novel

No.1 郷愁〜Nostalgia in Solitude〜(前編)

 ラグオルには何度も降下しているが、今アッシュ達が踏みしめる地域は初めて訪れる場所であった。
「くわぁ、あっちぃなぁ・・・」
 亜熱帯、乾燥地帯。まずは乾いた熱さが一行を熱烈に歓迎していた。
 踏みしめる地は土というより砂に近く、周囲には大きな岩がそこここに鎮座している。崖の表面も、地表というより岩の断面のようだ。芝も点在するが、それよりも大小様々なサボテンがまず目に付く。
「ま、どこぞの地下よりはよっぽど涼しいけどな」
 口元を僅かにつり上げ、バーニィは肩に軽く愛用の銃を担ぎながら周囲を見渡した。目には岩やサボテンといった自然の産物と、そして明らかに人工的な建造物が設置された、ラグオルでは見慣れた風景が見えていた。
 見慣れすぎたために、しばし誰も「異常」に気づけなかった。
「ねえちょっと・・・おかしくない?」
 真っ先に気づいたのはルピカであった。
「ここ、始めてきた場所よね? 私達もだけど、パイオニア2としてもさ」
 何を今更。ルピカの言わんとしていることがまだ理解できない二人は、きょとんと少女を見つめていた。
「ならなんで、こんな所に「こんなの」があるのよ。おかしいでしょ」
 ルピカは手近な、明らかに「母星コーラルの文明」による人工建築物をぺたぺたと触りながら二人に問いかけた。
「・・・ああ! そうだ、そうだよな。いや、あまりに「見慣れた光景」なんで失念した・・・」
「え? ん? なに、何が?」

 うっかりと「気付くべき違和感」を失念したことを恥じたバーニィが額に手を当てながら納得している中、まだ理解しきれない若輩者が頭の上にクエスチョンマークを並べていた。
「まったく、ハンターならもうちょっと思考力とか洞察力とか推理力とか・・・まあ、アンタに「考える」って崇高な動作を要求する方が間違いだったわね」
 腰に握り拳を当てながら溜息をつく少女。青年はムッと顔をしかめながらも、それでも出て来ない答えが少女の口からもたらされるのを黙って待った。
「いい? ここは初めて足を踏み入れた「はず」の場所。私達よりも先に降りてる人にしても、今日という日に初めて「パイオニア2の」総督府とラボが発見した場所なのよ? なのになんで、私達の文明が作ったとしか思えない建造物があるのよ。おかしいでしょ?」
 ようやく青年は、ああと感嘆の声を上げおかしな点に気付いた。
 少女が言うように、この「見慣れた風景」は不可思議だ。未開の地であるはずの場所に、人工建造物、それも明らかにラグオル文明ではなくコーラル文明の建造物が設置されているのはおかしいのだ。
 今までハンター達は、セントラルドームやその周辺、そしてガル・ダ・バル島など、ラグオルの自然とコーラルの文明が入り交じった場所ばかりを探索し続けていた。その為、その風景こそがラグオルの自然な姿と、どこかで誤認していた。それが初めて訪れた地の風景を「違和感のない風景」として捉えさせていたわけだ。
「でもよ・・・だったらなんで、こんな所にこんなのが? おかしいじゃん」
 アッシュの疑問はもっともだが、それは少女が再び溜息をつくに充分な発言だった。そんな様子に苦笑いを浮かべ、バーニィがあのなぁと説明を始めた。
「だからおかしいって言ってるんだよ。ついでに言っておくと、このご立派な馴染みのもんが、一日そこらで建てられるもんじゃねえって事くらいは解るだろ? つまりだ、俺達が知らないうちに、パイオニア1の誰かがここに訪れ、そしてこーいうのをおっ建てたって事だ。ガル・ダ・バル島みたいにな」
 納得はした。バーニィの説明で「誰が」という疑問は晴れた。しかしアッシュの眉間にはまだしわが寄っている。「誰が」という疑問は解けても、今度は「何のために」という疑問が浮上するから。
「でもこれで、あの隕石を落とした光が人工的な物だってことに間違いは無さそうね。目的なんか知らないけどさ」
 浮上した疑問には、まだ誰も答えられなかった。それもそのはずだ。そもそも、この地に降り立ったのはその疑問の答えを得る為なのだから。
「その辺は、先に進んでる我らがリーダー様に期待しましょ・・・俺達はとりあえず、パーティのお出迎えを受け入れようじゃないの」
 担いでいた銃を構え直し、バーニィが軽口とは裏腹に険しい表情になる。そして残り二人も慌て、それぞれの武器を構え直した。
 気付けば、周囲にパーティのお出迎え・・・原住民たるエネミーが取り囲んでいた。
「あれラッピーか? こんな所にもラッピーがいるのかよ」
 極端にクチバシが大きいラッピー。母星コーラルにも生息しているラッピーの亜種が、アッシュの目に留まった。
 ひょこひょこと愛らしく歩く姿はまさにラッピー。しかし見慣れたラッピーとはまず色が異なった。近づく彼らの身体はノーマルのラグラッピーと同じく黄色なのだが、こちらのラッピーはもっと赤みがかった、黄色と言うよりは橙色に近い。
 そして何より目を惹くのは、まるでドリルを思わせる大きなクチバシ。思わせると言うより、ドリルそのものと言い切って構わないだろう。そのクチバシだけで、通常のラッピーより刺突力があるのは見て判る。
「ま、それでもラッピーに代わりはないか」
 アッシュの推察に間違いはなかった。確かにお化けヒヨコはクチバシを除いて戦い慣れたいつものヒヨコと大差ない。アッシュはご自慢の両剣、ツインブランドを振り回し、よちよちと寄ってくる愛らしい化け鳥を切り伏せていく。
 次々と倒れていくドリルラッピー。しかしそれは単なる狸寝入り、死んだふりであり、まだ彼らは生きている。そして頃合いを見て逃げ出すのがラッピーの特徴で、今クチバシを横たえている彼らもその例に漏れることは無さそうだ。
 倒れたラッピーにもう実害は無い。ならば次の獲物へと的を移すのが懸命だろう。アッシュは愛玩動物を置き去り次のエネミーを目で探す。
 見れば、ラッピー同様ゆっくりとバーニィに近づくエネミーがいた。
 ゆっくりではあるが、ラッピーのようによたよたちよちよといった愛らしいものではない。同じく擬音で言うならドスドスズンズンといったところか。
「なーに、俺様にはこーんな可愛らしいのがなついてくれちゃうわけね?」
 大きな口と、そこに並ぶ鋭い歯。そして大きく押しつぶしたかのような鼻。一言で例えるなら豚のようなそのエネミーを、可愛らしいと言えるのかは非常に疑問だ。いや、まるで頭部から直接手足が伸びたような、何か間違ったデフォルメをされたようなその姿を、可愛いと表現するのも間違いではないのかもしれない。
 見た目はどうあれ、凶暴な原生獣であることに代わりは無さそうだ。動きこそ遅いものの、ガッシリとした腕とその先に生えそろった鋭い爪を見る限り、一撫でされただけで強烈な一撃となるのは明らか。
「ついでにしぶといでやんの。嫌になるね、まったく」
 黙ってなつかれる気は微塵もないバーニィは、愛銃バーニングビジットから炎弾を何度も放っていた。が、それでもジリジリと迫る野豚。乾燥地帯で生きているだけに、熱には強いのだろうか?
 焦りこそしないものの、近づく野豚に危機感を覚えるバーニィ。後ろに退きながら、彼は愛銃からマシンガンに切り替えた。
 ここは個別撃破。マシンガンは射程こそ短いが連射性能に優れた銃。近づかれる前に確実に一体ずつ仕留めようと考えた。
「丸焼きよりもミンチの方が好みなんでね」
 無数の銃弾を浴び、次々に倒れていく野豚。移動速度が遅いのが幸いし、接近戦に持ち込まれずにすみそうだ。
 そう、レンジャーは思っていたのだが。
「なっ!」
 群れの中から突然、突進する野豚が一匹。肌色の顔に水色の毛皮をしたこれまでの野豚とは明らかに違う、紫の顔と薄い黄土色の毛皮。肩からは鋭い角のような物が生えている。雑魚的な野豚の上位種といったところなのか、ただやられるままにゆっくり近づくことしかできない野豚とは違うようだ。
「突っ込んでくるとは・・・ったく、どっかの誰かみてぇなのがこんなとこにもいるのかよ」
 チラリと、少女の前で両剣を振り回すハンターを一瞥しながら愚痴るレンジャー。
 驚きはしたものの対応は素速く、突進する野豚をあっさりとかわした。そして勢い余りすぐには止まれない野豚に、銃弾を無数に浴びせ続ける。
「突っ込むだけだとこーなるよ・・・って、誰かさんも学んで欲しいもんだね」
 その誰かさんは、学んでいるのかどうかは疑わしいが・・・少なくとも今はその様子を見せていない。
「盾! ちゃんとガードしなさいよ」
「うるせぇ! いいからこいつら早く丸焼きにしちまえよ」

 自分に近づくドリルヒヨコペンギンを一通りおねんねさせたところで、アッシュはすぐさまルピカのガードに入っていた。むろんアッシュにしてみれば「すぐさま」駆けつけたと評価したいところだが、守られる立場の少女に言わせれば遅すぎるという採点になるのだが。
「ま、これだけ引き付けられればたいしたものかもね、アンタにしてみたら」
 豊富な燃料を所有しながらテクニックの使用をケチる・・・彼女に言わせれば「効率の良い使い方」を望む少女は、一度で極力多くのエネミーを焼き払えるよう、盾役と言う名の釣り餌にエネミーを群がらせていた。釣り餌にされた盾役は、複数を相手に良く耐えている。
 少し離れたところにまだ野豚が待ちかまえているが、近寄る気配がない。爆炎の範囲を外れているのが口惜しいが、これ以上は盾がもたない、すなわち自身に被害が及ぶと判断し、少女はテクニックの発動に取りかかろうとした。
 しかし、それを防ごうと敵が動く。
「えっ?!」
 炎弾による攻撃。アッシュと、そして彼を横切り後ろに控えていたルピカに炎弾が襲いかかった。
 一瞬バーニィによる誤射かと疑ったが、そうではない。僅かに離れていた野豚、ワラワラと近づいてくる野豚とは違う、赤ら顔で緑の毛皮をもった野豚三匹による攻撃であった。
 よもやテクニックに類似した攻撃を行うなど予測すらしなかった二人は、炎弾を喰らってしまう。が、どうにか直撃だけは避けられた。
「ちょっと! こっちまで来たじゃない! ちゃんとガードしなさいよ」
「おめぇがちんたらやってるのが悪いんだろうが!」

 ダメージは受けたが、「いつものように」罵り合うだけの余裕はある。そして今怒りをぶつける相手は他にいるはずだ。
「このちんくしゃ・・・RAFOIE!」
 怒りは爆炎となり、いくつも豚の丸焼きを生み出していく。だが範囲から外れていた三匹の野豚はまだ無傷。
RAZONDE!」
 アッシュがすぐさま詰めるよりも早く、ルピカの怒りこもった雷が三匹を襲った。
「でりゃあ!」
 そして続けざまにアッシュが野豚達を切り裂いていく。倒れゆく野豚の断末魔が、戦闘終了の合図となった。
 ラフォイエで前衛を瞬殺し、一気にハンターが詰め寄り、テクニックによる援護の後に止め。ここだけを見ると、二人は見事な連携を見せていた。ここだけを見れば、だが。
「ったく、使えない盾ね。あれくらい、手を広げてでも止めなさいよ」
「なにを! お前がもったいぶらないでとっととラフォイエやってりゃ問題無かっただろうが!」
「やって欲しいなら、キチンと囮やってなさいよ。身体に豚の餌でもぶら下げて横になってた方が役に立ったわ」
「ふざけるな! 誰が守ってやってると思ってんだよ!」
「誰も? そもそも、私は守って欲しいなんて一言も言って無いじゃない」

 また始まったか。バーニィは頭を掻きながら二人の「反省会」を遠巻きに眺めていた。内容はほとんど同じなのに飽きないなと、むしろ感心しながら溜息をつく部外者は、これを「喧嘩する程仲が良い」と言うべきなのか悩んでいた。
 と同時に、バーニィは別の思考を脳内に巡らせていた。
 正直、ここにコーラル文明の建造物があることや新手のエネミーが待ちかまえていることは予測済みだった。いや、予測していたと言うよりは、無意識にそうだろうと勝手に判断していたと言うべきだろう。だからこそ、始めてみた風景に違和感を感じなかった。
 探索の目的である、隕石を落とした謎の光源。クレーターを作るだけの質量がある隕石を寄せ付けたその光が、自然的に発生したなどと誰も思ってはいなかった。つまり、パイオニア2が知らぬパイオニア1の計画がまだあったと誰もが予見していたということ。他に可能性があるとすれば・・・その可能性は、出来れば考えたくもないと、バーニィは頭から除外した。
 誰が、邪神の仕業などと考えたいと思うだろうか?
 また新たに露出してきた、パイオニア1から陰謀という名の置き土産。このまますんなりと調査が進むとは思えないバーニィは、先行しているZER0やES達の身を案じていた。

 思わぬ難敵に、一行は苦戦を強いられていた。
「銃弾を寄せ付けません。高圧縮フォトン弾に反応しバリア状の防衛が作動する模様です」
 シノの冷静な状況判断とは裏腹に、誰もが目を疑っていた。
 新手のエネミーに遭遇することにはもう慣れていた。これまでに、何度そのような状況に立ったことか。それだけに、新手のラッピーや新手の野豚に、例え突進やフォイエに似た攻撃をするとしても、驚きはしなかった。だが今目の前にしている敵は、手慣れたES達さえも驚かせている。
 巨大なトカゲ。尖った顔と胴が真っ直ぐに繋がり首のないそのオオトカゲは、シノの放った銃弾を受けると姿を消してしまった。
 シノの分析では、透明化は銃弾として高圧縮されたフォトンを浴びることで発動する防衛本能らしいが、その仕組みはともかく、やっかいな相手であるという事実と、このトカゲがネイティブ、つまり自然的な動物であるという事に驚かされていた。
「・・・フォトンそのものが効かない訳じゃないのね」
 驚きは一時。消えたオオトカゲをセンサーによって位置を割り出し、真っ赤なブレードを袈裟に切り下ろしたES。手応えと共に姿を現したオオトカゲに彼女はホッとしていた。
 消える敵は、何も初めてではない。ただその相手は今まで鉄で出来た忍者だけであり、自然的な生物が銃弾を無効にし消えるなどという、まるでメカニカルな芸当をして見せたことにただ驚いただけ。
 おそらくは、オオトカゲを凶暴にしているD因子によって引き出された特異体質なのだろう。
「シノ、コイツの相手は私とMでするわ」
 銃弾が効かないのはやっかいだが、接近武器は有効ならば、それに合わせて戦えばよいだけの事。難しい話ではない。
 なにより、このオオトカゲは銃弾無効と透明化、そして攻撃を受けても怯まない体質がやっかいなだけで、他はむしろ扱いやすかった。
 怯みはしないが移動速度はとても遅く、そして攻撃は口を開けて泡状の毒素を吐き出すだけの単純な敵。複数に迫られても、慎重に相手をすればなんのことはない。四英雄のESとMの手に掛かれば。
「ほいじゃ、あのデカ物は俺達でどーにかしますか」
「御心のままに」

 銃を種に扱うシノの出番は、オオトカゲ相手だけならば無かったかもしれない。しかし幸か不幸か・・・いや「幸」という事は無いが・・・シノには他に相手をすべきエネミーが存在していた。
「にしても、ここはビックリ動物博覧会か? 人間様よりデカイ虫ってどーよ?」
 皮肉混じりに愚痴りながら、自分よりも遙かに大きな昆虫にZER0は挑み掛かろうとしていた。
 一目で昆虫と判る姿をしているが、その昆虫は例えに上げる類似した昆虫が思い当たらない。緑色の身体に短めの触角。そして赤い瞳はまさに昆虫のそれを思わせる。
 しかしこの昆虫もオオトカゲと同じく首に該当する箇所が見あたらず、背を丸め二本足で立っている。そして前足は「足」というよりも「腕」と表現する方が明確と思わせる程に太くガッシリとしていた。その腕を軽く地に着かせのっしのっしと歩く姿は、巨大なクマゴリラ、あのヒルデベアとシルエットが被る。
 シノの分析ではアルタード、つまりD因子によって産まれた不自然な昆虫という結果を弾き出したのがせめてもの救いか。これだけ大きな昆虫が自然的に発生しているとはあまり考えたくはない。
「全く同じって訳じゃないだろうけど・・・」
 ヒルデベアと異なる何かがあるとは予測するも、流石にその何かをズバリ予測することは出来ない。とりあえずZER0は、巨大な腕から繰り出されるであろう拳を真正面から受けないようにと、回り込もうと画策した。
 それを知ってか知らずか、化け虫は回り込もうとするZER0よりも先に、両腕を交互にブンブンと振り回し始めた。
「なっ?!」
 腕が届く距離くらい、ZER0は目測していた。そしてその目測に誤りはなかった。充分に距離を取っていたはずのZER0に思わぬ衝撃が襲いかかったのは、完全に予想外。それでも危険を肌で感じたZER0は咄嗟に身を固め、撲殺されるのを免れた。
「衝撃波です。巨大な腕を振り回す事で衝撃波を生み出しています」
 援護射撃を行いながら、シノがたった今目にした敵の攻撃方法を伝える。その威力はシノが説明するまでもなく、ガードしたZER0を押し戻している事で本人が身をもって量り知った。
 やっかいだ。それをZER0は思い知った。あのクマゴリラと対処方法はそう変わらないと思われるが、攻撃範囲が格段に広いのは手を煩わせる。
 加えて、シノの放った大量の銃弾を浴びてもまだ立っていられる昆虫の装甲にも驚かされる。あれだけの巨体を外骨格で支えているだけあり、その甲羅はそうとうに硬いらしい。
「でもま、やることに変わりはねぇな」
 ヒルデベアよりも難敵。それは認めるが、対処の仕方はヒルデベアとそう変わらない。敵の射程圏内に気を付けるだけで、やはり後ろに回り込んで斬りつけるという戦法が最も有効であろう。接近戦を主とするZER0が取れるやり方はこれしか無い。
 むしろ、ここはシノに期待すべきかもしれない。ZER0は援護射撃を続けるアンドロイドを頼った。
 もしヒルデベアと同じような攻撃をするなら、遠距離から信じられない跳躍で一気に間を詰めてくるかもしれない。接近を嫌い遠距離だけで勝負しようにも、これをやられればそれも難しい。ならばハンターである自分が囮となり、レンジャーであるシノに近づけさせないよう周囲を回り、シノの愛銃ヤスミノコフ9000Mの射程と威力に期待する方が確実だろ。そうZER0は判断し、そしてその意図をZER0の様子でシノはくみ取った。
 オオトカゲ相手では手出しの難しいシノも、巨大昆虫相手には活躍を見せる。ZER0の囮もあり、見事シノは役目を果たした。
「ふぅ・・・ったく、やっかいな・・・シノ、サンキューな」
 ZER0の笑顔に、シノは僅かに頷いただけ。感情を表情に出さない、そもそも感情が乏しいシノは相棒に見せる反応が小さい。しかしお互い、最大級に健闘をたたえ合っているのを理解している。
 シノにに大げさな表現は必要ない。全てZER0はくみ取れるから。
「終わったみたいね。こっちも片づいたわ・・・もう、トカゲもやっかいだけど、このサボテンどーにかならないかしらね」
 忌々しく、ESはサボテンを睨み付けながら愚痴った。
 オオトカゲは対処こそ容易いが、攻撃を受けても全く怯むことなく接近するのがやっかいであった。加えて、オオトカゲの対処をしようと素速く動き回ろうとするも、ESを乾燥地帯という難敵が邪魔をした。
 砂に近い地面は小さな石がゴロゴロと転がっており、うっかりその石を踏みつけると転倒しそうになる。そして乾燥地帯特有の植物であるサボテンが進路を妨害した。背丈以上に高いサボテンはもちろん、膝よりも低いサボテンは視界に入り辛いだけ更にやっかいな障害。うっかりサボテンに触れれば、無数の針が身体に刺さる。
 数で押し、更に怯まないオオトカゲを相手に大立ち回りをするには、あまりにも不利な場所といえた。
「ホント、Mがいなかったらそーとー苦労したわよ」
 言いながら、ESはMに同意を求めるよう微笑んだ。Mはただ照れ笑いを浮かべるだけ。
 シノよりも、いや他の誰よりも表情豊かなMは、その様子を見るだけで心が温まる。ESはそんなMの照れ笑いに釣られるよう笑みを満面にし、そしてそのESに更に釣られMも微笑む。そうしていつの間にか、苦戦したトカゲとサボテンに対するストレスがESの中から消えていた。それはまるで、黒の魔術師の魔法によって取り除かれたかのよう。
「状況にも寄るけど、ここは二人の支援が不可欠ね。接近戦だけじゃ辛いわ」
「だな。幸い、今んとこすばしっこいのは逃げてるときのラッピーくらいだ。向こうだってサボテンが邪魔だろうし、後ろの二人が危険にさらされることも少ないだろう。むしろ俺達が足止め支援して、メインの火力は二人にお任せって感じか」

 戦場の花形は接近戦を得意とするハンター。そう思われがちだ。しかし現実はそれだけとは限らないことを、歴戦の強者程よく知っている。そして幾多もの死闘をくぐり抜けてきたハンターほど、後方支援の重要性も、時として後方支援が花形になることもよく心得ている。
 撃退数を自慢するハンターにチームプレイは似合わない。二人のリーダーはそれを充分理解しており、そんな二人だからこそ、Mもシノも付き添えるのだ。
「さてと・・・先を急ぎましょうか。なーんか、嫌な予感がするのよね・・・」
 勝利の笑顔から一転。ESは険しい表情で、皆を促した。
 嫌な予感。それはESだけでなく、全員が感じていた。感じながら、ESに促されるまま先を急ぐ。
 その予感とは何か。それを具体的に表現できる者は一人もいない。ただ胸騒ぎがする。それだけである。
 経験上、その胸騒ぎが徒労に終わることがないと、妙な確信も得ているだけに、四人は更に不安を感じていた。得体の知れない不安ほど、嫌なものはない。
 そもそもピクニックを楽しみに来ているわけではない。故に無言のまま進軍するのはごく当たり前なのだが、その沈黙は、ただ空気を重くするだけだった。
 その空気に耐えかねたか、ZER0は進みながら黙ってBEE、ハンター用の通信端末で連絡を取ろうとし始めた。
「・・・ダメか。やっぱり通じねぇ」
 自分で更に空気を重くしたことへの苛立ちが、ZER0にぼそりと言葉を漏らさせた。
 誰に、とは口にしなかったが、残りの三人は察していた。
 相手はかつての仲間、DOMINO。そして彼女の上司であり自分達の協力者であるレオ・グラハート。
 今回の騒動に軍が素速く動き出した。それを知ったESとZER0は、軍の情報を聞き出そうと二人に連絡を取ろうとした。が、何度やっても全く通じない。
 何か起きたと決まったわけではないが、ほぼ間違いなく二人はトラブルに巻き込まれているだろう。
 二人の身は心配だが、今は心配することしかできない。
 まず何が起こっているのかを全く把握できていない上に、やるべき事がある。それを優先しなければならない。
 二人のことだ。トラブルに巻き込まれているにしても無事でいてくれるだろう・・・そう自分に言い聞かせながら、ZER0は端末を仕舞った。
 そっと、ZER0の肩に手が乗せられた。すぐ脇に顔を向けたZER0が見たのは、ESの微笑み。むろん、心から微笑んでいるわけではなく、意図した微笑みであるのは判っている。問題なのは、その微笑みを見せてくれるESの気遣い。ZER0は苦笑いにも似た微笑みをESに返し、肩に触れた手に自分の手を軽く乗せた。
 心配なのは自分だけではない。おそらくESと同じように心配しこちらを見ているだろうMとシノにも感謝しつつ、ZER0は気持ちを切り替えようと務めた。
 その切り替えを、状況がさせてくれなかった。
「止まれ! そこのハンターども」
 四人の進行を、バリゲートと軍人の命令が止めた。
 自分達よりも早く、それも異例の速さで行動を起こした軍。その軍が、バリゲートまで設置して待ちかまえている。
 いくら何でも早すぎないか? ESはその疑念と口汚い物言いに眉をひそめた。
 総督府は隕石の落下を確認後、すぐに自分達を招集し向かわせた。多少準備に時間は掛かったが、それでも素速い対応だったと思われる。仮に軍も同様に、隕石落下確認から素速く動いたとしたら、少数の自分達より部隊である軍の方が準備に手間取り時間が掛かるはず。それが簡易的とはいえレーザーバリゲートまで用意して警備を配置させるなんて。
 まるで、隕石落下よりも早く準備していたみたい。
「ここは軍部の管理区域だ。用がないならすぐに立ち去れ」
 ESはますます眉間のしわを深め、まるで勝ち誇ったかのような雑兵を睨み付けた。
 管理区域だ? 本来はまだ誰の者でもないラグオルの一地域を、まるで早い者勝ちで陣地確保を宣言しているような。雑兵の言葉からはそんなニュアンスが漂っているとESは感じてしまう。
「随分な言い様ね。いつからここが管理区域に? 当然、何らかの許可書はあるんでしょうね? こっちは総督府から直々に依頼を受けてんの。あんた達こそ、私達の邪魔をするなら総督府から咎められるわよ? とーぜん、その覚悟があって言ってるんでしょうね?」
 下っ端に許可だ総督府だのといったことが判るわけもなく、ただただ小生意気なハンターに虚勢を張っていたに過ぎない。まさか言い換えされるとは思っても見なかった門番は、強気から一点、目を泳がせたじろいだ。
 だが、それでもいっぱしの軍人。すぐに自負と自尊を取り戻し胸を張った。
「覚悟も何も、我々は指揮官から指示を受けここに立っている。言いたいことがあるなら、我らが指揮官、レオ・グラハート様へ直々に申し立てるんだな」
 レオ・グラハート。その名が飛び出したことに流石のESも、そして残りのメンバーも驚きを隠せなかった。
 下級兵はES達の様子を見て、偉大なるレオ・グラハートの名前はハンターズ風情をも驚愕させるのだと誇らしげだった。しかし当然、ES達はそんなことで驚いているわけではない。
 連絡の取れないレオが、軍を指揮していた。その事実にだ。
 誰もが言葉を失う中、真っ先に取り戻したのはZER0だった。
「ちょっ、ちょっと待て。レオは昇進して政府高官の身になったんだろ? 今は直接軍を指揮する立場にないはずだ」
 レオ、と我らが司令官を名指しされたことに多少腹を立てながらも、寛大な軍人である二等兵は更に胸を反る様にして説明をしてやる。
「この度復帰されたのだ。もうお前達ハンターズに大きな顔などさせぬ為にな!」
 信じられない。ZER0はまた言葉を失った。
 軍への復帰は望んでいただろう。しかし彼の目指す復帰は、本来あるべき軍の姿、誇り高き軍部への再構築だったはず。一時はクーデターまで計画した彼はそれを思いとどまり、今は秘密裏に優秀で信頼できる部下・・・DOMINOを始めとした部下達を集め、着実に少しずつ軍を変えていこうと計画していた。それが突然表舞台に返り咲くなど、ZER0には考えにくかった。
 しかしだからといって、この自信たっぷりな雑兵が嘘を付いているようにも見えない。
 一体、何が起きた?
「騒がしいな。どうした?」
 凛とした女性の声が、言い争う場に響く。
 カツカツとヒールを鳴らし、軍服に身を包んだ一人の女性が近づいてくる。
 その女性を、兵は敬礼で、ZER0は更に驚きで目を見開き迎えた。
「・・・マーヴェル!」
 ZER0には見覚えがあった。以前パイオニア2ラボのオペレータであるエリ・パーソンに頼まれ、彼女を伴いバーチャルルームでの試験を受けたときに出会った女性だ。あの時同様、ギリアムと名乗ったアンドロイドを伴って今目の前にいる。
「・・・どうやら人違いをしているようだが、私はマーヴェルなどという名前ではない」
 そんなはずはない。軟派師の名にかけて、女性の名前を間違えるものか。しかしZER0は、それをどう指摘すべきか少々手間取った。その間に、マーヴェルであることを否定した女性は更なる衝撃をZER0に、そして残り三人のハンターズにもたらす。
「私の名はカレン。宇宙軍空間機動歩兵第32分隊所属、カレン・グラハートだ」
 宇宙軍空間機動歩兵第32分隊。それはつまり、WORKS。
 今ここにいる軍人はWORKSに所属している。そして、そのWORKSを指揮しているのがレオ・グラハート。この事実ほど、心臓をぐっと締め付けるような衝撃はない。
 確かに、WORKSはレオ・グラハートが自身のために動かせる部隊として組織した分隊。つまりレオがWORKSの指揮官としてに復帰しても不思議ではない、いや関係性から言えば自然とも言える。しかしレオは、少なくともZER0やESが知るレオは、WORKSを「過去の亡霊」と断罪し決別していたはず。そのレオが嫌悪した亡霊部隊に復帰したというのか?
 そして驚くべき点はもう一つ。マーヴェル・・・カレンのファミリーネームがグラハート、つまりレオと同じと言うこと。年齢からして親子なのか? 少なくとも血族なのだろうか?
「少しばかり、あなた達の言い分を聞いたけれど・・・」
 驚くハンター達をよそに、カレンを名乗る女性は言葉を続ける。
「今回の隕石および謎の光源についての調査は、軍部の管轄下に置かれた。これは総督府も認めている。疑うなら、直接問い合わせて見たら良い」
 衝撃ばかりの言葉に、かのESですら言い返す気力は残っていなかった。
 彼女の言葉は疑いたくなる物ばかりだが、雑兵とは違う、確かな威厳を持った彼女の言葉は真実味に溢れている。総督府が認めたというのに疑問は大いに残るが、ここまで言い切られ、そして問い合わせろとまで言われればぐうの音も出ない。
「・・・ここは軍部の管理下となっています。至急、この区域から立ち去るよう命じます」
 カレンに代わり、後ろに控えていたアンドロイドがハンター達に命じた。
 これ以上は問答無用と言うことか。
「・・・一つだけ、確認させろ」
 驚きの次に吹き出した感情は、怒りだった。ZER0は混乱の中、どうしても確かめたい事を尋ねる。
「DOMINOはどうした」
 かつての仲間。軍に戻っても仲間であると約束した女性。彼女の名に、僅か、本当に僅かだけ、カレンは反応したかに見えた。
「・・・聞いたことのない名前だな」
 そんなはずはない。カレンは・・・マーヴェルは、DOMINOの部下だとあの時自分から言ったではないか。
「マーヴェル!」
「即刻退去を命じます!」

 感情的になった二人を、互いの仲間や部下が抑えた。
 これほどにまで感情をむき出しにするのはかなり珍しい、ZER0を抑えるES達も、カレンを抑えるギリアム達も、二人が顔を赤く染める程に冷静になっていった。
「落ち着きなさい! ここは・・・一端退くわよ」
「ES!」
「退くわよ!・・・絶対、このままじゃ終わらせないから・・・」

 ESの瞳に輝くものを見たZER0は、急速に落ち着きを取り戻した。
 悔しいのは自分だけではない。DOMINOの身を案じているのは自分だけではない。それを思い知ったZER0は、ES達と共にパイオニア2へと帰還していく。
「・・・へっ、ハンターズ風情が。ざまあみろ」
 下劣な部下の戯言など、カレンの耳には届いていなかった。
 これが、今の軍部だ。この兵こそが、今の軍部の有り様を示している。それをカレンは思い知る。
(ごめんなさい・・・)
 誰に向けて、何処に向けて、謝罪しているのか。心中で呟くカレンの心情は誰にも判らない。
 ただ彼女は、ハンター達が消えた後をじっと眺めていることだけが、他者の知る事実であった。

 その他者となり得る人物。二つの影が、ハンターと軍人のやりとりを眺めていた。
 ずっと、遠くから。
「やっぱりね・・・来るとは思っていたけど・・・」
 溜息をつきながら、双眼鏡を下ろす一人の女性。そして裸眼で、今までレンズ越しに見ていた地域を眺めている。
「当然だろう。総督府の切り札は、奴らしかいないからな」
 すぐ傍で、同じく遠方を眺めるアンドロイドが呟く。
 その言葉に、またも溜息をつく女性。
「そうね・・・そして、このまま引き下がるような玉じゃないことも・・・ね」
 また彼らは、戻ってくるだろう。その時、その場、その状況によっては・・・女性はその先を考えたくないと、頭を大きく振った。
「判っているだろうが・・・もし」
「判ってるわよ」

 考えたくない先を口にしようとするアンドロイドの言葉を遮るように、しかしその先を肯定する発言を女性は発した。
 出来れば、その先、今考えている最悪の事態にはなって欲しくない。そう思いながらも、その事態になり得る可能性が非常に高いことも重々理解している女性。
 溜息をまた一つ。そして女性とアンドロイドはその場を立ち去った。

「撤退? なんだよそれ!」
 アッシュは切れていた。突然もたらされた、総督府からの撤退命令に。
「なんだよって言われてもぉ・・・とにかく、今回の調査は軍部の管轄になっちゃったんです。ですから、アッシュさん達は戻ってきて下さい」
 総督府の新人オペレータ兼受付嬢のモモカが、BEE端末を通じ再度アッシュに総督府からの指示を伝える。
 隕石落下とその原因を調査する。総督府からハンターズへ大々的に依頼が出されたにもかかわらず、アッサリと軍部管轄に移行するのはあまりに異例だ。その事にバーニィは首を傾げているが、アッシュの反発はそんなことからではない。
「これから俺様の大活躍ってところで撤退かよぉ」
 大活躍ねぇ・・・アッシュの発言に大いなる疑問を感じるバーニィであったが、むろんそれを口に出すようなことはしない。
「いいから、用がないならとっとと戻るわよ!」
 一番大活躍に疑いを持つ少女が、軽くアッシュの尻に蹴りを入れ促した。
「ってえな!」
「あーら、ちょっと足を大きく踏み出しちゃったかしら?」
「わざとやっといてなんだよその言いぐさ!」

 相変わらず口の動く連中だ事。呆れながら、バーニィはパイオニア2への帰路となるテレポータを開く。
「おーい、痴話喧嘩は戻ってからにしてくれー」
「痴話喧嘩じゃねえだろ!」
「痴話喧嘩じゃないわよ!」

 定番のツッコミに定番で息のあった返し。扱い易いんだか扱い難いんだか。バーニィは頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「ったく、これからってところでよぉ・・・」
 ぶつぶつと文句を垂れながら、アッシュはそれでも素直にパイオニア2へと戻るため足を開かれたテレポータへ向けた。
 そしてルピカも同じように、テレポータへと足を向け歩き出した。
 が、その足が不意に止まる。
「ん、どうした?」
 立ち止まり振り返るルピカに、アッシュが声を掛ける。
「・・・何でもないわよ」
 ぶっきらぼうに言い放ち、ルピカはそれを行動で示そうとばかりせかせかとテレポータへと急いだ。その様子は、誰が見ても気を僅かに荒立てているのは解るのだが、その原因がいまいちよく解らない。
 元々ルピカは小さな事でも荒立てて怒ることが多い。さしあたって、アッシュにちょっとでも心配されたのが不満だったのだろう。そう二人は判断した。
(何なのよ・・・気持ち悪い)
 しかし事実は異なっていた。
 不意に、まるで直接脳内に語りかけられるように、声が聞こえた。それがルピカを不快にさせていた。
 更に言うなら、言われた内容がよく解らなかった事と、何か視線を感じたというのもその要因に加えられる。
 気のせいだと言えばそうかも知れない。しかしルピカは、何故かそうアッサリと切り捨てることが出来なかった。
 ちょっとしたことなのに、まだべったりと脳と心にこびりつくような不快感。
(まるで・・・ああもう、思い出したくもないのに!)
 過去にも、こんな気分を味わっていた。それも何度も。
 忘れたい過去を引きずり出され、ルピカは更に苛立ちを強めた。
 この苛立ちをどうしてくれようか。ルピカは赤いハンタースーツの男を睨んだ。
 全部コイツのせいだ。そういうことにする! ルピカの視線にただならぬ殺気を感じ、アッシュはビクリと僅かに震えた。
 ストレスはそのまま誰かにぶつけるのが一番の解消方法。そういう意味で、ルピカは非常に恵まれた「おもちゃ」を手に入れていた。
 今はまだ、そんな事で解消できる。
 今はまだ・・・。

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