novel

No.21 奈落という名の宴
〜Abysmal ball banquet〜(前編)

 ラグオルには、かつてパイオニア1の人々が建設し、そして稼働していた研究施設がいくつかあった。だが、主を失った施設はほとんど稼働を停止している。
 ほとんど。そう、まだ稼働している施設はある。
 しかし、「主を失った」という点においては、例外はないのだが。
 ただ「事故」によって主を失った施設が多い中で、主自ら放棄し、しかし稼働を続けている施設があった。
 中央管理区制御塔。その内部にある、「マザーシステム」がそれである。
 マザーシステムは、天才博士オスト・ハイルによって考案され実験が途中まで進められた「次なる生命体」の研究を行う施設。放棄された今も、管理アンドロイドデルタは進化を志願したAIカル・スを見守っている。
 今はただその成果を見守るだけの施設・・・のはずであった。
「いや、すまないねぇ。使わせて貰っちゃってさ」
 一応謝罪と感謝に受け取れる言葉だが、言葉を発した本人はモニターから目をそらす事もなく、背中越しに話しかけるだけであった。
「マザーシステムに影響が出ない範囲なら、お好きにどうぞ」
 管理人デルタは、顔を向けない相手に向け許可与えた。と言っても、既に来客は「お好きに」施設を使っているのだが。
「本当にすみませんですぅ。突然訪れてぇ」
 少々ろれつの回らない子供じみた話し方で、施設を使用している男の代わりに一人のアンドロイドが、桃色の髪と同色のヘッドドレスのような物が付いた頭をぺこりと下げた。
「構いませんよ。あなた達の父様と私の父様は共同で研究をしていた仲だと伺っていましたし」
 デルタは初めて会った来客の事を、彼女の父・・・オスト博士から色々聞かされていた。もっと言えば、生まれる前からある程度「情報」としてインプットすらされていた。そんな来客を無下に追い返す事は出来ない。むしろ歓迎すべきだとデルタは判断し、以前団体で訪れた来客達の時とは違い三名を無条件で通していた。
「あの時、あなたもエリと共に同行していたのはこういう事ですか」
 頭を下げたアンドロイドとは別の、もう一人のアンドロイドにデルタは話しかけた。
「はい。私達はもうパイオニア2には戻れませんし、かといって何の設備もなくラグオルで研究と生活を続けるのは困難でしたので。博士の読み通り、ここがまだ稼働していて助かりました」
 真っ赤なアンドロイドが、事情を説明し始めた。
「博士は「こちらの」マザーシステムの核である「ELENOR」が意図とは違う形で起動してしまった事で、パイオニア2から身を隠す必要にかられました。そこで、私の修復をパイオニア2で最低限の所だけ行った後に、「協力者」の助力を得ながらラグオルとパイオニア2を密かに往復し、準備を整えておりました。ですが、どうしても博士の研究には大きな施設が必要でしたので・・・」
「そこで、「こちらの」マザーシステムを活用される事を思いついた、という事ですか?」

 デルタの問いかけに、赤いアンドロイドが頷いて答えた。
「いや、流石に素晴らしいよ「そっちの」マザーシステムは。ちょっと調べさせて貰ってるだけで、キミのお父さんがどれだけ凄い事をやろうとし、そしてほぼ完成に近づけていたかが判るよ。まぁ最も、僕だって彼に負けぬ天才なんだけどね、フフフ」
 背中越しに二人の会話を聞いていた博士が、相手方を立てるように褒め称える。だが負けず嫌いなのか天然なのか、自分も天才であると付け加えるのを忘れなかった。
 少なくとも、ちょっとした「ユーモア」を含んでの自画自賛だったと思われる。微笑でも苦笑でも、笑って貰えれば御の字。そんな会話であったが、デルタは笑うどころか僅かに顔を下へと向けてしまった。変わらない表情ではあるが、笑いを堪えているわけではない事くらいは判る。
「ですが・・・父様は私とこのマザーシステムを捨てました。諦めてしまわれました・・・」
 管理を続けている彼女は、その事実だけが常に重くのしかかっている。それでも管理を続けているのは、そうプログラムされたアンドロイドだからか、それともそう作られた彼女のプライドなのか。
「・・・いや、彼は捨てた訳じゃない。ここの機能を完全に止めなかったのがその証拠さ」
 振り返らずに、ひたすら端末を操作しながら博士は慰めている。彼なりの確証を持って。それを察したのか、デルタは顔を上げ、何かを懸命に調べている博士の後ろ姿、赤と黄色の縞模様で飾られた「毒キノコ」としか形容しがたい大きな帽子を見つめた。
「彼の豹変には、僕も疑問を持っている。彼は・・・僕の友人は、研究に没頭するタイプだし多少の事なら研究の為に悪に目をつぶる人だけど、醜悪な人間じゃなかった」
 科学者は時として、研究を第一に考え出来上がった成果が悪用される事まで考えない・・・判っていても目をつむる事が多々ある。それを嫌という程身に染みて判っている博士が、かつての友人が犯した「罪」を暴こうとしている。
「やってしまった事を弁解しても謝罪しても遅い。今は原因と事実を把握して、これからの未来に向けて補正していかなければならないんだ。これが・・・僕の出来る贖罪(しょくざい)と報復だ・・・」
 自ら犯した罪を認め、そして友人が犯したと思われる罪を暴き、全てを背負い修復しようとしている。そして自分達を罪人へと走らせた「何者か」に対して彼なりの復讐を果たす。
 エゴだろう。博士は思った。自分がやろうとしているのは、自分の犯した罪を認識し押しつぶされそうになっている心を少しでも軽減しようとして行っている自己満足に過ぎないと。だが、それで救われる者が他にもいるのもまた事実。ならば、なんであれ全力で修復しなければならない。
 狂った研究の成果を。
 折しも、彼の真下・・・海底に作られたもう一つの「稼働している研究施設」では、その狂った研究の成果に苦しめられているハンター達がいた。

 海底プラント。これまで発見した「パイオニア1の置き土産」の中では、最も規模の大きい研究施設。
 これまでに見つけた研究施設と言えば、この島にそびえ立つ制御塔と、セントラルドーム地下深くに作られた坑道の二つ。一方の制御塔は名の通り島を制御する事と「マザーシステム」の管理が目的だった為か、中は至極シンプルな構造。対して坑道は、名の通り本来の目的が遺跡を発掘する為の通り道であるため、それなりの施設は運び込まれていたが入り組んだ構造をしていた。
 その二つに対して、ここ海底プラントは計画的に設計されたのがよく解る。
 部屋の大小はあるが、正方形ないし長方形の整った部屋が各所にあり、それらを通路で繋いでいる。部屋も通路も、大きな窓があり、外・・・海底の様子がよく見える作りになっている。また部屋によっては緑を取り入れたりペットマシンである「宙を泳ぐ魚」を配置したりする等、研究員に安らぎを与え、圧迫感の緩和を試みているのが、計画的設計の代表といえるだろう。
 ただ、そんな心安らぐ広々とした敷地内にいながら、そんな余裕などハンター達にあろうはずもなかった。
 環境とは真逆に、ここでは心淀むモンスター達が作り出されていたのだから。
「距離を見誤るなよ! 中距離が最もやっかいだぞ」
 リーダーZER0の檄が、プラント内に響く。
 チームの人数は六人。それと同数のエネミーが、部屋に入る成り歓迎の意を示してきた。むろん、その歓迎とは「有無を言わさず襲いかかる」という手荒い物である事は言うまでもない。
 もっとも、このエネミー・・・容姿も何もかもが、「イカ」としか表現出来ないこのエネミーに話せる口があるようには見えないが。
 このイカ、見た目は本当にそのままなのだが、属性がアルタードだけはあり微妙に通常のイカとは変化している。
 まずは口だ。本来のイカは十本の脚の付け根中央に口があるのだが、このイカは人間や多の動物と同じように両目より下の部分にクチバシのような口が付いている。そして何より違うのは、水中ではなくプラント内という陸に上がり活動している点だ。
 脚は十本もあるが、軟体動物であるイカが重力化にある陸上に立つ事がまず信じられない。重い身体を支えるには、脚に骨ないし外骨格が無ければ折れ曲がってしまうはず。それでも立っているという事は、よほど強靱で固い筋肉が脚にあるとしか考えられない。
 証拠に、十ある脚の内二本、他と比べ明らかに長い「腕」と呼ぶべき脚で放たれる一撃は、かなり強烈のようだ。空を切る音も、床に叩きつけた音も、かなりの大きさだ。まともに食らえば相当なダメージになるのは間違いないだろう。
「くそっ、やっかいなの作りやがって」
 舌打ちしながら、リーダーが愚痴る。
 鞭のようにしなり襲いかかるイカの腕は、リーチが長い。こちらが懐に飛び込もうにもその直前で腕を振ってくる。その距離はこちらの武器の届かない微妙なところ。しかもどうにかくぐり抜け接近しても、信じられない素早さで後方へと滑るように逃れていく。接近戦を得意とするハンターにとって、これほどやっかいな敵もそういない。
 そして更にやっかいなのが、相手も集団である事。ZER0達はチームとして役割分担を割り振っているのに対し、敵は全員がワラワラと迫ってくる。前線に出ているのがZER0とR3の二人だけであるため、計算上一人で三匹を相手にしなければならず、様々な方角から打ち振るわれる腕を全てかわすのは至難の業。それでいて攻撃が届かないのは苛立ちを募らせるだけ。
「まっ、こーいうのは俺達に任せとけ」
 言うが早いか、バーニィの愛銃が、まさに「火」を吹いた。
 バーニングビジット。場合により貫通能力さえ発揮する炎の弾を射出するランチャー。無造作にワラワラと二人のハンターに群れるイカは、まさに彼の銃の標的にはピッタリ。まとめて焼き払うには好都合。
 加えて、シノのヤスミノコフ9000M。イカの腕も届かない遠距離から放たれるマシンガンの銃弾は、確実にイカの柔らかい身を貫いていく。
「ああいう役目は、アンタがやるんじゃないの?」
「うっさいなぁ。くだらない事言ってる暇あんなら先輩達を援護しろよ」

 後方で様子を見ていたルピカが、ほとんど囮役になっているリーダーを見ながら己の「盾」をからかっている。
 からかわれた盾は援護を要請したが、その必要はどうやらなさそうだ。
 バーニィとシノの援護もあり、ZER0は弱ったイカの群れを次々と輪切りにせんとばかりに切り刻んでいった。
「これでビールがあれば完璧だな」
 流石に綺麗な輪切りには出来ないが、こんがり焼けたエネミーはまさにイカの丸焼き状態。これが作られしモンスターでなければちょっとは美味しそうにも思えるのだが。
「ちょっとやっかいな敵だけど、思考が単純で助かるわね」
 苦戦とまでは行かなかったが、援護を得て三匹を倒したZER0に対し、R3はたった一人で残り三匹をなぎ払っていた。それでいて、この余裕ある言葉。
 強い。解っていたが、ZER0は改めて彼女の強さを見せつけられた。
「・・・流石だね」
 溜息に軽い嫉妬と憧れを乗せ、ZER0が愚痴るように褒め称える。
 彼女の強さは、単純に「腕」の善し悪しだけではない。
 例えば、ZER0の場合イカの攻撃を受けてから初めてどのような敵かを見極め始めたのに対し、R3はイカの姿を見た瞬間からある程度の攻撃方法や思考パターンを想定し始めていた。判断の差はそのまま攻防のイニシアチブに影響する。それは当然、状況の優劣へと直結する。
 ハンターにして博士号をも持つ天才、赤い輪のリコ。
 判断力,経験量,技術力,身体能力。どれもが比べるまでもなく、ZER0を上回っている。さすがは英雄と言うべきか。
 そんなR3に・・・ZER0は何か言い得ぬ「不信感」がつきまとった。
 彼女は、初めから援護を想定していない戦い方をする。それが解せなかった。
 敵を見た瞬間から、立ち回りを判断したR3。それは絶賛に値するのだが、まったく「仲間」をあてにしていない、あてにしているとするならば「三匹は引きつける」という計算上だけの事。それがどうにも引っ掛かった。
 制御塔で共闘した時にも感じた違和感が、ここに来てまたZER0の心中に靄のごとく広がってくる。
(・・・考えすぎだ。つーか嫉妬してるだけだろ)
 自分よりも強いR3。自分より以前にESと親しかったリコ。どこかで、嫉妬している自分がいる。だから彼女に、変な違和感を感じるのだろうとZER0は解釈した。
 くだらない。ZER0は己に苦笑した。つまらない事で疑心暗鬼を生じては、リーダーとして失格だ。
「ZER0、端末を発見しました。データの収集にかかります」
「あっ・・・ああ。頼む」

 シノの呼びかけで意識を切り替えたZER0は、くだらない考えに没頭していた自分をごまかすように指示を返した。
「・・・研究ファイルのようですね。すぐにでもラボにデータを送信したいのですが、海底にまで潜っているせいか、ハンター用の簡易端末では送信が上手くいかないようです。先に各所へ送られているはずの「CAL」からでないと難しそうです」
 海底から地表を経て、大気を通り抜けて宇宙にあるパイオニア2へ送信する。そう考えれば簡易端末では難しいのが解るというものだ。
「OK。なら先を急ごう」
 リーダーが皆を促し、次の部屋へと繋がる通路へ足を踏み出した。
(・・・ちくしょう、何なんだこの不快感は・・・)
 漠然としない気持ちを引きずりながら・・・。

「・・・最近、施設内に異様な空気が流れている・・・」
 発見した、ヒースクリフ・フロウウェンからのメッセージ。無事侵入を果たしていたCALの一つを発見したZER0達が、早速集めたいくつかのデータをラボに通しながら聞いていた。
 彼の言う「異様な空気」とは、後に続くメッセージからも「雰囲気」の事を指しているのは間違いない。
 だが、ZER0達はそれとは違う「異様な空気」を感じていた。
 静まりかえった、最新設備のプラント。うごめくのは、取り残された実験生物。このような環境では、とても清々しい空気など吸えるはずもない。
 そんな空気の中で語られる真実は、より言葉の重みを増していった。
「オストが実験中の被験体が施設内から逃げ出したらしい。聞くところによれば、坑道施設へのダクト内に潜伏したそれは・・・動物や植物。そういった原生の生命体に例の因子を注入し、突然変異体を生み出しているということだ」
 誰も口にしなかったが、フロウウェンが語っている「逃げた被験体」には皆心当たりがあった。
 デ・ロル・レ。そしてダル・ラ・リー。
 洞窟の奥にある巨大な川。そこを宿にした主。巨大なムカデを思わせるその化け物が、洞窟に住まう他の住人をアルタードビーストへと変貌させた張本人である事はラボの調査で解っている。
 いや・・・元を正せば、張本人はメッセージよりパイオニア1ラボの者達だとこれでハッキリと解った。
 メッセージにある「坑道施設のダクト内」という点も、後の追調査で判明していたが、こちらもこれで確定的な事実となった。
「島の管理AI群も何者かの侵入を受けているようだ。坑道施設のほうでは突然変異体の発生はおろか・・・管理マシンの暴走すら最近ではざららしい」
 こちらも実際目の当たりにしてきた事で事実だとは解っていたが、パイオニア2がラグオルに到着する前・・・セントラルドームの爆破事故が起こる前から、パイオニア1ラボの者達は把握していた事が明らかになった。予測こそしていたが、早い時期から異変が起こっていたというこの衝撃事実は誰しもが少なからず動揺した。
「真上に位置しているセントラルドームにまで被害が及ぶのは時間の問題・・・」
 セントラルドームだけではない。地表にいる全ての動植物に影響が出ていたはず・・・いや、出ていたのだ。それが可愛そうなネイティブの動物達。
「あの時にはもう手遅れだったの・・・」
 ぽつりと、R3が呟いた。
 あの時とは、彼女・・・リコ・タイレルが、単身「暴走を始めた原生動物の調査」を始めた時。地表にまで異変が確認されていたあのセントラルドーム爆破直前の状況では、もう洞窟や坑道ではD因子の浸食がかなり進んでいたのがこのメッセージからも解る。
 調査を始めたのが遅すぎた。悔しさと苛立ちが、ギシギシと鉄の拳を軋ませた。
「そんな状況にも関わらず、オストは実験の最終段階に入るなどと言い出した!」
 メッセージを語り続けているフロウウェンも、まるで今のリコに同調するかのように悔しさと苛立ちを声に乗せている。
 落ち着いた、いぶし銀の魅力ある、まさに「英雄」らしい声色を持つフロウウェンが、これまでにはなかった強い怒りを怒号にして吐き出している。
 それだけ、悔しかったのだろう。死を偽され、被験者になる事で何も出来なくなった己の身が。その思いがひしひしと伝わってくる。
「奴はこうも言った。「逃げ出した被検体やプラントのケージ内にいる人工生命体群は・・・全てこの為の試験段階に過ぎなかった。全ては予定通りなのだ。この実験が成功すれば問題は駆逐されるだろう」と」
 広がる被害。予測される被害。それに巻き込まれる動植物や何も知らないパイオニア1の人々。それらを全ての被害が、実験の成功一つで「駆逐」されるものか。人身御供にされていく者達の事など気にも留めず「試験段階」がと言い切る神経。
 何が天才博士か。誰もが、このマッドサイエンティストの横暴に怒りを禁じ得なかった。
「実験の内容はこうだ。亜生命体を生み出している根源そのものを自らの手で作り出す。このコアに「人間」を使用することによってそれをコントロールすると言うのだ」
 耳を疑った。もとより誰も口を開いていなかった中にあって、更に言葉を無くし音を無くしたような・・・あまりの衝撃にメッセージの言葉以外全ての音が遮断されたような・・・そんな不気味な静けさを感じ、そして後から強烈な悪寒を背中に感じ小刻みに震え出す。
「馬鹿な…! 言ってみれば「アレ」を模した「生体兵器」 を作り出すようなものだ。なんという愚かな・・・理解もできぬもの、手にも負えぬものを模倣したところでなんの結果が得られる・・・?」
 つまり・・・ダークファルスそのものを兵器として生み出そうというのか?
 これまでに見てきた、様々なエネミー達はこんな恐ろしくおぞましい研究の為に生み出された布石だとでも言うのか?
 パイオニア1ラボは、かの邪神がいかに恐ろしい存在なのかを知っているはずだ。フロウウェン率いる軍が壊滅し、たった一人生き延びた彼を実験の材料にしようとしているのだから。
 それでも、それでも続けようと言うのか?
「オストほどの有能な科学者がそんな判断もつかないほどになろうとは・・・いや、これが天才と称される所以なのか・・・」
 メッセージは落胆し絶望したフロウウェンのつぶやきを最後に途切れた。
 途切れてもなお、誰も口を開こうとしなかった。
 このメッセージで、判明した事実は多く、大きい。
 そして、あまりにもおぞましい物だった。
 沈黙が耳に痛い。それでも、音を発するのが躊躇われる。
「・・・実験? 生体兵器?って、なんなんですか・・・? 今までラグオルに出現してた生物って、今のラグオルの現状って、私たちの仲間の手で起こされたことなの? それとも、全部古代文明が残したモノのせい?」
 現場にいない分、まだハンター達よりも重苦しい空気に押しつぶされていなかったオペレータが、ショックから誰よりも早く立ち直り、疑問を矢継ぎ早に口走った。
「あ・・・ごめんなさい。私が混乱しちゃって・・・しっかりしなくちゃ」
 混乱していただけ、まだ立ち直ったとは言い難かったが、しかし彼女のおかげで他のハンター達が沈黙から解放されたのも事実。
「いや、いいんだエリちゃん。とりあえず、一緒にチーフも聞いていたと思うけど、その音声データを渡しておいて。それと、見つけた他のデータの解析もお願い」
「はっ、はい。ちょっと待ってて下さいね」

 気遣いと共に、ZER0はオペレータにデータの解析を申し出た。おそらく慌ただしく駆け回っているだろうエリの姿を想像すると、何故か微笑ましくホッと出来る。
「・・・なあ、R3。もしかしてオスト博士は・・・」
 落ち着きを取り戻した・・・ように振る舞うZER0が、微かに震える唇で声を絞り出した。だが完全に最後まで絞り出す事が出来なかった。それでも、声をかけられたR3はZER0が言わんとしている事を理解している。しているが、彼女も又なかなか声を発する事が出来ないでいた。
「・・・ええ、彼もたぶん・・・魅入られたのでしょうね・・・」
 誰に? それを訊く必要はない。
 ダークファルス。かの邪神の信仰に、オスト博士は陶酔してしまったのだ。
 フロウウェンは言った。博士は天才故に愚行だという事の判断も付かなくなったと。それもあるだろう。だが、それだけではない。
 人の欲望をかき立て、操るかのように愚行へと走らせる。それが邪神のやり口。見事に、博士は邪神の掌で躍らされていたのだろう。
 ZER0もR3も、かつて邪神に躍らされた経験を持つ。それだけに、一度網に掛かればそうそう抜け出せないのも承知している。
 オスト博士が行った実験の数々は、許し難いものがある。だがそれを彼一人の責任と押しつける事は出来ない。
 全ては、邪神の描いたシナリオ通りに進んでいた。少なくともフロウウェンがメッセージを吹き込んだ時までは。
 これまでの調査結果だけでは、オスト博士は「当代一の天才博士」から「パイオニア1を壊滅させたマッドサイエンティスト」へと歴史に刻む名が変わってしまう事になってしまう。邪神に魅入られたとはいえ、彼が行った事が彼の「欲望」であった事も間違いないのも事実で・・・何とも言い難いが・・・哀れでならないと二人は感じていた。
「それよりも・・・」
 何事か、気になる事がある素振りでR3が呟いた。
「・・・いいえ、何でもないわ。ごめんなさい」
 R3が気にかけた事。それはZER0も薄々気付き気になっていた。
 フロウウェンが、模造ダークファルスの核にされる・・・いや、されたのではないかという事。
 メッセージの中で、フロウウェン自身も語っていた。オスト博士は模造ダークファルスのコアに人間を使いコントロールするのだと。そのコアになる人間というのが・・・フロウウェンかも知れない。それが事実ならば・・・R3にとって耐え難い事実となってしまうだろう。
 彼女は、実際邪神の核となった。その時の苦痛と苦悩は・・・とても語れる物ではない。それと同じ事をフロウウェンがされたとすれば・・・もう想像すらしたくはない。だから彼女は言葉を濁した。
(・・・今頃彼女も・・・)
 ふとZER0はうつむくR3の様子を見ながら、一人の女性の心中を察した。微動だにしない氷の仮面を身につけながら、悲痛な思いでメッセージを聞いていたであろう、一人の女性の心中を。
「お待たせしました。データには、レベルαとβの二種類に関する記録が収録されていました」
 明るく務めようとするエリの声が、無機質なプラントに響く。
「読み上げますね。ええっと・・・実験コードレベルαには技術開発から生体研究まで様々なものが含まれてて、「レコン」「レコボクス」というマシンの開発記録もあります。先日制御塔でZER0さんと見・・・っと、ええと・・・こっ、これは施設内の小型巡回偵察機ですね」
 語尾がおかしくなったのには訳がある。エリとZER0が制御塔に侵入した事は、基本的に極秘事項としているからだ。とはいえ、彼女の声を聞いているハンター達の半数はその塔へ侵入しており、半数は既に聞かされているので問題はないのだが、ラボにいるエリにしてみれば、彼女の様子を見ている他のラボ所員に聞かれるのはまずい。
 相変わらずそそっかしいなぁと苦笑いを浮かべるハンター一同。
「・・・可愛いフォルム・・・」
 ハァ、と熱い溜息が微かに聞こえてくる。
「・・・あ! ごめんなさい、また・・・」
 相変わらずのメカフェチっぷりだなぁと呆れるハンター一同。これが愛らしいと言えば愛らしいのだが。
「えーと。他には地表にも出現した捕獲用マシンですが、海底仕様が存在するようです。「ゾアタイプ、ゼレタイプ」の二種類が存在するようです。基本装備は同じようですけど…一部「凍結装置」に変更されてますね」
「もしかしてシノワか? かぁ、面倒なのがいやがる」

 たまらず、バーニィが声を上げた。シノワタイプの白兵ロボットはレンジャーが最も苦手とするタイプ。ステルス機能で瞬時には正確な位置が掴めない上に、島の地表に出現したタイプは瞬間移動までしてのけた。接近戦を不得手とするレンジャーにとって、これほどやっかいな敵もいない。
「すみません、もう少し詳しいデータはありませんか?」
 シノも同じくレンジャーとして気になるのだろう。珍しく彼女から質問がされた。
「ええと・・・ごめんなさい。発見されたデータではこれ以上詳しくは・・・ただ、地上のベリルタイプやスピゲルタイプよりも海底仕様という事で、潜水艦のように丸みを帯びた可愛らしいフォルムになっているようですが」
 誰も「可愛らしい」フォルムなど訊いていない。とツッコミを入れたくなったのを皆必至で思いとどまった。これでも、彼女は大真面目なのだから。
「えーっと、とりあえずレベルβのデータを頼むよ」
 リーダーがまだ話したりなさそうなエリを、次の段階へと誘導した。
「はい・・・っと、これですね。ええっと・・・この「コードβ」は研究段階としては中期の実験コードのようです。実験コードレベルβのデータに記録されてて施設内で確認されたのは・・・「ドルムオムル、ドルムダール」と呼んでいます」
 間違いなく、侵入して間もなく遭遇し、その後も何度か交戦したあの「イカ」の事だ。
「他には・・・レベルγのデータとかは無い?」
 既に遭遇し、あらかた特徴を理解したエネミーよりも、まだ未遭遇のエネミーが気になる。何より・・・おそらく研究段階後期となり、よりオスト博士が目指した物に近い生体兵器・・・D因子で構成されたレベルγのエネミー達が。
「ごめんなさい、レベルγはまだデータ解析が済んでないみたいですね」
 無い物は仕方ない。とりあえずシノワの新型がいる事が解っただけでも心構えが出来るというものだ。とりあえずはそれだけで満足しておこうとリーダー他ハンターズは気を引き締め直した。
「ありがとう、エリちゃん。じゃ、こっちは調査を続行するよ」
 通信を切り、リーダーはメンバーの顔を見渡した。
 フロウウェンのメッセージを聞いた直後よりはかなり笑顔が戻ってきてはいる。だが、気が抜けたわけではない。張りつめた緊張をほどよく緩め、時に引き締めながら、六人は先へと踏み出していく。

 長方形の室内には出入り口が東西に一つずつ。そしてどちらのエントランスも少し広めで、手すりと下りの階段が取り付けてある。階段はさして長くはなく、エントランスと降りた先の広場との高低差は3mほど。下の広場は何故かくるぶしあたりまで水が浸っていた。
「こりゃ海水か? って事はどっか浸水してるのか・・・」
 バシャバシャと広場を歩きながら、バーニィが辺りを見回す。これといった浸水原因は見あたらない。
「簡易水槽のようですね、ここは。海水を出し入れ出来る装置を発見しました」
 周囲をスキャニングしていたシノが、部屋の構造からここの用途を推測した。
「あのイカとかを実験していた部屋なのかしらね」
 R3も同様に、使用目的を推測する。
「んー・・・それだけで特に目新しい物はなさそうだな。先に行くか」
 リーダーが先陣を切ってメンバーを率い部屋を出ようと階段に足をかけた。
 何もなさそうだと判断したからといって、油断していたわけではない。常に警戒はしていた。それでも、不意を突かれてしまった。
 ガシャン、という機械的な音と、バシャッ、という強く水を弾く音が背後から鳴り響いた。
「なんだっ!」
 慌てて振り返る一行。が、そこには何もなかった。
 そのように見えた。
「ぐふぉ!」
 振り返ったアッシュが、真横に倒れ込む。脇腹に何か強烈な一打を受けたのは倒れた本人だけが自覚していた。だが、周囲にいる他の者は何が起こったのかすら判断が出来ない。
 判断は出来ないが、何事かが起きた事は一目瞭然。すぐさまバーニィとZER0がアッシュの元に駆け寄り、ルピカは先ほどまで前方だった後方へと下がる。
「大丈夫か、アッシュ!」
 返事はない。したくとも、脇腹の強打が効き呼吸すらままならない。
 何かいる。だが、全くその姿は瞳に映らない。
「レーダーに反応無し・・・強力なステルスがかけられているものと思われます」
 すぐさま周囲を確認するシノだが、先ほど部屋の周囲を調べた時と何ら変わらぬ反応。敵の影は全く掴めない。
「・・・新手のシノワか」
 オペレータより報告を受けたばかりの、新型シノワ。姿は確認出来ないが存在は確認した。
「がはっ!」
 アッシュに続き、今度はバーニィがうめき声を上げた。だがアッシュの時と違い身構えていた分倒されることなく踏みとどまれた。とはいえ、強烈なダメージに変わりはなく、一瞬呼吸が止まる。
「くそっ、どこにいやがる・・・」
 見渡せど、姿はない。何時来るか解らぬ一撃に怯え身構えるしか、打つ手がない。
 神経をとぎすまし、待ちかまえるZER0。
 微かに、本当に僅かに、空気が揺れた。
「くっ!」
 左腕にぐっと力を入れ、腰を落とす。と同時に、フォトンの光が一瞬、ガインという何かを弾く音と共に盾の形を形成する。
 どうにか防いだ。と思ったZER0だったが、防いだだけでは進展はない。
 それどころか、脅威はまだ防ぎ切れてはいなかった。
 キーンと特有の音が、猛攻を防いだ左とは反対側から聞こえた。そう認識した時には、身体全体に強烈な冷気を浴びせられていた。
 凍てつくような冷気に、一瞬身が全て凍るかと思われたが、どうにかそれだけは免れた。しかしもちろんの事、全身に相当のダメージは追った。
「二体いる!?」
 後方を警戒していたR3が、敵の数をようやっと認識し始めた。熟練の英雄ですら、認識に戸惑うほど完全なステルス。
「そこっ!」
 だがどんなに迷彩しようとも、動けば存在がばれる。まして目に見える冷気を噴出すれば、おおよその位置が解るというもの。シノは相棒を襲った冷気の噴出位置に銃口を向け、数多の銃弾を射出した。
 手応えは感覚と、そして視覚で確認出来た。
 多少衝撃で後ずさったのか、シノが狙いを定めたところよりは少々奥に、忍ぶロボットが浮かび上がってきた。
 真っ青な装飾に重量感ある姿。横幅の大きな姿は、初めて見るがシノワシリーズの特徴を表していた。エリが言うように全体的に丸みを帯びたフォルム。地に届く程に太く大きな腕が目を引いた。
「くっそ、よくもやりやがったな!」
 ようやっと立ち直ったアッシュが、姿を見せた新手のシノワに迫った。
 袈裟に振り下ろされる、フォトンの真っ青な刃が二撃。手応えはあったが、バカでかい腕に阻まれ致命傷には至らない。
「まだっ!」
 間髪入れず、今度は刃を振り上げ斬りつけようとした。だが、その刃は虚しく空を切る。
 また、姿が消えた為に。
「またかよ、どこだ!」
 苛立ちを隠さず、周囲を見渡すアッシュ。だが完全に姿を消したシノワは見あたらない。
 それもそのはず。姿は確かに「見えない」が、それは「透明になった」わけではないのだから。
「!」
 声にならない悲鳴を、R3があげた。
 瞬時に察した英雄は振り返り盾を構え、どうにか衝撃を和らげる。
「この距離をワープするなんて」
 被害を最小限に食い止めながら、脅威の科学力に舌を巻く。
「後かよ!」
 周囲の状況に気を配っていたリーダーが、突然襲われたR3に気を取られそうになる。だが、彼女の心配ばかりしていられない。
「っと!」
 ガイン、とまた盾で弾く衝撃。姿の見えないもう一体は、未だZER0に執着している。
 どうにか防ぎきっているが、防戦一方では埒が明かない。打開策はないのか。懸命に模索しながらも、続けざまの衝撃に痺れ始めた左腕も気になり始めるZER0。
「・・・! ZER0先輩、足下!」
 キョロキョロと辺りを見回していたアッシュが、何かに気付いた。
「・・・でかしたアッシュ」
 言われるまま足下に注目したZER0も、解決の糸口に気付いた。
 映っているのだ。部屋全体に残された海水、その水面にシノワの姿が。
「せいっ!」
 振り下ろされる一撃。足元を見ながら位置を確認しての一撃は、多少おぼつかない。が、一太刀浴びせるだけならZER0には充分。
 シノの攻撃を受けた時同様、オロチアギトの一撃に忍者は姿を現した。
「はっ!」
 同様に、真っ赤なセイバーの一振りでR3がもう一体の忍者から隠れ蓑をはぎ取る。
 だが、やはり致命傷にはなっていない。立て続けに斬りつけようとする二人だったが、二体はすぐに又消えた。
「・・・ようするに、何か当てれば良いんでしょ・・・GIFOIE!」
 ルピカの周囲に、炎の弾がグルグルと弧を描き広がっていく。
 ガンッ! ガンッ! 遠方から、金属音が響く。音と同時に、青い機体が浮かび上がってきた。
「やろう、くたばりやがれ!」
 バーニィがご自慢の愛銃から炎の弾を射出する。同じく、シノも骨董品のマシンガンから無数の玉を射出。
 そしてバーニィの言葉通り、一体は膝を折り前のめりに倒れくたばった。
 だが、もう一体は耐えきった。
 また姿を隠すか。そう思われたが、図体のデカイ忍びは逃げも隠れもしなかった。
「ちょっ!」
 驚くべき跳躍で、飛び込んできた。両手を組み上に振り上げながら、ルピカ目掛け。
 見た目通りの重量と、そして跳躍の威力。そしてがっしりと太いハンマーのような両腕。それらが一体となった一撃。これにルピカは耐えられないだろう。もし直撃したのなら。
「ぐっ・・・」
 ガン! と豪快な音を立て、ルピカへの一打は弾かれた。アッシュの盾により。
 アッシュはルピカから離れていた。にも関わらず、彼は彼女がテクニックを使った時にはすぐに彼女の元へと駆け戻っていた。自分に課せられた使命感なのか・・・すぐに一人敵へと突っ込むあのアッシュが。
「せいやっ!」
 あまりに強烈な一撃に、アッシュはすぐに動けなかった。その為本当は自分で決めたかった止めを、近くにいたR3の一撃に奪われてしまった。
「うし、良くやったぞアッシュ」
 それでも、尊敬する先輩から褒められたアッシュは機嫌良くニカッと笑顔を見せた。
「・・・ま、盾として随分使えるようにはなったわよね」
 褒めているようにはとても聞こえない一言が、アッシュの機嫌を瞬く間に損なわせる。
「お前なぁ・・・助けてやったんだからありがとうの一言くらい言ったらどうだ」
「ふん。盾が盾の本分を全うしただけでしょ? 褒める事でも礼を言う事でもないわ」

 またか。アッシュとルピカのやりとりを見ていた他のメンバーが苦笑いを浮かべる。
「長居は無用。さっさと行くわよ」
 ルピカがこれ以上の口論は無駄だとばかりに切り上げを宣言し、先へと行ってしまう。やれやれと、他のメンバーも彼女の後を追った。
「ったくよぉ・・・なんだよあいつ。俺を盾扱いしかしねぇで」
 ぶつくさと文句を垂れながら、不機嫌に後を追うアッシュ。
「まあまあ、そう脹れるなって相棒」
 少しはフォローしてやるかと、バーニィが声をかける。
「あれよ・・・「盾」ってのも極めると格好いいぜ?」
 アッシュはハンターに格好良さを求めている。故に前線で活躍する姿に憧れている。今リーダーから申しつけられている「ルピカを守れ」という命令は、アッシュの理想からはかなり遠い。
 そんなアッシュの理想を理解しているバーニィは、彼の「憧れ」を上手く刺激して機嫌を取り戻させようと考えた。
「姫を守る騎士ってのは、守りきってこそ華。今はルピカ一人だけどよ、いずれは惚れた女を守りきるナイトになるってのも良いだろ? 今はその為の予行練習だとでも思っとけ」
 女性が己を守ってくれる白馬の王子に憧れるなら、男性も姫を守り通す事に憧れるのもしかり。
「それによ、何も守る対象が一人だなんて限定しなくても良いんだよ。チームを守る、市民を守る・・・それが英雄ってもんだろ」
 将来像を想像させ、「守る」という事の重要性と美徳を語る。アッシュはバーニィの口車・・・もとい、説得に惹かれていった。
「盾ってのも、ちょっと言い方を変えれば格好良いぜ。例えばよ、「ラグオルの盾」なんて呼ばれたら格好良くないか?」
 バーニィが例えた二つ名に、アッシュは心奪われた。
 ラグオルの盾。なんと響きの良い名だろう。
 極めれば、盾も確かに格好言い役回りだと思い始めたアッシュは、ニタニタと笑い出した。その様子を見ながら、バーニィは上手く機嫌を取り戻させる事に成功したと確信しながら、ちょっとやりすぎたかなと一抹の不安も覚えた。

 ラグオルの盾。もしかしたら、最初にそう呼ばれるはずだった男。かの英雄からのメッセージは、守りきれなかった苦悩に満ちあふれていた。
「・・・移民船パイオニア2が惑星ラグオルに接近している・・・つまりオレは政府の連中に欺かれたということだ」
 彼の悲痛な叫びが、僅かに震える声となり代弁している。四方に扉を構えた小さな室内で、苦悩が木霊する。
「オレが実験体になるのと引き換えに出した条件、それはコーラル本星政府へメッセージを届けること。パイオニア2による惑星ラグオルへの第2次移民の一時中止。内容が内容だけに揉み消されたのだろう。パイオニア2の人々は何も知らされぬままこの地に降り立つのか・・・」
 以前のメッセージで、確かにフロウウェンは被験者になる条件を提示したと自ら言っていた。それが何であるかはその時語られていなかった。その条件が・・・移民計画の中止だったとは。
 直接邪神と対峙した彼は、その危険性を一番理解していた人物であったのだろう。だからこそ、己の身体を好き勝手にいじり回される屈辱と己が命に替えてでも、これ以上の犠牲者を出したくなかった。彼は人々を守りたかったのだ、軍人として、英雄として。
 にも関わらず、ラボも政府も彼を謀り利用するだけ利用し、そして命と引き替えた約束を握りつぶした。
 それを知った、英雄フロウウェンの心中・・・察するにあまりある、彼の気持ち。誰もが拳を握りしめ、彼の無念を聞き続けた。
「・・・何が、陸軍副司令官か。オレが迂闊だったばかりに部下には可哀相なことを・・・」
 肩書きだけで人を守れるものではない。肩書きは守るべき者の多さを物語っているに過ぎない。
 英雄には、肩書きに見合うだけの実力があった。同時に責任もあった。それを果たせなかったのは、彼の実力以前に周囲の悪行が巨大すぎた為。
 客観的に見れば、誰も彼を攻めはしないだろう。だが当人は自分を許せはしなかった。
「ヒース・・・」
 そんな彼を一番に理解している女性。悔しさに流したい涙があるにもかかわらず、今はその身体も失った一番弟子。仮初めの姿、その拳が強く強く握りしめらる。もし彼女が生身であったなら、指で掌を貫いていたかもしれない・・・それほど強く、彼女の拳は握られている。
「・・・気付くのが遅すぎた。歯車は元から狂ってしまっていたのだ。全ての過ちはもっと前から始まっていた。そう・・・このパイオニア計画そのものから」
 始まりは、一つの隕石。母星コーラルに落ちた隕石。
 その隕石がもたらした、可能性を秘めし因子。
 それが、邪神の罠だとも知らず、人々は群がった。
 狂っていた。狂わされていた。気付くのが遅かったのは、フロウウェン一人の責任ではない。それでも彼は自分一人を攻め続けている。それがあまりに哀れで耳を塞ぎたくもなるが、それははばかられる。何故なら、彼の無念を受け止めるのが残された者達に出来る唯一の事だから。
「・・・しかし・・・もはや、手遅れ。私は、私のままではいられなくなるだろう・・・足音が聞こえる。奴らが私を捕らえに来た。侵食されきったこの身体では抵抗することすら敵わぬ・・・」
 メッセージは途絶えた。謎を残して。
 捉えに来た? 浸食される?
 誰の事で、何に浸食されるのか・・・大方予測は出来る。それよりも、この事で今まで失念していた事実を思い起こさせられた。
 フロウウェンはどこから、どのような状況でメッセージを残していったのか。
 場所の特定は出来ないが、少なくとも彼は捉えに来た何者かの手から逃れながら・・・つまり逃亡しながらメッセージを残していた事がこれでハッキリした。メッセージが細切れでバラバラになっていたのも、おそらく途中途中でメッセージを収録しながら逃亡を続けていた為だろう。
 逃亡の理由は・・・先のメッセージで判明した、恐るべき生体兵器実験の阻止。
 だが、無念にも彼は捕まった・・・のだろうか?
「でも、だとしたら送信してきたのは一体誰なんでしょうか?」
 エリの疑問に答えられる者はいなかった。
 仮に捕まったとしたら、どうやって彼はメッセージをパイオニア2へ届けたのだろうか?
 残されたメッセージは届けられることなく、島に残されていた。だがこの島そのものを発見する事となったきっかけ・・・一番最初に届けられたメッセージは間違いなく発信されている。
「なあ、エリちゃん。最初に届けられたメッセージってどんな内容だったんだ?」
 解決の糸口になるかもしれない。今更だが、ZER0はまだ聞いていなかったメッセージの内容を尋ねた。
「それ・・・すね・・・チー・・・・・・」
 ザーッっと、雑音が音声をかき消す。
「エリちゃん? エリちゃん!」
 雑音は酷くなるばかりで、通信が上手く行えない。
「・・・ノイズが激しいようです。原因は掴めませんが、通信そのものが困難な環境になっています」
 CALと己の端末を用いて調べたシノが、リーダーに告げた。
 なんとタイミングの悪い。ZER0は舌打ちしながら悪態を付く。
 しかし状況は、舌打ち程度ですむ程軽いものではなかった。
「なんでしょうか・・・不穏な電磁波・・・なのでしょうか? 何か得体の知れない「波動」が・・・」
 シノの解析も終わらぬうちに、異変は起きた。
 何かがひび割れる音。程なくして、勢いよく流れ込む海水。
 突然、四方上部に設置されていた窓が割れ、海水が勢いよくなだれ込んできた。
 海水は、瞬く間に小部屋を埋め尽くそうとする。このままでは、海水で部屋が満たされるのに時間は掛からない。
 あまりの事に、全員がパニックに陥った。むろん冷静な判断が出来るはずもなければ、指示を出せる余裕もない。
 ちりぢりに、六人は扉へと急いだ。
 運が良いと言うべきか悪いと言うべきか、扉は四方にそれぞれある。六人は最も近い扉へと駆け込んだ。
 駆け込んだ先は、バラバラ。六人が同じ扉へ向かう事はなかった。
 原因も解らぬまま、咄嗟に飛び込んだ部屋の外。気付けば、後方の扉は非常事態に対応し海水が流れ出さないよう完全にロックされてしまっている。
「・・・なんなんだよ、突然」
 訳が解らぬ状況。それを少しずつ冷静さを取り戻しながらZER0は確認していく。
「みんなとはぐれてしまったわね」
 自分と同じ方向へ逃げ込んだのは、R3ただ一人。逃げる時に周囲を観察する余裕もなかった為、残り四人の安否もハッキリしない。
「・・・くそっ、こっちの通信もダメかよ」
 メンバー達に連絡を取ろうとしたZER0だったが、ハンター用端末もノイズを発するばかり。
「とにかく、一度パイオニア2へ戻った方が良さそうね。みんな無事なら、あっちで合流出来るわ」
 帰路を作り出す為に、R3はテレパイプを取り出し使用した。
「・・・そんな・・・」
 だが、テレパイプは機能しなかった。
 故障しているわけではない。通信同様、ノイズが激しい状況で、テレパイプは機関先であるパイオニア2の場所を計測出来ないのだ。
 連絡もつかない。帰路も途絶えた。そしてここは、海底深くに建設されたプラントの中。
 二人は、絶望的な状況に為す術を失い途方に暮れた。

第21話あとがきへ
目次へ 目次へ
トップページへ 総目次へ