静まりかえった、鉄に囲まれし部屋。
いや、よく耳を澄ませば・・・微かに「静寂」という音が聞こえる。
それは音にならない音。双肩に掛かる重々しい空気とでも言うべきか。何も聞こえないからこそ聞こえる、言いようのない静寂。
ここが、ただ単純に閉ざされた空間だと言うだけならば、こんなに耳の痛くなるような静寂はないだろう。
暖かみある生命の息吹が感じられない。強いて理由を付けるなら、静寂に音を感じる原因はそれだろう。
ここは海底プラント下層部。本来なら上層部との違いは一点のみなのだが、この場へと降り立った二人には、一気に奈落へでも降り立ったのかとすら錯覚してしまうような、そんな薄気味悪さを肌で感じていた。
違いの一点。それは、上層部にあった窓がここにはない事。
上層部に設置された窓からは海底の様子がよく見え、また海水を通ってもなお輝く日の光も差し込んでいた。
上層で「海底」が見えた。その下にある下層はつまり、海底の下・・・地中にある事を意味している。窓がない理由はそこにある。
人工的な明かり。その薄暗さも静寂に痛みを加えている要因といえる。
本当にそれだけだろうか?
「なんだか・・・気味悪いわ」
たまらず、R3が静寂を突き破るように、しかしぽつりとこぼすような一言を漏らした。小さな、本当に小さな一言だったが、静寂の中に置いてその一言はとても大きい。
音量的にも、意味合い的にも。
「こりゃ、とてもお忍びデートって雰囲気じゃねぇな」
僅かでも場を和ませたい。そんな心情がZER0にいつもの軽口を叩かせた。
「あら。義娘の彼氏とデートなんて、ちょっと刺激的ね」
ZER0の軽口に、R3が付き合った。
ここで、軽く笑い声でも起きれば救われた。
だが、二人の顔は軽口とは裏腹に強張ったままだ。
代わりに、カタカタと震える音がし始めた。
音の正体。それはZER0の両手・・・右手に握られしオロチアギトと左手に握られしのカムイ。
同じだ。ZER0は悟っていた。自身に襲いかかる軽い頭痛と共に。
セントラルドームの地下に眠る冥府・・・遺跡。
初めてあの場へと足を踏み入れた時に感じた、胃液を戻しそうになるような不快感と言い得ぬ不安。そして・・・邪悪な存在感。
呪われた四刀が同調し共鳴する、邪悪。そこから伝わる、汚れた意志。それは四刀のものではない、この場を支配する何物かの意志・・・。
あまりにも似ている。かの邪神に。
ZER0は出来るだけ表に出さぬよう愛刀の呪いに対抗していたが、顔を歪めるのは止められなかった。
「・・・しばらく、アギトだけで行くしかないか」
隠しきれないのなら、最善策をとるまで。ZER0はカムイを腰に吊した鞘に戻し、呪いの軽減を図った。
もう慣れたと思っていたZER0だったが、邪神の波動が呪いを増幅させているのだろう。「あの」惨劇を再発させぬ為にも、強がるべきではない。
「・・・どう思う?」
不意に、R3が疑問から切り出した。彼女はZER0から「何が?」と問い返される前に、内容を話し始めた。
「ヒースのメッセージから、パイオニア1ラボはダークファルスの複製を作ろうとしていたのは間違いない。そして・・・この感じ。実験は行われてしまったと考えるべきかしら・・・」
おそらく、問いかけたR3も問われたZER0も、同じ事を考えている。
だが、認めたくなかった。認めてしまう事が怖かった。
何より、認めてしまう事は一つの希望を失う事になる。
ヒースクリフ・フロウウェンの生存、という希望を。
「・・・憶測判断より、目視確認が基本じゃねぇの? 赤い輪の先輩」
軽く皮肉るように、ZER0は英雄の二つ名を軽くもじりながら答えた。
「そう・・・ね。あなたの言う通りだわ。とりあえず、この先を少し見ておきましょうか」
確認もせず憶測だけで絶望するのは愚かだ。耐え難い現実を思い知り、より深い悲しみに暮れる事になるとしても。
この目で確認しなければ。それが二人の任務であり、そして・・・宿命だ。
(それにしても、この感じ・・・)
ZER0が呪いによって暴走するのを恐れるように、R3も恐れていた。
(誰? 呼んでいるのは・・・)
何者かに呼ばれている。誘われている。R3はまとわりつくような視線を、数多の方位から感じていた。
R3が恐れるもの。それは自分という「存在」の消滅。
そもそも彼女が・・・「R3」として生まれ変わった経緯を考えると、色々と不安がつきまとう。それはもう、拭い去る事は出来ない。
その不安が、ここに来て膨張した。ZER0の四刀の呪いが増幅するのと同じように。
その根元は、R3が感じている呼びかけ。
誰かが呼んでいる。そんな気がしてならない。それが不安をあおり立てる。
ヒースなのか?
ダークファルスなのか?
それとも・・・。
いずれにせよ、行くしかない。脳内で点滅するハザードランプを意識しながらも、二人は誘われるまま奥へと踏み込んでいった。
目を開けた時、アッシュの視界には高い高い天井と、そしてこちらをのぞき込む少女の姿があった。
「ああ・・・逃げろって言ったのに・・・」
自分が助かった事を自覚するよりも前に、アッシュはこの場にまだルピカがいたことを呟くように確認していた。
何があったのだろう。アッシュは次第にハッキリしていく意識の中で、ここまでの状況を整理していった。
突然現れた二匹のエネミーに苦戦する中、ルピカだけでも逃げるよう指示をし、自分は囮となってこの場に残った。そして死を覚悟した瞬間に、敵が八つ裂きに・・・そう、まるで見えない刃に切り裂かれたかのように敵が四散していった。
あれは、なんだったのか? 完全に意識を取り戻してもなお、アッシュにはあの現象が理解出来なかった。
あの直前。アッシュは何かを叫ぶルピカを目撃している。
では、あれはルピカの放ったテクニック?
いやしかし、あんなテクニックは見た事も聞いた事もない。
テクニックは、炎,氷,雷,光,闇の五系統と、そして治癒と補助系統に分かれる。例外はテレパイプと同等の能力を持ち帰路を生み出すリューカーのみ。
あの現象を強いて例えるなら・・・風。ハンターが扱うテクニックに、あのような物はないはず。
とすると、新手のアイテムか何かか?
「なあ、ルピカ・・・」
考えて判らないなら尋ねた方が早い。アッシュは回答の鍵を握る本人に直接尋ねようとした。
「黙っててくれる? 今ちょっと気分悪いのよね」
見れば確かに、ルピカは顔色が優れていない。濡れるのも構わず、ルピカはアッシュの傍に座り込んで口を手で押さえていた。
アッシュは半身を起こし、ルピカをのぞき込んだ。眉をひそめ水面を睨み付ける彼女に、さすがのアッシュもこれ以上問いかける事は出来なかった。
何があったのだろうか? ますますアッシュは気絶していた空白の時が気になっていく。しかしそれに答えられる者は口を閉ざしている。
どうにもならない。とりあえずアッシュは、現状の確認と、何か「薬」になる物はないかと懐を探った。
傷や体力低下なら、メイト系のアイテムで回復出来る。精神疲労ならフルイド系。だがルピカの様子を見る限りでは、どちらも効果はなさそうだ。なら他の回復アイテムはどうだろうか。手持ちのピルケースを確認していたアッシュは、ピルケースが一つ足りない事に気付いた。
「・・・これ。あんたなんかにわざわざテクニック使うの勿体ないから、勝手に貰ったわよ。自分の事なんだから文句ないでしょ?」
ルピカがぶっきらぼうに差し出したピルケースは、アッシュの物。中身はムーンアトマイザー・・・死傷を負わされた者を回復するアイテム。
確かに、自分を回復する為なのだから文句はない。だがアッシュはルピカの物言いが気に入らなかった。
「なんだよ、勝手に使うんじゃねぇよ」
ひったくるように、ピルケースを取り戻すアッシュ。
「なによ、だったら断れば良かった? 返事も出来ないアンタに? それとも助けろなんて言った覚えはないとか言うんじゃないでしょうね?」
気分が優れない・・・とはとても思えない饒舌ぶりで、「いつものように」アッシュを攻め立てるルピカ。
「なっ・・・この、助けてやったのは俺だろ!」
「ふん、アンタに助けられた覚えなんて無いわよ。だいたいアンタなんかいなくったって、現に私は・・・」
不意に、饒舌なルピカの口から罵倒が止んだ。
それは、時間にすれば本当に僅かの間。だがその間は、鈍感なアッシュですら「何かを隠している」と感づかせるには充分。
「・・・一人でも逃げ切れたし、倒すのもわけなかったわ」
ルピカに慌てた様子はない。だが何かあるとアッシュは確信した。
「・・・俺が「ちょっと寝ている」間に、何したんだ?」
あの風。エネミーを切り刻んだ風を起こしたのは、間違いなくルピカだ。だが何をしたのかが判らない。
知ってどうなる事ではない。世の中、知らない事の方が多い。だが目の前で起きた事を知らないままで通せる人間は少なく、アッシュは特にその傾向が強い。理解出来るかどうかはさておき。
ルピカは答えなかった。ただアッシュを睨むだけ。
知らない、とは流石に言えなかった。言ったところで、アッシュが信じるはずもなく、むしろ余計に何だったんだとまくし立てるのは目に見えている。
言わぬが言うに勝る事もある。ルピカはただ黙る事で、意志を示した。
だがアッシュは、それを悟って黙るような男ではない。
「なあ、アレは一体・・・」
問いつめようとしたその時、扉が開く音と人の気配を察した二人。
慌てて立ち上がり身構えるが、二人はその構えをすぐに解いた。
「えっ・・・ESさん!」
ここに来ていないはずの英雄。憧れの人がはぐれた仲間を連れてやってきた。アッシュの目には、ESが神々しく映し出されている。
「二人とも無事ね」
女神の微笑みが近づくに連れ、男は顔を緩ませ、女は複雑な心情を隠さず顔に出していた。
とりあえず、話をはぐらかす事が出来た。ルピカにとってこれは幸運だったが、満面の笑みを浮かべるアッシュが普段以上に気にくわない。そんな複雑な心境にルピカ本人は気付いていなかった。
ただ、安堵感はある。そして安堵しているにもかかわらず、続いている不快感・・・偏頭痛と吐き気がなおも自分に襲いかかっているのは自覚していた。
「大丈夫ですか? ルピカさん」
そんなルピカの異変に気付いたのはM。初対面であるにもかかわらず、優しく親しみある言葉でルピカを気遣った。
「大丈夫よ、これくらい・・・」
普段なら「大丈夫なように見える?」と嫌味の一つも吐き出すルピカだが、何故か強がっている自分にルピカ本人が驚いていた。
これだけ体調不良を顔と態度で示しているのに強がるとは。初対面にもかかわらず、いや初対面だからこそ、Mの優しさに触れたルピカはそんな相手に嫌味を言う事がとてつもない罪悪になるのではと咄嗟に感じていた・・・とは、流石にそこまでルピカは自覚していないが。
「あの・・・ZER0先輩とR3さんは?」
駆けつけたメンバーを見渡したアッシュが、足りないメンバーについて救世主に問いただす。
「たぶん、下。とりあえずレーダーで確認出来ないわ」
ESが左手に装着されているハンター用端末を右手人差し指でコツコツと叩きながら見解を話した。アッシュはESの仕草を見て、慌てて自分の端末を確認し、いつの間にかレーダーなどの通信環境が回復している事に気付いた。
「私達はこのまま、ZER0とR3を追うわ。あなた達は・・・パイオニア2へ帰りなさい」
ルピカの様子を考慮し、ESは二人に帰還を命じた。が、ルピカの帰還に「巻き込まれた」と思い違えたアッシュが吠えた。
「ちょっ、待って下さいよ。俺はまだやれます!」
体調面では、アッシュの主張通りだろう。一度死にかけたとはいえ、今は完全に回復している。まだまだ、アッシュは戦える。
だが、ESはアッシュの体調を気遣っているわけではなかった。
「ハッキリ言うわ、アッシュ。これ以上は足手まといよ」
容赦のない一言が、アッシュの心を深くえぐる。
先ほどまでの勢いは完全に失われ、アッシュはがくりと肩を落としうつむいてしまった。
見ている方が痛々しくなる程に落ち込んだアッシュ。それでも、ESの決定は覆らない。
「まあまあ、うちの相棒にそんな直球ぶつけてやんないで下さいよ」
見ていられなかったのか、バーニィが横から口を挟み始めた。
「足手まといになるのはまあ・・・これだけの面子がそろうと否めませんけどね。でも役に立たないってわけでも無いですよ?」
バーニィのフォローに、まだ力はないが顔を上げるアッシュ。
「さっきまでの通信障害。あれがまた再発するかもしれないんで、俺とアッシュが中継役になりますよ。ルピカは素直に帰るのに異論ないんだろ?」
ルピカは顔色悪いまま、黙って頷いた。
アッシュは・・・またうつむいたまま一言も発しない。
言われている事は判る。足手まといなのも自覚している。だが、認めたくなかった。認めてしまっては「負け」だと、そう思えたから。
「なあアッシュ。これ以上ESさんを困らせてもしょうがねぇだろ? それとも、背中を守るどころか守られる役になりたいのか?」
バーニィの言葉に、又アッシュは顔を上げた。
ESの背中を守る。それはアッシュの目標。まだ果たせないその約束を果たすチャンスではあるが、しかし今の実力ではチャンスも生かせないだろう。それはアッシュも重々承知している。
「それに、支援も充分「背中を守る」って事になるぜ? 戦闘で活躍するばかりが助けじゃねぇよ」
バーニィの提案した中継とは、パイオニア2とダイレクトに通信しているESやZER0達の間に入り、通信障害が発生した時にすぐ対応出来るよう待機する事を指している。むろんバーニィとアッシュが待機する場所はプラント上層部。今はあらかた敵を一掃した状況だが、またエネミーが発生する危険性も残っている。そんな場所に待機するのはそれ相応の「腕」が無いと出来ないだろう。
「な? これが今出来るのは俺とお前だけ。つまり頼りにされるって事だ。判るな?」
頼りにされる。その一言が決めてとなったか、アッシュはようやく頷いた。
「OK。じゃ、そういう事だから俺らはここに残る。ちゃんとルピカはパイオニア2へ帰すから、三人は行っててくれ」
交渉成立。バーニィはESに片目をつむり合図を送る。
予定調和だったのだ。ESもバーニィも、アッシュ達と合流する時にアッシュがごねるのを見越して事前に相談しながら合流を急いでいた。
ルピカの体調不良はさすがに想定外だったが、ルピカが中継役に甘んじないようなら素直に帰してしまおうとも考えていた為、問題はなかった。
アッシュに甘い顔は出来ない。ESが突き放すように言った一言にはそんな思いが含まれている。だだっ子に言う事を聞かせるのは厳しい態度が一番だ。それも憧れている人からの言葉なら効果は絶大。
ただ、ESにしてみればほぼ本気の一言だったとも言える。足手まといになるのは間違いなく、そしてまかり間違えばアッシュを死なせてしまう危険性がこの先にはあるのだから。
この、周囲に漂う「あの」思い出したくない「妖気」とも言えそうな気配。ますます強くなっていく邪神の気配に、ESは不安を感じずにはいられなかった。
「じゃ、後はお願いね。アッシュ、バーニィ」
一言残し、ESはMとシノを連れ先を急いだ。
アッシュを連れて行けない理由は、急ぐESの心情にもあった。
(ZER0・・・)
下に降りただろう二人。降りて、二人はどうしているだろうか。
ESは気が気でなかった。もしかしたら・・・あり得ないと言い聞かせつつ、何度も何度も不安が心を締め付ける。
こんな状況で、アッシュに構うゆとりなど心にない。そのゆとりをMやシノに求めても良いのだが、そんな発想すら湧かない程ESにゆとりはなかった。
刹那すら惜しい。はやる心はひたすらに脚をせっつかせた。
予測はしていたが、あまり当たって欲しいものではなかった。
部屋に足を踏み入れた二人を待っていたのは、イカの群れと、そして新手のエネミーが二体。
イカとの戦闘は随分と慣れた。間の取り方も把握している。だが、新手のエネミーがいる事で戦況は随分と変わっている。
「くそ、スナイパーか」
遠目に見れば四角いドミノの札。よく見れば四枚の羽根のような物を上下に広げた得体の知れぬ生き物。形容しがたい形をした生物など、その正体は予測がつく。
作られし亜生命体。D因子より生み出された化け物だ。
どういった理屈かは不明だが、異形のドミノは上下に広げた羽を全く動かさずに浮いている。遺跡にも「バルク」と名付けられた亜生命体がいたが、あの亜生命体よりも大きく、平らだ。
やっかいなのは、ただ浮いて近づき攻撃を仕掛けるだけのバルクとは異なり、遠方よりレーザー光線のような物を撃ってくる事。イカを相手に立ち止まると、あっさりと標的にされる。
的にならない為には、動き回る必要がある。だがイカを相手にするなら立ち止まらなければならない。またレーザーの射程距離はかなり長く、もしこの場にシノかバーニィがいたとしても、安全圏からねらい撃つのは難しかっただろう。
非常にやっかいだ。この状況を二人でどう打破すべきか?
「イカは任せたわよ」
それだけを言うと、R3はZER0の了解も得ぬままイカの群れをかいくぐり異形ドミノへ接近していった。
「あら、なに、丸投げ?」
ちゃかしてみたが、彼はR3の作戦意図を既に理解していた。
スナイパー相手には接近戦に持ち込むのが有効。ただその際、出来れば相手はスナイパーだけにしたい。イカの思考は単純な為、横をすり抜けていけばワラワラと付いてきてしまい余計面倒になる。そこでイカの注意を引きつける役が必要になる。それがZER0という事だ。
「ほれ、後ろ向いてると刺身にするぞ」
正面を向いていても刺身にする気満々だが。ZER0は刺身包丁の代わりとなるオロチアギトを両手で握り、横一線振り切った。
流石に一太刀で全てのイカを刺身には出来ないが、完全に注意をこちらへ向ける事に成功した。
一方R3は異形ドミノに接近し、二匹の注意を自分に向けさせたまま、後ろに回り込むように奥へと一歩踏み込んだ。これにより、流れ弾がZER0の方へ放たれるのを防いでいる。
「さ、あなた達の相手は私よ」
突き出した左の人差し指をクイクイと曲げ挑発する。そもそも挑発を理解する相手かどうか定かではないが、しかしゆっくりと近づいてきた。
ゆっくりと近づく敵との間合いを見計らい、まずR3が真っ赤なセイバーの一太刀を浴びせた。怯む味方を構わず、もう一匹がレーザーではなく、小さな触手のような物で突こうと伸ばしてきた。レーザーなら予備動作に多少時間をかけたが、この攻撃は素早い。しかしそれでもR3は後れを取ることなく横へステップしてかわす。むろんその際にセイバーを横に振るうのを忘れない。
最初に斬られた異形ドミノが、照準を合わせてきた。それを肌で感じたR3は軽やかなステップで斜め後ろへと逃れる。だが速すぎたのか、まだ相手は撃ってはおらず、正確に身体をR3へ素早く向き直し、照準を定めた。そして残りの一匹も同じように照準を合わせている。
撃つ前に逃れても照準を合わされ、撃った後では速すぎて避けきれるかどうか。なら踏み込んでまた一太刀浴びせるか?
いや、相手が一匹ならそれも有効だが、二匹いるとそうはいかない。一匹を斬ると同時にもう一匹にレーザーを撃たれるだろう。
なら、このまま固めて撃たせないようにすれば良い。R3は右手で素早くセイバーをしまい、そして真っ赤なハンドガンを取り出す。同時に左手ではアンドロイド特有の機雷、フリーズトラップを握り、それを敵目掛け放り投げた。
Bang!
放り投げたフリーズトラップにハンドガンの弾丸が命中。異形ドミノは氷付けのドミノへと成りの果てた。
ドミノは倒さなければ面白くない。R3はすぐにハンドガンをしまい、今度は真っ赤な大剣を取り出した。
「はあっ!」
気合いと共に、横へ振り切る大剣。二匹同時に叩き斬る事は出来たが、まだ俺も倒れもしない。そこでもう一撃。振り切った大剣をまた横に振り戻す。まだまだ倒れない。ならば三度目。R3は再度大きく横へ大剣を振り抜いた。
「時間切れか。しつこいわね」
むしろドミノなら、倒れて欲しくない時にもあっさり倒れてしまう物だが、この化け物ドミノは浮いているから簡単に倒れないのか。フリーズトラップの効果が切れ、異形ドミノは反撃を開始する。
と、R3も考え身構えたが、直接的な反撃はなかった。代わりに、異形だった身体をキッチリ長方形に包むバリアのような物を展開させ、ますますドミノらしい形を整える。
「・・・またやっかいな」
虹色が波のように輝くバリア。予想通り、このバリアは非常に強固で、正面からの攻撃を受け付けなかった。R3は構わず大剣を振ったが、かすり傷すら負わせられない。
しかし、このままではドミノも攻撃が出来ないらしく、ゆっくり近づくだけで何もしない・・・何もしない?
そんなはずはない。不意にドミノはクルリと反転し、急にレーザーを撃ってきた。だが身構えていたR3はそれをすんでの所でかわす。そして一気に反撃・・・と行きたかったが、ドミノはすぐにまた反転し、じりじりと迫ってきた。
このままでは、部屋の角に追いやられる。そうなる前に、今一度凍らせ背面から攻撃するしかない。R3は大剣をしまい、ハンドガンと機雷を取り出そうとした。
だが、それは徒労となる。
Zan!
ドミノの背後から、衝撃波の一撃。折り曲がり崩れ落ちるドミノの向こうには、両手でアギトを振り下ろしたZER0の姿が見えた。既にイカの群れは刺身になった後のようだ。
「ま、俺が手を出すまでもなかったろうけどよ」
振り下ろした刀をひょいと持ち上げ、刀の背でトントンと肩を叩くZER0。
「一個温存出来ただけ良かったわ」
R3は今し方投げようとした機雷を左手で弄びながら、助太刀に感謝した。
彼が言うように、今の場面では彼の手助け無くともドミノを粉々に砕けただろう。だがここまで辿り着いたのは、彼がイカの群れを全て引きつけてくれたおかげ。一人でも全てを倒せたかもしれないが、こうも易々とは行かなかっただろう。
「一旦戻るか? そろそろ誰かこっちに降りてくるかもしれないし」
無駄だろうと思いながらも、ZER0はR3に声をかけながらハンター用端末を覗いてみた。
思った通り、通信は回復していない。
していないはずだった。
だが、ノイズ音と共に、通信が飛び込んできた。思いも寄らぬ事に一瞬慌てたZER0だったが、すぐに音量を最大に上げ、R3を呼びつけた。
ガービーと激しいノイズ音の中、微かに人の声が聞こえる。
「・・・爆発が起こった・・・」
「えっ、ヒース!?」
R3が驚きの声を上げる。聞き取りづらいが、微かに聞こえてくる声は確かにヒースクリフ・フロウウェンのもの。
まだ生きているのか? リアルタイムで届けられる通信に、二人は困惑と希望を入り乱しながら、雑音の中で囁くフロウウェンの声を聞き漏らさぬよう耳を澄ませた。
「・・・深淵から生まれたもの・・・パイオニア1のクルーたち・・・取り込まれていくのが見えた・・・」
取り込まれる? それに深淵から生まれるものとはまさか・・・。
背筋に悪寒を感じつつ、二人はか細いメッセージに聞き入った。
「・・・ここから全てが見え・・・私も既に支配され・・・意思は常に覗かれてい・・・」
声は間違いなくフロウウェンのもの。だが、その言葉に彼の意志が感じられない。
支配されたという言葉のままなら、誰かがフロウウェンの声で伝えてきている事を意味するが・・・。
誰だ?
「・・・探していた・・・依り代(よりしろ)となるものを・・・進化を欲していた・・・」
進化する為に、生け贄を探している。これではまるで・・・。
二人は気付いていた。気付いていたが、名を口にするのは躊躇われた。
汚れたその名を口にするなど、出来ようものか。
かの邪神の名など。
「・・・何故・・・「あれ」だけ残して・・・違う・・・あの娘は・・・あの娘だけは・・・お願いだ・・・止め・・・」
あの娘。それが誰を指しているのか・・・もう察しは付いている。
「・・・否・・・止められナカッたノダ・・・全てのもノに・・・ルため・・・」
声は次第に「人間らしさ」を失いつつある。「音」は間違いなくフロウウェンのものなのに、「声」はフロウウェンのものではなくなっている。
「・・・彼女ハ・・・彼女ヲ・・・選ンダノダ・・・」
「ヒース、ヒース! ねぇ、お願い、返事をして! ヒース!!」
ノイズばかりが発せられ、そして通信は途絶えた。
「ヒース! ヒース!」
それでも、R3は叫び続けた。
地の深くにまで届けとばかりに。
絶叫だけが、辺りに響いていた。
「どういう事でしょうか・・・」
時を同じくして、上層部。テレポータを前にして、三人の女性が通信に耳を傾けていた。その内の一人、Mがメッセージの内容に声を震わせ疑問を投げかけた。
むろん、言わんとしている事は理解している。理解しているからこそ、疑問ばかりが残る。
突然入った、謎のメッセージ。声はヒースクリフ・フロウウェンその人。下層部で二人が聞いていた物と全く同じ通信を、ES達三人も受信していた。
しかも、受信したのはプラントにいる者達だけではなかった。
「こちらでも受信確認しました」
正常な通信として、声が聞こえる。
声の主はエリ・パーソン。パイオニア2ラボも今のメッセージを受信していた。
「これはダイレクトな通信なの? だとしたら・・・」
ヒースクリフ・フロウウェンは生きている・・・という事になる。だが、話の内容から、「今」の状況を伝えているようには思えない。
ESは今一度、通信内容を脳内で整理していく。
爆発が起こり、パイオニア1の人々が飲み込まれ、依り代となる「娘」だけを残した。
間違いない。ESは確信した。
これはダークファルスが起こした「セントラルドーム爆破」の瞬間。邪神の記憶だ。
内容は間違いない。だからこそ、疑問が残る。
邪神の記憶を、何故フロウウェンが語るのか?
フロウウェンは狂った科学者オスト博士により、ダークファルスを模した生体兵器の核にされそうになっていた。道中にシノから聞かせて貰った残りのメッセージから、フロウウェンは捕まったと推測される。
その後実際に実験が行われたかどうかは不明だが、いずれにせよ邪神そのものとの接点は無いはず。彼が邪神の事を語るいわれはないはず・・・。
あの爆発。邪神復活の狼煙となったあの爆発自体に、フロウウェンやオスト博士の研究が絡んでいるという事なのか?
「先ほどの通信ですが・・・あれ、ログではないんです・・・過去の記録じゃないんです・・・!」
混乱するESに、エリがさらなる混乱を投下する。
「これはラボが最初に受信したのと同じなんです・・・」
ガル・ダ・バル島を発見するきっかけでもあり、フロウウェンの消息が問われる事となった、ファーストコンタクト。その内容と同一だとエリは言う。しかも、ログではないと。
同じ内容の物が、リアルタイムに何度も発信されているという事だ。
「つまり・・・ヒースの生死はとりあえず無関係・・・か」
ログには残していないメッセージを何物かが繰り返し送信している。内容の吟味はさておき、二度も受信したという事柄だけで言えばそういう事になる。となれば、フロウウェン本人でなくとも、これは行える。
だとして、誰が何の為に?
ますます、謎だけが残る。
何かが解明すれば謎も又生まれる。この繰り返しばかり。
「エリ、このメッセージの発信源がどの当たりだか特定できない?・・・って、聞いて頂戴、シノ」
面倒くさい。ESは自分の「立場」を忘れエリに直接尋ねようとしたのを止まり、シノに任せた。
ESとMは、この場にいないはずの人物。ラボは正式に彼女達「ダークサーティーン」の参戦を認めていない。
ラボで二人が降下した事を知っているのは、直接道を開いたノルとオペレータのエリ。そして、匿名希望のチーフ。エリには知られているので直接尋ねても問題ないように思えるが、どこかで通信記録を取られていたり残ったりするとやっかいな事になる。その為全てのやりとりはシノに一任しなければならなかった。
「それがですね・・・侵入時に、プラントは上下二層の構造だとお伝えしたかと思うんですが・・・ごめんなさい、訂正します」
訂正・・・誤った部分を正す事は悪い事ではないはずだが、訂正という言葉に嫌な予感をまず先に感じてしまう三人。
「カルの指摘から、再度施設構造を調べてみて、別の層を発見したんです。まだ「下」があります」
やはりか。嫌な予感が的中し、表情を変えないシノを除いた二人は、苦虫を噛みつぶしたかのように顔をしかめた。
「下層部からかなり深い竪穴が続いてるんです。プラント内のデータを調べたところ、この縦穴は「エレベータ溝」となっているんです。そのさらに下、井戸の底のような場所には・・・「実験体廃棄場」という名前がつけられています。発信元はおそらくそこかと・・・」
廃棄場。それも実験体の。
フロウウェンは実験体にされようとしていた。そんな彼のメッセージが実験体廃棄場から伝えられる・・・という状況が意味する事。
それは何か?
「・・・何にしても、行って確かめるしかないって事ね」
何度も何度も辿り着く答え。
考えても仕方ない。とりあえず前へ進め。
今も又全く同じ答えをESは導き出す。
「こっから降りたら、中継役を置いてきたとしても通信は不可能になる可能性が高いわ。シノ、エリにはこまめにバーニィと連絡を取り合って、出来る限り通信がクリアな場所を探しておいてって伝えて」
中継役はアッシュを納得させる為の口実。あまり期待はしていないが、しかし全く役に立たないと決めつけるのは早い。やれる事をやっておくのが最善の策というもの。
「あの・・・この感じ・・・うまく伝えられないんです・・・けど、その・・・気をつけてください」
オペレータとして、自分の不安をハンターに伝えてはならない。それでも伝えずにいられなかった「感じ」。それを声援とし、三人はテレポータに足を踏み入れた。
一旦戻る事を決めたZER0とR3の二人は、ひたすら来た道を戻っていた。
ただ一言も話すことなく。
フロウウェンのメッセージ。その内容を、R3は何度も何度も脳内に反芻(はんすう)させていた。
間違いなく、あのメッセージは邪神ダークファルスの記憶。それをフロウウェンの声で語られたという事実。R3はこの事実に隠された重大な真実に気付いてしまった。
認めたくなかった真実に。
(なら私が、彼を救い出さなければ・・・)
R3は知っていた。このプラントで待つ真実を。だからこそ、強引にZER0のチームに割り込んだのだから。
(彼を巻き込みたくはなかったけど・・・)
ちらりと、自分と並行して走るハンターを見た。
義娘が愛し、ゾークから四刀とシノを託され、ドノフに見込まれた男。
運命や宿命があるのならば、彼も又下で待つヒースと合わねばならない男だろう。そうR3は感じていた。
おそらく、あの・・・自分と同じくヒースを愛した女性も、そう感じていたに違いない。だからこそ、彼を選んだ。R3は自分の推理が幾分も間違っていない事を確信していた。
そしてこの再会も、偶然ではなく必然なのだろうと、R3は冷静に受け止めた。
「おっ、お前は・・・」
目の前に突然現れた一人の男を前に、二人は足を止めた。
ZER0は驚きのあまり声を詰まらせた。対してR3は何も語らず、静かに真っ赤なセイバーを握りしめた。
対面する男も、静かに両手で鎌をかかげた。
元は鋼鉄で出来ていた身体は光沢を失い、全ての光を飲み込むような漆黒。そして所々が毒々しく紫に点灯したその身体は、まさしく亜生命体の特徴。
キリーク・ザ・ブラックハウンド。かつてはそう呼ばれていた、邪神に全てを捧げてしまった男の、成れの果て。
開くはずの無かったアンドロイドの口をバックリと大きく開き、だらだらと粘着性の高い唾液をしたたらせている。
まるで獲物にありつけた猛獣のように。
Swish!
横一線。鎌が二人を一気になぎ払わんと迫った。だが二人とも咄嗟に後方へと軽く飛びこれをかわす。
振り切った鎌が戻るまでの刹那。この隙を逃すかとばかりに、R3は一気に間を詰めた。
振り下ろされるセイバー。長い柄でそれを防ぐ鎌。
逆袈裟で切り上げられる刀。ほぼ後ろからの襲撃にもかかわらず、邪神の使徒はセイバーを押し返しつつ軽く避けた。
振り向き、振り下ろされる鎌。振り上げた刀を戻す間もないその反撃に、侍は飛び退く事でそれをどうにか避けた。
弾かれたセイバーはすぐに持ち直し、背中を向けた使徒目掛け振り下ろされる。
だが、脅威としか言いようのない反応と反動で鎌を下から振り上げる使徒。振り下ろされるセイバーを再度弾いた。
詰めた間をまた開いてしまうハンター。挟まれた使徒は闇の奥底から響くような、怒号という雄叫びを上げ、二人を威嚇した。
強い。滲み出る汗を拭う事も出来ず、ZER0は狂乱の使徒を凝視した。
かの英雄、レッドリングリコとの共闘をもってしても、一太刀すら浴びせられない。むしろ一太刀浴びないよう攻め続けたのが精一杯。落ち着けと念じながらも、ZER0は焦りがじわりじわりと心を占めていくのを感じずにはいられなかった。
どうする? 出来る限り英雄を補佐するよう、挟むように陣取っては見たが、狂犬はそれすら全く気にも留めぬかのように完全な対応をしてくる。かといって、テクニックや銃による援護に切り替えたところで、今以上の援護になり得るとは思えない。
バラバラに攻めても無駄だ。どうにか、英雄に合わせた攻撃を切り出さなければ。そう焦るZER0の心が、より呼吸を乱している事に自身も気付いているが、どうにもならない。
R3も、ZER0と似た焦りを感じていた。これまで一人で戦う事に慣れすぎた英雄は、人に合わせた戦略を整える事に不慣れ。しかも相手は邪神により力を付けた狂犬。
けしてZER0の腕が低いわけではなく、むしろハンターの中では一流と言って差し支えない腕を持っているが、自分の技量と比べると多少下回る。そんな彼に合わせるにしては、敵は強大すぎる。全力で攻める自分に対し、ZER0がどこまでついてこられるか・・・勝負の行く末はそこで決まるか?
じりじりと、間を詰める二人。そんな二人の焦りを知ってか知らずか、使徒はなおも吠え続けている。まるであざ笑うかのように。
どちらから味わおうか。溢れる唾液を拭う事も忘れた狂犬は、牙をどちらに食い込ませるかに悩んでいた。
メインディッシュは後が良い。グルメな使徒は鎌というフォークをどちらに刺し入れるかを決めた。
「くっ!」
振り下ろされた鎌を、呪われた刀でどうにか食い止めたZER0。
まずい。ZER0はますます焦り始めた。
目標をR3にしてくれれば、サポートのしようもあった。だが前菜に選ばれたのは自分。攻撃をかいくぐり、R3がうまく隙をついてくれるのを待つしかない。
何処まで保つか・・・猛攻を何度も受け流しつつ、ZER0はひたすらにR3に期待し待った。
だが、そんなZER0の期待も、R3の必至な援護も、そして狂犬のグルメスケジュールも、全てが無駄になる。
「キリーク!」
真っ赤な刃が、躾の足りない餓えた狂犬に向かい唸った。それを瞬時に悟りかわす狂犬。
「「ES!」」
やんちゃな野良犬に手を焼いていた二人が、同時に叫んだ。
救世主の名を。
「いくよ!」
ESは声をかけた。最愛の人に。
それは育ての親ではなく、腐れ縁で結ばれた異性。
先ほどまで感じていた焦りは既に消し飛んだ。ZER0はすぐさま持ち直し、ESに続いた。
両手に持つは、忍者の刃。ESは真っ赤なブレードを幾度と無く振り下ろし振り切り振り上げた。
それを甘んじて受けるつもりなど、狂犬にはない。巧みに全てを鎌で遮りつつ、反撃の時を待つ。
一瞬の隙。その間が刹那だろうと、狂犬には充分。強くブレードを弾き返し、姿勢を崩させ、鎌を食い込ませんと振り下ろす。
しかしそれはESに届かない。突然巻き起こった爆炎に遮られた為に。
遠方からの支援。Mのラフォイエがタイミング良く放たれていた。
続けざまに、シノのヤスミノコフ9000Mが火を噴く。防戦一方となる狂犬は、たまらず弾の軌道から外れるよう斜め後ろへと飛び退く。
だが、そこには罠が。
「貰った!」
足を地につける直前。次のステップを踏ませる前に、オロチアギトの一太刀が横腹をえぐった。
一連のコンビネーションを見せつけられ、狂犬は、そして英雄も、何も出来ず仕舞い。
これが四英雄か。一人入れ替わっているとはいえ、次世代の英雄達に旧世代の英雄は感嘆するしかなかった。
何も、話していない。目配せすらせずに、ここまでのコンビネーション。長年共に戦い続けた絆があってこそ生まれる連携。
自分にはない力。R3はそれをまざまざと見せつけられ、軽い嫉妬と大きな期待を彼らに寄せていた。
そして横腹を押さえながら餓えた狂犬は、分が悪いと見たか、じりじりと後退し、そのまま闇に溶け込むよう消えていった。
おぞましい高笑いを残しながら。
「・・・ふぅ。どうにか追い払えたか。ここで殺っときたかったがしゃあねぇか。いやしかし、来てく・・・」
振り向き礼を述べようとしたZER0は、口を塞がれそれを阻止された。
駆け寄り抱きついてきた、礼を言うべき相手。彼女が唇で彼の言葉を塞いでいた。
「・・・ありがとよ」
ようやく解放された唇。ZER0は改めて礼を述べ、軽く愛しい人の髪を撫でた。
「それよりほれ、お前が会いたがっていた「恋人」がお待ちかねだぞ」
ZER0に抱きついたまま、ESは顔をその「かつての恋人」へ向けた。
「そんな熱烈なシーンを見せつけられた後だと、なんて言っていいのか判らないわ、私」
それでも両手を広げ、R3・・・リコは、義娘を迎える。
それに答え、義母の胸に飛び込んだES。
二人の再会は、かの邪神との一戦時に果たしている。だがとても再会を喜び合える状況ではなかった。
今も本来は、ゆっくりと感傷に浸れる状況ではない。だが一時、この一時だけは、母子の再会を噛みしめたかった二人。
「大きく、強くなったわね・・・ゴメンね、黙って置いてきたりして」
ESは黙って、首を横に大きく振った。
怨んだ事もあった。妬んだ事もあった。それでも、愛していた義母。今はこうして会えた事だけで、全てが許される気がしていた。
リコもまた、置き去りにしてきた義娘に対し罪悪感を抱き続けてきた。それも今、全て流し落とせたような気になっていた。
先ほどの戦い。そして自分よりも真っ先に、情熱的に、求めた相手。
今の義娘には、自分以上の力を手に入れている。絆という力を。
置いてきて正解だった・・・とは言えないが、しかし結果として、義娘は強くたくましく成長してくれた。それが心にこびりついていた罪悪感を根こそぎ取り払ってくれていた。
自分と同じ過ちは犯していない。それだけでも、義母は満足だった。
「さて・・・もっと話したい事もあるけど、後にしましょう。とりあえず、何故あなたがここに?」
「ああそうだ。それにバーニィ達はどうした?」
ESは照れくさそうな笑顔のまま抱擁を解き、そして瞬時に普段の顔つきへと変えながら、これまでの経緯を二人に話した。
「・・・そうか。まあ三人を置いてきて正解だろうな。しかしまぁ、よくアッシュを説得できたな」
頭をかきながら苦笑いを浮かべ、リーダーはESとバーニィの労をねぎらった。
ただ、リーダーとしては残念にも感じていた。
最後までメンバー全員を導けなかった不甲斐なさが残るから。アッシュの面倒を頼まれたドノフにも申し訳ない気持ちが残る。
とはいえ、無理に危険の直中へと導くものでもない。そう自分に言い聞かせ納得させた。
彼は急成長を遂げている。ルピカの心境も同様に急速な変化を見せていた。
二人はまだ若い。急ぎ育てる必要もないだろうと、長い目で見守る事も大切だとZER0は自分に言い聞かせる。
「ま・・・とりあえず、これでフルメンバーって事なんだし。そろそろ行くか?」
ごく自然に、ZER0はESに尋ねた。
「なに私に伺い立ててるのよ。リーダーはあなたでしょ?」
呆れたように、しかし顔は意地悪そうに、ダークサーティーンのリーダーはD−Hzのリーダーに言い放った。
「美女四人、ちゃんと指揮とって導いてよ?」
「お願い致しますね、ZER0さん」
「御心のままに。指示をお願いします」
「あらあら。モテモテね、ZER0さん」
四刀ですら使いこなすのに今四苦八苦しているリーダーは、四人の美女を導けるのか力量を試されている。
軟派師として? いやいや、もちろんリーダーとして。
「おっ・・・おう。任せろ」
言ってはみたが、大丈夫だろうか?
思えば、まだアッシュの方が扱いやすかった。さて、本当に自分はリーダーとしてやっていけるのか・・・不安を感じつつ、冥府の奥へと進んでいった
(後で・・・か)
リコは、自分の言葉を心中で繰り返し、そして折角払いきった罪悪感を又心にこびりつけていた。
この先に何が、誰が待っているのか。そして自分が成すべき事は何か。リコは全て承知していた。
また私は義娘に・・・いたたまれない思いをぐっと抱きしめ、リコは地獄の直中にいながら幸せそうにリーダーの横を並んで歩く義娘の姿を見つめながら、後に続いた。
第23話あとがきへ | |
目次へ | |
総目次へ |