novel

No.ex1 パイオニア2のバレンタイン

 ジャーナリストは一人、腕組みをしながら自分の記事を眺めていた。
 HON。ハンターズ・オンライン・ニュース。
 元々フリーのジャーナリストだった彼女は、今はハンターズ専用のオンラインニュースであるHONにて、非専門的な分野・・・つまりハンター向けの娯楽記事を担当している。
 娯楽は、地域や職種によって多少の違いはあるものの、さして変わる物ではない。
 男性は魅力的なアイドルに弱いものであり、女性はファッションにうるさい。そして音楽や食といった物には共通して興味があるものだ。ハンター相手とは言え、基本が変わらない以上、ベテラン・・・の域にまでは達していなくとも、プロのジャーナリストである以上、彼女がHONの中でも今まで通り手腕をふるうのに何ら問題はなかった。
 今まで、は。
 彼女は今、ある問題に直面していた。
 それは、HONで今話題のニュース。
 失踪したパン職人三姉妹が、ラグオルの地下でケーキ屋「ナウラ」を開業し、ハンター達の間で絶品と噂されているというのだ。
 HONに携わる前は、有名な三姉妹が失踪したというニュースは知っていたし、自分もそのニュースを多少なりとも仕事で扱った。だが、その三姉妹がよもやラグオルに無断で降下し、あまつさえケーキ屋を営むとは・・・。
 無謀にラグオルへ降り立つのは自分ばかりじゃないのだなぁ・・・などと感心している場合ではない。
 この店を記事にする場合、味を確認しに行くのが非常に困難なのだ。
 彼女は出来うる限り、情報は自分の目と耳と足で集める事がジャーナリストの本分であると主張している。事実、彼女はグルメ記事を書く時はその店に出向ききちんと味を確認してから記事を書き、アイドルの特集を組む時はそのアイドルと出来る限りのコンタクトをはかる。
 そんな彼女だからこそ、パイオニア2とラグオルの問題に首をつっこみ、真相を探り出そうとして無理矢理ラグオルに直接降り立つ・・・といった暴挙にすら出た。そしてそれがきっかけでハンターに興味を持ち、HONの記事を受け持つようになるのだが・・・。
 問題は、このケーキ屋ナウラがハンター達の間だけに有名で、そしてものすごく絶品な上・・・1日に1人1つまでしか購入できない、という所にある。
 ジャーナリストとして、是非このケーキの味を確認したい。その上で記事にしたい。だが、入手は極めて困難。もっとも、ケーキだけならギルドに依頼して、ケーキとは無縁のハンターにお願いすれば入手も可能ではある。
 ところが・・・このナウラが、とんでもない企画を立ち上げたらしいのだ。
 バレンタイン限定で、チョコレートの販売を始めるらしいのだ。しかも女性限定で。
 これはHONとしてほっとけない大ニュースだ。当然、彼女も記事にしたい。
 だが・・・ハンターに買ってきてもらうにも・・・金銭面でのリスクが大きすぎる。期間限定で女性限定。しかも1人1つだけ。女性ハンターにとって、こんな高価な本命チョコは他にないだろう。それをギルドの依頼として請け負うとするなら・・・相当足元を見られる覚悟が必要だ。そして、ナウラはラグオルの地下にあるのだ。とても彼女が単身で行ける場所ではない。
 となれば、直接彼女がハンターに同行してもらって店に出向くのが一番手っ取り早くコストも低く抑えられる。
「でもねぇ・・・まさかあいつに、同行をお願いするわけにはいかないし・・・」
 彼女は、以前ラグオルに降下する際に同行したヒューマーと親しい関係となっていた。もっとも、その「親しい」の度合いは不明瞭だが・・・。そのヒューマーに同行をお願いするのが、おそらくは一番的確でコストも低く抑えられるだろう。
 だが・・・。
「さすがに・・・取材でチョコが食べたいから同行して、なんて言えないよねぇ・・・」
 義理か本命かはさておき、「親しい」異性とチョコを買いに行って、そのチョコは自分の為に・・・というのは、さすがに気が引ける話だろう。特に、相手が「あの」軟派師ならば。
「かといって、ESさんには頼めないし・・・」
 軟派師を通じて知り合った、高名なハンターES。彼女ならば同行してくれるだろうが・・・それも気が引ける話だった。
 ESには、リコという恋人がいた。その恋人は、現在行方不明中なのである。恋人の行方を心配している時には、バレンタインというイベント自体が酷な物だろう。そんな状況の彼女にお願いできるはずもない。
「どうしようかなぁ・・・」
 一人愚痴りながら、自分の書いた記事を再度眺めていた。
 PiPi
「ん?」
 見つめていた記事、いや、その記事を表示していたノートパソコンから、メール受信の音が鳴る。
「・・・・・・こういうのを棚からぼた餅って言うのかしらね」
 メールを読みながら、ジャーナリスト・・・ノルは、自分の仕事がもたらした問題を、自分の仕事で解決できる幸運に感謝していた。

「いらっしゃいませ、ケーキ屋『ナウラ』へようこそっ!」
 ノルは単身、ラグオルの地下にあるケーキ屋ナウラへ到達していた。
 もっとも、彼女がラグオルの地下に広がる洞窟を一人で突破してきたわけではない。
 簡単な話だ。ナウラ三姉妹がテレパイプで造り出したワープゲートを通じて、店までやってくることが出来ただけなのである。
「初めまして、HONのジャーナリスト、ノル・リネイルです」
 ではなぜ、三姉妹は彼女を店に直接招待したのか? その答えも至って単純なものだった。
「初めまして。わざわざこんな所まで取材に来ていただけて光栄ですわ」
 そう。ナウラ側からHONに、是非取材してほしいと申し出があったのだ。そしてHONは、ノルにその大役を依頼したのである。
「早速ですが・・・今回バレンタイン向けにチョコレートを販売されることになったそうで。なんでも手作りの味が楽しめるとか?」
 元々ナウラは、全てが手作りの本格派として有名なのだ。それはパン屋だった頃から変わっていない。
 現在、人々が口にする食品のほとんどは、栄養のバランスを第一に考えて作られる工場生産の物ばかりだ。もちろん手作りの飲食店も母星には多数存在しているが、保存食中心のパイオニア2では、それは非常に難しい。
 だが、降下できないとはいえラグオルに到達した事により、パイオニア2は食料素材をラグオルで調達できるようになった。それはもちろん、パイオニア1が先に開拓を済ませていたから出来ることではあった。
「ええ。しかも手作りするのは、チョコをプレゼントする女性の方に直接やっていただこうかと」
 ハンターの間だけでのみ知られていた名店ナウラは、降下許可を得ていない民間人が勝手にラグオルで営業を始めた、いわばモグリの店である。
 とはいえ、モグリにしては有名になりすぎた。当然彼女たちの店は総督府に知れることになる。
 本来ならば営業停止処分を受けて当然なのだが、あまりにもハンター達に人気のある店であるため、営業続行の声が多数寄せられた。だからといって秩序は守られなければならない。
 そこで総督府は、「実はナウラ三姉妹はハンターの資格を持っていた」という口裏合わせをギルドと共に決行し、表向きだけの秩序を守ることを提案,決行することとなった。
 どうやらこの無謀な計画は、総督府秘書の考案だったとか・・・。
 そしてナウラは、パイオニア2での営業を再開することになった。その再開イベントとして、バレンタインの企画を行うことになったというのだ。
 もちろん、この事の経緯をノルが知ったのは、ナウラからの取材要請を受けた時というごく最近のこと。
「その手作りをまず私に体験させていいだけるんですね? 正直、こんな役得なら大歓迎ですよ」
 今回の取材は、ナウラ開店の宣伝と、イベント前の試験を兼ねている。ナウラにしてもHONにしても、互いに「おいしい」話なのだ。
 パイオニア2で営業する以上、取材はHONに限定される必要はない。どこのオンラインニュースソースでもかまわないはずだ。
 だが開店前のナウラは、まだラグオルの地下にある。一般ジャーナリストは、まだナウラで取材することが出来ないのだ。故に降下許可を得たジャーナリストでなければならない・・・それがHONなのだ。HONはハンターズ関係者ということで、降下許可のみ許されている。ただし、ラグオルそのものに関する取材と公表は厳禁となっているが・・・。
「では早速作りましょうか。そんなに難しい作業ではありませんから」
 手作りとはいえ、チョコレートそのものから作り始めるわけではない。
 ブロックチョコ、つまりチョコの塊を溶かし、それを型にはめ整え、冷やして完成。という簡単な作業で作ることが出来る。
 このチョコの大本となるブロックチョコはもちろん、ナウラが作った物だ。つまりは、これだけですでに絶品のチョコといえる。それを「手作り」という言葉のマジックと作業だけで、世の男性諸君は大喜びするのだから・・・単純なものだ。
 もっとも、作業の流れは単純とは言え、けして作業そのものが簡単なわけではない。チョコを溶かすにも、チョコを包丁で細かく刻み、ボールに移してボールを熱湯に付け溶かし・・・そのお湯の熱加減も、間違えれば焦がしてしまったり溶かしムラを起こしたりと、それなりに手間とコツがいる。
「道具はこちらで貸し出します。この道具を使えば、誰でも簡単に作れますから」
 そんな手間も、道具一つで全てをやってくれる。そんな時代なのだ。
 もはや「手作り」という名の言葉の媚薬には、「道具を使って作業した」という事だけで「愛情」が注がれる、と言うなにか釈然としない意味が含まれる。
 が・・・それでも、男というどうしようもない生き物は、女性の「手作り」が何より好きなのだ。そして女性もそれが解っているから、この「手作り」というイベントにドキドキしながら「本当の愛情」を注ぐことが出来るのだろうが。
「ラッピングはこちらで行いますが・・・ご自分でされたい方はチョコだけを持ち替えることも可能です。後はバレンタイン本番にチョコを渡すだけですね。さすがにそこまではナウラは関与しませんけど」
 そうして、ノルは取材を兼ねたチョコ作りに精を出すのであった。

 ナウラの開店とイベントは大成功を納めた。
 ノルの書いた記事はHONのみならず、他のニュースソースでも公開され、ナウラの噂は瞬く間にパイオニア2中を駆けめぐった。
 人々はラグオルに降下できない不安との毎日を過ごしていた為、精神的な圧迫を強いられていた。だが、今回のナウラ騒動が彼らの精神的な癒しとなった。
「強引だったが、営業許可を認めた事が功を奏したようだな」
 自室で秘書からの報告書に目を通しながら、総督は満足げに「功労者」へ賛辞の声をかける。
「総督のご決断あっての事です。私はただ、アイデアを絞り出したにすぎません」
 謙遜しながらも、顔はうれしさを隠せないといった表情を映し出している。
「いや、女性ならではの、こういったアイデアはなかなか我々年寄りでは出ない物だ。大したものだと、私は思うがね。アイリーン」
 報告書を机の上に置き、秘書に目をやる。そこには、恥ずかしそうに、後ろで手を組み立つ秘書の姿があった。
「ありがとうございます。ところで総督・・・」
 後ろに回していた手を前へと差し出す。その手には、報告書に記載されていた、人々を癒した食品があった。
「総督は甘いものはお嫌いでしたでしょうか?」
 パイオニア2の人々を癒そうと、強引にナウラの営業を許可した本人は、こうして自分の心も癒されたるである。

「おもしろくねぇ・・・」
 大多数の人々が癒される中、つまらなそうに顔をしかめている者がいた。
 当たり前のことだが、バレンタインにチョコをもらえる者がいる中で、もらえない者も存在する。このもらえない不幸者の代表格が、彼である。
「なにつまらなそうな顔してるのよ、ZER0。ま、どうせ誰からもチョコをもらえないからって所だろうけど」
 核心をつかれると、余計に人は落ち込むものだ。うなだれるように、顔をテーブルに横たえる。
「悪かったな・・・。ったく、誰だよ、バレンタインなんてつまんねぇもん考えたのはよぉ・・・」
 もてない男ほど、この手のイベントは大嫌いだろう。バレンタインを造り出した大本に八つ当たりをしたいのだが、その大本となる創造者が誰なのかを知らない為に、八つ当たりのしようもない。
「あら、つまらないんだ・・・なら、このチョコはいらないのかな?」
 カタカタ、と、中身と箱が軽くぶつかる音を響かせる。
「・・・・・・ありがたく頂戴させていただきます」
 テーブルの上で、上半身だけの土下座。どんな形であれ、誰からであれ、「チョコをもらった」というステイタスは、男にとって重要なファクター。プライドなどこの際無いに等しい。
 そんなZER0の姿を見て、軽く微笑む。チョコの入った箱で軽く頭を叩いた後、そのチョコを手渡した。
「もちろん本命だろ? これ」
 もらえさえすればいいと言えばそうだが、とりあえず「本命」か「義理」かを訊いてしまうのは、もてない男の習性か。もちろん、答えは解っているのだが。
「義理に決まってるでしょ? それはね、取材の時に作った奴のあまり。味覚取材もあったから、作ったチョコはほとんど食べちゃったのよねぇ」
 今回のイベント仕掛け人の一人となったノルは、試作品として作ったチョコを1つ、取って置いていた。
「まぁ、なんにしてもくれるだけありがたいよ。ありがとう、ノル」
 素直にうれしいからか、素直にお礼をする。別に他意はなかったのかも知れないが、その言葉にノルは顔を赤らめてしまった。
「余り物よ、余り物。あっ・・・でも、来月には当然3倍返しを期待するからね」
 余り物で3倍返しを要求するのは、酷と言えば酷だが、まぁそれは男として覚悟しなければならない部分かも知れない。
「へいへい・・・じゃ、早速頂きますかね」
 丁寧だが、すこし折り目の曲がった包み紙を取り外すと、チョコと一緒にメッセージカードが入っていた。
 そのメッセージカード自体も、試作品としてのセット内容に含まれていたかどうかは解らない。ただ、ノルは恥ずかしそうに横を向いてしまい、ZER0もすこし顔を赤らめてしまっている。
 メッセージは、こう書かれていた。
 Stバレンタイン!心をこめて。

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