novel

No.1 終わらない悪夢

 夢を見ていた。
 人は誰でも夢を見るものだから。
 リコを救い出す。それが、ESの夢だった。
 夢は所詮、夢でしかない。
 目を覚ませば、そこには現実がある。
 夢はその時に終わる。
 リコはダークファルスに取り込まれ、そのダークファルスは自らの手で打ち倒した。
 リコは死んだ。それが現実。ESは目覚め、現実へと引き戻された。
 夢は、終わった。
「マダ、オワリジャナイワ・・・」
 声が聞こえてくる。
 懐かしい声が。
 おぞましい声が。
 恋いこがれた声が。
 拒絶したい声が。
「マダ、オワリジャナイ・・・ワタシハマダ、ココニイル・・・」
 何度も何度も、聞いた声。その声が聞こえてくる。
 もう、この声を聞く事はないはずなのに。
「サア、ココヘオイデ・・・ヒトツニ、ナリマショウ・・・」
 その声は、リコの声。
 その声は、ダークファルスの声。
 リコはもう、いないはずなのに。
 ダークファルスはもう、打ち倒したはずなのに。
「ES・・・ココヘ、オイデ・・・」
(やめて・・・)
 甘い誘惑を拒絶する事ほど、難しい事はない。
 人は皆貪欲だから。
 その「欲」の化身であるダークファルスの誘惑。これほど、拒絶することが困難なものはない。
 しかもそのダークファルスの声は、リコの声そのものなのだから。
「サア、ココヘオイデ・・・」
「やめてっ!」
 誘惑を払いのける勇気。その勇気を振り絞りでたものは、絶叫という拒絶。
「・・・夢・・・なの?」
 目を覚ましてしまえば、夢という誘惑も消え失せる。
 だが、その夢を見ていたという現実は残る。
 ESは震えていた。
 悪夢を見たから。その恐怖で震えているのも確かにある。
 それだけではなく、ESはシャワーを浴びたかのように全身汗だくになっていたのも、震えの原因。その汗は、直接肌に触れていたシーツをもぐっしょりと濡らすほど。
「どうか・・・しましたか?」
 ESの悲鳴に近い拒絶の声をすぐ側で聞いていたMが、目を覚まし傍らの恋人を心配している。暗闇の中でも、彼女の白い肌と青い瞳はよく映え、ESの心を落ち着かせていた。
「なんでもない・・・って言っても、説得力無いわよね」
 濡れたシーツを軽くつまみ、軽口と共にESは苦笑する。苦笑とはいえ、それでも笑顔を見せたESに、Mはひとまず安心していた。
「話は・・・後でするわ。それより、この汗をどーにかしないとね」
 汗まみれのベッドを抜け出し、ESはそのままの姿でシャワールームへと向かう。
「折角だし、一緒にどう?」
 振り返り微笑むESの誘いを、Mは断ろうとした。
「・・・そうですね。ご一緒いたします」
 そのつもりだったが、Mは誘いに乗る事を決めた。
 一瞬。ほんの一瞬だけ見せた、寂しげな瞳。
 肌の黒いESは部屋の暗さにとけ込んでいた。だからこそ、その寂しげな瞳が余計際だって見えた。
 そういえば、以前も似たような事があった。
 ダークファルスの声に悩まされていた頃、同じように汗だくになったESが叫び目を覚ました事が。
 あの時のESは、何でもないと否定し、真実を伝える事はなかった。
 だが今回は違う。否定することなく、「後で話す」と言ってくれた。
 その事が嬉しかった。誘いに乗った理由は、そんなところにもあったのだろう。

「なるほどな・・・それでまた、「あそこ」に行きたい・・・と」
 ESの話を聞き、ZER0はうなずいた。歯切れの悪い言葉を並べながら。
 昨夜見た夢。その話を、ESはMだけでなくZER0にも話すことにした。
 それは、Mの勧めがあったからこそ。
「本当は、自分の事だから自分だけで確かめに行くつもりだったんだけど・・・Mがね、あんたにも助力願うべきだってきかなくて・・・」
 あくまで、Mが勧めるから助けを請うのだ。その点をESは強く主張しながらZER0に助けを求めた。
「まぁ、いつでもダークサーティーンの「追っかけ」してる俺としては、別に問題はねぇけど・・・」
 素直じゃねぇよな、相変わらず。ESの口ぶりに苦笑しつつ、ZER0は彼女の申し出を受け入れる事を了解した。
 ただ、その「助ける内容」には、いささか不安が残る。
「しかしよ、「あそこ」へまた行くのは・・・正直賛成出来る話じゃねぇなぁ」
 行く事が嫌なのではない。「あそこ」へ行く事で、またESに「何か」起こるのではないだろうか? その不安が行動に踏み切る事への躊躇となっている。
「私も全面的には賛成しかねる事なのですが・・・しかし行って確かめなければ、ESさんの夢がこの先の不安材料となって残る事になりますし。それはそれでやはり問題かと」
 Mの言う事ももっともだ。確かに、行って確かめる必要があるのは確か。
 しかし、確認するその「対象」に問題がある。
 ダークファルス。
 もし夢の声がダークファルスならば、事はかなり重大。それ相応の、高い危険をはらむのは間違いない。
 行って確かめたい場所。そこはダークファルスの居城であった、「闇の淵」。主を亡くした居城は、それでもなお、闇の波動を放ち続けている。
 事実、闇の波動から生まれ出でるダークファルスの子供達・・・亜生命体は、死滅することなく、まだまだ湧くように溢れ出でている。
 何が起こるか判らない。
 ダークファルスが怖いのではない。ESが見た夢の内容や亜生命体が溢れつつけている現状を考えれば、「何か」が起こるのは間違いないが・・・「何が」起こるのか、まったく予測できない。それが怖いのだ。
 つかみ所のない恐怖。まるでそれは、悪夢のよう。
「なんだか、夢の声に誘われるまま・・・ってのがシャクなんだけどね。かといって、行かないで弱虫って言われるのもシャクでしょ?」
 いつものように軽い口調でESは決意を語るが、その裏で、彼女も言い得ぬ恐怖に震えている。
「・・・ま、お前は喧嘩売られるのに慣れてるし、ここで引くわけにはいかねぇか。うし、じゃESに喧嘩を売った身の程知らずが誰なのか、見に行くとするか」
 軽口には軽口で。ZER0はちょっとした野次馬かのような、そんな気軽な調子で同行すると言い出した。
 もちろん、彼だって得体の知れぬ恐怖に震えている。
 だが、ESが頑として行くと言うのだ。ならば、彼女をサポートする立場として、彼女の不安を出来る限り軽減させる事を心がけるべきだろう。自分達が不安を恐れていてはどうしようもない。
「よろしくお願いいたします、ZER0さん・・・」
 Mはだからこそ、ZER0の助力を必要とした。彼の助けが、彼の存在が、ESの不安を大幅に軽減する事をよく理解していたから。
 自分よりも、彼の方が支えになる。自分では支えきれない部分を、彼が支えている。
 状況を瞬時に理解出来る彼女だからこそ、それが判ってしまう。
 しかし、それを嫉妬する事はない。なぜならば、嫉妬したところでESを助ける事にはならないから。
 彼女を助け支える事。それがMにとっての全て。愛しているからこそ、嫉妬などといったつまらない感情で、最愛の人を邪魔したくはないのだ。
「なに、いつもの事だろ」
 まるで少年のように、ニカっと笑うZER0。時折見せる、彼の無邪気な笑顔がESを和ませている。
 そして、Mも和まされている。
 嫉妬などどうして出来ようか?
 自分が支えきれない部分をZER0が支えている。それを把握している彼女は、また逆にZER0では支えられない部分を自分が支えているという事も理解している。
 そしてZER0が、それを理解しMにESを託しているのだという事も。
 恋敵と言うよりは、同士に近い関係。おそらくこの表現も適切ではないが、少なくともMにとってZER0が嫉妬の対象になり得ないのは確か。
「・・・ありがとう、二人とも」
 礼を述べる対象には聞こえない程小さな声で、愛された女性は囁いた。

 遺跡。
 パイオニア2よりも、そしてパイオニア1よりも先に、ここラグオルに「文明」を持ち込んだ宇宙船。ラグオルの遺産ではないが、パイオニア2の乗員にとって、確かにこの宇宙船は「遺跡」だった。
 今、ES達はその遺跡に立っている。ESと、彼女を助けるべく集った二人と、そして・・・。
「異常なし・・・と言うべきでしょうか? センサーで感知したところ、以前来た時と何ら変わった様子は見受けられません」
 ZER0の、厳密には彼の持つ四刀の後見人であるシノが、一同に加わっていた。
 彼女自身は、ESになんの義理も無い。ただZER0がESを手助けするのならば、ZER0の「相棒」である彼女も同行するだけの事。
 むろん二人は初対面ではないし、また互いを懸念しているわけでもない。かといって、うち解けているわけでもない。
 まだ絆が浅い。そう言えば適当だろうか?
「変わり無し・・・か。ダークファルスを倒したはずなのに、奴の影響下にあったはずのここが変わりないというのは・・・少なくとも良い結果って事じゃないってわけね」
 シノの解析をESが分析する。そしてシノはESの結論に黙ってうなずいた。
「すでに変わってしまった環境は、そう簡単に戻らないという事なのでしょうか?」
 一つの可能性を、Mが推測する。そしてその可能性の「例え」として思いついた現実に、目頭を熱くする。
「・・・惑星コーラルのように・・・」
 母星である惑星コーラル。元々、パイオニア2がよその惑星であるラグオルへとやってきたのも、変わり果てたコーラルに変わる第二の故郷を探し求めての事。
 なぜそのような事をする必要があったのか?
 変わり果てた惑星コーラルの環境は、もう元に戻らないから。
 ダークファルスの手によって禍々しく変えられたこの宇宙船。奴の影響がまだ残っているこの現実は、惑星コーラルを死の星に変えた自分達人間のそれと酷似していないだろうか? 豊かすぎる発想力が、Mの心を攻め続けた。
「あるいは・・・いや、それを確かめに行くんだったな・・・」
 もう一つの可能性を口にしようとしたZER0は、それを言いよどんだ。
 ダークファルスはまだ生きている。
 それを認めたくないのだ。
「どっちにしても、やっかいなのはまだ残ってるって事か。こりゃ、ハンター家業はまだまだ安泰って事ね」
 仕事があるのは良い事だが、歓迎できることではない。冗談めいた事を口にしたESも、顔は笑っていないのがその証拠でもある。
「この先、亜生命体やらがうようよしているのは間違いないでしょうね。みんな、気を引き締めて行くよ!」
 各々の得物を手に、四人は戦場へと駆け込んで行った。

 難なく・・・とは行かないが、四人は無事、目的の地に辿り着いた。
 厳密に言えば、目的の地へと自分達を運ぶテレポーターの前に。
「さて・・・この先に何が待っているのやら・・・」
 出来るだけ、冷静に、軽口の一つでも言いながら落ち着こうとした。
 だが、それは無理だった。
 自分でも判る。自分だから判る。かすかに唇が震え、いつの間にか握りしめた拳の中では、ねっとりとした汗が貯まっている事を。
 怖い。
 ESは素直に、自分が恐怖している事を実感した。
 もしダークファルスがまだ生きていたら? また奴と戦う事になるのも確かに恐ろしい。だが、ただ戦うだけの方がまだ楽。
 もしリコがまだ生きているなら? それが一番怖かった。
 ダークファルスは欲望の化身。様々な手を用いて、人々の欲望を沸き立たせ、それを糧とする邪神。
 ダークファルスはリコを媒体に復活している。つまりダークファルスはリコそのものと言ってもいい。認めたくはないが、それが現実である。
 ESの欲望。その中にリコがある。
 そのリコが、欲望を満たす為にESを誘っている。
 はたして、自分はその誘惑に勝てるのか?
 戦うだけならば、ただ刃を持って相手を切り倒すだけならば、自信はあった。
 しかし誘惑に耐えられなければ、刃を持つ以前の問題。
 リコの、ダークファルスの誘惑がいかに甘美な物か。それを体験しているだけに、余計恐怖が募る。
 不意に肩を叩かれ、ESは夢を見るよう物思いにふけっていたところから現実へと引き戻された。
 肩を叩いたのは、ZER0だった。
 彼は何も言わず、テレポーターへと足を踏み入れた。次いでシノが彼の後を追う。
 その様子をやはり黙ってみていたMが、ESに微笑み、そしてテレポーターへと進む。
 大丈夫。ESは今自信を取り戻していた。
 あの時、一度はダークファルスに誘惑された自分がこうしていられる。それは仲間達の存在があったからではないか。
 あの時は、リコの良心が生み出したアンドロイドに助けられて生還した。しかしその前。ダークファルスとなったリコに取り込まれそうになった時、それを振り切れたのはどうしてだろう?
 自分一人で振り切れた? それは違うだろう。ESはそれを感じていた。
 実感したわけではない。でも心のどこかで、ZER0やM、そして仲間達の支えがあったから。どうしてか、そんな事を思い始めていた。
 なら大丈夫。次だって、負けやしない。
 ESは仲間達の待つテレポーターへと足を踏み入れていった。

「・・・ちっ。予想はしてたが・・・やられたな」
 舌打ちをしながら、ZER0は愚痴った。
 テレポーターの先は、予測していた花畑でも、ダークファルスと戦った不気味な大地でもなかった。
 何もない。本当に何もない場所に連れ込まれていた。
 そこはただ闇だけが存在する空間。
 地面も空もなく、あたりはただ闇だけが包む。自分がどうして立っていられているのか不思議な程、そこには何もなかった。
 そして、仲間達すら、いない。
「ダークファルスのテリトリーだもんなここはよ・・・畜生、もっとしっかり考えとけよなぁ、俺はよぉ!」
 そんな余裕が心になかった事は百も承知だが、うかつだった自分を呪わずにはいられなかった。
 ダークファルスが呼んだのは、ES一人。他の者はただ邪魔なだけ。ESの心を支えるZER0達の存在ほど、ダークファルスにとって邪魔な者達はいないだろう。
 だからこうして、彼らを隔離する。「闇の淵」という、自分の居城の中で。
「ES! 無事か! 返事をしてくれ!」
 ESだけではない。消えたMやシノも心配だ。だが、ダークファルスが狙っているのはES。彼女が狙われている以上、真っ先に探すべきは彼女。
「・・・ったく、人の心配は後回しにって事かよ・・・」
 不意に、闇の中から人影が浮き出てきた。
 まるで闇から生まれ出でたような・・・それほど自然に、すぅっとその人影は現れた。
 闇の中でも、その人影がもつ光沢ある体が、存在を十分に表している。
「・・・オロチアギトの影響は抑えられそうだな・・・なら、とっとと終わらせてやるぜ!」
 何者なのか? それを確かめる必要はない。
 敵だ。それだけは明確に判る。それだけが明確なら、他に知る必要もない。
 殺意で形成されている。そう感じずにはいられない。闇から生まれ出でたその人影は、それだけ殺意という闇をほとばしらせているのだ。
 ダークファルスが送り込んだ刺客。それに間違いはない。
 ならばとっとと片づけ、ESを助けに向かわなければ。
 ただ、この殺意で出来たアンドロイドが、それを簡単には許してくれないだろうが・・・。

「・・・やはり生きていたんですね・・・」
 Mもまた、ZER0と同じようESから引き離され、そして殺意で出来たアンドロイドと対峙していた。
「こんな時、人間ならば「吐き気を催す程」と言うべきなのでしょうか・・・アンドロイドの私ですら、理解不能な「嫌気」がAIを支配しようとしているのが判ります」
 ただZER0と違うのは、一人ではなかった事。
 側にはシノもいた。
「シノさん、気をつけてください。「あれ」はESさんですら手こずらせ・・・私も一度殺されかけた程に強力な存在です」
 あの時は助力者の乱入があって命拾いをした。
 また自分は生き残れるのだろうか?
 今回はシノという強力な味方がいる。しかしそれでも、勝てる気がしない。
 それほど目の前の敵は、目の前の殺意は、強い。
(ESさんを助けずに、死んでなるものですか!)
 心の中で、心で叫んだ。
 ここで死ぬわけにはいかない。ならば、生き延びなければ。
 自分の為ではない。だが、生き延びる決意は固い。
「来ます!」
 シノの警報と同時に、闇の中稲光が瞬いた。

「お帰り、ES。来てくれたのね・・・」
 優しい声が、ESに囁いた。
 否、優しい声などではない。
 優しさなど、この声に、声の主にあるはずもないのだから。
「ダークファルス・・・」
 ESは声の主を睨み付け、絞るように憎悪を言葉にした。
 恐れていた現実。
 それが目の前にいる。
「リコ・・・とは、呼んでくれないのかしら?」
 ダークファルスと呼ばれるのが心外だと、寂しそうに訴えるリコ。
 それがわざとらしい演技である事などは、ESにも判っている。
 判ってはいるが、その言葉に心を締め付けられる。
「さぁ、ES。今度こそ一つになりましょう? その為に来てくれたんでしょう?」
 すっと差し伸べられる手。その手をとろうとしてしまいそうになる、そんな自分の中の「弱さ」を、憎悪で無理矢理押し込める。
「どうして・・・」
「生きているのかって? ふふ、ダークファルスは死なないわ。何度でも蘇るのよ」

 千年に一度蘇る邪神。確かに、今までも蘇ってきたのだろう。
 しかし、まだ千年どころか一年も、一ヶ月すら経っていない。
 やはりあの時、倒しきれていなかったという事なのか?
「死なないとはいえ、力は失ったわ。そうね・・・「今のこの体」を手に入れる以前ほどまで・・・後退したのは確か。あなた達のおかげでね」
 微笑むダークファルスの顔には、愛らしいほどの憎悪が張り付いていた。
「それでもね、まだまだ「ここ」には、私を望む「心」と、私を支える「存在」が沢山あるの。だからこうして、千年を待つことなく蘇る事が出来た。感謝しなくちゃね。人の持つ、底知れぬ「欲望」には」
 高笑いが闇の中響き渡る。
 悔しかった。ダークファルスが語る復活劇がおそらく真実だろうというのが判るだけに。
 自分達がダークファルスを倒した後。ESはタイレル総督に提言した。
 今更コーラルに戻る事が不可能だとしても、せめて遺跡関連の、つまりダークファルスの研究は即刻中止すべきだと。
 総督はそれを受け入れ、ラボに研究の停止を命じる・・・はずだった。
 だが、その命令は下される事がなかった。
 母星政府がラボを総督府から独立させ、これまでの研究を強化し、続けるよう通達してきた為に。
 それからラボのチーフ交代など、大規模な行政改革まで行ったのだ。よほど母星政府はダークファルスの力を欲しているのが判る。
 公にはされない、母星政府の欲望。それがダークファルスをこうも簡単に復活させたのだろう。
 そもそも移民先を惑星ラグオルにした事も、ダークファルスの手によってコーラルに送られた細胞がきっかけ。ラグオルでその細胞の元・・・つまりダークファルスを探り当て研究する事が目的だったのだ。それを今更中止にするなど・・・本当の危険を全く知りもしない卓上の高官達に出来るはずはなかった。
 いまだ、人はダークファルスの手の上で踊らされている。この事実、悔しく思わずしてなんとするか?
「これだけ期待されちゃってるんだもの、「完全に」復活しない訳にはいかないでしょ? だから、私に力を貸してくれないかな?」
 つまり、リコ同様ESを素体に力を取り戻そうというのだ。
「ふざけないで・・・私が手を貸すと本気で思ってる?」
 拒絶し、そしてESは一筋の光を見いだした。
 完全に?
 ダークファルスは復活したとはいえ、その力は不十分。
 おそらくは、ESをこうして呼び出す・・・夢という形で声を届ける程度ですら、精一杯のようだ。それだけでも確かに効果があったのは事実だが、しかし「完全に」力を取り戻す前の今なら、また封じ込める事も可能かもしれない。
 それに、ESは一つの事実を今確信した。
 思っていた以上に、ダークファルスの、リコの誘惑に抵抗出来ている。
 これはダークファルスの力が不十分だからという事もある。だがそれ以上に、ESの心の中で、リコに対する気持ちを整理できはじめている事の表れかもしれない。
 リコは死んだ。目の前にいるのは、リコの姿と記憶を持った、全くの別人。それを辛い現実として受け止めている自分がいる。
 リコに頼り切っていたあの頃の自分はもういない。リコが知らない、愛しき仲間達に囲まれた自分が今ここにいる。
 その確信が、誘惑を払いのけている事に、ESは今更ながら気づかされた。
「・・・でしょうね。ホント強くなったわ、ES・・・」
 この言葉が、生きている頃のリコだったら・・・そう思わずにはいられない。
 だが、感傷に浸る事はない。目の前のリコが苦々しく口元をつり上げているのを見て、感傷に浸る事など出来るはずもないのだから。
「だから、力ずくで奪う事にしたの。あなたなら、他の優秀な素体も引き連れて来てくれると思っていたし・・・「あの夢」だけで、随分と食いついてくれたようだし」
 ちょっと心を揺さぶればいい。欲望の邪神は、人の心を弄ぶのに長けている。
 取り込めるならばなお良し。それがかなわずとも、十分な成果は上げられるはず。そこまで計算しての、夢という餌だったようだ。
「あなたに、会わせたい人がいるのよ」
 そうダークファルスが言った側から、「何か」が形成され始めた。
「あたしの可愛いペット・・・猟犬って言うべきかしら?」
 形成されつつある「それ」は、紫がかった光沢を見せ始めていた。
「彼はとても素敵よ。欲望に忠実で・・・戦い、殺す事に貪欲なの」
 ゾクリと、背筋が凍る。形成し終えそうな「それ」の正体がわかった事もあるが、「それ」が放つ殺意が、痛い程に突き刺さってくるのを感じるから。
「あなたも知っているでしょ? あたしの可愛いペットとなった彼・・・黒い猟犬は」
 手に大きな鎌を持つその姿、忘れるはずがない。
 同じ「黒」の称号を持つ者。そして、最大の強敵。
 キリーク・ザ・ブラックハウンド。
 死んだはずの奴が、まるで悪夢でも見るかのように、目の前で復活を遂げた。

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