし、絶賛されたいと望んでいる。己の実力などは、その考えに入る余地など無い。
「お前は一度、依頼を失敗しかかっているんだ。ギルドからの信用を取りもどす意味でも、地味だろうが確実に依頼を達成しておけ」
 その失敗も、叔父が救援部隊を出さなければ自力で何とか出来たかも知れないのに・・・。自分が救出されたという惨めさが、後悔と反省よりも先に、逆恨みになってしまうのもまた、若さ。
 認めたくはないものなのだ。若さ故の過ちというものを。若いが故に。
「わかったよ・・・で、探すのはそのガルスって博士だけか?」
 実力的にも評価的にも、実績を上げなければならない。不服でもそれはアッシュにも理解できる。かといって快く仕事を受けられるほど、気持ちを切り替えられる技量はない。憮然としながら、ジッドの持ち込んだ仕事内容を確認する。
「そうだ。彼の助手からの依頼で・・・どうも一部のハンターが裏でラグオルの原生生物データを流しているらしくてな。依頼人のその助手が言うには、ガルス博士がそのデータをどこからか入手し、どうやらその中に彼の興味を惹く生物がいたらしい。禁止されているラグオルへの降下を強行し、その生物へ会いに行ったらしいから連れ戻してくれ、というのが依頼内容だ」
 ハンターがラグオルで得たデータは、ギルドや総督府が管理し、個人が勝手に漏らしてはならないという規則がある。だが今回のラグオルの騒動は予期もせぬ自体であったため、緊急で強いた規則では拘束力が弱い。また事が事だけにラグオルで起きたことを知りたがる者も多く、「裏」の取引が安易に成立しやすい状況になっている。褒められたことではないが、ガルス博士が裏のデータを手に入れた経緯は驚くべき事ではない。
 しかし、そんな些細・・・いや、悪事に些細もなにもあるわけではないが・・・アッシュにしてみれば、規則を破ったガルス博士は罪人である。罪人を捜し出し連れ戻す事は、アッシュのプライドがどうにも解せぬと騒ぎ出してしまう。
「言っておくが、依頼人には罪はない。師事している博士を思いやる「心」を救ってやれ」
 まるで子供のように頬を膨らませ、さらに憮然とした表情になったアッシュの心中を察し、マネージャーである叔父はアッシュをなだめた。
 それで納得できる程アッシュは大人ではないが、しかし依頼を投げ出すほど子供でもない。渋々と支度を整え、ラグオルへと降り立った。むろんぶつくさと文句を言いながら。

「・・・・・・なんだ?」
 ラグオルに降り立ち最初に見たエネミーは、黄色いヒヨコ・・・を、そのまま人間台にまで巨大にしたような生物、ラグ・ラッピーだった。
 だが、どこか不自然だった。
 具体的に何処が、と問われると言葉に詰まるが、仕草,色艶,そして・・・
「ピヨ?」
 アッシュは確信できた。仕草や毛並みの色艶ではまだ半信半疑ではあったが、鳴き声があからさまにおかしいのである。がたいは大きくても、小鳥のような囀りで鳴くラッピーにはあり得ない、あからさまにトーンの低い声。そう、それは間違いなく中年男性の声そのまま。
 軽い頭痛というか、目眩というか、アッシュは深く溜息を吐き出しながら、頭を押さえ俯いてしまった。
「アホらしい・・・これがハンターの仕事かよ・・・」
 証拠はないが、確信していた。間違いなく、目の前のラッピーは偽物で・・・中身はガルス博士だ、と。
 よく見れば、ラッピーの目は全く動くこともなければ瞬きもしない。これが着ぐるみである証拠といえる。
 確かにアッシュは、ガルス博士がどの生物を気に入ってラグオルへ降下したかは知らない。だが、このあからさまに怪しい偽ラッピーを見れば、誰でもこの着ぐるみが博士だと思うだろう。
「おい、お前がガルスだな?」
 何とか気力を取りもどし、アッシュは近づきながら声をかけた。
「!ピヨ!!」
 ガルス博士・・・と、思われる偽ラッピーは、アッシュの声に驚き、そして・・・逃亡した。その姿は、まさに本物そっくりだが・・・どこかぎこちない。
「・・・・・・」
 しばし呆然と立ちつくしてしまうアッシュ。それも無理はないだろう。ぎこちないとはいえ、とても着ぐるみとは思えぬほどのスピードで逃げられてしまっては。加えて、よもや逃げるなどとは思っていなかっただけに、突然の出来事に思考が追いつかなかったのも事実なのだ。
「面倒な事を・・・ちくしょう・・・」
 この時の彼は、この依頼がもっと面倒なことになるのを、まだ知らない。

 目の前に広がる光景は、アッシュを絶句させるのに十分だった。
「おいおい・・・冗談じゃねぇよ!」
 黄色い巨大ヒヨコが、あたりを埋め尽くしていたのだ。
 偽ラッピーは「よく見れば」偽物だとわかる。だがここまで本物がたくさんいる中に紛れてしまっては、それを瞬時に判断するのはかなり難しい。
 ラッピーはあくまでエネミーだ。アッシュがエネミーであるラッピーを片っ端から切り倒しながらガルス博士を見つけるという荒技も可能だろう。だが、ガルス博士がハンターの武器を無効化するハンタースーツか、同様の能力を持った何かを身につけているとは限らない。間違ってガルス博士を斬りつけ死亡させてしまっては・・・当然殺人と言うことになる。新人ハンターのアッシュでも、さすがにその位の判断は出来る。だからこそ・・・
「くっそぉ・・・面倒くせぇ!」
 と叫びたくなる気持ちもわかるというものだ。
「こうなったら・・・虱潰しに探すしかねぇな・・・」
 途方もない作業になる事は目に見えている。だが一匹ずつ確認していけば、終わらない作業ではない。ラッピー達が大人しくしていれば、だが。
「動くなお前ら! あ、つつくなこの!」
 当然、大人しくしているはずもない。ラッピー達は自由奔放に動き回り、そしてアッシュを「招かざる客」として歓迎してくれている。
「だから止めろお前ら! あー、またわからなくなった!」
 一匹一匹チェックして行くも、その一匹一匹がみな同じに見える上、歓迎に気をとられてはどのラッピーをチェックしたのかがわからなくなっていく。その繰り返しだった。
「ん? まてよ・・・」
 混乱しかかった頭で、アッシュは一つのことに気が付いた。
 ラッピー達は皆、アッシュをなわばりから追い出そうと襲ってきている。それは彼らが「本物の」ラッピーだからこそ行う本能だろう。近付けば襲われるかも知れないが、それを恐れることなくラッピー達は自分達のなわばりを必死に守ろうとする。
 しかし、近付き攻撃されることを恐れ、遠巻きにアッシュの様子をうかがっているラッピーが一匹だけいた。それはつまり、そのラッピーが「本物の」本能を持ち合わせていないということ。
「そこか! ガルス! もう逃げるなよ!」
 ビクッ! とアッシュに声をかけられたラッピーは反応したようだったが、しかし今度は突然逃げることはなく、何事もなかったようにそっぽを向きたたずんでいた。
「よーし、良い度胸だ・・・おいガルス! もう手間かけさせるなよ・・・とっととパイオニア2へ帰るぞ! あんたの助手がお待ちかねだ」
 アッシュの呼びかけに、偽ラッピーはとうとう観念したのか、振り向きアッシュに返事を返した。
「おぬし、ワシを見分けるとは見上げた観察眼じゃ! ぬいぐるみ、そっくりに作ったつもりじゃがのぅ。まだまだ 甘かったのかのぅ」
 だがその返事は、アッシュの問いかけと外れたものだった。
「まぁ、それはともかく、見たか、このラッピーのかわゆさ! ふかふかのモコモコのプリンプリンじゃ!」
 そして彼の的外れな返答は続く。
「日がな一日、ラッピーの群れの中でラッピーにまみれてラッピーと共に暮らす! こんな幸せがあっていいのじゃろうか!」
 幸せを語る男は、満面の笑みを浮かべているのだろう。見えずとも、着ぐるみの中が手に取るようにわかってしまう。だからこそ、アッシュはまた目眩とも頭痛ともとれる、軽い立ちくらみを起こしそうになるのだ。
「・・・いいから、か・え・る・ぞ! あんたの助手が待ってんだよ、パイオニア2で!」
 アッシュの言葉に、きょとんとして・・・いや、見た目が着ぐるみだからということもあるのだが・・・アッシュの言葉を聞いていたガルスは
「なに? いいかげん帰ってこいと助手が?・・・しかたないのぅ」
 と、まるでアッシュの言葉を初めて聞いたかのように、そして初めてまともな返事をしたのである。
「まぁ、共に暮らしたことで生態データもかなり収集できた。そろそろ帰ってやるとするか」
 やっとこれで仕事が終わる。自然と、安堵の溜息と共に肩の力が抜ける。
「ああ、もうちょっと名残を惜しんで帰るから、先に戻っておいてくれ」
 まだ仕事は終わらない。自然と、苦悩の溜息と共に肩の力が抜ける。
「あのなぁ・・・」
「必ず帰るわい。心配性じゃのう。いいから、先に戻っておいてくれ」

 最後までマイペースな博士の行動に、アッシュはほとほと疲れ果てていた。無言で、彼は一人パイオニア2へと帰っていった。

「気持ちはわかるが、一人で帰ってきては責任放棄ととられかねんぞ」
 ガルスが帰ってきたのは、アッシュが戻ってから2時間後のことであった。
 時期に帰ってくると助手には告げたが、それで安心する助手ではなく、まして仕事が終わったことには当然ならない。本来なら、アッシュはきちんとガルスを連れて帰るべきなのだ。それが仕事なのだから。
「冗談じゃないよジッド・・・」
 普段ならもっと強い口調で文句を言うアッシュも、気疲れで元気がなくなっていた。
「だから言っただろう。今回の依頼は安易ではないと」
 ジッドは初めからわかっていたのだ。ガルス博士がどのような人物かを。
 優秀なハンターなら、依頼主や仕事内容をきちんと吟味するものだ。故に、今回の依頼はかなり面倒になりそうだと他のハンター達は懸念していたのだ。ジッドはそれを承知で依頼を受け、アッシュに仕事を任せたのだ。
「何で初めから教えてくれなかったんだよ・・・」
 気力はなくなっても、非難することは忘れない。アッシュは無気力ながらジッドにかみついてきた。
「お前が聞かなかったからだ。まぁ、どんな依頼でも、きちんと内容を吟味し調べるところから仕事は始まるものだ。これに懲りたら、少しは事前の情報収集も欠かさないことだな」
 ジッドはアッシュのマネージャーをしているが、叔父としては彼を一人前に育てたいと思っている。だからこそ、ハンターの基礎をきちんとたたき込みたかったのだ。
 一方アッシュは、今度からはちゃんと仕事を吟味しようと心に誓っていた。「討伐」や「駆除」といったかっこいい依頼を厳選しようと。

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