novel

No.2 隊長責務

 アンドロイドは、生まれた直後から既に多くの「力」を蓄えている。
 どの時点で「生まれた」とするか、といった見解は人それぞれだろうが、少なくともヒューマンのそれとは圧倒的な差がある。
 まず、体はヒューマンで言う大人と同じか、それ以上の体格と体力、そして筋力・・・アンドロイドの場合は「馬力」とでも言うべきか・・・それらを既に持っている。その馬力はアンドロイドによって様々だが、初めから10万馬力という鉄腕を持って生まれるアンドロイドも存在している。
 またヒューマンと異なり、四本足に始まり二本足を経由し三本足になる、などといった古来からの謎かけには適さない為、生まれてすぐに二本足で歩くのも圧倒的な差の一つだろう。
 もう一つは、知識量の差が上げられる。
 アンドロイドは生まれる前に、様々な「知識」を蓄えられてから産み落とされる。故に初めの第一声はオギャアという泣き声にあらず、機動開始しますといったプログラム実行音声になる。もちろん、第一声の後はすぐにでも社会生活に適応できるだけの知識を持っている為、生まれ出た「役目」を全うすることも可能だ。
 このようにアンドロイドは圧倒的な差を持って生まれ出る。だが、どうしても生まれてすぐには身に付かない物もある。
 それが、「経験」という知識だ。
「ジョニー、シン、左右から挟み込め。シェリーとボイドは二人の援護を」
 四体の・・・失礼、四人のアンドロイドに指示を出す、巨漢のアンドロイド。今、彼を中心に結成された一つのチームが、巨大なエネミーを相手に奮闘している。
 敵はサンドワーム。砂漠に住まう巨大な芋虫。
 その巨体たるや、悠に人の背丈を超え、超えた人をぱくりと丸飲みする程。
 そしてまさに、かのサンドワームは五粒の鉄くずを丸飲みにせんと迫っていた。
「くそっ、こう足を取られちゃ自慢の俊足も活かせねぇぜ」
 真っ赤なボディーのヒューキャストが悪態を付きながら、それでも懸命に砂の上を走り巨大な芋虫へと迫る。両手に持った、黄色に輝く長刀「迅雷」の一太刀を浴びせようと確実に足を前へ前へと。
「黙って指示を全うできないのか、ジョニー。貴様はあれこれと無駄口が過ぎる」
 一方、通常のレイキャストに比べれば細身の白いボディーをしたアンドロイドは、片手斧「ヴィクターアクス」を携え、やはり砂漠に足を取られながらも前進を止める気配はない。
「悪いな、白狼。俺はお前みたいに骨太軍人ってな「設定」にされてないんでね」
 なおも言葉を切らさないジョニーはしかし、前進していた足は止めた。
 天を突く勢いでそびえ立つ芋虫の下に、辿り着いたから。
「口を動かすより手を動かしな」
 少し離れた位置からフォトン特有の射出音が言葉と共に響き、刹那ジョニーの前で直立していた芋虫が、苦痛にもがき体をぐにゃりと折り曲げる。
「サンキュー、シェリー。愛してるぜ」
 的確な援護を受け、それでも止めない口と同時に手を動かすジョニー。
 煌めく黄色い閃光に続き、少し遅れて緑色した体液が芋虫の体に一本の線を作り出す。
「ぬう、こう暴れては近づく事もままならんか・・・」
 ジョニーに続き、反対側から斬りつけようと迫っていたシンだったが、激しく体を揺さぶる芋虫を警戒し一歩踏み込むのを躊躇っていた。
 相手は自分達の何倍もの巨体を持つ芋虫。的は大きいが近づきすぎれば暴れる体にぶち当たり、吹き飛ばされてしまうだろう。シンはそれを懸念していた。
 しかしこのままではらちが明かない。さて、どうするべきか?
 ちらりと、シンは後ろを見やった。視線の先には、腕を組み自分達と芋虫の様子をうかがっている部隊長がいた。
 指示はない。ただ様子をじっと見つめているだけだ。
 この先も、指示はないだろう。砂漠の巨大芋虫を駆除しない限り。そういう「作戦」なのだから。
 サンドワームを「四人で」倒せ。それが作戦の内容だった。
 指示は最初の一度のみ。それ以後は各々が判断しサンドワームとどう対峙するかを考えろ。隊長BAZZの作戦は実にシンプルだった。
 だが、シンプルが故に四人は困り果てていた。
 指示通りに動き戦果を上げる。これがアンドロイドに与えられた役割だった。少なくとも、他の部隊でのアンドロイドは、そういう「立場」にある。
 アンドロイドは指示を的確に理解し、正確に実行するだけの力がある。それ故か、逆に指示がなければ勝手な行動は取らないのも彼らの「任務」であった。だが、ここの部隊長は指示を出さず各々で考え行動せよと言っている。
 アンドロイドはただ命令を実行するだけのロボットではない。自身で考え分析し行動するだけの力がある。にもかかわらず、アンドロイドの上に立つ多くの隊長や司令官は、アンドロイドをロボットのように扱い、意のままに動かしたがる。むろんそれも全体的な作戦遂行の為に必要なことであり、命令は絶対ということは軍の中で極当然。しかし状況に合わせ的確な働きをさせるならば、ロボットのように扱うよりは人権を持ったアンドロイドとして動いて貰った方が得策だ。
 問題は、アンドロイドの人権を尊重する指揮官が軍にどれほどいるのか、という事だろう。
 アンドロイドは優秀だ。場合によっては、作戦の誤りにいち早く気付く程に。だがそれを指摘すれば多くの指揮官のプライドを刺激し、激怒させてしまうことだろう。部下からの指摘という事もあるが、人権を認めていない者からすれば「たかがロボットに」という感情が沸き立つのも原因の一つに上げられる。
 だからこそ、作戦に対し文句一つ言わぬ「ロボットのようなアンドロイド」を求めたがるのだ。
 それがいかに愚かな考えか。アンドロイドの人権を認め、仲間として迎え入れることが出来れば、作戦のミスを犯すことも少なくなり、効率よく任務を遂行出来るというのに。
 それを実戦で示し、アンドロイドの人権を今一度認識させる必要がある。BAZZの部隊にはそういった責務がのしかかっている。
 その為には、アンドロイド自身が「命令に従うだけ」という悪しき習慣から解放され、自ら判断し行動するよう意識改革をさせる必要がある。今回の作戦はそういった目的があり、最初だけ指示を出したのも作戦開始の合図とフォーメーションの確認という意味が込められていた。
 ヴィクターアクスを握りしめたまま、シンは自分の置かれている状況を再度確認している。
 作戦では、敵をジョニーとで挟み撃ちにし接近にて打ち倒すことになっている。しかし、状況的に近づくのは危険だ。ジョニーも、最初の一撃以後はなかなか手を出しづらいのかシンと同じように少し敵から間を取っている。
 今現在、有効な攻撃はシェリーによる遠距離からの射撃のみ。同じように遠方に配置しているボイドは射撃よりは接近格闘を得意とするヒューキャシール。しかもその格闘も得意という程ではなく、そもそもは看護を目的としたアンドロイド。戦力としては期待出来ない。
 シンが頭部にある思考回路をフル回転させている間にも、芋虫は緑色の体液をまき散らしながら悶えている。シェリーの正確無比な射撃は随分と効果を上げているようだ。
 しかし、このまま苦しみ悶えるだけで芋虫が終わるわけがない。
 怒りの形相・・・が芋虫に作れるのかは不明だが、うなり声を上げ猛然とシェリーに接近するその姿からは、怒りの感情を周囲にほとばしらせているのは明白だ。
 まずい。このままではシェリーとボイドが芋虫に密接され押しつぶされてしまう。元々の作戦では、シンとジョニーが接近し相手の足を止める事で、シェリーとボイドに直接的な被害が出ないようにする予定だったはず。
 何とか芋虫の足を止めなければ。シンは焦った。
 シェリーもボイドも、さすがにずっとその場にいるわけではない。芋虫から逃れようと後退を始めている。だが、砂漠という足場が思うように足を運ばせてくれない。反対にサンドワームにとって砂漠は波のない海原のようなもの。泳ぐように猛然と二人へ迫っていく。
 完全にフォーメーションが崩れた。これも、身の安全を優先し接近攻撃を躊躇した報いか?シンは作戦通りに攻撃を行わなかったことを悔いた。身が果てようとも盾になり攻撃をすれば・・・。
 Braat Braat Braat!
 不意に後方、サンドワームを挟みシェリー達とは反対方向から射出音が聞こえた。
 全員が音の方を振り向くと、そこには隊長が愛用のマシンガン、ヤスミノコフ9000Mを構えた雄姿があった。
 さすがに見ていられなかったのか、いつの間にかBAZZはサンドワームの背後に回り込み援護射撃を行っていた。
 だが、BAZZは僅かに弾丸を芋虫にぶち当てただけで射撃を終えた。ヤスミノコフ9000Mを持った両手を下げ、これ以上は援護しないという態度を部下達に示した。
 あくまで、自分達だけでけりを付けろということか。シンは隊長の援護に感謝しながら、しかし状況がさほど変わっていないことに又焦り始めていた。
 いや、状況は変わっている。
 芋虫にとって思わぬ後方からの攻撃に、混乱したのだろうか。怒りの猛進が止み、奇声を発しながら新たな敵を探しているようだ。
 先ほどまで追いかけていたシェリー達はもう目前だというのに、新たな敵を探している。
「・・・なるほど、そういうことか」
 所詮は芋虫なのだ。シンは敵のデータを思考回路へダウンロードし直し、改めて検索し始めた。
 図体はデカイが、敵であるサンドワームは思考する力を持たない低俗生物。自分に対して「たった今」悪意ある刺激を加えた相手しか、眼中にないのだ。それしか考えられない・・・いや考えていると言うよりは、本能がそうさせているようだ。
 初めはシェリーだった。そしてすぐにジョニーの攻撃が加わった。サンドワームはこの時も一度混乱している。だからこそすぐに行動を起こさず、ただ悶えるのみだったのだ。しかしその次以降はシェリーのみが攻撃を加えていた。そこで低脳芋虫は完全に攻撃目標をシェリーにのみ絞り移動を始めたのだ。もう少しで目標に辿り着くという所で、BAZZの攻撃を受け再び混乱。再度目標を確認しようとするが、芋虫が振り返るより早くBAZZはその場から離れていた。
 そして芋虫は又、混乱の直中に取り残され苦しみもがくばかり。
「よし、今だ!」
「待てジョニー!」

 動きの止まった芋虫に、チャンス到来とばかりにジョニーが一太刀浴びせようと駆け寄ったが、それをシンが制した。
「銃を取れジョニー。シェリー、三方から射撃のみで応戦。常に移動しこの糞虫を混乱させ続けるぞ」
 手にしていた斧をしまい、自ら銃・・・アノライフルを取り出し、ジョニーとシェリーに指示を出した。
「ちょっと待て、それは作戦と違うぞ」
「そうよ、シン。ここに来て作戦変更? それにあなたは隊長じゃないわ。指示を出す権限なんて無いのよ」

 支持は即座に却下された。二人の言い分は間違っていない。だが、決定的な間違いも起こしている。
「シンの指示に従うべきでしょう」
 一人、シンを支持する者がいた。
 ボイドである。
「この作戦が持つ大本の目的をお忘れ? 各々の判断力を高め、状況に応じた対応を取れるようにする為の訓練。シンの判断と対応は間違ってないわ」
 ボイドの発言に、反対していた二人も納得した。
 そう、この戦闘はもとより「間違った作戦」が組まれていた。そこに気付き修正出来るか、BAZZはそれをテストし訓練させようとしていたのだ。
「オーケー、シン。だがな、俺様は銃なんか持ってねーぞ」
 胸を張って言うことではないだろう。余裕さえあれば説教の一つもしてやりたいものだと、シンは頭をかかえた。
「私とシンで挟み撃ちにするから、隙を見て攻撃を加えてね、この役立たず」
 シンに変わり、シェリーがジョニーに悪態混じりの指示を出す。
「へいへい、りょーかいしましたよ」
 ふて腐れながらも、しかし言われた通りにしかできない事も重々承知している為、ジョニーは再度迅雷を握りしめサンドワームとの距離を適度に保つよう近づいた。
「よし、ゆくぞ!」
 シンのかけ声と共に、練り直された作戦は再び動き出した。
 それからの四人は、見事な働きを見せていた。
 弧を描くように移動しながら攻撃する二人の狙撃手に、低脳な芋虫は目標を定めることも出来ずただもがく一方。砂中へと逃げようとするも、「逃げる」という思考を激痛がかき消してしまう。かくして、巨大な芋虫は身体中を蜂の巣にされ、砂に己の体液を存分に染みこませる結果となった。
「ふむ・・・まずまずの出来だ」
 激戦を終えた部下達に、BAZZは一定の評価を与えた。
 その上で、個別の「指導」が加えられていく。
「まずジョニー。お前は自ら「赤い稲妻」を名乗る程、俊足が自慢なのは俺も認めている。だがな、この砂漠のようにご自慢の足が活かしきれない場面も多々存在する。自分の得意分野による戦法も重要だが、それが欠点になることもある。それを補う方法も視野に入れておけ。まずは・・・銃の携帯くらいはしておけよ」
 隊長からの指摘は耳に痛い。これは再三言われ続けていたことだが、自分の上に立つ指揮官が自分の活躍する場を考慮するものだという意識があった為に、疎かにしていた。むろんある程度は考えてくれるだろうが、自分の上に立つ指揮官が必ずしも思慮深いとは限らない。ならば自分でどうにかするしかないのだと・・・初めて痛感した。
「そしてボイドも同じだな。君は今回「援護」を命じたはずだが・・・何をしていた?」
「アトマイザー三種の使用準備です、隊長」

 隊長の質問に、ボイドは感情を出さずに率直に答えた。
 自分の援護は、負傷者に対するケア。それだけのはずだと思っている。だからこそ、常にアトマイザータイプの回復剤三種をすぐに取り出せるよう準備していた。
 一体、それ以外に何が出来たというのだ?
「うむ、それは大切な準備だ。しかしな、今回途中で変更になった作戦では、各人がバラバラになっていた。その状況で直ぐ全員に対し対応出来たか?」
 作戦変更を支持しながら、自分がその作戦に順応していなかった事に今気付かされた。
「全員をフォローするのはあの局面では難しかっただろう。だがフォローすべき優先順位くらいは見出せたはずだ。例えば、あの状況で最も負傷しやすかったのは誰だ?」
「ジョニーです」

 そして次に射撃の腕から行けばシン。最も心配がないのは一番近くにいたシェリーだった。そう考えると、自分はあまりに無意味な陣取りをしていたことに気付かされる。
「それが判っているなら、次からは同じ失敗を繰り返すなよ」
「Roger」

 ボイドは敬礼で、反省と了解の意を示した。
「シンとシェリーは・・・もっと早く「本来の目的」を思い出すべきだったな。作戦通りに遂行することは軍人として大切なことだが、最も重要なのは結果だ。作戦通りでは結果が出せないと見切ったら、臨機応変な対応を現場で決断する「勇気」を身につけるように心がけておけ」
 二人の敬礼に満足げに頷くBAZZ、そしてぼそりと、本音も漏らした。
「司令部なぞ、現場を知ろうともせずに作戦を立てるからな」
 作戦の成功だけを求める司令部は、作戦そのものの失敗に気付こうともしない。そんな戦場をBAZZは何度も目撃している。
 自分が生き長らえてきたのは、ひとえに上官であるレオが優秀で現場を徹底的に調査する慎重な男だったからに他ならないだろう。BAZZは己に設計された高性能な能力よりも、その能力を持った自分に対し適切な指示を出し、状況によってこちらの意見を素直に受け容れてくれた度量の深さをレオが持っていたからだと思っている。
「それとな・・・今回のような場合に限らず使える、面白い「戦法」を一つ見せてやろう」
 BAZZはおもむろに、機雷を一つ取り出し遠方へ投げた。
 そしてそれを素早く手持ちの銃で撃ち抜いた。
 爆煙と共に爆音が空より轟く。
「我々アンドロイドが持つトラップは、こういう使い方も出来る。先ほどのサンドワームの場合、これで全く違う方向へ意識をそらせることも出来ただろう。またサンドワームには無理であっただろうが、フリーズトラップを用いれば遠方の敵を凍らせることも出来る」
 こんな戦法、「事前の記憶」には存在していなかった。
 それもそうだろう。アンドロイドに記憶を埋め込むヒューマンはアンドロイド用のトラップを使わない。故にこのような使用方法を思いつきもしないのだから。
「我々は優秀だ。だがな、それはあくまで「ヒューマンの新兵よりちょっとはマシ」程度だと思っておけ。結局は戦場で得られる知識・・・経験が最も重要だ。それは今回身に染みて判っただろう?」
 この重要さに気付くアンドロイドが、どれだけいるのだろうか・・・BAZZは思う。
 気付く前に無理な作戦を強いられ、結果廃棄されていく同胞達の、なんと多いことか。人権を軽んじられるが故に、アンドロイドの「命」まで軽く見られる現状。まるで使い捨てるように戦場へ投下されていく彼らの為にも、我が隊は成果を上げなければならない。
 隊長という責務を重く重く感じながら、BAZZは決意を新たにしていた。

「順調じゃないか、BAZZ」
 訓練の報告を受けたレオは、ご満悦であった。
「さすがは機神殿。部下の育成にも抜かりがない」
 まるで己の手柄かと言わんばかりに喜ぶレオ。しかし対照的に、当の本人はさほど喜んでなどいない。
「・・・レオ、俺が何故部下達の自主性を重んじているのか判るか?」
 アンドロイドの真なる自立。レオはそう確信していたが、BAZZの思うところは全く別であった。
「怖いんだよ、部下を失うことがな」
 機神とまで呼ばれた男の弱気な発言に、浮かれていたレオも顔もすぐに曇った。
「アンドロイドのみの部隊編成が初の試みなら、当然・・・俺が部隊の指揮権を全て握るなどという大任を務めるのも初めてのことだ」
 これまでも、BAZZは部下を持ったことはある。そして現場の指示も出したこともある。今の部隊長とほぼ同等のことは既に経験済みだ。
 だが、今の部隊は直接的な上官が存在しない。
 部隊の正否は全て、隊長であるBAZZに掛かっている。そればかりか、アンドロイドの行く末も。このプレッシャーを感じない程BAZZは鈍感でも大胆でもない。
「なあ、レオ・・・何故俺に、「怖い」などという感情があるのだろうか?」
 あまりに直接的な、そして根本的な問いかけに、レオは戸惑った。
 戸惑ったレオが返答を返す前に、BAZZの独白は続く。
「俺達アンドロイドの感情は・・・あくまで「擬似」だとされている」
 アンドロイドの思考は、根本的に全てプログラムという数字の羅列の上で成り立っている。感情も同様だと、科学者は言う。
 例えば、目の前のレオがジョークを飛ばしたとしよう。それに対し、BAZZはこのジョークが面白いものかどうかを「記憶」から探り、そして対応した感情を「算出」する。これがアンドロイドの基本的な「感情」のシステムなのだという。むろん「記憶」は「経験」などから新たに加わり,または補正され、感情も豊かになる。いや科学者に言わせれば「感情システムの精度が増す」ということになるが。
 故に、基本的にアンドロイドに心はないのだというのが科学者の統一見解だ。
「恐れが時に重要なのは判る。恐れを知らぬ者は勇者ではなく愚か者だと言うことは、身に染みてよく判っているよ」
 恐れを知らぬから、無茶な状況にも命令に従い突撃もできる。そして何の成果も上げずに散っていった仲間達。負の感情とされるものも必要であることは、BAZZにもよく判っている。
「だがせめて、この偽りの感情がプログラムならば、無意味と思える「恐れ」や「重圧」をコントロールは出来ないのか?」
 自分がアンドロイドだからこそ、自分ではどうしようもない不安を外部からコントロール出来ないかと切望してしまう。
「・・・すまない、くだらん愚痴だったな」
 レオに訴えたところで、どうすることも出来ない。むしろレオを悲しませるだけだと判っていながら、スピーカーから不安が漏れてしまう。そんな自分の「弱さ」を恥じるばかり。
「なに、そういう感情があってこそ、君たちに「心」があると確信しているよ」
 頑丈な肩に手を置き、親友は語る。
「科学者が口走る机上の空論なぞ聞き流せ。あんなもの、無能な指揮官の立てた作戦と同等に無意味だ」
 口元をつり上げ笑いながら、レオは言葉を続けた。
「それにな、感情を外部からコントロール出来るようなら、アンドロイドは「人」では無くなってしまう。辛い立場だろうが、アンドロイドが「人」である為にも、堪えてくれ」
 アンドロイドは「心」あってこそアンドロイドなのだ。心があるからこそ、心があることに苦しむ。判っているが、判っているからこそ悩み続ける。
 これこそが、人の「業」なのかもしれない。
「・・・急ぎすぎているのは、私も承知している」
 肩に置いていた手を一旦離し、軽く肩を二,三度叩くレオ。彼自身、BAZZが懸念していたことをよく判っていた。
 性急に事を運びすぎているのを。
 アンドロイドの地位向上と、そして己の野望の為に、どうしても独自部隊を形成しておきたかったレオ。事情は様々あるが、急ぐしわ寄せがBAZZにのしかかっている。その事実はBAZZだけでなくレオの心も締め付けていた。
 しかしそれでも、この独自部隊の編成を急ぎ力を内外に固持する必要があった。
「まだ正式な日程は決まっていないが、君たちを軍と政府の高官達に披露する事になった」
 来たか。何時かは来るであろう「お披露目」が間近に迫っている。そこでアンドロイドの「力」を誇示し、認めさせなければならない。
 準備は万端・・・とは言い難いが、今の調子なら問題なく調整は出来るだろう。
 だが・・・早い。BAZZは思っている以上に「事」が進みすぎているのが気になっていた。
 BAZZの不安は表情として表に出ることはないが、親友は何を不安に感じているか喰らい察することは出来る。レオは尋ねられる前に「事情」を説明した。
「我が隊の増兵が決定した」
 我が隊、とレオは口にしたが、正式にはレオの部隊ではない。レオが言っているのは、レオが以前まで隊長を務めていた機動歩兵32分隊、通称「WORKS」の事である。
 WORKSに所属するほとんどの兵士は今、新天地ラグオルで調査活動を展開中だ。今レオの下に残っているWORKSの兵士はほんの僅か。そんな中で、増兵が認められるのはレオにとって願ってもない好機。
「そこで、増兵するアンドロイド兵士に関してまた意見が割れてな・・・」
 今コーラル10カ国同盟では、軍事用アンドロイドの開発を巡って意見が二分している。
 心あるアンドロイド兵士を産み出すのか、心なきアンドロイド兵器を作り出すのか。
 長らく意見は平行線をたどりながらも、双方開発が進んでいる。WORKSではレオの意向が尊重され「心あるアンドロイド」を起用していたが、しかし今現在、レオは影響力は強いながらもWORKSを離れている。その為か、今WORKS内で「心ないアンドロイド」の導入を強く押し進める意見が高まってきている。
「さしあたり・・・サコンあたりか、騒いでいるのは」
 BAZZの予測が正しいことを、レオは苦笑混じりに頷くことで示した。
 軍による政権掌握を熱望することで、クーデターを起こそうとするレオを妄信している軍人、サコン。彼は典型的な軍人・・・高圧的で妙にプライドの高い、外部からはけして良く思われないタイプの人間だ。そしてこのタイプの軍人が皆そろって「ヒューマン至上主義」であるが、サコンもそれに漏れることはない。
「彼らを納得させる為にも、君たちの部隊がいかに優秀であるのか見せる必要がある」
 なにも事が急いで進んでいるのはレオだけの問題ではないようだ。
「ハッキリはしていないが、早くても一週間の猶予はあるだろう。それまでにどうにか形にして欲しい」
「任せておけ」

 事は進んでいる。急ぐ急がずに関わることなく。ならば、出来ることを出来る時にするまでだ。BAZZは大きな手でレオの肩をまるで包むように軽く置くと、力強く頷いて見せた。

 部屋を出たBAZZは、その直後に最も会いたくない人物と鉢合わせしてしまった。
「これはこれは、小隊長殿。ご機嫌いかがかな?」
 わざとらしい挨拶に、スピーカーから声以外の物を絞り出したくなる。ヒューマンで言うなら「吐き気がする」といったところか。
「大尉に会うまではすこぶる順調だったさ、大隊長殿」
 BAZZは不快感を隠すことなく挨拶を返した。相手は切り替えされた挨拶に眉をひそめ、苦々しい顔を作り出す。
「フン・・・アンドロイドは礼儀を知らんから困る」
「そうか? 少なくとも大尉の嫌味よりは可愛げがあると思うがね」

 ますます、大尉と呼ばれた男の顔にはしわが深く刻まれていく。BAZZが嫌うのと同じく、この大尉もBAZZを最も嫌っている。
 何故ならば、アンドロイドのくせに口答えするうえに、言い返せば倍にして返す不愉快な相手だから。
「・・・ところで小隊長殿。近々貴公の小隊の成果を披露されるそうだが?」
 情報が早い。当の本人であるBAZZですら、今知ったばかりの事実だ。それをこの男は切り出してきた。
 当然だろう。この男も又、当事者なのだから。
 サコン大尉。心あるアンドロイドを嫌う軍人の代表格と言っても過言ではない男。
「期待していますよ。当日は素晴らしい記念日となるでしょうな・・・ウハハハハハ!」
 耳障りな高笑いを残し、不愉快極まりない男は立ち去った。
 汚物を目の当たりにせず済んだBAZZとしては、すぐに汚物が立ち去ったのは良いが・・・気になることがあった。
 あの余裕は何だ?
 サコンも聞き及んでいるはずだ。BAZZ達の小隊は順調に仕上がっていることを。それでいて、あの余裕は・・・。
 無駄に考えるのは止そう。BAZZは気持ちを切り替えた。不愉快な男について考えるよりは、部下達を鍛える訓練のメニューを考えたほうが有意義だ。
 少なくとも、この時のBAZZにはそう思えていた。

 レオは一人、考えていた。
 一つ、気になることがある。
 この「一つ」は非常に大きい。故に見過ごせない気がかり。
 何故、兵士の増員が決定された?
 そもそも政府側は、レオに軍事力を持たせない為に無理矢理昇格させ、少将という高官職に任命したはず。そしてレオから更に兵力を割く為に、大半のWORKS隊員をパイオニア1へ乗せたのではなかったのか?
 にもかかわらず、増員が認められるのは・・・不自然だ。
 もはやWORKSとは切り離されたと見なし、増員を許可したのか? いや、未だ影響力を保っていることなぞ承知しているはずだ。
 むしろ、今進めているアンドロイド小隊を潰しに来ると思っていただけに、突然の増員決定にレオは困惑している。
 だからといって、増員を拒むのはもっと不自然だ。
 何かある。そう考えるのが今のレオにとって自然な流れだろう。
 一体、何が起きている・・・。
 と、レオが深い思慮の渦中に意識を沈みかけていたところで、来訪者を報せるブザーが鳴った。
「入りたまえ」
 インターホンを通じ、来訪者を招き入れるレオ。
「・・・これはこれは。高官様と聞いていたから随分と豪勢な部屋かと思えば・・・」
 入るなり、失礼なことを口走る男。あまりにシンプルな室内に驚くのは判るが、それを口にするとは・・・大胆なのか馬鹿なのか。
「見てくれより質を選ぶのでね。例えば・・・ごてごてした階級を持つ軍人よりも、実績あるハンターズを選ぶ、とかね」
 事実、レオは様々なことを考慮し「質」を選んでいる。今こうして、この失礼な男を招いたのも、質を重んじているからこそ。
「はっ・・・単純に部下を使いたくないってだけじゃなくて、かい?」
 にやりと口元をつり上げる招かれた男。
「当然それもある。今回依頼したいのは、軍内部の調査なのでね。身内の人間に任せては、どこかでボロが出てしまうだろう」
 不安材料は徹底的に排除した方が良い。そう考えたレオは、一人のハンターを招いていた。彼に不安の大本を探らせる為に。
「ま、あんたらの事情はどうでもいい。お偉いさんの長い話は苦手なんでね、用件を手短に頼むぜ」
 呼ばれたハンターズは、依頼者の前でも態度を改めない。だからこそ政府高官や軍人からハンターズは嫌われる傾向にあるが、どうやらこの男の場合、尚更「図々しさ」が抜きん出ているようだ。
 だが、何故かレオはこの男を不快には感じなかった。むしろ好感すら感じる。
 人間味に溢れている。強いて理由を挙げるならそんなところだろう。
「その前に、君の名前を伺うくらいの時間は貰えるかね?」
 レオもまた、にやりと口元をつり上げて尋ねた。
 名を聞かれたハンターも、高官や軍人が嫌いだった。しかしこの男には何故か嫌悪感が湧かない。口調こそ「いかにも高官」といった感じではあるが、言葉に込められた柔らかな感情が親近感すら覚える。理由を付けるならそんなところだろう。
 男は高官の切り返しに軽く笑いながら、名乗り出た。
「俺の名はZER0。その辺じゃ「軟派師」の二つ名で通っているが、なに、腕は保証するぜ」

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