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No.25 終章 空蝉〜World with me〜

「さて・・・全部洗いざらい話して貰おうか?」
 パイオニア2ラボ、チーフルーム。
 全てを終えたハンター、チームD−hzのリーダーZER0が報告を終え、代わりに「真実」を求めた。
「前にも似たような事を言われた記憶があるが・・・」
 チーフ・ナターシャははぐらかすように口を開いたが、からかうだけで終わりにするつもりはないようだ。
「まずはどこから話そうか・・・」
 話す事が多すぎて、ナターシャですら戸惑う。
「最初からだ。まずは、わざわざバーニィまで動かして俺を行かせた理由を聞かせて貰おうか」
 既にいくつか理由は解っている。だがナターシャの口から真相が聞きたかった。
「・・・ラボのチーフに就任する際、私はヒース・・・ヒースクリフ・フロウウェンがどのような処遇を受けたのかを知ったよ・・・」
 ナターシャは届けられた「フロウウェンの遺言」に疑問を持っていた。彼らしい遺言だったが、何故か義娘であるアリシア・バズへのメッセージが無いなど、「誰かが意図的に編集したのではないか?」という点が多かった。調べれば、何故かアリシアには直接彼の遺言が届けられていないなど不審点が多すぎる。
 フロウウェンに何があったのか? ナターシャは独自に調べ始めていた。そしてラボチーフに昇進する際、その立場を利用し、更なる情報を集めた。
 結果知ったのは、フロウウェンがオスト博士の実験に利用されるという驚愕の事実だった。
「そして舞い込んだのが、彼からのメッセージ・・・私はそこで、やっとオスト博士が実験場にしていた島の存在を知ったよ」
 衝撃的なファーストコンタクト。その内容もさることながら、フロウウェンの所在を知れた事が彼女にとって大きかった。
 だが、メッセージの内容や現状を考えると、彼が生きているとは考えにくかった。
 生きていて欲しいと願ってはいたが。
「そこで、ラボとして調査隊を派遣する事となったわけだが・・・君も知ってる通り、あまりラボはハンターズを歓迎しているわけではなくてな・・・最も、それ以上に軍の連中を嫌っているのが幸いだったが」
 ナターシャ自身も総督府のように、無造作にハンターズを派遣する気はなかった。何より、これから調査する先はあまり表沙汰にしたくない事ばかりが隠されている。
 そこで考えられたのが、降下部隊の選抜。ラボとしても、開発中のヴァーチャルルームを活用出来る事もあり反対意見はなかった。
 しかし問題はある。ナターシャとしては是非とも投入したい人物がいたのだが、その者が必ず試験を突破してくれる保証は無かった事。何より、まずその者が試験を受けてくれるかどうかもハッキリはしていなかった。
 そこで、バーニィを利用した。結果としてナターシャの危惧は無駄に終わり、ZER0は意欲的に参加してきたのだが。
 バーニィの投入に関してはもう一つ、ルピカの事がある。それはもう「ある程度」ZER0に話しているが・・・ナターシャはこの場でも詳しい話は避けた。ZER0もこれ以上聞き出そうとはしない。
「そこまでして俺を使いたかったのは、俺がゾークとドノフに関わった男だからか?」
 ナターシャは頷いた。
「D−hz・・・ドノフ,ヒース,ゾークの頭文字か。そんな名をチーム名に起用する君だ。私は君のような男になら、ヒースクリフ・フロウウェンの件を任せられると思ったよ」
 生きている可能性は低い。ならば、せめて三英雄の一人として生きた彼の下へ、他の三英雄が未来を託した男を向かわせたい。
 それが、自分に出来るヒースへの手向け。ナターシャ・ミラローズが愛した男への、せめてもの手向け。
 だが、フロウウェンが望んでいた人物は違った。
 赤き捕らわれの子。ラストメッセージに込められた、彼の望み。
 しかしその娘はもういない。そして、ナターシャにとって彼女は・・・憎むべき相手。
 フロウウェンが彼女を求めている事を知った時、ナターシャの心中は憎悪と嫉妬で潰されそうな程に煮えたぎった。
 それを沈めたのは・・・徹底した自分への「氷」。
 冷静であれ。人の上に立つ者程、己に厳しく感情を殺し、着実に部下を導かなければならない。
 氷の仮面は、フロウウェンから教わった教訓。ナターシャは彼の為に、彼から教わった「氷」を自分に徹底させた。
 出来る事は、ZER0の投入。後は流れに任せるしかなかった。
 結果として、「赤き捕らわれの子」がフロウウェンの下へと訪れたのは・・・ナターシャの手柄だと、そうZER0は思う。
 果たして、R3の事をナターシャは感づいていたのだろうか?
 彼女の件については、二人とも口にしなかった。口にしてしまってはならないと、互いに感じていた。
「それとな・・・私が君に固執したのは、フロウウェンの件だけではないのだよ」
 意外な事を言われ、ZER0は不覚にも驚いた顔を見せてしまった。
「総督府のタイレルにはES嬢がいる。軍のレオにはTEAM00がいる。私にも、私兵を一人くらい用意しておきたいと思ってな」
 これはラブコールか? さしもの軟派師も慌てた。
「ちょっ、ちょっと待て。アンタにはブラックペーパーっていう後ろ盾もあるんだろ? それに俺とESの仲を知らない訳じゃないだろ」
 母星政府の執行部隊ブラックペーパー。ナターシャはブラックペーパーと何らかの繋がりがある。それがどの程度だか知らないが、少なくとも制御塔にかの黒い猟犬を派遣するくらいの繋がりはある。
 加えてZER0は、タイレルが信頼を寄せているESと深い深い仲にある。ナターシャとタイレルは、不仲であるのは周知の事実だ。
 そんな人間関係の仲で、ナターシャはZER0を引き込みたいと申し出ている。それは普通に考えればありえない話だ。
「ブラックペーパーか・・・あちらから接触は多いが、「私から」彼らを使おうとは思えなくてね」
 制御塔の一件に、どうして猟犬が絡んだのか詳しくは知らない。何か政府から圧力があるのだろうか?
「タイレルとの不仲は・・・否定しない。しかし君も知っての通り、彼の存在や政治手腕を否定する気もない。それはレオに対しても同等だ」
 事実、ナターシャは知り得た情報をZER0を通してタイレルやレオに流している。これはおそらく・・・あくまでZER0の憶測だが・・・ブラックペーパーや母星政府に知られてはまずい事のはずだ。
「つまり・・・橋渡し役になれと?」
 ナターシャにとって、ZER0の立場は好都合だ。タイレルやESとも、レオやTEAM00とも繋がりがある。そしてタイレルやレオからしても、ZER0の存在は貴重になっている。なるほど、確かにナターシャが欲しがるのも判ると、ZER0は客観的に自分の立場を分析した。
「それだけではないがな」
 ナターシャが、あの氷のナターシャが、微笑みながら続ける。
「惚れているのだよ、君にな。立場だけでなく、君の手腕や全てに置いてね」
 軟派師ともあろう者が、顔を赤らめてしまった。
 あからさまにストレートなラブコール。しかも、あの氷のナターシャが微笑みながら。これに動揺しない男はいないだろう。
「や、か、からかうなよ・・・」
 照れをごまかすにも、どもっては仕方ない。
「からかっているわけではない。私はね・・・いや、私も、と言うべきか。君には三英雄の意志を引き継ぐべき男だと見込んでいる」
 いつもの「氷」に表情を戻し、ナターシャは続けた。
「ゾークもドノフも、君に期待をかけた。おそらく・・・詳細は聞かないが、フロウウェンからも期待をかけられただろう。邪神の脅威は薄まったとはいえ、敵は邪神だけではない。これから、君のような英雄は必要なのだ」
 誰も彼も、期待を押しつけてくる。たかが軟派師に何を期待しているのか。ZER0は常に背負わされるプレッシャーに疑問を感じていたが、ここにも一人、期待をかける女性がいた。
「私はね・・・君が持つ最大の力は「魅力」だと思っている。人を惹き付ける力が、君は最も高い」
 それは軟派師として最大級の褒め言葉だが、彼女の言う「魅力」は、軟派な要因の事ではない。
「ES嬢はリーダーの資質に優れた女性だと私も思う。だが彼女の場合、どうしても人を選んでしまう。またあの女・・・失礼、例えば「赤い輪のリコ」は優秀だったが孤独だった。君の場合、指揮能力など経験不足の面はあるが。なにより人を惹き付ける魅力に長けている。それは人を使う面に置いて最も重要な力だ。アッシュ君の事は詳しくないが、あのルピカをキチンとコントロール出来た君の手腕は、評価すべきだと思っているよ」
 意識してやっている事ではない。だが、そう持ち上げられて嫌な気分はしない。
 そんなに、俺は魅力的なのだろうか? 軟派師を自称しながら自分の事には疎いものだ。
「改めて言おう、ハンターZER0。私の下に来てくれ。君のような男が来てくれると、私の「女」も上がるというものだ」
 氷の微笑みは、あまりにも魅惑的だった。
「まったく・・・軟派師を口説くなんて流石だぜ。ノルあたりにコツを聞いたのか?」
 悪い話ではない。あくまでハンターズのまま、ラボチーフの「極秘裏」な仕事を回して貰う、それだけの話。お得意先が増えたに過ぎないと考えれば、なんということはない。
「それに・・・俺は「傍観者」でいるより「当事者」でいたい。これからのラグオルの為にもな」
 これからのパイオニア2に、ラグオルに関わる事なら、知っておきたい。出来れば、自分が関わっていきたい。
 それはかつて、あるジャーナリストが望み、そして断念した願い。出来れば彼女の為にも、自分は出来る限り当事者でいたかった。
「歓迎するよ、ZER0」
 差し出したチーフの右手は、心の暖かみがあった。
 氷のナターシャ。冷静ではあるが冷徹ではない彼女の「女」という株を上げるのも、軟派師の仕事だろう。
「じゃ、俺はちとラグオルに降りてくるぜ。詳しい話はまた後にしようや」
 チーフルームを出ようとしたZER0は、開いた扉を前にして振り返った。
「・・・フロウウェンには、あんたの分も俺から伝えておくよ。あんたは、フロウウェンにとって「良い女」だったさ」
 扉は閉められ、ナターシャは一人になった。
 しばし沈黙が部屋を支配する。
 そんな中、ぽつりと部屋主は呟いた。
「ヒース・・・あなたは、幸せですか?」
 氷の仮面から、僅かだけ、氷解した雫がこぼれ落ちてきた。

 セントラルドーム付近、ルプスの森。
 僅かの者達だけが知る、英雄達の墓がここにはある。
 今ここに、二人の英雄が新たに収められようとしていた。
「まったく・・・二度も義娘を置いていくなんて、酷い義母よね」
 置いて行かれた義娘の手には、かつて自ら拾い、持ち主の父親に一度託した「レッドリング」が握られていた。
「しかも、男を追いかけて心中? まったく、義娘の私が恥ずかしいわよ・・・」
 言葉には、暖かみがあった。
 義母の幸せを、誰よりも願っているのは彼女だった。
「私の義父も酷い人よ・・・置いていくだけでなく、死まで偽装して、私になにも言葉を残してくれなかったのよ。それも愛人と心中なんて・・・」
 置いて行かれたもう一人の義娘の手には、友に拾ってきて貰った大剣が握られていた。
 彼女の言葉には少々トゲがある。さすがに、全てを許せる心境にはなかった。だが、彼女も義父の幸せを願っていた。
 時間だけが、解決してくれるのかもしれない。今はまだ割り切れなくても、何時かは全てを許せる日が来るかも知れない。彼女自身がそれを願っていた。その時間を、今傍にいて支えてくれているレンジャーが埋めてくれれば。それも彼女の願いだった。
「ま・・・身勝手な二人だけど、あんたらだって充分身勝手だったろ? 人にやっかいごと押しつけてさ」
 既に弔われた二人の英雄。男は二人の遺留品に語りかけた。
「つーても、俺も一人押しつけたけど・・・まぁ寂しくなくて良いだろ?」
 そして親友の遺留品にも、男は語りかけた。
 しばしの沈黙。そして二人の女性・・・ESとアリシアに、遺留品を置くよう目で合図を送る。
「やっと、三英雄が「本当に」そろったのね・・・」
 既に死去したとされていたフロウウェンの遺留品代わりに、メッセージの入ったディスクを入れていた。それを取り除き、代わりにレッドリングとフロウウェンの大剣を収める。
 参列者が、掘り返された遺留品の納品墓地に次々と土を盛っていく。
 三英雄と呼ばれた、三人の英雄。「赤い輪のリコ」と呼ばれ親しまれた、孤独な英雄。そして機神の名で活躍していた、知る人のみが知る英雄。ラグオルの為に、パイオニア2の為に戦い、散っていった五人の英雄が、ここに埋葬されていく。
 各々、黙祷を捧げていく。
 弟子である事の誇りを胸に、成長を約束する男、アッシュ。
 アリシアを支え、自信も意志を継ぐ事を再び誓う男、バーニィ。
 一度は後を追う事を決意し、今も迷いはあるが、それでもゾークが全てを託した男に付いていく事を決めた女性、シノ。
 まだ割り切れてはいないが、義父と夫役を演じてくれた二人の英雄に祈りを捧げる女性、アリシア。
 義母を追ってパイオニア2に乗り込み、そしてまた去られてしまった女性、ES。
 その他、三英雄や赤い輪のリコを惜しむ多くの参列者達。
 そして・・・三英雄に未来を託された男、ZER0。
(・・・あんな頼み方、卑怯だぜ、フロウウェンさんよ・・・)
 オルガ・フロウとの戦闘中、フロウウェンに憑依されたZER0。
 彼はZER0だけに、胸の内を憑依中に明かしていた。想う事で、伝えてきた。
(頼まれるまでもなく、あっちから誘ってきたぜ・・・ナターシャの事も、任せておけ)
 白髭公と呼ばれた英雄、ヒースクリフ・フロウウェン。彼はかつて部下であり秘書だったナターシャ・ミラローズの事で悔やんでいた。
 彼は彼女の気持ちを知りながら、いや知っていたからこそ、「立場」との板挟みに悩んでいた。結局彼は彼女にも教えた通り、「氷」の精神を貫いた。
 結果、一人の女性を傷つけてしまったのをずっと後悔していた。
 リコとの事を天秤にかけるのは愚問だ。それは今、二人の女性に愛されているZER0にはよく判る。
 世間的に許されるかどうかではない。本人達の問題だ。ただフロウウェンとナターシャは、すれ違いが多すぎた。ただ、それだけのはずなのに、それが大きな傷になってしまった。
(任されっぱなしだな・・・ま、ひっくるめてやってやらぁ)
 ZER0は墓前に誓った。
 英雄達が気にかけた未来。それは、自分達の未来でもある。
 自分が人からどう呼ばれるかに興味はない。だが自分の未来が掛かっているのなら、誰に言われるまでもなく自分の手で切り開くだけ。
 シノもアッシュもナターシャも、もう他人ではない。身内の未来も、自分の未来の一部だ。
 邪神復活は食い止めた。パイオニア1の事も色々と明かしてきた。
 だが、まだ全てではない。そしてこれから、新たな問題が浮上する事もある。
 ナターシャやタイレル,レオは、そんな新たなる敵にもう察しながら対応を急いでいる。
 後は、自分がどう立ち回るか。
(一人じゃねぇからよ・・・英雄だかなんだかどうでもいいが、一人じゃねぇから)
 ESがいる。ノルがいる。仲間達がいる。
 一人の力には限界があるが、結束の力に限界はない。
 それをまとめるのが魅力。彼の力は、計り知れない。
 ラグオルは未来に向かって動き出している。
 その未来が何処へ向かっているのか、それは判らない。
 願わくば、明るい未来へ。そして導くのは、俺達だ。

 一人じゃないから。英雄は、一人じゃないから。

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 静まりかえった、地の底。
 そこに、人影が一つ。
 人?「それ」を「人」として考えるべきではない。
 鎌を持ち、口からだらだらと唾液を垂れ流す、人の形をした亜生命体。
 彼はじっと、見つめていた。
 一点を。
 その先には何もない。
 今は。
 徐々に、何かが形作られていく。
 一つは、人の形。一つは、剣の形。
 一度は消えて無くなったはずの形。それが徐々に黒い粒子を集めながら形を成していく。
 人の形をした何かが、剣の形をした何かを掴み、地から引き抜いた。
「ふふふ・・・甘い、詰めが甘いわよ・・・」
 人の形をしたそれは、かつて「R3」と呼ばれたアンドロイドに似ていた。
 似ていたが、全く違う者だ。
 見た目だけで言えば、「形」は同じでも「色」が違う。
 全体的に黒く、所々赤紫の光源が輝いている。
 まさに、亜生命体の特徴そのまま。
「リコの身体は取り戻した。そして私には、まだ切り札が・・・「種」が残されている」
 天を見上げた。そこは闇に飲まれ天井は見えない。
 見ているのはそんな低い物ではない。遙か上空、天よりも高い、そこは宇宙。
「そして、我が糧・・・人の欲望は尽きる事を知らない。まだまだ、手はいくらでもある」
 次に手を付ける事は決まっている。引き金を引けば、勝手に人間達が動くだろう。復活をもくろむその者は、その引き金に今指をかけている。
「千年という長き時に蓄積された我が力、この程度と思わぬ事ね、英雄などと呼ばれ浮かれている者達よ」
 大剣を担ぎ従者を引き連れ、その者は闇の中へと消えていった。

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