novel

No.1 再会する家族

 胸騒ぎがしていた。
 ダークファルスと、そのプロト版と言えるオルガフロウはどうにか撃退した。
 ボスを倒せばハッピーエンド・・・なんて、まるでゲームのようにいけば問題ないが、世の中とはそう簡単なものではない。
 世間的・・・特にハンターズともラボとも総督府とも関係のない一般市民には、ダークファルスもオルガフロウも、その存在すら知られていない。未だ「原因不明のセントラルドーム爆破」によって、パイオニア2はラグオルに降下出来ないまま衛星軌道上に浮遊したままになっている、という一部の現状しか知れ渡っていない。
 降下出来ない不満は当然募る一方。そしてその不安や不満は、「何も手を付けない」と思われている総督府に向けられるのは当然だろう。
 当然、最も非難されるのは総督府をまとめている総督、コリン・タイレル。
 タイレルは市民からの絶対的な支持によって総督の座に着いたという経緯がある。そんな彼でも、説明がされないまま浮遊し続けるパイオニア2市民から非難される立場へと移行してきている。
 市民だけではない。事情を知らない・・・いや、知っていたとしても、母星政府やパイオニア2内の要人達もこぞってタイレルを非難し始めた。
 タイレル総督解任。新総督誕生。これは時間の問題だろうと、あらゆる所で囁かれていた。
 現総督は非難される事を承知で事実の隠ぺいを行っている。例え自身の地位が危うくなろうと、それが最善だと彼は信じている。
 それが本当に正しい判断なのだろうか? 政治家ではないESには判断しかねた。
 もし総督交代が成されたら、どうなるのだろうか? それも胸騒ぎの要因だが、今ESが気にかけているのはこの事だけではない。
 色々と未解決の問題が多い。ボスを倒せば解決するなんて問題の方が少ないのだと、ESはウェーブの掛かった長い黒髪を掻きむしりながら呻いていた。
 例えば、二人のキリークの事。
 その一方である、ダークファルスによって堕落し邪神の猟犬となったキリークとは、オルガフロウを倒す前に出会っている。その後の消息が不明なままなのも当然だが、彼が消息しているとなれば、それはつまりダークファルスの影響が色濃くラグオルに残っている事を意味している。オルガフロウ消滅と共に消え失せた可能性もあるが・・・それは考えにくい。
 そしてもう一方、ブラックペーパーにて生まれ変わったキリークMk2。先代からの因縁はまだ続いており、こちらとの決着もいずれ付けなければならないだろう。
 それよりも、彼の周囲が気になる。
 キリークは以前、スゥにブラックペーパーに戻れと告げていたと、ESはZER0から聞いていた。しかもスゥは、それにまんざらでもない態度だったと。
 ブラックペーパーとスゥ。自分の出生に関わる重要な機関と人物。そして生みの親。
 スゥはブラックペーパーから足を洗い、独自に「MOTHER計画」を調べていた。その理由は不明だが、戻る気になっていると言う事は、大方の調査は終えたという事なのだろうか? そしてわざわざ抜けた組織にまた戻る真意は?
 本来なら気にする事ではない。しかし生みの親たちが画策している事が自分と関わるのなら話は別だ。
 他にも色々と気になる事は幾つもある。
 あるのだが、そのどれもが基本的に事が起こったり向こうから接触してこない限りこちらからは動けない、つまり受け身の立場であり続けているのが歯がゆい。
「・・・あーもう!」
 イライラは募る一方。それをとりあえず、ESは手元にあった枕にぶつけた。
 ぼふっと音を立てる枕。この程度でストレスがアッサリ解消できるほど、ESに蓄積されている問題は軽くない。
「仕方ないわね・・・」
 少しでも様々な事を解消する為に、そして蓄積されている問題の一つでもあり唯一直接手を出せる相手。ZER0を少しからかおうかと腰を上げた。
 BEEにメッセージが届けらた知らせが電子音によってもたらされたのは、ちょうどその時であった。
「・・・依頼か」
 送信者はハンターズギルド。ESに名指しで依頼が来ているとの事。
 仕事で気を紛らわすのも悪くないかと、ESは行き先を変更し部屋を出た。

 遺跡地区へ来て欲しい。依頼内容を要約すると、このような内容だった。
 更にそれを解読すれば、「罠を張って待っているから来い」とも読み取れる。それほど、胡散臭い内容であった。
 理由は簡単。依頼主の名前が直接的すぎるから。
 TS。依頼主の名前はそう綴られていた。
 十番目のスゥと名付けられた、八番目のスゥであるESの妹。
 正確には、妹というと語弊がある。TSもESも、スゥのクローンとして産まれている為、そこに姉妹という概念はない。むろんスゥが母親だというのもまた違う。
 そもそもクローンとは、母体から細胞を摘出し、母体と同じ生命を作り出すという技術。この事から、意味合いとしては親子とか姉妹よりは同一人物という方が的確かもしれない。しかし三人の性格は全く異なっており、容姿も少しずつ異なっていた。
 スゥは肌が黒く赤い髪なのに対し、ESは黒い髪を持ち、母体よりも胸と尻が豊満である。そしてTSは髪の色は母体と同じだが肌の色は白く、母体よりスレンダーな体型であり背も低い。
 これで同一人物とはとても言い難い。何より、育った環境が違いすぎる。これならば同一人物と言うよりは親子や姉妹と言った方が適切だろう。だから妹などの表現が用いられている。
 そんな複雑な関係である妹TS。姉ESは彼女と一度しか対面していない。それも刃を交えるという対面しか。
 その妹が呼び出しているのだ。ただの面会であるはずもなく、「罠」と考えるのが無難なのは確か。
 さて、どうしたものか。ESは考えた。
 まず、そもそもTSの名を誰かが騙っている可能性は?
 これは難しい。まずTSの名を知っている人物がかなり限られる上に、騙るメリットがほとんど無い。あるとすればブラックペーパー絡みだが、これならばTS本人でもさして変わらない。
 ではTS本人として、今更この接触にどのような意味が?
 TSは以前、ESをブラックペーパーに連れ戻そうと接触してきた。その「連れ戻す」状況は問わない。つまり死体でも良かった。故にTSはESに「遊んで」と襲いかかってきた。
 今回も同じ理由だと考えられる。とすれば、わざわざ危険を冒してまで会いに行く必要はないし、行くとしても一人で行く必要はない。
 しかし行く必要があると、ESは感じていた。
 自分から手を出せない出来ない問題に、接触出来るチャンスだから。
 何より、依頼内容が気になっていた。
 母親と面会の際、母親の要望により第三者を起てて欲しいとあった。ついては、あなたを指名したい。
 ハンターズへの依頼はトラブル解決の類も多く、このような依頼は珍しいが無いわけでもない。
 しかしこの様な依頼なら、わざわざESを指名する必要はないだろう。指名する必要が別にあるから、依頼内容をでっち上げているに過ぎない。
 いや、完全にでっち上げとも言い難い。何故ならば、依頼人がTSである事を考えれば、この依頼内容には隠れたメッセージが込められていると思えるから。
 つまりこの依頼内容は、「母親」というキーワードを用いたメッセージだと読み取れる。
 依頼人の母親、それはつまりスゥの事。
 そう考えると、依頼内容はでっち上げでなく、全て事実だとも読み取れる。
 TSがスゥと面会する事になったが、スゥはESも同席させろと要望を出してきた、と。
 こうなっては、罠があろうと行かざるを得ないだろう。ESは覚悟を決めた。
 残る問題は、一人で行くか否か。
 依頼内容では、一人で来いとある。
 しかし文面から、どう考えてもTS本人が依頼しているとは考えにくかった。初めてあった時のTSは、行動も思考もとても幼かった。こんな硬い文章を考えられるような妹ではなかった。
 そして初めてあった時、そこにはあの二代目キリークもいた。
 ならば面会場に、キリークか他のブラックペーパー関係者がいる可能性は充分にあり得る。そんな中に一人で向かうのはとても危険だ。
「・・・せめて保険はかけておかないとね」
 ESは早速、相棒と恋人に連絡を入れた。

 結局、ESは一人で遺跡に足を踏み入れた。
 わざわざ一人で来いと指示をした理由が、明確ではないから。よほどの事でもない限り、馬鹿正直に一人で行く理由がないのは先方も承知しているはず。それでもあえて一人で来いとした理由が何かあるはず。それが余計な詮索となり裏目に出る事も考えられるが、キリークが絡んでいるなら小細工は仕掛けてこないだろうし、スゥがいるならば危害を加える事はないとESは踏んでいた。
 むろん、依頼内容と依頼者から推測したESの考えが正しければ、だが。
(考え出したらキリがないものね)
 結局はそこに落ち着いた。
 万が一の「保険」もかけている。ならば素直に、折角のチャンスを逃すことなく接触した方が賢いだろうと、ESは自分に言い聞かせた。
 とはいえ、蓋を開けなければ何が飛び出すか解らない状況。心配するなと言う方が無理な注文だ。
 一歩一歩が、重い。
 これから出会うのは、何が飛び出そうと自分に何らかの「衝撃」となる。それが明らかなだけに、折角のチャンスであっても、とても軽やかに足を運べるはずもなかった。
 それでも足は一歩ずつ、指定された場所へと向かっていく。
 そして指定された場所、その一歩手前となる扉の前までESは歩を進め辿り着いていた。
 この先に、さて何が待っているのか。
 緊張が走る。警戒をより強める。鼓動が速くなる。息が荒くなる。
 様々な想いが、様々な反応を引き起こす。
 意を決し、ESは遺跡独特の気味悪い扉を開けた。
「いらっしゃい・・・あら、本当に一人で来てくれたのね」
 ESの想いとは裏腹に、とても軽い雰囲気で話しかけられた。
「初めまして・・・って言うべき? それともお久しぶりとでも言った方が良いかしら? お母様」
 先ほどまでの緊張は何処へやら。場と声の雰囲気にESは一瞬あっけにとられたが、足取り軽く声の主に歩み寄り軽口を叩けるようになっていた。
「私は何時でもあなたの事を見ていたから・・・初めましてって気がしないわ。それと「お母様」も止めてくれる? ES」
 娘という言葉を使わず、手を差し伸べる女性。ESはその手を迷うことなく握った。
「なら久しぶり、スゥ。直接会ってくれないから、私には久しぶりなんて気がしないけれどね」
 ただ手の感触だけは、何処か懐かしさすらあるような気がESはしていた。
 細胞的には同一の、クローン母体。それが懐かしさの原因なのだろうか?
「さて・・・なら、あなたの事はなんて呼べばいいかしら? TS」
 スゥの側に立ちこちらをじっと見つめている少女。その瞳はとても複雑な感情の色を滲ませている。
「TSでいい・・・僕も「お姉ちゃん」じゃなくてESって呼べって言われてるから・・・」
 愛情と憎悪が入り交じる、そんな瞳と声の色。
 殺してでも連れ帰れと命じられていた姉。その「お姉ちゃん」を名前で呼べと言われているその意味には、なにか深い理由がありそうだ。まだESにはそれが判らないが、TSの表情から、訳は間違いなくありそうだ。
「それにしても・・・本当に二人だけなのね。てっきり「ペットの犬」くらい連れてくると思ってたのに」
 ホッとした気持ち半分、拍子抜け半分。この場にキリークがいない事はESにとってかなり意外だった。
「親子水入らずでいたいじゃない?」
 母だ娘だと呼び合うのは止めようと提案したばかりのスゥが、冗談半分でキリークのいない理由を告げた。
 冗談で隠されたもう半分の理由は、キリークをこの場に派遣するほどのことではないという判断もあるのだろう。
 何故キリークを必要としないか。それはスゥの口から「衝撃」と共に告げられた。
「結論から言うわ・・・私は組織に、ブラックペーパーに戻る事になったわ」
 予測していた事だが、その事実はESを動揺させるに充分だった。むろんこの程度ならまだ冷静を装うくらいの余裕はESに残されていたが。
 何かと因縁の多いブラックペーパー。そこに会った事がなかったとはいえ自分と繋がりのある人物が戻るという事実は、情とか理屈とか、そういったものを超越してESにショックを与える。
 そして一つ、ここにキリークがいない理由が何となく見えてきた。
 スゥがキリークに代わり、TSの保護者になったのだろう。
「理由は色々あるんだけど・・・今日はそれを伝える為に来て貰ったの」
 だから掛け値なしの、直接的なメッセージだったのか。あれこれと裏を探ったハンターズへの依頼は額面通りの意味だったのだ。
「そう・・・こちらからも色々聞きたい事があるけど、全部話してくれるのね?」
 半ば期待していないが、皮肉の意味も込めて尋ねた。
「全部・・・ってわけにはいかないと思うけど、おおよそ話せると思うわ。それが組織復帰の条件でもあるし」
 皮肉は皮肉として通らず、そのままの意味で通された。
 何があったのか? ESはまず疑わずにはいられなかった。
 これまで散々隠してきた真実。そして会わないよう避けてきたスゥ。その彼女が面会を求め、隠してきた真実を語るという。
 何かあると思うのが当然だろう。
「疑う気持ちも判るけどね。でも素直に聞いて欲しいの。あなたに知る権利もあれば私にも伝える義務があるから」
 知りたかった真実がこれから聞かされる。そうなった経緯は気になるが、ようやっと明らかになる真実に対する好奇心と興奮がそれを上回った。
 ESは黙って頷き、スゥの言葉一つ一つを聞き漏らさぬ気迫で耳を傾けた。
「まずはどこから話せばいいのかしら・・・そうね、あなたとTSの出生からかしらね」
 ESとTSはスゥのクローンであり、二人を産み出したのはブラックペーパーという組織。これは既に「基礎知識」として知り得ていたが、ここからスゥは丁寧に話し始めた。
 基礎知識としては、スゥが優秀なニューマンである為に、優秀な母体として選ばれたことも含まれている。
「クローン技術はなにもブラックペーパーだけが研究している事ではないわ。けれどブラックペーパーがクローンに手を出したのは、闇の武器商人という別の顔を持つ為・・・とたぶん聞いていると思うけど、それは違うの」
 基礎知識に修正が加わった。ESが聞いていたのは、ブラックペーパーはクローン技術を用いて優秀な「戦闘員」を量産する狙いがある・・・というものだった。だからこそ戦闘能力に優れたスゥが選ばれたのだと。
「これはね・・・MOTHER計画の一端なの」
 声には出さず、しかし目を見開いてESは驚いた。
 MOTHER計画? ここにきてまたこの計画が絡むのか? しかし何故ブラックペーパーが? 何故自分達が?
 驚き混乱する暇もなく、スゥの話は続く。
「ZER0から「制御塔」の話は聞いているでしょ? MOTHER計画はそもそも「第四の種族」を誕生させる為の計画なの」
「ええ、「次なる生命体」って奴ね。聞いているわ」

 どうにかまだ冷静を装いながら、ESはZER0が聞いている事を伝えながら、自分もその内容を思い返した。
 オスト博士が研究していたMOTHER計画。それはヒューマン,アンドロイド,ニューマンに続く四番目の種族、「次なる生命体」の研究だった。
 その計画は制御塔による「生命の渦」と三つのAIによって進められていたが、オスト博士は邪神の細胞、D因子に魅入られそちらの活用へと計画をシフトしていった。
「その次なる生命体の研究・・・その初期段階の「材料」として、私のクローン、つまりあなた達が産まれたの」
 もう驚きを隠す事も出来ない。ESは脳内でリフレインされるスゥの言葉にただ口を開ける事しかできなかった。
 自分はモルモットとして産まれた。その事実はあまりにも衝撃的だ。
 スゥの説明は続いた。
 彼女の話では、スゥ自身も自分のクローンが生み出され続け材料として提供されていた事は知らなかったらしい。それを知ったのは、組織の研究所を赤い輪の英雄、リコ・タイレルによって発見,壊滅されられた時。この時リコは唯一生き残っていたESを発見し、自分の娘として育てる為に保護していた。
 そしてスゥは自分のクローン達の存在を知り、組織への不信感を一気に募らせ、そして「脱会」する機会を狙うようになったという。
 自分の知らないところでクローンが作られ、それをモルモットとして勝手に渡され、そして実験される。母性本能など以前に、嫌悪感が湧き忠誠心が激減するのは当然だろう。
 ただ唯一、TSの存在だけはスゥもリコもその時には発見出来ていなかった。まだ「モルモット」として「出荷」出来る状況にまで育っていなかったTSは、組織によって持ち出され、冷凍保存されていたらしい。それをパイオニア1ラボへ提出する為に解凍し、パイオニア2に搭乗させたらしい。
「僕までモルモットにしようとしてたんだ。もうあんな人達、パパなんかじゃない!」
 怒りを露わにするTS。どうやら、彼女には先に真実が伝えられているようだ。
「・・・TSにまで真相を話せるようになったんだ」
 これは意外だった。TSは組織の研究員を「パパ達」と慕い、彼らの命令でESを付け戻そうとしていたのだから。
「彼女にも真相を告げるのが、「条件」の一つだったからね」
 スゥはTSの頭を軽く撫でながら、話す。
 その声と彼女に向けられた瞳は、母そのものだとESは感じた。
「クローンなのにあなた達が私と髪や身体がちょっとずつ違うのは、MOTHER計画としてどこまで細胞段階で「いじれるか」を試す為の、結果らしいわ」
 どこをどう細胞段階の時にいじれば、どう変わるのか。その研究の為にESとTS、そして他の姉妹達に施されていたらしい。研究が進めば、思い通りの「能力」を伸ばしてから誕生させる事も可能で、つまりは「次なる生命体」への進化に繋がる実験なのだ。
 それは二人が、産まれる前からモルモットにされていた事をも物語っていた。
「私は組織を抜けるタイミングを見計らっていたわ。それと同時に、自分に関わった「MOTHER計画」がどんなものか、徹底的に調べ始めたわ」
 始めは組織が作り上げる「兵器計画」の一つだとスゥは思っていた。ところが調べていく内に、大本の研究は兵器などではなく、「次なる生命体」の研究だと知ったスゥ。しかしそこから、ブラックペーパーとオスト博士は「生体兵器」へ、軍とモンタギュー博士は「機械兵器」へと計画がシフトしていく事となっていくのを知った。
「ここまで把握出来るようになったのも、つい最近なんだけれどもね」
 溜息を交え、スゥは話を続ける。
「組織を抜け独自にMOTHER計画を調査していく中で、あなたと又巡り会えるようになったのは・・・本当に驚いたわ。それも最初の接触があなたよりも先にあなたの「恋人」なんだものね」
 クスクスと笑うスゥとは対照的に、ESは頬を赤らめていた。
 初めての接触は、偶然を装ったZER0との接触。間接的にでもESと繋がりを求めたスゥは、その接点にZER0を選んでいた。
 軟派師と呼ばれている男だが、この男は信頼出来る。そうスゥはZER0を評価していた。
「親子だから好みも似るのかしら?」
「親子の関係は止めようって言い出したの、スゥでしょ?」

 からかう時は徹底的に。そこもやはり似ているような気がするとESは自己分析しながら更に頬を真っ赤にしていった。
「それより・・・どうしてブラックペーパーに戻るの? それはこうして真相を私に話せるようになった事とどう関係があるの?」
 話をそらせる意味も含め、ESはスゥに詰め寄った。
 自分がモルモットだったという衝撃的な事実は、ブラックペーパーにとってあまり残しておきたくない「証拠」であり「汚点」だろう。だからこそTSに命じて、自分を連れ戻そうとしていたはず。
 それなのにその事実を、組織に戻ろうとしているスゥから伝えられる事を許可した。それだけ、組織にとってスゥの復帰が重要という事になるが、その理由が判らない。
「ええ。私が組織に・・・」
 言いかけた言葉を、スゥは止めた。
 悪寒が背筋に走る。スゥが言葉を止めた理由はその悪寒による危機感。
 むろん同じ悪寒を、ESもTSも感じていた。
「こんな時に・・・」
 ESには覚えがあった。この悪寒に。
 そして自分の直感が正しい事を、視覚的に証明してくれた。
 闇からゆっくりと姿を現す。足音もなく、しかし三人に接近を感じさせる「悪寒」という気迫。
 背を曲げ、大きな口を開き、そこからはだらだらと粘着質ある唾液をしたたらせている。
 手には大きな鎌。鎌には紫の鈍い輝きを放つ球体が取り憑いている。
 キリーク。この場にいない事が意外だったと思えた黒い猟犬。その慣れ果てたもう一人のキリークが、そこにいた。

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