novel

No.1 隊長任命

 乾いた音が、室内に木霊していた。
 銃という兵器が世に登場してからしばらくは、この乾いた音・・・パンという薬莢の弾ける音が、銃から弾が射出される一般的な音だった。しかし現在、フォトンというエネルギー体を弾丸に用いてからは、この乾いた音は一般的な射出音ではなくなった。
 ヤスミノコフ2000H。最新鋭の技術を用いながら、この銃からは太古の昔ではごく当たり前だった乾いた音を奏でる。強引な圧縮技術をフォトンに用いることで、大昔に用いられていた「乾いた音を奏でる銃」に酷似させているのだ。
 今ではほんの少し手ほどきを受ければ、誰でもハンドガンの一つくらいは扱える時代。その事を考えれば、アンティークと言ってもおかしくはないこのヤスミノコフ2000Hという銃は、相当に扱いが難しい銃だ。
 乾いた音が響く中で、時折鈍い音が遠方より聞こえてくる。
 バーチャルルームにて作り出された動かない的。鈍い音はその的に弾が命中した時に聞こえてくる。
「・・・だいぶ当たるようにはなってきたけれど・・・」
 銃を持つ右手に微かな「痺れ」を感じる。擬似薬莢で射出するこの銃は、太古の銃のように撃つ度振動が手に響く。その為に銃を持つ手が僅かにぶれ、的確な射撃を難しくしている。
 これはなにも、この銃だけが特別というわけではない。いや、もちろん擬似薬莢を作り出し「無駄な衝撃」を生み出している点だけなら、この銃に備わった特別な「仕様」だ。しかし照準を定めにくいという欠点はこの銃だけでなく、威力を増した銃、つまり放出するフォトン弾の威力が高ければ高い程、あからさまになってくる。それを制御できる腕がなければ、高威力の銃は扱えないのだ。
 銃を扱う腕が、そのまま銃の威力に直結する。ある意味でこれはとても合理的だ。
 今バーチャルルームの射撃場で訓練を積み重ねている一人の軍人。彼女はまだ手にしたヤスミノコフ2000Hを完全には扱い切れていない。それだけ彼女の腕前はまだまだ甘いと、銃そのものに教えられているかのよう。
 しかし、彼女が普段使用している銃を考えると、けして三流の腕前だと罵ることは出来ないだろう。今彼女が腰に下げているその銃は、カスタムレイVer.00という名が付けられた銃。この銃が扱えるようならば、一流とまではいかなくとも、レンジャーという職種に恥じぬ腕がある事の証と言えよう。
「焦っても仕方ないんだろうけど・・・」
 弾丸の放出によってほんの僅かに暖まった銃身を、女性は左手で軽く撫でた。
 この銃を完全に扱えるようになりたい。
 それは彼女の悲願であり、そして約束。
 そして、彼女の心を支えている柱でもある。
「隊長・・・まだまだですね、私は」
 約束を交わした相手。かつては機神とも呼ばれた一人の男を思い起こしながら、目を細め撫でる銃身に見入った。
 いつかこいつを使えるくらいの腕前になれ。その言葉と共に手渡されたヤスミノコフ2000H。期限は特に示されなかったが・・・手渡してくれた本人に、上げた腕前を見せることはもう叶わない。それでも腕を上げ続け、きちんと使いこなせるようになる。約束を果たすことが供養と礼になると信じ、こうして日々鍛錬を欠かさない。
 訓練の休息と思い出の回想に思わぬ終止符を打ったのは、近づくことさえ気付かなかったもう一人の女性軍人から発せられた一言だった。
「ちょっと、どういう事なのよ!」
 僅かに体をビクリと震わせ、銃を手にした女性は声の方を振り返った。
 金色に輝く髪の上に赤いベレー帽をかぶせた、いかにも軍人だという出で立ちの女性。背筋を伸ばした姿勢や凛とした厳しい表情も又、彼女が軍人であるという印象を与えるに充分なもの。その女性を、銃を仕舞いながらも視線をそらさずに見つめている。
 何事? 視線は、突然呼びかけられた言葉の真意を探るように向けられている。
 その視線に答えるように・・・しかし全く答えになっていない言葉が、近づいた女性軍人より発せられた。
「あなたが隊長になるって、一体どういう事?!」

「あの・・・どういう事でしょうか?」
 二人の女性軍人がピシッと直立した姿勢のまま、深々とフォトンチェアーに腰掛けた中年軍人に対面している。
「どうもこうもない」
 少し強張った表情を顔に刻んでいる女性二人とは対照的に、柔和な表情を浮かべながらお気に入りのローズティーを口元に運ぶ男性。
 一息ついた後に、彼は質問の答えを繰り返した。
「私の下で秘密裏に形成する特殊部隊、TEAM 00(チームダブルオー)の隊長に、DOMINO君を任命する。それだけだが?」
 それが何か問題でも? と言わんばかりに、平然としている二人の上司。対して平然としていられないのは、その部下二人。
「あの、さすがに私では隊長などという・・・」
「だから、何故DOMINOなんですか!納得のいく説明をして下さい!」

 バン、と勢いよく机が叩かれ、机の上に載せられたティーカップから僅かにローズティーが零れる。
 軍人たる者、上官に向かってこのような態度は許されるものではない。だが、勝ち気で我が儘な性格を持つ彼女なら・・・しかも相手が相手なだけに・・・たしなめるのもはばかられる。しかもDOMINOにしてみれば、自分のことで問題になっている以上口を挟みづらいのも確かだ。
「では訊くが、君ならば隊長に相応しいとでも? マーヴェル」
 無礼も慣れたものなのか、上官はちらりと、息を荒げる女性に視線を送り質問を投げ返す。
「いえ・・・そういうことではなく・・・」
 机に向かい前のめりに倒していた姿勢を元に戻しながら、濁る言葉で質問をごまかした。
「少なくとも、DOMINOに隊長の任命が適任とは思えません」
 その通りだろうと、言われた本人も思っている。だが、それを他人の口から、それも同じ女性で同じ年代の同期に言われると、複雑な心境も沸き立つ。
「ふむ・・・ではきちんと説明をしておこう」
 初めからそうして貰えれば・・・と二人は思ったが、口にはしなかった。相手は上官な上に、「ウィットに富んだユーモア」をふんだんに含んだトークをこよなく愛する男。故になかなかストレートに物を言わない事をよく知っているから。もちろん、何処までを「ユーモア」の範疇に入れるかが難しいのだが。「ダジャレをこよなく愛する、オヤジという名の中年男性」に近いものがある、とも思っているが、当然二人はこれを口にすることはない。
「まず、TEAM00の理念から再確認しておこうか」
 TEAM00は、そもそも説明を始めた上官、レオ・グラハートの父親がチームリーダーとして活動していた軍部のメカニック集団。だがそのチームリーダーがラグオルの地で訓練中に「謎の死」を遂げた事で半ば解散状態となり、更にラグオルでの「セントラルドーム爆破事件」以後、パイオニア1クルー全員が消息不明になった為にチームは消滅した。今レオが結成しようとしている特殊部隊は、そのチーム名を引き継いだだけであり、活動内容は全く異なっている。
 だが、この名を引き継ぐことがレオにとって、そしてチームメンバーにとって重要なことになる。
 そもそもレオは、機動歩兵32分隊、通称「WORKS」の隊長を務めていた。厳密に言えば、彼がある「思念」の為に結成した部隊と言い換えて良い。この部隊はレオの手腕により、機動歩兵の一分隊にも関わらず大きな力を付けていくことになり、軍内部だけでなく政府やあらゆる「力を持った組織」から目を付けられるようになっていった。
 その為、レオは政府側の「策略」により軍部高官に昇格「させられ」、一分隊の隊長という職務から切り離された。だが、大きくなった一分隊はレオの「思念」だけを引き継ぎ、存続し続けていた。
 その「思念」が問題だった。
 思念は最初、一軍人が普通に抱えるごく当たり前の感情。
 軍人としての誇り。ただそれだけのはずであった。
 時代なのか環境なのか、「誇り」という言葉はいつしか軍人達の「慢心」へと変わり、誰よりも軍人は偉大なる存在だと誤認するようになっていく。
 あたかも、一宗派が世界の中心でなければならないと信じて疑わぬ信者のように。
 若きレオ・グラハートが、まして軍人一家に育ったエリートである彼が、そんな誤った信仰に心を塗りたくられずにいられたなどと、誰が思うだろうか?
 こうして、「WORKS」は「軍人の誇り」という唯一神を信仰する宗派として結成され、規模を大きくしていった。
 この危険な異教徒達を、別の宗派に属する者達・・・つまり政府高官達が見過ごすわけがなかった。
 政府高官達も又、危険な神を信仰する者が多かった。それはつまり「権力」という名の邪神。
 権力に固執する信者達が最も恐れるのが、異教徒達による政権の転覆・・・クーデターである。
 当初、肥大していくWORKSにクーデターの意図はなかった。だが、たかが一分隊にしては大きくなりすぎたWORKSは、政府高官達からクーデターの恐れありと見られてもおかしくはなかった。しかも世界情勢はその当初、様々な国が小競り合いを繰り返す戦乱の時。軍人達が権力を握りやすい時代でもあった。
 WORKSによる、当時は有りもしなかったクーデターを恐れた役人達は、ある一計を講じた。
 それが、レオ・グラハートの孤立化である。
 まずレオを「偉大な功績を勝ち得た功労者」として、階級を大佐から少将へ二階級特進させた。
 大佐という階級は、師団に属さない、本営および総司令部付きの独立大隊を指揮する事もある、実戦部隊に身を置く中では一番高位な階級。レオは大佐だからこそ、WORKSという一分隊に見せかけた独立大隊を組織することが出来た。
 一方少将は、師団司令部に籍を置く、いわば軍部高官であり、基本的に指揮する部下がいない階級。
 つまり、階級こそ二階級も特進しながらも、レオは指揮する独立部隊を手放さなければならなくなるのである。しかも師団司令部というエリート集団に置いては最も地位の低い階級であり、政府側から見て監視も管理もしやすい立場に連れ込まれたも同然といえる。
 この処置に、レオは何一つ反論は出来なかった。
 当然だろう。端から見れば昇格であり、喜びこそすれ不満などどうして言えようか?
 しかもレオは名門軍人一家出身のエリート。多くの者達の目からは「エリートが少し早めにエスカレーター階級を登っている」としか写らないだろう。
 こうしてまず、レオはWORKSから分断された。そして政府高官達は次の一手に打って出る。
 計画を実行に移すことになった「パイオニア計画」の第一陣である、パイオニア1の乗船部隊にWORKSとTEAM 00を選出したのだ。これでレオから元部下の一分隊と実の父親から物理的な距離を取らせることが出来、しかもクーデターを実行する部隊が母星コーラルにいなければレオは何も出来ないだろう、と政府高官達は考えていた。
 この目論見は成功した。だが少しでも不安材料があれば、疑心暗鬼という鬼はどこからでも心に忍び込む。
 分断したはずのレオとWORKSの関係は、いまだに続いていた。
 そもそもが、レオの掲げる「軍人の誇り」に共感した者達で結成された部隊。そう簡単にレオへの忠誠心が途切れるはずもない。WORKSは遠く異星の地にいながらもレオを隊長として慕っていた。
 この事実が、政府高官達を焦らせた。そして双方にとっての悲劇が起こる。
 もはや、不安材料は確実に潰すべきだ。焦りは大胆で愚かな作戦を生み出し結構させた。
 結果、一方は成功し一方は失敗に終わる・・・レオの父親は成功しレオ本人は失敗に終わる、という結果が残った。
 政府側として、この目論見に関する証拠は一切残さなかった。子飼いの「犬」達は、任務に失敗しても最低限の「後始末」はキチンと付けられるようだ。
 しかしそれでも、襲われた本人は犯人の目星などとうに付けていた。
 こうしてレオの心にあった「思念」は、「軍人の誇り」に「復讐」という二文字も刻まれ、クーデターという邪神が降臨する事になった。
 有りもしなかったクーデターは、それを恐れた政府側の愚行で生まれていったのだ。
 クーデターという邪神が、いかに愚かな神であるか。今のレオならばハッキリと痛感することが出来る。だが、クーデターという愚かで、しかし甘美な妄想は、軍部至上主義の軍人達の心に染みつき離れることはなかった。そもそも、最初の「思念」であった「軍人の誇り」が歪んでいたことを考えれば、クーデターが軍人達にとって神々しく見えたであろう事は容易に想像できる。
 それ故に、現在レオの手を離れてたWORKSがなおも、クーデターという邪神を妄信する集団に変貌してしまったのも・・・認めたくはないが納得は出来る。
 もちろん、WORKSに所属している軍人全員がクーデターの賛同者である訳ではない。現に今レオの前に立つ二人の女性は「今の」レオを慕いWORKSから離脱してきた者達である。そしてまだWORKSに残っている者の中にも、クーデターなど微塵も賛同できない者達は沢山いる。
 だがクーデターという邪神は、それ相応に「軍人の誇り」を曲解しやすい上官達程求めやすい傾向にある。
 軍人の誇りを純粋なままに持つ若者達は、誇りを曲解して持ち続けている上官達に操られている。そしてその上官達は、「権力」という、異教徒たる政府側の信者達が妄信している「力」を手に入れるが為に、クーデターという神に従い群がっている。
 この流れは、なにもWORKSに限って噴出したものではない。権力を欲する愚か者達など、太古の昔より存在していた。たまたま、レオの復讐が生み出した「若き頃の誤り」に便乗したに過ぎない。
 若きレオの亡霊。今のWORKSを、レオはそう表現した。そしてこの亡霊を打ち破ることが出来るのは、いや打ち破らなくては成らないのは、「今の」レオ本人だろう。TEAM00の名は、復讐などという愚かな考えを持つことになったきっかけであり、その愚かさを戒め忘れない為に引き継いだ名でもある。
「そういえば・・・まだ君たちには話していなかったな」
 一通り理念を再確認したところで、レオは視線を二人からそらし、遠くを、ずっと遠くを見つめた。その瞳には、懐かしさと悲しさが同居していた。
「復讐に心を奪われていた私が、目覚めることになった話を」
 それは、ある一人の軍人・・・かつて軍人だった男の話。
 その者の名はBAZZ。レオの部下にして親友だった、一人のアンドロイドの話である。

 それは、レオが復讐に心を鷲掴みにされていた頃の話。
「アンドロイドによる精鋭部隊を形成するだと?」
 WORKSの前隊長レオが、一人のアンドロイドに告げた計画。それは確実に力を付けてきたWORKSに、さらなる力を加える為に提案された特殊部隊の設立。
「ああ。その特殊部隊の小隊長を、君に務めて欲しい」
 アンドロイドの中でも、特に戦闘能力に特化し制作された巨漢のアンドロイド。この時から既に「機神」の名で尊敬、あるいは嫌悪を込めて呼ばれていたレイキャスト、BAZZ。索敵能力も指導力も十二分に兼ね備えたこのアンドロイドなら、精鋭揃いの部隊でも上手くまとめられるだろう。まさに適任と言って良い。
「・・・問題ないのか? アンドロイドだけの小隊を組むなど」
 しかし小隊長に任命されたBAZZは懸念していた。
 特殊部隊を編成することには問題ない。問題なのは、その部隊がアンドロイドのみだという点。これまでにも、軍はアンドロイドを中心とした小隊を編成してきたことはある。だがその隊をまとめるのは必ずヒューマンであり、完全なアンドロイドのみの小隊はあり得なかった。
 アンドロイドの人権は認められている。しかしそれは表向きの話であり、アンドロイドを生み出したヒューマンの多くは、アンドロイドとニューマンに対して強い軽蔑の目を差し向けている。故にアンドロイドを信じ切れない、ヒューマンのみで構成された上層部のは、必ずアンドロイドやニューマンの部隊にヒューマンの司令塔を置いていた。
 もしレオの任命通りBAZZがアンドロイドの精鋭部隊の小隊長になれば、初のアンドロイドのみの小隊が誕生し、同時に初のアンドロイド指揮官が誕生することになる。何を持って「問題」とするかはともかく、軍内部だけでなく広く世間からも注目されるのは間違いないだろう。
「アンドロイドの有能さとWORKSの「力」を固持するには、むしろ注目されるくらいが望ましい・・・そうは思わないかね?」
 レオの言葉には一理ある。人権が表向き保証されながらも迫害を受け続けている鉄の人類は、自分達の存在をアピールし認めて貰える機会を常に探している。そしてこのアピールは、WORKSの「強さ」を軍内部に強く知らしめることになり、よりWORKSの「地位」を強固なものとするだろう。
「望ましいとはあまり思えんがな」
 だが当のアンドロイドは、いささか乗り気ではなかった。
「力を誇示したところで何になる?」
「牽制になるさ」

 BAZZの質問に、指揮権を持たないはずの少将は即答した。
「力は誇示してこそ、牽制になる。つまらない小さないざこざを無くす為にも、合理的だと思うが?」
 それも確かにその通りだろう。勝てぬ相手にわざわざ喧嘩を売る事は得策ではないことくらい、子供でも判る。力を誇示することで無意味に襲いかかる敵を牽制できるのならば、それに越したことはない。
「だがな、レオ。力を固持すればする程、疎み妬まれるのも事実だ」
 機神と恐れられる程に力を持ったBAZZは、常に疎み妬まれ続けている。身に染みてそれを理解しているアンドロイドは、生身の隊長に説いてみせた。
「逆に、尊敬されることもあろう? 機神よ」
 強大な力は、信仰の対象にすら成り得る。特に軍といった力の象徴的な集団には効果的とも言える。
 どちらの言い分も、真理である。ようは、そのバランスをどうするか、という問題だろう。
「せめて、暗殺などという卑劣な考えなど起こさせない程の力は必要なのだよ、BAZZ」
 片方の二の腕を叩きながら、レオは強い口調で言い切った。
 叩かれたその腕は、暗殺という卑劣な行為を憎む象徴・・・義手となった腕である。
 レオは父を失ったほぼ同時期に片腕を失っている。作り物の腕はまさに肌身離さず身につけた、復讐を誓うシンボル。
 力を持ちすぎたが故に、政府側からあれこれと邪推され愚行により邪魔されている。結果、父の死と片腕の損失だというのは判っているが、しかし力がなければ復讐もままならない。
 ならば、相手が愚策を練り上げるよりも早く力を手に入れ、愚作を決行させぬようにしてしまうのが得策。
 レオは焦っている。それは冷静に状況を分析しているBAZZにはよく解っていた。
「・・・まあ、部下である俺は隊長の命令に従うだけだがな」
 解っていたが、止める手立てはなかった。
 BAZZ本人が言うように、上官・・・正式にはもうレオはWORKSの隊長ではないが・・・レオの命令に従うのが、部下であるBAZZの勤めである。
 なにより、今異論を唱えたところで聞き入れそうにない。長い付き合いがあるからこそ解る、レオの性格を考慮し、「今」何を言ってももう遅い事が解っていた。
 口ぶりからおそらく、既に特殊部隊のメンバー選出は済んでいるのだろう。今更異論を唱えたところで、何も変わりはしない。
「そういう言い方をするな、BAZZ。他に部下がいる手前ならまだしも、二人きりの時くらいフランクに話したらどうだ?」
 親しみを込めた笑顔を浮かべ、親しそうにアンドロイドの肩を軽く叩く。
「アンドロイドの地位向上に貢献したいのも本音だ」
 この言葉に嘘はないだろう。事実レオはこれまでも軍内部で「兵器としてのアンドロイド導入」に反対し、「兵士としてのアンドロイド増員」を訴えてきていたのだから。
 彼がここまでアンドロイドに肩入れするには、理由がある。
 彼の父親に強く影響されているからだ。
 レオの父は軍人ではあるが、軍部独自の技術集団TEAM00のリーダーを務めるだけあり、機械工学方面に強い男であった。それだけにアンドロイドという存在に彼は強い興味と関心を持っており、アンドロイドの軍事参入を積極的に行っていた一人でもある。
 そんな彼が、TEAM00と専門機関、そしてある一人の天才科学者によって生み出したのが「軍事用アンドロイド」である。
 軍事用アンドロイドの開発は、莫大な予算がつぎ込まれたこともあってか思った以上に順調だった。ある一点を除けば。
 その点とは、現在も議論が続いている問題、アンドロイドの「人権と感情」である。
 軍事に準ずるアンドロイドならば、命令を実行する最低限の判断力だけで充分と主張する者と、アンドロイドである以上人権を尊重し感情をきちんと持たせるべきだと主張する者とに分かれ、議論は平行線をたどったまままったく歩み寄りを見せなかった。
 しかし、プロジェクトの中心にいた一人の科学者が、感情は持たせるべきと発言したことにより一時決着した。
 この決着によりアンドロイドへの感情導入は決定したものの、多くの問題が残っている。
 感情不必要論を唱えていた軍幹部達はまだ納得していないことと、もう一つは・・・これは数年の後になってから判明していくことだが・・・決定権を握っていた天才科学者、ジャンカルロ・モンタギュー博士はこの当時、アンドロイドの人権などまったく興味はなかった。ただ、感情に関する研究を進めたいが為に、導入するよう働きかけただけなのである。
 このくすぶっていた二つの火種が後々になって大火となり、様々な事件と悲劇を巻き起こすことになるのだが・・・少なくともこの時代に、未来の惨劇を予測する者は誰一人としていなかった。
 こうして、軍事用アンドロイドの開発が進められていく中で誕生したのがBAZZである。
 BAZZは開発されていく軍事用アンドロイド達の中でも、特に様々な面に置いて高水準に設計された、いわば特別機。言い換えればエリートなのである。
 エリートとして生まれたBAZZは、すぐさまエリートの指揮下に配属された。そのエリートこそ、開発に着手したTEAM00リーダーの息子、レオ・グラハート。この頃からレオもアンドロイドに高い関心を持つようになり、そしてBAZZを通じてアンドロイドの人権問題に真剣な姿勢を示していくことになる。
 言い換えれば、レオにとってアンドロイドの人権問題は、親友であるBAZZに直接結びつく問題。アンドロイドの地位向上に貢献すると言うことはすなわち、BAZZに対する彼の友情と愛情の表れとも言えるのだ。
 それを理解しているからこそ、BAZZはレオの提案に強く反対できない。これが親友の焦りによって生じた愚行だとしても。
 いや親友だからこそ、親友をたて、問題点を秘密裏に解決していけば良い。この時のBAZZはそう考えた。
「メンバーの招集は既にすませている。後は隊長である君が彼らの前に立ち、誇らしげに我こそが隊長だと宣言するだけで良い」
 思っていた通り、既にここまで準備をすませていたか。BAZZは親友の行動力に感心と呆れをよせつつ、一つだけまだ気になる点を質問した。
「さて、反対派の連中がなんと言ってくるか・・・」
 このような特殊部隊、感情導入に反対してきた軍人や幹部達が許すはずがない。
「一度組織してしまえば、どうにでもなる。幸い、「現」WORKS隊長は物わかりの良い男でね」
 特殊部隊の編成を急いだ理由はここにもある。邪魔される前に作り上げてしまおうというのだ。
「まあ物わかりが良いにしても、あれだけ遠方にいては賛成も反対も出来そうにないがな」
 WORKSの大半はパイオニア1に乗船し、今はラグオルという惑星で活動している。当然現隊長もそこにいる。さすがに航行に一年もかかる惑星間を通じてでは、何かを伝えるにしても難しい。最も、レオの後を引き継ぐだけの男である以上、レオの考えは良く理解しているだろうし、特に反対も邪魔もしなかっただろうが。
 問題はむしろ、コーラルに残った残存隊員。
 こちらは政府の引き離し工作にも引っかからなかった程に階級的にも権力の小さい新兵や、腹心の部下とまではいかないほどレオとの繋がりが遠い者達ばかり。よって今回の特殊部隊には反対してくるだろう。
 だからこそ、レオは特殊部隊を急ぎ組織したかったのだ。親友を筆頭とした、力ある部隊を秘密裏に組織し力を取り戻したかった。
「まあ・・・どうにでもしてやろう。これでも、お前の唐突な作戦には慣れている方なんでね」
「期待しているよ、我が親愛なる友」

 こうして、BAZZを隊長としたアンドロイド特殊小隊は結成された。
 そしてこの特殊小隊の行く末が、本人達だけでなく、多くの者達を巻き込んでいく「陰謀」という渦の真っ直中になろうなどと予測できたのは・・・はたしてどれほどいたのだろうか?

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