novel

No.1 得物を欲する死神

 Mは一人、悩んでいた。
 さて、これからの「自分」の「立ち位置」をどうするか? という事に。
 立ち位置,立場という点では、悩む事は二つあるのだが、今悩んでいるのはプライベートの方ではない。
 ダークサーティーンのメンバーとして、これからの戦闘スタイルについて悩んでいたのである。
(さて、いかが致しましょうか・・・)
 現在、ダークサーティーンのメンバーは二人。MとESの二人きりである。そもそもは二人から始まったチームだけに、現状は「元に戻った」と言えるのだが、しかし完全に戻ったわけではない。
(自分の役割をどうするかより、まずは主力となる武器を決めた方が早いのかしら・・・)
 結成当時、Mは「ソウルイーター」という鎌状の武器を愛用していた。ESから手渡されたこの武器は、本来非力なフォースには扱うのが難しい長槍(パルチザン)系にもかかわらず、非常に軽くフォースでも振り回す事が出来る珍しい武器。しかも殺傷能力も下手なセイバーなどよりも高い為に、白兵戦もこなすMにとって重宝する武器となっていた。
 ところが、この愛用の鎌が激しい戦闘の末に折れてしまった。その時よりスゥから渡された「サイコウォンド」を使用していたが、この杖は強力だが難点も多かった。
 伝説とされた杖だけに、テクニックの威力を高める効果が大きく、また精神の負担を和らげる効果まである優れもの。武器として、つまり白兵戦用の得物としての能力も高く、普段は閉じている杖の先端が戦闘時には三つ又に分かれ、矛として大変優れた武器になる。その威力は以前使用していたソウルイーターなどの比ではない。
 しかし逆に、精神の代わりに体力を請求するためおいそれとテクニックが使えないという欠点がある。Mはフォース故に白兵戦よりもテクニックによる戦を望む。一人で闘いに赴く場合は白兵戦の方が多くなるが、彼女はあくまで「チームの一員」「ESの援護」という立場を最優先する。つまりテクニックによる援護が頻繁に行えなくなるサイコウォンドでは大いに問題があったのだ。
 サイコウォンドはあくまで、ここぞという時の為の切り札なのだ。
(普通に杖を用いれば問題はないのですが・・・)
 フォースは主に、テクニックの威力を高める杖を好んで手にする。杖にもいくつか種類があり、形状事に三つの区分がされ、さらにその中でも高めるテクニックの効果によって色々と使い分けるフォースが多いが、Mはテクニック効果の向上よりは防備に役立つという理由でロッドと呼ばれる柄の長い杖を愛用していた。
 他の杖では武器と言うよりテクニック増幅器としての役割が大きかったり、また打撲のみを目的とした物も。そのような武器では迫り来る刃を受け止められないという理由で、Mはロッドを用いていた。実はソウルイーターを愛用していたのも、これとほぼ同じ理由もあったのだが。
 では素直にロッドを使えば良いか? となると問題が一つある。
(ソウルイーターのように、白兵戦にも用いられる武器が望ましいのですよね・・・)
 フォースは本来、接近戦に弱い。強力な武器が持てないだけでなく、テクニックの発動にかかる時間や動作といった「隙」が接近戦には不向き。という理由が、接近戦に弱い理由だ。敵に接近されたら、離れてテクニックを放つか手にした武器で攻撃を加えるか、そのどちらかが通常は望ましいのである。
 多人数のパーティに参加しているならば、敵の接近を他の仲間がカバーしてくれる。しかし現在Mのチームメンバーは二人。もちろんESならば的確にMを補佐するだろうが、本来ESを補佐しなければならない自分が補佐される立場になってはならない。そう彼女は考えている。
 つまり彼女の理想としては「テクニックでESの補佐を行い、かつ自分に降りかかる火の粉は全て自分だけで振り払える」というスタンス。
 正直、この理想はかなり大きすぎる。むろんこのような補佐をしてくれる者がいてくれればかなり心強いが、ここまで求める者がいるなら、その者に問題があると言わざるを得ない。
 当然ESはここまでMに求めていない。自分が扱うよりも強力なテクニックで補佐してくれれば十分だから、とは常にESはMに言っている。しかしMがそれだけではと常に高い理想を追い求めている。
 故に、今一人悩んでいるこの問題は、ESに相談出来ない。「杖で十分よ」と返答されるのが見えているから。
(スライサーやタリスでは本末転倒ですし、無理をしてソードなどを手にしても仕方ありませんし・・・)
 フォースが扱える武器には、強力に敵を複数粉砕してくれる武器もある。スライサーやタリスといった投擲タイプの武器がそれだ。しかしこの武器は強力だが、Mが抱えている「白兵戦の問題」をまったく解消出来ない。テクニックと同じく遠距離には強いが接近戦に弱いのだ。同じ理由で銃器系統の武器も候補から外れる。
 またハンターなどが持つ武器を強引に扱うのも当然論外。それ相応に熟練した者が持つからこそ強力な武器は、扱いになれていないフォースが持ったところで、差詰めドラゴンあたりに武器を飲み込まれて終わってしまう。
(ソウルイーターが手軽に売られていれば問題はなかったのですが・・・)
 原点に戻り、再びソウルイーターを手にすれば良いという案もある。確かにその通りだが、ソウルイーターは「レア」と呼ばれる貴重な武器で、入手が非常に困難。加えてその手軽さからハンターズの中でも人気の高い武器で、愛好者も多い。それだけに仮に店頭に並んでもすぐに品切れ。手にしているハンターもそう簡単には手放さない代物。
 実はソウルイーターを失った直後に、その上位武器と呼べる「ソウルバニッシュ」を手にする機会はあった。上位に位置するだけにソウルイーターよりも強力なのだが、Mはそれを手にする事を放棄した。ソウルバニッシュは呪われた鎌であり、手にするだけで徐々に体力が奪われていくという曰く付きの武器。またその呪われた鎌を持っていた「本来の持ち主」の事を考えると、とてもそれを手にしたいとは思えなかった。
 ただこうして悩んでいると、ふとあの時手にしておけば良かったのかと思う事もある。思う事もあるが、それを考えるたびに背筋に悪寒が走り、全身を震えさせてしまう。
 こうして、使用武器について悩むのがMにとって最近の日課になってきた。
 ソウルイーターが折られてから幾分か日々は過ぎ去っている。その間にこれといった問題は起きていないのだが、「いざ」という時の為に準備を整えておきたい。整えておかなければ、どうにもMは安心出来ないでいる。
 そうでなくとも、ESは様々なトラブルに巻き込まれている。そのトラブルに立ち向かう際、自分が側にいながら何も出来ない、などという事態だけは極力避けたい。
(・・・ここはその道の方にお尋ねするのが一番ですね)
 何度か発案しながら、機を逃し続けていた事。それを今Mは実行に移そうとしていた。

「パルチザンかロッドで、ですか・・・」
 シモンズ・オロ。少し前まではパイオニア2ラボにて天才モンタギューの助手を務めた男。モンタギューの失踪によりラボを辞めハンターズギルドへと転任した男。Mは機械工学の専門家である彼に頼った。
「確かにモンタギュー博士から「エネミーウェポン」のデータを譲り受けましたし、制作も可能なんですがね」
 Mは活路を、エネミーウェポンという未知の武器に託してみようかと相談を持ちかけた。自分の知らない武器で、なにか適した物があるかも知れない。そしてあったとして、その入手も闇雲に探すよりは効率よく手に入れやすそうだ。Mはそう考え彼に直接尋ねていた。
「どうですかねえ・・・杖だとこういうのがあるんですけど、どうですか?」
 様々な工具や部品の散乱する部屋の奥へと足を踏み入れたシモンズは、散らかっている部屋を更に散らかし、なにやら杖らしき物を取り出しMに見せた。
「・・・いえ、そういう杖はちょっと・・・」
 性能はともかく、見た目「悪趣味」なその杖をMはよく確かめもしないで断った。
 エネミーウェポンは、ラグオルに徘徊するエネミー達の身体の一部分を武器に流用するという、発想はグロテスクながら、しかしフォトン工学的には画期的な技術を用いた武器である。そこまではMも理解しているし、事実そのエネミーウェポンが強力なのは、「シノワレッドブレード」というエネミーウェポンを愛用しているESを見ている彼女は良く判っている。
 しかしだからといって、森の王者ヒルデベアの頭をそのまま杖の先に取り付けたような、そんなグロテスクで悪趣味な杖を使いたいとはさすがに思えない。
「うーん、なかなかユニークな杖なんですけどねぇ・・・ええっと、他には・・・」
 モンタギュー博士も、風体通り変わったファッションセンスを持っていたが、弟子もまた似たような感覚を持っているようだ。
「今ある中だと・・・パルチザンでもロッドでもないんですが、こんなのはどうですか?」
 取り出したのは今度の武器は、悪趣味なデザインでもなく武器として強力そうであった。
「こっちがパンアームズブレードで、こっちがツインアサシンセイバー。軽いのでMさんでも扱えると思いますよ」
 どちらも二本一組の武器。大きさから、前者はESが好むダガー系で、後者がZER0の好む二刀流タイプの武器のようだ。
 シモンズが言う通り、持った感触は確かに軽い。これならば自分でも扱えるだろう。Mは武器の感触を何度も確かめながら、それは確信した。
「そうですねぇ・・・」
 扱えそうなのは確信したが、どうにも歯切れが悪くなる。
 ダガーや二刀などで闘った事のないMにしてみれば、これらの武器を使う事で色々と己の「戦闘スタイル」を変える必要が出てくるだろう。Mにはそれが引っかかる。
「後は、今サンプルはないのですが・・・博士の「レシピ」の中に、こういうのもありましたけど?」
 設計図を「レシピ」と称したのは、扱っているのが生体の一部だからか? だとしたら、考え方によってはユニークだが、考え方によってはグロテスクだ。
 それはさておき、Mはシモンズに見せられた「レシピ」を見て、これは試してみる価値がありそうだと即決していた。

 即決はしたものの、まずは材料となる「エネミーの一部分」が必要になる。
 Mはそれを得る為に、遺跡へと降りていた。
(武器を得る為にエネミーを狩る・・・あまり気乗りはしませんが・・・)
 そもそも殺生を好む性格ではない。自分が欲する物の為に、例え相手が忌まわしき邪神が生み出した亜生命体だとしても、嬉々と武器を振り回し身体の一部を持ち替えるのは、Mの美徳にやや反する。だが、これも武器を手に入れ、ESのサポート体制を万全に整える為と割り切った。
 Mが手に入れようとしているエネミーの一部。それは遺跡の魔導師、カオスソーサラーの右腕。
「右腕というか、右腕と一体になったカオスソーサラーの持つ杖の部分ですね。あれを使って、そのまま「ソーサラーの杖」を復元するんです」
 半分がフォトンで構成された杖。故にテクニック使用時も一部テクニックの威力が増したり、精神の負担を僅かだが減少させる効果があるはずだ、とシモンズは説明していた。しかも武器としての打撃能力も高く、以前まで使用していたソウルイーターよりも強力になるだろうとも語っていた。
 まさに、うってつけの武器ではないか。Mが即決した理由はここにある。
 残る問題は、上手くカオスソーサラーを見つけ出し、そして上手く右腕を「消滅させずに」持ち帰れるかどうか。
「遺跡の亜生命体は、死に際に黒い霧というか靄というか、そういうのになって四散してしまう・・・のはご存じですよね。そうなると、当然右腕も杖も消えてしまうんです」
 消えてしまわないようにするには、「新鮮なうちに」腕を切り落とす必要があると、シモンズはそう説明を加えた。更に言えば、上手く切り落としても必ず形が残るとは限らないそうで・・・こうなると、狙えるが入手はかなり難しくなるだろう。
(数をこなすしかありませんね)
 他に方法がない以上、やるしかない。Mは現行の武器ストライカーと、切り落とす為に用意したセイバー系の上位種グラディウスを握りしめ、遺跡の奥へと歩んでいく。
(・・・それにしても、気になりますね)
 遺跡に降り立つ前、シモンズはMにこう警告していた。
「気を付けて下さいね。なんでも、今遺跡で妙な噂が立っていますから」
 その噂は、Mも耳にしており、そしてESも気に掛けていた。
 最近、遺跡で「死神」を見た、という噂。
 もちろん、この「死神」はMの事ではなく、まして他にもいる「死神」の名を二つ名に持ったハンターではない。
 異形な者が「鎌」を片手に遺跡を徘徊している、というのだ。
 新手の亜生命体なのだろうか? その可能性も考えたが、MやES、そしてZER0とシノ・・・この四人には共通して「思い当たる嫌な存在」がいた。
 そもそもこの噂、奇妙なところが多すぎる。容姿ももちろんだが、目撃者がごく僅かしかおらず、どうにかパイオニア2へ戻ってきた目撃者も、あまりの恐怖に記憶が飛んでいたりして証言が定まらない。何より、目撃者と共にいたはずの仲間が戻ってこない、しかも死体すら発見されないという。
 目撃報告はたったの三件。しかしこの妙な怪事件は瞬く間に噂になった。
 噂はあくまで噂だが、まことしやかに語られる噂。だからこそ、ESは調査に乗り出していた。実はこうしてMが単独で武器探しをしているのも、ESがいないからという訳があり、調査のみの為Mの待機を必要としていなかった。
 むしろMが遺跡に潜る事で、多少なりとも「現地調査」になる。もちろん気休めだが、そういう事で役に立てるならMも少しは「美徳」に反する行為に理由が付けやすくなる。
 まして、本当に噂の「死神」遭遇出来れば・・・いや、今は一人だ。遭遇して対処出来るかどうか・・・。
 ともかく、目的はあくまでカオスソーサラーの右腕。Mは得物の為に獲物を求め遺跡を更に奥へと向かっていった。

 目的はカオスソーサラーでも、カオスソーサラーばかりを相手にするわけにもいかない。
(ディメニアン4匹に・・・いたわ、カオスソーサラーね)
 亜生命体の兵隊蟻、ディメニアンを従え、異形の魔導師が姿を現した。もちろん狙いは魔導師だが、その前に兵隊達をどうにかしなければならない。
 通常なら、先にやっかいな魔導師を倒す。頻繁に姿を消しては場所を変え、そして遠方からテクニックを放つカオスソーサラーは、真っ先に倒すのが定石だ。
 だが今回の目的は、そのカオスソーサラーそのもの。しかも出来る限り腕を残す為に、上手く切り落とすという神経を使う仕事が待っている。となれば、最後まで倒さず残さなければならない。
(一匹ずつ確実に倒さないと)
 完全に接近される前に、まずグランツを一発。他のテクニックに比べ発動までにかなりの時間を要するグランツは、接近されるまでの、この最初の一撃こそ一番効果がある。他に仲間がいるならば、上手く接近を防いでもらい砲台のように確実なグランツを放つのも手ではあるが、今Mは一人。全てを一人でこなさなければならない。
 光の粒子が一匹の兵隊蟻に集中し、高音と共に弾け散る。
(まずは一匹)
 グランツを得意とするMは、たった一撃で一体を仕留める。
 しかしここまで。次のグランツを放つには敵が接近しすぎている。なにより・・・。
(もうここまで!)
 気配に気付き右に振り向けば、そこには魔導師の姿が。
(離れないと)
 魔導師から離れる。横にいる奴から離れるならば前進か後退。前には兵隊が三匹そこまで迫っている。
 では後退か? いや、Mは前進を選んだ。
 地に着きそうな程に長い裾丈。それに足を巻き込まれることなく、華麗に、しかし素早く兵隊に向かい駆ける。
 Bap!
 駆け抜ける間際に、杖で一撃。威力はたいしてないが、一瞬でも足止めにはなる。
 足は止めることなく、そのまま一団より遠方へ。
FOIE!」
 電光石火のごとく駆け抜けたMは、振り向きざまに杖を前方へ。放たれた火弾の淡い光が、華麗に舞い広がった裾を照らす。
 奇声と共に苦しむ兵隊。だが強烈な光ほどには火弾の威力は無く、一撃では地に伏せさせる事は出来ない。
(確実に、的確に・・・)
 焦ることなく、Mは一つ一つを丁寧にこなす。魔導師からの離脱と兵隊への攻撃を繰り返した。
 本来なら、多数の敵をまとめて殺傷出来るテクニックを使うのが効果的だ。特に相手はまとまって動く事を好む亜生命体の兵隊。爆炎などでまとめて焼き払った方が効率的なはずだ。
 しかし、Mはそれを避けた。爆炎などの広範囲なテクニックが、魔導師にまで効果が及ぶ事を避けたかったのだ。
 これも魔導師の右腕を得る為。思った以上に、根気のいる作業が続きそうである。
(これで最後、次こそ本命)
 四匹の兵隊が黒い靄へと姿を変えたところで、本命へと視線を移す。
 味方が全て消え失せたにもかかわらず、魔導師は何事もなかったかのように悠然とマントをなびかせ現れた。
 何事かを考える事はない。亜生命体は細胞一つ一つに刻まれた「意思」だけで動く、生きた兵器なのだから。
(狙うは右腕・・・)
 テクニックを放とうと構える右腕。狙いをそこに定める。
 手には、持ち替えたグラディウス。さて「今度こそ」上手く切り落とせるか?
 魔導師が腕を前へ。テクニックを放つ瞬間。Mが狙ったタイミングはここ。
 Swish!
 Fwooosh!

 敵から放たれた火弾。身を焦がしくすぶる痛みに耐えながら、Mは振り下ろした剣で腕を切り落とす。
(・・・またっ!)
 落とされた腕は、地に着くことなく真っ黒に変色し、そして四散した。
 これで六度目。さすがに気持ちは落胆する。
 だが、まだ終わったわけではない。腕を無くした魔導師は姿を消し、反撃の機会を窺う。
 そして現れた魔導師。更に強烈な一撃をと身構えるが、その力はもう魔導師にはない。
 腕は落とされた。魔導師が力を解き放つ杖は、もう手中にないのだ。
 Swish!
 グラディウスの黄色い軌跡が、魔導師の身体にクッキリと残る。そして鮮やかな黄色は黒く変色し、刻んだ身体と共に空へと散った。
「はぁ、はぁ・・・」
 焼かれたハンタースーツに手を当てながら、息を荒げるM。テクニックで身体の傷を癒しながら、六度目の失敗となったこの闘いを振り返った。
(不慣れな剣では、綺麗に切断出来ないのかしら・・・それとも、不運なだけ?)
 シモンズは言っていた。エネミーの部位は入手が困難だと。それもあっさりと部位が四散する遺跡のエネミーからの入手はなおやっかいだと。
(六度では、まだまだなのかしら・・・)
 少しばかり安易に考えていた、己の武器獲得。道のりは長そうだ。
「・・・!」
 肩を落とし落胆していたMが、突如背筋を伸ばし直立した。
 本能が、何かを警告する。
 何か、何かが近づいている。
 背中に走る悪寒と、噴き出す汗。理由も判らず、本能が何かに怯えている。
 迫っている何か。その姿をしっかりと確認したMは、更に身体を硬直させた。
 以前の自分が愛用したソウルイーター。いや、それよりも強くおぞましい鎌、ソウルバニッシュ。
 鎌を担ぎ、前のめりにひたひたと歩く人影。その影は僅かに紫がかっている。
 パックリと開かれた口。だらだらと、粘着質の液体がその口から漏れ零れている。
「そ・・・」
 言葉にならない。悲鳴も上げられない。
 遭遇してはならない、予測が的中してはならない相手と、Mは遭遇してしまった。
 邪神が愛でし猟犬。かつてこの犬には、キリークという名が付けられていた。

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