novel

No.4 参戦〜Entry into The Crater〜(後編)

 ルピカにしてみれば、今陥っている状況は「連れ去られた」と言うよりは「連れ戻された」と言うべきだろうか。
 軍高官レオ・グラハート・・・を名乗る男が、大勢の部下を用いハンターチームを取り囲み、その中から一人の少女を連れ去った。客観的に見た場合事実はこのように表現されるだろう。しかし立場が違えばこの事実のとらえ方も違う。事実この渦中にいる少女は「連れ戻された」と感じ、拉致を実行した隻眼の男はようやく「連れ戻した」とほくそ笑んでいる。元々はパイオニア1ラボに在籍していた少女が元の場所・・・軍へ戻っただけ。本意か不本意かはまた別の話。
「随分素直に付いてくるのね」
 連れ戻された少女に、軍服を着た一人の女性が少女と平行を保つよう歩きながら声を掛けた。
「この状況で暴れろとでも? 何が不服なのかしら」
 少女は自身の両手、拘束具で自由を奪われた両手を軽く持ち上げながら尋ね返した。
 誰がどのように見ても、ルピカは捕らわれた状況。そして女性は捕虜を連行する者。捕虜に素直さを要求することはあってもそれを不服と感じる事などありはしない、そのはずなのだが、少女が指摘するように女性は僅かばかり不服そうな顔をしていた。
「ラボにいた頃はずいぶんと手を煩わせたと聞いていたわ」
「こんな大人しい女の子を捕まえて、なんの冗談かしら?」

 ここにかつての仲間達がいたら、少女に容赦のない「ツッコミ」があっただろう。だが、そんな仲間達は今ここにいない。
「・・・ずいぶんと出発が遅れたみたいだけど、何をごねていたの?」
 少女は女性の顔を見上げながら別の話題を尋ね返す。女性は少女へ視線を落とすことなく、黙って前方、多くの歩兵と僅かな装甲車の後ろ姿を見つめていた。
「期待するだけ・・・無駄よ」
 その言葉は女性に向けられたものなのか。それにしてはあまりにも小さな、つぶやくような声。
「私が何を期待していると?」
 そんなか細い声でも女性の耳には届いたようだ。しかし相変わらず視線は前方。言葉だけが少女に向けられた。
「状況の変化・・・でしょ?」
 寂しげに少女は口元をつり上げ、言葉を続ける。
「折角難癖付けて出発を遅らせたのに、何も起きなかったわね。私がだだをこねて暴れれば、もっと時間が稼げたのに・・・なんて考えていたんでしょ?」
 返答はない。砂を踏む音だけが二人の耳に届くだけ。
「期待するだけ無駄なのよ。私を利用したい奴が連れ戻しに来て、私がいてもいなくても問題ない連中は身の危険を感じて逃げていく。それが現実。何も変わりはしないわ」
 それは少女にとってごく当然のことで、ことさら取り上げることではない。そう、そのはずだ。
「あなたは本気でそう思っているの?」
 僅かに視線を落とし、女性がまた尋ねる。
「あれほど苦渋に満ちた顔なんて、そう出来るものじゃないわ。特にあの子・・・赤いハンタースーツの子、彼の必死な形相は並々ならぬものを感じたけど」
 無数の銃口を向けられながらも、去り際まで吼え続けた若きハンター。あの姿をただ「逃げた」などと表現する者は、少女だけだろう。逃げたのだと思いこみたい少女だけだろう。
 そう、少女は捨てられたのだと自分を言い聞かせるのに必死だった。
 元々一人。ずっと一人。これまでも、これからも・・・そう思うことで、寂しさを忘れ絶望を感じないでいたかった。それが少女の生き方だったから。
「誰が何をしたって、何を思ったって、私の・・・いいえ、「私達の」運命は変わらないのよ。違う? カレン」
 肯定も否定もない。賛成も反対もない。ただそこに、現実と運命が横たわる。
 砂地の上を歩く。歩を進める。ルピカとカレン、二人が向かう先は、現実という運命。待ちかまえているものは・・・誰かの希望と誰かの絶望。今は是非もなくそこへ向かうしかなかった。それしか、なかった。

「・・・どうやら移動を始めたようです」
 群がるエネミーを一掃した後、アイリーンと通信を交わしたシノが報告する。むろん彼女の言う移動した対象とは、ルピカと彼女を取り囲む「軍隊」の事。
「ちょっと早いわね・・・でもMの予測の域を出るものじゃないわ」
 Mの予測は、軍の移動はルピカが抵抗し開始が遅れるだろうというものだった。しかし実際にはルピカに抵抗する意志はなく、代わって軍の一人、カレンが難癖を付け遅らせていた。その事実を、予測したMはもちろん上空から見ているアイリーンにも知ることは出来ない。ただ結果として軍隊の移動開始が遅れたのは間違いなく、その様子はアイリーンによって目撃されていた。
「アイリーン嬢からの報告では、予測通り警備も手薄になっているようです」
「順当じゃない。このまま目的地まで急ぐわよ」

 経緯はさておき、結果は予測通り。つまりES達の行動も予定通り行われるわけだが・・・。
「なあ・・・一つ確認させてくれ」
 走りながら、ZER0がリーダーに尋ねる。
「あのバリケードに到着したとして、そこからどうやって潜入するつもりなんだ?」
 警備は手薄になっている。その予測は的中しているが、その上でどうそこを突破するのか、そこは具体的に作戦が練られていたわけではなかった。しかしESはMに作戦の組み立てを聞く事なく行動を始めていた。経験に裏付けられた、彼女なりの作戦があるのだろうと信じメンバーはついてきたが、念のためか、ZER0は確認を取ってみる。
「・・・強行突破」
「さすが我らのリーダー。緻密な作戦をお考えで」

 口元をつり上げる二人。しかし方や不敵な、方や苦い笑みとその内容が異なる。
 警備が手薄になると言うことで突破する作戦は色々と考えられるのだが、しかし「時間がない」という制約がその作戦の幅を狭めている。ルピカを連れ出し何をさせるつもりなのか、そこが不透明な状況にある以上、ルピカ達が目的地に到達する前に救出する必要がある。しかも相手は軍隊であり、表向き敵対している勢力ではない。そんな軍が「自分達の領域」と主張する場所へ潜入すること自体がそもそもかなり危険な行為である。ならばこれ以上その危険度を増すようなことは避けるべきだが・・・それよりもESはルピカの安全を優先した。故の強行突破という選択。
 ESに言わせれば、一ハンターであるルピカを軍がその正体を隠すことなく拉致を強行した以上、こちらから強行突破を仕掛けても問題はない。政治的な問題はむろんあるが、そんな「些細なこと」はどこぞの「狸」に任せればいい。それが彼女なりの結論だ。
 苦笑いを浮かべたZER0にしても、ESの作戦に反対はない。皮肉は言ったが、自分が指揮を執ることになっても同じ事を決断決行しただろうと・・・だからこそ彼は自分への皮肉も込め口元を歪めたのだ。
 二人はよく似ている。本人達がどれほど認識しているかは別にして。
「問題はその後かと。一個師団を相手に立ち回り、ルピカさんを助け出さなければなりませんから」
 既にESがどのような決断を下すか、そこを見越していたMがその後の展開を練り上げていた。
「それを考えると、むしろ騒ぎを起こし相手をかく乱させるのは上等な手段かもしれません。乗り込んでみないことには判断できませんが、ルピカさんを救い出すチャンスを作るには・・・」
 具体的な提示がなされようとしている最中、四人は四方へと飛び退いた。
 奇襲。四人がいたその場所には、砂に深々と巨大な「爪」を突き刺す少女がいた。
「TS!」
 姉が妹の名を口にした。自分と同じようにクローン技術によって生み出された、十番目の少女、彼女の名を。
 身の丈に合わないほど巨大な爪、ファルクローを砂から引き抜き、母と同じ・・・姉とは敵対する組織ブラックペーパーに所属する暗殺者は、すぐさま姉に飛びかかった。
「こんな時に!」
 迫る爪を軽くいなし、真っ赤なブレードを容赦なく妹へ向ける。が、その刃は空を切り、暗殺者は後方へ宙返りを繰り返し遠のく。
 距離は「間合い」と呼ぶには離れすぎている。近接武器である爪で襲いかかるにはあまりにも遠く、テクニックなどの遠距離攻撃を仕掛ける様子はない。飛び退いた後、TSはその場でES達に視線を向けたまま待機していた。追い打ちを掛けるMのテクニックやシノの銃弾も左右にかわし、距離を保っている。
 様子がおかしい。それは直接襲われたESだけでなく、メンバー全員が感じている。Mやシノもこれ以上の攻撃を加えて良いものか戸惑い、一端追撃を止めた。
 明らかにこれは誘っている。暗殺者は自分の方へと相手を誘っている。問題は、その誘いに乗るべきかどうか。誘う相手の意図がなんなのか。
「・・・どういう教育をしてるのよ、まったく」
 教育のあり方に、ESが溜息をつく。TSの意図を理解した上で。
「シノ、バーニィに連絡して。私達が向かう予定だったポイントまで、彼らに行ってもらうわ」
 それはつまり、TSの誘いに乗ることを意味している。同時に作戦の変更も。
 ES達が動く。TSは距離を保ち彼女たちを誘導する。その先に誰が待っているのか把握しつつ、だからこそ彼女たちの「目的」が何であるのかをあれこれ思案しながら。
「・・・シノ、連絡が終わったら「アレ」を撃って」
「・・・御心のままに」
「おいおい、随分手厳しい姉さんだな」

 ヤスミノコフ9000Mの銃弾が響く。先導する暗殺者が小さな悲鳴を上げる。
 面白くない。ESにとって、相手側の思い通りに事を運ばれるのは面白くない。それが自分達にとって有益になり得たとしても、それはそれこれはこれとして、面白くない。その鬱憤を妹で晴らす姉。ある意味でどこの家庭でも見られることだが、ここまで過激な光景はそうあるまい。

 待ちに待った出番。アッシュは高揚していた。
 自責の念に駆られている事もあるが、何より自分の出番がきちんと用意されてたことに安堵を感じていた。ルピカをさらわれた現場にいながら、救出作戦に参加できないのはいたたまれない。そんな彼に訪れた出番。奮闘もするというものか。
「ちくしょう、卑怯だぞ!」
 そんな彼の熱意と両剣が空回りする。
 アッシュが罵る相手は上空。怪鳥と呼ぶに相応しい巨大な鳥。刃を当てようにも空へ逃げられては罵るしか彼に出来ることはなかった。
 そして彼を更に激怒させているのは、届かない相手からの猛攻。
 レーザービームのような遠距離攻撃を上空から放ち、隙あらば滑空して体当たり。低空に止まったかと思えばテクニックにも似た火の玉を三方向へ弾き飛ばす。猛攻をかいくぐれたとしても、接近し刃を当てようとすれば上空へと逃れる。
 両剣を振るうアッシュに為す術など残っていようか?
 以前までの彼ならば無かっただろう。しかし最近の彼ならば違う。
「バーニィ、どーにか引きずり下ろしてくれ。「コレ」をお見舞いしてやる」
「お、成長したねぇアッシュ君。偉い偉い」

 どう聞いても言葉通りな褒め言葉には聞こえない軽口に頬を膨らませながら、アッシュは両剣をしまい、代わりとして両手に一丁ずつの機関銃を取り出した。接近戦を得意とするハンターでも扱いやすいマシンガンだ。レンジャーの使うライフルなどの専門銃に比べて射程距離は大幅に短いが、連射がきく上に近接武器よりは離れて攻撃が可能。短いチャンスに出来る限り相手を痛めつけるには打って付けだ。最近はハンドガンを常備するなど、頑なに両剣にこだわっていたアッシュが状況に応じ武器を持ち帰るようになったのは確かに成長といえるかもしれない。もっともハンターとしての「常識」ではあるのだが。
「マァサ、そっちは大丈夫か?」
 チャンスをうかがいながら、アッシュは仲間に加わった少女に声を掛ける。
「はい、大丈夫です。こちらは任せてください」
 少女は周囲に炎を回しながら答える。風貌に似合わずしっかりとした口調、そこに込められた優しさと自信。歳はルピカとさして変わりないように見える少女だが、その中身はまるで違う。
「ええ、大丈夫ですとも。お嬢様には、不肖ながらこのテイフーめが付いておりますから、ええそれはもちろん」
 その少女に付きそう、白と水色を基調としたボディを持つヒューキャスト。彼もまたアッシュ達に加わった新たな仲間である。
 名はテイフー。マァサの新しい執事として彼女に召し使えているアンドロイド。その役職からなのか性格からなのか、非常に腰が低く、とてもハンター業まで務まるようには思えなかった。少なくとも始めて彼が戦う姿を間近で見るアッシュやバーニィにとっては。
「行きますよ、テイフー」
「はい、お嬢様」

 二人の前には四つ足の大型獣。二本の巨大な角を持ち、高さは優にマァサの倍、テイフーより半身ほど大きい。その巨体を生かすように巨大獣は幾度も二人に突進し、近づけば前足で叩きつけ、相手が遠のけば口から怪鳥同様レーザー砲のようなエネルギーを放出し襲う。大丈夫だと口にしたマァサではあったが、苦戦しているのは間違いなかった。
GIBARTA!」
 まずは足止めを。そう判断したマァサは吹雪を巨大獣に吹き付けた。うまくいけば相手を凍てつかせ巨大な氷像を作り出すことが出来るのだが、その様子は全くない。続けてテイフーによるフリーズトラップを発動させてみたが効果はない。テクニックでもトラップでも、その巨体を凍てつかせるだけの許容は充分に得られない様子。
 巨大獣はマァサに迫り、前足を素早く持ち上げ振り下ろす。咄嗟に身をかわしたマァサだったが、かわすのが精一杯。反撃は疎か、追撃に供えることもままならない。
「お嬢様!」
 割って入るように、執事が主人の身をかばう。細身に似合わぬ大剣を盾代わりに敵の前足をそらす。隙を突き、その大剣を持ち直し一撃。効いてはいるが、決定打には成り得なかった。
 持ち直したマァサは場を離れながら火の玉を連射。注意を再び自分に向けさせる危険を冒す。巨大獣が向きを変えるその隙に執事は武器をアッシュ同様機関銃に持ち替え、至近距離で連射。これはたまらぬと巨大獣に苦痛の咆哮を上げさせた。
RAFOIE!」
 爆炎がドーム状に吹き荒れる。それが決定打となったか、巨体を支える四肢は地から離れ、その地は巨体によって大きく揺れた。
 同じ頃、怪鳥もまた奇声を発していた。
 数十もの銃弾を浴びせられる怪鳥。上空へと逃れても、弾数こそ少ないが確実に銃弾が身体に突き刺さる。たまらず滑空しその身を敵に当てようにもあっさりと交わされ、また銃弾を浴びる。赤い羽毛を血で赤く染め、ついに怪鳥は身体を回転させ降下。そのまま地に伏せ倒れた。
「ふぅ・・・虫に鳥に・・・あれはなんの獣だ? まったく、ここは何でもかんでもばかでかいのばっかりだな」
 一息つきながら愚痴るアッシュ。上手く立ち回り怪鳥を仕留めることは出来たが、愛用の両剣を充分に振るえなかったのにご不満の様子。
「いやぁ、さすがアッシュ様。レンジャーでもないのに見事な銃さばき。同じハンターとして、わたくし感服しております」
「おっ・・・おう」

 同じく戦闘を終えたマァサの執事が、突然隊のリーダを褒めちぎる。褒められることになれていないアッシュは、どう答えて良いのか戸惑った。
「聞けばかの三英雄、ドノフ様の愛弟子だとか。いや流石です、見事です、素晴らしいです。わたくしはあなたほどのハンターとチームを組ませていただける幸運に感謝しておりますよ!」
「ま、まぁな・・・」

 どこかこそばゆさは感じるが、褒められて悪い気はしない。そもそも図に乗り調子に乗るアッシュは、次第にテイフーの口八丁に気を良くしていった。
「・・・あれでよろしいんですか?」
 自分の執事がリーダーを丸め込む姿を見ながら、マァサは仕掛け人に尋ねた。
「OKOK、上出来だよ。いやそれにしても見事だね」
 褒め殺しとは、まさに彼テイフーのためにある言葉だろう。それをバーニィはまざまざと見せつけられた。
 気合いが入っているように見えるが、どこかふさぎがちでどこか抜けている。アッシュの精神状態は不安定だった。若い分様々な重圧に耐える経験を積んでいない彼に、仲間を目前で連れ去られる精神的なショックは計り知れず、またその仲間を連れ戻すという重要な責務を背負っている現状は、本人の自覚無しに相当な重圧となっているのは第三者であるバーニィだからこそ気づけたこと。それを軽減させるには、本来の彼・・・調子に乗らせることが一番だと、そう考え実行してみた。
「よし、急ぐぞバーニィ!」
 その結果がコレだ。見事に成功したと言って良いだろう。気を良くしたアッシュを先頭に、一行は先を急いだ。
(・・・ちょっとやり過ぎか?)
 やる気みなぎるアッシュに安堵するものの、むしろ不安も感じてしまうバーニィであった。

 まもなく、ES達が目指しアッシュ達に代行を頼んだポイント・・・軍のバリケードまで到達した一行。当然そこにはレーザーで区切られた柵があり、見張りの軍人が二名立っている。
 さて、どうするか。ES達はここを強行突破するつもりでいたが、その作戦はESとZER0という優秀なハンター、Mとシノという優秀な参謀がいてこそ可能な作戦。調子に乗った、もとい、調子を取り戻したアッシュでもESやZER0の代わりはとてもではないが務められず、若いマァサは当然、経験を積んだバーニィにしても、Mやシノの代わりは果たせない。
「ちょっとお前ら、ここで待っててくれ」
 彼らの代わりにはなれないが、彼らに出来ないこともあり、それを実行できるだけの経験と実績がある。見張りから離れた場所にアッシュ達を残し、バーニィは軍人に笑顔で近づいていった。
「よお、お勤めご苦労さん。大変だねぇ、こんなところに配属とは。いやぁ、あんた達の勤労っぷりには頭が下がるよ」
 皮肉にも聞こえる言葉を投げかけながら近づくハンターズに、当然軍人は警戒の色を示す。
「これより先は軍が作戦を決行中だ。ハンターズは速やかに・・・」
「あー、判ってるって。俺はただね、あんたのような軍人さんを労いたくってね。ホント大変だよなぁ」

 肩を叩き、無理矢理握手を求めるバーニィ。ただ彼の手中には、軍人の手をはさみ別な物が握られている。
「・・・これは何の真似・・・」
「俺はね、あんた達に感謝してるんだよ。世の中平和なのは俺達ハンターズじゃなくて、あんたのような軍人がいてこそだってね」

 握られている物が何であるか。軍人は感触で悟った。だからこそハンターズの真意を確かめようとするが、それを言葉でふさぎ込まれる。
「だからこれは、そんなあんたに俺からの「お礼」さ。なに、こんな「額」じゃあんたの苦労はぬぐえないだろうが、ほんの気持ちだと思って取っておいてくれよ」
 黄色に輝く通貨。バーニィが握らせたのは、有り体に言えば賄賂だ。
「それで出来れば、この先にいるあんたの同僚達にもお礼がしたいんだが・・・どうかな?」
 つまりバーニィは、この賄賂でここを通せと言っている。
 バーニィのやり方はこそくな手段とも言える。汚いやり口だとも言える。これは生真面目なESやZER0では真似できないことだろう。しかし信じる正義のためにゾークと共に「裏社会」を歩んできたバーニィには、この手の「必要悪」を実行するだけの度胸と手段と経験を持ち合わせている。四英雄ならば強行突破という手段に出るところを、バーニィは小狡く、しかし平和的に解決しようと試みていた。
 さて、うまくいくのか。軍人とはとかく堅いイメージがある。賄賂など言語道断とはねつける者も多いだろう。
 しかしバーニィには勝算があった。
「・・・まあ、そこまで言うなら通してやっても・・・」
「ちょっ、上官。いくらなんでもそれはまずいんじゃ・・・」

 乗ってきた。しかし折角のところをもう一人の軍人が水を差す。
「うるさい! こんなところへ急に配属されて俺は迷惑しているんだ。だいたい、今更「あいつ」に隊長面されるのも面白くない。これは当然の謝礼なんだ」
 非難の声を押さえつけ、無理矢理正当化する。バーニィの睨んだとおり、この軍人は最低の、しかしありがたい男だった。
 作戦地域から見てここは離れた場所。手薄にするほど重視していない地域に立てる見張り。配属されるのは下っ端か、隊長格の者から信頼されていない者になりやすくなる。身近に信頼できる者達を配属するならば、その逆もまた当然ということだ。そこがバーニィの狙い目でもあった。事実男の口ぶりから、あいつ・・・新しい彼の上官である偽レオを信用していない軍人のようだ。それだけ忠義も無いという事なのだろう。
「ほら、通るなら早くしろ。いいか、お前らは慈善の為に通るんだからな。用が済んだらすぐに戻れよ」
 慈善の為なのは確かかもしれない。バーニィは内心で苦笑しながらアッシュ達を手招き見事に難所を通過していく。
「・・・気にいらねぇ」
 あからさまに不満を示すアッシュ。彼もまた、ESやZER0以上に生真面目な男だ。折角直った機嫌もたちどころに悪くなる。
「地獄の沙汰も金次第ってね。ま、気に入らないのは俺も同じだか、ルピカの為だ」
 ルピカの為という言葉に、納得するしかないアッシュ。愚痴の聞き役をテイフーに任せ、バーニィ達は先を急いだ。

「ちょっと、聞いてよ! お姉ちゃんったら酷いんだよ! ずっと後ろから銃を撃ってくるの!」
「いきなり襲ってきて何を言うかな。それにこれは躾よ躾。悪い子に育てちゃう母親に代わってね」

 お使いをすませた妹が母親に泣きつき、姉がそれを言い訳する。少し違えばほのぼのとした家庭の話になりそうだが、内容と状況が殺伐とさせていた。
「手厳しいわね。でもうちの教育方針に口を出さないでもらえるかしら?」
 母親が娘に対して言う台詞ではない。完全に娘を自分の家庭という縁から外した物言いは。しかしこれが、彼女たちの現状。
「そうね・・・私には関係ないものね、スゥ。で、何のよう?」
 僅かに寂しさを見せたが、それは刹那のこと。ダークサーティーンのリーダーはブラックペーパーの殺し屋に用件を尋ねた。
「・・・手伝ってあげるわ、あなた達のことを」
「何が狙い?」

 敵から送られる塩。その提案に驚く事無く、ESはすぐさま切り返し真意を尋ねる。
 TSに導かれながら、ESは考えていた。わざわざ誘ってくるのは間違いなくスゥの元だろうと予測を立てた上で、ESは彼女が何を企んでいるのかをあれこれと推測した。
 罠である可能性は捨てきれないが、確率はずいぶんと低い。となれば、何らかしらの協力、妥協案の提示しか考えられない。わざわざこのタイミング・・・ルピカをさらわれ急いでいる自分達にTSを使いに出し呼びつけるのだから、茶飲み話に付き合えなどと言うわけもない。
「利害の一致。こちらとしても、あいつらにルピカを連れて行かれるのは不都合なの」
 そんなところだろう。大方の予想通りだ。予想通りだからこそ、聞き出したいことがある。
「・・・ルピカの何を知っているの?」
「答える必要はないわ」

 聞き出したくても答えが返ってくるはずも無い。それも判っていたことだ。
「後ろにある転送装置は、彼らがルピカを連れて行こうとしているクレーターの地下に繋がっているわ。これを使ってあの娘を助け出してあげて」
 必要最低限のやりとり。これが親子の会話かと耳を疑いたくなる。しかし立場・・・ハンターズとブラックペーパーという間柄を考えれば当然とも言える。なんと奇妙な会話か。
 さて、スゥの提案に伸るか反るか。答えはもう出ている。
「・・・行くわよ」
 ESはそのまま、転送装置へと歩を進める。それに三人が従った。
 罠の可能性は低い。こちらにとっても好都合。彼女たちが何を考えているか判らないが、断る理由が見つからない。ならば活用させてもらうまで。これが結論だった。
「・・・面白くないわね」
 何度目になるか。TSに襲われ誘われてから、ESは同じ事を呟いていた。
 しかし今大切なのはルピカの奪還。ブラックペーパーの企みなら、彼女を救出してから叩き潰せばいい。胸のあたりに漂うもやもやした気分を将来晴らしてやると心に決め、ESは転送装置に足を踏み入れた。

 クレーターの中央。周囲にはいくつかの人工物・・・装甲車や何らかの建物、空に向けた巨大なアンテナなど様々な物が見て取れる。
 今アッシュ達の目を釘付けにしているのは、中央部の大きな「穴」のすぐ脇に立てられた、小さな転送装置。そこへ今まさに、隻眼の男と彼に連れられた少女が乗り込もうとしていた。
 今すぐにでも駆けつけたい。暴れるアッシュを、バーニィが上から頭を押さえつけ止めている。
 アッシュ達は今、ルピカ達がいる位置からはずいぶんと離れた岩陰に隠れていた。ゲートを超えてからの彼らは隠密行動に専念し、ちらほらと立っていた見張りを様々な手・・・通貨であったり手刀であったり、あるいは忍び足など、様々に使い分け中央へと迫った。どうにか身を隠せそうな岩陰を見つけ、望遠鏡で様子を探っていたところレンズに飛び込んできた映像が、まさに目的の少女、その姿だった。
 何故すぐに駆けつけない、と無言の抗議を起こすアッシュ。それをなだめる他の面々。確かに今すぐにでも助け出しに行きたいのは山々、皆同じ気持ちだ。しかし望遠鏡でのぞき見るほど離れた距離にいる自分達が駆けつけたところで、上手く救出できるとは思えない。
 周囲には目的地に着いた安心からなのか、護衛の者はほとんどいない。しかし走り込めば確実に見つかり、警報が鳴るだろう。瞬く間に囲まれ、救出どころではなくなるのは目に見えている。何よりルピカはもう転送装置の中。今から駆けつけても彼女はどこかへと連れて行かれるのは間違いない。
 耐えるしかない。ここは耐え、隙を見てあの転送装置に飛び込み後を追う。その先に何があるのか全く見えないが、見える危険をわざわざ犯す方が愚かだ。
「ちくしょう・・・」
 見えるところにまで迫った。ルピカはそこにいる。だが、届かない。悔しくて悔しくて、僅かに声が漏れる。押さえつけていた手が僅か左右に動き、髪を乱す。
 程なくして、ルピカは消えた。連れ去った男と共に。どこか・・・おそらくは下、クレーターの地下へと連れて行かれたのだろう。
 彼らを見送っていた軍人が散る。大半は近くに立てられている宿舎のような建物へと向かっていた。
「ん?」
 そんな中、一人・・・大柄のアンドロイドがこちらを見た。遠い上に隠れて見えないはずのこちらを。そしてあろう事か、軽く腕を振る・・・それはこちらへ来いと手招いているようにも見えた。
 まさか。いやしかし・・・アッシュにもバーニィにも、当然マァサもテイフーも、そうとしか考えられない。それだけ小さいながらハッキリとした動作だった。
「・・・行こう」
 何にせよ、今が潜入するチャンスであることに代わりはない。バーニィを筆頭に動き出した。
 あのアンドロイド・・・どこかで見覚えがある・・・彼の行動に疑問を感じつつ、一行は中央へ、クレーターへ、その地下へと向かった。先の見えない、暗い場所へ。ルピカという光を求めて。

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