novel

No.3 参戦〜Entry into The Crater〜(前編)

「納得できるかよ!」
 ドン、と大きな音が室内に響く。机を叩く腕に痛みが走る。しかしその痛みよりも、アッシュの心は傷ついていた。
「どうして、どうしてルピカを置いていったんだ!」
 アッシュは吼えた。強引にアッシュを引き連れて帰還した、ルピカを置いて逃げ帰ったバーニィに向けて。
「なあ、何とか言ったらどうなんだよ!」
 当のバーニィは腕を組み、じっとアッシュの咆哮を聞き流していた。いや、聞き流せるはずはない。ただじっと、アッシュの怒りを受け止めることしか、今の彼に出来ることがない。ただそれだけだ。
「おいバーニィ、聞いてんのか!」
 ついにアッシュはバーニィの胸ぐらを掴みかかる・・・その腕を、別の手が止めた。
「いい加減にしなさい、アッシュ。あなたはルピカを取り戻そうとして蜂の巣になるのが正しかったと、本気で思ってる?」
 自分の腕を掴み説教する女性・・・ESの顔を睨みつけるアッシュ。尊敬する先輩に対する態度とはとても思えないが、今のアッシュに自分の立場を考える余裕などあろうはずはなかった。捕まれた手を強引に払いのけ、アッシュはふてくされながら腕を組み、音を立て自分の席に座り直す。その態度に、ESはただ溜息を漏らすことしかできなかった。
 判っていた。アッシュにもESの言うとおり、あの場では撤退する以外に選択肢が無かったことなど、理解はしていた。しかしそれはルピカを置いて逃げたという事実も伴い、その事実がアッシュに憤りを覚えさせ、ぶつけどころのないその憤りを当たり散らすことしかできない、そしてそんなふがいない自分にまた憤りを覚える。
 アッシュの憤りはルピカを置いて逃げた事実だけではない。もう一つの事実、あの場に突然軍が現れルピカを連れて行ったこと。軍が、そしてそれを率いていたレオ・グラハートと名乗る隻眼の男が彼女を連れて行く理由がわからない。元々難しいことを考えるのが苦手なアッシュにとって、その事実と謎は彼を大いに憤慨させるに充分だった。
「・・・バーニィ、どういう事か説明してくれる?」
 そしてなにも、憤慨しているのはアッシュだけではなかった。彼を止めたESが、彼に代わってバーニィに尋ねる。ルピカを置いて帰ってきたことは仕方のないことと割り切ってはいるが、軍やレオの「偽物」がルピカを拉致する理由がわからない。おそらくこの場にいる中では一番事情に詳しいのがバーニィ。故にESはバーニィを問い詰めた。
 問い詰められたバーニィが周囲を見渡す。視界にはアッシュやES、そしてZER0やM達、そして協力者であるノルや総督の秘書であるアイリーンも視界に入る。一度大きく息を吸い、それを吐き出し、バーニィは意を決して口を開く。
「兄弟、俺達でルピカを救出した時のこと、覚えてるよな?」
「ん? ああ・・・もちろん」

 突然話を振られ戸惑うZER0だったが、忘れるはずもない思い出に、ZER0は頷いた。
「旅行代理店からの依頼で、パイオニア2よ先にラグオルへ降り立った小型船が爆破事故に巻き込まれたから探してきてくれ・・・ってうさんくさい依頼だったな。結果俺とバーニィがルピカを発見してお前が連れて戻った・・・って奴だ」
 この依頼は元々ZER0が単独で受けた依頼であり、ルピカは当然バーニィとも初めて接触した事件だった。それをZER0が忘れるはずはない。バーニィはZER0の言葉に軽く頷き、その「裏側」を初めて補足し始める。
「俺はルピカをゾークさんのところへ連れて行き、ゾークさんはハンターズへ依頼を出した「政府筋」の人間と交渉して、ルピカをある条件の下で自由にする約束を取り付けた。そこまでは知ってたよな?」
「・・・いいや、少なくとも交渉あたりの下りは初耳だぞ」

 そうだったか? とバーニィはとぼけながら苦笑いを浮かべる。
「まあなんだ・・・俺はてっきり、シノやアイリーンさんから聞いていると思ってたよ」
「え?」

 ZER0はもちろん、ESやその他シノをのぞく全員も、一斉に視線がアイリーンに向けられた。シノは元々ゾークの側にいた女性だ。彼女がバーニィと同等の「事情」を知っていてもおかしくはない。しかしそこにアイリーンの名前が出てくるのは予想外。驚くのも無理はないだろう。
「・・・すみません、一応府外秘ですので私から話すわけには・・・」
 恐縮しているアイリーンを見て、これ以上の追求をZER0達は行わなかった。シノに対してもそうだが、ZER0やESは必要以上のことをシノやアイリーンから聞き出すようなことはしなかった。もし必要なら本人の方から語ってくれるだろうし、どうしても必要な時が来たらその時に聞き出せばいい。それが彼らが保つハンターズとしてのスタンスだった。だからこそバーニィはもう聞いているだろうと思っていたことを彼らが知らなかったというすれ違いが生じてしまう。
「・・・なんだ、その、「政府筋」ってのがどこかはさておいてだな・・・」
 アイリーンが知っている、という時点でどこの「筋」だかはもうばれているも同然だ。既にZER0達の脳裏には「狸親父」の姿が浮かんでいる。そんな状況に苦笑しつつ、バーニィは頭を掻きながら言葉を続けた。
「ルピカに関する「条件」ってのは・・・監視だ。彼女自身をどうこうって言うより、彼女に近づこうとする者への警戒だな。あの娘をハンターズに入れたのも、近づく奴らへの牽制の意味もある。あとはまぁ、「ある政府筋」にとっても都合が良いってのもあるな」
 ハンターズは総督府管轄の組織だ。なるほど、確かに「ある政府筋」には都合が良い。
「・・・そこまでしてルピカを監視する理由は何だ。確かあの時は「さる高貴な血筋」とか言ってたな?」
 その言葉をそのまま鵜呑みにしていたわけではないが、これまでは深く追求する気のなかったZER0にはそれ以上の情報がない。ZER0にとって、そしてESや他仲間達にとっても今が追求すべき時。ZER0はバーニィにその追求を始めていた。
「俺もあの時は知らなかったんだが・・・なあ、あの時も聞いたと思ったが、お前は本当にパイオニア2から遊覧船が飛び立ったと思ってたか? いや、言い方を変えよう。本当に「パイオニア2からの船」だったと思うか?」
 当時のZER0は、依頼主が言う以上はそれを信じるのが筋だと言い返した。元々難しいことを・・・アッシュほどではないが・・・考えるのを苦手としていたZER0だが、ハンターズとして受けた依頼を不用意に疑うのを嫌っていたというのもある。もちろん初めからうさんくさい依頼だと思っていたし、だからこそ「探り」を入れるという意味で依頼を受けた方が良いとノルに勧められていたのもある。当時はバーニィに笑われたが。
 そんな思い出よりも、気になるのはバーニィの言い回しだ。
「状況から見て、パイオニア2「から」飛び出したと言うよりは、パイオニア2「へ」飛び出した船だった・・・って方がしっくりくるな。もっとも、これはMの受け売りだけど」
「え? え? それどういう意味ですか・・・」

 唯一アッシュだけが理解できていなかったが、それを確認も含め、バーニィが説明する。
「あの船は・・・ルピカを乗せていた船は、パイオニア2に向けて飛び立った船だ。つまりルピカは、元々パイオニア1の住人だったんだよ」
 その事実は、予測していたとはいえ衝撃的だった。何も知らなかったアッシュにとってはその衝撃は更に激しかっただろう。
 セントラルドームの爆破。ガル・ダ・バル島の事件。パイオニア1の生き残りは皆無というのが常識となりつつある中で、生き残りがいたというのは確かに衝撃的な事実だ。しかしその事実は、ルピカ救出時の謎と照らし合わせると説得力があるのも確か。パイオニア1の住人が全員消息を絶ったのはセントラルドームの爆破そのものというよりは、その爆破の根元・・・ダークファルスによる住人の取り込みが原因であり、セントラルドームを離れていったルピカがそれに巻き込まれずにすんだというのも、それなりに説明は付く。
 問題は、何故ルピカがわざわざ、それも状況から見て極秘にパイオニア2へ向かったのか。その真相だ。
「ルピカは軍部の人間・・・いや、もっと厳密に言うとパイオニア1ラボに・・・ああ、回りくどい言い方は無しだ」
 頭を掻きむしり、バーニィが喘ぐ。言い辛い真実があるのは確かだが、彼はルピカのことを考え出来る限り彼女の素性を語りたくはなかった。しかし事態が事態であり、下手に隠し事をすると後々ややこしい状況になるのは明白。意を決して、バーニィは膝の上にパンと手を置き、また口を開く。
「彼女はMOTHER計画によって生み出された、「エスパー」なんだよ」
 エスパーという言葉は聞き慣れない。しかしその前、MOTHER計画という単語は嫌というほど聞いてきた。
 MOTHER計画。事の起こりは母星コーラルに落ちた・・・ダークファルスによって届けられた隕石。そこに付着していたD因子の発見より始まった計画。ヒューマン,ニューマン,アンドロイドに続く第四の人類を誕生させるというのが大筋の計画であったが、計画の中心にいたオストとモンタギュー両博士と、彼らを取り巻く軍やラボは、各々に「欲望」を膨らませ、計画は枝分かれしていった。そしてその枝先々で、計画は歪み、あらゆる「もの」を生み出していった。その一つが「エスパー」であり、ルピカなのだとバーニィは言う。
「オスト博士はD因子,D細胞に犯された生物が、テクニックに似た技を使うことに着目していた。D因子が「テクニックの根元」と何らかの繋がりがあるんじゃないかってね」
 ハンターズが使うテクニックとは、ハンタースーツに内蔵してあるスロットにテクニックディスクと呼ばれる物を挿入することで使える、あくまで「科学技術」の一端だ。しかしテクニックそのもの自体については不明瞭な点が多く、諸説様々なことが語られていた。
 そんな説の中に、有力視されている物がある。それが「エスパー」の存在だ。
 エスパーはテクニックの元となる「マジック」を使いこなした者達で、太古の昔はコーラルにもいたという。テクニックはそのエスパーが使っていたマジックを科学の力で再現「出来た」技術なのだというのが、有力とされた説の内容。しかしエスパーの存在自体が「おとぎ話」にも似た、根拠に乏しいものでもあり、説として有力とされながら否定派も多数いた。そんなエスパーに、オスト博士が着目したのだとバーニィは語った。
「要するに、オストはルピカを使ってエスパーを作り出す実験をしていたってこと?」
「それって、人体実験って事じゃないか!」

 問いかけるESにバーニィが答えるよりも早く、アッシュが机を叩き立ち上がり、見えぬ何者かに抗議する。
 人体実験。その言葉で、ZER0は一つ思い当たった。ルピカを探し出す際、バーニィは探査装置を用いて彼女の中に埋め込まれた端末を探しだし発見した。人の身体に端末を埋め込むという「悪趣味」を二人して嘆いていたが、彼女がパイオニア1でどのような扱いだったかを考えれば・・・状況は納得できる。人の行いとして納得など出来はしないが。
 思えば、ルピカの言動は時として人を「道具」に例える癖があった。どうせ人は誰かの道具なんだ。そんな彼女の言葉にZER0は眉をひそめていたが・・・想像しか出来ないが、彼女の待遇がどのようなものだったか・・・集約された彼女の言葉は、とてもとても重い。
「・・・D因子を人体に取り入れ、装置無しでもテクニックが使える種族・・・「ネオ=ニューマン」と呼んでいたらしいが・・・ようするに人造エスパーだ。ルピカはそのネオ=ニューマン唯一の成功例だったらし・・・」
「成功例とか、なんでルピカをそんな風に言うんだよ!」

 我慢ならなかった。アッシュはルピカを、仲間を、人ごとのように語るバーニィが許せなかった。怒鳴り散らしつかみかかろうとするアッシュを、ESとZER0が引き留め、強引に座らせた。
「落ち着け! お前はバーニィが、薄情な男だと思っていっているのか!」
 今は感情で言葉を口に出す状況ではない。あくまで冷静に、淡々と事実を伝える必要がある。バーニィはそれを忠実に遂行しているまでだ。バーニィが現状を他人事と割り切るような冷淡な男ではない事くらい、アッシュにだって判っている。バーニィも辛いのだと、落ち着けば判る。しかし今のアッシュに、落ち着けという方が無理だ。感情が様々な判断を鈍らせ、怒鳴る相手を間違える。悔しくて、ただ悔しくて、本当は同じ悔しさを共有しているはずの仲間に、怒りをぶつけてしまう。怒りで心がどうにかなってしまいそうだ。強引にでも引き留めてくれる先輩達がいて、アッシュはどうにか自分という立場をこの場に縛り付けることが出来た。
「・・・ネオ=ニューマンの技術は平行して、フロウウェンさんの実験にも使われたらしい・・・このあたりは我らが「女狐」の推測なんだがね」
 落ち着いたところで話を続けるバーニィは、ラボの最高責任者から聞かされた推測を口にした。
「女狐が言うには、ルピカのテクニックはマジックに近いそうだ。なんでもテクニックでは再現できなかったマジック・・・「風」だとか「重力」だとかも使えるらしい。もっともこのあたりの力は身バレを防ぐために人前で使ったことはないらしいけど」
 風・・・アッシュには覚えがある。以前ルピカと二人っきりになった時、アッシュのピンチをルピカが一人で救ったことがある。その時ルピカが「何か」をしたことまでは覚えているが、気絶し掛かったアッシュは、ただ「風」を感じただけだった。今思えば、あの時ルピカがした「何か」は、彼女の全力・・・マジックを使っての救出だった。今更それにアッシュは気づき・・・そして自分の秘密がバレるかもしれない危険を冒してまで救ってくれた彼女に感謝する一方、そんな彼女を自分は見捨てたのだという後悔が心を押しつぶす。
 バカヤロウ・・・天敵ルピカに悪態をつきながら、アッシュは強く強く拳を握ることしかできない自分に苛立っていた。
「そのマジックとやらを、軍が欲しがったというわけ?」
 ESの疑問に、バーニィではなくチームの参謀が口をはさむ。
「それもあるでしょうが、彼女自身を欲したと思われます。お話を伺う限り、ルピカさんはまさに機密情報そのもの。フロウウェンさんの件もそうですが、おそらくガル・ダ・バル島の制御塔にも関係してるかと」
「・・・ああ、それであの時、強引にルピカを制御塔のごたごたに関わらせようとしたのか。意味わかんなかったが、そーいう事か」

 Mの推測にZER0が口をはさんだ。彼の言う「ごたごた」とは、制御塔を巡るエリとカルスの一件。それは彼女たちだけの問題ではなく、様々な人々を引き込む一大事件となっていったが、その「様々な人」の中へ、ナターシャが強引にルピカを割り込ませたことがあった。何故彼女をとZER0はずっと疑問に思っていたが、その答えがこんなところで解決した。
 ZER0の言葉に黙って頷き、Mは自分の推測を続ける。
「バーニィさんの話が真実なら、彼女自身が・・・本人の自覚はともかく、ラグオルでのあらゆる事に繋がっています。そして私達の知らない「何か」へと繋がっていることも充分考えられます。今回の拉致事件はあまりにも強引で大胆な手口ですが、アイリーンさん達総督府の上空からの監視をジャミングで妨害するなど充分に計算された行動も伴っています。しかるに、軍が、WORKSが彼女を「次の段階」へと進めるのは、思っている以上に早いでしょう」
「だったら、すぐ助けに行かないと!」

 興奮したアッシュが抗議する。こんなところで議論している時間はないのだと。じっとしていることが辛いアッシュは、すぐにでもルピカ救出に向かいたかった。
「落ち着け、その為の作戦会議だろうが」
 この場はルピカの正体を暴く密談場ではない。彼女の身の上話は、あくまで彼女を救出するために必要な情報の、「些細な」一部でしかない。興味が無いといえば嘘だが、この場にいる者全員が思うこと、願うことは、彼女の無事な救出。その糸口を掴むために知るべき情報が彼女自身の話だっただけであり、その話が中心になっているわけではない。
「WORKSがルピカさんを連れて行くとなれば、隕石が落ちたとされる中心部。全てはそこに集約されていると考えるのが自然でしょう。しかしそこへたどり着く手段が現状では無いに等しく・・・」
「無いなら強引に作る。ま、いつもの事ね」

 不敵に微笑むチームリーダーが、参謀の意見を強引にまとめ上げる。極論を言えば確かにその通りだが、強引に突き進むにしても、その突破口を考えなければならない。
 参謀はリーダーの「決断」になれた様子で、その決断をより具体的にするため隕石が落ちた周囲の地図を慣れた手つきで端末を操作し表示させた。地図は電波妨害のためほとんどが霞んで正しく表示されていないが、大まかな位置でも指し示せるだけマシだろう。
「ここが「事件」の起きた場所です。そしておそらく、このあたりが隕石の落ちた場所と思われます。ルピカさんをさらったWORKSは、まっすぐここへ向かうと思われますが・・・このような言い方は失礼かとは思いますが・・・ルピカさんが「素直に」ついて行くとは考えにくいかと」
 ルピカの性格を良く知るもの達は、Mの言葉に大きく頷いた。
「おそらく「偽の」レオ・グラハートが説得成り脅し成り、彼女を説き伏せるのに時間を要していると考えられます。よってまっすぐ向かうにしても、それなりに時間を掛けているはずです」
「つまり、まだ間に合うってこと?」

 希望にすがりつくアッシュに、Mは大きく頷いた。
「しかし時間がないのも間違いないでしょう。またこちらの動向があちらに知られれば、手段はより強引になっていくはずです」
 時間はないが慎重に行わなければならない。歯がゆい現状に、しかめ面でZER0が頭をかき始める。
「ルートはハッキリしてるが、近づく手段がないしな・・・どーするよ」
 当然の意見が出されるのを待っていたように、MはZER0の愚痴を聞き入れつつ「作戦」の具体案を示していく。
「ここが、私達が無理矢理追い返された場所です。見てください、ルピカさんがさらわれた場所からは随分離れています。今でも警戒は続けているでしょうが、ルピカさんを連れて行く事を重視するなら、あの時よりは手薄になっているはずです」
 軍隊という組織はそれ相応の頭数がそろっているはず。しかしその数にも限界はある。どこかに人員を割けば、当然どこかが手薄になる。もしルピカ護送を重視するなら、ルピカとその周囲に人員が割られ、その護送ルートから外れた場所が手薄になるのは安易に想像できる。
「ここか、あるいはその周囲より潜入し、中央部分へ向かうのがもっとも救出成功率が高い手段かと。高いとは言ってもその確率はきわめて低いはずですが、別ルートを探す時間はありませんし、現状執れる手段はこれだけかと思われます」
 その上で、Mはさらなる作戦を練り上げそれを伝える。
「まずは私達で潜入方法を探りながら現地へとおもむき、アイリーンさんやノルさんはそれぞれの「職場」で上空より監視を続けてください。アッシュさんとバーニィさんはまずは待機をお願いします」
「ちょっ、待ってよ。俺も行くって!」

 当然自分は救出へ向かうものだと思っていたアッシュが、Mの作戦に異論を唱える。それを当然湧き上がるものと予測していたMは、アッシュを納得される言葉を紡ぎ出す。
「今回の作戦は、突入方法を割り出すところから始まります。現地で探している私達より離れた場所に進入ルートがあると上空などから割り出された場合、すぐそちらへ向かえる人達を確保したいのです。また私達が進入路を確保したとしても、その時WORKSの介入は当然あり得ます。その場合私達が囮になりアッシュさん達が直接中央部へと駆けつけられるようにしておきたいのです」
 つまりアッシュ達は補欠などではなく、あくまで部隊を二つに割った結果なのだと説き伏せた。具体的な作戦の制度はアッシュに理解できないが、自分がのけ者にされたわけではないということは理解したのか、食い下がった。
「その作戦に異論はないが・・・」
 しかしアッシュとは異なる理由で、バーニィがMの作戦に疑問をはさむ。
「俺とアッシュだけか? いくら何でも二人はきついぜ」
 その疑問も折り込み積みなのか、Mは笑顔ですぐさま切り返した。
「大丈夫です。私に心強い「助力者」の心当たりがあります。彼女たちなら、喜んでバーニィさん達に力を貸してくれるでしょう」

「・・・なあ、バーニィ」
 作戦が開始され、ES達はラグオルへと降り立ちアイリーンとノルは各々の職場へと戻っていった。残されたアッシュは、同じく残されたバーニィに声を掛ける。それは作戦が始まって小一時間は経過した時だった。
「ん?」
 小さな呼びかけに、バーニィも小さく言葉を返す。じっとすることに耐えられなくなったアッシュの愚痴が始まるのだろうと、バーニィは聞き流す姿勢を整えようとしていた。
「さっきは・・・ゴメン」
 しかしアッシュの口から出た言葉は、いつもの愚痴とはほど遠い、それもアッシュの口からは滅多に出ることのない謝罪という言葉だった。
 考えてみれば、いつものアッシュなら作戦が始まり一分も経たずに愚痴が始まっていただろう。そんなアッシュが一時間近くも黙り込み、さらには謝罪の言葉を口にするなど・・・今回の事件、ルピカ誘拐が、彼の中でいかに大きく重くのしかかっていたのかが伺える。
「いや、気にするな」
 らしくない言葉に、バーニィの方が戸惑う。そして彼の方がアッシュのように落ち着きが無くなってしまう。
「にしても、助っ人とやらは遅いな・・・」
 その場の雰囲気に耐えられなくなったバーニィが、アッシュに代わって愚痴をこぼす。が、アッシュからは何の反応も無い。
 参ったな。それがバーニィの率直な感想。当然彼もルピカのことを心配しており、今すぐにでも駆けつけたい気持ちでいっぱいだ。しかしそこをこらえて冷静に対処する必要があり、今バーニィはそれを実行している状態だ。普段ならこらえられないアッシュをなだめることで自分をも落ち着かせていたバーニィであったが、あれから一変して落ち込んでいるアッシュ、普段通りでない状況におかしな空気が場を支配してしまい、いつも以上にバーニィが落ち着かなくなっていく。
 一方でアッシュは、驚くほど冷静だった。冷静と言うよりは、悔しさが彼を押しつけていると言える。
 囲まれた時、ルピカを連れて行かれた時、戻って報告する時、作戦を立てる時、作戦を実行している今、結局は自分で何もしていない。ただ騒ぎ立てるだけの自分。無力感が心中に去来し覆い被さっている。
 盾役。本人の意図や意志は別にして、アッシュの立ち回りは天敵ルピカの盾役だった。なのに、それなのに、自分はルピカを守れなかった。その悔しさ、無力感。もう、彼に騒ぐほどの気力も残ってはいなかった。そんな中で、自分が出来ること、しなければ行けないこと。それが一言、バーニィへの謝罪だった。ただ、それだけだった。
「すみません、遅くなってしまって・・・」
 突然駆けられる声。気付くと、一人の少女と一人のアンドロイドが目の前にいた。
「あっ・・・」
 驚きと、そして見知った顔を目にした安堵感が、アッシュの声を詰まらせた。
「事情はお伺いしました。大変ですが、私もがんばりますから、絶対にルピカちゃんを助けましょう!」
 アッシュの手を取り、少女が決意を口にする。その少女はアッシュが「守るべき人」と認識していた、新米ハンター。その彼女が、とても頼もしい言葉を口にしていることが、まだアッシュの中で整理できていなかった。
「そうか、Mさんの頼んだ助っ人って君達か。よろしく頼むぜ」
「はいっ! 任せてください」

 バーニィの呼びかけに、少女・・・マァサは大きく頷いた。

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