novel

No.18 心の座〜残る心〜

 ZER0とルピカが初めて会った時は、救出する者とされる者という立場だった。それからチーム内のリーダーとメンバー員という立場になり、そして今・・・二人は対峙している。
 立ち塞がる者と塞がれた者として。
 何故ルピカがここにいる。どうして邪魔をする。これらももちろん、ZER0を困惑させるに充分な材料だ。だが、それ以上に困惑させる事が一つ。
 何故、ブラックペーパーの黒い猟犬、キリークと一緒にいる。
 キリークが現れるだろう事は、ZER0もある程度予見していた。いや、正確に言えばキリークという一個人ではなく、何者かの邪魔が入るだろうという予測はしていた。
 ラボチーフ、ナターシャが自分達を「泳がせている」だろうという推測が真実みを帯び始めてから、ZER0はナターシャがただ自分達を「見守るだけ」で終わらせるつもりはないだろうと考えていた。そうなれば「泳がせる範囲」を超えた時に、自分達を止めに何者かを送り込むだろうとは思っていた。
 それがキリークだとは思わなかった。そういう意味でキリークの登場もZER0の混乱に拍車をかけてはいた。
 しかし徐々に、ZER0も冷静さを取り戻し少しずつ判断力を取り戻していた。
 考えれば、キリークの・・・ブラックペーパーの介入は不思議ではない。
 ブラックペーパーとは、母星コーラルの十カ国同盟を裏から支える暗躍組織。政府直轄の実行部隊であり、諜報活動から暗殺まで、ありとあらゆる「汚れ役」を引き受けている組織だ。当然、彼らの活動区域にはパイオニア2も含まれる。
 そしてナターシャがチーフを務めるラボは、形の上ではパイオニア2総督府の下に位置づけられてはいるが、総督府との仲は悪く、むしろ母星政府との繋がりの方が深いと噂されている。
 となれば、ナターシャとブラックペーパーに繋がりがあっても不思議ではない。むしろこれまで繋がりが見えなかった方が不思議だ。そもそもナターシャ自身、元からラボの人間だったわけではなく、母星政府に身を置く立場の人間だったのだから。
 そう考えれば、キリークの登場は驚くべき事ではない。むろん歓迎できる事でもないが。
 そこまでは理解出来る。鎌を肩に担ぎながらこちらを睨み付ける猟犬を睨み返しながら、ZER0は状況を整理していった。
 そして冷静に分析しても、理解出来ない事柄に再度直面する。
 口元をつり上げながら不敵に笑う少女、ルピカ。ZER0は猟犬から視線を少女に移しなおし、彼女が猟犬を連れて立ち塞がる理由を懸命に考えている。
「訳が判らないって顔してるわね。はは、いいわねぇその困った顔」
 小馬鹿にした口調は普段のルピカそのものだが、その態度にZER0は苛立ちを感じずにはいられない。そしてそれが素直に顔へ出てしまう。それだけZER0の混乱は深く、なかなか本来の冷静さを取り戻せていない。それがさも楽しげだと、ルピカはまたクスクスと笑い出した。
「まあ、判るけどね。私もビックリよ。まさかこんな奴と一緒に行けなんて言い出すとは思わなかったし」
 相変わらず嘲笑しながら、ルピカは言い放った。
「とりあえず一つだけ教えてあげるわ。私ブラックペーパーなんていう、怪しい連中の仲間になった覚えはないわよ」
 それを聞いて安心するZER0だが、では何故一緒にいるのか・・・その疑問は晴れない。故にZER0の困惑はまだ続いている。
「さて・・・そんな事よりこっちの「役目」を果たさせて貰おうかしら」
 一言「そんな事」とZER0の困惑を一蹴し、ルピカは本題へと切り込んだ。
「判ってると思うけど、制御塔に行くのを許可するわけにはいかないわね。勝手にラグオルへの転送装置を使ってここに来てるんだから、それくらい判るわよね?」
 転送装置の無断使用を攻めてはいるが、そこまでは暗黙の了解があったはず。ここまで泳がせていたのだから。だがそれをわざとらしく持ち出す事で、二人を陰険に攻める。ZER0にはさして効果はないが、そもそも泳がされていたなどという事すら考えもしなかった少女、エリには効果があったようだ。そうでなくともZER0が困惑する事でエリも怯えてしまっていたのだから尚更。
「それとエリ・パーソン」
「は・・・はい!」

 それを判っているルピカは、たたみ掛けるように彼女を言葉で攻め立てる。完全に怯えきったエリは、うわずった声で返事をする以外に対処が出来ない。
「既にアンタの行動は目をつぶれないところまで来ている・・・可愛そうだけどさ、ラボに戻ってもらうわよ。アンタ自身の身の安全を考える意味でもね」
 目的は身柄の拘束。二人が現れた時点で目的の察しは付いていたが、それを改めて口にされる事で、エリは怯えながらも慌てた。
「そ・・・そんな!」
 どうにか声を絞り出し、抗議する。が、その声には迫力も説得力もない。
「逆らうと言うなら、命の保証はできないけど?」
 力無き抗議を完膚無きまでに叩き潰す圧力。ルピカは容赦のない一言でエリを黙らせた。その様子を見ていたルピカは、満足げに、そしてサディスティックに微笑んだ。
「さてさて、我らがリーダー様。アンタも当然、一緒にラボへ戻るのよ」
 ZER0がエリへ助け船を出そうとする前に、ルピカはピシャリと言葉で行為を未然に防ぐ。
「・・・これは忠告。足手まといを連れて行くのが危険すぎるってのくらい判ってるでしょ? アッシュなんてお荷物を抱え込んでいるアンタなら」
 そのお荷物を「押しつけられていてる」ルピカは、実感のこもった言葉でZER0を説得する。
 むろん、そんな言葉で説得しきれるなどとルピカは一つも思ってはいないが。
「ま、そういうのはやってみなきゃわからんだろ? お前だって、どーにかアッシュを連れてってるじゃねぇか」
 ここでアッシュを引き合いに出すのはいくら何でも可愛そうだとは思ったが、ZER0はルピカが引用したアッシュという「例」を引き合いに、反論を試みた。
「ZER0さん・・・」
 今とても危険な状況におり、そしてこれからもっと危険な状況へと移りつつあるのはエリにも判る。だがそんな中でも、先へ進むと言い出したZER0に、エリは心底感激し感謝していた。
「仕方ないわね・・・」
 わざとらしく大きな溜息を吐き出すルピカ。事の流れが予想通りに進んでいる。そしてこの後の流れも、おそらく予想通りになるだろう。溜息には、そんな流れ通りの現状を嘆く意味も込められていた。
 何を嘆いている? 一瞬、ルピカは自分の「想い」に戸惑った。
 何も嘆く事はない。嘆く事など何もないではないか。ルピカは手にしていた杖を握りなおし、ZER0に向け構えた。
 構えられたZER0は、胸中に様々な「想い」を巡らせながらも、変える事の出来ない流れに乗るかのように、同じく刀を構える。
 ハッキリと、この状況はZER0に不利だ。
 ルピカが指摘するように、エリという「足手まとい」を連れている時点で、ZER0には分がない。さらに相手は二人。ルピカだけならどうにか立ち回れるかもしれないが、キリークがいては絶望的だ。むしろキリーク一人だけでも絶望的だと言えるだろう。
 構えたものの、さてどうするか・・・ZER0は必死に、打開策を模索し始めた。
 真っ正面から戦うのは当然無理がある。この場を逃れるにも、ルピカの強烈なテクニックがあっては難しい。仮に逃れられたとしても、最終的に制御塔へ向かう事は当然ルピカ達も判っている。いくらでも対処の方法はある。
 万に一つの奇跡もない。万策を尽くす前に策が一つも思い浮かばない。
 せめてこの「流れ」をどうにか変え、対策の一つでもあげられるようになれば・・・膠着状態のまま、ZER0の焦りは募る一方。
「ZER0」
 不意に、流れが変わった。それは依然鎌を担いだまま臨戦態勢を取らないキリークから発せられた言葉から、変わっていった。
「お前のその腕、如何ほどになったか確かめてやるのも一興だが・・・小娘が二人もいては面白くもない」
 結果よりも過程を、それも過程となる戦闘が激しければより激しい程に喜びを見出す猟犬にとって、味方のルピカも捕捉対象のエリも、彼にとって邪魔な存在でしかない。
 キリークがこのような事を言い出すのは、彼の性格を知るZER0には理解出来た。だが無理矢理コンビを組まされたルピカと、ただ怯える事しかできないエリの、「邪魔者」扱いされた二人には理解など到底出来ない。出来ないが、二人とも彼の言葉に反論はしなかった。
 ZER0やエリは当然、流れが変わる事を期待していたが、ルピカも密かに期待していた。それを本人は自覚していないが。
「それにな・・・今回は邪魔者が多すぎる」
 二人の少女・・・だけではない。キリークが後ろを振り向き遠くを見ている事で、ZER0は察した。
 いるのだ。他に「邪魔者」が。
「スナイパーを雇うとは・・・らしくないな、スゥ」
 より遠くへ声が通るように、キリークにしては珍しく声高に呼びかけた。
 そして、見覚えのある者ない者、キリークが呼びかけた方から三人も現れてきた。
 一人はZER0もよく知っている。キリークも名を挙げた女性、スゥ。
 もう一人、キリークは知らない、しかしZER0にとっては詳しくないまでも知っている・・・共にかの邪神と戦った戦友にして、ZER0の恩人である女性アンドロイド。
 そしてキリークが「スナイパー」と表現したもう一人の女性アンドロイド。手には禍々しいデザインのライフルが握られている。彼女に関してはZER0も初めて見るアンドロイドであった。
 キリークはいつから気付いていたのだろうか? 少なくともZER0は、目の前の二人に必死で全く気配を感じる事はなかった。ただZER0にも判るのは、この三人がキリークにとって「邪魔者」だというのは間違いない。
「さすがね、旦那。あの距離でも「気配」が解るとはね」
 スゥが悪びれもなくキリークに歩み寄りながら彼に賛辞の言葉をかける。
「ククッ・・・そんな玩具を向けられもすれば、「殺気」も伝わるというものだ」
 殺気を衣の如く身に纏っている猟犬が嘲笑する。
 スゥと片方のアンドロイドは、気配を殺すくらいは易々と行う。キリークとて、接近されれば気付くものの遠方にいては難しいだろう。だが、もう一人のライフルを持ったアンドロイドはそういった事に対して不慣れなようだ。二人と違い、彼女はどうも戦闘を得意とするアンドロイドには見えない。
「久しぶりね、ZER0。元気してた?」
 手をひらひらと振りながら、まるでバッタリ繁華街で偶然出会ったかの如く、軽い挨拶を送るスゥ。対してZER0は軟派師らしく・・・は、さすがにこの状況では難しいのだろう。反応がぎこちない。
「・・・どういう事だ?」
 言葉みじかに、尋ねるのがZER0に出来る精一杯であった。
「ん? まあ用件はアナタやそこの旦那と大して変わらないわ」
 先ほどまでの重々しい空気を微塵も感じさせぬ程、スゥはいたって軽い調子でZER0の質問に答える。
「あの制御塔に用があるだけ」
 これからZER0達が決死の覚悟で向かおうとしていた制御塔が、馴染みの喫茶店にでも行くかのように軽く答えるスゥ。
「あなた達だけじゃないのよ。あそこはね・・・あそこに待っている「もの」はね、色んな連中が知りたがる「もの」があるのよ」
 何が待ち受けているのかは解らないが、ZER0もエリも、カルの話からとてつもない「何か」がある事は予測していた。それだけに、こうして様々な者が現れ始めた事も・・・今となっては驚く対象にはならなくなっている。それはあくまで軽く明るく話すスゥの雰囲気に救われている部分もあるのだろう。
「さてと、そこで提案」
 片目をつむりウインクしながら、スゥは二組にとても素晴らしい、そして驚き、しかしもっとも「良策」と思われる「提案」をする。
「一緒に行かない? あそこまで」
 誰もが行きたがるなら、一緒に行けばいい。これはかなり効率的な良策だろう。
「ちょっ・・・ちょっと待ちなさいよ!」
 だがもちろん、これにあっさり賛同出来ない者がいる。そもそもZER0とエリを連れ戻そうとしていたルピカである。
「何勝手に話を進めてるのよ。そんな事認められるわけ無いじゃない!」
 ZER0達を連れ戻した後で向かうつもりだったにせよ、ルピカは二人を連れ戻す事がまず最初の任務だった。彼女の主張はもっとも。
「アンタも何とか言いなさいよ! いい、この様子は「あのオバサン」だって見てるはずなんだから!」
 見られている自覚があるなら、「オバサン」発言はいかがなものか・・・というツッコミはさておき、彼女の主張は己の立場から当然の発言だ。そしてキリークにそれを自覚させるように促すのもまた当然。
 しかし、それをまたスゥがあっさりと一言で片づけた。
「あら、見えてないはずよ? その「オバサン」からはね。そうでしょ?エリちゃん」
 初対面の、それも敵なのか味方なのかの判断もままならない女性から急に話を振られ、戸惑うエリ。すぐにはスゥの言う「意味」に気付けなかった。
「アナタの彼氏は、今ラボにはいないんだから」
 続くスゥの言葉で、エリは彼女が何を言わんとしている事かを理解した。
「そう・・・そうです! 今ラボのメインコンピュータ「CALSシステム」は、システムそのものが機能していないはずです。肝心な「彼」が今、あそこに行ってますから・・・」
 今、ラボのコンピュータ「CALSシステム」は復旧の真っ直中だ。原因はカル・スが今メインシステムに「いない」事。基本的な部分は機能しているが、バーチャルルームやその他高い演算能力を必要とする施設は完全に機能を停止している。
 むろん、端末「CAL」を用いた監視も、出来ないはず。スゥはそれを言っていたのだ。
「そういう事。だから、みんなが黙ってればだーれにも解らないって事よ」
 だから妙案でしょ? とスゥは再び片目でウインクをする。
「え、でも、だからって・・・」
 ルピカが戸惑うのも無理はない。見られていないからと言って、言い渡された指示を全うしないで良いという事にはならないのだから。
「・・・そこまであの女に義理立てする必要はない。むしろ初めから乗り気ではなかったのだろう?」
 ルピカを納得させる一言は、スゥではなくキリークから発せられた。
「良いだろう、貴様の「妙案」に乗ってやろうではないか」
 キリークに言われては、不満は残るが何も言い出せないルピカ。そもそも彼が言うように、ルピカ自身ナターシャの命令に従う義理もさほど無かったのだろう。
 この変わった流れに、ホッとしたZER0。しかし胸を撫で下ろす一方で、彼の頭の中では様々な疑問が浮上していた。
 ナターシャの事だ。初めから「この流れ」になるのは予測していたのではないだろうか。そう思えるのだ。そしてそう思う事で、何故キリークとルピカをわざわざ向かわせたのか、そして何故この二人なのか、そこに疑問が残る。
 疑問は残るが、今それを悩む必要はない。事が終われば「全て」を本人に問いただせばいい。ZER0はそう考え、一旦疑問を棚に上げて補完する事にした。
「ただし条件がある」
 流れが良い方へと変わった中で、キリークは「条件」を口にした。発言者がキリークなだけに、場に一瞬緊張が走った。
「そこの女が足手まといなのは変わらん。全員で仲良くピクニックという気分にはなれんな」
 顎でエリを示し言い放つ。当人であるエリは、ビクリと体を震わせた。
 エリは自分がみんなの足手まといになっているのは自覚している。だが今すぐにでもカルを追いかけたい。同行は是が非でも願い出たいところだが、エリはすぐに反論出来ずにいる。
「一名ずつ、三人で向かうぞ。他の者にはここで待機して貰う。俺達が目的地に辿り着いたところで残った者達をテレパイプで呼びつけてやろう」
 意外、と言ってはキリークに失礼だが、本人を除く全員が、キリークの「最良策」に驚いた。彼がこのような「安全」かつ「妥当」な提案をするとは思っていなかったから。猟犬は己の狩りにしか興味がないとばかり皆思っていたから。
「・・・OK。それでいこう。エリちゃん、しばらく待っててくれな」
 キリークの提案に何の不満もない。むしろ助け船。ZER0はエリの肩に手を乗せ、彼女にしばしの辛抱を願い出た。
「・・・はい」
 本当は、一秒でも速くカルに会いたい。待つよりはついて行きたい。しかしそんな我が儘が通る状況にないのはエリも承知している。信頼しているZER0が言うのだから、従うしかない。エリは言葉みじかに了解の意を示した。
「まぁ、それが無難ね。それじゃ二人ともちょっと待っててね」
 塔へ向かう三人は、確認せずとも分かり切っている。
 一人は言い出したキリーク。そしてもう一人はZER0。残る一人は、最初に提案したスゥ。
 そう何の疑いもなく考えていたスゥは、引き連れていた二人のアンドロイドに待機を命じ、自分は塔へ向け踏み出していた。
「待て。来るのは貴様じゃない、スゥ」
 思わぬ制止に、さすがのスゥも驚きを隠せない。
「来るのは・・・お前だ」
 キリークが鎌を指揮棒のようにして向けた先には、一人のアンドロイドがいた。
 スゥの現相棒にしてZER0の恩人である真っ赤なアンドロイド。キリークが指名したのは彼女だった。
 感づかれた。スゥとZER0はキリークが彼女を指名した事で、焦りを感じた。
 指名されたアンドロイドの正体。彼女こそ、かつて「英雄」と称えられた天才ハンター、赤い輪のリコ。
 正確には、彼女はリコではない。リコはかの邪神ダークファルスによって吸収され、もうこの世には存在していない。
 彼女はリコが残した「良心」より生まれたアンドロイド。心と記憶はリコの物だが、体は当人の物とは言い難い。
 状況としては、先ほどまでこの場にいた「カル」と同じような物と言える。彼も彼女も、記憶こそ当人の物だが、全てが当人の物ではないという共通点がある。
 体が別の何者かになっていようと、心と記憶、そして「強さ」はリコ当人そのもの。その実力を、キリークは「本能」で察したのだろう。どこまで彼女の正体を見抜いたかは定かではないが、彼女が猟犬にとって「面白い存在」である事に代わりはない。
 今なら解る。キリークの提案は、なにもエリへの気遣いや全体の調和を考えての事ではない。
 彼にとって、最も「楽しめる」状況。それがたまたま、ZER0やスゥの考える「最良策」に当てはまったに過ぎないのだ。
「・・・いいわ、私が行きましょう」
 断る理由がない。ここで断れば折角の「流れ」を断ち切る事になる。それは望むところではない。
 猟犬に目を付けられるのは、彼の前に姿を現した時点で必然だったのかもしれない。
「はぁ・・・まあ仕方ないわね。頼んだわよ」
 踏み出した一歩を戻し、くるりと塔を背にするスゥ。指名されたアンドロイドの肩に手を置き、全てを彼女に託した。
「・・・では行くぞ」
 思い通りに事が運んだのが楽しげなのか、笑っているわけではないが、猟犬が何となく喜んでいる雰囲気が伝わってくる。彼は早速とばかりに先へ急ぐように付いてくる二人をせかした。
「・・・そういや、なんて呼べばいい?「前のまま」でいいのか?」
 キリークの後ろで、ついて行きながらZER0がアンドロイドにこっそり尋ねた。
 前のまま、つまり今も「リコ」と呼んで良いのかを、ZER0は尋ねている。キリークに対し完全にばれているわけではない以上、あからさまに彼女をリコと呼ぶのを躊躇っているのもあるが、本人が「現状」をどう考えているのかも気になっていた。
「・・・「R3」って、スゥには呼んで貰ってるわ」
 レッドリング・リコ。この名を短く「R3」と表記する事があった。それをそのまま今の「呼び名」にしたらしい。
「OK。それじゃ、「アレ」が文句を言い出す前に急ごうか、R3」
 二人はキリークの後を追っていった。

 カルが事前にセットしたまま、転送装置は無事塔内部に繋がったままであった。三人はその転送装置を使い、制御塔内部への侵入に成功した。
 外側からは窓らしい物は見えていたが、中が透けて見える程大きな窓は見あたらなかった。しかし実際には大きな窓がいくつもあり、内部からは外側を一望出来ている。外は地上と同じように薄暗い「靄」がかかっている。どうやら、塔の周辺に渦巻いていた「雲」のようだ。
 内部はセントラルドーム地下にあった「坑道」と同じように、窓を除いた四方を整備された「鉄」によって囲まれている。ここが明らかに、惑星コーラルの文明によってパイオニア1の人達が建造した塔である事を物語っている。
 今更ながら、ここガル・ダ・バル島がパイオニア1クルーによって秘密裏に「何か」手を加えられた島なのだという事が伺える。
 計画では、ラグオルにて建設する予定だったのはセントラルドームのみ。パイオニア1を解体しそのままセントラルドームへと流用する計画だった為に、余分な資材は運んでいないはずだった。
「調査してはいたけど・・・甘かったわ。地上にいると、宇宙(そら)から別の船が来ても気付きにくかったのかも・・・」
 リコ・・・いやR3は、予想以上に整備された塔内を見回して、己の詰めの甘さを悔やんでいる。
 パイオニア1のクルーだったリコは、独自の調査でパイオニア1の資材が12%ほどセントラルドームに使われていない事を調べ上げていた。その12%資材は、おそらく洞窟や坑道の整備に使われたのだと、彼女も彼女のメッセージを見た者達も判断していた。
 ちゃんとした算出はしていないが、漠然と計算しても洞窟や坑道の整備をするには12%の資材では足りない。その不足分は、古代遺産やラグオルの地表からどうにか工面したのだろうと、「謎の資材」に関して結論づけていた。しかしさすがに、この塔の完全な設備は、とてもではないが現地調達したとは考えにくい。
 ここまで来れば、もう疑う余地はない。パイオニア1とパイオニア2だけが、ここラグオルに来ていたわけではないのだ。
 言うなれば、パイオニア1.5。リコが知らぬ間に、パイオニア2よりも早くラグオルに到達した船団があるのは間違いない。
 宇宙(そら)から見れば、セントラルドームとガル・ダ・バル島はさして離れているわけではないが、リコのいたセントラルドームから見れば、ガル・ダ・バル島はかなり距離がある。船団の降下をセントラルドームの人々に気付かれないように行うのは、難しくはなかっただろう。
 そして、この「1.5」が間違いのない物だとすれば、この塔にしても全ての施設にしても、パイオニア1の独断で進められた計画ではけしてない事が解る。どんな超能力者でも、ラグオルからコーラルという惑星間という距離を、無理矢理船団を引っ張り込む事など出来ないのだから。
 何らかの形で、コーラル10カ国同盟が絡んでいるのは、誰の目にも明らかな事実だろう。
 もしかすると、セントラルドーム地下やガル・ダ・バル島以外にも、何らかの施設がある可能性もあるが・・・今はそれを模索する時ではない。
「次の区域への扉は塔のシステム側でロックされているようだな」
 塔内に設置されている端末。横一線に配置された端末の一つを、キリークが操作しながら導き出した答えを口にした。
 緩やかに左側へと弧を描いている、塔内部の広い通路。その先の扉は、キリークが言うようにロックされているのか、レーザーフェンスが赤く輝いている。
「外せないのか?」
 聞かれずとも既にやっているだろうが、ソフトウェアに弱いZER0は手持ち無沙汰に持て余し、質問を口にしてしまう。
「・・・難しいわね。システム側からのロックを気軽に解除出来ては、セキュリティー上問題あるのは当然だしね」
 キリークに代わって、同じく端末を調べていたR3が答えた。
「ZER0。扉をロックしている端末を破壊出来れば、次に進めるはずだ。ただし・・・端末を破壊した場合、何が起こるかは判らん」
 強引にセキュリティーを破壊すれば、おおよそ何が起こるかは予測が付くというものだが・・・キリークはむしろ、「何かが起こる」事を期待した口ぶりで、選択の責任をZER0に押しつけた。
「それと、どの端末でも良いというわけでも無いみたいね。ここにある端末のどれか一つが「当たり」みたい。それを引き当てないと扉は開かないわ」
 キリークに続いて、R3がZER0に説明を加える。なにやら話の流れから、二人とも端末の選択はZER0に任せるという事になりつつある。
「まあ、どちらにせよ突破する事に変わりはない。お前の運次第だ・・・任せたぞ」
 下手に端末からの操作で扉を開けようとすれば、時間が掛かるのは目に見えている。端末を破壊しても「結果」が同じならば・・・というのは正論だが、その正論に対する選択を押しつけられてはたまらない。ZER0はチラリとR3へ視線を移したが、彼女も黙ったままZER0の行動を待っているだけ。何故俺なんだという不満を抱きつつ、ZER0はいくつかある端末の一つを選び、前に立った。
 右手に持った銘刀アギトを振り下ろし、端末を両断するZER0。あっさりと切り分けられた端末の破壊音よりも激しく、辺り一面に警告音が鳴り響く。そして塔内を照らしていた蛍光色の光が真っ赤に変わる。
「クク・・・なかなか、勘が良いな。開いたようだぞ」
 愉快げに笑うキリークは、手にした鎌を構えながら先の扉が開いた事を告げる。と同時に、彼は駆けだしていった。
 確かに扉は開いた。一発で正解を引き当てたZER0の「勘」が冴えていたのも事実。だが、正解を引き当てたからといって何もしないと言う程、塔内のセキュリティーは甘くなかったようだ。
 警告音と赤い光。そして現れたのは、天井にも届かんばかりに巨大な「花」。もちろんリラクゼーションを目的とした室内観賞植物・・・なんていうシャレた物ではない。
 メリカロル。ジャングルの奥地で見かけた、巨大な食人植物。それが二体も現れたのだ。
 いや、よく見ると片方は違う。通常のメリカロルが真っ赤な花をしているのに対して、一方は青い花を付けている。
「これで黄色いのも出たら、三色そろって艶やかってもんだがねぇ」
 もちろん、三体も出られてはたまった物ではない。ZER0は軽口を叩きながら、各々お化け花に向かっていった二人の加勢に加わろうと走り出した。
 が、その足は二人の元に行き着く前に止まった。
 加勢出来ない。いや、加勢させてくれない。
 キリークも、そしてR3までも、寄せ付けない「気」を発している。
 殺気と言えば、それだ。キリークだけなら、尋常でない殺気という事で片づけられる。だが、R3の「それ」は、殺気と言うには少し異質な感じがする。言える事は、ZER0が近づく事を躊躇わせる程の「威圧」が込められている事。
 張り合っているのだ。二人は。
 キリークはR3の正体を知らないが、彼女が「ただ者」で無い事は察している。だからこそ、わざわざ彼女を指名してこの場へ連れてきているのだから。そしてR3も、キリークの事は知っているだろう。直接会った事があるかどうかまではZER0の知るところではないが。
 方やブラックペーパーの黒い猟犬と恐れられた暗殺者。方や「赤い輪のリコ」として称えられた英雄。その二人が、直接刃を交えずに争っている。
 いつの間にか冷たい汗が額に滲み出ている事に気付いたZER0は、手にもじっとりと汗をかいている事にも気付く。そして彼は、ただ二人の戦いを見守る事しかできない自分に焦りと苛立ちを覚えた。
 軟派師は、いつの間にか四英雄や若き豪刀などと呼ばれるようになっていた。意識していたわけではないが、どこかで新たな呼び名に酔っていたのかもしれない。どこかで慢心していたのかもしれない。自分は強くなったと。
 だがどうだ。目の前で繰り広げられている光景は。
 この激闘に入り込めない、己の未熟。力の差をまざまざと見せつけられているZER0は、血が出るのではと思う程に強く下唇を噛んでいた。悔しくて悔しくて仕方なかった。
 ゾークとドノフ。二人の英雄に託された、様々な想い。それを全て背負える程に大きな「強さ」を求め、これまで彼なりに努力してきた。その全てが、まだ足りぬと第三者である二人の「強者(つわもの)」に教えられた。
 気付けば、目の前の二人はほぼ同時に巨大な花を枯れさせていた。時間にすればさして長くはなかったが、ZER0にはとてもとても長く感じた「瞬間」だった。
「ZER0、先へ行くわよ」
 R3の言葉に、ようやっとZER0の足は再び動き出した。
 俺は二人に、そしてかの英雄達に、追いつけるのだろうか? ゾークに変わり「豪刀」になる運命を自ら背負い込んだZER0は、二人の後を追いながら自問自答した。
 彼は気付いていない。確かに猟犬や赤き英雄は強い。だがその「強さ」を肌で感じ取れる程に、彼も強くなっているという事実に。力無き物は、「強さ」の物差しを持たぬ故に強さの「程」に見当が付かない。だがZER0は「強さ」を持つが故に的確な物差しを持っている。だからこそ、二人の強さが解るのだ。
 ZER0は二人の後を追っている。その距離は、縮まろうとしていた。

 塔というだけあって、フロアは何階にも分かれていた。上の階へ行く度に、いくつもある端末を破壊し、アラームと同時に出現する敵を粉砕、そして先を急ぐ・・・これを繰り返していた。
 違うのは、フロアによっては初めから敵が待ちかまえていたり、また出現する敵もお化け花に限ってはいなかった。
 高山で配下の猿を従えていた、ボス猿ギブルス。海岸付近に巣を形成していた、女王蜂ギ・グー。地表での強敵が何匹も湧いて出てきた。
 地表の端末から手に入れたデータによって、この難敵がコードを付けられ人の手によって生み出された化け物だという事は解っていたが、そんな化け物がこうして人口建築物の中でも湧き出る事は、データが事実である事を裏付けている。
 それだけではない。データにはない人口生物が他にもいる事が、目視によって明白となった。
 一つは、明らかに人工物であろうロボット。
 なにやら箱のような設置物から、丸みを帯びた飛行物体が飛び出し、攻撃を仕掛けてくる。塔の外で待っているエリが見たら、「カワイイ」と抱きしめてしまうのではないかと思える程、外見は愛らしい。だが上空から爆弾を投下したり、己の体をまっぷたつに分離させ、中から回転のこぎりを出し迫るといった攻撃を仕掛けてくるこの小さいロボットは、「カワイイ」などと言っていられる程甘くはない。
 そして他に・・・人工生命とは思いたくない敵もいる。
 その一つは、洞窟にいるリリー種のように鉄の床に根を張る植物。だがその外見は、とても自然の物とは思えない禍々しさを持っている。あの邪神「ダークファルス」の配下と同じ漆黒の異形を持つその植物は、明らかに「D因子」より生み出されたモンスター。
 考えたくはなかったが・・・パイオニア1の研究者達は生み出していたのだ。かの邪神を模した化け物を。
 更にやっかいで恐ろしい事に、邪神から人工的に作り出されたモンスターは、この植物だけではない。
 巨大な犬のような、一つ目の化け物。そしてキリークと同じように鎌を持った、人型の化け物。直接見ただけで三種もの異形モンスターが生み出されている。
 一体この塔は、そして島は、何を生み出し何をしようとしているのか?
 おぞましい現状を目の当たりにしながら、考えるZER0。考える程に背筋が凍り付く程に冷たくなっていくのを感じるが、それもつかの間。ゆっくりと考察する時間など今はない。
 初めこそ、二人に気圧され手が出せなかったZER0だったが、敵の数が多くなれば「お鉢」も彼に回ってくる。
「っと! じゃれつかれるのはワンちゃんより女の子の方が良いんだけどなぁ」
 巨大で異形な一つ目の犬。遠方からZER0を見つめていたその「ワンちゃん」は、ZER0に飛びつかんとものすごい勢いで走り込んできた。それをZER0は今、素早く避けたところ。
 甘えさせてくれなかった巨大犬は、ドスドスと足音を響かせながらゆっくりとZER0の方へと振り向こうとしている。むろんZER0はそれを黙ってみているわけがない。素早く敵の視界外へ回り込み、二本の刀で「躾」を施す。
 厳しい躾がよほど堪えるのか、巨大犬は「イヤイヤ」と前足を上げながら抗議する。そして上げた前足を地に付けたその時、身体中から眩い稲光を発した。
「くっ!」
 予想外の光に、一瞬視界を奪われる。警戒し飛び退くと、犬はもうZER0へと向き直っている。
 何か来る。瞬時に察したZER0は、すぐさま今度は横へと飛び退いた。
 案の定、ZER0が先ほどいたところへ、犬が目からビーム・・・いや、波動砲とでも言うべき太く強烈な光の弾丸を放っていた。
「危ねぇな、おい。犬の放し飼いは条例違反だぜ?」
 そういえば、条例違反に該当しそうな「猟犬」も近くにいるな。自分のつまらないジョークに苦笑しながら、組織が放し飼いにしている猟犬をチラリと見やった。
 猟犬は自分と同じように鎌を持つ異形エネミーを両断していた。
 よそ見をしている場合ではない。再び視線を巨大犬に戻したZER0は、再びじゃれつこうと突進してくる犬を先ほどと同じように避けた。
 そして躾を再開したZER0。犬は躾に耐えきれず、地に体をべたりとつけ、異形種らしく黒い靄となって消えた。
 他の二人はどうした。ZER0はまた猟犬の方へと視線を移す。そこでは別の敵を切り伏せた猟犬と、真っ赤なセイバーで人型異形種を切り倒している英雄がいた。
 圧倒的な強さに嫉妬と関心を寄せていたZER0は、ふと疑問を抱いた。
 R3・・・リコの戦闘スタイルは、主に三英雄の一人ヒースクリフ・フロウウェンから教わった物だと聞いている。初めこそ彼女は自分の父親からノウハウを学んでいたらしいが、世間では、そして師匠であるフロウウェン本人もフロウウェンの弟子として知れ渡っている。
 そして彼女の義娘である黒の爪牙ESは、リコより戦い方を学んでいる。ならば当然、ESとリコは同じではないにしても近い戦闘スタイルを形成している・・・ものと思っていた。
 だが、実際には違うのだ。リコの戦い方は、ESに似て非なる別物だ。
 思い返してみると、ZER0は初めてスゥと会った時に、彼女の戦い方がESに似ていると実感した。故に彼女に合わせて戦うのもすんなり上手くいった。ところがリコは、ESともスゥとも似ていない。
 スゥの事は、後に彼女とESの関係を知った事で納得がいった。しかしリコはどうだろう? 彼女とESの関係を考えれば、似たスタイルになるはずだと思っていただけに、ZER0は戸惑っている。
 しばらく考え、ZER0は一つの結論を導き出した。
 雰囲気があまりに違うのだ。
 スゥがESと似ていると思った最も大きな所は、身のこなしといった身体的な特徴から来る動作と、そして共闘しようと思える「雰囲気」。
 対してリコは・・・じっくりと観察しているわけではないからハッキリと言い切れないが、少なくとも間合いの取り方や踏み込み方はESに近い物がある。扱う武器に違いはあるが、よくよく見ればやはりESはリコから教えを請うていたのが解るほどに似ている。にも関わらず、印象として「似ていない」と感じさせるのは、雰囲気があまりにも違うからだ。
 むしろ雰囲気は、キリークの方が近い。それはこの塔に来て早々、感じていたあの「気」でZER0は感じていた。それを今改めて感じ取っている。
 リコ・・・R3の戦いぶりを見るのは初めてではない。だが初めて見た時は相手が邪神。とてもではないが観察している暇も隙もない。今回改めてじっくり・・・とはいかないが、彼女の戦いぶりを見て、ESとの違いを認識した。
 どういう事だろう? リコをよく知らないZER0だが、今のリコが「本来のリコ」ではないのは何となく解る。むろん今のリコはR3であって、「本来のリコ」では無いのではあるが・・・。
 たかが戦闘スタイルからおかしな疑問を導き出してるなと、ZER0は自分の考察を一蹴し、開かれた扉から先へと急いだ。

「ちょっと。心配なのは判るけどね、じっとしてなさいな」
 塔の外、中央管理区。三人を送り出し残った四人は、三人からの呼び出しを待っていた。その間、エリは塔を見上げてはそわそわと歩き回ったり、溜息をついてはぎゅっと両手を握り祈るように目を閉じたりと、せわしなかった。
「すみません・・・」
 スゥに注意を受けしばらくは大人しくするエリだが、長くは続かない。またそわそわと動き出してしまう。その様子を眺めていたスゥも、はぁと深い溜息を漏らしてしまう。
 待つ身は辛い。それを良く理解しているだけに、スゥも強くエリを攻める事は出来ない。
「で・・・アナタは何をしてるの?」
 エリを落ち着かれる事に諦めたスゥは、同じく落ち着き無く周囲をうろついていたアンドロイドに声をかけた。
「いえ・・・フォトン濃度を測定していました」
 これと言った機材は見あたらないが、おそらくアンドロイドの体内にある簡易計測器を用いているのだろう。見た目にはうろうろしているだけにしか見えないが、ポイントを変えて細かく調査しているようだ。
「フォトン濃度? 何の為に?」
 暇を持て余しているのだろうとスゥは思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。
「先ほど、カル・スの実像が現れましたよね?」
 不意にカルの名前が飛び出した事で、エリもぴくりと反応し耳を立てた。
「バーチャルルームの中だけなら解りますが、完全にコンピュータから離れた空間に実像を作り出せたのは何故だろうかと・・・明らかに映像だけではなくキチンとした体を形成して現れていましたし」
 アンドロイドを除いた三人は、言われてみれば・・・といった様子で、カル・ス達が現れた時の事を思い出し頷いている。
「もしかしたらと思って調べてみたのですが・・・この一帯のフォトン濃度は、異常なまでに高い事が判明しました」
 カル・スの事とフォトン濃度とにどんな関係があるのか。三人には解らないが、アンドロイドは一人納得したという感じで話している。
「あっ・・・つまりですね、カル・ス達はこの高いフォトン濃度を利用して、バーチャルルームと同じような事を実現させたのではないか、と推測出来るという事です」
 三人が理解していない事を察したアンドロイドは、分かり易く簡素に説明した。
「そんな事が可能なの?」
 スゥの疑問はもっともだ。
「フォトンは、まだ判明されていない部分の多い謎の粒子です。キチンとした科学的裏付けは出来ませんが、考えられる原因は高いフォトン濃度しかない・・・という消去法に基づいた結論でしかありませんが」
 便利な物質だ。武器にも何にでもなるフォトンという粒子の便利さに、改めて感心させられる。
「今この一帯に「霧」が立ち込めてますが、この霧も、水分で出来ているのではなく高いフォトン濃度から生まれた副産物のようです」
「そうなの?」

 思わぬ報告に驚くスゥ。水分なら害はないと思っていたが、今辺りを包んでいる霧がフォトンだとしたら・・・体に害はないのかと、一瞬身を強張らせてしまう。
「元々この島全体がフォトン濃度の高い地域でしたが、特にここ中央管理区と、そしてあの塔が立っている周辺はフォトン濃度が高いようです」
 アンドロイドの解説を聞き、三人は一斉に塔を見つめた。
「・・・だとしたら、この島を選んだのも計算内ってところかしらね・・・」
 誰の事を言っているのか、スゥは口にしていないが、エリを除く三人には解っていた。
 この塔を建てたパイオニア1ラボ。その中心にいた人物、オスト・ハイル。天才博士の企みである事は、明白だ。
「・・・ふん。くだらない」
 アンドロイドの分析成果を聞いていた少女が、吐き捨てるように呟いた。
「どんな計算だか知らないけど・・・くだらないわ」
 憎々しげに塔を睨み付ける少女、ルピカ。そして各々の思惑を持ち見つめている他の三人。
 制御塔は、四者四様に見る者の印象を変えていた。

 同じ事を何度繰り返しただろうか。随分上へと上り詰めていなと三人が感じ始めていた矢先に、これまでとは全く異なったフロアが視界に飛び込んだ。
 ドーム型の部屋。どうやらここが最上階・・・つまりゴールのようだ。
 部屋の天井と床には、まるで中央の「穴」に向かって水が渦巻きながら流れている、そんな「模様」が映し出されている。
 いや、これは模様ではない。もちろん本物の水ではないのは、天井の方から水が漏れているわけでもなく、さらに中央の「穴」に向かって水のような物が「上」へと流れ込んでいるのから見て解る。
 ただの模様ではないが、水でもない何か。見当も付かない光景に首を傾げている三人の目の前が、不意に光を放った。
 突然の閃光の後には、一人の女性が立っていた。
 短く整った青い髪。澄んだ緑色の瞳。そして白く柔らかそうな肌。豊満な胸は下半分レオタードのような衣装によって包まれているが、上半分は露出している。
 一見ヒューマンのようだが、肩から脇にかけて「つなぎ目」が見える。
 彼女はアンドロイドだ。
「イプシロン。侵入者を排除しなさい」
 突然の訪問をZER0が詫びるよりも早く、女性の一言が発せられた。
「来るぞ・・・!」
 警戒し武器を構えるキリーク。それにならうZER0とR3。
 程なくして、天井から一筋の青い光。その光が女性を包み、そして消えた。代わりに響く警告音と共に、先ほどまで女性が立っていた場所から閃光。
 光が静まった時、そこには巨大なメカが登場していた。
 巨大と言っても、背丈はこの場に訪れた三人とさして変わらない。ただ横幅は三人が並んだ幅とほぼ同じ程に大きい。ドーム型をしたメカの形に、ZER0は何処か見覚えのあるシルエットだと感じていた。
 そして思い出した。坑道の奥にいた「ボル・オプト」に似ている。ちょうどあの狂ったコンピュータを小さくしたような姿だ。
 そしてミニボル・オプトは、オリジナルと同じように赤いレーザーの「線」を射出し、ZER0の足下に照準を合わせた。
 ターゲットに指定された。ボル・オプトとの戦闘経験があるZER0は、すぐさまターゲットから外れるように、出来る限り二人から離れるように遠くへと逃れた。どのような攻撃を仕掛けてくるかは解らないが、何か攻撃されるのは間違いない。
 ボル・オプトの時は、部屋こそ大きかったがボル・オプト自身も大きく、部屋の七割はボル・オプトの体で埋め尽くされていた。その為逃げるにも部屋の隙間が広くない為に困難であった。しかしこの部屋はあのボル・オプトの部屋と同じ程の大きさだが、イプシロンと呼ばれたミニボル・オプトは大きくない。逃れるスペースはいくらでも確保出来る。
 だが、このミニボル・オプトには小さいなりの利点もあった。
 動けるのだ。非常にゆっくりだが、イプシロンはZER0を追いかけてきた。そしてZER0に向けて放たれた赤い線も、やはりゆっくりだがZER0を追っている。
 非常にやっかいだ。しかしやっかいなのはこれだけではない。
「なんて装甲・・・全く歯が立たないわ」
 逃れるZER0を囮に、残された二人はイプシロンに接近し攻撃を加えていた。だが一向に傷一つ付けられないでいる。
 R3の真っ赤なセイバーも、キリークの鎌も、「レア」と呼ばれる貴重品。それだけに高性能な武器だ。むろん殺傷能力も非常に高い。そんな二人の武器を用いても、固い装甲に一筋の傷も付かない。
 黙って逃げ回るしかないのか? 追いかけるだけでいまだ何も攻撃してこない鉄塊に、三人は為す術がない。
 不意に、放たれていた線が消えた。と同時に、最後に線が示していた場所、ZER0の後方で激しい爆音と爆炎が巻き上がった。
 これが、イプシロンの攻撃か。音と炎の規模を見る限り、かなり危険な攻撃なのは間違いないようだが、逃げ回っていれば巻き込まれる心配は少なそうだ。
 少々拍子抜けしながらも、ZER0は再びロックオンしようと伸ばされるレーザーの線から逃れる為に走り出した。
 敵の攻撃を避けるのは簡単だ。だがこちらの攻撃も受け付けてはくれない。このままでは埒が明かないのは明白だ。
 どこかで、反撃の好機は訪れる。相手もずっとこのまま鬼ごっこを続けるつもりはないはずだ。今はその時が訪れるのを待つしかない。
 ZER0が四度目の爆炎から逃れた時、待ちわびた好機が訪れた。
 追いかけ続けていたイプシロンが止まり、固い装甲を四つに分離させ、それを本体から切り離した。
 むき出しになった本体。この状態ならばダメージを与えられるはず。R3とキリークは密接する程に接近した。
 だが、敵もわざわざ弱点をさらけ出すだけで終わるわけがない。
 切り離された四つの装甲。その装甲が本体と一定の距離を保ったまま周囲を回り始めた。そして装甲が真っ赤な光の球体に包まれる。
「そいつに触れるな!」
「それに触っちゃダメ!」

 キリークとR3の警告は、ほぼ同時に放たれた。
 警告通り、おそらく触れば何らかの害を被るのは明らか。ZER0は二人に続いて本体に斬り掛かろうとしたが、周囲を回る球体が邪魔をし、近づけない。
 代わりに、すぐさま本体に取り憑いた二人は、球体に邪魔される事がなかった。狙っていたのか偶然なのかは定かではないが、おかげで二人は球体の攻撃にさらされることなく安全で確実な位置から本体を攻撃出来る。
 本体を晒してまで行った攻撃だったが、やられ損のまま終わりそうだ。それでもまだ耐えきっているイプシロンは、装甲を再び呼び戻すと、初めと同じようにレーザーの線をZER0に向けて放ってきた。
「なに、俺はこーいう役目?」
 逃げるだけで攻撃の一つも出来ない事に不満を漏らしながらも、ZER0は再び逃げ回った。

 鬼ごっこを何度か繰り返した所で、遊び疲れた鬼役は崩れ去った。
 被害はほとんど無かったが、耐久戦を戦い抜いたZER0は、走り疲れ息を軽く荒げていた。
「・・・笑止。この程度で息を上げるなど。貴様もまだまだだな」
 息をしないアンドロイドに言われたくもない・・・と言い返したかったZER0だが、ここで下らぬ小競り合いをしても仕方ないと、黙っていた。
 言い返すのを期待していたわけではないが、キリークはZER0の反応をしばし待ち、何もしてこないと見るやテレパイプを取り出しセッティングを始めた。
 すぐさま光のゲートが完成し、そこから塔の外で待っていた四人が現れた。
「ZER0さん! 大丈夫ですか?」
 真っ先に飛び出してきたのは、エリだった。ZER0の姿を見つけるやいなや、彼の元へと飛びつかんばかりに駆け寄った。
「随分時間が掛かったわねぇお三人さん。待ちくたびれたわよ」
 次いで現れたのはスゥ。ゲートから降り出す成り愚痴をこぼした。
「もう、この子が落ち着きないったら」
 今でも落ち着きのないエリの様子を改めて見ながら、スゥは溜息混じりに漏らした。
「・・・さて・・・」
 残りの二人がゲートから出てきたところで、スゥは周囲を見回した。
 ドーム型の最上階には、「渦」のようなものが天井と足下に見受けられる他は、メイン端末と思われるコンピュータと、天井に設置されているモニターが三枚見える。
 天井のモニターには、女性型アンドロイドの設計図だろうか? 正面,側面,背面の三面図が表示されている。
「!!! これは・・・?」
 渦が気になったエリが、部屋の中央であり、上下二つの「渦」の中心でもある地点へと歩み寄ろうとした。
 その時、天井の渦中央にある「穴」から、光の玉がゆっくりと舞い降りてきた。
 光の玉は渦と渦の中間位置で止まり、眩しく瞬いた。一瞬まぶしさに皆が目をつむったその刹那、光の玉は人の形へと変わっていた。
「これは、次なる生命の渦」
 初めてこの部屋に訪れた時にいた、アンドロイドの女性だ。女性は姿を現すと、唐突に話し始めた。
 突然の言葉に、一瞬彼女が何を言っているのか理解出来なかったが、どうやら上下にある「渦」が、「次なる生命の渦」という事らしい。
「カル・スは眠っています」
 エリ達がここへ訪れた目的を全て知っているのか、女性はすぐさま本題に入った。
「眠ってる・・・?」
 真っ先に訊きたかったカルの事。だがエリは、謎の女性が語る意味がよく解らないでいる。それはエリだけでなく全員が同じであった。
「再び彼が目覚めるのはまだ先」
 エリの言葉を聞いていたのかどうか、彼女の言葉には全く反応を見せず、謎の女性は話を続けている。
「彼が目覚める時。それは、彼が次なる生命体として生まれ変わる時を意味します」
 言っている意味がまだよく解らないが、カルが塔へ向かう前に語っていた「生まれ変わる」というキーワード。その言葉に直結した話だというのは理解出来る。
 つまり、カルは生まれ変わる事に「成功」したと言う事なのだろうか? まだ解らないまでも、エリは僅かに希望の光が心に差し込んできたのを感じていた。
「あきらめなさい。あなたのことを覚えていることはないでしょう」
 だがそんな希望の光も、女性は容赦なく遮断してきた。
 おそらく重要な事を語っているのだろうが、あまりにも簡略に語られる為によく意味が解らない。
「そんな・・・あなた・・・一体・・・?」
 ショックを受けながらも、エリは女性に震える声で尋ねた。
「人間。アンドロイド。そしてニューマン。それに続くような新しい生命体の誕生を目的として創られたもの」
 坦々と口調を変えずに、しかし口にするその言葉は規模の大きなものへとなっている。
「次なる生命の渦。マザーシステム」
 MOTHER?
 カルも口にしていたマザー。どうやら、謎の「渦」こそが、カル達を生み出したMOTHER・・・マザーシステムというものらしい。
「そして、その管理者がこの私。デルタ。父様にはそう名付けられました」
 ようやっと己の名前を口にした女性。その女性の名前に、スゥが眉をひそめ反応した。
「・・・デルタ? まさか、オスト博士が最後に研究してた・・・?」
 スゥはオスト博士の研究を追っていた。ZER0はその過程でスゥと出会っている。ZER0もスゥと同じようにオスト博士のデータを持ち帰り一通り目を通してはいたが、デルタという名前には覚えがない。あまりに膨大なデータであった為に覚えていない事が多すぎるというのもあるが、おそらくはあの時坑道で得たデータ以外にも、スゥは沢山の情報を所持しており、そちらにデルタの名前があったのだろう。
 それだけ、スゥがオスト博士に関してデータを収集しており、そしてかなり執着しているのが伺える。
「正確に言えば最後に、ではありません」
 スゥの疑問に、当人は微妙に否定した。
「私は捨てられたのです。マザーシステムと共に・・・」
 どういう事だ? スゥは眉間にしわを寄せ、怪訝な顔つきでデルタを見ている。
「父様が創られた三つのAI。ボル・オプト,カル・ス,オル・ガ。彼らは全てこのマザーシステムから生まれたのです」
 もはや基礎知識となりつつある事から、デルタは語り始めた。
「母親から生まれ巣立った子らが各々進化した結果・・・自らの意志を持って生とも死ともつかない母親の胎内へと帰る。そこで初めて、次なる生命体へと進化する準備が出来る」
 基礎知識から始まったにしては、突拍子もない事が語られ始めている。
「AIというものが自らの意志を持ちその可能性を信じること。意志が知性を超える。その瞬間を待ち続ける。マザーシステムはそう設計されているのです」
 ZER0とエリは少々頭がショートし始めている。だが少しずつ、こんがらがった糸がほぐれてきた。
 カル・スはエリと親しくなる程に発達したAI。そのAIが進化する「意志」を持ち「可能性を信じ」ここ・・・マザーシステムまでやってきた。全てカルの独断で行った事だが、マザーシステムはこうなる事を望み待っていた・・・という事なのだろうか。少なくとも、デルタの言葉からはそう伺える。
「・・・けれど・・・父様は途中で諦めてしまった・・・待てなかったのです」
 口調こそ未だ坦々としているが、明らかにデルタは落胆している。
「生命体との強制融合・・・ね」
 スゥが、デルタの説明に割って入ってきた。
「・・・そうです」
 そしてデルタがスゥの発言を肯定した。
 どうやら、ZER0とエリが頭を悩ませていたここまでの説明も、スゥにとっては・・・いや、どうやらスゥだけでなく、他の面々・・・ルピカですら、これまでの話ですら「基礎知識」であったようだ。
「ラボの研究でもある程度、解っていたわ」
 まだ理解し切れていないZER0とエリに解説するかのように、そして自分の情報を整理するように、今度はスゥが話を始めた。
「物質的な浸食や融合による進化を行わせることで・・・D因子そのものの特性は強調される」
 理屈はよく解らないが、エリはともかくZER0はこれまで直に見てきた「D因子に犯された者達」・・・つまり数々のエネミー達を思い浮かべ、スゥの言わんとしている事を漠然と理解した。
「オスト博士が作った三つのAIは、D因子が行う他の生命体への浸食融合を円滑にする為の媒体。そして、その進化を制御する為の基本構造として使われていた、とね」
 醜く凶暴になっていたエネミー達。それを生み出したのが三大AIであった。これはつまり、カル・スがモンスターを生み出していたという事になり、エリの心にざっくりと傷を負わせるには充分な事実であった。
「・・・ん? ちょっと待てよ。さっき、三つのAIは次なる生命体になる為に作ったって言ってたよな? つまり、次なる生命体ってのはあの化け物どもの事なのか?」
 疑問にぶち当たったZER0が話の流れを止めてスゥに質問をした。
 カルは生まれ変わると言って塔の最上階まで旅立った。その生まれ変わった姿があのエネミー達になるのか? しかし彼は「エリと同じになる」と言っていた。どうも話に矛盾があるようにZER0は感じていた。
「・・・結果としてはね。だけど、始めに設計された時と最終的な目的は異なってるのよ」
 極力分かり易く伝えようと、スゥは言葉を選びながらゆっくりと解説をしていく。
「元々は、AIが独自に進化して「次なる生命」になるように計画が進められ、マザーシステムと三つのAIが誕生した。だけどAIの進化を待たずして、オスト博士はD因子による進化・・・浸食融合へと方向転換してしまったのよ。そこで、三つのAIは進化する事を中断させられ、浸食融合の媒体と制御を行うAIへと切り替えられたの」
 最終的にオスト博士がどのような未来予想図を描き「次なる生命体」を生み出そうとしたのかは、解らない。ただその過程の中で生まれたのが、あのエネミー達であり、そしてある意味で「次なる生命体」の成れの果てだという事だ。
「坑道のボル・オプトが典型的な例ね。D因子を組み込んだロボットを未だに量産しているでしょ?」
 なるほど。ZER0は軽く拳で手を叩き納得した。最終的にボル・オプト自身も狂ってしまっていたが、狂ってしまった結果ロボットを量産しているのではなく、元々あのロボット達をオスト博士の計画に基づき量産するようになっていたという事だ。
 そう考えると・・・あの時、ZER0とエリがカル・スを救出しに行ったあの時、カル・スも狂いかけていたが・・・あのまま完全に狂ってしまっていたらどうなっていたのか・・・嫌な想像に思わず体が震えてしまう。
「そうやって出来損ないの「次なる生命」を生み出し続けた結果が、あの爆発・・・」
 セントラルドームの爆発。つまりそれは、邪神ダークファルスの復活。
 未だに謎の多いダークファルスだが、間違いなく、奴の目覚めとなる引き金を引いたのは、オスト博士・・・ということか。
「そう・・・そして、皆いなくなった。父様も」
 悲しげに、デルタがスゥの言葉を引き継ぎ言葉を漏らした。
 自業自得と言えばそれまでだが、巻き込んだのは自分達だけではない。それを思うと、ZER0は激しい憤りを感じずにはいられなかった。
「何故信じられなかったのでしょう? 何故待てなかったのでしょう?」
 口調こそあまり変化はないが、その言葉には深い悲しみが込められている。
 デルタは、三つのAIが自ら進化をする為に監視する役割を担っている。故に計画の方向が転換された時、彼女の役目は無くなったと言って良い。
 父に刃向かうことなく、役目を突然失いマザーシステムと共に「捨てられた」彼女は、呆然と一人ここに取り残されていたのだ。これを悲しまずにはいられなかっただろう。
 ふと、ZER0は一人の女性を思い浮かべた。
 役目を失い、捨てられる事を恐れていたアンドロイド。シノの事を。
 何らかの役目を果たす為に生まれてきたアンドロイド達にとって、その役目を失う事は死にも等しいのだろう。それを思えば、「自立しろ」とはかなり無茶な要求だろうか・・・。
 かつての相棒も、唐突に役目を失い自暴自棄になっていた。それをどうにか救出し自立させる事に成功できたが・・・シノも最期まで見届ける義務があると、ZER0は改めて心に誓った。
「・・・けれど、AIカル・スは自らの意志でその可能性を選択しました。母なる渦に再び帰ることを・・・次なる生命体に進化することを信じて」
 捨てられていたデルタは今、希望に満ちている。
 カル・スというマザーの子が帰ってきた。彼を見守る事が、今のデルタにとって全てなのだろう。
「だからこそ、彼を今起こすことは出来ません。あきらめなさい」
 やっと見出した希望。それを無にする事はデルタには出来ないだろう。
「待ってください!」
 しかし、エリはエリで必死だ。
 事情は・・・全てとは言い難いが・・・エリにも理解出来た。これからカルがしなければならない事も。判ってはいても、このままはいそうですかと帰るわけにはいかなかった。
「・・・最後に一つ・・・一つだけ・・・カルに伝えたいことがあるんです。お願い・・・彼と話をさせてください」
 混乱の中でマザーへと旅立っていったカル。何も伝えられないままの別れは、あまりに辛い。エリはすがる思いで、デルタに願い出た。
「・・・AIカル・スにあなたが与えた力は大きい。できるならば、私もあなたを信じたい」
 監視する者・・・見守る者として、デルタはカル・スを暖かく見守っていた。それこそ「母」のように。そんな彼女は、カル・スにこへ戻ってくるように「進化」させたエリの功績は感謝している。
「・・・けれど、管理者としてそれは出来ないのです。彼は自ら望んで眠りにつくことを選んだのですから・・・」
 自ら望んで。デルタの言葉に、カルが自分の意志でここへ辿り着いた事を思い返したエリ。彼が望んだ事ならば、諦める他無い。ガックリと肩を落とし、エリはうなだれた。
「・・・カル・・・ここまで来たのに・・・」
 仕方のない事だと解っていても、せめて、せめて一目会って別れを告げたかった。
 突然の再会。そして突然の別れ。
 再び会えると思っていなかっただけに、会えただけでもエリにとっては喜びだった。しかし全てがあまりにも唐突で、無我夢中に走り続けたエリは、それこそ走り抜けるように全てが終わってしまったかのように感じていた。
 再会出来た喜びを噛みしめる間もないうちに、別れも告げられぬまま終演を向かえるのはあまりにも悲しかった。
 それでも、諦めなければならない。そう自分に言い聞かせようとすればする程、瞳からあふれ出る物を堪えきれなかった。
「・・・エリ・・・泣かないで・・・エリ・・・」
「・・・! カル・・・」

 聞きたかった声が、不意に耳へ飛び込んできた。
 諦めようとしていただけに、エリの歓喜は一気に頂点へと上り詰めた。
 だが、声はすれど姿は見えず。エリは必死に、辺りを見回している。
「・・・起きてしまいましたね」
 相変わらず坦々とした口調で呟いたデルタ。こうなる事を解っていたのか、呆れたと言うよりは幾分か「予定調和」的な言い回しにも聞こえる。
「不安定なまま覚醒させるのは危険なのですが・・・仕方ありませんね。僅かの間ですよ。こちらへ」
 管理者として今起こすのは躊躇われるが、起きてきてしまったものを強引に寝かしつける事も出来ない。
 デルタはエリをより中央に呼び寄せ、自分は一歩下がる。するとデルタが現れた時のように輝き、そして消えた。代わりに、やはりデルタが現れた時のように天井の「渦」中央から光の球が舞い降りてきた。
 球は途中で降下を止め、そしてより一層輝く。現れたのは、エリが求めて止まなかった愛しい人。
「エリ・・・」
「・・・カル」

 お互いを見つめる瞳。静寂が辺りを包む。
 僅かに、エリの瞳に映るカルがぼやけて見えた。エリは軽く目元を拭うと、語り始めた。
 僅かの間。このひとときに、ありったけの思いを言葉に託し伝える為に。
「話してなかったよね。私の生まれた街もね、自分達のせいで大変なことになっちゃったの・・・とても悲しかった」
 エリの故郷、惑星コーラル。そこは人々の愚行によって、人々が住めない惑星へと変わり果てていた。
 エリが生まれた街は、戦争という愚行によって廃墟と化していた。この悲しい現実は、口にするのも躊躇われるエリの傷心。
「なんでこんな事になったんだろうって思った」
 幸せだった日々が、一瞬にして破壊し尽くされる現実。エリはただ、呆然とする事しかできなかった。なんでこんな事にと問い詰めても、答えなど返っては来なかった。
「・・・私達は凄く愚かなのかもしれない。凄く行けない方向へ進んでいるのかもしれない」
 あの戦争もしかり、そしてカルやデルタから聞いた、オスト博士が目指した研究。その他にも、自分が知らないところで様々な「事件」が起きている。
 何処へ向かおうとしているのか、か弱き少女に解るはずもないが、ただその方向があまり良い方へと向いていない事は漠然と理解していた。
「・・・でも、でもこの世界で頑張るしかないの」
 力強く、少女は宣言した。
「夢みたいな未来を想像しながら、もしかしたら、もしかしたらって、すごくみっともない時も多いけど」
 また、カルの姿がにじんできた。再度目元を拭いながら、しかし瞳はしっかりとカルを見つめ、エリは高らかに訴える。
「一度きりの命を一生懸命使って、それが私達の可能性。生まれた理由だと思うの」
 呆然とたたずむ事しかできなかった少女。その少女が自分なりに見つけた答え。
「・・・あなたはAIで、私達と同じじゃないのかもしれない。でもね、きっと、きっとあなたもその可能性の為に生まれてきたの。それだけは覚えていて・・・」
 これからカルが行おうとしている事。
 新たなる生命への進化。
 それが、カルの言うとおり「エリと同じになる」事なのかどうか。それは誰にも解らない。
 デルタは言った。あなたのことを覚えていることはないでしょう、と。
 それでも、それでも、覚えていて欲しかった。
 生まれた意味。これまで生きていた意味。
 自分の事を忘れられても、エリはカルの為に、愛しい彼の為に、生まれ変わる彼の為に・・・覚えていて欲しかった。
 生まれた意味・・・希望を。
「・・・私・・・私、あなたのこと・・・あなたのこと・・・忘れないから」
 もう堪えきれなかった。瞳から止め処なくあふれ出す「想い」。
 何度も何度も拭うが拭いきれない。
 忘れられるのは、やはり悲しい。とても悲しい。
 だが忘れられても、けして忘れない。エリは強く強く心に誓った。
 カルの思い出。心に思い出があれば、カルはエリの中で消えはしない。けして。
「・・・ありがとう、エリ」
 想いを受け取ったカルは、優しく、エリに声をかける。
「・・・でもね・・・ごらん。僕らの母親、生命の渦だ」
 見上げるカル。つられ、エリも上を見上げる。
 そこには、悠々と渦巻くもの・・・マザーシステム、生命の渦がある。
「僕らは消えて無くなるわけじゃない。君と同じ世界に居続けるんだ」
 生まれ変わる為に死ぬわけでも消えるわけでもない。
 未来の為に、カルは生命の渦に抱かれ、眠りにつくのだ。
「僕らはあの中で溶け合って繭になる。また君に会える日を楽しみにして、ね」
 また会える。それは確約出来ない。
 エリの事を覚えているかどうかも、きちんと生まれ変われるかどうかも、全てがあやふやでしかない。
 お互い、その事はよく解っていた。
 それでも、カルは言った。また君に会える、と。
「・・・元気で、エリ」
 しばしの別れ。永遠の別れ。
 どうなるのかは解らないが、どうなっても後悔しないよう、カルはハッキリと別れを告げ、右手をそっと差し出した。
「またね、カル・・・」
 また会える。その言葉を信じて、エリは精一杯の笑顔でカルの手を握り替えした。
 その手は、とても温かかった。
 AIのカルが擬似的に作り出した体に、体温があるかどうかなど解らない。だがエリには、握りしめた手に確かな「温もり」を感じていた。
 心地よいこの温かさを、何時までも何時までも感じていたかった。
 だが、「僅かの間」に終わりが来てしまった。
 静かに、デルタが二人の傍に現れていた。
「・・・制御塔内管理義務に従い・・・侵入者を地上へ強制転送します・・・」
 余計な言葉は入らない。冷たく言い渡された退去命令のようだが、デルタは出来る限り二人の「余韻」を邪魔しないようにと配慮した・・・そう、何故か二人は感じていた。
 エリの足下を、そして他の「侵入者」達の足下にも、眩い光が不意に立ち上ってきた。
 強制的にテレポートさせられるようだ。
 視界が一瞬にして真っ暗になる。テレポートが実行されたのだ。
 塔の外へと飛ばされる、その暗闇の中で、エリは最後にしっかりとカルの声が聞こえていた。
「忘れないよ。エリ」

 気が付くと、海岸に投げ出されていた。時は夜。月と星の光だけが、ZER0を照らしていた。
 意識を取り戻したZER0は、辺りを見回した。
 どうやら、目を覚ましたのはZER0が最後だったようだ。周囲の人々は既に立ち上がりZER0を見つめていた。
「お目覚めいかが? ZER0」
 最初に声をかけてきたのは、スゥであった。
「二人っきりでベッドの中・・・ってシチュエーションなら最高だったんだけどなぁ」
 体に付いた砂を払いながら、ZER0は立ち上がりスゥの問いかけに答えた。
「・・・エリちゃんは? それにルピカもいない・・・」
 改めて周囲をよく見れば、メンバーが二人欠けていた。
「ルピカなら、とっととパイオニア2へ戻ったわ。エリは・・・あそこ」
 くいっと親指でスゥが指し示した方角。そこには、海を見つめながら一人たたずむエリの姿が見えた。
「あの子・・・小さい頃のあたしに似てるわ」
 ZER0と共に、エリを見つめながらスゥが呟くように話し始める。
「平気な顔してるんだけど泣いてるの・・・やんなっちゃう」
 幼かった頃のスゥをZER0は知らない。しかし彼女も幾多の困難をくぐり抜け生きてきたのは安易に想像が付く。異性のZER0より同性のスゥの方が、今のエリに共感出来る事は多いのだろう。
 スゥは視線をエリから外し、そして空を見上げた。
「マザー計画・・・人類の新たな母を求めるプロジェクト。薄々気付いてるとは思うけど・・・そんな計画があるのよ。パイオニア計画の裏でね」
 唐突に、スゥが語り始めた。
 今回の騒動・・・制御塔に関わる、多くの謎。エリの手前根掘り葉掘り聞き出せなかったZER0の疑問に、スゥが率先して語っている。
「ああ・・・途中で思い出したよ。だけどよ、マザー計画って・・・あれだろ? モンタギュー博士が仕組んだ計画だってESから聞いてたが・・・コンピュータをハッキングして乗っ取るような計画だったんじゃないのか? とても「人類の新たな母」って計画には思えないが・・・」
 ZER0は直接関わっていないが、彼の最も近しい女性ESがその「事件」に直接関わっていた。
 モンタギュー博士が作り出したアンドロイド、エルノア。彼女の中に組み込まれた「何か」が作動し、パイオニア2にあるほとんどのコンピュータをハッキングし乗っ取られるという事件が起きている。この事件の裏に、モンタギュー博士が関わっている「MOTHER計画」があると、ESは語っていた。
「関連はあるのです。確かに、繋がりがないように見える計画ですが、博士・・・モンタギュー博士とオスト博士の計画は、元を同じにした「MOTHER計画」なんです」
 ZER0の疑問に答えたのは、スゥではなく、スゥが連れていたアンドロイド・・・R3ではないもう一人のアンドロイドだった。
「あっ・・・そーいや、君は?」
 まるでオールスターとでも言うべき様々な面子がそろっているこの場にて、唯一ZER0と面識の無かったアンドロイド。今更だが、ZER0は初対面のアンドロイドに素性を尋ねた。
「申し遅れてすみません。私はウルト・カミュエル。モンタギュー博士に作られたアンドロイドです」
 一瞬、どこかで聞いた事がある名前だと引っかかりを覚えたZER0は、「モンタギュー博士」の名で思い出した。
 彼女は、エルノアの姉。エルノアの前に作られた、MOTHER計画遂行の為に作られた試作型のアンドロイド。
 ESがMOTHER計画の騒動に巻き込まれたのも、彼女ウルトが、WORKSのサコンに騙されたDOMINOによって強奪された事から始まっていた。
 ウコンは一向に進まないモンタギュー博士のMOTHER計画に業を煮やし、試作機であるウルトを強奪し強引に計画を実行しようとした。それが事件の真相だ。
 その事件の直中にいたウルトが、もう一つのMOTHER計画が眠る制御塔へとやってきた。これには、何かあると思うのが自然だ。ZER0はどういう事だと視線でウルトとスゥに問いただした。
「・・・今言えるのはここまでよ。でも信じて。けしてあなたやESに、悪いようにはしないから」
 またか。ZER0は苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめスゥを睨んだ。
 これまでも、何度謎の最深部へと踏み込めずに地団駄を踏んだ事か。だが、これ以上問いつめても口を割らない事を判っているZER0は、大きくわざとらしい溜息を吐き出す事で無理に納得しようとした。
「その代わり・・・というか、押しつけるようになるけど・・・」
 スゥにしては珍しく、やや弱気に話し始める。
「ラボから受けている島の探索。それに、彼女も同行させて欲しいのよ」
 スゥが親指で自身の後方を指し示す。そこには、R3の姿があった。
 さすがに、ZER0はこの申し出に驚いた。
「あ・・・いや、それは構わないが・・・」
 何かを企んでいるのは明白だ。だが、断る理由はない。ZER0は曖昧な返事に止まってしまった。
 何を企んでいるのかは全く判らないが、しかしZER0にとって、R3・・・リコの同行は謎を知る手がかりになるだけにむしろ歓迎すべきだろう。
「それよりさ・・・」
 返される答えは判っているが、尋ねずにはいられない。ZER0は後頭部を掻きむしりながら、二人に尋ねた。
「ESに・・・会ってやってはくれないのか・・・な」
 ZER0の言葉に、二人はなかなか返事を切り出せなかった。
「今は・・・その時ではないから・・・」
 ようやくR3から絞り出された答えは、ZER0の予想通りだった。
 スゥもリコも、ESにとって母親のような存在。けして表だって訴える事はしないが、ESは二人に会いたがっている。だが、二人はESに会おうとはしない。
 先ほど、スゥはエリを見て自分に似ていると語った。そういう意味で言えば、ESはスゥに似ている。
 彼女は今でも、笑顔のまま心で泣いているから。
「・・・ま、事が落ち着いたら、そのあたりもう一回考えよーや」
 ESはもちろん、ZER0にもあまり接触してこなかった二人が、ここまで接近してきたのだ。更に一人は今後同行するとまで言っている。ESに会ってくれる日も近い・・・そう、ZER0は希望を持った。
「さて・・・片づけなきゃいけねーのはまだあるな・・・」
 ZER0は視線を、これまでずっと黙ったままでいたアンドロイドに向けた。
「どーすんだ? 猟犬よぉ・・・」
 ブラックペーパーの黒い猟犬。ZER0は睨み付けながらキリークに尋ねた。
「俺を連れ戻しに来た・・・ってのはもう遅いな。ルピカも戻ったし、このまま消えるか?」
 それだけで終わらないだろうと、ZER0は武器こそ構えなかったが気構えだけはしっかりとさせた。
 だが、予測に反し答えはあっさりしていた。
「そうだな・・・」
 ZER0の言葉を肯定したのだ。
 そして拍子抜けするZER0を尻目に、キリークは顔だけをスゥに向ける。
「ボスからの伝言だ・・・戻ってこい」
 短い言葉に込められた衝撃は、大きかった。スゥは驚いた顔をキリークに見せている。
「裏切り者の私を始末する為に・・・って訳じゃなさそうね」
 スゥは元々、ブラックペーパーの一員だった。しかしどういった理由か、彼女は足を洗っている。
 これまでスゥがESに会えないとしていた理由の一つが、ブラックペーパーに狙われている為、というものだった。実際、これまでもブラックペーパーの刺客から逃れる生活を送っていたはずだ。
 そのスゥに、戻ってこいと言っている。
「・・・まだ早いわ。私は、まだ調べなきゃならない事が沢山ある・・・」
 彼女が組織を抜けた理由をZER0は知らない。しかしそれが、MOTHER計画に関する事なのは薄々気付いている。そして、ESに関わる事だというのも・・・。
 まだ早い、ということは・・・戻る気があるという事なのか? スゥの真意は探れないが、あまりZER0は歓迎したくない心境だ。
「・・・伝えておこう」
 是非も答えず、キリークは短く返答すると歩き出した。
「ZER0・・・強くなれ。俺を楽しませる程度にはな・・・」
 殺気という残り香を置き土産に、キリークはいずこかへと消えていった。
「・・・ったく、やっかいなのが色々と残ってやがる」
 キリークの事だけではない。今日一日で、明かされた謎と深まった謎が幾多も湧き出てきた。それらを整理するだけでも頭を痛めそうだと、ZER0はその傷めるであろう頭を掻きむしりながら思った。
 残っているのは他にもある。パイオニア2へ戻ったら、早速ルピカとナターシャに色々と問いつめなければならない。
 そして更にその前に・・・やらなければならない事がある。
「あの子、待ってるわよ」
 スゥの視線、その先には、未だ一人で海を見つめている少女がいた。
「ああ・・・」
 傍に行ってあげなければ。そう思うが、なんと声をかけてあげれば良いのか・・・それを思うと踏み出す一歩が躊躇われる。
「転送装置の座標ログは消去しておいたから。あの制御塔にラボの連中は近づけないわよ」
 踏み出せないZER0に、スゥは最低限伝えなければならない事を手短に伝え始めた。
 否応なく、エリの傍へ行けるように。
「ただ、ウルトとの・・・モンタギューとの約束でね。あの毒キノコにだけは座標ログを渡すわよ。それと、念のためにアナタにも・・・あとで伝えるわ」
 モンタギューが何をするか解らないが、カル・スの邪魔だけはしないだろう。これといって確信があるわけではないが、何故かそう思えた。
「あたしも見てみたいしね。その次なる生命体とか言うヤツ」
 そう言って、スゥは軽くZER0の背中を叩いた。
 背中を押され、ZER0は歩き出した。エリの元へと。
「オスト博士とモンタギュー博士・・・か」
 歩き出したZER0の背中を見つめながら、スゥが呟いた。
「あーあ。まったく科学者の考える事ってのは訳が判らないわ」
 両手を高々と頭上に上げ背伸びをしながら、スゥは振り返り同行者である二人のアンドロイドへ向き直った。
「行こうか」
 ここからは、ZER0とエリのプライベート。三人は静かに、その場を後にした。

「ご苦労だった、ルピカ女史」
 チーフルームにて、ナターシャは一人の「使者」に労いの言葉をかけていた。
「・・・どーいう事か説明しなさいよ」
 労いも嫌味にしか聞こえないルピカは、単刀直入に問いただした。
「あんなおっかないアンドロイドと一緒に行けって・・・何を企んでたのよ!」
 強い口調のルピカに対し、氷のナターシャは二つ名の通り涼しげな顔で平然と答える。
「指示通りの意味だが?」
 そんなわけはない。ルピカはチーフを睨み付け、頬を膨らませた。
 ZER0とエリを連れ戻せ。そう指令したチーフだったが、結果連れ戻せなかったルピカに対し、指令の件には全く触れないのだ。それをおかしいと思うのは当然だろう。
「そうむくれるな・・・少なくとも、収穫はあったのだからな」
 むくれるルピカに、チーフは言う。
「MOTHER計画・・・その一端を、君は見ておく「義務」と「権利」がある。貴重な体験が出来ただけでも良しとすべきではないかね?」
 意図が見えた。初めからこれが目的だったのだ。
 してやられた。ルピカは膨らました頬を更に膨らませ、怒りを強調した。
「いっとくけど・・・私はアンタの部下になった覚えも、ましてZER0の部下になった覚えもないんだからね。私のボスは私! 覚えときなさいよ!」
 小柄な体で精一杯足音を立てさせながら、ルピカは部屋を出て行った。
「・・・順調に進んでいる。何も・・・問題はない・・・」
 氷の仮面が、苦笑いによって僅かに歪んだ。

「あ。ZER0さん!」
 なんと声をかけようかと悩みながら近づいてきたZER0に、エリの方から声をかけてきた。
 ZER0は黙って、エリの側に立ち海を見つめた。エリもまた、視線を海へ戻した。
「すごぉく格好つけちゃいました・・・フフッ」
 おどけ気味に、エリが口を開いた。
 どんな顔をしているのだろうか。ZER0は海を見るばかりでエリの顔を直視出来ない。だが耳だけはしっかりとエリの言葉を捕らえている。
「・・・こういうとこダメなんですよね・・・私」
 カルの為に、精一杯強がったエリ。それを「ダメ」とは思えない。
 しかし強がる事は自分に対し「嘘」をついている事にもなる。それがエリには、「ダメ」な所だと思えて仕方がなかった。
「本当はちょっと泣きたかったりしますけど・・・でも大丈夫・・・」
 そして今も、エリは強がっている。
 ちょっと? そんなわけはない。
 これ以上、ZER0に迷惑はかけられない。エリはなおも強がりを続けいる。それをZER0は判っていたが、懸命に強がっているエリに、泣いて良いよとは切り出せなかった。
「私達・・・この星でどうなっちゃうんでしょう・・・」
 星空を見上げながら、ぽつりとエリが漏らした言葉。
 どうなるのか・・・それは、これからのエリ・・・カル・スと別れたエリと、そして眠りについたカルの事を指している。
「ねえ、ZER0さん。私がどうしてパイオニア2に乗ったのか知りたいですか?」
 唐突に、エリはZER0に向き直りここまでの事とはなんの脈絡もない事を尋ねた。
 知りたいか、というよりは聞いて欲しい。言葉の真意はそう語っている。
 証拠に、エリはZER0の返答を待たずに語り始めた。
「・・・私、小さい頃から英雄って存在に憧れてたんです。レッドリング・リコ・・・彼女みたいになってみたかった」
 誰もが憧れる英雄。エリも又、ごく普通にかの赤い輪のリコに憧れていた。
 先ほどまで、その憧れの英雄が傍にいたとも気付かずに。
「自分の力で何かを変えることが出来る存在・・・でも、私じゃちょっとムリみたい」
 結局見守る事しかできなかった。エリはカルに何もしてあげられなかった自分の無力さに、虚しさを感じていた。
 しばし、沈黙が続く。
「・・・えーと」
 その気まずい沈黙を、エリ自ら打ち破り話を続けた。
「・・・でも、なんとなくわかるんです。英雄もいつか消えては・・・また生まれてくるんだと思うんです」
 噂でしか知らないが、リコは今行方不明だとエリは聞いている。あの英雄ですら、失踪してしまう時代。しかしそれでも、エリはリコに代わる新たな英雄が生まれると信じている。
「それこそ! 可能性や希望みたいに・・・」
 英雄を見る人々の目は、憧れと、そして希望に満ちあふれている。
 リコは、人々の憧れであり希望だった。
 全く未知の土地である惑星ラグオルに降り立つ英雄リコは、パイオニア1の人々にとって、そしてこれからラグオルに降り立とうとしていたパイオニア2の人々にとって、不安を一蹴してくれる存在だった。
 しかしリコは、いない。少なくとも、極一部の人々を除けば、リコはもういないと思っている。
 それはつまり、希望という光を失ったに等しい。
「今は真っ暗闇で何も見えないのかもしれないけど・・・次の英雄と呼ばれる人だってもう生まれてるかもしれない」
 リコを失い暗闇に立たされた人々。彼らは次の光・・・英雄を求めている。
 エリは、その光がもう生まれていると、宣言した。
「・・・あなたを見てるとそう思えるんです」
 エリの瞳に映るZER0は、まさに英雄だった。
 よせよと、照れ隠しにZER0は笑って否定したかった。しかしそんな雰囲気でもない。何も答えぬまま、ZER0はエリの話を聞き続けた。
「ラボに入る前に初めてカルに会った時だって・・・ZER0さんが傍にいてくれたから・・・あの時は彼を助けてあげることも出来たし・・・私、ここまで頑張れたんだと思います」
 藁をもすがる思いで、ハンターズギルドに依頼を出したエリ。もしかしたら、誰も依頼を引き受けてくれないのではとさえ思えた時に、現れたのは・・・英雄だった。
 そして再び難題に直面したエリが頼り、そして導いてくれたのも、やはり英雄だった。
 世間は彼を軟派師と呼ぶ。だがエリにとって、彼はリコに代わる・・・いや、リコ以上の英雄だった。
「・・・今までありがとう・・・それと・・・これからもどうぞよろしく。ハンターZER0!」
 精一杯の礼と、精一杯の笑顔。英雄はそれに、笑顔で答えた。
 その英雄が、エリには僅かにぼやけて見えてきた。
「あれ・・・おかしいな」
 英雄を見つめる瞳から、流れ落ちた一滴の雫。
 その雫は、後から後からあふれ出し、一向に止まる気配がない。
「・・・変ですよね、なんだか寂しくなっちゃって」
 もう、全て流し終えたと思っていたエリ。だが、まだ全てを流しきってはいなかった。
 強がりという防波堤にも、限界がある。
 ZER0は黙って、エリの顔を胸元に、少し強引に引き寄せた。
「・・・もう少しだけ・・・」
 月と星の瞬き。それを乱反射する海面の煌めき。それだけが、二人を照らし見つめていた。

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