novel

No.ex3 ラグオルの大地主

「ジッドの奴・・・なんだってこんなくだらない依頼を・・・・・・」
 青年が一人、ラグオルという広大な大地の上で、ぶつくさと一人小言をたれる。
 青年は今、ある任務の為にラグオルに降り立ったが、どうやらその依頼が気に入らないらしい。
 青年の受けた依頼は、トラブル解決を生業とするハンターにとって、珍しいタイプの依頼ではない。
 青年もそれは理解している。だが、ハンターとしての腕前・・・戦闘時の腕を少しでも上げたい。そう願っていた。
 青年としては、危険と隣り合わせになるであろう依頼を達成してこそ、真のハンターだと信じている。故に、今回の依頼は不満ばかりが募るのだ
「このままじゃいつまで経っても強くなれねぇよ・・・俺はあの人の背中に少しでも近づきたいのに・・・」
 青年の名はアッシュ。彼は己の未熟さに焦りながら、地道に依頼をこなしている最中であった。

「人命救助?」
 アッシュが最初に、叔父であり彼のマネージャーでもあるジッドから依頼内容を聞かされたのは、彼がラグオルで不平ばかりを口にしていた時よりも少し前にさかのぼる。
「あぁ。ラクトンっていう人物の息子さんからの依頼でな。なんでも、ラグオルに降り立ったまま帰らない父親を心配して、ギルドに依頼したらしい。お前も救助されたまんまじゃ格好つかんだろ。ここで人命救助でもして、汚名返上も含めて受けてみないか?」
 確かに、ジッドの言うことに間違いはない。だが、ジッドの言う「人命救助」と、アッシュの想像していた「人命救助」には大きな隔たりがあった。
(人命救助か・・・これに成功すれば、俺の腕も名声も上がるな・・・・・・)
 表面上のイメージとは、必ずしも本質と同一では無いということを、若く未熟なハンターである彼は知らない。
 そして彼は、思い知ることとなる。

 目的の人物は、あっさりと見つかった。小型船の残骸に身を隠していたのだ。降下ポイントから2ブロックという短い距離もあり、アッシュはこの人命救助があっけなく終わったことを不謹慎ながら残念に思った。
 しかしこの依頼は、意外な・・・いや、おそらくラクトンという人物を知っている者ならば予想できたであろうが・・・あっけなく終わることはなかった。
「・・・ムホン! まぁそこまで言われちゃ戻ってやらないこともない」
 先ほどまで原生生物の影に脅え、残骸の影に隠れ震えていた男は、自分の息子の依頼で助けに来たというハンターを見てほっとした様子を見せた。と同時に、「息子の使い」という事があってか、態度を一変させた。さも自分が雇い主であるかのように。
「わしゃすでに、目星をつけたところに三つカプセルを置いてきたんじゃ。そのカプセルを回収してきてくれんか。そしたら大人しくパイオニア2に帰ってやるわい」
 人命救助が物品回収へと一変した。この落差に落胆し、アッシュは肩の力を落とす。そしてあまりにも身勝手な「元」被災者に怒りを覚えるのも無理はないだろう。
「おいおい、ふざけるなよ。 なんで俺がそんなカプセルを回収しなきゃならないんだよ!」
 しかし雇い主気取りの元被災者は、さも当然のように言ってのけた。
「カプセルがもったいないからに決まっておるじゃろ」
 と。
 アッシュは完全になめられていた。アッシュにしてみれば、目の前の傲慢な男を連れ帰らなければ依頼達成にはならない。それを十分理解ししているこの男は、それを逆手にとり、都合の良いように条件を出したのだ。
 それなりにハンターという仕事をこなしている者であれば、なめられることはなかったであろう。命の危険にさらされている者が、幾ばくかの安い依頼料とで駆け引きをするなど、出来るはずもない。「あぁそうかい。ならこの依頼は中止だな」とでも脅しをかければ、ころっと態度を変えるだろう。
 駆け出しのハンターに、言葉の駆け引きなど出来るはずもなかった。いや、ハンターとしての経験不足もあるが、彼自身の性格も災いしたのだろう。猪突猛進。思考より行動をとるアッシュに、交渉などという頭脳労働が思いつくはずもない。
 結局、物品回収という新たな任務を遂行せざるを得なかった。
「手前にも先にもあるぞ。さぁさぁ、早く行った行った」
 依頼人となった男のエールを受け、この理不尽な依頼に取りかかった。

 ここ一帯の土地をベッカリー家当主ラクトンの所有地と定める。
 男の言っていたカプセルとは、簡単なメッセージを残すための簡易装置。それもかなりの安物だった。そこにはあまりに身勝手なメッセージが残されていた。
「・・・ふざけやがって・・・・・・」
 あまりにも短絡で幼稚なラクトンの考えに、さすがのアッシュも気付き、全身の力が抜けていくのを感じていた。
 ラグオルの大地はパイオニア1が開拓した土地であり、所有権は当然母星政府とパイオニア1総督府の手にある。パイオニア2総督府と合流後は、総督府の統合と共に、土地の所有権に関しても話し合われる予定であった。どうやらこの男、セントラルドームの爆破事故でパイオニア1が壊滅したと判断し、ラグオルの土地の所有権が宙に浮いた物と思いこんだようだ。未だ降下できないパイオニア2よりも早く自分が降り立ち、真っ先に土地の所有権を宣言してしまえば自分の物になると考えたようだが・・・もちろん、そんな馬鹿げた話が通用するはずもない。
「俺は何をやっているんだろうなぁ・・・」
 人命救助という、ハンターとして輝ける栄光と実績を夢見ていた若きヒューマーは、現実に行っている依頼内容とのギャップに、もはや気力を無くしかけていた。
「ジッドの奴・・・なんだってこんなくだらない依頼を・・・・・・」
 もはや、誰かに、何かに、この理不尽な状況を怒りに変えぶつけでもしなければ、気力が保てなかった。

「よよよ、よし! とっととこんな危険なところから逃げ出そう!」
 三つのカプセルを回収し終えたアッシュは、やっと本来の依頼を達成することが出来そうだ。
 だが、そこに喜びはない。あまりのくだらなさに、もはや感情がついていかない。無言のまま、帰還するためにテレパイプでテレポーターを造り出した。
「うひょー!」
 真っ先に、そのテレポーターへと飛び込んだのは、ラクトンだった。「人命救助」という依頼内容を考えれば、当然被災者を先に帰還させ安全を確保する必要があるが、ラクトンの行動に、無気力ながら理不尽さを感じずにはいられなかった。
「・・・・・・はぁ」
 重い足取りで、アッシュも後に続いた。

「ご迷惑をおかけしました。もう二度とこんな事がないよう、よく言い含めておきます」
 父親と違い、本来の依頼人である息子は至極真っ当な人物であった。どうやら父親が反面教師になり、真面目な性格となったようだが・・・あんな父親では、これからも苦労するだろう。現に、その反面教師は「依頼料がもったいない」だとか「怖いモンスターがいなくなったらまた行こう」などと勝手なことを言っている。
 やるかたない。確かに依頼は確実にこなし、依頼人からは余計な仕事までさせてしまったと、お詫びの意味を込めて依頼料を上乗せしてもらった。依頼は達成されたのだ。しかしなにかスッキリしない。アッシュは達成感を感じられないこのうやむやとした気持ちをどうしたらよいのかあぐねていた。
「何が人命救助だよ・・・」
 とりあえずは、カウンターで依頼料を受け取ってきたジッドに、不満をぶつけることで解消しようとした。
「ん? 立派な人命救助だろ。少なくとも、あの息子さんにしてみればな」
 振り返ると、父親を説教する息子の姿があった。説教されている父親は、馬耳東風とばかりに聞く耳を持っていないようだが、それでも息子は必死に説教をしていた。その賢明さは、彼が本当に父親を心配していたかが見て取れる。
 名誉にも栄光にもならない。人命を救っても本人から感謝もされない。残った物は依頼料だけ。それでもこれがハンターの仕事だ。しかし、その依頼料に込められた重みは、確かに存在するのだ。
 それを理解するには、まだアッシュは若すぎたのかも知れない。しかしほんの少しだけ、彼は成長したのかも知れない。むろん、本人に自覚はないが。

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