novel

No.ex11 夢からの使者

 ハンターズギルドに寄せられる依頼は、千差万別。様々な形の様々な内容で依頼される。
 しかし「千差万別」とほぼ同義語である「老若男女」と言葉をすげ替えると、少し事情が変わってくる。
 ハンターズは様々な依頼をこなす、総督府直轄でありながら民間に開かれた機関だが、無償で活動する役所仕事ではない。それ相応の・・・一般的な金銭感覚から言えば「高額な」依頼料を支払う必要がある。その依頼料を考えれば、「老」はまだしもなかなか「若」に開かれた機関とは言い難い。
「わぁい。来てくれたんだね。フォースさん!」
 だが、今回の依頼人は珍しい事に子供からのものであった。
 子供・・・少年は依頼を受理してくれたフォースを歓迎しはしゃいでいる。
 単純に依頼を受けてくれた事が嬉しかったというのもあるだろう。しかし少年の喜びにはそれだけではない理由も隠されていた。
 その理由とは、少年の依頼を受けるハンターがなかなかいなかった事にある。
 依頼人が子供だから、という事もあったが、依頼料は至極まっとうな物である事を考えれば受けるハンターもいただろう。ただ、依頼料以上に問題な事があった。
「ボクね、夢を見たんだ」
 それは少年の依頼内容にある。
「むらさき色のお兄ちゃんといっしょに空を飛ぶ夢! あと・・・追いかけっこしたりかくれんぼしたり! とっても楽しかったんだよ!」
 瞳を輝かせ語る少年の言葉に嘘はない。そう、これは「夢の話」なのだから。
「それでね、むらさきのお兄ちゃんが約束してくれたんだ。プレゼントをくれるって約束したんだ!『海岸で待ってるからオレを見つけてみな!』って」
 夢は夢で良い。誰でも見る物だから。しかし所詮は夢。それを現実世界に持ち込む物ではない。
 それが大人の思考。
「でも、ボク・・・子どもだから『ラグオルに降りちゃだめ!』ってお母さんが言うんだ。だから・・・だから・・・おねがい、ボクを子どもあつかいしてみんな信じてくれないの。ボクの代わりにお兄ちゃんからプレゼントをもらってきてよ!」
 だが、子供の思考に「理屈」は無い。少年にとって夢は真実であり、夢で会ったその「むらさきのお兄ちゃん」との約束は絶対なのだ。
 少年はむろん真剣だ。だが、大人から見て少年はどう映るだろうか?
 ガキの戯言に付き合ってはいられない。そういった理由で少年の依頼を受けなかったハンターも多い。
 だが、そればかりではない。
「わざわざすいません。フォースさん」
 少年の熱弁が終わったところで、彼の父親が歩み寄ってきた。彼を「ちょっとフォースさんとお話があるから」と少し退かした上で。
「実を言うと私自信も半信半疑・・・いえ、どちらかと言えば子供の戯言程度にしか考えていないんですよ」
 少年には聞こえないよう小声で、父親は本心を、いや大人ならば誰もが思う事を代弁した。
「でもねぇ。この子がどうしてもって言うことを聞かなくてねぇ。探しもしないで『あきらめなさい!』とも言えないじゃないですか。・・・いやぁ。親のたてまえとしては辛いところですよ。ハッハッハ! 私もこれで結構親バカなんでね」
 当たり前の話だが、少年の依頼をスポンサーとして支えていたのは父親であった。だからこそ依頼料「だけ」はごく普通の料金が提示されていた。
 こうして子供の為に親が代わりに依頼料を払うケースも時折ある。そのほとんどが子供の我が儘をかなえる為にというケースであり、今回もその例に漏れる事はない。つまりこういったケースはハンターにとって珍しくはあっても考えられない事ではなく、断る理由にはなり難い。
「もし、海岸に何もなければそれでいいです・・・。この子もきっと分かってくれるでしょう・・・。ともかく・・・この子のために探してきてください。よろしくお願いします」
 断る理由、いや遠慮したい理由と言うべきか、要因はこの父親の言葉の中にある。
 何もなければそれで良い。いや、間違いなく何もないはずだ。それが判っていながらわざわざ時間をつぶすのもばからしいと考えるハンターもいた。
 いやいや、それが問題ではない。むしろただラグオルにおり戻ってくればよいのなら楽だと考えるハンターも多いはず。
 しかしこの依頼、とてもではないが「楽」とは言い難い。
 何もなかった事を、少年は本当に納得するだろうか? もし納得しなかったら、この依頼はどうなるのか?
 父親が再度降下する事を申し出るかもしれないし、少年が連れて行けとだだをこねるかもしれない。仮に諦めたとしても、間違いなく少年の寂しく哀しげな顔を見る事になるだろう。
 そうなった時、少年にどう声を掛ける?
 それがこの依頼を受けたがらなかった、ハンターという大人達の主な理由だろう。
 一度は自分も通過してきたはずの少年時代。だが、大人達は少年の心を忘れ、彼らに掛ける言葉を失っている。
 現実の厳しさを切々と説き伏せるべきなのか?
 出来る限り傷つかないよう優しくしてやるべきか?
 どちらにせよ、手に余る大人達のなんと多い事か。間違いなく、エネミーの群れに飛び込む方が彼らにとっては楽なはずだ。
「判りました。まずはテネル海岸エリアへ行ってみます」
 そんな大人達の中、唯一この依頼を引き受けたフォースがハッキリと、そして力強く宣言した。
 むしろ大人よりは少女に近い彼女、マァサは少年に微笑みかけ、そして部屋を後にしていった。

 歳は他のハンター達よりも少年に近いマァサではあったが、しかし大人達に混じりハンターの仕事をこなす彼女もやはり大人である。
「降りてはみたけど・・・どうしましょう・・・」
 夢はやはり夢。マァサも本気で少年の言葉を信じてはいなかった。
 いや、信じてはいた。少年は間違いなく楽しい夢を見ていたのは間違いない。ただ夢と現実を混同する事はない、というだけの事。
「君があの子の使者ってわけか・・・」
 だからこそ、突然声を掛けられた事にマァサは驚いた。
 今ラグオルの海岸地区はちょうど真夜中。瞬く星の明かりだけがあたりを照らしている。完全に視界を奪われているわけではないが、人工的な明るさで調整された船内で生活を送っているマァサには、星の明るさだけでは少し不十分。辺りを見回すも、声の主が何処にいるのか、姿ばかりか気配も方向も特定出来ない。
 まるで声が直接耳に、いや脳に届けられたかのような、そんな「錯覚」すら感じてしまう程マァサはうろたえた。
「ハハ、随分可愛いお嬢さんだ。まあいいさ、君なら楽しめそうだよ」
 少年とも青年とも言い難い、だが間違いなく若い声がまたどこからか聞こえる。
 突然の事にマァサは混乱していたが、徐々に冷静さを取り戻しつつあった。だが冷静になり状況を把握しようとする事で又混乱しそうになる。
「誰? あの子の使者って、まさか・・・」
 あるはずがない。
 少年の夢が現実となって、彼の言う「むらさきのお兄ちゃん」が待っていたというのか?
 状況からしてそれしか考えられないが、それは考えられる事ではないはず。
 ただ現実に、何ものかがマァサに声を掛けている。これだけは疑う余地もない。
「さあ、ゲームの始まりだ!」
 何者かがそう宣言すると同時に、突然前方に四つの光る玉が現れた。それはふわりと宙に漂い続け・・・まるで楽しげにダンスを踊るかのごとく優雅に舞っていた。
「イデア・・・四つの光の玉がオレの所まで導いてくれるはずさ」
 声に答えるかのように、イデアと呼ばれた四つの光る玉はふるふると震えだした。
「もしイデアを見失っても近づくと明るくなるぜ。覚えておいてくれ・・・さあ、オレを見つけられるかな?」
 これがルールだ。マァサの了解も得ず、謎の声は一方的に宣言した。
 そして一方的な宣言は同時に、ゲームのスタートの号砲ともなった。一斉に、四つのイデアはまさに四方へと散っていく。
「あっ、ちょっ・・・待ってよ!」
 つまり、追いかけっこをしようということか。
 是非もなく、マァサは四つのイデアを追いかけるべく駆け出した。

 追いかけっこという言葉の響きだけならば、楽しげな子供の遊びのようだ。
 しかし、ここは危険なラグオル。そう楽しいだけという訳にはいかない。
GIZONDE!」
 闇夜の中を、稲光が走り抜ける。
 イデアを追いかける鬼役のマァサは、ただ追いかければ良いという状況にはなかった。
 時には岩陰に、時には設置されたまま放置されたトラップの中にと、やっかいな場所へ逃げ込む光の玉を追いかけながら、マァサはこのゲームとは無関係なはずのエネミーまで相手にしなければならなかった。
 むしろあの声・・・少年の言う「むらさきのお兄ちゃん」は、エネミーの事まで計算した上で楽しんでいるのではないか? そうも思えてくる。だとしたら、随分と意地悪なホストだ。
 意地悪と言うよりは、子供っぽいと言うべきかもしれない。
 一方的に押しつけたルールの上で、相手が必至になる様をどこかで見て楽しんでいる。これが大人ならば陰険な趣味だと切って捨てたいが、どこか楽しむ事だけしか考えられない子供っぽさ、言うなれば「無邪気」な印象も又拭いきれない。
 一つの事に夢中になれるのは、子供の特権なのかもしれない。追いかけっこに夢中になりながら、マァサはふとそんな事を考えていた。
 大人ならば陰険だと思える「無邪気」も、子供ならどうして子供らしいと思えるのだろうか?
 子供は純粋だから。おそらくそれが答えだろう。
 無邪気は時として、危害を加える恐れがある。
 悪戯は一つ間違えば惨事へと繋がるが、大人ならばその惨事への可能性を考慮し加減をする。しかし子供は悪戯の過程や反応といった悪戯そのものに夢中で、結果として起こりえる惨事を想像すらしないだろう。だからこそ、大人の悪戯は無邪気などではなく、結果を理解した上での悪意としか考えられない。
 ならば子供の純粋な無邪気は許されるのか? 悪意がなければ良いと言い切れるのか?
 その答えを、さらに追いかけっこへ夢中となっていくマァサは導き出せないでいた。
 声の主がしかけたこの追いかけっこ。子供の無邪気な悪戯と大人の陰険な悪意、どちらだと結論を付ける事も、夢中になっていくマァサにはどうでも良いことになりつつあったのだから。

「フゥ。見つかったみたいだね!」
 苦労の末、どうにか四つのイデアをマァサは、砂浜に細長く、ちょうど人が一人腰掛けられる程の幅しかない岩の前へと追いつめた。
 そこには岩場に腰掛けた、まるでフォニュームやフォニュエールのように派手な服を着た青年がいた。
 間違いなく、彼が少年の言っていた「むらさきのお兄ちゃん」だろう。証拠に、派手な衣装は紫色に染まっている。
「悔しいが、今日のところはオレの負けを認めるよ」
 さして悔しくもなさそうに、青年は負けを宣言し、同時にゲームの終了を告げた。
「フフ・・・ありがとう。マァサ! 素敵な思い出を・・・」
 不意に、まぶたが重くなる。マァサは突然睡魔に襲われた。
 これもこの青年の性なのか? 次は何をさせるつもりなのか? 不安と恐怖が、マァサの小さな胸を締め付ける。
「マァサ。きっと、またどこかで・・・」
 薄れゆく意識の中で、紫の青年が放つ声だけが聞こえる。
 何となく、ただ何となく、マァサはまどろむ意識の中で、少年の依頼を・・・少年との約束を果たしたことを実感していた。

「マァサさんありがとう!やっぱりウソじゃなかった! むらさきのお兄ちゃんに会えたんだね!」
 マァサが目を覚ました時には、紫の青年は姿を消していた。
 その代わりに、マァサは輝く一つの「玉」を握りしめていた。それをマァサは今少年に渡したところであった。
 無邪気に喜ぶ少年を見つめながら、マァサはふと、任務中に何故か考えていた疑問をまた思い起こしていた。
 子供の純粋な無邪気は許されるのか?
 許されるかどうかは、正直マァサにはよく判らない。ただ、純粋な無邪気・・・夢中になれるという事は、悪いことばかりではないと、少年を見てそれを確信する。
 大人は経験から、「万が一」を考えて行動する。それは被害を食い止める意味では重要なことだが、時として「臆病」になりすぎる事もある。
 対して、子供の純粋な思いは、経験の無さから思いついたことを何でもやってしまう。その結果は悪い事へも繋がるが、夢中になって突き進む事が最高の結果を生むことだってある。そこに躊躇いなどありはしないのだから。
 そう、大人はそれを知っているのだ。純粋さが持つ素晴らしい原動力を知っているからこそ、それを傷つけてはならないと躊躇している。大人になる過程で経験したことが良くも悪くも、純粋さを奪っていることを知っているから。そして純粋という宝ははかなくもろい事を知っているから・・・。
 大人は、もう夢中になることは無いのだろうか? 大人へと近づいていくマァサは、不安になった。
 子供のままではいられないが、大人になることで失う物があることが怖い。喜ぶ少年と見守る父親を交互に見つめ直しながら、自分はどうあるべきか、その道筋が見えないことが不安でたまらない。
(気高く強く・・・だろ? それに夢中になればいいじゃないか)
 不意に、「あの声」が聞こえたような気がする。あの青年の声が。
 そう、そうだった。マァサは自分の目標を思い出していた。
 気高く強く、そんな大人になりたい。それがマァサの大人への道筋。
 子供のような純粋な想いで、気高く強い大人になる。
 自分にそれが可能だろうか?
 可能かどうかなんて、考えてはいけない。「純粋」に、目標に向かって夢中になればいい。
 そう、夢の話だって時として現実になることもある。少年がそれを見せてくれたではないか。
 「夢中」になること。それは「夢の中」の話を現実にする為の、道しるべなのかもしれない。

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