novel

No.ex16 パイオニア クリスマス

 ハンターズは、何時いかなる時でも依頼を受け、そして依頼者の期待に応えるものだ。
 建前上は。
 一応、ハンターズギルドは年中無休24時間態勢で依頼を受け付けている。受け付けてはいるが、受け付けるだけで、依頼がハンターズに受理され執行されるかどうかは、依頼を受けるハンターズがいるかどうかによって変わる。
 その為、どうしても依頼をなかなか受けて貰えない時期、つまりが依頼を受けるハンターズが少なくなる時期存在する。それは当然、誰もが休みを取りたがる時期・・・例えば、クリスマスイブ当日だ。
「おいおい・・・たったそれだけの依頼を俺に受けろって?」
 ここに、やはりクリスマスイブ当日となる今日は休暇にしようと決めていた一人のハンターがいた。
 彼の名はZER0。今、彼はギルドを通さない「直談判」によって仕事を頼まれてしまっている。
「内容はともかく、この時期じゃ誰も引き受ける人がいないのよ。しかも緊急の内容だし、そもそもギルドを通す程の依頼じゃないでしょ?」
 依頼者・・・に同行している女性が、ZER0に力説している。依頼者はというと、力説する同行者の横で恐縮してしまっている。
 これでは、まるで同行者が依頼者のようだ。ZER0はそう思ったが、口にすることはなかった。口にしたところで、そのようなこと意に返すこともないだろう。
 ZER0はよく知っているから。この同行者、ノル・リネイルの事を。
「でもよぉ・・・たかだか包装紙を届けるだけだろ?」
 ノルから言い渡された依頼内容とは、「ナウラのケーキを包む包装紙の束を、現在ケーキを制作中の姉に届けて欲しい」というもの。そう、正式な依頼者はナウラ三姉妹の末妹からである。
 では何故ノルが?という疑問は当然ZER0にもあったが、それを尋ねる猶予を本人がくれそうにない。ただノルは自称ジャーナリストだった頃に取材対象としてナウラ三姉妹と出会って以来、親交を深めていたので、二人の繋がりに関しては特に不思議とは思っていなかったが。
「だから尚更よ。この包装紙を今すぐ届けないと、今日配るケーキを包めないのよ。しかも緊急性高いのに依頼を受けるハンターズはいない。となれば、もうあなたしかいないの。判るでしょ?」
 言っていることは判るが、だからといって納得出来るとは限らない。
 そもそも、そんなに大切な包装紙なら、何故自分で届けないのか?
 一応、その答えは「緊急の用事を思い出したから」とされている。されてはいるが・・・。
「俺に話が来たのは判った。で、その緊急の用事って・・・」
「あっ、もうこんな時間よ!早く行かないと大変!」
「えっ?・・・あっ、うん、そうね。では、よろしくお願いしますZER0さん。ノルちゃん、また後でね」

 よろしくお願いされたZER0は、包装紙を一方的に押しつけられ、去っていくナウラの末妹を見送ることしかできなかった。
 あからさまに、何かを隠している。そしてあからさまに、何かを企んでいる。それは二人のあまりに芝居がかった言動で一目瞭然。
「・・・口利き料はケーキか?」
「よく判ってるじゃない」

 もう、苦笑いを浮かべるしかZER0にはする事がなかった。
 つまりこういう事だ。
 ナウラの末妹には、実際に急用があった。その内容までは判らないが、彼女にとって「包装紙を届ける」事より大切なことなのだろう。だがこの包装紙も放っては置けない用事。そこで彼女はノルに相談し、ノルは口利き料としてケーキを約束し、「絶対に依頼を引き受けてくれるハンター」の紹介と交渉を引き受けた、という事だ。
「そういうことだから、その包装紙を届けたらそのままケーキを受け取ってきてね」
 一石二鳥とはまさにこの事だろう。ノルからすれば、友人の頼みを聞き入れてあげられる上に、クリスマスケーキまで手にはいるのだから。
 いや、実際にはノルにとってもう一つの「うま味」があるのだが・・・。
「じゃ、頑張って「届けて」ね」
 よほどナウラのケーキが嬉しいのか、ノルは上機嫌なまま場を後にした。
「まったく・・・そりゃ「本番」は夜だろうけどさ・・・なにもギリギリまで働かなくてもなぁ」
 働くことが嫌いなわけではないが、しかし気構えとして「本番」までゆっくりしたいというのが本音。だからこそ、皆休日を取りたがるのだから。
「・・・愚痴ってももう遅いか。さて、ちゃっちゃと片づけてくるかね」
 色とりどりの包装紙を仕舞い込み、ZER0はその場を後にナウラの残った姉妹が待つラグオルのネビュラ高地へ向かおうと部屋を出た。
 と、まるでZER0を待ち伏せていたかのように、一組の「団体」に出くわした。
「あら、ZER0。「ちょうど」良いところで会ったわ」
 口ぶりは偶然を装っているが、部屋から人が出るのを身構えていたかのように陣取っているところから、偶然ではないだろう。それをZER0はすぐに理解し、また声をかけた側も知られているのは解っている様子。
「・・・で、何をさせる気だ?」
 こういう時の彼女は、絶対に何かを自分に押しつける時。それもZER0はよくよく理解していた。
 相手の女性、ESとは長い付き合いなのだから。
「でも悪いが、もう別件を依頼されててね。これからナウラ姉妹んとこに行かなきゃならねぇんだが」
 押しつけられる前に、事情を説明しておくZER0。お互いに不快感を残さない為には、説明を受けてから断るよりも先に説明してしまった方が無難だろう。
「あら、それなら「ちょうど」良かったわ」
 二度目の偶然は本当に偶然なのか意図されたものなのか、判断が難しい。ただ少なくとも、依頼の内容はキチンとした物だった。
「こちらにいるメアリーと、彼女のカワイイ生徒達を、ナウラの下まで連れていってあげて欲しいのよ」
 ESに紹介された女性は深々と頭を下げた。
「初めまして、ZER0さん。私はメアリー、この子達の教師をやっています。さぁあなた達も挨拶なさい」
「こんちは、ボクはクリストファー。よろしく!」
「クリスティーナです。よろしくね!」

 女教師に促され、生徒らしき子供達もぺこりと頭を下げつつ挨拶をする。見たところ、十歳前後の男の子と女の子のニューマン。ポンポンの付いた帽子と派手な服装から察するところ、二人ともフォース見習いといったところだろうか。
「実はZER0さんに折り入ってお願いがあります」
 挨拶を終えたところで、女教師が「依頼」の内容を切り出した。
「目的地がナウラのお店のようですが、私達も連れて行って欲しいのです。けして、ZER0さんの邪魔は致しません。ですから、お願い致します」
 ESが「ちょうど良かった」と言っていたのは、目的地が同じ事に対しての発言だったようだ。
「まあ、それは構わぇねが・・・ラボからの許可は?」
 基本的に、ラグオルへの降下許可はハンターズを含めた一部の者達にしか下ろされていない。しかも目的地となるナウラの店があるのはガル・ダ・バル島のネビュラ高地。この島はハンターズの中でもラボが設定した試験をパスした者でなければ降りられない。つまり、一教師と一生徒ではそもそも行くことがかなり難しい地域なのだ。
 むろん、だからといって行けないわけでもない。それはそれで、有りとあらゆる手段があるわけで・・・ZER0が尋ねているのは、そういった「特殊な準備」が必要なのかどうか、という事だ。ノルから、もとい、ナウラの末妹から受けた依頼は緊急性を伴っている為、例え目的地が一緒でも準備に時間が掛かるようなら「ついでに」は連れて行けない。
「それは心配ないわ。メアリーはラボの職員でもあるし、この子達はメアリーの生徒だから「保護者同伴」という事で許可されるはずよ」
 疑問はESの口から回答が成された。さすがに同じハンターだけに、何が必要なのかはよく判っている。ただ押しつけるのではなく、キチンと依頼内容の確認準備をすませてから商談に入るのは同業者ならではか。
 いや、彼女の場合準備をすませることで「押しつけ」をスムーズに行おうという魂胆があるから・・・だと思われるが。
「OK。それはいいとして・・・何でお前が連れて行かねぇんだ?」
 これはまた当然の疑問。
「あらなに? こんな時期に働けって言うのかしら?」
 これもまた当然・・・なわけ無いが、さも当然とばかりに言ってのけるES。俺には働けって言うのかよ、と突っ込みたいところだが、無駄なことをしている時間は、残念ながらZER0に無かった。
「はいはい・・・まあついでだから構わねぇけどよ・・・」
 ついででなくとも、押しつけてくるだろうが。こういう細かい依頼を嫌うESなら、何時いかなる時期だって押しつけてくるだろう。長い付き合いは「慣れ」を源流にした、「うやむや」という流れを生み出してしまう。
 そしてうやむやは、何故わざわざ自ら嫌う依頼を押しつけるとはいえ一旦自分を経由させるのだろうか? という根本的な疑問をも押し流してしまう。ラボの職員関係なら、差詰めアリシアやモーム博士がESに頼み込んだのだろう。ZER0は勝手にそう判断した。
「じゃ、よろしくね。ちゃんと「届けて」よ」
 押しつけるだけ押しつけると、ESはさっさと場を後にしてしまった。
「あの・・・なにかすみません、ご面倒なことをお願いして」
 押しつけられたそのものとなる張本人にしてみれば、もう恐縮するしかない。子供達もよくは解っていないが自分達が「面倒」のタネになっていることを察している。どうして良いのか戸惑っている様子が見て取れる。
「あー、いや、あなたが気にする事じゃないですよ。失礼しました、あなたのような優しい方につまらないところを見せてしまって」
 ハンターとして、まず依頼者を不安がらせてはいけない。それもエネミーに対する怯えならまだしも、依頼の受理自体を恐縮させてはいけない。まして世間をまだよく知らない子供達を不安がらせるなど以ての外。ZER0は出来るだけ丁寧に優しく、女教師に謝罪した。
「ねぇねぇ、あの人が「あの」軟派師でしょ?」
「だろ? やっぱりさ、ああやって優しくして口説こうって事なのかな?」
「じゃないの? こーいうのに先生弱そうだからね」

 前言撤回。子供は子供ながら、斜めに世の中を知っている。小声でヒソヒソと話すだけ、面と向かって言うことではないというのは解っているようだが、せめてもう少し本人に聞こえない音量で話をしてくれと。このあたりまだ世間を知らない「子供」の部分なのだろうか。それだけにやっかいで言葉が鋭い。

「・・・ん? ああメアリーさん。ちょっと待っててもらえますか?」
 早速、ガル・ダ・バル島へ向かおうとラボに入ったZER0は、ふとある人物が目に留まった。急いではいるが気になったのか、ZER0はメアリー達をその場に残して一人その人物の下へと向かった。
「ん? ラボに何か用か、ハンターZER0。あいにくノルもエリもクリスマス休暇を取ってここにはいないが?」
 ZER0の来訪に気付いたその人物は、顔を上げ軽くメガネの位置を直し、ZER0の用件と思われた事を先に説明した。
「いや、二人に用がある訳じゃないんだが・・・ほとんどの職員が休暇を取ってる中、一人大変だなと思ってさ、チーフ」
 人気のほとんど無いラボの中、一人席に座り作業をしているチーフ、ナターシャ。特に用があるわけでもないのに、ZER0はわざわざ声をかけに来た。
「ほとんどの者が休暇を取るからこそ、私まで休むわけにはいかないだろう。そもそも、私は休む理由など全く無いからな」
 それはそれで寂しいことだ、とZER0は思うのだが、当の本人はさして寂しいなどと感じていないのだろう。坦々と自分の置かれた状況を説明するナターシャ。
「そういう君はどうした? てっきりノルと一緒だと思っていたが?」
「そのノルに仕事を押しつけられたんでね」

 軽く溜息をつきながら、状況を説明するZER0。大変だなとか可愛そうだなとか、そういったコメントもなく、相変わらず表情も変えぬままナターシャはそうかと軽く答えるだけに止まった。
「そいじゃま、行ってくるわ」
 元々用事があったわけでもないZER0は、軽く手を振りメアリーの下へと戻っていった。
「・・・大変だな、あの男も」
 本人がいないからこ言える労いの言葉を、ナターシャは本当に僅かばかり口元を歪めてぽつりと言いはなった。その口元の歪みを言葉で表現するならば、「苦笑」といったところか。その苦笑が意味するところは・・・今という時期と彼の置かれている立場を物語っているが・・・はたして、本人は気付いているのだろうか?

 ラボがわざわざ試験まで行い、降下する者を選別する程危険な島、ガル・ダ・バル島。にも関わらず、今日は何故かほとんどのエネミーを見かけることがない。見かけて、大型のヒヨコのような姿をしたラッピーが数匹。しかもこちらに危害を加える気配は全く無い。聖なる夜は、彼らの細胞に浸透してしまったD型因子も静まってしまうのだろうか?
 ここが危険な島だとは知らない子供達は、初めて見るラグオルという自然に、感嘆の声を上げはしゃいでいる。映像でしか見たことのないラッピーを生で見ながら、「ローストラッピーって美味しいかな?」などとクリスマスらしい無邪気な発言まで飛び出す程、子供達は浮かれている。
 もっとも、ハンターにしてみれば静かすぎるのはかえって不気味な上、「ローストラッピー」という発言から、じっくりじわじわと火であぶられるラッピーの姿まで想像し・・・何とも言い難い奇妙な気分を味わってしまうのだが。
「あ、他にも来ている人達がいる」
 不意に、クリストファーが高地の崖から海を眺めている一組のハンターズを指さした。
 男と女のカップル。崖に腰掛け、男は女の肩に手を回し、女は男の方に頭を預けている。どうやら恋人同士らしい。それは指さしたクリストファーにも、教えられた他の三名にもすぐに理解出来た。
 子供達はカップルを見ると何故か妙に騒ぎ出す習性がある・・・と、少なくともZER0はそう思っている。さすがに邪魔をしようとは思ってもいないだけ激しくはしゃぐことはしなかったが、子供達は二人して「何してるのかな」「何話してるのかな」と興味津々に話し合っている。その様子を大人二人は、微笑ましいやらませているやらと複雑な心境で眺めていた。
「ねえねえ、あの二人何を話してるのかな」
 不意に、無邪気な質問が軟派師に向けられた。
「ハンターさんなら、どんなことを話すの?」
 こいつら解っていながら質問してやがるな、ませガキめ。そうは思ったZER0だが、「軟派師」としての本能が言動に直結してしまう。
 ZER0はすぐ側にいたメアリーの肩をぐっと引き寄せる。不意の行動にメアリーも一瞬驚いたが、不思議と悪い気はしないのか、抗議の声を上げることも無くされるがままになっている。
「見てごらん。あの、自由に飛び回るカモメ達を」
 甘く囁くように、ZER0が語り出した。
「あれは僕たちの未来をあらわしているのさ」
 勝手に「僕たち」とひとくくりにされたメアリーだがむろんここでも抗議の声を上げることはない。むしろ「どういうこと?」とZER0の「芝居」に付き合うように聞き返した。
「自由に力強く羽ばたいていくんだ!どんな困難だって、飛び越えていけるよ!」
 言葉も力強く、そして肩を引き寄せた手にも力を込め、ZER0はメアリーの瞳を真っ直ぐに見つめながら答えた。
「まぁ・・・」
 そんなZER0を、メアリーもうっとりと眺めている。そして子供達はそんな二人を、おおっと驚きながら見ていた。
「見てごらん。あの、雄大な雲の流れを。あれは、僕たちの進むべき道を示しているのさ」
 続けられる「芝居」という面目を保った「口説き」に、またしてもメアリーはどうしてと聞き返す。
「どんな嵐も、二人の絆を深めるだけってことさ」
「えぇ・・・」

 まるで本当の恋人同士のように続けられる芝居。子供達も黙って見守っている。
「見てごらん。あの、赤く輝く広い海を。あれは、二人の将来を暗示しているのさ!」
 本当に芝居なのかという不粋な横やりも入らず、メアリーはそれがもう自然な習わしかのようにどうしてと聞き返す。
「熱〜い未来が待っているってことさ!!」
「はぁ・・・」

 瞳を潤ませ、頬を赤らめ、漏らした吐息。これはもう芝居というレベルではないのは明らか。
「これからもずっと一緒だよ」
「えぇ、ずっと、ついて行くわ・・・」

 手と手を取り合い、見つめ合う二人。
 置いて行かれる子供達。
 しばしの沈黙。
 引き寄せられる唇。
 閉じられるまぶた。
 おお!という驚きの声・・・で、二人は我に返った。
「っ!・・・とまぁ、こんな感じじゃないか?」
 乾いた笑いで二人はごまかしながら、子供達に「芝居」は終わったことを宣言する。
「うわぁああ・・・スゴイこと言ってたね。恥ずかしげもなく」
 ぐさりと、男の子の言葉が矢尻となりZER0の胸を突き刺す。
「そうね」
 同意の言葉が第二波となる。
「女の子って、ああいうこと言われると嬉しいの?」
 これはZER0でもなく女教師でもなく、同年代のクリスティーナに向けられた質問。
「えー?わかんなーい。だって、言われたことないものー」
 あったらあったで、問題あると思うが・・・そんな事を言って又矛先が向けられるのも困るのか、ZER0は黙っていた。
「試しに言ってみてぇ?」
「えっ?」

 思わぬ返しに、クリストファーは戸惑いたじろいだ。
「まっ、また今度ねっ」
「えー!」

 ちっ、逃げたか。二人のやりとりを眺めていたZER0は、胸中で舌打ちをした。意外と、舌打ちをしたのはZER0だけではないかもしれない。
「と、ところで、こういうのって、やりすぎはよくないのかな?」
 逃れる為には矛先を別に向ける必要がある。クリストファーはZER0に話題の切り替えを求めた。
「実際、クリスティーナに言ってみたらどうだ? それでハッキリするだろ?」
 ニヤニヤと笑いながら、ZER0は矛先を押し戻す。
「えっ・・・」
 さて、どうするかなぁとZER0は戸惑っているクリストファーを眺めていた。
 ちらりと、クリストファーは目で恩師に助けを求める。
「さあさあ、こんな所で止まっていないで先を急ぎましょう」
 ようやっと頬の赤みを落ち着かせた女教師が、生徒の窮地を救い出す。ただ、まだ高鳴る振動を早く押さえたいという本心もそこにはあるのだが。
 これ以上遊んでいる暇もないなと、ZER0達は先を急いだ。一番後ろをついて行く女の子がちぇっと軽く舌打ちをしたのは、他の三人には聞こえなかったようだ。

「いらっしゃいませー!・・・あら、ZER0さん」
 危険地帯に店を開く非常識にはもう慣れたZER0。もはや顔なじみなのか、顔も名前もナウラ姉妹に覚えられていた。
「これ、あんたんとこの妹さんに頼まれて持ってきたんだが」
 包装紙を取り出し依頼主の姉に見せる。
「あ、包装紙セットをわざわざ届けてくれたの?ありがとーう!」
 多少大げさに喜んだ次女は、それを奥にいる長女に渡して欲しいと告げる。ZER0は素直に従い、奥へと進む。
 そしてメアリーは自分達の目的を果たす為に、なにやら次女と話をしている様子。どうやら、自分達が予約していたケーキを受け取りに来たらしい。次女が既に梱包をすませた大きなホールケーキを三つ渡している。
「ほい、妹さんから頼まれた包装紙」
 ZER0は依頼品を届け先に無事手渡した。
「あの子もしょうがないわねぇ」
 姉の愚痴からして、どうやら末妹の「急用」は店に関わることではないらしいが・・・まあこれ以上は不粋だろうと、詮索することはさけた。
「それと、これを届ける代わりにケーキを貰ってくるように言われてるんだが・・・」
「ええ、聞いてるわ。面倒で申し訳ないけど、妹から貰ってくれるかしら?」

 どうやら、梱包と手渡しとを二人で分担しているようだ。確かにZER0にとっては面倒だが、これは仕方のないこと。軽く長女に挨拶をすませて、ZER0は次女の元に戻ってきた。
「はい、これがノルさんの分で・・・これがESさんの分ね」
「は?」

 頼まれたのはノルの分だけのはず。怪訝な顔のZER0を見て、メアリーが説明を始めた。
「私がESさんに頼まれていたんです。お店に到着したら、既に注文してあるケーキをZER0さんに渡して、「ESさんの所まで」持ってくるように伝えてくれと・・・」
 しばし考えるZER0。
 手にはケーキが二つ。あからさまに大きさは二人分より少し多めのカップル向け。
 二人はそれぞれ、ZER0に持ってこいと注文を出している。
 つまり・・・。
 そういうことか。二人の意図を理解したZER0は、ガックリと両膝を付きうなだれた。
「どうしたの?」
「シッ! これが修羅場って奴なのよ」

 子供に指摘されてもなぁ・・・ZER0はまだ混乱の直中にいる。
 今更ながら、ZER0は自分が今日という当日まで、態度を保留していることを改めて思い出した。
 クリスマスイブという聖夜を、誰と過ごすか。
 煮え切らないZER0の態度に、二人は各々・・・いや、もしかしたら二人して結託していたのかも知れない・・・ハッキリさせる為に、ある作戦を思いついた。
 それがこの、「ケーキの配達」である。
 二人とも、ケーキを「自分の所まで届けて欲しい」と言っている。
 むろん、どちらかに届けて、じゃあさようなら・・・とは行かないだろう。そして、二人が同じ場所にいるなんて都合の良い状況はけしてあり得ない。
 ・・・あり得ないか?
「なあ、ちょっと・・・ものは相談なのだが・・・」
 ZER0は、メアリーとナウラの次女に相談を持ちかけた。
 二人は女性として、ZER0の煮えきれない態度に少なからず反感を持ったが、しかしプライベートに口を出せるわけもなく、まして嫌悪する程反感を持った訳でもないことから、相談に応じることになった。
 むしろ、これが軟派師の答えなのだと、呆れ半分,興味半分で応じたとも言えるだろう。

「それで・・・ヴァーチャルルームの使用許可が欲しいと?」
 最後の仕上げにと、ZER0はラボに向かっていた。
 相手はチーフ。今、ZER0は無茶な願いをしていた。
「どうせ空いてるだろ? 特別な設定も必要ないから無駄に職員の手を煩わせることもないし・・・それにほれ、これはれっきとした「奉仕活動」なわけだからさ」
 何が奉仕活動か。ナターシャは呆れながらZER0を見つめた。腕は確かなのだが、なんともまぁ情けない男だなと。
「・・・到底認められる事ではないな。しかし私も鬼ではない。「貸し」を作ることの有益性は心得ているつもりだよ」
 それを「鬼」と言うのではないか? あからさまに「貸しは返せよ」と宣言されているが、ZER0は条件を飲むしか他にない。さて、何時この利息の返還をどの程度求められるのか・・・。
「いいだろう、ヴァーチャルルームの使用を許可しよう。直接私が管理するから、心配せず「パーティ」を楽しみたまえ」
 許可が出たことにホッと胸を撫で下ろすZER0。それを見ながら、氷のナターシャが珍しく苦笑を漏らした。
「それにしても・・・これが君の答えか、軟派師。あまり褒められる答えとは思えないがな」
 ナターシャの言葉に、ZER0は乾いた笑いでしか応えられなかった。
「一言言っておこう、軟派師ZER0。君の答えは、「回答」ではなく「逃避」と言うのだぞ?」
 仰せの通りですと、ZER0はまた苦笑いで答えた。
 ZER0の名案・・・と言えるかどうかは難しいが、彼の答えはこうだ。
 ノルとES、二人が一緒にいる「場」を作ってしまえばいい。
 メアリーが大きなホールケーキを三つも受け取ったのは、おそらく待っている生徒達も交え、クリスマスパーティを開くのではないかとZER0は睨んだ。そしてその読みは確認したところ見事に的中していた。
 そこでZER0は、そのパーティの内容を少し変更しないかと持ちかけた。
 ラボのヴァーチャルルームを使い、もっと盛大なパーティにしようと。ついては、そこに現役のハンターを多数招いて、子供達と交流させようではないか、と。
 名目としては、子供達にヴァーチャルとはいえ美しいラグオルの風景を見せながら、現役ハンターと直接ふれあうことで色々なことを学び取らせよう、というもの。今回クリストファーとクリスティーナを同行させたのも、似たような理由があったからこそ。ならばもっと多くの子供達にも学ぶ機会を増やすことはけして悪いことではない・・・と、ここまでZER0は言ってのけた。
 自分の修羅場状況を打開する為だけに。
 しかし、これは実際に有益なことだ。奉仕活動にキチンとなっている。となれば、メアリーとしては断る理由はない。
 問題は、そうなるとケーキが足りなくなるという点。これはその場でZER0がナウラに頼み込んで解決した。もちろん予約一杯の状況で新たにケーキを焼くのは難しいところだが、ナウラ側にしても末妹のつまらないお使いに付き合って貰った義理がある。幸い材料は余っていたので、こちらも承諾するのに問題はなかった。
 そして今、会場の許可も得た。既に「許可は取れる」と踏んでいたZER0は、ノルとES、そして多くの仲間達に連絡済み。
 こうして、ZER0は修羅場を回避した。
 むろん、これは決着したわけでもなく、まだ問題は引きずったままだが・・・優柔不断な軟派師は、まだまだ、答えを明確に示せる日は遠そうだ。
(もっとも・・・ハッキリと態度を示されても、辛いこともあるが・・・)
 ZER0達を見ていて思うこと。修羅場でありながら、一人の男を取り合う二人の女性は、互いに憎むどころか、好感すら持ち合っている。その状況が不思議で、そして・・・羨ましかった。
 ZER0にとって、男として、今の状況は美味しすぎる。あまりに特殊な環境だ。だからこそなぁなぁと「今」のまま楽しんでいられるのだが・・・もしあの頃、「自分達」も同じような環境下にあったら・・・。
 止めよう。ナターシャは思考を中断した。今更、考えたところで始まらない。始まらないどころか、もう終わったことだ。二人はもう・・・。
「ああそうだ。これ、礼ってわけじゃないんだが・・・」
 思考の渦から戻ってきたばかりのナターシャに、ZER0が小さな、しかし綺麗にラッピングされた箱を渡した。
「・・・なんだ、これは?」
「ん、ケーキだけど? ああ、それは不要になったケーキじゃないぞ。ちゃんとチーフ用に新しく買ってきたものだから」

 パーティという「逃避」を選択したことで、二人に渡すはずだったケーキは不要になった。ZER0はナターシャがその不要になったケーキを押しつけてきたと思っている。と、ZER0は思い、弁解した。
「いや、そうではない。何故私にケーキをよこすのだと訊いている」
 ZER0は意外に律儀な男だ。不要になったケーキを押しつけるような真似はしないだろう。仮にするとしても、自分ではなくカワイイ彼の後輩にするくらいだろう。
 では何故、自分にケーキなどよこすのか。それがナターシャには理解出来なかった。
「何故って・・・いや、チーフもさ、クリスマスを楽しんでも良いんじゃないの?と思ってね。なにもクリスマスは、カップルのものでも子供達のものでもないんだしよ」
 なるほど。ナターシャはケーキに込められたZER0の「思い」を理解した。
「甘いものは滅多に食べないのだがな」
 むろん、文句を言っているわけではない。単純に、素直な礼が述べられないだけの、照れ隠し。そもそも氷のナターシャは隠さなくても滅多に「照れ」が表に出ることなど無いのだが。
「おっと失礼。チーフの好みはあまり知らないんでね・・・覚えておくよ。これで又一つ、謎に包まれたチーフの秘密を知ったわけだ。嬉しいね」
「そういう台詞、言うべき相手を慎重に選んだ方が良いぞ、軟派師」

 どこか気障っぽい軟派師の言葉に、ナターシャは軽く「アドバイス」を呈した。
「はは、さすがに氷のナターシャはガードが堅いね。じゃ、俺はパーティの準備があるから」
 再び礼を述べてから、ZER0はナターシャに背を向け歩き出した。
「ああ、ZER0・・・」
 不意に、ナターシャが呼び止めた。そして振り返ったZER0に向け、言葉を投げた。
「・・・メリークリスマス」
「メリークリスマス」

 ZER0は満面の笑みと共に、二人でクリスマスを楽しんだ。

 さて、話としてはここで終えるのが美しいと思われる。
 だが、時は流れるもの。その流れの中で人は生きている以上、その後の話というものも存在するわけだが・・・。
 パーティの席上で起きたある「事件」を、その発端となった子供達の言葉から書き記しておこう。
「ねえねえ、ZER0さん」
「あん?どうした」
「アレやってよ。ラグオルに行った時に先生とやった、アレ」
「え?アレって・・・」
「ねぇ見せて見せて!クリスが凄かったっていうの、見せてー!」
「いや、あの、アレはなんだ・・・場の勢いとか、なぁ・・・あ、ほら、相手がいないと。メアリー先生に迷惑かけちゃうだろ?」
「えー、ねぇメアリー先生!ダメなの?」
「え?あの・・・そうね、ちょっと恥ずかしいし・・・」
「あー、でも先生なんか嬉しそー、ねぇやって見せてよぉ」
「へぇ、下で何があったのかしらねぇ。とっても気にならない?ノル」
「そうねぇ、とっても気になるわね、ESさん。是非見てみたいわぁ」
「いや、あの、なんだ・・・」
「見せて見せてー!」
「あう・・・」

 気を付けた方が良い。修羅場とは、回避しても回避しても、どこでまた吹き出すかなど予測出来るものではないのだから。
 所詮、浅はかなその場しのぎなど、そう長いこと持たないなと、年の瀬に軟派師は学ぶのだった。

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