novel

No.2 止まらない悪夢

 空を切る。
 凄まじいとしか形容できない程素早く、そして力強く振り下ろされた鎌は、空を切った。
 そう、まさに空を切るかのごときすさまじさにより、一降りで真空を場に作る。
「ちっい!」
 鎌の刃は当たってはいない。だが、空を切り真空というかまいたちが新たな刃となり、美しく長い黒髪の先をわずかに切り裂いた。
 切り離された短い黒髪が、切り裂かれた「空」へと引き寄せられ舞う。
 漆黒の闇。黒髪はその中にとけ込むように四散する。
「たく。これだけの長さを維持するのに、どれだけの手間が掛かるか知ってんのかい?」
 答えはない。答えが返る事も期待していない。
 言葉はただの強がり。自分を落ち着かせる為の鎮静剤。
「さすがね、ES。「あの時」も感じたけど、それよりもさらに腕を上げるなんて・・・」
 ESと鎌の使い手が交えている戦闘を見つめている、赤毛の女性。彼女はクスクスと楽しげに口元をゆるませながら、感心するよう言い放った。
 しかし言葉とは裏腹に、レンズ越しに見える女性の瞳は笑みとかけ離れ、憎悪に満ちていたが。
「ハンターは日々成長するもんよ・・・って、リコからは聞いてなかった?ダークファルス」
 嫌みもまた、この戦いを勝ち抜く為の興奮剤。勝ち抜くという自信を、自分に言い聞かせ高めている。
 そこまでしなければならない程、この戦いは厳しい物になる。
 目の前にいるのは、蘇った狂犬。
 かのキリーク・ザ・ブラックハウンドなのだから。

 キリークの名は、ESやMから聞かされていた。
 Mと同じソウルイーターの使い手。そしてそのソウルイーターをソウルバニッシュへと進化・・・いや、凶悪な力である以上「悪化」と言うべきか? ともかく、おぞましき力を得た鎌を自在に操るヒューキャスト。
 かの強敵が今、ZER0の前に対峙していた。
「手応えは・・・あるんだがな・・・」
 これほどまでに追い込まれた戦いは、そう何度も経験していない。
 経験の数こそ少ないが、ここ最近は「辛い」戦いを続けざまにこなしてきた。
 意識無いままに戦ったゾークとの一戦。
 思いを受け継ぐ為に戦ったドノフとの一戦。
 変わり果てた姿になりながらも、技を伝える為に再戦したゾークとの一戦。
 これら「辛い」戦いを、ZER0は勝ち抜いてきた。
 だがこれらの戦いは全て、全力の相手だったとは言い難い。
 もしあの時、相手が全力を出し切れていたならば・・・おそらくZER0はこうして生き残ってはいなかっただろう。
 さて、ではこの狂犬はどうだろうか?
 Swosh!
 横になぎ払われた鎌を、ZER0は前屈みに体を折り、寸でかわす。
 と同時に、足を一歩踏み込み、倒れぬよう体制を保つ。
「はっ!」
そして前のめりになった勢いと踏み込んだ踏ん張りを全て生かし、右手に持ったオロチアギトを逆袈裟に切り上げる。
 相手は鎌を振り切った体制のまま。この状況でオロチの刃をかわし切るのは難しい。
 Swish!
 狂犬は振り切った勢いを利用し、体を回転させる。回転させたまま、後方へと飛び退きかわした。
 起用だとか、身体能力とか、そういった陳腐な表現では言い表せない。強いて言うならば野生の狂犬が持つような、凄まじいまでの戦闘に対する「勘」。アンドロイドとして作られたはずの彼は、まるで神から授かったかのような、戦闘に対する天才的なひらめきを持ち合わせている。
 そう。狂犬は邪神という名の神に魅入られている。
「くっ!」
 飛び退く事で逃れられた。それを悔やむ暇はZER0に無い。
 退いたキリークは着地するやいなや、そのまま今度は飛び込んできた。
 むろん、回転という勢いを付けたまま。
 今度は刀を振り上げきったZER0に隙が生まれている。鎌という名の鋭い爪が、再び横からZER0を両断せんと迫る。
 Clap!
 左手に持ったカムイ。その刀が鎌の猛撃を食い止めた。
「なっ!」
 だが、勢いを全て止めきる事は出来なかった。
 強引に振り切った鎌は、そのままZER0の体ごとはじき飛ばした。
「ったく、やってくれるぜ・・・」
 追い打ちをかけられぬようすぐさま立ち上がり、両手の刀を構え直すZER0。
 決定的な深手はまだ負わされていない。だが、それも時間の問題か?
 相手の猛攻をどうにか凌いでいるが、徐々に体力を奪われている。
 しかしそれは相手も同じはずだった。
 ZER0も同様に、キリークを攻め続け、浅かったが何回か斬りつけている。
 にもかかわらず、キリークの勢いは納まるどころか増す一方だ。
 アンドロイドにも、体力はある。疲れという感覚はないが、しかし体が物理的な物で出来ている以上、「疲労」は貯まり、いつかは壊れる物だ。
 今のキリークには、傷一つ無い。斬りつけた事により与えたはずの刀傷も、いつの間にか消え去っている。
 その一方で、ZER0は肩で息をし始めていた。明らかに、彼は疲れ始めている。
「!・・・こいつ・・・」
 ZER0の疲労ぶりを見てなのか、それともこの状況を楽しんでいるのか、それは判らない。
 だが、明らかにキリークは見せていた。
 アンドロイドにあるはずのない、口が開いている。
 笑っている。狂犬は明らかに笑っている。

 にやりと、あるはずのなかった口を開き、キリークが笑っている。
 開いたその口は、得物を飲み込まんとするかのごとく大きく開かれ、ねちゃっとした粘着物がポタポタと垂れ落ちている。
 あまりにもおぞましいその姿は、それが「笑う」という行為だけに余計、見るだけで心を凍てつかせる程不気味だ。
 しかし、ただ怯えるだけで終える女ではない。Mはこの隙に、尽きかけた精神力を回復させる為に素早くピルケースから精神回復剤トリフルイドのアンプルを取り出し、一気に飲み干した。
「シノさん。攻撃は援護射撃のみで結構ですから、キリークの解析をお願い出来ますか?」
 Mは攻撃の手を休ませてでも、まずはキリークの解析を頼んだ。
「御心のままに。ですが気を付けて下さい」
 シノもMが自分に解析を優先させた事の真意に気付いていた。だがその危険性も承知しているだけに、心配は残る。
 ESやZER0達と離されてしまった二人は、蘇ったキリークとの戦闘を余儀なくされていた。
 そしていくらかの時が経っている。
 戦闘能力に特化した黒い狂犬と違い、援護を主な役割としているMとシノの二人は、二対一という有利にあっても苦戦を強いられていた。
 それでもどうにか猛攻を凌ぎつつ、着実にダメージも与えていた。
 そのはずであった。
 だが、当のキリークにダメージを負った様子はない。
 邪神に魅入られたキリークに、痛覚はない。それは以前キリークと一戦交えたMは承知していた。故に痛みによって生じる隙を作らない事も承知していた。しかし着実にダメージは蓄積しており、それがあったからこそスゥの協力を得ながら勝利をもぎ取る事が出来た。
 ところが今のキリークに、ダメージの蓄積は見られない。
 それを確かめる為にも、Mはシノに解析を頼んだのだ。
GIZONDE!」
 雷鳴が暗闇に轟き、稲光が暗闇を引き裂く。
 Zzann!
 まずはMが雷のテクニックで牽制。あわよくば、感電してくれれば良し。
 だかそううまく行かない事を、放った本人が一番よく解っていた。
 開けられた口から溢れる粘着物を振りまきながら、餓えた狂犬が迫る。
 鎌が真正面から振り下ろされる。それをどうにか後ろに退きかわす。
 本来ならここで、Mも手持ちの武器で斬り掛かりたいところだ。
 だが死神の二つ名を持つ彼女には今、死神の鎌がない。
 以前キリークと戦った際、彼女の鎌は狂犬の鎌によって折られていた。
 彼女が持つ武器は、サイコウォンドという名の杖。先端が槍のよう三つ又に枝分かれしているだけに、杖ではあるが武器としても十分な強さがある。だがやはり、武器として特化していたソウルイーター程ではない。
 なにより、狂犬を相手に不用意な攻撃など出来るはずがない。
GIFOIE!」
 Mの周りを、二つの火弾が交差するよう回る。
 BrakkaBrakkaBrakka!!
 それに合わせ、シノのヤスミノコフ9000Mが火を噴く。
 ダメージを与える事を目的としていない。Mは攻撃を受けぬよう逃れる事だけを念頭に置いていた。
 にも関わらず、キリークの鎌は生命という名の花を刈り取ろうと猛然と迫る。
「んっ!」
 大きく避けたつもりでいた。だがMの横腹が狂犬の刃にかろうじて捕らえられていた。
 闇に、黒いハンタースーツの切れ端と、あでやかな程に真っ赤な鮮血が舞う。
 疲労の貯まったMの体は、意に反し、わずかばかり避けるのが遅れた。
 受けた傷は、テクニックや回復剤で癒す事が出来る。だが「疲労」という心の疲れはそう簡単に回復はしない。それだけでなく、Mの持つサイコウォンドはテクニックの威力を増し精神面の負担を軽減する代わりに、体力を奪っていく諸刃を持つ。
 着実に貯まった疲労が、Mの動きを鈍らせていた。
「・・・結果が出ました」
 傷ついたMを回復剤で癒しながら、シノは賢明に解析した結果を口にし始めた。
「彼は既に、アンドロイドなどではありません。全てがダークフォトン・・・いえ、ダークファルスと同じ構造で出来た亜生命体です」
 信じられない事。普通に考えれば確かに信じられない事だが、しかしMはそれを冷静に聞いていた。なぜならば、彼女はそこまで予測していたから。
 以前キリークと戦った時、彼は断末魔の間際黒い靄となって消え失せた。亜生命体と同じように。
 ESからも、以前彼が突然消え失せたと聞いている。思えばMと戦ったあの時にはもう、狂犬の御霊は邪神に捧げられていたのだろう。
「ここが闇の淵と呼ばれるダークファルスの居城である事が、亜生命体となった彼にとって有利なのは当然ですが・・・」
 その先の報告を、Mは既に予測していた。
 予測していたが、その予測通りでない事を願っていた。
「周囲のダークフォトンが、常に彼の中へと取り込まれています。その為・・・彼は常に全快の状態を保ち続けています」
 絶望という名の刃が、二人の心に深々と突き刺さった。

「良い事を教えてあげるわ、ES」
 暗闇の中、刃と爪、刃と盾がぶつかり合う音だけが響いていた。その中を唐突に、リコの姿を模したダークファルスが声をかける。
「あなたの大切な人達はみんな無事よ、今のところね」
 もって回した言い方に嫌みの一つも返したいところだが、その余裕は今のESに無い。
「でも、いつまで保つでしょうね? なにせ彼らは、あなたと同じように「このキリーク」の相手をしているんですから」
 キリークと戦っている? 邪神の言う意味が理解出来ない。
 アンドロイドのキリークに同型が存在していてもおかしくはない。だが、世にキリークは一人だけ。「このキリーク」が他にもいるなど考え難い。
 だがその可能性を、ESはなんとなしに悟った。
「気付いたでしょ? キリークはね、もう昔の彼じゃないの。可愛いこの子はあたしの忠犬になってくれたのよ」
 大きく開かれた口。そこから垂れ落ちる液体。このような姿をさらす狂犬を見れば、彼が元々アンドロイドだったという事の方が信じられない。
「折角だから、彼の「分身」を二匹ほど作り出したの。ああ、彼元々アンドロイドだったんだから、「量産型」とでも言うべきかしら?」
 アンドロイドにも心はある。その心を複製する事は不可能だ。
 人ならば。
 だが邪神ならばどうだろうか?
 そもそも、邪神の飼い犬となったキリークに、心が残っているのかは疑問だ。
 言える事は、このダークファルスが戯れ言を言っているとは思えないという事だ。
「うちのワンちゃんはじゃれるのが好きだからねぇ。あの子の相手をしているあなたのお友達、大丈夫かしらね?ウフフフ」
 貴重で重要な情報だ。しかし今この情報に心を傾けてはならない。
 あからさまに、動揺を誘っている。邪神らしい小ずるい心理戦だ。
「あら、ごめんなさい。お友達の心配をしている場合じゃなかったのよね。ほらほら、よそ見をしてるとガブッと噛みつかれちゃうわよ?アハハハハハ」
 耳障りな笑い声を無視し、戦いに集中しなければならない。少しでも隙を見せれば、その瞬間に付け入られる。
 だが今のESに、全てを戦いに集中させる事は出来なかった。
 邪神の言葉が気に掛かる。
 それは見事に動揺を誘われたから、ではない。
(二匹?)
 頭で考えるよりも身体が戦う事を覚えているESは、例え相手がキリークだとしても、少しばかり推理に意識を割く事は出来る。とはいえ余裕があるわけではないのだが。
 ESが気に掛かったのは邪神の言葉そのもの。
(三人で二匹のキリークと? それとも・・・)
 邪神の事だ。わざわざ仲間を自分から引き離したのなら、一人ずつ確実に仕留めようとするはず。にも関わらず、三人を相手にキリークの分身は二匹しか産み出していない。
 つまりそれは、どういう事なのか?
 狂犬の鎌をかわした先に見えた、邪神の笑顔。その笑顔に、何故か余裕は感じられない。それがこの謎を解くヒントになるのだろうか?

 ZER0は確信していた。
 奴、キリークはここ闇の淵という特殊なフィールドにいる事で、常に体力を回復させているのだという事を。そうとでも考えなければ、切り傷がすぐに修復される不可解な現象に説明が付かない。
 そして自分の仮説が正しいのならば、おそらくは既にキリークの魂は邪神に売られているのだろう。
(さて、どうする・・・)
 常に全力で襲ってくるキリークとは異なり、ZER0の披露は蓄積される一方だ。外傷などは回復材やテクニックの力でどうにか治療出来るが、どちらの手持ちも、そろそろ尽きかけている。
 状況は一方的に不利。もはや勝機も見えやしない。
「くそっ!」
 だからといって、観念し狂犬の牙に喉元をさらす真似など出来るはずもない。
 振り下ろされる鎌をかわし、そして逆袈裟に振り上げられる鎌をもかわしながら、無駄と知りつつカムイですれ違いざま斬りつける。
 Shwakk!
 カムイは見事キリークの左腕を切り裂いた。だが、この傷も直に癒える。
(・・・ん?)
 この時、ZER0は違和感を感じた。
 ぜぇはぁと肩で息をしながらも、鋭い視線を狂犬に向けたまま刀を構えるZER0。そしてキリークも鎌をしっかりと握りこちらを見据えている。
(・・・何故すぐに斬り掛からない?)
 こちらは既に満身創痍。いつ首を刎ねられてもおかしくない状況だ。にも関わらず、キリークは立て続けに斬り掛かろうとはしないのだ。
 そういえば・・・ZER0には思い当たる事があった。
 徐々に勢いを増してきたと思われていたキリークの攻撃が、ここに来て急速に減退してはいないだろうか?
 そもそも先ほどの攻撃。ほぼ苦し紛れとも言えるカムイの一太刀が、あそこまで深く当たる事がおかしい。
 最初の頃の、天才的な攻防を考えれば絶対に避けられたはず。
(・・・そうか、そういう事か・・・)
 ZER0はキリークに先ほど付けた刀傷が「ゆっくり」塞がっていくのを見て、一つの結論を出した。
(とはいえ、これ以上は待てねぇな・・・こっちの体力も限界だ)
 糸口は見出したが、そこから突破口を作り出すのは難しい。
(・・・まだ実践で試してねぇが、やるしかねぇな)
 一か八か。
 生涯、これほどまでに危険な賭は経験していない。
 まさに大勝負。
「見せてやるぜ・・・かの豪刀ですら出来なかった、今の俺にしか出来ねぇ「四刀」の技ってのをよ!」
 言いながら、右手のオロチアギトを高々とかかげる。
「くらいやがれっ!」
 アギトを勢いよく振り下ろし、衝撃波にも似たかまいたちを生み出す。
 オロチアギト特有の荒技。遠方の敵を粉砕する恐るべき技だが、同時に体力を大幅に消費する危険な技。今のZER0が残した体力では、この一撃で自身の命を絶つ可能性もあった。だがどうにか、ZER0は立っている。
 命をかけた大技。だが闘神キリークにとって、この程度のかまいたちなどたやすくかわせる。
 そんな事、ZER0も承知だ。
 ギリギリまで命を削ったこの大技。これはフェイク。
 衝撃波を放ったそのすぐ後、ZER0は両手に持った二振りの刀をキリークに向かい投げつけていた。
 さすがの天才もこの奇行を予測する事は出来なかった。しかし所詮は闇雲に投げつけた刀。かわす事は出来なくとも、はじき返す事など容易。
 Chinng!Chinng!
「!」
 刀をはじき返したキリークの目の前に、ZER0がいた。
 両脇のさやに収めたままの刀を、手を交差させ握りしめた彼は、不敵と言うべき笑みをこぼしていた。
 そう、奇行ともやけくそともとれた投刀も、フェイクなのだ。
 まずは相手の足を止める事。そして一気に間を詰めるまでの間目くらましさせる事。危険すぎる二回のフェイクには、ZER0なりの計算があった。
「斬!」
 素早く両脇の刀、サンゲとヤシャを引き抜きそのまま斬り上げる。それだけに止まらず、振り上げた刀をまた斬り下ろした。
 刃は的確に狂犬の身体を捕らえ、ズタズタに切り裂いた。
 完全に命を絶たれた。闇の淵という恩恵を受けているキリークも、絶たれた命は「回復」出来ない。
「どうよ・・・「四刀」を全部使い切った、俺の大技。三本しか持ってなかった豪刀には出来なかった芸当だろ?」
 断末魔の叫びを喝采にし、ZER0は今回も生き延びた。

「一つ・・・確認しても、良いかしら? シノさん・・・」
 息も絶え絶えながら、Mはパートナーに言葉をかけた。
「解析は続けてます? もしかして、キリークの回復力・・・低下していませんか?」
 絶望の直中へとたたき落とされながらも、二人は必死にもがき、生き延びていた。
 醜くいもがきで何度かキリークにダメージを与え続けていたのだが、続けていく中でMは一つの事に気付いた。
「・・・そのようです。明らかに回復速度は低下しており、また総合的な能力も低下してきています」
 それでも驚異的な能力だ、という警告を付けたし、シノは解析結果を伝えた。
「やはりそうでしたか・・・」
 証拠に、キリークは二人が会話を交わすというこの隙を見逃すかのように、鎌を構え立ちつくすのみ。おそらくは傷が完全に癒えるのを待っているのだろう。
「良く聞いて下さい、シノさん」
 キリークが動き出すのももう間もなく。手短に、Mは作戦を伝える。
「私が出来うる限りの力で、グランツを連続で叩き込みます。その間、攻撃しつつ私の盾になってくれませんか?」
 あまりにも無茶で無謀、そして無責任な作戦だ。とてもこれがかの黒魔術師の作戦とは思えない。
「・・・御心のままに」
 だがシノは、それを了解した。
 察していたのだ。キリークが弱体化しつつあるとはいえ、このままではいずれ二人とも命を絶たれてしまうという事を。
 ならば、今ある余力を全て注ぎ込み、キリークを一気に叩きのめすしか道はない。
 無限と思われていた、ダークフォトンの恩恵。しかしそれにも限りがあるようだ。回復速度が落ちているのがその証拠。
 無茶で無謀、そして無責任な作戦のように見えるが、そこにはMの強かな計算があった。
「勝手なお願いですが・・・死なないで下さい。あなたを死なせたとあっては、ZER0さんに会わせる顔がありませんし」
 この言葉に、計算などない。純粋な願いだけが、言葉の真意。
「・・・生きる価値と意味を、私はまだ見出せていません。ですが、死ぬわけにはいきません。この銃ある限り」
 かつては自ら命を絶とうとしたシノ。そのシノを生の世界へと引き戻した神がいた。彼女の持つ銃は、その神から託された遺言。
「そうですね・・・鬼神の名にかけて、生き延びます。絶対に!」
 誓いをまるで見計らったかのように、邪神の使徒が迫ってきた。
 BrakkaBrakkaBrakka!!
 シノが「右手に」持つ銃、ヤスミノコフ9000Mがけたたましい音共に実弾を乱射する。
 銃弾の軌道を察知したキリークは、その直線上から外れるよう右に避ける。
 BrakkaBrakkaBrakka!!
 それを今度は、シノが見切る。そして「左手に」持っていたもう一つのヤスミノコフ9000Mが火を噴いた。
 二丁の機関銃はそれで一組。シノは本来左右同時に撃ち出すこの銃を、あえて左右別々に使い分けた。
「このヤスミノコフ9000Mに死角はありません」
 だがやはり、本来同時に銃弾を浴びせるべき二丁の機関銃。片方だけでは威力が弱まる。キリークの進撃を止められたとはいえ、致命傷には至らない。
GRANTS!」
 いや、進撃を止めるだけで良かった。本命はMの放つ光のテクニック、グランツなのだから。
 闇の淵に瞬くグランツは、希望の光。
 この光が、二人の明日を切り開けるのか?
GRANTS!」
 光は強く勇ましく、闇を照らし続ける。
 だが、その輝きには大きな代償が支払われている。
「くっ・・・グ、GRANTS!」
 今Mは、サイコウォンドを用いてグランツという最強のテクニックを称え続けている。
 それはつまり、威力は増すが命を削りながら希望の光を放ち続けているという事。
 まさに、命を賭けた明日への希望。
 その命尽きるのが先か、それとも絶望を運ぶ狂犬が倒れるのが先か。
 それを見届ける程、当事者にされた狂犬は大人しくない。
 削るより、すぐさま両断してやる。せっかちな鎌が、命という彫刻をたたき割ろうと迫る。
「させません!」
 その間に、シノが立ち塞がった。
 左手に納められたフォトンのシールドで鎌の行方を塞ぎつつ、右手に持つ機関銃から放たれた銃弾を狂犬の横腹に叩き込む。威力が半減しているとはいえ、この至近距離から叩き込まれてはたまらない。
GRANTS!」
 回復する間を与えず、連続で叩き込んだ希望の光。その光は、狂犬の遠吠えを包みながら見事二人の命を長らえさせた。

「なぁるほど・・・やはり「そういう事」だった訳か」
 憎々しげに、邪神が睨み付ける。
 その顔からは既に笑みは消え失せ、苦渋に満ちていた。
「ダークファルスは無様にも倒された。私達の手によってね。これは紛れもない事実。まぁ生き残っていたというのは「ちょっと」驚いたけどね」
 今までさんざコケにされた、その仕返しとばかりにESはたたみ掛けるよう嫌みを交え自ら導き出し、そして確信した結論を語る。
「そのあんたが、どれだけの力を残していたか・・・まず私にいやぁな「夢」を見せる事と、そしてキリークの量産型を二匹作る事。そう、「二匹」作るだけであんたは手一杯だったのよね」
 ダークファルスが突然心理戦を仕掛けた真意。それはおそらく、予想以上に長引いた「外野の試合」に焦り、本線の決着をせかしたという所だろう。それがかえって、ESに事の真相を見破らせる結果を招いたのは皮肉としか言いようがない。
「よく考えれば、私を取り込みたいならキリークと二人がかりで攻めれば良かったはずよね。でもそれも出来なかった。なぜならば、あんたはこのキリークと分身キリークに力を与え続ける必要があったから。違う?」
 肯定しないが、否定もしないダークファルス。それはつまり、推理が正しかった事を裏付けている。
「そして今、あんたが苦しんでいるってことは・・・どうやら私の仲間達は無事、分身キリークを倒したようね。一気に力をそぎ取られたんだから、苦しいのは当たり前よねぇ、ダークファルス」
 形勢逆転。残った本体キリークは強敵だが、邪神の助力ももはや残されてはいないだろう。時機に勝ち残った仲間達が駆けつけてくれば、完全勝利は目前だ。
「ふふ・・・あはははは! はー、さすがね。まぁこれくらいはやってくれないと、私の新たな身体になるには役不足になるものね」
 負け惜しみを口にする邪神。
 いや、どうやらただの負け惜しみだけではないようだ。
「強い子ね、ES。あなたは強い子だもの。一人でも平気でしょ?」
 突然の、脈絡ない言葉。だが、ESはこの「リコの」言葉に激しく反応した。
「本題はこれからよ、ES。ゆっくりと、そしてしっかりと、見届けなさい」
 突然視界が暗くなり、意識に黒い靄が掛かる。
「おやすみ、ES。良い夢見てね」
 完全に意識を失い、倒れ込むES。
 悪夢はまだ、止まらない。

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