novel

終章 そして次世代の英雄達へ
〜Generation Phantasy〜

 幕が開ければ、最終的に幕引きが待っている。その引き際が、幕開けよりも前に構想していた物と違っていても。
 男は静かに待っていた。もうじき、幕が下りるのを。望んだ幕引きではないが、引き際を無様に取り乱したくはなかった。
 そこには男なりの美学とプライドがあった。理解されることはないかも知れないが、後悔はない。無念ではあるが・・・。
 インターホンが鳴る。男は受話器を取ることなく、扉を開けた。
「お待ちしてましたよ、タイレル総督」
 唐突に開いたドアに驚くこともなく、タイレルは男の待つ席まで靴音を響かせ歩み寄った。
「覚悟は出来ている・・・そういうことですかな? ドル・グリセン殿。それとも・・・」
 言葉を切り、タイレルは眼前の男を見据え・・・続けた。
「レオ・グラハート殿と、お呼びした方がよろしいかな?」
 男は目蓋を閉じ、苦笑いを浮かべる。
「私はドル・グリセン・・・それ以上でも以下でもない。私の出生に何があったとしても、ね」
 かつて「本物の」レオ・グラハートから生み出された三人のコピー。ドル・グリセンの出生は確かに、そのコピーの一人である。男はその事実を受け入れ「利用」しながらも、コピーではなく個人であることに固執していた。それは一人の人間として、当然の思考だろう。
 コピーの一人はレオ・グラハートの名前と存在に固執することで自分という個人を見出し、自滅した。
 もう一人のコピーもまた、レオ・グラハートであることに固執したが・・・その彼は野望を引き継ぐのではなく、オリジナルの業を「贖罪」していくことを望んだ。
 そしてドル・グリセンを名乗るこの男は、継承でも懺悔でもなく・・・レオの記憶を利用し「自分が」新たな野望を打ち立てることで個人を確立させようと目論んだ。その発想こそが、オリジナルの思考に近いと自覚することなく・・・。
「・・・ドル・グリセン、君を連行する。罪状は・・・」
「反逆罪、ですか・・・しかしね、タイレル総督。私は反逆などしていない。私は市民を、何も知らない市民を正しく導きたかった・・・それだけですよ」

 レオに固執する男を裏で操り、WORKSを実質的に掌握し、そして全ての罪をレオにかぶせる。グリセンの目論見はその通りに動いていた。ハンターズの実力も織り込み済みで、邪神すら利用した・・・そのつもりでいた。しかし彼の目論見以上に邪神は狡猾で、そしてコピーも一人は愚かすぎた。机上の空論だけでは上手く行かないものだと、グリセンはまた苦笑いを浮かべる。
「私を失脚させ、君が総督になることが・・・正しいと?」
「その通りだ、タイレル。残念だが、君は総督に相応しくない」

 机上の空論には続きがあった。全ての罪をレオにかぶせる事で事態の収拾を図りながら、その一方で事件が起きた責任を総督に問い詰め辞任させる。ラグオルに降りられない市民のフラストレーションを上手く扇動すれば、タイレルを追い込むのは容易い。実際、市民の不安と不満は爆発寸前・・・グリセンの正体がばれなければ・・・あるいはばれていたとしても証拠さえなければ、筋書き通りに歴史は動いただろう。
「タイレル、君はこのまま・・・私を牢獄に押し込めれば、平和が訪れるとでも思っているのかね? 母星政府がD因子の研究を危険だからと白紙撤回すると思うか? パイオニア2をラグオルに降下させ、無事でいられると思うか?」
 グリセンは立ち上がり、たった一人の観衆の前で熱弁を振るい始めた。
「パイオニア2は独立すべきなのだよ、タイレル。このままいけば、母星政府はパイオニア2を新たな実験場としての価値を見出そうとする。パイオニア計画は初めから、ただの移民計画ではないのだからな」
 熱弁に対し、タイレルは目蓋を閉じて深い溜息をつく。グリセンの予測など言われるまでもない・・・総督は誰よりも、母星政府からの軋轢圧力に晒されているのだから。
 D因子という希望のエネルギーを手放せない人類は、どうにかこのエネルギーを「安全に」活用できないかともがくだろう。その安全を得るために、「危険」な実験でも強行する・・・その実験素材として、パイオニア2に、その市民に、白羽の矢が向けられたとしてなんの不思議もない。それを防ぐ手段が独立・・・その志向に、タイレルは溜息をついたのだ。
「君は恐ろしい男だ・・・おそらく君なら独立を実行し、そして数年掛け独立を母星政府に認めさせるだろう・・・だが君の独裁はあらゆる犠牲を伴う。それは結局、母星政府が我々にし向けるそれと、何ら代わりはない」
「犠牲を最小限に抑えるためだ。同じではない」
「違うのは・・・独立独裁が、君の個人的なアイデンティティをパイオニア2に置き換えているだけ。ドル・グリセンという個人を証明したい、ただの我が儘だ」
「偽善者が知ったようなことを!」
「・・・私が偽善者であることは認めよう。だが私の正義に、君の正義は適応されない」

 にらみ合う両者。長い沈黙。折れたのは・・・グリセン。音を立て椅子に座り込み、うなだれる。
「止めよう・・・所詮、私は敗者なのだからな。ここで惨めに醜態をさらすことを、望みはしない・・・」
 顔を上げ天を仰ぐグリセン。視線の先には天上・・・その先に、グリセンは何を見ているのだろうか。
 タイレルは机に備え付けてあるインターホンを使い、控えていた警備員を中へ招く。グリセンは二人の警備員に両肩を捕まれ、退室していった。
 大きな野望を実現寸前まで押し進めた男としては、惨めな姿か・・・タイレルはその惨めな姿を見送ることなく、ただじっと、グリセンが座っていた椅子を見下ろしていた。
「そう・・・私も偽善者だよ。だが私は私の正義に基づき、パイオニア2を、ラグオルを母星政府から守ってみせるさ・・・犠牲は、私一人で良い」
 誰もいなくなった部屋で、一人タイレルは誓った。
「リコ・・・ヒース・・・見守っていてくれるか・・・」

「・・・以上が、掃討作戦の詳細だ。質問のある者はいるか?」
 ずらりと並ぶ軍人を前に、軍服に身をまとった女性が威厳と共に指示を下す。しばしの沈黙の後、おそるおそる手を挙げた一人の軍人に、女性は質問の許可を与えた。
「今回の作戦は、ハンターズとの共同作戦と聞きましたが・・・我々WORKSだけで充分なのでは?」
 一時ハンターズに身を置いていた、ハンターズよりの上官になんて質問を・・・居並ぶ兵士達は空気の読めない一兵の発言に身を縮めた。だがそんな兵士達の思惑とは異なる発言が、上官からなされる。
「なるほど。では我々WORKSだけでこの作戦を決行する場合の、具体的なシミュレートをしてみよう」
 女性上官は個々人の能力・・・ラボのVRでの成績などを上げながら、戦場で予測されるエネミーの数と配置を当てはめシミュレートしてみせる。怒鳴ることもせず、作戦隊長は淡々と自分達の「無能さ」を立証していった。
 軍人は・・・と言うと語弊あるが、少なくともWORKSに所属する軍人は、自分達をエリートだと勘違いしている者が多い。そんな中で、無能である現実を突きつけられるのは・・・あらゆる意味で苦悩。自分達のちっぽけなプライドを守るためにした質問が、思わぬしっぺ返しにあったと流石の質問者も空気を読み始めた。
「・・・と、以上の結果からわかるだろう。むしろ我々を除きハンターズだけに任せた方が効率が良い。今回の作戦はエネミーの殲滅を目的としているが、我々にとっては「現実」を知る為の実戦だと心得よ」
 隊長・・・DOMINOの徹底したシミュレーション結果に、異論を唱える者はいなかった。空気を読んでいるのではない。痛烈に実感しているからだ・・・自分達の無力さを。
「だが・・・君達がけして無能だというわけではない。ここだけの話と思って聞いて欲しいが・・・ハンターズはダメだ。あいつらは統率が取れない。その点君達は優秀だ。統率力こそ、我らの武器と知れ」
 実際、ハンターズは統率力に欠ける面が多い。しかしそれを補ってあまりある団結力・・・「絆」の強さを彼らが持ち合わせている事を、DOMINOはよく知っている。だがそれを公言はしなかった。その強さは口で言うものではなく・・・感じるものだから。
 WORKSは生まれ変わらなくてはならない。結成の動機が何であれ、WORKSは軍人の誇りを胸に、しかしそれを鼻に掛けねじ曲がることの無いように。それを実現するために、DOMINOはハンターズとの確執を取り除き、良い部分を吸収すべきだと考えている。その為にもこの共同作戦は重要なのだと。
 まずは現実を知ること。自分の弱さを知ること。その上でなら、人は強くなれる。それをDOMINOは証明したかった・・・現実にしなければならなかった。
「他に質問はないか・・・無ければ作戦に移る。各員、配置に付け!」
 隊長の号令と共に、急ぎ現場へと向かう兵士達。作戦会議室には、二人の女性と一人のアンドロイドだけが残った。
「・・・ふぅ。やっぱり隊長ってガラじゃないわ、私は」
 胸を張り気負っていたDOMINOは肩の力をだらりと抜き、溜息混じりに愚痴をこぼす。
「今更・・・何言ってんのよ。あれだけの演説しておいてそれは無いんじゃない?」
「お嬢様の言う通りですな。もっと自分に自信を持たれても良いと思いますが」

 そんなDOMINO隊長を、マーヴェル副隊長とギリアム参謀がすかさずフォローを入れる。あまりにも手慣れた・・・どこかお約束的な言葉に、DOMINOはまた溜息をつく。
「・・・私じゃレオ隊長や・・・BAZZ隊長みたいにはいかないもの」
 世辞ではなく、DOMINOは隊長として充分に勤めている。あの傲慢なWORKS隊員をまとめられる手腕を見れば、マーヴェルやギリアムが言うまでもなくそれは事実であろう。だがDOMINOは掲げる理想・・・目標とする人物が偉大すぎる。自分で儲けたプレッシャーに押しつぶされようとしていた。
「ハンターズが恋しい?」
 マーヴェルの質問に戸惑うDOMINO。恋しくないと言えば嘘になるが、それを理由にしたりはしない。ただ・・・
「それとも、ZER0が恋しい?」
「なんであいつの名前が出てくるのよ・・・」

 それもまた、違うと言えば・・・どうなのだろうか?
「はぁ、もういいわ。言っても始まらないし・・・時間ね。二人とも、現場へ急ぐわよ」
 敬礼する二人は思う。やはり彼女は隊長の、いやそれ以上の器があると。若さ故の悩みに翻弄されているだけなのだから、そこをサポートしなければ・・・そのサポートを率先してあげたくなる、そんな魅力がDOMINOにはあった。それが強みなのだと、まだ本人に自覚はない。
(私じゃダメなのよ・・・お父様の意志を受け継ぐのはあなたなのよ、DOMINO)
 娘の自分では出来ない。騒動の戦犯となってしまったレオ・グラハートの名前に翻弄される父娘では、WORKSの立て直しは出来ない。だからこそDOMINOが隊長を務めなければならないが・・・出来ればその役を、自分が担いたい・・・DOMINOが愚痴る度にマーヴェルは思う。しかしそんなジレンマと嫉妬に悩まされながらも、彼女は自分に名前をくれた親友を支え続ける決意を新たにしていた。

 瓦礫の山には、あらゆるものが埋まっている。建物が崩壊しても、その中にあった物全てが崩壊するわけではなく・・・下敷きになっても尚、存在し続けるものはいくらでもあった。
「・・・これで終わり。TS、そっちはどう?」
「終わったよー」

 大きな爪をブンブンと振り回しながら、母親に報告する娘。母娘とは言っても、母が腹を痛めて娘を産んだわけではないが・・・そんな娘が産まれた「技術」が、ここにはあった。その埋もれた技術を、二人は完全に消し去った。
「了解・・・博士、聞こえてる? こっちは終わったわ」
 通信機に向け報告するスゥ。返事は少し間を開けてからなされた。
「了解、ご苦労様。こっちはもうちょっと時間掛かるけど・・・ちゃんとやっとくから心配しないでくれたまえ」
 遠くで同じような作業・・・と言っても、物理的か内部的かの差はあるが・・・作業を続けているモンタギューはキーボードの音と共に報告を届けた。
 消し去った技術は、クローンを生み出すもの・・・三人のレオを生み出し、数多のスゥを生み出し・・・そして死んでいった、その根元となる技術。この技術がなければ娘達・・・ESもTSも産まれなかったのだが、しかしこの技術に感謝する気持ちにはとてもなれない。一歩間違えれば、この技術がまた悪用されようとしていたのを知っているだけに尚更。
 この技術で生み出されたコピークローンの一人は、自分を生み出した技術を用いて独裁政治の構想を練り上げていた。彼の構想では・・・記憶のコピーを市民に徹底させ、そして身体はクローンで補い、あたかも「不老不死」のように活用する・・・その上で、記憶を操作しようと・・・考えるだけで背筋の凍る独裁政権を確立させようとしていた。
 そんな悪魔のような男は逮捕された。しかし・・・彼の野望が潰えたとは言い難い。確実に野望を挫くためには、技術その者を闇へ葬る必要があった。例えその技術が母星政府の手へ既に渡っていたとしても・・・ブラックペーパーの仕事は、ラグオルにこの技術を残さないこと。少なくとも組織からの指令は忠実に実行した。
 だがこれで満足するスゥではなかった。もっと確実に技術を消し去るために、彼女は助力を願い出た。同じくこの技術を消し去ろうとしていた、一人の博士に。
 この技術は天才無くしては誕生しなかった。故に、天才だけが理論の正謝を判別できる。技術に何らかの誤りがあっても、天才以外には修復不可能・・・母星政府の手に渡った技術にその「謝り」を加えてしまうことが、アサシンと天才博士の企みであった。そしてその企みは・・・どうにか上手く行きそうだ。
「そう・・・ねえ博士」
「ん、なんだい?」

 遠くそびえ立つ塔・・・制御塔と呼ばれる大きな塔を見つめながら、スゥは尋ねる。
「贖罪は・・・終わりそう?」
 次の沈黙は長かった。だが帰ってきた返答は、しっかりしたもの。
「まだこれからだよ。僕の贖罪は終わりがない・・・それだけ、犯した罪は大きいからね」
 言葉には決意があった。その決意はスゥと直接的な結びつきはない。しかしスゥにとって、心の支えになるところもあった。
「君の贖罪は終わらないのかい?」
「終わるわけがないでしょう? これからも罪を重ねる私に・・・終わりはないわ」

 だが悲観しない。スゥは口にせず言葉を続けた。
 罪は犯す。組織にいる限り、犯し続けるだろう。それでも組織に居続ける理由・・・一人の娘と袂を分かってでも組織に戻ることが、もう贖罪なのだから。
「どーしたの? もう帰ろうよ」
「そうね・・・それじゃ博士。またね」
「ああ。君も頑張ってくれたまえ。それじゃ」

 贖罪しなければならない相手。自分の細胞から産まれた娘を連れ、スゥは闇へと戻っていった。
「せめて・・・」
 ぽつりと、言葉が漏れてしまう。
 せめて・・・同じように人工的な技術で生み出された少女・・・彼女だけでも、光あるところで幸せになって欲しい。そう願わずにはいられなかった。
 そしてもう一人の娘・・・彼女については、もう心配することもなかった。彼女はもう、幸せそうだったから。

 たまに、自分の不幸を呪うことがある。ESは今その不幸に、頭を抱え悩んでいた。
 どうして自分は・・・と。
「誤解だって・・・つかな、軟派師が女の子に声を掛けるのは日常というか常識というか・・・なんていうかさ、ほら・・・」
「そんなことを訊いてるんじゃないの。たまたま声を掛けた女性に男を見る目がなかったのも、まあいいでしょう。そのままデートをしてくるのも・・・慣れたわ。でもね・・・こっちの約束を忘れるっていうのはどうなの?」

 行きつけのバーで、いつものカクテルを手で握り・・・潰しそうな勢いで、ESはそれでも静かに、淡々と釈明を求める。
「・・・すみませんでした!」
 相手の男は言い訳せず、席を離れそのばで・・・土下座した。
 プライドはないのだろうか? 無いのよね・・・この男、ZER0という男をよく知るESは、もう溜息しか出なかった。
「もういいわよ・・・疲れた」
 どうして自分は・・・こんな男に惚れてしまったのだろう。そんな自分の不幸を呪わずにはいられない。
「で・・・その娘の「問題」は解決できたのね?」
「あー・・・まあ、な」

 付き合いが長いからこそ判る。軟派が事実でも、それを理由にこちらの約束を破るようなことをする男ではないと。そうせざるを得なかった事情があったはず。そしてそれをホイホイと口にする男でないことも。
 優しすぎるのだ。モテないくせに。だから・・・惚れてしまった。互いに面倒な性格だなと頭も抱えてしまいたくもなる。ESは片膝を付きグラスの中で氷を弄びながら、奇妙な「絆」に苦笑いを浮かべた。
「・・・そういえばさ、ラボの方はどうなの?」
 氷を見つめながら思い出した。氷と比喩される女が束ねる機関のことを。
「DOMINOのおかげで、軍との摩擦は解消しつつあるらしい。だからラグオルの調査も順調だとさ。おかげで俺は暇だけどラボは大忙し・・・」
「で、ノルとのデートも難しいって訳ね・・・でもちゃんとフォローしてあげなさいよ?」

 唯一認めている浮気相手・・・ノルから見ればESの方が浮気相手なのだろうが・・・ライバルであり親友である女性を、ESは気遣っていた。
「そりゃもちろん」
「そ・・・まあだからって、今夜は帰さないけどね」

 それはそれ、これはこれ。譲り合うばかりが友情ではない。
「エリちゃんの方はどうなの?」
「忙しくて、なかなか制御塔へは行けないらしいけど・・・元気にしてるよ」

 できたてのカクテルを口に含みながら、ZER0は答える。恋人と別れ、そしてその恋人がまた生まれ変わるのを待ち続けている女性。気丈に自分を奮い立たせ激務をこなしているが、彼女に本当の安らぎが早く訪れることを二人は願っていた。
「そう・・・みんな、日常になっていくのね」
 これまでが激動過ぎた。これからは・・・これからもまた、そんな日々がまた来るかもしれない。しかししばらくは、平穏で静かな、しかし厳しい現実という日常が続くだろう。
「しんみりしても仕方ない・・・っか。さて、そろそろ行くわよ。時間押してるんだから」
「ベッドにか? おいおい、そりゃ焦らせて悪かったがまだそんなじ・・・」

 手慣れた店長が店のトレイをESに手渡し、そのトレイが綺麗な音を立てた。
「行くわよ」
「はい・・・」

 こんなやり取りも日常。そこに幸せを見出せる幸運に、ESは感謝していた。

 ハンターズと軍人との軋轢は、誰もが知る「常識」だった。しかしだからといって、それを放置して良いということにはならない。パイオニア2は大きな、とても大きな障害を乗り越えたことで、その「常識」を打ち破る好機を迎えていた。それをむざむざと逃すわけにはいかない。
「・・・以上でよろしいですか? では、各員配置へ。よろしくお願いいたしますわ」
 丁寧な、しかし威厳ある指示が下される。美しくも風格すら漂わせるフォースの女性に、ハンターズのメンバー、そして軍人すらも素直に従っていた。
 やはり、このような人が隊長の座に着くべきだ。畏怖堂々としたMの指揮に、ただただDOMINOは感服するばかりだ。
「それにしても、流石はDOMINOさんですわね。軍の方々も素直に従ってくれています。あなたがいなければ、こう上手くは行かなかったでしょう」
「何を言ってるんですか。むしろ私なんかなにも・・・Mさんだから、部下達も素直に従うんですよ」

 微笑むMに、恐縮するDOMINO。それを後ろから眺めているマーヴェルに言わせれば、二人とも謙遜しすぎだと・・・もっと自分に自信を持てと、何度言いかけては喉で言葉を止めたことか。
「ところで・・・その、ESさんは?」
 時間的には合流しているはずの二人がまだ来ていない。DOMINOはその一人の名を出しかけ、そして飲み込み、もう一人の名を口にした。
「遅れているようですが・・・元々ZER0さん達は予定になかった作戦ですからね。ただ私に指揮官としての自信がないので無理矢理お呼びしただけですから・・・DOMINOさんがいてくださって、助かっておりますわ」
 あえてDOMINOが飲み込んだ名前を口にし、訳を話すM。
「そう・・・ですか」
 特に感情を込めるつもりはなかった。しかし根が素直なDOMINOに隠しきれる器用さはない。
「・・・お互い、辛い立場ですわね」
「・・・そう、ですね」

 恋は甘く、しかし時に辛く。恋する二人の女性は、その恋が実らないことを知っている。知っているが、その恋を捨てる気にはとてもなれなかった。捨てることの方が、この辛さに耐えるよりも悲しいことだから。でも、辛いものは辛い・・・この辛さを解り合える二人は、沈黙で互いを慰め合っていた。
「作戦・・・上手く行きますかね?」
「DOMINOさんが総指揮を握っているのですから、何も心配しておりません」

 むしろその事の方が心配だとDOMINOは思う。だがそれを口に出すことはなく・・・むしろMに言われれば、何故か自信が沸いてくるのだから不思議だ。
 これをカリスマと呼ぶのだろう。魅力的で魅惑的で、自信に満ちあふれた言動。決定的に自分に足りない要素。
「あなたの銃にかけて・・・パイオニア2の治安は、あなたがいるから心配しておりません。あなたが素敵に変われたように、軍も変わります。あなたの力で」
 そっとDOMINOに腰に下げられた銃・・・ヤスミノコフ2000Hに手を添え、Mは宣言した。かつてハンターズを嫌い、見下していたDOMINOがその考えを改められたように、軍全体も変わるのだと。
「そして誓います。ハンターズも変わると・・・私達の「絆」にかけて」
 空いた手を胸に当て、強いまなざしと言葉で約束する。その宣言は、間違いなく実行されるだろう。そう思わせるだけの説得力が、そこにあった。
「・・・ありがとう、Mさん。私も・・・誓う。WORKSを、軍を正しい方向へ導くと・・・私達のBAZZ隊長と、そして我らのレオ隊長の名にかけて」
 銃に触れるMの手に自分の手を重ね、そしてもう片方を自分の胸に。
 そしてDOMINOは誓う。カリスマはなくても、それを理由に努力を惜しんではならない。出来る限りのことをしよう、偉大な二人の名にかけて。
「・・・私達も忘れないでよ?」
「及ばずながら、助力いたします」

 親友とその従者も手を重ねる。そう、DOMINOにはこれだけ心強い味方が、友がいる。絆の強さは時にカリスマを超える。それを彼女が実感するのは・・・そう遠くない未来だろう。
「お、もう作戦始まった?」
「だから急ぐってあれだけ・・・悪いわね、待たせちゃって」

 遅れてきた二人の到着に、待ちわびていた二人の指揮官が大輪の花のような笑顔を咲かせていた。

 眼下では、D因子に犯された生命体と、ハンターズと軍人の連合軍が各地で闘いを繰り広げている。大規模な掃討作戦が展開されているのだ。
「・・・くだらん」
 巨大な鎌を担ぎ、漆黒のアンドロイドが呟いた。
 あからさまに、戦況は連合軍有利。邪神の加護を無くした邪神の子供達は、明らかに弱体化していた。いずれは駆逐され、以前のように沸いて出てくることはないだろう。
 猟犬は戦場を眺めていた。どの戦場も・・・彼の目にはつまらなく見える。あまりにも一方的で、面白みのない闘い。だがハンターズも軍人も、エネミーを駆逐する度に歓声を上げていた。
 そんな戦場に、彼の目に止まる存在が一人だけいた。
 黒髪に黒い肌、そして黒いハンタースーツを身にまとった女性。周囲のハンターズや軍人に声を掛け、統率の取れた指揮を振るっている。
 今猟犬の興味は、その女性にのみ注がれている。最大の敵・・・先代を倒した今、彼の「乾き」を潤せるのは、彼女しかいない。
 鎌を構える。戦場に乗り込めば、彼の待つ・・・心躍る闘いがまた幕を開けるだろう。
「ふん・・・」
 構えた鎌を肩に担ぎ直し、彼は戦場を背にした。
「相応しい場所は・・・ここではない」
 邪神が消えた今、人類最大の危機は去った。
 だが・・・人々から争いが無くなることはない。むしろ、この一時の平和が次の戦場への引き金にすら成っている。それを猟犬は心得ていた。焦ることはない。相応しい戦場は、いずれ用意される。
「・・・刃を交える日は、遠くないだろう」
 猟犬は次の狩り場へと、歩を進める。
 猟犬に休息はない。狩り場はいくらでも・・・勝手に、人間達がいくらでも生み出すのだから。

「だぁかぁらぁ! 勝手に突っ込まないでって言ってるでしょ!」
「っせぇな! この方が手っ取り早かっただろ!」
「それは結果論! 私が援護しなかったら危なかったでしょ!」
「それはお前の役割だろうが! こっちは突っ込んでなんぼのハンターだ!」
「バッカじゃないの? あんたはハンターである前に、私の「盾」なの! じっとして私を守ってればいいの!」
「ざけんなよ、そんなんでハンターやってられっか!」
「いいのよ、誰もアンタに期待してないから。ずっと私を守ってればいいの!」
「この、ずっとっていつまで守らせる気だよ。お守りがいないと何も出来ないガキかお前は」
「あら、姫を守れる栄誉を与えてあげてるっていうのに、生意気な従者ね」
「誰が従者だ!」
「アンタよ、ア・ン・タ!」

 ・・・どっちもお守りがいないとまともに仕事も出来ないだろうが。大規模な作戦中だというのに喧嘩の絶えないアッシュとルピカ・・・二人を見守りながら、若くして年老い始めたレンジャーが溜息をつく。
「・・・相変わらずのようですね、バーニィ」
「おう、シノ。ま、見た通り相変わらずだ」

 振り返ることもなく、バーニィは旧知のアンドロイドに応えた。
「ま、これも平和の証ってか・・・悪かないけど、疲れるねどうにも」
 愚痴り方に年寄り臭さを感じたが、シノはそれを口にすることはなかった。旧式のアンドロイド故に、余計なことを話さないようになっているのか、それともそう言う気遣いが出来るようになったと言うべきか。
「で・・・そっちはどうなんだい。あんたんとこの正統後継者様は」
「相変わらずですよ。良くも悪くも」

 口調こそ感情を乗せないアンドロイドらしい応答。振り返って見たとしても、シノはアンドロイド故に表情を変えることはない。だが・・・微量に、アンドロイドらしからぬ「オーラ」を放っている・・・ような、気がした。少なくともバーニィにはそう感じられた。
「どいつもこいつも・・・幸せそうで何よりだ」
 大げんかを続ける幸せ者を見守りながら、一時は自殺までしかけたアンドロイドの幸福に、バーニィは頬を緩ませた。
「バーニィは幸せじゃないんですか?」
「幸せそうに見えるか? ガキのお守りに苦労してる俺が」

 苦笑いを浮かべながら振り返るバーニィ。そんな彼を見つめながら、シノは平然と、全く変わらない調子で語る。
「見た目は判りません。しかしアリシアさんとのことは聞いていますから情報を統計すれば・・・」
「あーもういい。そういう言い方は止してくれ」

 手をヒラヒラとさせながら、再び顔を背け夫婦漫才に目を向けた。
 情報・・・噂だけで人の幸せは計れない。当人達しか知り得ない事情なども考慮すべきだし、なにより・・・価値観は人それぞれだ。だから噂レベルで幸福度を測られるのは好きになれない・・・というのは一般論。バーニィの場合、単純に照れくさかっただけだろう。
「・・・強くなれるもんだよな、人間って・・・アンドロイドもさ」
「・・・そうですね」

 自分達は幸せだ。だが今幸せでも、過去は・・・辛い別れを繰り返してきた。ゾーク・ミヤマ、ドノフ・バズ、そして・・・ヒースクリフ・フロウウェン。かつて三英雄と称えられた英雄との死別に関わり続けた彼らは、辛いその思い出を大切にしながら・・・今の幸せを噛みしめている。幸せになれる、感じられるだけの心を、強い心を持てるようになった・・・それを今、二人は実感していた。
「で・・・なんか用があって来たんじゃないのか?」
「ああそうでした・・・M指揮官の指示でバーニィ隊に合流せよと。おそらくバーニィ隊は「諸事情」で作戦進行が遅れるだろうからと」
「はっ、流石は四英雄様だ。たいした予知能力だよ」

 おそらくアッシュとルピカを知るものなら、誰でも予測できることだが・・・そこを的確にフォローできるかがが指揮官の辣腕に関わるところ。
「マァサ隊が軍部の方と共に先行しているはずです。そこに合流せよとも」
「了解・・・さぞやマァサちゃんは立派に小隊まとめてるんだろうねぇ・・・あいつらと違って」

 マァサもまた、辛い別れを繰り返してきた少女。しかし彼女も強くなった・・・それに比べてこいつらは・・・バーニィは癖になりつつある苦笑いをまた浮かべ、二人に歩み寄る。
 アッシュもルピカも、辛い過去を抱えている。特にルピカは・・・その過去と決別したのはつい最近。騒動の中心人物だっただけに、まだ心が癒えているとは言い難いはずだ。それでも気丈に・・・彼女は自分と向き合った。
 一人じゃない。それが彼女の支えになっているが・・・彼女は昔から、支えられていた。ただそれに気づけなかっただけ。気づけたことで、彼女はそれを心の支えに今を生きている。
 一人じゃない。その大切さを、最も感じているのはルピカだ。それを感謝する心を持ち続けながら、しかしそれを口にすることはなく。
「うら、痴話喧嘩は後にしろってご命令が下ったぞ」
「誰が痴話喧嘩だ!」
「誰が痴話喧嘩よ!」

 これだけ息がピッタリなのも珍しい。あまりにも「お約束」すぎて突っ込むのも忘れてしまう。
「行くぞ。マァサちゃん待たせるとファンにどやされるぞ?」
「なんだよ、マァサと合流するのか?」
「はい。今後の作戦を手短に説明しますね・・・」
「あー、無駄よシノさん。コイツ作戦なんて単語知らないから」
「てめぇ、まだ言うか!」
「なによ、事実でしょ?」
「・・・無駄の意味、了解しました。お二人とも作戦を聞く気がないと・・・」
「いや、そこで了解するなシノ・・・ってか、お前も手慣れてきたなぁ」

 出会いがあれば別れがある。多くの別れを経験しても、次には新たな出会いがある。
 人は、一人じゃない。誰もが、一人ではいられない。
 一人だと、孤独だと思うこともあるだろう。けれどよく周りを見て欲しい。
 必ず、必ず支えてくれている人がいる。そして支えている人がいる。
 孤独なのは、そう自分を決めつけるから。感じて欲しい。一人ではないということを。
 一人じゃない・・・それを感じたときに、そこから幸福が生まれる。
 辛いことがあっても、一人でなければ乗り越えられる。そして人は、けして一人じゃない。
 だから乗り越えられる。どんな事だって。そうして、人は強くなる。
 一人じゃない。それが人の、強さだ。
 君の、あなた、強さなんだ。
 一人じゃない。けして、一人じゃない・・・
 そして繋がる次の人へ。次の時代へ。
 一人じゃないから・・・人は時間を超え繋がり続ける。

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