novel

No.ex10 パイオニア2のホワイトデー 2

 パートナーを選ぶという事は、大変重要な意味を持つ。何事においてもそうだろう。
 例えば仕事のパートナー。
 例えば競技のパートナー。
 例えば生涯のパートナー。
 能力はもちろん、相手とのコミュニケーションも重要な要素になるだけに、パートナー選びは慎重に選ぶ必要がある。
 選ぶだけではない。選ばれる事も重要だ。
「なんでお前しかいねぇんだよ・・・」
 ここに、選考からあぶれた二人の男がいた。その一人が愚痴をこぼす。
「そんな事言わないでよぉ」
 甘えた口調で言い寄られても、嬉しくはない。相手が同姓で、しかも空樽のように横幅ばかりが無駄に広い男に言われては。
「ったく・・・ついてねぇな」
 あぶれた事を、彼アッシュ・カナンは運がないと嘆いた。
 事の起こりは、総督府の唐突な提案と提供から。
 総督府が用意した物とは、ラグオルにおける戦闘訓練用のシミュレーター。
 ハンターにとって、共にラグオルという戦場へおもむく仲間との信頼関係やコンビネーションは非常に大切だ。今回発表したシミュレーターは、仲間と息を合わせる事に重点を置いたプログラムだという。
 訓練用のシミュレーターとはいえ、これは一つの娯楽になった。少なくとも今は。
 新しいものというのは、すぐに試してみたくなるもの。それが訓練用のものだとしても例外ではない。故にハンターズには一つの娯楽となり得た。
 アッシュもこの娯楽に飛びついた一人だ。だが、問題があった。
 この娯楽、一人では体験できない。
 この娯楽は二人用なのだ。
 パートナーとのコミュニケーションを図る事が目的である以上、相手がいる。しかもこのシミュレーターは二人に限定したチームワークを試す物だった。
 もちろんアッシュも孤独というわけではない。何人かの仲間がいる。その仲間達と体感しようと声を掛けてはみた。
 だが一人として、彼の申し出に応じる者がいなかったのだ。
 憧れのハニュエールはフォマールとのコンビが有名で声を掛けるどころではなかったし、色々と面倒を見て貰っている先輩は相棒となるレイキャシールがいた。双子のハニュエールは当然姉妹で挑戦するし、幼いフォマールは熟練のレイマーに同行をお願いしたばかりだと申し訳なさそうに断られてしまった。
 選ぶ事も選ばれる事も、アッシュには無かった。
 いや、一人だけアッシュに声を掛けた者がいた。
 ただ、その相手がアッシュには不満だっただけ。
「まぁいいか。折角のシミュレーターを体験できねぇよりはマシか・・・」
 アッシュの言葉にうんうんと強くうなずくフォニューム、ホプキンスの姿を見て、やはりこの選択は誤りなのではという不安を溜息とともに押し出した。

 不安というのは、どうしてこうも的中するのだろうか?
「うわぁ、囲まれるぅ!」
「アホ、不用意に近づくからだ! 自力で何とかしろ!」

 このシミュレーションは実に良くできていた。
 互いに遠距離での支援は出来るのだが、部屋の中央にレーザーフェンスが設置されていたり溝があったりと、近づけられないような状況に二人を追い込む構造になっていた。その為、片方が片方を庇いながら進む事が出来ない。
 こういった状況では個別の能力が高いか、あるいは遠距離支援を的確に出来るか、このどちらかが求められる事になる。
 この二人に関して言えば、どちらもないと言い切れる。
 接近戦だけならば、アッシュはどうにかなる。しかし遠距離支援は不得手だ。というよりは、敵を見たら有無を言わさず突っ込む癖がある彼に、まず支援という言葉を知っているのか疑わしい。
 対してホプキンスは、ハンターズの仕事そのものを一つの娯楽のように考えているおぼっちゃまだ。そんな彼がまともに戦えるはずもなく、また支援はする事でなくされる事という意識しかないだろう。
 こんな二人がどうにか先へ進めたのは、ひとえに設定難易度を下げていたからに他ならない。元々訓練という意識はなく、体験できればと臨んだシミュレーター。不安もあり、アッシュは設定を低くしていたのだ。
「ん? なんだこのスイッチ・・・」
 扉にはレーザーフェンス。近くにスイッチ。おそらくはレーザーフェンスを開くスイッチなのだろうと作動させてみたが、しばらくするとスイッチは元に戻ってしまい、当然レーザーフェンスは何事もなかったようにそのままだ。
「アッシュぅ〜、スイッチが入らないよぉ〜!」
 遠くからハリボテ空気デブの声。どうやら向こうも全く同じ状況らしい。
「・・・どういう事だ?」
 シミュレーターのプログラムバグか? いや、さすがにこんな分かり易いバグを残したまま公表するはずはない。だが他に思い当たる節もない。
「ねぇアッシュぅ。これってさぁ〜、もしかして同時にスイッチを入れるんじゃないのぉ〜!」
 なるほど。このシミュレーションはコンビネーションを試す訓練。こういう細かいところでも息が合うところを試そうという事らしい。
「判ってるよそれくらい!」
 納得はしたが、あの脂汗狸に答えを指摘されたのは納得いかない。
「いいか、俺がカウントするから、それに合わせてスイッチを入れろよ!」
 自分が主導権を握らないと気が済まない。あのグラサンダルマにあれこれ言われるのは我慢ならない。強い口調で自分が指揮を執る事を主張し、カウントを取り始める。
「3・・・2・・・1・・・」
 Pi
 カウントが終わらないうちに、向こうから軽い電子音が鳴った。
「・・・1で入れてどうすんだよ! 0で入れろ0で!」
「ごっ、ごめん・・・」

 憤慨するアッシュに対し恐縮するホプキンス。そもそもカウントに対する打ち合わせをきちんとしない事が悪いのだが、自分が悪いなどアッシュが思うはずもない。
 カウントというのは面白いもので、タイミングを計る為のものであるにもかかわらず、そのタイミング認識が人によって微妙に違う。今の二人も、その認識のズレがそのままタイミングのズレを生んでいる。
「じゃ行くぞ。3・・・2・・・1・・・0!」
 Pi
 ・・・Pi

「おせぇよ!」
「うぅ、ごめんよぉ・・・」

 とこのように、同じタイミングのつもりでもズレてしまうものなのだ。
「仕方ねぇ。お前がカウントを取れ」
 相手に合わせるのはしゃくだが、このままでは埒があかない。アッシュはカウントの主導権をホプキンスに渡した。
「じゃ、じゃあ行くよ・・・3・・・2・・・1・・・のぉ・・・」
 Pi
「0!」
 Pi
「・・・ちょっと待てぇ! 「のぉ」ってなんだよ「のぉ」ってのはよ!」
 この後もタイミング合わせでかなりの時間を浪費したのは言うまでもない。

 相手を選ぶ事は重要だ。
 今回のシミュレーションでアッシュが学んだ事は、パートナーを選ぶ大切さだった。
「思いっきり・・・疲れた・・・」
 相手に合わせる事がこんなにも気を使うものなのかと、心労を感じながら悟った。
「もっとこう・・・気を使わない相手が良いよな。やっぱり」
 理想のパートナーを思い描きながら、そんな相手を望んでいた。
 しかし彼は重大な事に気付いていない。
 当たり前の話だが、相手だって同じ事を望むものだ。
 ではアッシュは人に気を使わせない素晴らしいハンターか?
 答えはもちろん、否。
 彼は敵と見るやすぐに斬りかかり周りを見ない。そんな彼に、同行者はいつもヒヤヒヤしていた。そしてさりげない支援で彼を支えてあげている。
 だがその事実に、本人は気付いていない。
 彼がホプキンス相手に疲れるのと同様に、彼は彼の相手を疲れさせている。
「俺もちょっとはやるようになってるんだし・・・そろそろ相棒なんて呼べる人が現れてもいいよなぁ・・・」
 自分の事は棚に上げる。人から見るとそういう事になるのだが、本人は自分が棚の上に乗っている事に気付かないものだ。他人の棚ばかり見えてしまうのは、なにもアッシュだけではないのだろうが、彼は特にその傾向が強い。
 選ぶ事や望む事より、まずは選ばれる事や望まれる事が大切だ。
 その事にアッシュが気付くのは何時の日なのか?
 一人愚痴るアッシュを、やれやれと溜息をつきながら叔父はそんな風に見ていた。

ex10話あとがきへ ex10話あとがきへ
目次へ 目次へ
トップページへ 総目次へ