科学者の研究が、結果何を人類にもたらすのかなど、研究している科学者にも全てを知る事は出来ない。
元は平和利用の為に開発された物が兵器に利用され、また逆に兵器技術が一般家庭の生活を支える事になるなど、幾つも事例がある。
「例えば武器にしても、利用者の「趣味」でフライパンや中華鍋を振り回す人もいるわけですよ」
科学者シモンズ・オロは、現役のハンターにくどくどと解説をしている。
相手は現役。そんな相手になにを常識的な事をと思うのが当たり前だが、当のハンターは黙って科学者の解説を聞いていた。
「特に「趣味」の傾向が現れるのが、マグなわけですよ。マグは「趣味武器」と違って容姿と能力に関連性がほとんどありませんからね」
マグとは二人の天才博士、モンタギューとオストによって生み出され、「防具」という位置づけのされている科学生命体。
元となっているのがD細胞である為、最近では危険視する科学者も多いが、ハンターの間では便利な防具としてだけでなく、「マスコット」として愛用する者が多い。
「そのおかげで、「レアマグ」はとても人気がありますね。愛らしさだけでなく、持っている事が一つのステータスにもなっているようでして・・・」
通常は初期状態のマグ、通称「素マグ」から餌となるメイトやフルイドといった回復アイテムを与え続ける事で成長させ、能力と容姿に変化を付けさせる。まるで簡易ペットを育てるような感覚で強化をさせる為、「ブリーダー」と呼ばれる、マグを強化させる事に固執したハンターズも多くなってきた。
そんな中、ある特定の条件や特定のアイテムを与える事で、普通では変化しない容姿を持つマグ、通称「レアマグ」へのブリーディングが注目を集めた。ハンターズはこぞってレアマグを求め、それを連れ回す事で安らぎと優越感を得ている。
「レアマグにする為のアイテムも、実はマグ同様研究があまり進んでいないのが現状なんですよ。今ハンター達に出回っている「レアマグの素」は、偶然見つかった物というか・・・素となる物から何らかの条件で変化しているらしいんですが、その条件が全く解らないんですよ。ハンターの人達からすると、「ランダム」に変化するので狙った物が手に入りづらいとよくぼやかれますよ、はははは」
そもそも、その「レアマグの素」がどういった経緯で産まれるのかだけでなく、何故その素がマグに影響を与えるのか、そしてどんな影響を与えているのか、これらは全く解明されていない。
判っているのは、どの素をどの条件で与えればどんなレアマグになるか、という結果のみ。
「あっと、こんな事Mさんには常識でしたね。いやはや、申し訳ない。どうも科学者というのはあれこれと解説したがる奇妙な人種なもので・・・まあ僕の場合、ちょっと「オタク」入ってるような所もあるなんてよく言われちゃいますけどね、はは」
ちょっと、というのは語弊がある。むろん少なく見積もりすぎる、と言う意味で。しかしそんな事を口にするようなMではない。
彼女は今、ハンターズへの依頼として科学者シモンズと面会している。二人は個人的に知り合いではあるが、今回シモンズは正式にハンターズギルドを通して依頼を出し、それを受けてくれるようMに願い出ていた。
ギルドを通せばそれだけでマージン料を取られる為、双方にとって、特に知り合いである二人ならばギルドを通さずに個人的に依頼した方が「特」なはずである。しかし今回は、ギルドを通す必要があった。
「今回の依頼というのが、その「レアマグの素」に関する事でしてね。僕にスポンサーが付いてくれたんですよ。なので形式的な手続きを通さないと予算が降りないので、面倒ですけどこんな形になっちゃいました。いやはや、申し訳ない」
いえいえと、Mはかしこまるシモンズをなだめた。
シモンズはモンタギュー博士の助手だった男。肝心のモンタギューが失踪してからは、個人で研究を行っていた。
彼の先行はアンドロイド工学なのだが、モンタギューの下でマグやエネミーの残骸から武器を作るといった、D細胞に特化した武器工学の知識も多少蓄えていた。その為、モンタギュー失踪直後こそ「あのモンタギューの所にいた科学者」としてラボの連中から煙たがられ、本人の意志もありラボに復帰する事はなかった。
ところが、彼の専門がハンターズに引く手数多。あちこちから研究依頼が殺到し、今ではラボチーフの許可を得てラボの施設を使って研究を続けている。むろんモンタギューの助手だった男から目を離さないようにしておくべきという、チーフの思惑もあるのだろうが・・・。
「それでですね、Mさんにお願いしたいのは、その「レアマグの素の素」に関する調査なんですよ」
素の素? どうやら単純に言葉を噛んだわけではないようだ。シモンズは散らかっている机からがさごそと何かを探し出し、奇妙な球体をMに手渡した。
その掌に軽く納まる球体は、白地に黒・・・いや、黒地に白なのか? 白と黒が水面をマーブル状にうごめいているような、そんな奇っ怪な模様をしていた。
「どうもそれが、「心の素」なんじゃないかというところまでは解明出来たんですが、そこからどうやってレアマグの素になるのかが判らないんですよ・・・」
説明の途中なのにも関わらず、顎に手を当て考え込む科学者。
「あのすみません、「心の素」ということは、何かの「心」なのでしょうか?」
Mはなんとなく依頼の内容は見えてきてはいたが、まだハッキリとしない説明の続きを求めた。
「へ?・・・あぁすみません、肝心な説明が抜けてしまって・・・」
常識的な事は口説く説明する割りに、肝心の専門的な事はさも相手も知っているかのように省く。科学者に限らず、「解説好き」の悪い癖だ。
「これは「天使のハネ」「悪魔のハネ」となるレアマグの素、「天使の心」「悪魔の心」の、さらにそれになる素なんじゃないかと思われるんですよ」
天使のハネも悪魔のハネも、ハンター達に人気のあるレアマグ。二つの割れたマグが装備者の背中へ周り、まるで羽根を生やしているように見せる事から名が付いている。白い鳥の羽のようなマグが天使、黒いコウモリの羽根のようなマグが悪魔と、それぞれ分けられ呼ばれている。
「これを各ハネへ変化させる条件を満たしたマグに与えてみたんですけど、全く変化がないんですよ。条件がそろっていないだけなら、そもそもマグが素を受け付けないはずなので、おそらく与えた後で何らかの条件が必要なのか、あるいは与える前に何か条件が必要なのか・・・ともかく、その当たりを探りたい訳なんですよ」
腕を組みまた考え込みそうになるシモンズに、Mはどうすれば良いかを尋ねる事で相手の気を損ねることなく話を先に進ませた。
「もう一個同じ物があるんですが・・・これです。このどちらかをMさんが使っているマグ・・・えっとたしか、「ガルダ」でしたっけ。そのマグに与え、もう一つは使わずに持っていて貰えますか?
その状態でしばらく普通にハンターの仕事をしていて下さい。それで何か変化があったら報せて下さるだけでいいですから。もちろん、「変化無し」も想定内ですから、何も起きなくても依頼料は支払われます」
貴重な研究資料だが、マグに与える前と後のどちらに環境が作用するのかを調べる為にも、Mには二つ渡す必要があるらしい。彼女は丁寧に二つの「素」を受け取り依頼の受理とした。その上で、彼女は博士に尋ねる。
「あの、このような依頼でしたら、なにも私でなくても宜しかったのではないでしょうか?」
依頼に不満があるわけではない。ただ簡単な依頼は出来る限り駆け出しのハンターに任せるのが「熟練者」としての務めだとMは考えている。若手の育成も、先輩としての勤めであり、多額の報酬がなかなか入らない未熟なハンターに少額ではあっても未熟なりにこなせる依頼を譲るべきだと。
「いやぁ、実は最初ESさんに相談したんですよ。そうしたら「面倒」の一言で断られちゃいましてね」
Mの口から、若干乾いた笑い声が漏れる。
「その代わりにと、Mさんに相談したらどうかとESさんに言われましてね・・・実験自体は簡単なんですが、どんな要素が必要なのかがまるで解らない以上、腕の立つ人にお願いするのが無難だと思いまして・・・」
結果の確実性を求める依頼人は、どんなに簡単な依頼でも高額の値を付けて熟練者に頼むケースは珍しくない。今回は特にスポンサーというバックがある為か、依頼料に糸目を付ける必要のないシモンズは気軽にESへ、そしてMへ話を持ちかけた、ということらしい。
「それに、自分よりMさんの方が適任だろうとESさんが・・・あっと、これは口止めされていたんでした。あはは、今のは無しという事で・・・」
聞いてしまった物を無しにする事は、少々無理がある。がしかし、そこは大丈夫ですよとMは軽く励ました。おそらくM本人に聞かれたら無意味だと思われるが、そこは問いつめない。
「では、しばらくお預かり致します。何かありましたらすぐにご報告に参りますので」
Mは一礼して部屋を後にした。次に控えている、彼女が気に留めている「若手の育成」を兼ねたもう一つの依頼をこなす為に。
研究室からMが退室してしばらく後。ルプスと名付けられたセントラルドーム周辺の森から爆音と爆炎が起こっていた。
「RAFOIE!」
小さな小さな唇から言葉がほとばしり、突き出した掌、その先で爆炎が巻き起こる。
「RAFOIE!」
少女は振り向き、先ほどと同じ言葉を幼い幼い唇から吐き出し、またしても爆炎を掌の先で巻き起こした。
爆炎に巻き込まれているのは、原生動物・・・から変異してしまった、哀れなモンスター。巨大な穴熊や狼達が断末魔の声を絞り出しながら、ブスブスと毛皮を焦がし倒れていった。
「ハァハァ・・・」
小さな肩を上下させながら、幼い少女が息を整えている。
「このポイントは大丈夫なようです。よく頑張りましたね、マァサさん」
Mの手が、少女の肩の上に乗せられる。少女は少し上を見上げ、柔らかに笑う指導者に微笑み返した。
「ブーマとサベージウルフは炎を弱点としていますから、相手の数も考えればラフォイエによる攻撃は良い選択でした」
ハンターズとして一人強く生きていく事を選んだマァサは、以前から世話になっていたハンターズの先輩、「黒魔術師」とまで呼ばれるテクニックの使い手Mに、フォースとしての手ほどきを受け続けていた。
今回は実地訓練の意味も含め、ここ最近依頼の多い「エネミー駆除」の一つを請け負っていた。
しかし依頼を受けているのはマァサ一人。Mはマァサの仕事に一切手は出さず、これまでの成果と、足りなければ指導をする為に同行しているに過ぎない。
あくまで、依頼をこなすのはマァサ。ハンターズの一員として、どこまでやれるのか。これは試験のような依頼であった。
「ですがマァサさん。相手の弱点を攻める事ばかりに気を取られてはいけませんよ」
試験管の指導は手厳しい。
「例えば今の場合、周囲を敵に囲まれていました。更に直進で近づくブーマと周囲を警戒しながら周り背後を狙うサベージウルフという組み合わせでしたから、簡単に間合いを詰められ接近戦にもつれ込まれる危険がありました」
優しい口調ながら的確な指摘に、微笑んでいたマァサの顔も次第に強張っていく。
「この場合、まずは相手を近づけさせないか、退路の確保をする必要がありましたね。弱点を攻めつつ退路を切り開くなら、ラフォイエで一角を切り崩し、そこへ走り出す必要があります。しかし弱点を攻めているとはいえ一撃で退路を開けるかどうか、自分がそこを走り抜けられるかどうかがポイントになります」
ラフォイエは強力なテクニックだが、マァサの腕ではまだ一撃であっさりと活路を切り開ける程には至らない。事実今倒した相手に、マァサは何度もラフォイエをぶち当てて倒している。
もう一つ重要なのは、マァサの身体はまだ幼く、歩幅が短い点。懸命に走ったとしても、背後から狼に飛びかかられ襲われる危険は充分にあった。
「マァサさんの場合、動かずに対処した方が無難だったでしょう」
これはマァサも承知していた。だから彼女は動かずに、背を木々に守らせながら爆炎を周囲にまき散らしていたのだ。
「ですが、ラフォイエの場合自身の周囲を守るには少し不適切なテクニックです。爆炎による効果範囲の広さは強力で頼もしいテクニックですが、前方に放つテクニックの為に、テクニックを放った直後、左右後ろからの攻撃に対して無防備になり安い弱点があります」
ラフォイエは狙ったエネミーを中心に爆炎を起こすテクニック。始点が必ずエネミーになる為、離れた団体に対しての効果は抜群だが、意図的に場所を定めてテクニックを放てない欠点もある。つまり威嚇や牽制の為に、誰もいない空間で爆炎を起こすという事は出来ないのだ。
「ここは接近している敵との距離で、ラゾンデかラバータを選択した方が無難でしたでしょう。弱点ではなくとも相手への威嚇になりますから、次への体制を整えやすくなります。それでも接近する者がいれば、この時は近距離でラフォイエか、あるいはフォイエなどの単発型のテクニックで素速く対応して、また次の体制を整える方が無難でしょう」
むろんMの場合なら手にした鎌で一刀両断した方がもっと速いが、接近戦を苦手とするマァサは、テクニックだけで場を切り抜ける術を学ぶべきだろう。一人にせよチームでいるにせよ。
効果範囲の事はマァサも念頭に置いており、だからこそ相手の弱点も考慮したラフォイエの連発を選んでいた。しかしそれは「次」を意識していない戦術であり、他のテクニックを織り交ぜるという思考が欠落した戦い方だ。
これでは、とても褒められる戦い方ではない。Mの指摘が的確だっただけに、マァサは不甲斐なさに顔を下げてしまう。
「・・・ですがマァサさん。先ほどのあなたは、何も間違えてはいないのですよ」
膝を折り、Mはマァサの視線に自分の顔を合わせ語り続けた。
「間違えてはいませんが、より良い方法が他にあったというにすぎません。今あなたは一つ、戦術を学びました。それを次に活かす事で、「あなたの力」になさい」
ぽんぽんと軽くマァサの腕を叩き、Mは笑顔を見せた。
指導する立場に、自分が適任かどうか。Mは自信など無かった。ただ自分の知識を少しずつ少しずつ、マァサに覚えさせる事でどうにか指導という形にしているに過ぎない。これが正しいのかどうかと、彼女はマァサの指導に当たる度に不安を抱えていた。ただ救いなのは、マァサ自身が大変物覚えの良い優秀な生徒である為に、指導者としての面子が保たれているという事。
しかしマァサは、彼女程の指導者は他にいないだろうと実感していた。厳しいが、それ以上の優しさを秘めた彼女の指導は、的確で、密度の大変濃い内容になっている。さすがは「四英雄」の一角を担うだけの実力者だと、マァサは感謝していた。しかし惜しむらくは、自分は物覚えの悪い生徒だという事。そうマァサは感じていた。折角の指導をちゃんと次に行かせているのか、マァサは常に彼女から指導を得るたびに悩んでいた。
最良の相手と不甲斐ない自分。二人は共通した、しかし完全にずれた悩みを抱えていた。
「・・・そうですね、ではここで「お手本」をお見せしましょうか」
不意に、Mが立ち上がり宣言した。
今回の任務では、一切手を出さないはずでは? マァサは疑問を感じていたが、Mはマァサを背に愛用の鎌を手に凛と立ち構えている。
何が始まるのだろうか? 既に周囲のエネミーはマァサが一掃している。新たにエネミーが湧き出る気配はない。
エネミーの気配はない。だがMは目の前の茂みに向かい真っ直ぐに腕を伸ばし、テクニックの言葉を唇に宿し始めていた。
「MEGID!」
放たれるは、濃縮された黒い靄。死の呪いが込められたその靄は真っ直ぐ茂みの中へと向かっている。
闇雲に放たれたかに見えるテクニック。しかしそれは、確実に「誰か」を狙っていた。
誰なのか。その正体はすぐに判明した。
「くそっ!」
叱咤と、そしてガサガサと茂みをかき分ける複数の音。
「気付かれてたか・・・まぁいい、こっちは五人だ。一人増えていたところで、所詮フォースの女。たたみ掛ければこっちのもんだ」
潜伏に気付かれた動揺を隠す為だろうか。リーダーと思わしきハンターの格好をした男が、饒舌に「脅し」をかけてくる。
「さあ、大人しく・・・」
「GIZONDE!」
何故茂みに潜伏していたのか。何故自分達を狙うのか。Mは目の前の男のように多弁な舌など持ち合わせてはいなかった。
そもそも、茂みに五人もの男達が隠れこちらの様子を伺っていたのだ。危害を加える以外に、自分達にどのような用件があるというのだろうか?
ならば先手必勝。卑劣な者達に容赦などかけるいわれなど一片も無し。
Mの突き出した左腕より、稲妻がほとばしる。不意を突かれた男達は、まともに稲光の洗礼を受ける。
「RAFOIE!」
続けざまに、爆炎が五人を包む。この隙に、Mはマァサの腕を取り男達から距離を取る。
「Mさん・・・」
マァサが呟いた。
その言葉には、Mを心配する優しさと、そして自分の為に申し訳ないと謝罪する気持ち。そして・・・またなのかと自分を悲観する悲しみがあった。
「大丈夫ですよ」
Mは短く、それだけを伝えた。
それだけで充分だった。
今日だけではない。二人が・・・正確にはマァサが、何者かに狙われ襲われるのはこれが初めての事ではない。
マァサは名門グレイブ家の一人娘。両親はパイオニア1に乗り合わせ娘より先にラグオルへ降り立ったが為に、行方不明となった。マァサは残された名門の娘として、莫大な遺産を相続している。
その遺産を狙う不届き者は、まるでボウフラかウジ虫かの如くいくらでも湧いて出た。
遺産だけではない。彼女の両親がパイオニア1ラボの中でかなり重要な研究に携わっていた事もあり、残された遺産よりもむしろ重要な「情報」を握っているのではないかと付け狙うハイエナも後を絶たなかった。
安易で愚かな考えだ。Mは短絡的な男達を一瞥しながら怒りを覚えた。
そう、短絡的なのだ。幸か不幸か、マァサを付け狙う連中は、短絡的な小者が多い。
例えばマァサの両親が握っていた情報などは、かのパイオニア2ラボやブラックペーパーなら喉から手が出る程欲しいに違いない。しかしそういった巨大組織からマァサは狙われる事はなかった。
何故ならば、無駄である事が判っているから。
マァサの両親は娘を巻き込まないように、自分達がどんな研究をしていたのかをひたすらに隠し通していた。信頼していた執事ブラントにすら、何も語っていない。
娘をつまらない争い事に巻き込ませない為に。
そんな状況で、両親が娘に情報を残したとは考えにくいのだ。そんな事は少し考えれば判る事。そして彼女が相続した遺産も、個人では巨額だが組織からすれば微々たるもの。ブラックペーパーなどが狙う理由など何処にもない。
だから言えるのだ。マァサを狙う者達は小者なのだと。
だから悲しいのだ。つまらない小者に狙われ続けるマァサが。
だから怒れるのだ。短絡的な小者連中が。
マァサがハンターズギルドに身を置くのは、彼女の自立の為でもあるが、保護の為でもある。
常にギルドのメンバーと行動していれば、小者はそう手を出せないだろう。プライベートでも、常に執事であるテイフーが傍にいる為に・・・腰の低すぎる彼が抑止力となっているのかは疑問に感じるところもあるが・・・やはりおいそれとは手を出してこない。
狙うなら、彼女が一人になった時。
ギルドでの手続き上では、マァサは今一人で依頼をこなしている事になっている。その為に狙われたのだろう。
小者だからこそ、こそこそとずる賢くつきまとう。
マァサの境遇を思う悲しみと、それを包もうとする優しさ。その優しさをも突き破るかのように沸き立つ、姑息な小者への怒り。
表面上、Mは沈着冷静に、爆炎で焦がされ憤慨する愚か者どもを凝視しているだけに見える。
しかし彼女の心中は、様々な感情が入り乱れていた。
そんな心の葛藤を、まるで代弁するかのように、突然「変化」が起きた。
「Mさん!」
背に庇ったマァサが、驚愕の声を上げた。
Mの背が光り輝き始めた。
いや、Mの背ではない。背にあったマグ「ガルダ」が眩い閃光を放っているのだ。
これにはマァサだけでなく、当人であるMも、そして二人へまさに襲いかからんと踏み出そうとしていた盗賊達も驚き言葉を失っていた。
光は徐々に納まり、そして消えていった。
光の後に残されていたのは、かつては「ガルダ」であったマグ。
「これは・・・」
右に黒きコウモリの翼。左に白き鳥の翼。「悪魔のハネ」と「天使のハネ」が、片方ずつ、Mの背に漂っていた。
心の素が、変化を起こした。そうとしか考えられない。考えられないが、M当人も驚きは隠しきれない。
「ちっ・・・お、覚えてやがれ!」
小者らしい捨て台詞を残し、唐突にハンターの格好をした盗賊達は逃げ出していった。Mの先制攻撃によって大打撃を受けた上に、突然マグが「奇妙な」変化を始めた。これに小者達は小者であるが故に、急速に「恐怖」の感情が心を支配され逃げ出したのだろう。
もし彼らが、無謀に挑んだ相手が「死神」Mだと気付いていたのなら、もっと早く逃げ出していたのかもしれない。そもそも、潜伏もせず現れる事もなかっただろう。それだけの小者だったに違いない。
そんな者達の事など、もう二人は気に留めてすらなかった。それよりも、突然マグが変化した事への驚きが上回っていた。
Mはふと思い出し、懐をまさぐった。
あるはずの「心の素」が、そこにはなかった。
これはつまり、どういう事なのだろうか?
「とりあえず・・・依頼の方を片づけてしまいましょうか」
つまらない小蠅どもは追い払った。残るはマァサの実地訓練を込めたギルドの依頼のみ。
「はっ、はい」
マァサもまだマグの事に心を奪われつつ、しかし足は先へと急いでいた。
それにしても・・・とマァサは思う。なんと美しいのだろうか、と。
彼女にとって、Mは目標である。強さと優しさと、そして気高さにおいても、彼女はまさに理想の人である。そのMに、天使と悪魔の翼が生えた。その姿には同性ながら頬を赤らめる程に見惚れてしまう。
心優しい「死神」。優しさは天使に、厳しさは悪魔に。これほど、彼女に似合うマグはないのではなかろうか?
マァサは確信した。自分の目標は「女神」なのだと。
後にシモンズは、このマグを「レア中のレア」と評した。
結局Mのマグがどういった原因で変化したのかは解らないままであった。心の素も、マグに与えた方が影響したのか、手元に残した方が影響したのか、それとも両方なのか、それも解らない。
ただ解る事が一つあると、シモンズは語る。
このマグはMの為のマグであり、彼女だからこそこのような変化を起こしたのだろう、と。
心の素はその名の通り、心に影響を受けたのかも知れない。だとしたら、Mほどに豊かな心が無ければここまで影響される事もなかったのだろうとシモンズは分析している。
研究者としては、貴重な研究材料を二つ失いながら、結果「分析不能」では、「失敗」と言わざるを得ない。だが彼は大変満足していた。
結果として貴重なマグを生み出せた。それも一人の女性をより輝かせるマグを。それを提供できたことは、科学者としても男としても、誇らしい事だとシモンズは実感していた。
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