novel

No.19 転がり落ち始める前の、一時
〜Abysmal ball intermission〜(前編)

「どういう事なのか、一から説明して貰おうか?」
 パイオニア2ラボ。ここは昨日丸一日、大混乱という非常事態の真っ直中に放り込まれた部署であった。
 ハンターズを対象にした、第二次採用試験。その会場となったバーチャルルームが「謎の」トラブルに見舞われ、メインコンピュータである「カル・ス」が制御不能に陥っていた。試験中に起きた不具合は、参加したハンターズの命に関わる危険な物であった為、ラボスタッフが総出となり原因追及と復旧に勤しんでいた。
 参加したハンターズは誰一人として怪我を負わせることなく、試験は無事終える事が出来た。だがしばらくカル・スの復旧は滞り、原因不明の暴走に皆頭を悩ませていた。
 極一部の人間を除いて。
 たった今説明を求めたこの男、ZER0と、そして説明を求められた女、ナターシャはそんな「一部」に含まれている人間だ。
 ただZER0よりナターシャの方が、具体的に「原因」を知っている。そう思っているZER0は、彼女に詳しい説明を求めたのだ。
「どういう事か、と問われても返答に困るな」
 溜息をつき、困った顔で切り返すラボチーフ。
「お互い、つまらない事で時間を費やす状況じゃないと思うがね、どーよ?」
 とぼけられるのは百も承知だったZER0。普段なら、ジョークに付き合うように軽口で切り返すだろうZER0だが、今の彼にはその余裕は無い。
「信用問題ってのは、結構重要だぜ? これからもさ」
 そもそも、二人の間にある「信用」はあるのだろうか?
 ZER0はラボが全権を握っているガル・ダ・バル島の探索を行う為にラボに潜入した。そしてナターシャは彼が総督府側のスパイである事を承知で、探索の第一陣に彼を選んだ。
 利用し合いされ合いながら、二人はここまで島の探索を勧めてきた。その関係は「信用」と言うにはあまりにも危うい。
「早とちりしてもらっては困るな、ZER0。何も答えないという訳ではない」
 答えを求める者と求められる者では、自ずとイニシアチブの優劣が決まってしまう。ナターシャは焦らすゆとりを見せつけながら、手を軽く組み僅かに前のめりになり机へ寄りかかった。
「何から説明すべきか、という事に悩んでいただけだよ」
 もったい付けるナターシャに、苛立つZER0。だがこれが、ナターシャの「作戦」である事を、薄々ZER0は気付いていた。
 ZER0は根掘り葉掘り、知っている事ならば全てを聞き出したかった。対してナターシャは、全てを答えられる状況にはなく、お互いの「信用」を保てる妥協点を見定めながら、話せる範囲を決めかねている。
 そこでナターシャは、あえてZER0を焦らし苛立たせる事で、話せる範囲を狭めようとしているのだ。
 焦らされれば焦らされる程、早急に「答え」を求める。そして同時に、求める「答え」に対して安易になりがちになる。つまり、より簡単な「答え」でも満足してしまい易くなるのだ。
 喉が渇けば乾く程、何の変哲もない水が極上の甘露へと変貌するのに似ている。
 既に心理戦は始まっている。しかもZER0は圧倒的に不利な状況に立たされている。頭で理解はしているが、ZER0はこの心理戦を制御し切れていない。
「・・・まず、ルピカの事から答えて貰おうか」
 交渉事が苦手なZER0は、「負け」を認めつつ出来る限りの「答え」を得ようと落ち着きを取り戻した「ふり」をしながら尋ねた。
 そもそも、かの女狐「氷のナターシャ」に張り合える者など、指折りで数える程もいるのかどうかすら怪しいのだから。早々と白旗を揚げた方がZER0にとってストレスを貯めない良い選択なのかもしれない。
「そうだな・・・まずはそこから話し始めた方が後の説明もし易い」
 つまり、ナターシャとしてもルピカの話題からはいる方が無難だったのだ。チクチクと、ナターシャの「言葉攻め」は続いていた。
「その前に、ZER0。君は彼女の事を何処まで知っている?」
 整理をさせる事は、理解度を深める一つの手法だ。だがこの場合、回りくどくさせて焦らせるという効果もあるだろう。どちらの目的がナターシャにあったかは定かではないが、彼女の陰湿なまでの「攻め」は止まる事を知らない。
 ZER0はナターシャの目論見が整理させる方だと割り切って、自身が知っているルピカの事を語り始めた。
「パイオニア2がラグオルの軌道上に到着した時、旅行代理店の船「グラン・スコール号」に乗りパイオニア2よりも一足早くラグオルへ降り立とうとした。ところがその時、「セントラルドームの爆破」に巻き込まれ不時着。俺とバーニィの手によって救出された・・・ま、ルピカの事と言うよりはルピカを助ける事になった経緯だなこりゃ」
 自分がルピカと出会うまでの経緯を簡略し言葉にしたZER0。この出会い自体も、謎に包まれている。
 そもそも、たかが旅行代理店が本船であるパイオニア2船団よりラグオルに降下出来るわけがない。その時点で謎が多すぎる事件だった。
 しかし当初、ZER0がこの依頼を受ける前はあからさまに怪しいとZER0は思っていなかった。この依頼を見つけてきたノルに指摘され気付いたというありさまで、「謎」に無頓着だった。
 信じやすい質ではあるが、疑う事を知らないわけではない。ただクライアントの言う事は基本的に疑わないように務めるのがハンターだと、そうZER0は己の仕事に対する姿勢を保っているに過ぎない。だからこそ、ナターシャを疑ったままではこれ以上探索が出来ないというのも嘘ではないのだ。
 そういうZER0だからこそ、ブラックペーパーの黒い猟犬、キリークと共に現れたルピカを見た時、彼のショックは計り知れない物があった。
「後は・・・彼女のは「さる高貴な血筋」のお嬢様って事で、体内に探索用端末を埋め込まれているってことか」
 これはルピカを探索している時にバーニィから知らされた情報。聞いた当時も趣味の良い話ではないなと感じていたが、改めて口にしてもいい気はしない。
「ま、生意気で我が儘。テクニックに関するキャパシティはデカイが態度もでかい。人を信用しない個人主義者のわりに人使いが荒い・・・ってのが、俺の知ってるルピカだけどな」
 高貴な血筋だとか端末を埋め込まれた経緯だとか、ZER0にはどうでも良かった。仲間としてのルピカが、彼にとって一番の「情報」となっている。
「なるほど・・・聞きたいのだが、彼女の素性を今まで調べなかったのは何故だ?」
 ナターシャからの質問は続いた。本来質問する側であったはずのZER0が、訊かれた事にあっさりと答えた。
「必要がない。個人のプライバシーは尊重するもんだぜ?」
 おどけた答えだが、これがZER0の本音。
 ZER0とて、ルピカを疑った事がないと言い切れる程信じていたわけではない。だが彼女を救出した時点で彼女の素性を知る必要はなく、またバーニィがチームのメンバーにと連れてきた時ですら、ZER0は素性を知ろうとはしなかった。厳密に言えば、連れてきたバーニィが「ゾークの意志だから黙って連れていってくれ」と言った彼の言葉を信じたから・・・という方が正しい。
 ルピカの素性は気になっていた。しかしそれは時が経ち知る必要があれば判る事だと割り切った。それがZER0の性格でありスタンス。チームリーダーとしてはあまりに人を信じすぎるのは問題があるともいえるが、そこが魅力となる場合もあるだろう。
 少なくとも、ナターシャはそんなZER0の性格を見抜き上手く扱っている。そういう意味でナターシャにとってもこれは「魅力」だと言えるのかも知れない。
 だが上手く扱うには、それなりに細心の注意を払う必要がある。よく言えば純粋な感情は、悪く言えば壊れやすいという事になる。
 キリークと共にルピカを向かわせた時から、ナターシャはZER0の「扱い方」を考慮して「ケア」を考えていた。
 そのケアとしての説明は、もう整理を付けている。彼女は今、整理された「情報」を特効薬として語り始めた。
「なるほど・・・では、詳しく初めから話した方が良さそうだな」
 初めから話す気でいたが、さもZER0の話を聞いてから判断したかのように振る舞うラボチーフ。
「だが、最初に断っておく。全てを話せるわけではない」
 ともすれば、余計に疑われそうな事を事前に断った。
 しかし相手がZER0の場合、こうする方が得策だとナターシャは計算していた。
 ZER0はあまり人を疑わないが愚かな男ではない。考え事は嫌いだが賢い男だ。そんなZER0ならば、ナターシャの「立場」を考慮して気持ちに整理を付ける事も出来るだろう。そして「立場上言えるギリギリまで」という発言が、逆に信頼を得る事もナターシャは計算済みだ。
 事実、ZER0はそういう意味でナターシャを信頼している。そしてナターシャも、こちらの危うい立場を考慮して余計に踏み込む真似はしないだろうと信頼している。
 言ってみれば、二人は既に利用し合いながら信頼し合っている。
 計算高い女として嫌われやすいタイプのナターシャだが、彼女は計算した上での精一杯を誠意持って提示する女性だ。それをZER0はよく理解している。
 ある意味で、二人は理想的な上下関係にあるといえなくもない。
「彼女がラグオルに降りようとした経緯から察していると思うが・・・彼女は一般的なニューマンではない。むろん「高貴な血筋」とやらも、偽装に過ぎない」
 判りきっている事だが、改めて事実として受け入れるZER0。
「・・・まあ、「高貴な血筋」というのも、あながち嘘ではないのだがな・・・」
 ぼそりと漏らした言葉は、とても重要な意味が込められている。だがZER0はそこを深く追求は出来ない。この「漏らすような言葉」もまた、今の彼女が出来る精一杯なのだろう。
「彼女はそもそも、「ある機関」の保護下にあった身だ。そして君とバーニィが救出してからは、総督府の管理下に置かれている」
 ルピカ救出後、彼女の身はバーニィに託した。その為、その後の彼女がどうなったかZER0は気になりつつも知らぬままになっていた。そして今彼女が総督府の管理下にいる事を知らされた。若干驚きはしたが、意外だとは思わなかった。
 とりあえずここまでは。
「だが・・・それは形式的な話だ」
 ここから、意外性と驚きが押し寄せる。
「知っての通り、パイオニア2では総督府が最高責任機関となっているが、実際は母星政府の管轄下にある。いわばタイレルは「現場監督」であり、総元締めとなる政府が母星からあれこれ指示を出している」
 元々パイオニア2はコーラル十カ国同盟による連名で企画された移民計画。タイレルはこの計画を指揮する現場監督に過ぎず、形式上総督府の下に置かれているラボも軍も、直接には母星政府と繋がっている。ラボのチーフにタイレルと犬猿の仲であるナターシャが就任したのも、総督府ではなく母星政府が直接任命した事によるが、このような事例からも、総督府は表面通りの権限があるとは限らないのだ。
「ハンターズによる大規模な探索を行った為に、ルピカの身柄を総督府に置かなければならなくなったのだが・・・まったく、お粗末な話だ」
 ルピカの身柄確保が最重要だったのだろうが、ハンターズを通じて大規模な探索を行わせれば、それだけ情報が漏れやすくなる。お粗末な偽装によって、表向き「旅行代理店の暴挙」にはなっているが、それを真実だと参加したハンター達は思っていない。
 故に救助された人物が誰なのか知らなくとも・・・そもそも生存者がいた事も知られていないにしても・・・依頼があった事実から、あれこれと「噂」は立つ。その「噂」が何時どのように化けるか解らない以上、当事者を救出したハンターが所属する機関ハンターズギルド、その直接の統率機関である総督府にルピカの身柄を置いた方が様々な意味で「安全」だと判断したのだろう。
「総督府にルピカの身を置いてはいるが、実質管理は政府が行っている。つまり、彼女の事は・・・」
「ルピカの事は、政府と直接繋がっているラボチーフ殿も知っていて当然、つーわけか」

 言いにくいだろう事を、ZER0が代わりに言い放つ。
 例え相手が一人、事情をある程度知っているZER0だとしても、チーフがラボと政府の「直接的な繋がり」を認めるわけにはいかない。その煩わしい部分を遠回しに聞かされるよりは、代替わりして口にした方が手っ取り早いとの判断がZER0にあったのだろう。ラボの責任者であるチーフは否定も肯定もせず、話を続けた。
「ルピカは様々な機関から様々な理由で、注目を浴びる存在だ。お粗末な方法だったが、あえてハンターズに大規模な調査をさせたのも・・・「牽制」の意味が込められていた」
 だとしてもお粗末すぎるやり方だが、とチーフは再度苦言を呈した。
 苦言を呈するわりに、言葉がかなりあやふやだ。「様々な機関」に「様々な理由」では、説明している内には入らないだろう。しかしこれが、彼女が言う「全てを話せるわけではない」という範囲に触れる部分なのだろうという事は、ZER0も承知している。故にそこを細かく訊く気はなかった。
 一つハッキリした事は、ルピカはZER0が考えていた以上に「特別な存在」だという事だ。これだけの情報でも、ZER0には貴重な収穫かもしれない。
「そのルピカを君に引き合わせたのも、むろん「あの場所」へ向かわせたのも、意味がある」
 ルピカはバーニィが「ゾークの意志」として連れてきた少女。そして「あの場所」・・・制御塔へ向かわせたのはZER0とエリの監視および連行。それらは全て、偽装なのだと間接的に暴露している。直接的でないのは・・・致し方ないところか。
 偽装していた事実も驚くべき事ではあるが、「意味がある」という発言にも興味をそそられる。だが、これ以上の情報はもう無いだろう事が、しばし続いている沈黙で明らかだ。
 これをバーニィが知ったら、どう思うのだろうか? ふとZER0は考えた。
 バーニィはルピカをチームに入れる事をゾークの意志だと言っていた。おそらくその言葉に嘘はない。が、ゾークの意志だけで彼がルピカを連れ出せたわけではなかっただろう。
 そもそも、バーニィがZER0のチームへと参加するきっかけは、ナターシャがある程度裏で糸を引いていた。この時にルピカの事も持ち出した可能性は高い。ゾークの為にとバーニィが動く事を計算に入れて。
 そもそも、何がゾークの意志へと繋がるのか・・・ここがZER0の理解しがたいところ。ナターシャの言う「様々な機関」の「様々な理由」に入るのだろうが・・・とりあえず、ゾークの意志を含めた「様々な事柄」がルピカを中心に渦巻いており、それにZER0は上手く放り込まれたという現状だけは当事者として理解した。
「次・・・あの猟犬の事だ」
 これ以上の情報はないと判断したZER0は、ぶっきらぼうに質問を変えた。
「・・・先日「上役」から「犬の散歩」を頼まれ、それをルピカに頼んだ覚えならあるが・・・あの犬は猟犬だったか・・・それもうろ覚えでハッキリ覚えていないがね」
 へたくそと言えばへたくそな言い訳。しかしこれが、彼女の「精一杯」なのだ。むろんZER0にとって良い方向に。
 ラボチーフが、政府の裏で暗躍する執行部隊「ブラックペーパー」との繋がりを肯定するはずがない。その上で、「ニュアンス」のみをZER0に伝える表現としては、これが適切なのかもしれない。
 ルピカとブラックペーパーとの繋がりは深くなさそうなのがZER0にとって救いだが、何故ブラックペーパーが絡んでくるのか・・・そもそも絡んできたのがルピカの事でなのか制御塔という場所についてなのか・・・そこがハッキリしない。もしかしたら両方の意味があるのかもしれない。
 チーフの考えは読み取れないが、これ以上は期待出来ない。ZER0は最後の・・・そして自分よりもエリにとって大切な質問をぶつけようとした。
「ところでZER0。エリと無断で島へ降下したようだが・・・何をしていたのだ?」
 質問をぶつける前に、またもやナターシャからの質問がかぶせられた。
 だが、これがナターシャの「用意した」答えとなっている。
 ZER0が何を知りたがり、どう答えたら良いか。そして何がお互いに最適なのか。その全てがこの「質問」という「答え」になっている。
「・・・決まってるだろ? 俺が女の子とする事なんて」
 そしてナターシャの意図を理解したZER0は、笑顔で軽口を返した。
 ガル・ダ・バル島へ降りた二人が何処へ向かい何を見たのか。向かった場所の「座標」も入る方法も、全てを知らない。だから質問をする。つまり「答え」とはこういう事だ。
「ふむ・・・傷心の女性を口説くのは、効果的とはいえあまり関心はしないな」
「おいおい、この軟派師見くびるなって。惚れさせるなら真っ向勝負で挑むさ」

 口元をつり上げながら、ZER0はニヤリと笑った。対して氷のナターシャは表情こそ変わらないが、軽く息を漏らした。この僅かな「表現」が笑っているという事なのだと理解するくらいに、ZER0はナターシャの事を知るようになっていた。
「・・・島の地下へは、もうじき座標を固定出来そうだ。明日には向かって貰う事になるだろう。準備を整えて貰いたい」
 締めとして、チーフはこれまでの「密談」が無かったかのように話題を切り替え、手短に伝えた。二人が本来やるべき事・・・ガル・ダ・バル島の探索についてを。
「了解・・・ああ、今度の探索からメンバーが一人増えるけど、昨日の試験で合格した奴だから。まあ「問題ない」と思うぜ」
 去り際に、一応「事前報告」を行ったZER0。嘘は付いていないが、問題があるかどうかは微妙だろう。
 新たに加わるメンバー、R3。彼女の正体をナターシャが知った時、チーフはどう反応するのだろうか?
 かの英雄と知って驚愕するか? いや、それよりも・・・ナターシャと赤き英雄の関係を聞かされているZER0は、予測し脳裏に描いた光景に背筋が寒くなった。
 全てを明かさないという意味ではお互い様かも知れないと、ZER0は心中で苦笑した。ただこれが、二人の「あり方」なのだと、今日の密談も含め確信していた。
 初めこそ怒鳴り込むようにナターシャの部屋まで入り込んできたZER0であったが、最後は以前に増して「良い関係」を築けたと晴れ晴れした心境になってい。これがナターシャの計算だとしても、悪い気はしない。
 悪い気がしないというのも又、二人の性格あってこそのものかも知れない。
「・・・ああ、ZER0」
 部屋を出て行こうとしたZER0の背中に、ナターシャが声をかけた。
「・・・私の事より、君にはルピカを信じてやって欲しい」
 本心なのか計算された言葉なのか。見定めるには難しい。
 ZER0はただ、笑って手を挙げる事で言葉に応えた。
 人をあまり疑いたくないZER0と、最善の結果を考慮して言葉を選び計算するナターシャ。二人にとって、言葉の真偽よりも確かで大切な物があった。

 同じラボの、別室。
 ここでは、様々な分野の者達が顔をそろえていた。半数は学者という肩書きを持つ共通点があるが、専門とする分野がそれぞれ異なっていた。
 ネイティブな動物を専門とするアリシア
 生物遺伝子研究を専門とし、その課程から突然変異で進化した「アルタードビースト」の知識に明るいモーム
 天才博士モンタギューの元助手で、機械工学が専門のシモンズ・オロ
 この三人の学者に加え、ハンターのES,元ジャーナリストのラボ職員ノル,同じくラボ職員でオペレータ担当のエリが、同席している。
 ほとんどがラボに務めている者達であり、ラボ勤めではないが出入りを頻繁に繰り返すアリシアも含めても、彼らがラボの一室に集まっていても不思議ではない。だが、唯一ラボとほぼ無関係のESがこの場にいる事だけで、六人の「集会」が「密会」へと様相を変えている。
 密会の「肝」は、ESを議長に進められている議題にある。
「・・・つまりエリは、直々にチーフから要請があってラボに入ったのね?」
 一通りエリから「事情」を聞いたESが、話を締めくくり、エリが深く頷いた。
 エリについては、ZER0がノルに調査して欲しいと願い出た事があった。それはZER0の直感で「何かある」と睨んだからという物であったが・・・結果として「何か」はあった。
 エリ本人を巻き込む事を恐れ、遠回しに尋ねたりしながら調査を進めていた。しかし既に事が終わった今、エリ自身も自分が少なからず関与している自覚を持っていることもあり直接尋ねる事にしたのだ。
 むろんこの場合、ZER0が聞き出す方が彼女の事を考えると一番適切なのだが、ZER0はラボチーフに問いただす事があり、またこの後に控えている「会議」をまとめる事を考えると、彼は任から除外される。
 そこで、ESである。元々は彼女がZER0に頼み始まったラボによるガル・ダ・バル島調査への介入。あえて大げさに言えば、彼女が「総元締め」なのだから、彼女が話をまとめる議長に最も適しているのは誰の目からも明らかだろう。
 その議長ESは、エリからの話を聞き、しばし考え込んだ。
 ラボチーフは、カル・スの「ハードウェア」は回収出来たが、「ソフトウェア」に関しては全く回収出来ず、修理出来ても機動がままならなかった。そこで・・・どのような経緯で知ったかは不明だが・・・チーフはエリに近づき、彼女の持っている「ソフトウェア」の提出を頼み込んだ。交換条件として、復帰したカル・スのオペレータとしてずっと傍にいられる事を約束して。むろん少しでもカル・スの傍にいたかったエリには願ってもない話。二つ返事で承諾した・・・というのが、エリからの話であった。
 ESは考えた。どこでエリの事を知ったのだろうか? と。
 何より、あのチーフは単純にカル・スの復帰だけが目的だったのか?
 エリの事、カル・スの事、そして「カル」の事や制御塔の事・・・当事者達はただ驚愕するばかりだった真実との対面に、一人「氷」の仮面を崩さなかったナターシャ・ミラローズ。
 全て知っていたのではないか? ESは安易で根拠のない、だが最も説明の付けやすい結論を一つ導き出した。
 おそらく、これが正解だろう。ZER0ほど勘は鋭くないが、ESにも培った様々な経験からそれ相応の勘が働く。まず間違いないと本人は自信を深めた。
 問題はここから。
 何処まで彼女は知っているのか。この先の事も、彼女は解っているのだろうか・・・。
 もう一つ、気になる事がある。
 ナターシャは何をしたいのか?
 今回の探索が始まる前、ESは自分とナターシャとの関係・・・そこにはタイレル総督との関係も含まれるが・・・それらを考慮し、自分は傍観に徹しZER0をスパイとして潜り込ませる事を考え実行した。しかしこの「手」はあっさりナターシャに見破られており、逆に利用された。
 それだけではない。ナターシャはZER0を通して犬猿の仲であるはずのタイレル総督に調査報告を極秘に送っている。同様に個人間ではなく組織間で仲の悪い軍高官のレオ・グラハートにまで。
 「団体」のリーダーを務めているESには計り知れない、「組織」のリーダー間で行われている密行。
 気にくわない。ESはまず己の感情最優先で、心中にて舌打ちをする。
 謎ばかりのラグオル。その謎に挑み右往左往している身としては、その断片を握りしめている連中がその中身を見せないままでいる事に腹が立つ。むろんそれぞれに「事情」があるのは承知しているが、それを考慮しても怒りが湧いてしまう。感情とはそういう物なのだから致し方ない。
「・・・エリのことは解ったわ。色々大変だったわね」
 身勝手な怒りを表に出してはまずい。そうでなくともノルを除きあまり顔なじみでない者達の中で、エリは緊張しきっている。そして自分の話が終わった後に続いた沈黙が、彼女を更に追いつめてしまっていた。
 笑顔で労いの言葉をかけるES。少しは緊張を解せたようだが、エリはまだ強張っている。これ以上のフォローは自分には難しいと判断したESは、目配せでノルに後を任せると合図した。ノルもこの状況を解っていたようで、優しくエリに話しかけ緊張をほぐす事に務め始めた。
「さて・・・それじゃ議題を移しましょうか」
 集まった博士達にとってはここからが本番。議長の言葉に三人は一層緊張の面持ちをあらわにした。
 ガル・ダ・バル島に住み着いている様々なモンスター。そして制御塔に住み着いているモンスターと、制御塔そのものの存在意義。
 実際にZER0達が体感し、そしてまとめられた情報。加えて島で発見されたデータの数々。専門家達はあれこれと意見を述べ、そして結論をまとめていく。
 専門的な調査はまだまだだが、僅かな情報を元にラグオルという星を解明しようと博士達は懸命だ。むろん専門知識を持たない者達からの意見・・・ハンターとしての経験,オペレータとしての視点,ジャーナリストとしての勘も交え、漠然としながらも少しずつ少しずつ、謎の「方向性」が定まっていく。
 結論は出ない。しかしキーワードの絞り込みはどうにか出来た。
 MOTHER計画
 D因子
 そして・・・邪神ダークファルス
 ラグオルに到達する前から回っていた歯車。その歯車を形成する部品が、この三つのキーワード。
(見せないって言うなら、こじ開けてでも見てやるわよ・・・)
 沸々と、決意がESの心中に沸き立っていた。

「かぁっ! もう何がなんだかよぉ・・・」
 片手で頭を掻きむしりながら、叫ぶようにぼやく一人の男。もう片方の手で握りしめられているグラスの中では、琥珀色の荒波が溢れんばかりに暴れている。
「・・・あまり叫ぶと、店長のフライパンが飛んでくるわよ? ZER0」
 落ち着いたように、男の傍らに座る一人の女性が警告を発する。
「気持ちは判るけどね・・・ホント、腹の立つ・・・この怒りのぶつけどころがないのも又ムカツクわ・・・」
 もう傍らに座っている女性が、男が手にしている物と同じ琥珀色を喉の奥へ流し込みながら同情した。
 喫茶「Break」。ZER0とES,そしてノルの三人は行きつけの店であるここで合流しカウンターに座っていた。
「・・・ルピカの事は良いわ。それはZER0に任せるけど・・・」
 お互いに得た情報を再度三人でまとめ、今後の事を話し合っていた三人。ZER0の発狂をたしなめつつ同調したESが、更に話を進め始めた。
「あのバカ犬・・・ブラックペーパーまで出てくるとやっかいね。想定していなかったわけじゃないけど・・・あの女狐から何も聞けなかったのは痛いわね」
 むろんそれも想定していた事ではあるが、多少は期待していた分僅かに落胆もした。
「更に毒キノコも「お母様方」まで混じっちゃってまあ・・・こんな時ばっかりしゃしゃり出てきて・・・」
 会いたくても会えない相手が、思いがけないところで現れてきた。それだけ、ガル・ダ・バル島に渦巻く「謎」が大きな物である事の表れだが、何かの嫌味ではないかとすら思えてしまうESは、苛立ちを隠しきれなかった。
「なんか、わかりかけて来たようで深くなっちゃったわねぇ・・・」
 溜息をつくように言葉を吐き出したノル。元ジャーナリストとしては、あれこれと興味をそそられる物ばかりだが、こうまでも先が見えない状況はもちろん望んでなどいない。
「ま・・・明日になりゃもうちょっとはマシになんだろ。やっとこさ島の地下に行けるんだし」
 楽観的な考えで場を和ませようとしたZER0。しかし両脇にいる二人の顔は優れない。むしろより一層不安な顔つきへと眉を寄せた。
 漠然とした・・・しかしどこか核心的な不安が、心をぐっと締め付ける。
 危険なのは百も承知。しかしこの危険は、想定なんて枠を取っ払う程に大きな物になりそうな・・・例えて言うならば、あの邪神に再び挑むような・・・これ以上に危険な事が想像出来ないという最大級の不安。
「・・・生きて帰るさ。絶対な」
 グラスを握りしめ、男は宣言した。
 己の為、彼女達の為、様々に背負わされた宿命や運命の為。
 いつも見せる、不敵な笑み。軟派師の割りには女性の心を惑わす要素など欠片もない笑顔だが、しかし二人にとってはこの笑顔が一番の安定剤。不安を取り除くのはこの笑顔しかなかった。
「・・・期待してるわよ、ZER0」
「絶対に、帰ってきてね」

 二人の女神に頼まれては、男として約束は果たさなければならないだろう。彼にとっても又、女神の微笑みが一番の特効薬。
 一人ではどうしようもない事も、解り合える人がいれば乗り越えられる。二人もの女神を持つ贅沢さを噛みしめながら、ZER0は瞳をにじませた。
「さてと・・・それじゃ続きは部屋に帰ってからにしましょうか」
 男の腕を取り、立ち上がる女性が一人。
「・・・そうね、帰りましょうか」
 もう片方の腕を取り、立ち上がるもう一方の女性。
 男には解る。捕まれた両腕を引く方向が同じではないという事が。
「・・・昨日はかなぁり「激しかった」らしいじゃない? そろそろ「一時帰宅」させてもいいと思うけど?」
「そんな、Mさんに悪いですもの。まだしばらくは私が預かりますよ、ESさん」

 一人ではどうしようもない事が、一人ではないから起こってしまう事がある。二人もの女神を持つ節操の無さを噛みしめながら、ZER0は額をにじませた。

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