novel

No.ex2 パイオニア2のホワイトデー

 男は悩んでいた。
 彼は色々な意味で未熟な男であった。故に、悩む事も多い。
 経験の浅い者は、経験豊富な者から色々と指導してもらうのが、悩みを解決する一番の方法だろう。
 だが、訊く相手を間違えてはいけない。
 なぜならば、一口に「経験」と言っても、成功を積み重ねてきても失敗を積み重ねてきても、全ては「経験」なのだから。もっとも、失敗から学ぶべき事柄も多いが。
 そして何よりもやっかいなのは、未熟故に熟練者の指導を頼るものの、未熟故に熟練者の選択が出来ないのだ。
「ホワイトデーにプレゼントねぇ・・・」
 あからさまに、未熟な男は選択を誤った。
 ハンターとしての腕は確かではあるが、相談した内容に関して言えば、相談した相手に成功した試しがあるとは思えない。
「俺、こういうのよくわからないんですよ・・・『軟派師』のZER0先輩なら、詳しいかなぁと・・・」
 男がどれほど未熟か、というのは、「軟派師」というふたつ名を、褒め言葉か何かと勘違いしている事だろう。
 相談を受けた男、ZER0は、その嫌みともとれる発言に少し渋い顔をするものの、相手に悪気があるわけではない事を察し、軽く溜息をつく。
「先輩ね・・・どっちの意味で先輩なんだか」
 むろん、恋の熟練者として・・・なのだろうか?
「その前に1つ訊きたいんだが、バレンタインには何をもらったんだ? アッシュ」
 未熟者アッシュが、誰かからバレンタインにプレゼントをもらっていた。それがZER0にとってちょっとつまらない。もてない男ほど、もてる男に嫉妬するものなのだ。
「いえ・・・別に何かもらったからお返しという訳ではなく・・・その・・・」
 アッシュの発言に、安堵と同情と親近感を持つZER0。もてない男ほど、自分よりもてない男を捜したくなるものなのだ。
「ホワイトデーを利用して告る気か?」
 ホワイトデーはバレンタインのお返しの日。それが一般的な考えなのだが、同時に、バレンタインとは反対に男性から愛を告白する日でもあるのだ。もっとも、本来のバレンタインは男性から愛を告白する日であるのだが、パイオニア2ではバレンタインが女性,ホワイトデーが男性というのが定着している。
 アッシュはこの日に告白でもする気なのだろう。そう思ったZER0にしてみれば、これでアッシュが成功したらつまらないのだが、「まだ」彼女のいない後輩には優しくしてやるべきだ。ZER0はそう考えていた。
「いや、そうじゃなくて・・・まぁなんていうか・・・一度助けてもらった事があるからそのお礼というか・・・」
 言いながら、少し顔を赤らめ俯いてしまう。なんとも、初々しい反応だろうか。
 アッシュの弁解と反応に、ZER0は確信を持って、相手の女性に「気がある」ということを悟った。この様子だと、まだその相手とは親しくはないようだが。
「うむ・・・まぁ普通なら、バレンタインにもらったチョコやプレゼントの3倍の価値に相当する物を送るってのが常識って言われてるけどなぁ」
 俺はそんな常識納得いかないと言いたげに、頭をかきながら「一般論」を口にした。
 そもそも、プレゼントの見返りを期待してはいけない。見返りを期待した物などプレゼントとは言わない。3倍返しなどという物は、元手を取ろうとする、もてない女のせせこましくも浅はかな口実なのだ。もてない男は常日頃そう考えている。
「お前の場合、別にバレンタインに何かもらった訳じゃねぇからなぁ・・・」
 3倍返しといっても、元が0ならば3倍しても0なのだ。
「花束なんかどうだ? まぁ女なんてのは、花を送っときゃ大抵喜ぶ。結構単純なんだよ」
 たしかに花束は、もっともポピュラーで無難な贈り物だろうが・・・そもそも「女は花を贈れば喜ぶ単純なもの」と決めつける姿勢はいかがなものだろうか? こういう思考がZER0のもてない理由の1つだろう。
「そんなものですか?」
「そんなもんよ」

 やはり、アッシュは相談する相手を間違えたようだ。
「ところで・・・お前がプレゼントを贈る相手ってハンターか?」
 相手が誰かは知らないが、命を救われたと言っていた事から同業者だと推測した。
「あっ、はい。そうですけど・・・」
 相手を訪ねられ、また顔を赤らめてしまう。こういう初な反応に女性は弱いのだろうが・・・彼は異性の前では強がってしまう所がある。そういう所もかわいげがあるのだが、やはり彼も先輩同様、別の意味で性格的にもてないところがあるのかも知れない。ZER0と違うのは、それが実に惜しいというところか。
「なら、こんな花束はどうだ? 今朝のHONにあったんだけどさ・・・」
 BEEシステムを使い、今朝のニュースを彼に見せながら薦めた。
 その花束は、まさにハンターらしい花束といえるものであった。

 ラグオルに生息するその花は、甘い香りのする美しい花である。
 だが、そう簡単に採取できる物ではなかった。
 それはラグオルに降りる事自体がとても危険だからでもあるのだが、咲いている場所に問題があった。
「人の手が滅多に届かないところにあるからこそ、美しくて貴重か・・・」
 ZER0のアドバイス通り、アッシュは花束を作る為に、ラグオルへ降下していた。場所は、洞窟内部。それも最深部に近い場所。
「だったら、無理に欲しがる事もないと思うけどなぁ・・・」
 むしろ、だからこそ欲しがるものなのである。それが人の欲というものだ。
 ぶつくさと独り言を言いながら、アッシュは花束になる3色の花を探していた。襲いかかる敵をなぎ倒しながら。
 GRRRROARRRR!!!
 人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて死んでしまえ。そんな古い語録もあるが、恋路かどうかは別として、邪魔する者はセイバーによって両断させていった。
「大体・・・なんだってこんな時に限って、たくさん出てくるんだよ!」
 次から次へと襲いかかる邪魔者をなぎ倒しながら、彼は花を求めていった。
 そしてさらに奥へと歩を進めていく中、とうとう彼は、「花」と出会う事になる。
「ん? ここは照明がついていないのか・・・」
 真っ暗な一区画の中に踏み込んだとたん、彼は「花」から猛烈に歓迎された。毒素を含んだ甘い香りを吹き付けられるといった形で。
「ぐっ・・・しまった・・・」
 そこは一面の「花畑」だった。ただその「花」は、アッシュが求めた花でもなければ、正直花と表現するにはあまりにも物騒な代物だ。
 ボイゾナスリリー。
 近づく者を、毒素を含んだ「香り」で包み込み、力つきたところから養分を吸い取る食虫植物。もっとも、食べるのは虫ではないのだが。
ANTI・・・まったく、人の手に届かないってんなら、こんな花でも女の子は喜んでくれるのかね?」
 この花を花束に出来るものなら、案外喜んでくれるかも知れない。好事家ならば。
「これだけ咲いてるとやっかいだな・・・」
 いったん退却し難を逃れたものの、明かりのない部屋で、大量のリリーを相手にするのは難しい。
「・・・なら、まとめてドライフラワーにしてやるぜ」
 レーダーマップを見ながら花々の中央へと迅速に移動する。むろん「甘い」誘惑を振り切りながら。
GIFOIE
 取り囲むように咲いているリリーを、炎の渦が次々と焼き払っていく。奇怪な断末魔の後には、見事なドライフラワーが出来上がっていた。そして砂糖を煮詰めすぎた時に発せられる、甘すぎて胸焼けするような匂いが、あたりを支配していく。
「うぐ・・・先へ急ごう・・・」
 口元を押さえながら、彼は本当の花を求め駆け出した。

「あとは渡すだけなんだが・・・」
 どうにか、3色の花を集める事は出来た。ラッピングもすでにすませ、花束として完成していた。
「まいったな・・・どうやって渡せばいいのかなんて考えてなかったぞ・・・」
 まずはプレゼントをどうするか。それだけで手一杯だった彼にとって、その先を考えるゆとりなど無かった。もっとも、彼の性格上、こんな時でなくとも常に目の前の事だけで手一杯なのだが・・・。
「この後の事もちゃんと訊いてくれば良かった・・・といっても、また頭下げて教えてもらうのもしゃくだしなぁ・・・」
 元来、人に頭を下げる事自体が好きではない。ZER0にプレゼントの事で相談するのも、彼にとってはかなりの決意があっての事だった。もっとも、その決意が正しかったかどうかは別だが。
 そんな考えを見通してか、彼にはもはや考える余裕はなくなってしまった。
「あら、アッシュじゃない」
 花束を渡そうとしていた相手の方から、不意に声をかけられたからだ。
「あっ! えっ、ESさん・・・お久しぶりです・・・」
 突然の来訪に驚いてか、とっさに持っていた花束を背中に隠してしまった。だが、今更そんな事をしてももはや遅い。
「なによぉ、別にそこまであわてて隠す事無いでしょ?」
 指摘されたことでさらに恥ずかしくなったのか、顔は持っていた花束の一輪にでもなったかのように真っ赤になっていく。
「花束でしょ? 大変よねぇ男は。バレンタインのお返しなんて、誰が考えたんだろうねぇ・・・」
 言いながら、ESは自分が持っていた数束にまとめられた花をアッシュに見せた。
「え!? それ・・・」
 その花束は、アッシュが持っている花束と同じ花が束ねられていた。
 先を越された。アッシュはそう思った。たしかにESに憧れる男は多く、彼女が花束を受け取る事は何ら不思議ではない。
 だが、アッシュの推測は半分外れていた。
「私は男じゃないけどさ・・・なんかバレンタインには色々ともらっちゃってねぇ。これからこの花束でお返しをしに行くところなの。アッシュもそうなんでしょ?」
 もてるのは間違いない。だが彼女の場合、男性からではなく女性からももてるのだ。
 この状況で、「この花束はあなたに・・・」などと言えるはずもなく、ただ黙ってうなずくしかなかった。
「そ。まぁ君は女性に可愛がってもらってそうだもんねぇ。じゃ、がんばってね♪」
 手をひらひらと振りながら、意中の人はうれしそうに去っていった。
 そして、「敗れた」男はただ一人、肩をがっくりと落としたまま固まっていた。

「ふふん♪ 大盛況みたいねぇ、あの花束」
 自分の記事が世間を動かした。そんな実感を得られる時ほど、ジャーナリストにとってうれしい事はないだろう。
 パイオニア2では、特にハンターズギルド内では、珍しい花束が求愛のプレゼントに一役買っていた。それはもちろん、HONで紹介されたノルの記事に影響された事は言うまでもない。
「喜ぶのは良いけどさ、その記事にちったぁ俺も絡んだって事忘れるなよ?」
 カフェで同席していたZER0は、行き交う人々が花束を持っている姿に見とれているノルに、自分の強力があった事を恩着せがましく付け加える。
「あら、その謝礼はギルドを通して依頼料という形ですませたでしょ? 今になってそんな事を言わないの」
「ちっ。もうちょっと感謝してくれても良いのによぉ」

 洞窟に美しい花が咲いている。
 そんな話を聞きつけたノルは、ジャーナリストとしての嗅覚が騒ぎ出した。
 これは記事になる。
 そう直感したノルは、ZER0に依頼し花の場所を確認してもらっていたのだ。その上で、今回のホワイトデー向けの記事が完成していた。
「ところでZER0。そういえば私、まだもらってないけど?」
 わざとらしく、遠回しに催促をする。もちろん、バレンタインでのお返しをだ。
「あん? あの花束なら、とっくにやっただろう。なんだよ、もう1つ欲しいのか?」
 ZER0の言っている花束は、仕事として採取した花の事だ。
「あれは仕事で、でしょ? 依頼料まで払ってるんだから、あれじゃお返しにならないわよ」
「よく言うぜ。お前のチョコだって、仕事で作った余り物だろうが」
「しっつれいねぇ。ちゃあんと心を込めて作ったのよ? あのチョコは」

 余り物だと言って渡したのはノル本人なのだが・・・。理不尽な会話で男が女に勝てるはずもなく、やれやれと早々に降参を決め込んだ。
 そしてあらかじめ用意してあったプレゼントを、ノルへ投げてよこした。
「ちょっ、なに?これがお返し?」
 ノルの手に握られた物。それは一丁のハンドガンだった。
「オートガンだ。ヒット補正もついている奴だから、お前でも使えるだろう」
 そういう事を抗議したのではないのに・・・半ば飽きられ顔で、あまりにも色気のないプレゼントを見つめた。
「どうせ、これも拾った物でしょ? 元手タダじゃない」
「お前のチョコだってもでタダだろ。タダの3倍はタダだ」

 利責めは男の特権だろうか? 理屈は合っているが、だからといって女がそれを納得できるとは限らない。
「普通ハンドガンを女性に送る? もうちょっと女性にあったプレゼントとか・・・せめて、もうちょっと実用的な物とか考えなかったの?」
 ノルの意見はもっともだ。
 だが、ZER0も彼なりに考えたプレゼントだったらしい。
「実用あるだろ・・・その、なんだ。それがあれば、俺と同行してラグオルに潜る時に・・・使うだろ?」
 ノルから目をそらしながらの弁解は、彼女の心に届いただろうか?
「全く・・・『軟派師』ともあろう人が、なんてムードのないプレゼントなのかしらね・・・」
 その答えは、彼女の微笑みが物語っていた。

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