novel

No.3 隊長責任

 情報は、多いに越したことはない。だが、ただ多いだけではいけない。
 出来るだけ正確な、そして多方面からの情報が必要だ。レオは今、集めた情報の整理に頭を悩ませていた。
 一つは、自ら集めた情報。主に軍内部から探りを入れた物だ。
 もう一方は、軍の外部から探らせた情報。客観的な視点からの情報は誤りも多くなりがちだが、しかし内部からでは見えてこない情報も含まれる為とても有意義な物も多い。
 この外部からの情報に、レオは驚かされ、そして悩んでいる。
「まず訊きたいのだが・・・」
 レオは情報の提供者に尋ねた。
「軍人の常連が多い店のウエイトレスに、近隣の売店店員。メディカルセンターのナースに、チェックルームガール。さらには階級ある軍人の奥方や娘さんまで・・・幅広い人々から情報を集められる君の手腕に、私は驚きを隠せないわけだが・・・」
 ふぅ、と一息ついてから、質問の核心に触れる。
「何故、女性ばかりなのだ? 軟派師殿」
 にやりと口元をつり上げ、軟派師と呼ばれたハンター、ZER0は答える。
「得意分野を活かしてこそのハンター稼業なんでね」
 二つ名が示すとおり、彼は公私関係なく女性を口説くことを「日常」としている。その「口説き」が「私(わたくし)」の方に上手く活用されるケースは希だが、しかし「公」の方には上手く潤滑するようだ。
「一度、貴殿の「テクニック」を拝聴したいものだね」
「知りたいなら、相手をした女性に訊くんだな。プライベートな夜のことなんて、とてもとても野郎にゃ気恥ずかしくて語れねぇや」

 あまりに下品な返答に、レオはただ苦笑するだけだった。
 本当に夜までプライベートな付き合いをした女性はいないのだろうが、それを判っていてもこのように下品な「ジョーク」は好きになれない。
 所詮はハンターか。けして見下すつもりはないのだが、誇り高き軍人であるレオから見て、あまりに下品なハンターをどうしても同等に見られない。
「ま、そっちの話はおいといて、だ」
 やっと、ハンターは「真面目な」回答を口にする。
「女ってのは、したたかな奴が多いんでね。どんな些細なことでも、「何かある」と思ったら結構長いこと覚えてるもんなんだよ。その情報が自分を「有利」にすると思ったら尚更さ」
 彼の話は鵜呑みには出来ないが、彼の持論があってこそ目の前にある情報があるのもまた事実。紳士たるレオには今一つ信じられない話だが。
「少なくともあんたの情報は野郎軍人からばかりなんだろ? ならちょうど良いじゃねぇか」
 軍人には女性もいるが、偏っていたのは事実。そして偏っていたが故に見逃していたことがあったのも又事実だった。
「情報源に関しては解った。しかし・・・信憑性はどうなのだ?」
 レオを悩ませていたのは、その信憑性だ。
 ZER0が持ち込んだ情報は、偏った情報しか持っていなかったレオには驚くべき事ばかりが記されていた。あまりにも衝撃的な内容故に、とても信じがたい。
 情報が事実なのか? 混乱気味のレオにはその判断が難しい。
「情報ってのは、集めるだけ集めて、重なっている所を検証して絞り込むもんだ。アンタと違って、俺には先入観がねぇから・・・あ、いや、正直軍人は信用してねぇからそのあたり若干偏ってるかもしれねぇが・・・かき集めた情報を整理した結果に、俺は自信があるけどね」
 何故、ハンターに依頼してまで情報を欲したのか。レオは原点に戻り考えた。
 情報戦の重要性は、今や少将という階級にいるレオにはよくよく解っていること。だが、WORKSから隔離された今は、優秀な諜報員もパイオニア1に連れ去られてしまった。情報収集能力が低下している事を自覚しているからこそ、外に求めたのだ。
 今でも、軍内部に諜報員はいる。だが、信用性は今一つ欠ける。むろん良くやっているとは思っているが、時間をかけて築く「信用」は全くもって無いに等しい。むしろ「誰か」に雇われている二重スパイである可能性すらある。
 WORKSという軍隊に対する影響力は未だ大きくとも、結局は軍隊から引き離された身。それをレオは痛感していた。
「判った。君の腕は信用しよう。しかし・・・」
 目の前のハンターが持ち込んだ情報には不可解な点が多かった。しかし彼は自信があるという。
 では、「この」不可解な点をどう解釈すればいいのか。レオはハンターに尋ねることでもう一度整理を図ろうとした。
「例えばこれだ・・・サコン大尉がこの日、ある人物と密会していることになっているわけだが・・・」
 いくつもあるファイルから一つを選び、レオは画面上に映し出されたそのファイルをZER0に見せながら話を進める。
「密会の相手が・・・レオ・グラハートとなっている。これはどういう事だ?」
 何故自分の名前がある? これはあまりにも不可解だ。
 レオが持ち込まれた情報を信用出来なかったのは、同様に現在コーラルに残っているWORKS部隊員の上層部がこぞって、「レオ・グラハート」なる人物と何度も密会を重ねている報告が多かった為。
 もちろん、レオ本人がこのような密会に全く覚えがないからこそ、彼は情報の信憑性に疑問を持ち混乱したのだ。しかしこの情報が真実だとしたらどういう事なのだろうか。それをレオは尋ねている。
「あんたが記憶喪失なのか、二重人格なのか・・・そのどちらでもないとしたら、残る可能性なんて俺には一つしか思いつかないがね」
 その可能性については、レオも考えた。だが、客観的な意見を聞くことで自分を納得し落ち着かせたかったのだ。
 自分一人では心の奥底から沸き上がる、ごわごわとした、怒りとも不安とも失望とも言い難い不快な感情を抑え込み事実を受け入れる事が難しかったから。
「レオ・グラハートを名乗る人物がもう一人いるってことだ」
 つまり、自分の偽物がいるということ。この事実をようやく受け入れたレオは、大きな溜息と共にごわごわした不快感を吐き出した。
 WORKSに未だ残るレオの影響力。それを「何者か」によって逆手に取られた。
 簡単なことだ。レオの偽物という代理を立てる事で、レオの影響力を恐れていた者達がその影響力をそのまま利用しようとしているのだ。
 しかし、そう簡単に行くものか? そもそも偽物は本物と区別が付かぬ程似ているのだろうか?
「密会ってくらいなんで、具体的な密談内容までは聞き取れなかったが・・・」
 レオの疑問に、ZER0が答えている。
「密会に応じた奴の中には、周囲に「出世する」だとか「目的が実行される日も近い」だとか漏らしていたのもいたらしい」
 一度レオも目を通しているファイルから数点選び出しモニターに表示させたZER0は、加えて口頭でも説明した。
 偽物を本物と思わせる手段として、外見的な事よりも相手の心理を突くことで信じ込ませたところが大きいようだ。
 そもそも、WORKSはレオが復讐心からクーデターを模索した事によって生まれた軍隊。集められた隊員は、クーデターに賛同する「軍人による政権交代」を夢見た者達ばかり。そんな者達にとって、レオのカリスマは「クーデターの首謀者」であるという事。ならば、偽物がそのクーデターを強く主張し直せば本物と妄信する者も出てくるだろう。あるいは、偽物と気付いていながら本物よりもより自分に都合の良い偽物をレオとして慕う者もいるのだろう。
 思い上がりも甚だしい。レオは自分を罵倒した。
 レオ・グラハートという人物の、なんと薄っぺらいことか。自らが持っていた「影響力」を過信しすぎていた自分を激しくなじった。
「・・・すまないが、もうしばらく調査を続けてくれないか?」
 落胆しているレオは、その場で契約の延長を申し出た。
「偽物に関する情報なら、少ないがある程度手に入れてるぜ。これが途中報告をまとめた奴だ」
 机の上に投げ出されたのは、ファイルの詰まったメモリーディスク。
「何も手が早いのは女だけじゃないぜ?俺は」
 思い場の空気の中で、ZER0はおどけてみせた。それをレオは、苦笑しながら見つめていた。
 全く関係のない第三者の方が、事の状況を把握しているとは。いかに周囲が見えていなかったのかを改めて痛感させられる。
「簡単に言えば・・・どうもその偽物、裏で誰かが糸を引いているらしいんだが・・・」
 彼が途中報告だと言った訳は、そのあたりをまだ絞り込めていなかったからのようだ。
「糸の先端を握っているのは、一人や二人じゃないみたいだぜ」
 複数の人物、あるいは複数の組織が糸に絡まり偽物を操っている。つまり今回発覚した「レオの替え玉」はかなり大がかりな陰謀が動いているその一端ということになる。
「・・・全部言っちまえば・・・俺はここらが限界だ。これ以上の情報となると、俺の手には負えねぇ。そりゃ、手近に最高幹部の女でもいりゃ話は別だがね」
 ハンターはどんな仕事も引き受けるが、そもそもは傭兵達から生まれた組織。得意分野は情報戦よりも実戦だ。そう考えれば、ここまで調べ上げることが出来たZER0の手腕はハンターの中ではそうとうの物と評価すべきだろう。ただ彼の情報源が「女性」に限定されている為に、これ以上は無理と主張する彼の言い分も理解出来る。
「・・・出来る範囲で構わない。続行を願う」
 それでもレオは、彼に託した。
 今信用出来る諜報員は、彼しかいないのだから。
「・・・判った。なんも掴めなくても文句は言うなよ?」
 部屋を出て行くZER0を見送り、レオは再び頭をかかえた。
 何がいけなかった?
 偽物が立てられるなどという大事に気付かなかった自分を恥じ、そしてどこに問題があったのか過去の己に問いただす。
 原因の一つは焦りだろう・・・とは、客観的に見ていれば気付けることだ。しかし失態に気付いたことで今もなおさらなる焦りが生じ目を曇らせていることに、本人はまだ気付いていない。気付くのにはもうしばらく時間が必要なのだろう。
 躓くことの少ないエリート。そして経験の少ない若さ。そこから生じる小さな綻びは、修復の手立ての無いままに一瞬にして大きくなっていく。

 視察の名目で行われる、軍事訓練。これは特に珍しいことではない。
 ただ、視察そのものはそれこそ「名目」だけで終わることが多く、「視察をした」という事自体が重要である場合が多い。軍上層部による視察なら隊の士気向上が狙いであり、政治家の視察であるなら政治的な目的が絡む。それだけに視察した上で訓練内容を議論する事が前提である事は極めて少ない。
 視察の目的が何らかの「成果」を確認する為に行われることもあるが、これも視察前の段階でほとんど「確認」を終えている事が多い為に、視察そのものが「最終確認」となる場合が多い。故にこれも又視察をしたということ自体が重要になる。
 今回の視察は、この「最終確認」というケースに該当するだろう。ただし、普通の視察とは異なり「試験」的な要素が強く、事前から結果が予測されるような視察とは違う。
「これまでの訓練通りに行えば何の問題もない」
 視察という試験を前に、部下を気遣うアンドロイドがいた。
 彼の名はBAZZ。視察対象となるアンドロイド小隊の隊長だ。
「相手はこちらとほぼ同型の性能を持っているようだが、感情のないロボットだ。何も遠慮することはない」
 視察訓練の内容は、アンドロイド小隊とほぼ同性能をもったロボット小隊との模擬戦。
 相手となるロボット達には思考回路こそあるがロボット故に感情はない。つまり互いの差は感情の有無だけということだ。
「とはいえ・・・あまり気味のいい話じゃ無いっすね、隊長」
 両肩を抱きながらわざとらしくぶるぶると震えてみせる隊員の一人、ジョニー。
「感情の有無は人権の有無。俺達の人権を確立する為にも、気味の悪さだけで嫌がってもいられんだろ」
 おどけるジョニーをたしなめるシン。
「割り切ることが大切かと。通常の訓練でもこのような模擬戦は数多くあるのですから」
 そして現実的な話で自分を含めて言い聞かせるように語るボイド。
「でもさ・・・実弾使用の模擬戦ってのが解せないね。所詮上はどっちも消耗品扱いなわけ?」
 話の矛先を買え不満を口にするシェリー。
 シェリーが言うように、今回の訓練では実弾が用いられる。訓練そのものに実弾が用いられること自体は珍しくない。しかし今回のような模擬戦で実弾が使用されることなど普通ではあり得ない。
 名目では「より緊迫した状況下で行うことにより、感情の有無がどれほど左右されるのかを見極める」とされた。名目は名目らしくそれなりの説得力はあるが、名目らしく建前でしかない。アンドロイドの人権が何処まで軽んじられているかが如実に判るという意味に置いては、かなりの説得力を持った名目ではあるが。
「だからこその視察訓練だ。上が気にもかけないアンドロイドの人権を否応なく確立させる為にも、君達には優秀な成果を上げて貰いたい」
 プレッシャーをかけることが、より「感情」に負担をかけることもある。しかしプレッシャーが「感情」に働きかけ、よりよい成果を生むこともある。隊長は後者にかけていた。
 この視察訓練の成果が、今後のWORKSにおける部隊編成に影響してくるだけに、BAZZも言い難い程に大きなプレッシャーを感じていた。
 アンドロイドの増員か、ロボットの配備か。
 これは自分達の存続をかけた戦いでもある。
「フォーメーションなどはこれまで通り。ただし状況によって臨機応変に対応することも忘れるな。ただ目的を遂行するだけに突っ込むロボットがいかに愚かなのか、思い知らせてやれ。以上だ」
 ミーティングの終了は、戦場という死地への出発を意味した。各々が多々思うことを抱きながら、ミーティングルームを後にする。
 ただ一つ、皆が持っていた思いがある。
 アンドロイドの人権を確立させる。その願いが聞き届けられることを夢見ながら。

 一人椅子に腰掛け、まるで祈るように手を組み机の上に肘を突く。組んだ両手に額を付け、深く溜息を吐くレオ・グラハート。
 今頃は、アンドロイド小隊が視察訓練を行っている最中だろう。その成果を見届けることも出来ない歯がゆさが、溜息を深くさせる。
 そして何より吐き出す溜息の量を益しているのは、結局何も掴めなかった「視察訓練」の全貌。
 ハンターは限界だと言っていた。そしてそれは間違いのない判断だった。あれから、有力な情報は何一つ上げられなかった。
 判っているのは、何者かが視察訓練で何かを企んでいる、という事だけ。つまり「何かある」という漠然とした不安だけを残して何も解っていないのと等しい。
 WORKSに影響力を与え続けているとされたレオ・グラハート。しかしその影響力も、別の何者かによって根こそぎ刈り取られようとしている。いや、既に刈り取られているのかもしれない。それもまた、得も言われぬ不安を大きくするだけの材料。
 自らの財力とカリスマで築き上げた特殊部隊WORKS。父の無念を晴らす為にクーデターを目的として闇雲に戦力の拡大を行ってきたが、その行き過ぎた戦力がかえって政府高官の目に止まり、部隊から引きはがされるという結果を生んだ。むろん戦力の拡大が政府高官達への圧力にもなると考えて招集していたわけだが、結局それは後付の言い訳でしかない。
 そして自ら作り上げられた部隊は今、クーデターにより乗っ取られようとしている。
 こんな皮肉があり得るのか? レオは自嘲した。
 自分を責め続ける長い長い時間は終わり無く続くかと思われたが、簡素ながらよく響く電子音がその時間を止めた。
 直接連絡を取れるよう用意した、通信端末の呼び出し音だ。
 この通信端末に連絡を入れられる人物は限られている。そしてその限られた人物は状況から考えて、「今」連絡を入れられるはずがない。
 たった一人を除いては。
「俺だ、ハンターズのZER0だ」
 レオの予測は的中した。興奮気味に通信回線を開いたレオにとって、さながらZER0の声は救いの一言にも聞こえた。
 だが、現実はそう簡単に好転はしない。
「あんた、今どこにいる?」
 奇妙な質問に一瞬戸惑ったが、彼が言わんとしていることが何かを、レオは直感した。
「自室で待機しているが・・・現れたか?」
 お互いに名前こそ出していないが、特定の人物について話をしている。
 レオ・グラハートの名をかたる偽物についてだ。
「視察訓練をしているよな? 今。偽物はその訓練を何人かで視察しているらしい」
 らしい、という語尾が情報の不確かさを物語っているが、しかし何もないよりはよほど有益な情報だ。
「場所がまだ特定出来ない。どうもWORKS本部の司令室ではなさそうだってくらいしか・・・今から探り当てるには時間がない」
 時間がない? それは探している最中に訓練が終わるだろうという見解か?
 いや、通信機の向こうから伝わる緊迫感は、更に差し迫った「何か」が伝わってくる。
 その何か。ZER0は手短にレオへ伝えた。
 伝えられた情報は、危うく通信機を落としそうになる程に、レオの手を、全身を、小刻みに震えさせた。
「選択は二つに一つだ。あんたと俺とで偽物達探しだしふんじばるか、それとも・・・」
「アンドロイド小隊の救出に向かってくれ」

 全てを聞く暇もゆとりも、レオにはない。
 即答でレオは聞いていないもう一つの選択肢を選び、指示を出した。
 全力を尽くす、と言い残し通信は切れた。
 間に合ってくれ。もう、今のレオに出来ることは祈ることのみだった。

 結果は、予想以上だった。
 アンドロイド小隊の圧勝。楽観視はしていなかったがある程度予測出来た結果。隊長であるBAZZはこの結果に大変満足していた。
 感情の有無だけが、アンドロイドとロボットの差ではない。
 アンドロイドには心があるが故に、学習しようとする「意欲」がある。
 アンドロイドもロボットも、学習能力がある。あらかじめプログラムされた技術だけでなく、「経験」を積むことでさらなる高みへと技術を磨くことが出来るようになっている。
 しかし、ロボットには技術を磨こうとする「意欲」が無い。今まで累積してきた経験にない状況に陥った時、その状況を更に「蓄積」していくだけ。学ぼうという意欲ではなく、知識を蓄積するようにプログラムされているに過ぎない。故にロボットは考えない。状況を「計算」することは「考える」と同意ではないのだ。
 一方アンドロイドは、学ぼうとする意欲がある。その意欲はただ知識や経験を蓄積するだけでなく、そこから新たな可能性などを模索する事へ繋がる。
 つまり同じ体験をしたとしても、意欲の有無で身に付く技術に差が生じるのだ。
 それをよく理解していたBAZZにとって、この結果は当然だったといえる。
 ただ、不満もあった。
 いや、不満と言うよりは不安だ。
 あまりにも、上手くいきすぎている。
 この結果、いくらアンドロイドを軽視していた上層部でも、予測はついただろう。
 アンドロイドよりもロボットの投入を目指したい上層部が、ここまで結果の明らかな訓練で満足するのだろうか?
 気になるのは、訓練前に漏らした「あの男」の言葉と余裕。
 素晴らしい記念日になるだろう。確かに、このまま行けば自分達にとって素晴らしい記念日になるのは間違いない。しかしあの男・・・サコンにとって素晴らしいはずがない。
 何があるというのだ?
「・・・長。BAZZ隊長」
 BAZZの思考は、すぐ側にいた部下の呼びかけにすぐ気付かない程深かった。
「何か落ち度がありましたでしょうか?」
 不安気味に尋ねるボイドに、BAZZは頭を横に振って答えた。
「皆、見事だった。今回の訓練で判ったと思うが、経験はただ経験しそれを記憶していれば良いという物ではない。経験を踏まえ、そこから「学ぶ」事が重要だ。そして、アンドロイドにはそれが出来る。自分達がアンドロイドであることに誇りを持て。今後も君達の活躍を期待しているぞ」
 アンドロイド故に表情にこそ表れないが、皆隊長の言葉に喜んでいる。
 為し得た。アンドロイドの未来を確立する為に、今日の「成果」を勝ち得たのだ。
「以上、作戦終了だ」
 隊長の宣言に、ジョニーがはしゃぎ、シンがそれをたしなめる。シェリーがボイドにハイタッチを促し、彼女がそれに照れるよう応じた。
 良い部下を持った。BAZZは彼らを誇りに思っている。
 技術的なことでも、戦力的なことでもない。彼らはアンドロイドとして、実に立派な者達だ。
 もし自分に表情を作ることが出来たのなら、おそらく笑みを隠しきれなかっただろう。その点だけを見れば、表情が変わらないのもあながち悪くはない。
 はしゃぐ彼らを軽くたしなめ、BAZZは期間の命令を下す。そして自ら先頭を歩くよう反転し、一歩未来へと踏み出した。
 輝かしい未来へ。
 そうなるはずだった。
 一歩BAZZが踏み出したその刹那、「何か」を感じた。
 それは音のない音。無理に例えるなら、そうとしか表現出来ない、奇妙な感覚。
 何かの電波か? などとその感覚について考える猶予はなかった。
 後方から銃声が聞こえた。それもかなりの至近距離。
 振り返ると、シェリーの背中が見えた。
 先ほどまで見ていたシェリーと違う点は、頭部が完全に無くなっていたこと。
「シェリー!」
 ジョニーの叫び声と同時に、首を失ったシェリーが前のめりに倒れた。
 シェリーが死角になって見えなかった光景が、BAZZの目にありありと映し出された。
 ボイドが、シェリーが居た方に銃口を向けていた。
「ボイド、お前なに・・・」
 混乱が、残った三人を包む。そんな中でどうにかシンが当事者・・・だとは信じたくはないが・・・ボイドに声をかけた。
 その声に、ボイドからの返事はない。
 代わりに、「何か」をシン目掛け投げてよこした。
「! シン、下がれ!」
 その正体にいち早く気付いたBAZZがシンに命令する。
 だが、混乱が迅速な対応を邪魔する。
 シンより早く、ボイドが後方へと飛び退き、投げた「物」に銃口を向けた。
 コンフューズトラップ。ボイドが自ら投げた機雷に、銃弾は見事命中した。
 混乱は混沌へ。心理的混乱に追い打ちをかけたコンフューズトラップに、シンは為す術がなかった。逃れようとする思考すら、もう彼の回路を駆けめぐることはない。
 その回路ごと、ボイドに打ち抜かれたのだから。
 即死だ。修理が可能なアンドロイドにも死は訪れる。シェリーもシンも、メイン回路の詰まった頭部を破壊され、死んだ。
「ボイド! お前なにやってんだよ!」
 何故だ。何故ボイドが二人を。
 混乱に怒りが加わり、そして悲しみが混じり合う。もはや、感情を一言で表現する事など出来やしない。
 そんな入り組んだ感情は、コンフューズトラップを用いられるまでもなく混沌へと向かっていた。
 そんな状況下で、冷静な判断など出来るはずもない。
 ボイドの銃口は、ジョニーの頭部へと向けられた。
 冷静な判断は出来なくとも、ジョニーは自分に向けられた銃口から逃れなければならないことくらいは判断出来た。
 銃口から逃れる術。ジョニーは真っ先に、ボイドの止める・・・死を持って止めるという方法しか思いつかなかった。
 放たれた弾丸をかわし、ジョニーは手にしていた長刀、迅雷を振り下ろした。
 頭目掛け振り下ろされた剣先は、目標とした頭部に当たることはなかった。だが、剣先は思わぬ成果を上げた。
 銃を持っていたボイドの右腕を切り落とした。ひとまずこれで、脅威からは逃れられる。
 だが、今のジョニーにそれを理解するだけの判断力など無い。
 殺らなければ殺られる。本能とでも言い換えられる「感情」が、ジョニーの全てを包んでいた。
 再度振り下ろされる迅雷。ジョニーはボイドを「完全に」止める気でいた。
 ボイドも素直に殺られるつもりは無い。再び頭部に向けられた剣先を、今度は完全にかわしきる。
 そして何を思ったか、ボイドはジョニーに迫った。
 残された左腕で、ボイドはジョニーに抱きついた。
 何をする気だ? 長刀を振り下ろすに振り下ろせない状況になったジョニーは、ボイドの抱擁に戸惑った。
 その答えをジョニーが導き出すことは出来なかった。
 大きい、あまりに大きい爆音が、ジョニーの、そしてボイドの思考回路に届いた最後の信号。
 そしてBAZZは、ただ膝を落とし、目の前で繰り広げられた壮絶な光景を見届けることしかできなかった。

「上出来じゃないか」
 視察を終えた一人の軍人が、満足げに言い放った。
 レオ・グラハート。少なくとも、彼はそう呼ばれていた。
「隊長に満足して頂き、光栄です」
 サコンと呼ばれている男が、恭しく頭を下げた。
「これだけ見事な成果を上げたのだ。「あの」博士も満足だろうよ」
 彼の言う成果。それは、この視察訓練における「本当の目的」を指している。
 MOTHER計画。この視察訓練は、巨大な計画の一端を試す「実験」を兼ねていた。いや、兼ねていたと言うべきではない。実験だけが目的だったのだ。
 アンドロイドの人権など、今更議論するまでもない。彼らにとって、でっち上げた「名目」になぞ興味はなかった。
「特定のAIに信号を送り、こちらの意のままに操る・・・所詮アンドロイドも機械。信号一つでロボットに成り果てるか」
 満足げな、それでいて邪悪としか形容出来ない笑みを浮かべ、レオと呼ばれている男はサコンに語りかけた。
「問題は、そのAIを事前にどこまで組み込む事が出来るかどうかですが・・・」
 声をかけられたサコンは、問題点を持ち出した。
 この実験の成果を成功と見なしても、問題は核となるAIをどこまで広く普及させられるか。
 それはそのまま、クーデターの成功率に繋がる重要な事柄。
 そう、この実験はWORKSのクーデター計画の一端でもある。
「既に、新たに制作されている「パイオニア2」には採用を促している。あのモンタギュー製造のAIだと聞いたら、一も二もなく飛びついたわ」
 製造担当高官の、なんと無能なことか。操るには最適の人材なのは、WORKSにとってありがたいことではあるが。
「後は、このMOTHER計画をコントロールする母体か・・・そちらの進行状況はどうか?」
 この問いかけに、先ほどまでとは違い少しばかり顔をしかめるサコン。
「それが・・・どうやら「雛型」の制作には取りかかっているようなのですが・・・なにぶんあのモンタギューめは鼻持ちならぬ奴でして・・・」
 言葉を濁し伝えているが、あまり進展していないと言うことは伝わった。
「・・・まあ良い。今回の実験で気を良くし、進行が早まることだってあるやもしれん」
 偏屈な男だとは聞いている。そもそも、自分達に協力するよう「打診」するのにも骨を折った男だ。自由に研究を進める代わりに、彼自身の自由は奪っている。そう焦る必要もないだろう。もう一人のレオは、沈着に進展を待った。
「失礼します、レオ隊長」
「何事か、貴様。今は「作戦」遂行中だぞ」

 レオの下を訪れた通信兵に、レオではなくサコンが一括した。それをレオは片手で制すると、通信兵に用件を尋ねる。
「はっ。只今、「実験場」に向かう不振な人影を確認しました。いかが致しましょうか?」
 今更何者だ? もしや「本物」か? しばしもう一人のレオは顎に手を添え考えた。
「・・・捨て置け。何者かは解らぬが、今更何も出来まい」
 もし「本物」だとしても、問題はない。
 今のWORKSにとって、「本物のレオ」は間違いなく自分なのだから。偽りのレオは、そう自信を深めていた。
 所詮残されたWORKSは、今傍らにいるサコンを始め無能揃い。誰が本物かどうかよりも、結局は「自分」がどうなるか、が重要な者達ばかり。騙されていると気付いているかどうかなど問題ではないのだ。
 そもそも、本物の隊長の容姿すら知らずにWORKSにいた低能な者達。本物を見ても気付くわけがない。
 そう、偽りのレオは本物と全く違う容姿をしていた。
 片腕が義手である、というよく知られている事実だけは巧みに騙しているが、他は全く気を使っていない。
 気を使っている点と言えば、無能な彼らにとって重要な「イメージ」の方。
 がっしりとした体型に、厳つい顔。片目を隠すヘッドギア。いかにも「骨太軍人」という容貌を心がけた。結果、無能な彼らが抱く「隊長」のイメージにははまったようだ。
 イメージ通り、つまり第一印象が良ければ後は容易い。口八丁手八丁、見事彼らは偽りのレオを本物と信じ込んだ。中には偽物と気付いた者もいただろうが、保身の為にあえて騙されている者もいるだろう。
 相手のイメージから入り込む。これは「詐欺」の基本中の基本だ。
「ああ。忘れる前に伝えておこう、サコン」
 そして詐欺の基本はまだある。
「此度の働き、見事だったな。私の方から打診しておいたから、近々正式な公布があるだろう。期待して待ちたまえ、サコン「少佐」」
 うま味ある餌を的確に使う。これも基本。
 そしてこれが見事効果を発揮しているのは、サコンの間抜け面が満面の笑みをたたえていることから伺える。
 階級など、偽りのレオにとって飾りに過ぎない。だが無能な者達程階級にこだわる。自負出来る力がないから、地位にすがる。
 サコンが大尉であろうが少佐であろうが、関係ない。
 操られるだけの人形をどう呼ぼうが、人形の所有者には些細なことなのだ。

 爆音が響く。目指す目的地より、木霊する爆音。
 間に合わなかったか? 一瞬、絶望が心の蔵をぐっと締め付ける。
 だが、走った。ZER0は走った。
 絶望の締め付けをものともせず、心臓はバクバクと壊れんばかりに鼓動する。
 これがハンターの仕事だから。それもある。
 しかしそんな責任など、ZER0にとってどうでも良い。
 人の生き死にが掛かっている。それだけで、走るに値する。
 間に合ってくれよ。声にならない叫びが、心中に木霊する。
 見えた。黒い「人」が一人、見える。
 膝を突き、うなだれるように前屈みに倒れている。
 間に合わなかったか? いや、起きあがった。生存者はいる。
 手にはハンドガンが握られている。
 一体、ここで何があったんだ?
 情報は漠然と掴んでいる。視察訓練の名を騙った、何かの実験だということは。
 その実験がどのような物か。それは解っていない。
 だが、アンドロイドを否定する連中が考える事。良い実験結果などありはしない。
 解ることは、先ほどの爆音と今見えている生存者の様子が、悲惨な結果を生んでいる事しか連想させないことくらい。
 生存者に動きがある。
 手にしたハンドガンを持ち上げた。
 遠目から見ても解る。銃口はこめかみに向けられている。
 まずい! 何を考えているかは判らないが、何をしようとしているかは判る。
 この距離からどうする? 出来ることは限られている。
「うおおぉぉぉぉ!」
 叫んだ。全てを絞り出すように叫んだ。心の蔵が悲鳴をあげる。その痛みも叫びに転化する。
 目論見通り、振り向いた。ハンドガンを下ろし、何事かとこちらを見ている。
 だが、これだけではダメだ。邪魔される前にと慌ててまた銃口を己の頭部に向け直すとも限らない。
 次の手。もう同じ手は使えない。
 ならば。走るハンターは構えた。腰に下げたハンドガンを。
 銃声が響く。弾丸は的外れな方向へ。完全な威嚇射撃。
 しかし威嚇された方はそうとは感じない。
 本能なのか訓練のたまものなのか。咄嗟に走り込むハンターに銃口を向け、弾丸を射出する。
 鈍い音と共に、鮮血が左肩から飛び散る。遅れて、鋭い痛みが伝わってくる。
 精も根も尽きたZER0は、肩口を押さえることも出来ず転がるように倒れ込んだ。
 そこへ銃口を向けたまま、生存者・・・BAZZが近づく。
「何者だ、貴様」
 下に向けられた銃口の先は、倒れ込んだハンターへ。
「はぁはぁ・・・こん・・・なんで・・・も・・・俺・・・様は・・・はぁ・・・救世・・・主・・・だぜ・・・」
 救出者の言葉で、生存者は自分に向けられるはずだった銃口を他人に向けていることに気付いた。
 条件反射。これまでの経験が、彼の本能にここまでの一連の流れを植え付けていた。
「すまねぇけど・・・よ・・・スターアトマイザーかなんか・・・持ってないか? とてもじゃねぇが・・・手持ちのを使える状況に・・・無いんでね」
 息は整ってきたが、今出来ることは溢れる血を無駄と知りつつ手で押し止めようとすることと、激痛に耐えることだけ。
 銃口の向きを変えることなく、BAZZはスターアトマイザーを振りまいた。宙にまかれる香水は、まさに星のごとく煌めき、負傷者の痛み和らげていった。
「なぁ、そろそろそのおっかないのを仕舞ってくれないか?」
 まだ向けられていた銃口を指差し、ZER0は苦笑いを浮かべる。
 気を許したわけではないが、この状況を続けていく意味がないと判断し、BAZZは銃を仕舞った。
 考えてみれば、銃はこのとぼけたハンターに向ける為に握っていたわけではないのだから。
「生存者は・・・アンタだけか。ま、アンタだけでも助けられて良かったってとこか」
 安堵の溜息をつくハンター。それとは対照的に、救い出された軍人はハンターの一言に過剰なまでに反応した。
「良かった・・・だと?」
 規則正しいはずのアンドロイドによる音声が揺れている。
「何が良いものか・・・俺は・・・俺は・・・隊長として何も出来なかったのだぞ・・・」
 正確無比なはずの腕が、ワナワナと震えている。
「ボイドの異常に気付くことも出来ず、部下を次々と見殺しにしてしまった・・・そうやって生き残ったことが、良いことだと?」
 重厚なアンドロイドの巨体が、怒りに震えている。
「せめて、せめてジョニーとシンは助けられたはずだ。ボイドの異常を察し、すぐさま彼女を止めることが出来ていれば・・・だが俺は・・・何も出来なかった・・・」
 もはや自分で制御出来ないのか。膝を曲げ、手のひらを地に付けた。
「俺は判断を誤った。だが生きている・・・俺だけが生きている。それが許されるものか」
 悲劇の現場を、駆けつけたハンターは見ていない。だが当事者の言葉で、彼にとって耐え難い苦痛を精神に及ぼしたのは判る。
 だからこそ、自殺を図ろうとした。ようやっと自分が目撃した光景までの経緯が僅かだが見えた。
「・・・ふざけんなよ」
 判った上で、ZER0はぼそりと言い放った。
「お前だけが生きている・・・だと? 違うな。アンタは生かされてんだ。死んでいった部下にな」
 ZER0言葉に、BAZZは顔を上げた。そして言葉の真意を推し量ろうとしている。
「アンタも軍人なら、これまでだって同胞の死を沢山乗り越えてきてんだろ。その全てが、アンタのせいか?」
 うなだれるアンドロイドが、どれほどの年月を生きてきたか。見た目では全く判断出来ない。ただ少なくとも、隊長という立場にあるのなら、それ相応の修羅場はくぐり抜けているだろう。そう判断したZER0は言葉を続けた。
「部下の死を乗り越えろ。それが隊長としての、アンタの「責任」だ」
 地に付けられた手が、大地を掻きむしるように強く強く握られる。様々な「感情」が、今アンドロイドの回路を数多駆けめぐっている。
「そして・・・黒幕を突き止めるよりもアンタ達の身を案じた、アンタの「親友」の為にも、な」
 レオが? ZER0の言葉で、突然ハンターが現れた謎が解けた。
 そして何かが弾けた。
 言うなれば、感情の爆発。
「グオオォォォォ!」
 制御しきれない感情の渦が、叫びとなって表に現れる。
 何も考えられない。ただただ、叫び続けた。
 これが生涯で唯一の、魂からの叫びだった。

「やはりサコンが絡んでいたか・・・奴め、自分の低能さもかえりみず嫉妬に狂ったか」
 落ち着きを取り戻したBAZZは、ZER0が知る限りの「真相」を帰還しながら聞いていた。
 サコンを始め、コーラルに残ったWORKSの上層部が偽物のレオ・グラハートに鞍替えしていること。
 今回の視察訓練は、初めから実験が目的だったこと。
 つまり、ボイドの暴走も初めから仕組まれていたことだと知らされたも同然。
 悲しいことだが、少しBAZZは救われた。少なくとも自分だけが部隊全滅の原因では無いことと、己のこめかみに向けていた銃口を本当に向けるべき方角へ定めることが出来た事で。
「・・・やはり、WORKSにはいられんな」
 自殺を図ったのは、部下の死だけが原因ではない。
 実験だと知らなかったBAZZは、視察訓練の失敗、つまりアンドロイドの地位確立に失敗した事に絶望していたのだ。
 もはや、アンドロイドである自分に居場所はない。それも早まった行為に引き金を引かせようとした原因となっていた。
 その行為はすんでの所で止められたが、しかし居場所がないという状況に変化はない。
 上層部は実験のことをとぼけ続け、名目だった視察を大義名分に持ち出すだろう。そしてWORKSはアンドロイド増員を中止しロボットの投入を進めていくはずだ。
 そして残ったBAZZは、降格されられるか除隊を迫られる。
 もっと嫌なこと想像すれば・・・降格した自分を、あのサコンが我が物顔でこき使う姿。BAZZにはそれこそ死んでも我慢ならぬ光景だ。
「なら、ハンターズに来い」
 まるで女の子をお茶に誘う程軽々しく、ZER0は軍人のハンターズ入りを誘った。
「やり直すには、あそこ程適切なとこもそーねぇぜ」
 言葉は軽かったが、今のBAZZには魅力的な言葉だった。
「俺は昔っからハンターズに身を寄せてるが・・・最近、やり直す為に登録し直したばっかりでよ」
 勧誘の手口なのか、それとも慰めなのか。現役のハンターは勝手に一人で身の上を話し始めた。
「情けない話なんだが・・・ちょい前に女んとこを逃げ出してきたばかりでよ。それがどーにも、自分でも許せなくてなぁ・・・後悔ばかりしてた」
 BAZZはこのハンターが自己紹介で自ら二つ名が「軟派師」であることを語っていた。その軟派師が、女の元から逃げてきたとは。込み入っているだろうその事情を根掘り葉掘り訊くつもりはないが、興味は湧いた。
「それでな・・・名前を変えて心機一転再出発でもしようかと思ってな。名を「ZER0」と改めた」
 乾いた笑い声を間に挟みながら、ZER0の身の上話は続く。
「ゼロは何もない無の事じゃない。進むことしか知らないスタート地点だ。それが、俺の改名した名の意味だ」
 ニヤリと笑いながら、勧誘者は軍人を見つめた。
「今のアンタにも、似合いそうな名前じゃねぇか?」
 やり直すことは、後退ではない。
 部下に、親友に、生かされている今の自分は、生きる「責任」がある。
 悲劇を経験に、新天地でゼロからのスタートを一歩踏み出すのは「責任」を果たす為にもやらねばならぬ事。
「似合うものか。あまりにもセンスが無い」
 一笑し、BAZZは宣言する。
「俺の名はBAZZ。これまでの生涯に悔いは無い。ならば登録時に改名する必要も無い」
 否定的な言葉だが、ハンターズ入りを認めた発言だった。
 こうして、かの「機神」がハンターズに入隊する瞬間が訪れた。
「歓迎するぜ、ハンターズBAZZ」
 差し出された右手を、大きな鉄の手が握りしめる。
「貴様には借りがある。何時かそれは返さねばな」
「おいおい、ハンターズにそういう堅苦しいのは持ち込まないでくれよ?」

 生かされているのは、この男ZER0のおかげもある。
 ならば、その恩は何時か返さなければ。BAZZは密かに、新天地での「目的」を一つ定めていた。

「・・・そんな事があったのですか・・・」
 時は戻り、パイオニア2内にあるレオの部屋。
 二人の部下、DOMINOとマーヴェルを前に、レオは一通り「昔話」を語り一息ついている。
 慕っていた隊長、BAZZの過去。話の断片だけは少しだけ聞いていたが、その全貌を聞くことで、DOMINOの心中には様々な「感情」が木霊していた。
 その中で一つDOMINOが思ったこと。話の断片を語ってくれたZER0は「聞いた話」として語ってくれたが・・・完全に当事者だったという事実。これもまた、DOMINOの心中に様々な「感情」を木霊させていた。
「しかしレオ隊長。私はその・・・まだ信じられないのですが」
「私の偽物がいる、という事か?」

 DOMINOの疑問、レオ・グラハートがもう一人いるという事実に疑問を持つのは当然だろう。何故ならば、この事実をレオ本人が口にしたのは初めてのことだから。
「当時、騒ぎ立て事実をハッキリさせることも出来た。だがハッキリさせることで・・・「完全に」WORKSをもう一人の私に奪われることになっただろう。上層部のほとんどが、もう一人の私に忠誠を誓っていたからな」
 ならば、このまま知らぬ振りを突き通し、機会を窺う方が得策だろうと考えていた。そうレオは説明を加えた。
 その機会が、別れた部下達との合流・・・つまり新天地ラグオルに渡ることだった。
 だが、その機会が訪れることは無かった。セントラルドーム爆破事件によって、優秀だった部下達全てを失った為に。
 レオはこれで完全に予定を狂わされた。しかしそれは、もう一人のレオも同様だった。
 偽物も又パイオニア2に乗り込み、本物を出し抜きWORKS本体をも取り込もうとしていたらしい。
 予定が狂えば、人は当然焦りを感じる。だが、二人のレオは・・・特に本物のレオは若い頃と違い「焦り」が最大の失態を生むことを学んでいた為、焦ることなく落ち着いて次の手を模索していた。
 ところが、焦り先走った行動に出た「無能な者」がいた。
 サコンである。
 焦ったサコンはMOTHER計画を強引に進めようとしたため、総督府や一部のハンターにMOTHER計画の一端を知られることになり、モンタギュー博士の失踪を招いた。
 偽物にとって致命的だったのは、MOTHER計画を本物のレオにも知られてしまった事だろう。
 ここまでの話を聞く中、DOMINOはぎゅっと唇を噛みしめていた。
 MOTHER計画の事件は、今もなお彼女の心に暗い影を落としている。
 彼女も、この事件の当事者だから。
「それにしても私は・・・運が良かったのですね」
 半ば強引に、DOMINOは話題を変えた。
「マーヴェルがいなければ、私はこうして「本物の」レオ隊長に会えなかったのですから」
 弱体化したWORKSは、大幅な増員を行った。その為に新兵が多い。
 その中にはDOMINOとマーヴェルもいた。
 そもそもWORKSがクーデターを視野に入れた部隊だとは知らなかったDOMINOだったが、軍人レオ・グラハートの噂は聞いていた。それだけに一度は会いたいと同期のマーヴェルに話していた。
 なら会ってみる? と、まるで自宅に招くようにマーヴェルがDOMINOとレオを引き合わせたのが出会うきっかけだった。
「・・・あれ? マーヴェルは知ってたの?」
 DOMINOを引き合わせる事が出来る程に、マーヴェルとレオは「近い存在」だ。ならば偽物がいることをマーヴェルは知っていた可能性がある。
 DOMINOはふとわき上がった疑問をすぐ側にいた当事者に尋ねた。レオに対する時と違い、口調を和らげて。
「当然でしょ?」
 彼女が言うには、偽物に対する牽制と密偵の役割を担う為にWORKSに入隊したとの事。
「・・・もしかして、私が隊長になれない理由はそこ?」
 話の本題。レオが極秘裏に結成する「TEAM00」の隊長に、マーヴェルではなくDOMINOが任命された理由。マーヴェルは上官に対する言葉とは思えぬ口調で尋ねた。
「・・・まぁ、それもあるな」
 マーヴェルは彼女の存在そのものが目立つ。特にWORKSの中では。だからこそ牽制と密偵を担うことが出来る。逆に言えば目立ちすぎる為に、極秘裏に結成するチームの隊長には向かないのだ。
「それ以上に、DOMINOを隊長にする理由の方が大きい」
 本題の本筋に入り、レオはまた一呼吸置いた。
「私は・・・クーデターの愚かさを学んだ。それは私が逆にクーデターにあいWORKSを持って行かれた事ではない」
 アンドロイド小隊全滅事件。クーデターの一端が引き起こしたあまりにも悲しい事件。レオは四人の優秀な部下を失ったことで、多くのことを学んだ。
「クーデターは時には必要だ。それは歴史が証明している。だが、クーデターを行う為に掲げる「理想」が違えば善行にも悪行にも成り得る。故に、クーデターの理想に地位の確立や軍事政権の樹立など・・・まして復讐の為など・・・掲げるべきではないのだ」
 思えば、WORKSを乗っ取られたのは必然だったかも知れない。「今」のレオならそう思える。
 復讐という、あまりに偏りあまりに愚かな理想は、いつでも邪悪な思想へと化けておかしくなかった。
 若きレオの亡霊。今のWORKSをレオはそう呼んでいる。偽物のレオ・グラハートはまさに、凝り固まった考え方に固執しそれに気付かなかった当時の己そのもの。偽物が現れなかったとしても、あのままでいれば自分もあのようになっていただろう。
 四人の部下を失ったことで、過ちに気付いたレオ。自分は、死んでいった四人の部下に生かされているのだろう。レオは今でも、四人に感謝している。
「DOMINO・・・君はBAZZの下で多くを学び、そして不本意であったろうが・・・サコンの策略にはまり、かのMOTHER計画の騒動に巻き込まれた。今の君はまだ若いが、しかし多くの悲しみを乗り越え強くなった」
 正直、DOMINOをBAZZの下へと送り出した時は、ここまで成長するなど考えてもみなかった。親友が育てた愛弟子は、レオの予想を遙かに上回り、強くなって返ってきた。
 彼女こそ、親友の遺産なのかもしれない。だからこそ、彼女にかけてみたい。それが隊長任命の真相だ。
「・・・納得出来たかな? マーヴェル」
 話を持ち込んだ当人に、確認を求めたレオ。
「まあ、私が隊長になれないのなら仕方ないですわね。DOMINO、私の上に立つからにはしっかりして貰わないとね?」
「なんか・・・まだ根に持ってそうねマーヴェル」

 まだ理由があるとすれば・・・このマーヴェルを上手くコントロール出来るのは、DOMINOを置いて他にそういないというのもあるだろう。
「ところで・・・ちょっと気になることがあるんだけど」
 急に話を切り替えるマーヴェルに、二人は何故か「嫌な予感」がした。
「おと・・・レオ隊長の話に出てきたハンター・・・ZER0でしたっけ? 彼、どんな男なんですか? 確かあなたと同じく「四英雄」の一人よね? DOMINO」
 しまった。マーヴェルから話を振られた二人は、一瞬顔をしかめた。
 マーヴェルはけして好色家ではないが、気になる異性にはとことんまで興味を示す。そして我が儘な性格故に、その「とことん」はかなり深いところまで知り尽くさない時がすまない質なのだ。
 レオの話だけを聞けば、ZER0は随分と「格好いい」ハンターに聞こえる。なにせBAZZとレオを救った英雄と言っても過言ではないのだから。だからこそ、マーヴェルは興味を持ったのだろう。
 だが、間違う事なかれ。彼は「軟派師」なのだ。その「本性」はとてもとてもおぞましいものなのだ。
「えっと・・・彼は「危険な男」よ。色々とね」
「そうだな。出来れば、彼には近づかない方が良い、マーヴェル」

 平静を装ってはいるが、ありありと焦っているのが判る二人の返答。それが返って、マーヴェルの「興味」に火を付けた。
「まあいいわ。そのあたり「じっくりと」訊かせて貰おうかしら、DOMINO「隊長」。では、これで失礼しますレオ隊長」
 敬礼もそこそこに、マーヴェルは強引にDOMINOの肩を抱き引きずるように退室していった。
 それをどうしたものかと見つめるレオ。様々な意味で前途多難な船出になったと頭をかかえる。
 そして・・・前途多難なのは、なにもマーヴェルの「興味」だけではないのを、レオは感じていた。
 静かになった部屋で、レオはディスプレイにあるファイルを表示させた。
 それはBAZZがハンターズ入りを直接報告に来た日。親友を連れ去る張本人、ZER0が依頼の仕上げだと渡したファイル。
 彼は本当によく調べてくれた。今更ながら、感謝が絶えない。
 あの時実験のことを知ることが出来たのは、口の軽いサコンが方々に「自慢」していた話を細かく拾い上げ、繋ぎ合わせた結果だとZER0は語っていた。それだけに時間が掛かったが、結果として親友の救出に間に合った。
 そしてサコンの自慢話から浮上した「モンタギュー博士」というキーワードから、更に探りを入れて入手したかなり不確かな情報。直接博士や実験内容に結びつく情報は得られなかったが、博士の研究室に出入りしている軍人の名前を数名ピックアップ出来たという。ファイルにはその数名の名前が並んでいた。
 その中に二名、気になる人物がいた。
 ハン・ウォルト
 ドル・グリセン
 ZER0は彼らが偽レオを操る糸を握っているだろうと言った。もしかしたら、どちらかがレオになりすましている本人かもしれない、とも言っていた。
 レオはあの時からずっと気にかけていた。特にドル・グリセンは注意しなければならない人物だろうと。
 彼は政府高官であり、そして野心家だ。ある意味、クーデターという言葉が似合う男とも言えるだろう。
 だが、彼はしたたかな男だ。表だったクーデターなどそう起こすことはない。起こすならば、しっかりとした土台を形成してから着実に行うだろう。
 とすれば・・・WORKS乗っ取りはその土台作りには良い材料になるのではないだろうか?
 あくまで推測だ。未だその領域を抜けきれないでいる事に、レオは歯がゆさを感じている。
 もしかしたら、彼が何か動き始めたと知った時には手遅れになっていることもあり得る。
 ならせめて、後々を見据えて今から手を打つことが大切だ。
 DOMINO。そしてTEAM00。今レオが打てる最良の「策」が、ようやく動き出した。

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