novel

No.2 共闘する家族

 軟派師と呼ばれながら、ZER0の軟派成功率の極端な低さは誰もが知るところである。がしかし、珍しく今ZER0は女性を、それも二人も連れて歩いている。
 とはいえ、一人はむしろここ最近よく一緒にいるアンドロイドの女性。珍しい事ではない。
 もう一人も、ZER0とは縁の深い女性。こちらも珍しくはない。そう、ZER0をよく知るものなら、この組み合わせがさして珍しいものではない事が解るだろう。
 唯一珍しい事と言えば、この組み合わせならいるはずの、もう一人の女性がいない事だろうか。
「しかし遺跡で密会ってのも、悪趣味だよなぁ」
 パイオニア2船内。三人はラグオルに降下する為のテレポータへ向かって歩いていた。
「人目のあるパイオニア2船内を避けたかったのかと。遺跡でしたらハンターズにとっても危険な場所になりますから、ハンターとの遭遇率も低くなります。指定ポイントとしては適切だったと思われます」
 ZER0の相棒、シノが淡々と冷静な分析を話す。確かにその通りなのだが、ZER0の発言した「意味」とは若干的を外している。ZER0はシノの発言に口を出そうとしたが、その指摘もまた的外れになりそうだと、軽く苦笑いを浮かべ後頭部を掻くに止めた。
「・・・そんなに心配か?」
 ZER0は自分と同じく少しばかり顔をしかめているMに声をかけた。
 三人はESの「保険」として、彼女とは間を開けて指定されたポイントまで向かうところであった。わざわざESが保険を掛けるのだ、彼女の相棒にして恋人であるMが心配するのも無理はない。
「まぁ、こんな大胆な指定をする以上、心配はねぇと思うぞ? ESもあくまで「万が一」って事で俺達を待機させただけだし」
 ZER0の言う通り、あくまでESは「予測出来ないトラブルがあった場合」を想定して保険を掛けたにすぎない。
「それにスゥなら姑息な事をするとは思えないし、仮にキリークがいたとしても問題ないだろう。あのプライドばっか高い犬畜生が、こんな手で闇討ちするとは思えないしなぁ」
 スゥにしてもキリークにしても、それぞれ意味は違うが信頼出来る相手だ。姑息な手段でESを陥れるとはとても考えられない。
「ええ、それは承知しているのですが・・・」
 ZER0の意見を解っているとしながらも、Mの言葉は歯切れが悪かった。
「何というか、こう・・・胸騒ぎがするんです。とても嫌な予感というか・・・ZER0さんの言う「万が一」が起きているかもしれないという、漠然とした不安が・・・」
 万に一つという低確率。それはほとんど何事もないだろうと言う事を示しているが、絶対に安心出来るというわけではない。低確率でも何かが起こる可能性は秘めていた。
 それはおそらく、ESもどこかで感じていたのかもしれない。そうでなければ、わざわざ彼女が保険を掛けるとは思えなかったから。
「まー、大丈夫だろ? 仮になんかあったとしても、黒の爪牙がそうそう簡単にやられるかって」
 楽天的な意見を口にしながら、ZER0は心中をひた隠した。
 彼も始めから感じていた。Mと同じ漠然とした不安を。
 だからこそ、大丈夫だと自分に言い聞かせたかった。
 しかし自分と同じ不安をMも感じていた。そして改めて、ES自身も感じていただろう事を思い直し、ZER0は自身も気付かぬうちにじんわりと額と掌に汗をかき始めていた。
 三人の歩調は、いつの間にか少しずつ速くなっていった。

 キリークがいたとしても。ZER0がパイオニア2船内にて自分に言い聞かせるよう楽観的な考えをしていた頃。
 そのキリークが、ES立ちの前に現れた。
 ただし、ZER0の思うキリークとは似て非なる者。
 邪神の猟犬、キリーク・ザ・デビルズハウンド。
 かつては黒い猟犬と呼ばれていたアンドロイド。邪神に魂を奪われた亜生命体。
 バックリと大口を開き、だらだらと粘着質のある唾液をしたたらせる。手には紫に鈍く光る球が漂う鎌、ソウルバニッシュ。魂を破滅に導く大鎌は、今三人の女性に向けられていた。
 親子とも同一人物とも言い難い、三人のニューマン。
 八番目のスゥ、ES。十番目のスゥ、TS。そして二人が産まれるきっかけとなった女、スゥ。
 感動的とは言えないが、幾多もの想いを要り交えての再会を果たした三人。その三人が、否応なく「初めての共同作業」を行おうとしていた。
 むろん手にするのはナイフよりも切れ味の鋭い武器。切るのはケーキよりも固くやっかいな亜生命体。
「このぉっ!」
 場の異常なまでに高まった緊迫感に耐えきれず、TSが大きな爪を振り上げ猟犬に襲いかかった。
 彼女が振り上げた爪はファルクロー。作業用大型ロボットが持つようなアームをそのまま武器にしたような外観。小柄なTSが、自身の半身以上に大きなその爪を装備すると、より大きく見える。
 そんな巨大な爪を猟犬に突っ込みながら振り下ろす。
 見事に、気持ちの良い程に、爪はガチッと大きな音を立て突き刺さる。
 むろん、床に。
 不意打ちにも成らない真正面からの攻撃。しかも武器が大きいだけにモーションも大きいTSのファルクローを避けるなど、殺意の本能だけで動く今のキリークには造作もない。
 しかしTSの名誉を重んじて言うならば、けして正面からだとはいえ避けやすい攻撃だったわけではない。武器は大きく避ける為には大きな動作を必要とする。そして大きさの割りには非常に素速い。並の物なら避けきれなかっただろう。
 小柄な体に大きな武器。ミスマッチと言わざるを得ないようだがしかし、それを軽々・・・とまではいかないがキチンと扱いこなし、小柄ならではの小回りと俊敏性を用いられては相対する側はやりにくいだろう。
 卓越した戦闘能力と本能を持っているキリークだからこそかわせたと言える。そしてそんなキリークだからこそ、間髪入れず爪を横へなぎ払おうとしていたTSの一手に先んじ、鎌を下から振り上げ一撃で両断しようなどといった、大胆克つ精密なカウンターを返せるのだ。
 よもやの返しに、TSは反応が遅れる。爪で防ぐには勢いよく振り下ろした後だけに無理がある。左腕で防ぐしかないが、予期せぬ反撃に対し構えるには耐性が不十分。真っ二つは避けられるにしても、相当なダメージを覚悟しなければならなかった。
 一人であったなら。
「まだ礼儀がなってないのよね。ごめんなさいね、挨拶も無しに。この子ったらはしゃいじゃって」
 フォトンの盾と、そして盾を持つ左腕に右腕を十字に重ねた両腕で、鎌の一撃を耐え凌いだスゥ。彼女は娘の非礼を詫びながら猟犬を睨んだ。
 そして姉は、反対側から挨拶を切り出す。
 言葉ではなく、ネイクローという爪で。
 無言の挨拶は、アッサリと鎌の柄で防がれた。しかしそれはESも予見済み。何故ならこれは「ほんの挨拶代わり」なのだから。少なくともこれで、体勢を戻し後方へTSが飛び退くだけの時間は稼げたのだから。
 そして最後には、やはり母親が挨拶をすべきだろう。失礼にならぬよう、真っ直ぐに脇腹へ拳ごとぶち当てるかのようにESと同じ爪、もう一本のネイクローを突き刺そうと肘を引いた。
 しかしもう挨拶は不要と、猟犬は鎌を横一線に振り抜く。
 斬りつけると言うよりは牽制だったか。しかしまともに受ける気はないスゥとESはすぐさま飛び退いた。
 これで仕切り直し。三人はにやける猟犬を睨み付けていた。
 そう、大口を開けよだれを垂れ流しているキリークはにやけている。少なくとも三人はそう感じていた。
 楽しんでいる。奴は本能から狩りを楽しむ邪神の猟犬。
 対して三人は、まだ「挨拶」しかしていないにも関わらず、手に汗をかき始めているのを感じていた。
 三対一。数の上では圧倒的な優位に立っているにもかかわらず、むしろ劣勢に立たされている気分にさせられる。
 そう感じる原因は、猟犬の実力と、奴から放たれる異様なまでの殺意と瘴気にあてられているのもある。そしてもう一つ、TSである。
 TSはブラックペーパーにて産まれた時から暗殺者としての英才教育を受け続けている。それだけに、スゥやESには若干劣るものの、実力は折り紙付き。しかしその「英才教育」の影響で、TSは思考が非常に幼く、協調性に欠けている。つまり三人での連携などTSから合わせるわけがないし、合わせろと言われても合わせられない。
 そうなると当然、スゥやESがTSに合わせるしかない。しかし実力はあっても場数の少ないTSを中心にするには相手が強すぎる。
 何より、おそらくTSにとって初めての強敵。TSは実戦で初めて「恐怖」を感じていた。
 怖い想いなら沢山してきた。すくみ上がるような経験もある。しかしそれは全て特訓での事。実戦で感じる恐怖は、予想を遙かに超える物であり、そして想像以上に身体が硬直してしまうもの。
 それは今、TSが二撃目三撃目と攻撃を繰り出す度に鈍っていく動きに現れていた。
 最初の「勢い」はどうにかなる。しかしその勢いも、初めて感じる、胃から何かが飛び出そうな言いようのない「恐怖」という不快感から逃れようとする本能が突き動かしたもの。自発的な物ではなかった。
 何度繰り出しても避けられるこちらの攻撃。そして紙一重でどうにか防ぎ、いや防いでもらっているあちらの攻撃。恐怖は募る一方だ。
 上には上がいる。いくら幼稚で自身の腕前を鼻に掛けているTSでもそれくらいは承知していた。しかしこうも高く高く「上」がいるなど、想像も出来ようか。
 そんな状況のTSは、もはや足手まといでしかなかった。スゥもESも、ただ恐怖に突き動かされ闇雲に攻撃を繰り出すTSを庇うのに必至で、猟犬に一太刀すら浴びせる事が出来ない。
 白いTSの顔には、もはや血の気はない。ここまで来ると、撤退も難しい。何故なら、今のTSに言葉など耳に届くはずもないから。よしんば届いたとしても、身体が動くかどうか。
 人は恐怖に直面した時、逃げ出すか硬直して動けないかのどちらかに成りやすい。しかしそれは一般的な人であれば、という話であり、TSには通用しない。
 彼女は、「死」を感じられないから。意図的に死という恐怖を意識させぬように育てられたから。
 死を頭で理解せずに恐怖を本能で感じる。もう彼女は完全に混乱状態にある。そんな状況で逃げるという選択肢が頭でも心でも本能でも、思いつくはずがなかった。
 だが、どうにかなる。三人の中でESだけが、光明を見出していた。
 そう、彼女は保険を掛けていた。まもなく、頼もしい三人がここに訪れるはず。それまでどうにか持ちこたえれば、この危機を脱する事は出来るだろう。
 幸い、TSは混乱こそしているが身に染みている戦闘能力でどうにか持ちこたえている。猟犬も優位ではあるが三人相手に決定打をなかなか出せない状況。まだしばらくはこの状況を保てそうだ。
 そして、援軍は現れた。
 援軍の到着に、ESは・・・混乱していた。
「ふふ・・・楽しいお遊戯の時間もそろそろお終いにしましょうか」
 コツコツと足音を起て近づいてきたのは、一人の女性型アンドロイド。真っ赤なボディのアンドロイドは、ESにもスゥにも見覚えがあった。
 しかし見覚えはあっても、その彼女がここに来る事自体は目を疑う光景。ましてや、邪神が愛でる猟犬の側に立つ姿は。
「なっ・・・そんな」
「R3・・・なの?」

 邪神ダークファルスに取り込まれながら、アンドロイドの身体を得て邪神から逃れたリコ・タイレルの良心・・・R3。
 彼女は愛するヒースクリフ・フロウウェンを救う為に、彼を核に作られたプロト、オメガ・フロウとの激しい戦闘の末にフロウウェンの魂と共に何処かへと消えたはず。リコの魂が抜けたアンドロイドの身体は、その場で塵になって消えもした。
 そのR3が、目の前にいる。混乱しない方がおかしな状況だ。
「戸惑ってるみたいね。でもこれが当然の成り行きなのよ」
 表情のないアンドロイドの顔。しかし今R3に似た何者かがほくそ笑んでいる事は雰囲気で察する。
「あなたなら解るはずよ、ES。一度「私に」取り込まれ、このR3がどうやって産まれたのかを知るあなたなら」
 ESが何を知っているのか、スゥには見当も付かない。しかし唇を振るわせるESの姿を見れば、彼女が何か思い当たり、それに恐れている事は解る。
 ESはR3がどのようにして誕生したのか、それを「当事者二人」に聞いている。
 リコがどのようにしてアンドロイドの身体を手に入れたか。そこに、目の前の状況を説明する鍵がある。
「あら、解らない? 困ったわね・・・いいわ、なら私から説明してあげる」
 ESが悟っていることなど表情から読み取っているR3の姿をした何者。その者はESが感じている恐怖を残り二人にも味あわせようと、ここに至る経緯を話し始めた。
「リコは「私に」取り込まれてもずっと抵抗を続けていたわ。身体も魂の一部も私と同化してもなお、ね。そして私がZER0を取り込むことに成功した時、彼を逃がす為に残った魂・・・本人は「良心」なんて言ってたかしら? それが周囲にある私の一部、D因子から身体を作り出した」
 この話、TSにとっては全く意味不明な内容。しかし残り二人には当然聞き覚えのある話。故に既に感づいているESに続き、スゥが今度は青ざめ始めた。
「ちょっ・・・あなた、もしかして・・・」
 スゥの反応に満足しているのか。表情の無いアンドロイドはどこか満足げに見える。
「つまり、この身体は元々私の物なの。そう、この私、ダークファルスのね」
 邪神ダークファルス。ここ遺跡の先から繋がっていた「闇の淵」にて「四英雄」とR3の手によって倒されたはず。
 その邪神が今、目の前にいる。
 にわかには信じられない。信じたくない。しかし消えたはずのR3がこうして姿を現したことや、極一部の者しか知らないR3の秘密を知っている事、何より傍らの猟犬が大人しく、まるで犬で言う「待て」でもしているかのように邪神を名乗る者に大人しく従い待機している。それらが全て事実である事を物語っていた。
 小説やゲームのように仰々しい復活劇はまるで無く、不意に、唐突に現れた、邪神。静かに静かに訪れた邪神の復活は、大きな衝撃はないが、徐々に三人の心を真綿のように締め付けていく。むしろ少しずつ事態を理解していくこの状況の方が恐怖はより心に染みいるよう募っていく。
「本当は折角あなた達の「仲間」が用意してくれた、私の模擬体を使おうと思っていたのに、また邪魔なんかしてくれるから・・・まあいいわ、代わりはいくらでも用意出来るから。あなた達に「欲望」ある限り、私は何度でも蘇るの」
 千年に一度復活すると言われている邪神が、一年も待たずに復活するとは。つまりは、あの時完全に滅ぼし切れていなかったという事なのか?
 思えば、邪神の模擬体へ向かう途中でも堕ちたキリークに出会っている。あの時既に、邪神は復活の準備を進めていたという事か。もし先に邪神が模擬体を手に入れていたら・・・ESはフロウウェンをどうにか先に解放できたことがいかに幸運だったのかを思い知った。
「とりあえず、「抜け殻」になったこの身体を手に入れられただけでも良いわ。自由に動けるようになるだけで、こうしてまたあなた達を直接手に入れる機会も巡ってくるんですからね」
 邪神は身体だけではなく、R3・・・リコの声も話し方も手に入れている。そもそもリコの一部を既に取り込んでいた邪神にとっては、彼女の声や話し方を用いた方が色々とやりやすいのだろう。
 そして取り込んだのはそれだけではない。リコの知識や経験も取り込んでいる。赤い輪のリコ、かの英雄が所持していた戦略も戦術も、邪神の物になっている。
 すっと、R3は手にしていた大剣の剣先を三人に向けた。その大剣は、フロウウェンとリコの魂が何処可へと去った後に落ちてきた剣。R3の身体と共に消えたはずの、D因子に冒されたフロウウェンの大剣。それを邪神は片手で軽々と持ち上げている。
「さあ、大人しく・・・するわけはないわね。いいわ、私達二人が相手をしてあげる。生を渇望するなら、抵抗してご覧なさい。一人分のハンデくらい気にしなくても良いわよ?」
 三対二。邪神が言うように、確かにES達の方が数的に有利ではある。しかし勝てる見込みなどあろうはずがない。猟犬一匹の猛攻を三人がかりで抑えるのがやっとだったというのに、そこへ邪神が加われば結果など目に見えている。
 ここまでか? しかし黙って「餌食」になるつもりのは無い。少なくともESにはまだ光明があった。そう、援軍という光明が。
「そうそう、あなたのお友達なら、期待しない方が良いわよ?」
 ESの希望を、邪神が絶ち絶望に変える。
「今頃、私の可愛い可愛い「子供達」が大勢でお出迎えしているはず。そう簡単にここへはたどり着けないわ」
 どこでどう知ったのか、邪神は既に手を打っていた。
 ここは遺跡。ごく当たり前のように亜生命体がそこここをウロウロと徘徊している。そしておそらく、ZER0達はそのようなエネミー以外にも、大量に投入された「子供達」に道を阻まれているのだろう。
 たどり着けないことも無いのだろうが、時間はかなり掛かるはず。その間にさて、無事でいられるか・・・。
「なら、その「お友達」でも無い俺はかまわんのだな?」
 不意に声がした。
 邪神にも予想外だったのか、場にいた全員が声のする方へ振り向いた。
「むろん、貴様らに許可を得る必要など無いがな」
 そこには、黒い影。
 影は徐々に近づき、影のように黒い身体をさらけ出し始めた。
 長身で胸元のガッチリした、ヒューキャストによく見られる体型。その男は、よだれを垂れ流す亜生命体と同じ鎌を手にしている。
「あら・・・あなたも私の犬になりたくなったのかしら? 二代目さん」
 キリーク・ザ・ブラックハウンド。二人目のキリークが、そこにいた。
 二代目キリークに余裕を見せる邪神の軽口。しかしどこかに、苦々しい声色も混じっている。
「笑止。愚かな先代と一緒にしない事だ、邪神よ」
 手にした鎌を、かつての自分に向け黒い猟犬は続ける。
「俺はそいつを・・・「過ち」を断罪する」
 過ちとまで呼ばれた、キリークだった者。襲名した二代目に、まるでは虫類のようにシャーと威嚇の音を立て身構える。そしてそのは虫類をペットにしている主も又、大剣を構え直した。
「TS、下がってテクニックでも唱えていろ。足手まといだ」
 鎌を両手に構えながら、二代目は恐怖と興奮に震えている幼子に命じた。指図されるのを嫌うTSも、流石にキリークの言う事は聞くのか、黙って数歩退いた。
「理性を失ってまで力を求める貴様には理解出来んだろうがな、先代。生きていれば面白い事も起こるものだぞ? 例えば、こうして将来俺に首を刎ねられる女と共闘するとか、な」
「私にあなたが刎ねられる、の間違いでしょ?」

 何故この場にキリークが来たのか。その謎はさておき、状況の好転にESは素直に感謝した。思いもしなかった意外な援軍に毒づきながら、ESは武器をシノワレッドブレードに持ち替える。
 爪、ネイクローを使うのはどうしても防御が必要な時。先ほどまではTSを庇う必要から盾の防御を素速く行えるネイクローを主軸に戦ってきた。しかしキリークという援軍が加わった今、むしろ攻撃の手数を増やせる牙、シノワレッドブレードの方が有効だ。
「・・・まぁいいわ。いずれ取り込まれるあなたを、今取り込む事になっただけのこと。お互いが首を刎ね合う前に、私が刎ねてあげるわ」
 主の言葉が合図になったか、「待て」の状態を解かれた邪神の猟犬が、餌となる黒い猟犬に飛びかかった。
 袈裟に振り下ろされる鎌を、同質同名の鎌で弾く。そしてすぐさま切り返そうとした二代目だったが、これを紙一重でかわされる。と同時に、今度は振り上げられる鎌がキリークに襲いかかるが、これはTSの放った火の玉を防ぐのに手一杯となった。
 元が同じ二人。故に戦闘に置けるスタイルはほとんど同じ。しかし邪神の力を手に入れた先代は、アンドロイドのままでは考えられない身体能力を活かし、攻防共に二代目を大きく上回っている。
 しかし二代目も負けてはいない。必ずしも的確とは言い難いが、相手にとっては邪魔になるTSの援護を受け、上手く立ち回っている。本能の赴くままに攻めてくる先代の動きも、幾多の戦場を駆け抜けてきた「記憶」を受け継いだ二代目には対処し得る範疇にある。何より、相手は過ちを犯した己自身。誰よりも一番の理解者なのだから。
 一方、ESは生みの親と共に育ての親から記憶と身体を奪った邪神を相手に奮闘していた。
 邪神に刃を向けたのはこれで二度目。しかし一度目の時とはあまりにも状況が違いすぎる。
 邪神は思った通り、R3の身体を活かしリコの「戦術」と「戦略」で攻めてくる。二人を相手にしても怯まない立ち回りは、英雄のそれである。
 しなやかな動きで右から左から、上から下からと、様々な角度を用いて攻め続けるESとスゥ。それを大剣一本で防ぎ、大剣一振りで二人を同時に責め立てる。二手三手先を読み取り、攻めも守りも次に繋がる立ち位置や足の踏み込み方をしていく邪神には、二人がかりでも全く隙を見せない。
 極めつけは、かの英雄にも真似できないことを邪神は行える事にある。
「ったく・・・反則よこれは」
 左手を大剣から放し、二人に向け突き出した邪神。と同時に、邪神の周囲に冷気が広がった。
 ラバータ。ハンターズが使う冷気のテクニック。邪神はアンドロイドの身体で、一言も発することなくテクニックを放ってきた。
 通常ハンターがテクニックを放つ際に、発動のキーワードとなるテクニックの名前を唱える必要がある。そもそもハンターのテクニックは身につけているハンター用の防具とそこにインプットされているテクニック用ディスクを用いて放たれる物であり、これらの道具を用いないと使えない術である。しかし邪神はそんな媒体を必要としない。内なる力だけでテクニックを放つ事など造作ない。しかも人の使うされとは、比べ物にならない威力まで備わっている。
 言葉もなく放たれるテクニックに、二人は常に警戒する必要があった。その為、思い切り踏み込む事も出来ず決定打がなかなか打てない。
 しかし、邪神も余裕を見せる事は出来なかった。剣を振るうにしてもテクニックを使うにしても、その直後にはどうしても大きな隙が生まれる。そこをつけ込まれないように、二手三手先を読み行動する必要があった。これまではどうにか優位に立っているが、この先も続くかどうか。先が読めるからこそ、邪神は焦りを感じ始めている。
 先読みによる行動は、徐々にパターン化していく。一定の攻防が続けば、今度はこちらが動きを読まれてしまう。そうでなくとも、ESはリコの戦術戦略を受け継いでいるだけに、そのパターンを読み取るのも速いだろう。スゥも一時期R3と行動を共にしておりその「戦い方」はある程度知り得ているはず。しかもスゥはESとは比べられない程の経験を積んだ暗殺者。その経験からパターンを読み抜く事は造作ないだろう。
 長引けば不利。何度も何度も斬りつけてくるESの牙と正確に突いてくるスゥの爪を防ぎながら、邪神は本来の姿から見ればあまりに小さな器であるアンドロイドの身体を動かし、ずっと先を見通す。
 ちらりと、もう一方の争いに視線を送る。猟犬同士の「闘犬」も激しさを増していた。
 何度も何度も打ち鳴らされる、鎌同士の摩擦音。戦う事だけに快楽を求める狂犬達は、こんな状況でも互いに笑っていた。
 狂犬達の争いは逆に、長引けば亜生命体の方が有利だろう。サポートに回ったTSのテクニックは邪神と違い、「底」がある。それが尽きた時、一気に邪神の猟犬が有利となる。しかしそれは、まだ先の事。むしろ本能だけで立ち回る亜生命体とは違い、アンドロイドは学習能力がある。しかも相手を葬る事への執着が違いすぎた。ただ快楽だけを求める亜生命体と違い、執念を持って挑むアンドロイドは本能のみで動き回る相手に慣れ始め、活路を見出し始めた。
 人の「欲」は侮れない。それは欲の化身である邪神が一番よく解っていた。執着執念といった「欲」が、驚異的な奇跡を呼び込む危険性ももちろん。
 さすがは「贄」に自ら選んだ者達だけはある。まだ優位にあるからだろうか、邪神は内心ほくそ笑んでいた。
 この者達を取り込めば、すぐにでも力を完全に取り戻せるだろう。善は急げと言う。欲望の化身は己の欲を満たす為に、そしてまかり間違って奇跡などを起こさせない為に、確実な「次の一手」に打って出た。
「なっ!」
 真っ先に気付いたスゥが、短い悲鳴を上げた。
 突然大きく後退した邪神が、また左手をかざした。テクニックが来ると身構えていたスゥだったが、来たのはテクニックではない。
 周囲に、まるで霧のように「闇」が漂っている。その闇が一点に凝縮され、徐々に形作られていった。
 出来上がったのはデルセイバー。亜生命体の剣士。
 それも一体だけではない。闇はあらゆる場所で凝縮を起こし、数多の亜生命体へと形を変えていった。出来上がるのは剣士以外にも様々、中には本来人間が創造した、プラントに徘徊していた人工の亜生命体も混じっている。
 物量で押す。これも確実な戦略の一つ。
「ハンデくらい気にしないんじゃなかったの?」
 邪神の言葉を鵜呑みにしてはいけない。解ってはいるが、ESは訪れた次なる危機に毒づいた。
 雑魚相手なら苦戦する事はないが、こう数が多くては話は別。しかも雑魚に行く手を阻まれては肝心の邪神に刃が届かない。むろん後方にも大量に現れた雑魚に退路も塞がれている。
 さて、どうする?
 焦り始めたその矢先、ES達の眼前で突然豪快な音と共に爆炎が巻き起こった。
 自ら産み出した子供達に構わず、邪神が動きの取れないES達に爆炎を放った・・・訳ではなかった。
 焦りからよく聞き取れなかったが、後方から声が聞こえていた。それはテクニックの名を唱える女性の声。
RAFOIE!」
 そして今度はハッキリ聞こえるテクニック名。再度爆炎が起き、亜生命体を炎に巻き込んでいく。
 振り向けば、そこには天使と悪魔の翼を持った救世主がいた。
「真打ちは格好良く登場しないとな」
 二本の刀で周囲の亜生命体を斬りつけながら、フォースのと共に現れた男が言い放つ。
「どーよ、惚れ直したか?」
「ええ、惚れ直したわ。M、良いタイミングよ」

 軟派師の言葉を軽くかわし、ESは満面の笑みで現れた三人を歓迎した。
 ESの掛けた保険が、ようやく到着したのだ。
「退路を確保します」
 シノがトラップを投げつけ、それを自前の愛銃ヤスミノコフ9000Mで打ち抜く。ES達の退路を塞いでいた雑魚達がアッサリと凍てついた。
 すぐさま、援軍に合流しようと下がる三人。しかしキリークだけは退こうとしない。
「・・・良いタイミングか。それはどうかな」
 援軍は歓迎すべきはずだが、猟犬は複雑な心境にいた。
 確かに、大量に湧いた雑魚は手を煩わせる。しかし援軍の登場は、彼にとって良い結果をもたらすとは限らない。
 その証拠に、対峙していたもう一匹の猟犬がジリジリと後退し始めた。
「・・・まあ、それも良かろう」
 猟犬が雑魚に紛れ消え失せたように、いつの間にか邪神も姿を消していた。
 援軍の到着に不利を悟った邪神は、早々に撤退していたようだ。
 過ちを正す機会を失った事は、キリークにとって喜ぶべき事ではない。しかしあのまま続けていて勝てた保証も全く無かった。残ったのは大量の雑魚と、複雑な気持ちだけ。
「さて、貴様らでこの埋め合わせが出来るのか?」
 雑魚を三匹を一度に両断しながら、キリークは低く吠えた。

 喫茶Break。行きつけの店で、ESは一人グラスを傾けていた。
 大量のエネミーを相手に疲れていたのもある。邪神との直接対決に疲れていたのもある。しかしそれ以上に、ESの心を押しつぶす物があった。
 それはスゥから語られた言葉。
「私はね、組織に戻って「母親」になりたいの」
 TSを見て改めて思い知った事だが、ブラックペーパーは子供達を心ない暗殺者に育てる教育をしている。その子供達はクローンだけでなく、孤児などもあらゆる手で招き暗殺者として育てている。その育成は本人の心情など無視した酷いもの。
 だからスゥは、組織に戻りその子達の母親になりたいのだと言った。暗殺者として育てられる事が避けられなくても、せめて心は人のままで育って欲しいからと。
 人の心を持ったまま組織の犬として活動する、「心を持った暗殺者」は、時として非常に辛い思いをする事も多くなる。しかしそれでも、人の心を無くしてはならない。TSのように育ててはならない。スゥは力説していた。
 それが娘TSの為でもあり、そして彼女なりの、「MOTHER計画」への抗議だと。
 しかしそれを素直に聞く組織ではない。スゥの組織復帰は当然、現役復帰でもある。
 それはつまり、いつか自分達の前に「敵」として現れる事を意味していた。次に合う時は、間違いなく敵対同士だろう。だからスゥは、遺恨が残らぬようにESに対して血の繋がりを否定して起きたかった。
 敵対宣言。それがスゥに出された条件であり、それを監視する目的でキリークが送られていた。キリークが後から来たのは、彼なりの気遣いらしい。
 あの猟犬が気を使うのか。何かのジョークにも思えて、ESは苦笑した。しかしその苦い笑みもすぐに消えた。
 これまで見守ってくれていた生みの親が敵に回る。直接会った事は無かったが、初めて顔を合わせた親から言われる言葉として、これほど重い物があるだろうか?
 カラカラとグラスを回し、音を立てるES。やりきれない思いがこんな事で解消されるはずはないが、溜息をつきながらこんな事でもしないともっと落ち込みそうだった。
 母と妹から絶縁され、一人ハンターズに残る。果たして、それは幸せな事なのだろうか?
 スゥはこうも言った。ブラックペーパーはけして悪の組織ではないと。あくまで「必要悪」なのだと。
 政府の裏で暗躍する諜報組織。それがブラックペーパー。暗殺や暗黒商人としての顔など全て、政府の為に動いている事。それを正義とは言わないが、けして悪ではないと、彼女は言った。
 政治的に見た行い。そこにはどうしても避けられない「悪」があり、それを実行するのがブラックペーパーだとスゥは言う。
 ESはそれに異論を唱えた。
 悪は悪だ。必要悪とは詭弁に過ぎない。それが、英雄に育てられたESの心情。
 考え方からして、もう親子とは言えなかったのかもしれない。確かにスゥは悪人ではないが、悪行はこれまでに、そしてこれからも染めていく。
 思えば、絶縁はESの為でもあったのだろう。しかしそれを素直に受け入れるにはまだESには時間が必要だ。
 正義の味方だなんて思っているわけではない。四英雄なんて肩書きは気恥ずかしいだけ。それでも、悪を行うのは許せない。なら、スゥもTSも許せないのか? これから敵として、刃を向けられるのか?
 溜息を何度ついても、グラスを何回も回しても、答えなど出るはずはなかった。
「マスター、俺マンハッタン頼む」
「私はキス・イン・ザ・ダークを、少しジンを弱めでお願い出来ますか?」

 うなだれているESの両脇に、ZER0とMが座った。
 そして二人は注文以外に、声を出さず黙っていた。
 特に何をするわけでもなく、ただ座っている二人。慰めの言葉も励ましの言葉もない。
 しかし、それだけで充分だった。
 ESは氷が溶けて薄くなったグラスの中身を一気に飲み干し、同じ物をもう一杯注文する。
「・・・来るのが遅いのよ」
 それはここに来る事なのか、それとも「保険」の事なのか。
 いや、特にこの言葉そのものに意味はないのかもしれない。
 あるのは、言葉に乗せられた感謝の気持ちだけ。
 親も姉妹も無くした自分には、それを補ってあまりある「絆」がある。今はそれだけで充分じゃないか。
 この先に待ちかまえる、スゥやTSとの再対面。そして完全復活を狙う邪神。
 考えれば考える程、溜息をつきたくなる事ばかり。だが、それらも乗り越えていけるだろう。
 私には、この二人がいる。それを感じさせてくれる両脇の温もりに感謝しながら、ESはマスターからグラスを受け取っていた。

第2話あとがきへ
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