novel

No.2 郷愁〜Nostalgia in Solitude〜(後編)

 頂点に立つ。人は誰でも、頂点に憧れる。
 その頂点は何らかの成績であったり、あるいは感情の高ぶりであるかもしれない。もっと解りやすく、物理的な頂点・・・山岳の頂上というものに憧れる人もいるだろう。
 そして最も憧れる頂点。それは立場の頂点。
 ここに憧れる人は多く、そしてその為にはいかなる手段も辞さないとする者はうんざりする程多数存在している。
 立場的頂点に立てば、足下にひれ伏す者達を自由自在に操れる。そう思われがちだ。いや、思われがちなど考えもせず、事実そう思い行動する愚か者のなんと多いことか。実に嘆かわしい。
 だが忘れてはならない。上に立つ者には、それ相応の責任がついて回ると言うことを。責任を忘れ、権力を誇示するばかりの愚王は、いつしか相応の報いを受けることになる。
 総督室。今ここにいる男、コリン・タイレルは立場的頂点の一角を担っている。彼は総督という地位に席を置く政治家。そして自分の果たすべき責任を実感し行動を起こせる数少ない人物。
 その彼は、数々ある責任の一端に頭を悩ませていた。
 惑星ラグオルへの隕石落下。その原因と思われる謎の光源。この問題に対し、彼は責任を果たすべくすぐさまハンターズ派遣を決定し向かわせた。だが、そのハンターズは何の成果も上げられずに帰還することとなった。
 自分の指示よりも早く動いていた軍部によって。
 軍部も総督の傘下にある組織。本来は彼の指示によって動く組織。
 だが、それは表向きの関係に過ぎない。
 実際に軍部の実権を握る者、軍部の頂点は総督の物ではなかった。
「失礼します、タイレル総督」
 一人の男が、総督室に足を踏み入れた。書面に向けられていたタイレルの視線は、入室してきた男へと向けられた。
「・・・ドル・グリセン殿。早速だが、説明を頼みたい」
 声色は上にも下にも、トーンが変わっているわけではなく平坦な物だった。
 だがその声に込められている感情は、激昂。
 タイレルは長い政治家人生の中で、感情を表に出さない術を多く学んだ。感情を極力出さず、効果的な時に効果的な感情を見せることが、政治に、いや数多の人々と接する上で重要だと言うことを彼は身に染みる程に学んでいたから。
 野心渦巻く政界の中で、自ら信じる正義を貫く為にはそれが重要だった。
「その前に、お茶を一杯頂けませんかな。いえ、総督程ではありませんが、私もここ最近激務が続いていましてな・・・ああ、ありがとうアイリーンさん。いやはや、総督が羨ましい。私も彼女のように美しく有能な秘書が欲しいものですよ」
 声色は必要以上にトーンが上下する。
 だがその声に込められている感情は、冷淡。
 ドル・グリセンは長い政治人生の中で、偽りの感情を表に出す術を学んだ。感情を極力出し、効果的な感情を相手から引き出すことが、政治に、いや数多の人々と接する上で重要だと言うことを彼は身に染みる程に学んでいたから。
 野心渦巻く政界の中で、自ら抱く野望を貫くにはそれが重要だった。
 ドル・グリセンという男。彼はタイレル総督が、そしてラボチーフであるナターシャ・ミラローズが最も警戒している男。
 彼は醜悪な野望を抱いている。それはタイレルもナターシャも承知していた。しかししたたかな男グリセンは、それをけして表に出すことはなく、水面下で事を進めていった。その先端を捉えることはあっても、明確にグリセンへと繋がる糸口は掴めない。
 だが、グリセンが絡んでいると匂わせる物は残していた。
 それはグリセンが隠し切れていなかったわけではない。僅かな痕跡だけを残すことで、グリセンという男が如何に危険であり、そして力があるかを知らしめるため。
 表立って問題を起こしているわけではないグリセンを誰も止められず、しかし裏で怪しく動くグリセンに畏怖し誰もが警戒する。それはグリセンをより自身の思惑通りに動く潤滑油となっていく。
 コリン・タイレルが最も恐れ、そして信じる正義を阻む強固な壁となる男、ドル・グリセン。その男が今、彼の目の前にいる。
 彼の部下、という立場で。
 ソファに腰を下ろしアイリーンより渡されたコーヒーに口を付けるグリセン。彼はわざとらしく一息吐きカップをテーブルの上に置くと、少し間をとる。
 一つ一つが鼻につく。一つ一つの動作が、相手を焦らし苛立たせるに適切だ。がしかし、咎める程でもなく、だからこそ尚更苛立つ。
 これが奴の、ドル・グリセンのやり口だ。マイペースを装い、相手の感情をむき出しにさせることで冷静さを奪う。そして自身を優位な立場へと持っていくやり口。それを熟知しているタイレルは、じっと彼が口を開くのを待っていた。
「さて・・・総督がお呼びした用件はなんでしたかな? ああ、そうそう。軍部のことについてでしたな。いやいや、忘れていたわけではないのですが、私も今回の事件のことであれやこれやと忙しかったものですから、つい・・・」
 なんと憎らしい態度か! 表情を変えぬ総督に代わり、まだ鍛錬の足りない秘書が顔を赤らめ始めた。
 秘書も、むろん総督も、既に煮え湯を飲まされている。相手はこの男、ドル・グリセン。それを既に理解しているからこそ、わざとらしいグリセンの態度にアイリーンが腹を立てるのも仕方なしと言わざるをえない。
 今回の事件で軍が作戦区域を指定しハンターズを退けた行為。これは軍の独断ではなく、総督府の許可があってのことだった。しかし、こんな命令をタイレル総督は出してもいなければ許可もしていない。だが間違いなく総督府から軍の作戦許可は下されている。
 一人の男が総督府の名の下で許可を下していたから。
「総督、あなたはハンターズに頼りすぎる」
 許可を下した男ドル・グリセンは、自身が下した許可理由を説明するのに、まずは総督への批判から始めた。
「彼らは確かに優秀です。先のセントラルドーム爆破事件も、ガル・ダ・バル島の事も、ハンターズ無くして解決はなかったでしょう。それは私も認めております。ええ、本当に優秀な方々ですよ」
 口火を切った言葉とは裏腹に、一応に言葉ではハンターズの成果を褒めている。だが、それは結果を口にしているだけで心の奥底から感じた言葉とは思えない。
「しかし困ったことに・・・そんな彼らの活躍を認めない、面白くないと不平を漏らす者達がいましてね・・・ええ、ご存じだと思いますが、軍部の者達でして・・・」
 声のトーンを落とし、自分もさぞ困っていると言いたげな物言い。だがむしろ、これを好機と捉えているだろう事は、タイレルの目には明らかだった。むしろまだ鍛錬の足りぬ秘書の目からでも明白。
 だがそれで良い。グリセンは別段隠すつもりなど無いのだから。
「隕石落下を確認した直後、彼らは許可無くラグオルに降下しておりまして・・・事後承諾という形で、私に直接正式な許可が欲しいと打診されました」
 事後承諾。つまり、「まず軍の独断ありき」だとグリセンは主張している。さて、それは真だろうか?
 この判断は難しい。軍の独断という線も、グリセンの指示という線も、どちらもあり得る話だから。ただどちらにせよ、グリセンは軍部との間に強いパイプを持っているのは確か。これはグリセンの政府高官という立場を考えれば不思議な話ではなく、むしろ総督を始め総督府内では知られていることだが。
「本来なら総督に意見を伺わねばならぬ所ですが、既に降下し作戦を展開しているとのことでしたので・・・ひとまず私の方から許可致しました」
 結局はグリセンの独断も加わる形。だが彼はあくまで、状況から判断しての独断だと申し開いている。そして更に、グリセンは独断した経緯を付け加えていく。
「総督、軍部は今ハンターズへの不満で荒れております。そこに来て今回の事件。彼らは是が非でもハンターズより先に手柄を得たいと躍起になっています。特に軍部はプライドの高い者が多く、これまでハンターズに良いところを全て持って行かれ、自分達の立場は何なのだと怒り心頭。この状況では、彼らが先走るのも無理からぬところでしょう」
 元々パイオニア2は移民者の郵送が目的の船団であり、先行していたパイオニア1と合流するのが目的だった。その為軍部の人間が多く乗船していたパイオニア1とのバランスもあり、パイオニア2には軍部の人間はさほど多くは乗船していなかった。その事もあり、本来は軍部が率先して行わなければならない事件などもハンターズが主体となって解決してきた。これは全体を見れば当然の采配と言えるが、軍部の人間は自分達の立場がないと不平不満を漏らしていた。
 そんな折りに起きた事件。今度ばかりはと躍起になる彼らの心情は理解できる。先走った行動を認めるわけにはいかないが。
「ここでまたハンターズに頼れば・・・実のところ、私も彼らに頼った方が効率が良いとは思います。しかしですね、総督。またハンターズに頼れば、軍部の者達がどう出るか・・・最悪、クーデターを起こすという愚行に出るやも・・・いえね、これがあながち冗談にもならなくなりましてね」
 囁くように声をしぼめ、グリセンは続けた。
「どうやら、レオ・グラハートが軍部に復帰したらしいんです」
 これには流石の総督も、僅かに眉を動かした。
 レオ・グラハートのことは総督もよく知っている。彼の過去も、そして今も。過去はともかく、今は総督にとって互いに手を握り合う関係にいる・・・いたはず。だが急に連絡が途絶え、どうしたことかと不審に思っていたところにグリセンの報告。これが事実なら・・・タイレルはレオの真偽が全く掴めなかった。
「今回軍部が迅速に動けたのも、レオ・グラハートの指示によるところが大きいようです。そうとなれば、ヘタに総督に許可を取ってから・・・などと悠長なことを言えませんでした。待てと言われて待つ者達ではありませんからね。ならばまずは許可を出し、それから彼らを監視した方が得策かと・・・」
 つまり、今後の事態を考えての独断だったとグリセンは主張している。
 筋は通っている。正しかったかどうかは別として。タイレルは深く溜息を一つ吐き、総督としての言葉を述べる。
「貴公の話は判った」
 これ以上何も言えなかった。
 グリセンが何を企んでいるのかは見えない。表上の事だけで判断するなら独断について咎めるべきだろうが、状況からしてグリセンの判断は間違っていたとは言えない。
 確かに、軍部の不満はハンターズに、しいては彼らに頼る総督に向けられていた。グリセンが言うように、何度もハンターズに頼れば彼らの怒りが爆発してもおかしくはないだろう。それを防ぐためにも、今回は軍部に全て一任するのは得策だ。確かにそうなのだが・・・見えない何かに引っかかりを覚えるのもまた事実だった。
「ありがとうございます。いやぁ、総督が理解ある方で助かります」
 口元をつり上げるグリセン。その笑みが意味することがなんなのか。それは本人にしか解らないこと。
「今度はハンターズに不満の声が上がるでしょうが、そこは総督にお任せします・・・ああ、それとハンターズには、今回の件について首を突っ込まないように申し渡しておいた方が良いかと。先ほども申し上げました通り、どうもレオ・グラハートが絡んでるようですから・・・彼が何を企んでいるか解りませんが、今ヘタに軍部を刺激するのは得策ではないでしょうから」
 グリセンの警告は、ハンターズに向けられてなどいない。
 これは、総督への警告だ。
「なに、今回の事件はただの隕石落下。謎の光源や新たに発見された施設など、気になることも多いですが・・・それはまた別の機会にでもラボを通じて調べられるでしょう。特に気になさることはないと思います」
 事を軽視した発言。しかし発言者も聴衆も、今回の事件がそんな簡単なものでないことぐらいは察している。
 軍部の動きがグリセンと何処まで繋がっているのか。レオの失踪と軍部復帰が意味することと、その事柄にグリセンが関わっているのか否か。そしてなにより、わざわざレオのことをグリセンから警告する真意。あまりに深い腹の底は、政治家として卓越したタイレルでも探りきれなかった。
「ご苦労だった、グリセン君・・・ああ、私からも一言良いかね?」
 席を立ちかけた表面上の部下に、総督は声をかける。
「君も知っているだろうが・・・ハンターズはどうにも「やんちゃ」なのが多くてね。君の警告はありがたいが、彼らが何処まで聞き届けてくれるやら・・・私からの通達を無視する輩も出てくるだろう。作戦区域に入らない限り、あの熱帯地区への降下まで禁止するわけにもいかんからな。君の方から、監視の目は充分光らせておくようにと、軍部の者達に伝えてはくれないか?」
 タイレルの警告は、軍部に向けられてなどいない。
 これは、グリセンへの警告だ。
「・・・ええ、伝えておきましょう。しかし困ったものですな。作戦区域に入れば、総督府ではなく軍部による軍事裁判に掛けられることを知らないわけではないでしょうに。そうなったら、我々総督府がハンターズ個人個人を保護できなくなるというのに」
 警告を警告で切り返し、グリセンは一礼し部屋を出た。
 それを見届け、タイレルは深く息を吐き椅子の背に大きくもたれかかった。
「・・・まるで狸と狐の化かし合いですね」
 腹のさぐり合い。秘書が思わず第三者としてぽろりと言葉を漏らした。
「ふむ・・・すると私は狐の方かね、アイリーン」
 ぽってりした腹をさすりながら、恰幅の良い狐が聞き返した。
 軽い笑いが部屋に響く。だが、まだまだ場の空気は重く冷たかった。

「ええそうでしょうとも。私達は「やんちゃ」ですからねぇ」
 狸と狐のやりとり。その報告を直接現場にいた女性から聞き、ESは苦笑した。
「覚悟はしていたが・・・キッツイなぁ今回の仕事は。完全に総督府の後ろ盾は期待できないって事か」
 既に「やんちゃ」を決め込んでいたZER0であったが、しかしその覚悟とは裏腹に溜息をついた。
 やんちゃなハンターズによる作戦区域への無断侵入。タイレルは遠回しに、それをESやZER0達に言い渡したも同然だった。
 本来なら、この手の仕事は諜報部員の仕事だ。総督府にも諜報部員を揃えた調査部隊が存在している。しかし彼らはあくまで総督府の諜報部員。タイレル個人が雇った諜報部員ではない。総督府に席を置くドル・グリセンの目が行き届く総督府の人員を動かすわけにはいかなかった。
 となれば、タイレルは「勝手にやんちゃなことをしでかすハンターズ」に期待するしかない。これが現状だ。
「ま、別に「後ろ盾無し」も「無断侵入」も初めてって訳じゃないから、そこはなーんにも問題ないけどね」
 ちろりと舌を出しながら、ESが「やんちゃぶり」を見せた。
 そもそも、ハンターズの仕事は内容の大小にかかわらず後ろ盾などない方が当たり前。依頼人が個人の場合は当然として、大きな組織からの依頼は極秘裏に依頼を遂行することが前提になることが多く、やはり後ろ盾など期待できる依頼は少ない。セントラルドーム爆破事件やガル・ダ・バル島の事件のような、組織による後ろ盾がしっかりした依頼の方が希なのである。
 引っかかりを覚えるとすれば、無断侵入という危険な行為。ZER0が後ろ盾の事を口にしたのは、侵入時に発見され捕捉された場合の保証を意味していた。
 しかしこれについても、多少眉間に皺を寄せる事はあっても珍しいことではない。現にESは自ら言うように、軍部の作戦区域に無断侵入し、あまつさえ軍部の者と一戦交えもした。
 あの、ELENOR・・・MOTHER計画に絡む事件での事だ。
(そういえば・・・あの時も相手はWORKSだったわね・・・)
 モンタギュー博士によるMOTHER計画。その計画が一向に進まないことへ業を煮やした一部の軍人・・・WORKS幹部のサコンを中心とした一派が起こした騒動。その発端となったアンドロイド、ウルトの失踪を探るのに、ESはモンタギュー博士と彼の娘エルノアと共に軍部の作戦区域内に足を踏み入れた事があった。
 奇しくも、今回の騒動もWORKSが絡んでいる。しかも味方だと信じていたレオが指揮を執るという形で。
 何か因縁めいたものを感じずにはいられない。ESの背に得も知れぬ悪寒が走る。
「結構気軽に引き受ける流れになってるが・・・まぁいいか」
 ZER0の苦笑いが、潜入決定の印となった。
 危険度を考えれば、躊躇しても良い状況。躊躇しなくとももう少し慎重になるべき所だろう。だが、四人の決意はアイリーンからの報告を受けるまでもなく決まっていた。
 レオ・グラハートのWORKS復帰。DOMINOの失踪。そしてカレンを名乗るマーヴェルの豹変。軍に絡む人々が皆、異常な事態に陥っている。それをただ指くわえて見守るような四人ではなかった。
「で、問題はどうやって侵入して、何をするかって事だが・・・」
 謎を解き明かしたい。その方向性だけは決まっている。しかし何をどうすれば謎を解き明かすことが出来るのか。そこがまだ何も解らず決まっていない。
「まずは謎の施設について調べることが先決かと」
 参謀役のMが、具体的な作戦を提示し始める。
「新たに発見された熱帯地区の施設について、私達はその規模から用途目的から、知らないことが多すぎます。軍部が何を企てているかを知る上でも、そしてその企てを阻止することになると仮定するなら、戦場となる「敵地」を知る必要があると思います」
 敵を知り、己を知らば、百戦危うしからず。Mは全ての根本となるであろう敵情視察を提案した。
「施設については、どこかにあると思われます施設端末を経由して探ることが出来ると思います。端末操作はシノさんにお願いできれば・・・」
 一同の視線が、シノに向けられる。当事者はゆっくりと首を縦に振った。
「はい。プログラムセキュリティ次第ですが、施設の規模程度の情報なら問題ないかと。プロテクトが掛けられるような情報は、いずれにせよ端末だけでは把握できないでしょうから」
 視線を向けた三人が大きく頷いた。
 これで当面の目的は決まった。後は端末から得た情報次第、というところか。
「問題は・・・どこに端末があるか、ね」
 何を探せばよいかは決まった。しかしその捜し物が何処にあるのか、その見当を付けなければならない。
「それなら・・・こちらである程度見当は付けられるかも」
 切り出したのは、意外にも報告役だったアイリーン。
「軍が封鎖した作戦区域も含め、ある程度はパイオニア2から空撮出来るわ。空撮だともちろん地下までは撮せないから施設の規模を把握することは難しいけれど、端末の位置くらいは解ると思う」
 後ろ盾はない。それが前提だった今回の依頼は、その前提をいきなり覆すところから始まりそうだ。
 今までは舞台が地下であったり密林の中であったりと、宇宙という上空から見下ろすにはあまりにも視界の行き届かない場所が多かった。しかし今回は岩と砂ばかりの亜熱帯乾燥地区。見通しはすこぶる良好のはずだ。
「助かるわ、アイリーン。早速調べてくれる? 私達は先に降りてるから」
 全てが決まった。後は実行あるのみ。
 アイリーンが部屋を出て行くのを見送った四人は、誰からともなくうなずき合い、そして立ち上がった。
 新たな謎に立ち向かうために。

 ES達が謎に挑み掛かろうとする少し前。三人のハンターズは「謎」を持ち込まれていた。
「このまま終わるのもシャクだしさ、受けてもいいんじゃねぇの?」
 その一人、アッシュが気軽に答えた。
「どっちでもいいけど? ただ行ったり来たりは面倒臭いのよねぇ」
 もう一人、ルピカは気のない返事を返す。
「んー・・・断る理由はないんだよなぁ・・・」
 最後の一人、バーニィがうなり声を上げている。
 突然の依頼中止命令。渋々ながら従った三人は、ラグオルから帰還していた。そんな三人へ、いや彼ら同様途中帰還を余儀なくされたハンターズ全員へ、「代わりに」と別の依頼が提示されていた。
 依頼主は軍部。作戦区域への立ち入りを禁止する代わりに、正式な依頼として「エネミー駆除」の依頼が提示されていた。
 人手の足りない軍部に代わり、作戦区域内の一角に湧くエネミーを駆除して欲しい。これが依頼内容だった。
 特に問題ない依頼内容に思える。少なくとも、同様の依頼はこれまでに幾度も、ハンターズに申し込まれていた。
 だが・・・バーニィは引っかかりを感じていた。
 自分達を入るなと追い出しておいて、今度は是非来てくださいと招くのか? どうにも、納得がいかない。
 しかし、これも考えればあり得る話だとも思える。自由に区域内を荒らされるのは困るが、指定箇所の駆除だけならむしろ歓迎したい。人手不足という理由からも、これは納得できる理由だ。
 辺りを見回すバーニィ。視界に入るのは、アッシュ同様新たに提示された依頼に乗り気な者や、自分同様に胡散臭さを感じ片眉をつり上げる者など、様々なハンター達の表情が見て取れた。
「なあ、行こうぜバーニィ。どうせ予定も何もねぇんだからさ」
 決めかねているバーニィを、仲間がせき立てる。アッシュにしてみれば、不完全燃焼に終わったままでは落ち着かないのだろう。まあ、常に落ち着かない男ではあるが。
「そうだなぁ・・・ルピカ、君はどうなんだ?」
 自分と同じく、まだ決めかねているルピカに矛先をふる。
 この時バーニィは少なからず、依頼を受けない方へと心が傾いていた。だからルピカに話を振っていた。
 しかし、結果は彼の思惑とは異なった。
「いいんじゃないの? 面倒だけど、このまま終わるのも面白くないし」
 何事も積極性に欠けるルピカが、まさか賛成に回るとは。それも「天敵」アッシュの意見に、である。言葉はやはりどこかけだるさややる気の無さが残るものの、バーニィの予想外であったことに代わりはない。
「んー・・・なら行くか。じゃ、受付で正式に依頼を受けてくるわ」
 まだ引っ掛かるものを感じるバーニィだが、断る理由はない。彼は素直に受付へと向かった。
(嫌な予感ってのは、当たって欲しくないんだが・・・)
 そもそも、どんな「嫌な予感」なのかも解らない。漠然とした嫌悪感だけが、バーニィの心を鷲掴み締め付けていた。

 アイリーンから得た情報は、とても有意義だった。
 まず一つ、今ES達が向かっている端末の在処。軍がバリゲートで囲った作戦区域にももちろん複数点在しているが、区域外にもいくつか点在していることが明らかになった。その内の一つに、ES達は向かっていた。
 そして二つ目、作戦区域の規模と門番の数。隕石によって出来上がったクレーターを中心に、かなり広範囲にわたって陣取っているらしい。そして東西南北どの方向からも侵入者が「安易に」入り込めない程度には門と門番を設けている。だがその人員と設置箇所は多いとは言い難いらしく、いくつか侵入ルートを見つけられそうだとアイリーンは伝えてきた。今彼女はそのルートを検討中とのこと。
 三つ目・・・これはありがたくない情報だが・・・肝心のクレーターはジャミングが入り上手く空撮出来ないらしい。だからこそハンターズに直接クレーターにまで出向いて調査して欲しいというのもあったらしいのだが、アイリーンの話では、上空から見る限りクレーターの中心はそのまま施設の中心でもあるらしく、中央に近づくにつれ人工建設物が目に付きやすくなっている。また軍の物と思われる大型車両も発見したとのこと。車種まで特定できなかったが、軍用車両と言うよりは建設用車両のようだったとのことだが・・・落下した隕石でも掘り出すつもりなのだろうか? とはアイリーンの意見。
 区域内のことは後で考えるとして、まずは端末から情報を得ること。四人は最初の一歩となる情報収集に取りかかっている。
 だが最初の一歩を踏み出すにも、四人にとって難しくなるとは。
「うふふ・・・来るとは思っていたけど、ちょっと遅かったわね」
 四人に立ち塞がる障害。それは、一人の女性だった。
 その女性はESによく似ていた。むしろ瓜二つ。髪の毛の色と長さ、そして胸の大きさと着ているハンタースーツ、この四点だけが異なっている。
「スゥ・・・」
 口にした女性の名。その女性に似たESは複雑な表情と心情を隠せなかった。
 ESにとっては母親、あるいは双子、科学的に言ってしまうとクローン素。親子のような血の繋がりは無いが、それ以上に近親的な存在。それが目の前の女性。
 そしてつい先日、絶縁を告げられた相手。
「あなた達が欲しいのは、この端末から得られるここの施設に関する情報・・・そうでしょ?」
 軽く端末を手で叩きながら、スゥは四人を見渡した。
 一人だけは視線を反らしがちであったが。
「でも・・・あまり多くを知られちゃうと困るのよね。「私達」ブラックペーパーにとって都合の悪い情報もあるのよ」
 ブラックペーパー。その名がスゥから告げられると、四人は、特にESは顔を強張らせた。
 スゥは元ブラックペーパーの諜報員にして戦闘員・・・だった。彼女はブラックペーパーから抜け出していた。少なくとも知り合った時のスゥはそうだった。しかし彼女はブラックペーパーに復帰した。ESにとって妹のような存在で、自身と同じようにして世に生み出されたTSの為に。
 そしてその事が、ESとの絶縁を意味した。何故ならば、ESにとってブラックペーパーは憎むべき敵なのだから。
「・・・その情報は抜き出した後、もう削除させて貰ったわ。残ったデータは好きになさい」
 小型の記憶媒体を指でつまみそれを見せながら、スゥは微笑んだ。
 いや、微笑もうとした、と言うべきだろう。僅かに顔が引きつった。
 絶縁はESにとって大きな傷心であったが、それはスゥにとっても同じだった。遠くからESを見守っていたスゥにとって、直接絶縁を告げた時は胸が張り裂けそうな程に心を痛めている。
 だがそれでも、彼女はブラックペーパーに戻る必要があった。
 例え娘と刃を交えることになろうとも。
「もちろん、データは好きにさせて貰うわ。端末のも・・・そして、そのデータもね」
 ESは真っ赤な刃を両手に一振りずつ握りしめ、構えた。
 リーダーの態度に、ZER0やMは一瞬戸惑った。確かに、このまま見逃すのはあまりに愚行。彼女が単なる工作員なら、すぐにでも斬りかかれるだろう。
 だが相手はスゥなのだ。ESほど深い繋がりはないが、ZER0もMも、彼女とは共闘したり助けられたりと親交を深めていた。その相手に、刃を向けるのに躊躇いがあって当然。
 ではESに躊躇いはないのか? むろんそんなことはない。
 彼女を動かしているのは、リーダーとしての責任。そして自分への戒め。
 彼女は敵なのだ。認めたくなくとも。ならば今この瞬間から、気持ちを切り替えなければ。非情であっても、必要ならば鬼にでもなる。それを自分に言い聞かせるために、彼女は構えた。
 構えてしまえば、もう後戻りは出来ないから。鉛のように重い腕を動かすのに、彼女の心はどれほどの悲鳴を上げたのだろうか。
 それをZER0もMも、そしてシノも、察せぬ程愚かではない。すぐさま三人もスゥに対し構えて見せた。血涙をしぼるようなリーダーの決意に報いるために。
「・・・なるほどね。覚悟が足りないのは私の方か・・・」
 ぽつりと、スゥが漏らす。誰でもなく、自分に言い聞かせるように。
 相手は四人。しかも手練れのハンターズ。本来なら、すぐにでも逃げるのが得策だっただろう。だがスゥは、ES達の接近を知りながらあえて場に残った。
 何故残ったのだろうか? 今思えば、これは愚行だ。ブラックペーパーとしても、ESの血縁者としても。
 立場を違えてからの初対面。それを果たしたかったのか? おそらくそれだろう。スゥもまた、どこかで覚悟を決めたかったのだ。
 敵対する環境での対面。これを果たせば、否応もなく自分達の置かれた立場を自分に言い聞かせることが出来る。スゥは自ら選んだ道を再認識したかったのだ。
 娘に刃を向ける。決めたこととはいえ、本当に出来るのか? 答えは娘の方から出された。
 まだ私は甘い。スゥは心中で頭を振った。
「・・・分が悪いわね。いいわ、私の負けよ。このデータも譲ってあげる」
 娘の覚悟を受け入れ、必要以上に声を張りスゥは小さな記憶媒体を四人に向け放り投げた。
 あまりにも小さなそれを受け止めるためには、視線を完全に記憶媒体に集中しなければならなかった。四人の視線が集中し、リーダーがそれを受け取る。そして再び視線を上げた時には、スゥは遙か後方に退いていた。
「でも残念ね。本物はこっちなのよ」
 更に声を張り上げるスゥ。遠目でよく解らないが、彼女は何か小さい物を指でつまみこちらに見せていた。
 どうやらそれは、ESが受け取った記憶媒体と同じ物。むろん彼女の言うことが正しければ中身は違うのだろうが。
「じゃあね。今度会う時は・・・お手柔らかにね!」
 出来ることならば、再会は免れたい。いや、再会はしたいが・・・声を掛ける側も掛けられる側も、複雑だ。
「・・・シノ、端末から情報の吸い出しをお願い」
「・・・御心のままに」

 ESは短く、シノに命じた。背を向けながら。
 命じられたシノはもちろん、ZER0もMも、僅かに震える彼女の背を直視することは出来なかった。

 軍の依頼である掃討作戦は、数多のエネミーを相手にしなければならない。それは三人とも重々承知していた。
「にしてもよ、多すぎるぜ・・・」
 肩を上下に揺らしながら、若いハンターが一人ぼやいた。
「口動かす暇あったら、とっととやっつけてよね!」
 更に若いフォースの女子が、ハンターを一括する。しかし、内心は同意であった。
 ぼやきは彼の専売特許のようなものだが、彼でなくとも嫌という程に湧き続けるエネミーに、彼女もうんざりしていた。
「ちっ、せめてあのトカゲがいなけりゃな・・・」
 動きは遅いが怯まず向かってくる野豚の群れ。体力はないが一撃が鋭い新手のラッピー。これだけでもやっかいだが、銃弾を浴びると身を消してしまうオオトカゲはレンジャーにとって天敵に近い。若いハンターでなくともぼやきの一つくらい吐きたくもなる。
 敵が多数の場合、レンジャーであれば散弾銃のような一度に複数の敵を射撃できる銃を用いることが多い。しかしその「多数」の中に、銃弾を浴びせてはまずい敵が混じっている場合は例外となる。散弾銃は一度に複数を攻撃するが、一つ一つを狙うことは出来ない。自動的に照準を合わせる機能は付いているが、それは「敵か味方か」しか判別してくれない。
 姿を消されると近くにいるハンター、アッシュに迷惑が掛かる。一流のハンターなら、姿が消えてもレーダーや気配で位置を察しどうにか立ち回れるだろうが、それを腕を上げてきたとはいえアッシュに求めるのは酷。仕方なしに、レンジャーバーニィは機関銃を用いて個別撃破を行っている。
「まったく、性懲りもなくうじゃうじゃと・・・ええい、RAFOIE!」
 爆炎が敵の群れ中央から巻き起こる。レンジャーによる複数撃破が難しいこの状況で頼りになるのはフォースのテクニックであった。
 普段はテクニックを出し惜しみするルピカも、今回ばかりは育種ものテクニックを駆使していた。
 それだけ、余裕がなかった。
 覚悟していたとはいえ、あまりに敵が多い。今回は複数のハンターチームが同時に作戦を移行しているはずだが、チームの力量と配置された場所の難易度を軍が検討したとは思えない。それほどにアンバランスな敵の量。もしアッシュ達のチームが倍の六人いても、まだキツイと感じたであろう。それほどに多かった。
 軍が配慮などするはずもないか。バーニィは機関銃で一匹一匹野豚を駆除しながら苦笑した。
 基本的に、軍はハンターズを嫌っている。
 傭兵上がりのハンターズと違い、軍人は誇り高く有能である。つまりハンターズは軍に使われる存在であり、少々値の張る消耗品も同然。そんな風に考えているだろう。ならば、わざわざハンターズの力量を考慮して配属ポイントを決める必要があるか? つまりはそういうことだ。
 しかしバーニィの推察とは異なり、今回軍は様々なことを考慮してハンターチームの配置を決めていた。
 ただそれは、バーニィが考える通りハンターズを思いやってのことではないが。
 そしてわざわざ考慮したのは、そのバーニィがいる三人のチームだけである。
「流石と言ったところか・・・あれだけの数を相手に、よく立ち回れたな」
 ようやっと野豚達を駆除し終えたバーニィ達。しかし、敵はまだ彼らを包囲していた。
 軍という敵が。
 あまりに多かったエネミーの数に気をとられ、軍が自分達を包囲し始めていたことに三人とも全く気づけなかった。慎重なバーニィですら。
「・・・俺達を歓迎してるって雰囲気じゃないねぇ。あんた達の為にこっちはヒイコラ言いながら戦ってたんだけどなぁ」
 軽口を叩きながらも、バーニィは舌打ちし、銃口をこちらに向けたまま取り囲む軍人達を見渡した。
「な、なんだよこれ! おい、どういう事だよ!」
 何故自分達がこのような事に? 心当たりのないあまりの仕打ちに、アッシュは吠えた。
 だが心当たり無いのは彼だけ。残り二人はそれぞれに思い当たることがあった。
 ついに動き出したか・・・警戒はしていたが、ここまで強引で直接的な手に出るとは考えもしなかっただけに、うかつだった自分を二人は怨んでいる。
「ふふふ・・・歓迎しているさ。そして君達・・・いや、用があるのは一人だけだが・・・まだまだ、私達のために働いて貰うつもりだよ」
 右目を覆うフェイスマスク付きのヘッドギア。その風貌と、ガッシリとした体型だけでも威厳を放っている。しかしそれだけではない、底知れぬ威圧を纏う軍人が、三人に言い放った。
 威厳と威圧。その根本に、人としての温かさは感じられない。元々軍人はハンターズを見下してはいるが、彼の視線はハンターズを「人」としてすら見ていない、そんな薄ら寒さを三人は感じている。
「・・・せめてさ、名乗ったらどうだ? それとも軍人ってのは、人としての礼儀ってのも知らないのかい?」
 挑発しながらも、バーニィは周囲を探った。どこかに隙は、抜け道はないか、と。
 だがどう見ても、隙はない。人手不足と言われている軍人を総動員したのではないかと思われる程、周囲を囲む軍人の数は多い。強行突破を試みても成功率は低い。むしろヘタに動き射殺されかねないこの状況では、動かない方が懸命だ。だが・・・バーニィは心中で唇を強く噛みしめる。
「ふっ、私としたことが失礼した」
 軽口を嘲笑で一蹴し、軍人は質問に答える。
「我が名はレオ・グラハート、WORKSの総司令官である。さあ、もう外出許可期間はとうに過ぎているぞ、ルピカ。一緒に来て貰うぞ、我らの念願を果たすためにな」

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