novel

No.15 心の座〜戸惑う心〜

「ちっくしぉ・・・なんだよ、あれ。卑怯じゃねえかよ・・・」
 ぶつぶつと、愚痴る男が一人。
「そのくらいにしとけ、相棒。何したってOKってのがルールなんだからよ」
 それを宥める男が一人。このやりとりは、もう何回と繰り返されている。
「どっちにしたって、あの爆発に巻き込まれていたら終わりだったんだ。ま、運がなかったと諦めるんだな」
 ラボの適合試験。既にD−Hzのメンバーとして合格しているアッシュとバーニィであったが、チームリーダーの勧めで修行がてら参加する事になった二人。その為失格しても痛手は全くないからか、バーニィはさして失格した事など気にもとめていない。むしろ訳の判らない爆発事故に巻き込まれなかった事を幸運にすら思っている。
「その爆発だってさ、なんだかよくわかんねぇし。アレがなかったらあんな所で終わらなかったんだぜ?」
 宥められてもまだ愚痴を止めないアッシュに、バーニィは大きく溜息を吐き出した後に言い聞かせた。
「あのなぁ、相棒。事故だトラブルだってのは、ハンターやってりゃ必ずついて回るもんだ。それをどう回避し乗り越えるかってのも実力のうちだぜ?」
 ポンポンとアッシュ頭を叩きながら、バーニィは続けた。
「それが出来なかったのは俺達の力が足りなかったからだ。いいか? 起きちまった事を愚痴ったって、取り返しは付かないし事態が変わるわけでもねぇ。反省こそしても別の何かに責任をなすり付けてどーにかなるもんでもねぇだろ」
 諭すように語るバーニィが気に入らないのか、アッシュは頭に乗せられたバーニィの手を叩くように払いのけた。
「判ってるよ、そんな事・・・」
 いーや、判ってない。そうは思ったが、これ以上あおっても仕方ないとバーニィは口をつぐんだ。
「とりあえず、ノルちゃんのとこに行ってみよう。一体何が起きたのかくらい知る権利はあるだろ」
 知った上で又愚痴られそうだが、自分も気になる。バーニィはぶつぶつまだ何かを言っているアッシュを引き連れ、チーフルームへと歩いていった。
「・・・おいおい、どーしちゃったのよ」
 訪れたチーフルームは、喧噪という戦場化にあった。
 慌ただしく人が行き交い、悲鳴に近い近況報告があちこちから聞こえる。
 何かあった。それはあの爆発が起きた時に感じていた。一介のフォースが、あんな爆発を起こせるとはとても思えない。つまりは何らかのトラブルが起きたと、それは感じていた。
 そもそも、あのフォースは何者だ?
 場の異常な空気に当てられ、さしものバーニィも混乱しそうになる。深く考えれば考える程、おかしな事が多すぎる。
「ノルちゃん、一体何が起きたんだ?」
 自分では、努めて冷静に声をかけたつもりでいた。しかし、語尾が僅かに荒くなるのを抑えられなかった。
「私に聞かれても、判るわけ無いでしょ!」
 お互い、得も知れぬ自体に動揺していた。それが強い口調になって吐き出される。
「・・・ごめんなさい、ちょっと・・・とにかく、今こんな状況でしょ? 私にも何がどうなってるのか判らなくて・・・」
 吐き出した事で、少しだけ冷静になれる。口にしてしまった事を謝罪しながら、しかしその内容は先ほどと大して変わらない。
「いや、こっちこそすまない・・・とりあえず、判る範囲で良いから教えてくれないか?」
 フェミニストとまでは行かないが、女性を苛つかせ、あまつさえ謝罪させてしまった事はバーニィの胸を締め付けた。それでも、現状を把握しておきたい。その思いが優先していた。
 何故ならば、この状況下で我らがリーダーはまだ戻ってきていないのだから。
「VRフィールド内において、高出力反応を検知。VRフィールドはラボのアクセスを拒否し制御不能に陥った地域も発生。VRフィールドは徐々に崩壊が始まっており、現在の管理体制ではVR試験中のハンターズに対し、安全を確保できない恐れがあり・・・これが担当技術者からのアナウンスで、試験中のハンターズにも通達された内容よ」
 ディスプレイに映し出された通達記録を読み上げるノル。坦々とそれを読み上げようと勤めていたのだろうが、微かに声が震えている。
 では、ZER0はどうなる?
 反射的にそう尋ね返しそうになったのを、二人は堪えた。鈍感なアッシュですら、今それを口にして尋ねる状況ではない事を察した。
 小刻みに震える唇。モニターの上に置かれた手が強く握りしめられ、やはり小刻みに震えている。
 誰よりもZER0の身を案じているのは、他ならぬノル自身だ。この通達記録も本当なら読み上げたくもなかったはずだ。声に出して読み上げた事で、不安が更に彼女の心を締め上げていくのだから。
「・・・なに、あいつなら大丈夫さ。「運」だけなら人一倍高いからな。それに・・・」
 精一杯のジョークを、バーニィは披露する。
「あの軟派師が、こんなカワイイ彼女を置いていくわけ無いだろ?」
 こくりと、ノルは軽く頷いた。
 今は信じるしかない。
 信じる物は彼の強さか、運か、それとも女性に対する執着心か・・・。
 何でも良い。ただひたすらに、ノルはZER0の無事を祈った。

 舞台は、神殿から宇宙船へと移った。
(さて、今のところ変わりはないようだが・・・)
 先ほどまでいた神殿エリアから、逃げ込むように辿り着いた宇宙船エリア。まずは一難去ったところだが、また一難・・・と続くのだろうか?
「第2エリアの状況説明をいたします」
 状況を一番把握しているだろうラボのオペレータより、エリア全体に通信が成された。
「次のFINALエリアに進むには、IDが3つ必要になります。現在、このフィールド上には勝ち残ったチームの中から、他のチームのIDを奪取していない3組が同時に設定されました。つまり、現在各チームは自分達のIDを1つしか持っていません。」
 不具合の報告はなく、試験の内容だけがアナウンスされる。
 試験に集中させる為だろうか? それとも試験中のハンター達には明かせない「何か」があるのだろうか?
 いずれにせよ、試験は続いており、そしてそれをきちんとクリアしていかなければならない。それだけは明確に判っている事。
「よって、3つのIDを総取りしたチームだけが、ゴルドラゴンが待つ次のエリアへと進む事が出来ます。IDの収得に際しての手段は問いません」
 どうやらここでの試験は、ハンター同士のつぶし合いがメインになりそうだ。
 謎だらけのトラブルばかり気にしていても始まらない。気持ちを切り替え、今は試験に合格しエリの依頼を達成させる事に集中しなければ。
「では、第2エリアでの試験を開始して下さい」
 三組のつぶし合いが、アナウンスという号砲によって始まった。
「よし、行くよエリちゃん」
「はい!」

 手にしたハンドガンを更にぎゅっと固く握りしめなおし、エリはZER0の背中を追った。
 先ほどまでは、ハンター同士の衝突があっても回避できた。実際早い段階で出会った軍人二人との衝突は回避できた。いや、回避「した」と言うべきか。ともかく、相手と争うかどうかは選択する余地があった。
 しかし、今後からはその余地がない。
 相手がどのような者達であれ、争い、IDを奪う必要がある。試験に合格する為には。
 何者だろうと、エリを守り勝利しなければ。ZER0も刀を握る手が強くなっている事を自覚していた。
「このフィールドもさっきの影響を受けているんでしょうか?」
 最初に飛び込んだ部屋の様子を見渡しながら、エリが呟いた。
「ところどころでなにか不具合が発生してる箇所があるみたいです」
 見ると、電流がハッキリと見える形でバチバチと火花を散らしながら、まるで落雷の帯が消えずに流れ続けているかのようにそそり立っている。
 さらに時折、床を滑るように小さな炎が迫り、足下近くで爆発している。慌てて巻き込まれないように飛び退いた為に被害はなかったが、直撃すれば何らかのダメージは被っただろう。
「ダメージを受けないよう気を付けて下さい!」
 エリの言う通り、気を付けないと思わぬ所でダメージを受けてしまう。
 この宇宙船ステージでも、先ほどまでいた神殿と同じような「影響」を受けているのは間違いなさそうだ。
(問題はそれよりも・・・)
 ざっと見回しただけでも判る異変。ZER0はそちらの方が気になった。
「コンピュータが破壊されてますね・・・」
 エリも周囲の異変・・・既に起きている「影響」の異変とは明らかに違う物に気付いた。
 何台か設置されているコンピュータ端末が、破壊され黒い煙を上げている。
 これも「影響」による仕業なのだろうか?
「誰かがいたのかしら・・・?」
 いや、エリが指摘する通り誰か居たと考える方が自然だ。
「ずいぶん荒っぽい人たちみたいですけど・・・」
 銃弾の跡にセイバーか何かで切り裂かれた跡。これは今も周囲でバチバチ鳴り響いている電流や地を這う火の手によって破壊されたとはとても思えない傷跡だ。
 無類のメカフェチであるエリは、コンピュータの端末が無惨に破壊されている事に苛立っているようだが、ZER0はそれだけではない問題点を考慮していた。
 問題は三つ。
 まず、誰がこのような事をしたのか。これは形跡からしてここにハンターが一組いた事に間違いなさそうだ。
 次に、何故このような事をしたのか。これは今結論を出せる状況にはなさそうなので、保留する。
 最後に・・・これが一番の問題なのだが・・・。
(ここにいたハンター達が、何処に行ったか・・・だ)
 この部屋には、出入り口が二つある。片方はZER0達が今し方入ってきた扉。もう一方は、反対側に設置されている。
 順当に考えれば、ここにいたハンター達は反対側の扉から部屋を出たと考えられる。
(ま、順当に考えればな・・・)
 ちりちりと、頭の片隅で何かが脳を刺激する。
 何か、引っかかる。
「とにかく先を急ごう、エリちゃん」
 ZER0はまず、エリをせかした。
「あっ、はい!」
 エリも色々と考え込んでいたのだろう。ZER0の声で我に返ったかのようにハッと顔を上げ答えた。
 そしてエリは、足早に部屋を出て行く。
 たった一人で。
「!!!」
 刹那、エリの後ろで扉が急に閉まり自動ロックがかかる。
 分断された。エリは部屋の外に出て行ったが、ZER0はまだ部屋の中。
「ZER0さん! 大丈夫ですか!?」
 エリの問いかけに、ZER0は答える事が出来なかった。
 答える隙を作れなかった、と言うべきか。
「ラボからの通達はあったわよね? 手段は問わない、って」
 どこから現れたのか、一組のハンター・・・長刀を持った女性ハンターと散弾銃を持った男のレンジャーがZER0の目の前に現れた。
 不敵な笑みを浮かべ、勝ち誇ったかのように女性がZER0に語りかけてきた。
「ちょっと油断しすぎなんじゃない?」
 つり上げた口元が、ZER0を小馬鹿にしている事を伺わせる。
「・・・数の上で敵より勝る。これ、兵法の常套手段」
 同じく、男も講釈をたれるかのように兵法を語りZER0をバカにしている。
 兵法も知らない二流ハンターはこれだから、とでも言いたいのだろう。
「ここは戦場だ。悪く思う・・・」
 ゆったりと散弾銃を構え直そうとしながら、男は前口上を続けていた。
 しかし、ZER0は前口上が終わるのを待たず、瞬時に男の懐へと詰めていった。
「バカな・・・!」
 ZAN!
 一閃。
 一太刀で、まずレンジャーを片づける。
「・・・先手必勝。これ、兵法の常套手段」
 男の前口上にあった言葉を真似、小馬鹿にするZER0。
「ちょっ、卑怯な!」
 前口上を待たずに斬り掛かる。確かに、卑怯な手法に思える行為だ。
「ラボからの通達はあっただろ? 手段は問わない、って」
 だが、待ち伏せし相手を分断するやり方はどうだ?
 何をもって卑怯とし、何を正当とするか。所詮、それは個人的立場と考え方でいくらでも変わる。
 倒れた男が口にしかけた言葉・・・ここは戦場だ。それを考えれば、自ずと答えは見えるというものだ。
 男を斬り伏せたZER0は、すかさず女性ハンターにも斬り掛かったが、既に不意打ちの効果はなく、一太刀で決着を付けるには至らなかった。
 だが、勝負はもう見えていた。
 仲間が一瞬にして倒れた事に、動揺を隠せない女性ハンター。軟派師と呼ばれるZER0だが、この隙を逃す程女性に甘くはない。
「ちょっと油断しすぎなんじゃない?」
 ここもわざと相手の言葉をオウム返しにし、ZER0はこれを相手に捧げる最後の言葉にした。
「そんな・・・私が・・・」
 策士策に溺れるとは、この事か。
 ZER0は待ち伏せがある事をあらかじめ予期していた。
 ここに居たであろうハンター達が、何処に向かったのか。その答えを「ここに隠れている」とZER0は答えを出していた。
 先に進み待ち伏せるという事も考えられた。しかし既にこの部屋の先を見てきているならともかく、彼女らも又宇宙船での試験をスタートさせたばかり。先に進んだところでエネミーや残ったもう一組のハンターと鉢合わせてしまっては待ち伏せどころではなくなる。後から来たZER0達にそこを突かれれる危険性だって考えるだろう。
 もちろん、待ち伏せなど考えもせずに進んでいった事も考えられる。そもそも彼らが扉を操作できるかどうかなどまでは判らなかった。だからこそ、まずエリを部屋の外に出し、何事もなければすぐに追いつけば良いと、ZER0は考えていた。
 そして結果は、ZER0の答え通り。
「いやはや・・・かの機神様から、ボディーガードの手ほどきを受けてたのが役に立ったね」
 少し訂正しよう。ZER0はそこまで思慮深い男ではない。教わった事のあるマニュアルにアレンジを加えただけの事なのだ。
 ただ、それをきちんと実行できる事と状況によって変化を付ける事が出来るのは、それ相応の腕と知識と経験が必要。そこを言えばZER0はたいした男なのだと言うべきだろう。
 幾百幾万とあるパターンとシチュエーション、そして遭遇した時にやるべき行動と対策。それらをかつての親友に叩き込まれていたZER0は、もう直接礼を述べられないその親友に感謝していた。
「大丈夫ですか? ZER0さん!」
 倒したハンター達からIDを奪い、閉められていた扉が開いた。と同時に、エリが駆け込んできた。
 思えば、倒した策士が策に溺れたのは満身からであったが、もう一つあるとすれば、彼らが気付かなかったZER0の弱点を活用できなかった事だろう。
 エリが戦場に残らなかったのが、ZER0にとって助けとなっていた事。彼女を守りながらでは、あそこまで素早く対応できたかどうか。
 数の上で敵より勝るのは、確かに兵法の常套手段だが、頭数がそのまま足し算になるとは限らない。消えていったハンター達は、それを学び取る事が出来ただろうか。
「なーに、心配ないさ。とりあえずこれでIDをゲット。後一つ・・・」
 泣き出しそうなエリを宥めようと、笑顔で彼女を迎え軽口を叩くZER0。しかし彼の言葉は途切れた。
「引き返せ!」
 またしても、不意に声がかけられた。
 新手のハンターか?
「・・・え?」
 エリが驚きの声を上げる。
 だが、身体は固まったまま。
「まさか・・・?」
 何か、エリには何か、この声に思うところがあるのだろうか。驚きと共に戸惑いが、彼女の身体を縛り付けている。
 エリの後方。先ほどまでエリがZER0と離され立っていた通路。そこに、一人の見慣れぬフォースが立っている。
 真っ白なフォース特有の衣装。そして服同様に、まるで女性かと見紛うばかりに透き通った白い肌。そんな中にある真っ赤な瞳がより際立っている。色の印象も相まってか、鋭く射抜くような視線がこちらに向けられている。
 エリは強張った身体をゆっくりと反転させ、フォースと対面した。
 彼女に、驚いた様子はない。いや、彼女は既に、何かに驚いている。ただ、フォースの容姿には、特に何の反応も示さなかっただけ。
「この声、あなた・・・」
 彼女にとって、重要なファクターは声。
「カル!?」
「は? なんだって!?」

 エリが導き出した答えに、間の抜けたを思わず上げてしまったZER0。
 カル。彼女がそう呼ぶのは、たった一人。いや、「一人」という呼び方は正しくないはずだが・・・。
 カル・ス。彼女が「カル」と愛称で呼ぶのは、彼の事。ただ、彼はフォースでも、ましてや「人」でもなく・・・現在はラボのメインを任されたコンピュータの名。
 耳を疑った。何故エリは眼前のフォースをカルなどと呼ぶのか。
 カル・スは、彼女にとって特別な存在だ。人か否かという事を問わなければ、彼女にとってカルは最も愛しい存在。そんな彼の名を、どうしてこのフォースに・・・様子からして、初めて出会ったであろう相手に対して呼びかけたのか。
「もう一度言う。すぐに引き返したまえ」
 エリの驚きと戸惑いをよそに、カルと呼ばれたフォースは事務的に言葉を繰り返した。
「カル?」
 その言葉と態度が信じられない。エリは愛しき名を再度口にし、それを質問とした。
「キミたちの存在は、我々にとって危険だ」
 返答は、あまりにも冷たい。
 そしてこの返答は、エリにとって答えになっていない。
 彼はまだ、自分が何者なのかを答えていない。ただ、拒絶の意を示しただけに過ぎない。
 そしてエリにとって、彼が何者かを名乗る事は重要ではない。何故ならば、彼女はフォースをカルだと信じているから。
 しかし、そのカルが自分を拒絶している事が信じられない。
 答えを得られぬエリは、問いつめようとでも思ったのだろうか、切羽詰まりながらフォースの元へと駆けだしていく。
「待ってエリちゃん!」
 ZER0の制止も、耳に、心に、届かない。
 だが、彼女は足を止める事になる。
 駆けだしたエリのすぐ脇を、青白い炎が地を駆けるように通り過ぎたから。
 その炎は、愛しき人・・・とエリが信じていたフォースから放たれた。
 呆然とするエリ。それを尻目に、フォースは現れた時同様、忽然と姿を消した。
「どうして・・・」
 決定的な拒絶。それをまだ受け入れられないエリ。
 さて、どうしたものか。エリを気遣いながら、ZER0は考え始めた。
 彼女を落ち着かせ、まずはこの試験に合格させる事。それは当然果たさねばならない。
 それとは別に、また色々と考えなければならない事も増えた。
 あのフォースは何者なのか。そして、何故エリは彼をカルだと思いこんだのか。
 そもそも、エリは何故この試験に合格したいと願うのか。
(そういや、このヴァーチャルって・・・)
 ZER0は、一つ気付いた事がある。
 この試験会場となっている場所。ヴァーチャルルームはラボのメインコンピュータであるカル・スの演算によって生み出されているという事に。
 そうすると、繋がる部分もある。
 あのフォースも、カル・スの生み出したヴァーチャルだとするならば・・・彼をエリがカルと呼ぶ事に頷ける。
 だが、そのカルがエリを拒絶する理由が判らない。
 そもそも、あのフォースが「キミたち」とこちらを複数で呼び、「我々」と自分をも複数で呼んだ事が引っかかる。
 そして、一見無関係かと思っていた、現在も進行している非常事態。これがヴァーチャルルームを司るカル・スに何らかの悪影響があったが為と考えれば・・・色々な物が繋がるように思えてくるが、しかしハッキリとした物は一切見えてこない。
「とにかく、先に行ってみよう。なに、立ち止まるより進んだ方が、色々と判る事も多いと思うぜ?」
 そうだ。今は立ち止まり答えのでない推測を立てている暇など無い。
 勝手な推測では、エリのこじ開けられた心の隙間を埋める手助けにはならない。
 進み、真実に近づく。それがZER0に出来る唯一の、エリに対する慰めだった。

 ラボでは相変わらず、原因不明のトラブル対応に追われ躍起になっている。
 神殿の時よりは危険性が低下したようで、若干落ち着きを取り戻しつつあるが、しかし所員が皆無事に試験が終わるようにと祈りつつモニターを眺めているのに変わりはない。
 そんなラボのチーフルームから少し離れた場所。ラボ所員が息をのみながら見ている試験の様子を、別のモニターで見ている二人が居た。
「やるようになった・・・」
 アンドロイドが呟くように、モニターの向こう・・・ZER0の手腕を褒め称えた。
「だが、まだ「豪刀」の領域にはほど遠いか。クックックッ・・・さて、奴が何処まで腕を上げるのか・・・」
 ZER0が強くなるのを望んでいる。だが、その望みがはたして本人を思っての事か・・・アンドロイドのスピーカーから漏れる笑い声が、静寂に包まれていた部屋に染み渡っていく。
「実際、どうなのだ? お前は「間近で」監視していたのだろう?」
 同じくモニターを見つめている女性に、アンドロイドは問いかけた。
 だが、返事は返ってこない。ただ女性がアンドロイドを一瞥しただけで終わった。
「・・・まあいい。相変わらず、他人に興味を示さない女だな」
 相手の強さにばかり興味を示すのもいかがなものか。女は胸中で愚痴を吐いた。
「さて・・・「氷」の女が言う計画通りに、「奴」があいつらの前に姿を現したわけだが・・・」
 チラリと、隣にいた女に目をやる。だが、言葉にも映像にも、女は反応を全く示さなかった。
 特に何かを期待していたわけではない。とはいえ、何も反応がないのは面白味に欠ける。
 面白味と言えば・・・今度は声にする事はなかったが、アンドロイドは軽く笑っていた。
 この女の正体を知った時、あの「未来の豪刀」はどういった反応を示すのか・・・。
 モニターの向こうでエネミーをあしらう男と、隣にいる女・・・少女と言うべきか・・・その彼女とをもう一度見定め、アンドロイドは変わらぬ表情で一人ほくそ笑んだ。

 先ほどのハンター達が何故コンピュータを手当たり次第に破壊したのか、その理由が判った。
 どうやら、不具合の影響でコンピュータが上手く作動しないようだ。これは憶測だが、ドアのロックをあのハンター達が行えたのは偶然の産物なのだろう。だからこそ、その場しのぎの待ち伏せ作戦を決行したのではないか・・・既にどうでも良い事だが、ZER0はそう考えた。
 今問題なのは、エリですら手こずる壊れたコンピュータ。どうやら、アクセスそのものを受け付けないらしく、本職であるエリもお手上げのようだ。
 となれば、方法は一つしかない。
 ZER0は目の前の端末を、一刀両断した。
 案の定、端末が破壊された事で道は開かれた。ただ・・・
「でも!ちょっと可愛そうです」
 と、しばらくエリの非難を受ける事にはなったが。

「まぁったく、出口を見つけるのも一苦労かよ。フィールドの不具合なんて冗談じゃないぜ」
 愚痴る一人のレンジャー。宇宙船エリアに同時配置された、残りチームの一人。
「グズグズしてたら、オレ達の命に関わっちまわあ」
 本来被る必要のないトラブルに愚痴りながら、しかし慎重にあたりを警戒している。
 探しているのは出口だけではない。合格条件であるIDを集める為、残ったハンターチームも探しているのだ。
 ラボの放送により、二チームが争い片方が失格したのを聞いている。これで自分達が残った方を片づければまさに漁夫の利。一度の戦闘でIDを一気にそろえられる。
 とはいえ、美味しい事ばかりではない。
 少なくとも片方のハンターチームを退けたチームだ。つまり強い方のチームが残ったのだから、油断は出来ない。
 そうして、愚痴りながらも慎重な足取りで警戒していたのが功を奏した。とうとう相手チームを発見したのだ。しかも相手に気付かれずに。
「おい! 様子はどうだ」
 ちょうどその時、レンジャーにとっての相棒であるハンターが、少し離れた部屋の入り口付近から声をかけてきた。
 さして大きな声ではなかったが、これで相手に気付かれては困る。出来る限り足を忍ばせながら、そそくさと相棒の待つ入り口へと急いだ。
「・・・しかし。合格するためとはいえ、他のハンターズを手にかけるのは気がとがめるものだな・・・ん? どうした?」
 彼も又愚痴をこぼしていたが、慌てる相棒の姿を目にし、表情を強張らせる。
「獲物だ! 獲物が来たぜ!」
 マスクをしたレンジャーの表情は判らないが、声色は興奮を表している。
「やむなし・・・か」
 反対に、ハンターは落胆の色を声に交え、大きく溜息をつく。
「さっきの手筈通りだ。準備に掛かるぞ!」
 気がとがめても、やるべき事はしなければならない。
 既に打ち合わせた作戦を遂行すべく、二人は分かれた。

 もう何部屋目だろうか。作り出されたエネミーを退けつつ進行していたZER0達は、新たに踏み入れた部屋で仁王立ちし待ちかまえているハンターに出会った。
「君もここまで生き残ったか」
 見ると、両の手にはそれぞれ剣が握られている。ZER0と同じ二刀流の使い手のようだ。
 そこで親近感を持ったわけではないが、堂々とした態度に僅かばかり感心しながらも、警戒を怠らず近づいた。
「試験とはいえ恨みも無い同士戦うのは実につらいものだな」
 さも残念だと目を伏せ、溜息をつくハンター。
 戦闘の意思がない、とでも言いたいのか? いや、そんなはずはない。ZER0は目の前のハンターを充分に警戒し、言葉を待った。
「IDを渡してくれ、無駄な争いはしたくない」
 ほら、見た事か。ZER0はおもわず苦笑した。
「ぬけぬけとまぁ・・・よくそんな事が言えるな」
 台詞のやりとりだけを見れば、まるでこちらが悪役のようだ。それも可笑しかったのか、ZER0はまた苦笑を漏らした。
「・・・やはり素直に渡す気はないか。当然の選択だ・・・やむを得んな」
 まるで時代劇かと思わせる程にわざとらしく長い前置きだ。
 そう、だからすぐに気付くべきだった。この前置き自体が罠だという事に。
「ではこんな状況ならばどうする?」
 後方から、足音。
 振り返ると、エリが銃口を向けられ動けなくなっている。
 やられた。単純な罠と単純なミスで、エリを人質に取られるとは・・・。相手が一人しかいない事をもっと疑うべきだった。今更後悔しても、この状況は変わらない。
 自分達が進んできた道には、誰もいなかった。誰かが隠れていた様子もなかった。おそらく、ZER0の眼前にいるハンターが口で足止めしている隙に、エリに銃口を向けているレンジャーが回り込むようにして自分達の後ろへと忍び寄ったのだろう。
 別のハンターを相手にしている間に、彼らは周囲の状況を既に調べ把握していたに違いない。地の利に置いて、初めから不利に立たされていたのだ。
 ちょっと油断しすぎなんじゃない?
 別のハンターに言われ言い返した言葉が、ここに来て又直接脳へと言い放たれた。
「ZER0さん・・・ごめんなさい。わ、私・・・」
 震えている。悔しさと怖さから、エリは体と声を震わせながらZER0に謝罪した。
 ZER0はよく自分を守ってくれている。それなのに、背後から迫るレンジャーに気付かなかったという失態を犯した自分が許せなかった。
「おい、お嬢ちゃんよ。それ以上無駄口叩くんじゃねえ」
 両手に持った機関銃を軽く揺すり、脅しを駆けるレンジャー。
「おっと。変な気を起こすなよ? お前は大事な人質ってヤツなんだからよ!」
 震える女性に、たたみ掛けるよう念を押す。
 見るからに、彼女はハンターではない。それはレンジャーには判っていた。だからこそ、こうした素人は急に何かをしでかす可能性がある。念は強く何度でも押しておいて損はないだろうとレンジャーは考えていた。
「交換条件だ・・・彼女が大切なら君たちが持つIDを渡してくれ」
 再度、無茶な要求を口にするハンター。ZER0は再び彼へ顔を向け、睨み付けた。
「フィールドシステムにも不具合が出始めている。強制的に失格となれば現実の彼女の体にも影響が出るかもしれんぞ・・・?」
 確かに、卑劣なハンターの言う通りだ。
 しかしそれ以前に、エリを失格させる訳にはいかない。自分一人だけ合格しては意味が無い以上、ハンターの脅しとは関係なく窮地に立たされているのは間違いない。
 さて、どうする・・・頭に詰め込んだ知識と経験を猛スピードでかき集め、対策を練ろうと必死になった。
 だが、その脳内作業は一言で中断させられた。
「やめて、ZER0さん!」
 エリが叫んだ。
「IDを渡すくらいなら私・・・」
 どのような形であれ、失格するという選択は彼女に出来ない。しかもIDを自ら渡し、自ら可能性を断ち切るなど・・・無茶は承知しているが、感情が叫ぶ声を止められなかった。
「・・・よぉ、偽善者の兄ちゃん」
 ZER0は賭に出た。上手くいけば二人とも無事にこの状況を脱する事が出来るだろうが・・・迷っている暇はない。ZER0は彼が「得意とする分野」で勝負に出た。
「ハンター同士の戦いが辛い? はっ、人質を取って言う台詞じゃあねぇなぁ」
 へらへらと失笑しながら、ZER0は更に侮辱を続ける。
「大方、その手にしている剣も木刀か何かだろ? 最近の木刀は光るんだなぁ、初めて知ったよ」
 相手が手にしているのは、アスカと呼ばれる二刀流の剣としては良質な剣。それをただ木刀呼ばわりしただけでは効果は無かっただろうが、ZER0には相手の剣を木刀と呼ぶだけの説得力がある。
「ま、お前さんじゃ「こういう得物」は扱えないだろうしな・・・ああすまない。ちったぁ残ってたプライドを傷つけちまったか?」
 まだだ、まだだ。遠目からでも相手の額に青筋が立っているのは判るが、まだ足りない。
「おっと失敬。プライドなんか初めから無いか。人質を取らないと勝てないような奴が、戦いたくないとか平気で言えるあたりで、プライドなんかありゃしなかったよな。いやぁ、悪い悪い」
 ぴしゃぴしゃと、手で自分の後頭部を叩きながらZER0はせせら笑った。
 これが決定打になった。
「おい! その娘を向こうへ連れて行け! いいか、手は出すんじゃないぞ!」
 荒い口調で、ハンターはレンジャーに命じた。
 上手くいった。ZER0はにやりと口元をゆがめずにはいられなかった。
「気が向かなかったがやむを得んな。私が君の相手になるとしよう」
 どうにか落ち着きを取り戻そうと、ハンターは努めて冷静に宣戦を布告する。だが真っ赤にした顔が心まで冷静になりきれていない事をありありと知らしめてている。
 言葉ぶりから、プライドの高い相手とZER0は見切っていた。だからこそ、あえて「プライド」という言葉を多分に用いて挑発してみせた。その結果がこれである。
「そういうことだお嬢ちゃん。さあ、一緒についてきてもらおうか」
 うんざりしたように、レンジャーはエリに命じた。
 くだらない挑発に乗るとは情けない。相棒の性格をよく知っているレンジャーは、半ば呆れながら変更された作戦に従う。
「ZER0さん・・・ごめんなさい」
 銃でせっつかれながらも、エリは迷惑をかけているZER0に謝罪した。
 それに対し、ZER0はウインク一つで答えた。
「無駄口叩いてるヒマがあったら・・・ほら、さっさと動け!」
 ここまで上手くいっていたはずなのに。相棒の失態と、相手のハンターが見せた余裕のウインクに腹を立て、その憤りを人質に向けたレンジャー。
「IDを渡しておけば良かったと後悔する事になるだろう」
 二人が部屋を出て行ったのを確認し、ハンターは身構えながら挑発した。
 戦いたくなかったのは本心である。けして自分の腕に自信がなかった訳ではない。むしろ自信は有り余る程に持っていた。
 相手を思うが故に、戦闘を回避し決着を付けたかった。その為の人質作戦だった。
 だが、それが通じるには無理がありすぎる。その事に気付かないのは思慮が足らないからなのか、自分の腕に絶対のプライドを持ちすぎた為なのか。
「剣士よ・・・お互い遺恨は残さぬよう正々堂々と勝負してくれ」
 それは無理な話だ。これ以上侮辱するのも気が引けたZER0は、口にはしなかったがハンターの言葉に胸中で言い返した。
 人質を取って、遺恨が残らぬようにとは虫が良すぎる。
 どうもこのハンター、思った以上に高いプライドを持っているようだ。自分の腕に対する絶対の自信と、自分の正義を貫こうとする姿勢。しかし自分の正義を為し得る為には人質を取る事もいとわない。
 温室育ちのハンターか。ZER0の嫌うタイプの人間だ。
「できれば戦いたくはなかったがな・・・」
 まだ言うか。挑発されたわけでもないのに、今度はZER0がいらついた。
 煮え切らない相手に、ZER0から太刀を振るった。
「勝負!」
 ZER0の一太刀を防ぎ、ハンターが開戦を宣言した。
 言うだけの事はある。ZER0は何度か刃を交えて確信した。
 確かに、実力はある。アスカを手にするだけの腕は確かに存在した。
 だが・・・プライドの高さに対し腕前はまだまだ。ZER0の刀捌きに追いつけないハンターは、負傷を積み重ね、ついには膝を曲げた。
「・・・私では相手にならなかったか・・・」
 プライドの高い者が負けを認めるのは、辛い事だろう。だがZER0は同情などしない。
 実力が全て。それがハンターズの世界だ。
 人質を取る事自体を、卑怯だとののしる気はない。それが許された試験なのだから。
 だが、プライドを振りかざすばかりで覚悟の一歩が踏み出せない者はハンターになる資格など無い。ましてあのガル・ダ・バル島に降りる資格など。
「悔しいが合格者にふさわしいのは私ではなく君のようだ。早くパートナーの所へ行くといい・・・間に合うといいが・・・」
 失格処分によりヴァーチャルルームから消えゆくハンターに言われるまでもなく、ZER0は駆けだしていた。
 手を出すな、とハンターはレンジャーに言っていた。プライドの高さから言わせた台詞だ。
 さて、それをレンジャーが守るかどうか・・・あの状況ではどうしようもなかったと言えばそうなのだが、エリと離された事が、結局最悪の事態にならなければいいが・・・焦りはやる気持ちを抱えZER0は走った。

「・・・ちっ、おとなしくしていれば痛い目に遭わずに済んだものを・・・」
 案の定、レンジャーはエリに手を出していた。
 レンジャーはエリを別室に連れ込み、大人しく二人の決着を待つつもりだった。がしかし、エリは隙を見て自分の汚名を返上しようと、躍起になった。
 レンジャーが自分から視線が外れたのを見計らい飛びかかり、銃を奪おうとした。だがひ弱な彼女ではどうにもならず、屈強なレンジャーはどうにかされるわけもなかった。
 気を失い倒れるエリと、レンジャー。部屋には二人きり。まだ決着が付いていないのか、もう二人がこちらの部屋に来る気配はない。
「ったく、予定狂いまくりだぜ・・・下手にプライド持ってる奴と付き合うとこれだからなあ・・・」
 どちらかと言えばガラの悪いレンジャーは、ハンターの作戦に全面的な賛成はしていなかった。しかし反対したところで受け入れる事など無いのは承知していた為、素直に従っていたに過ぎない。
「・・・だよなあ、なにもずっと従って無くても・・・」
 どちらが勝つにせよ、「今この時」まで拘束される必要はない。自然と、下卑た笑いがマスクの下で形成されていった。
 よく見れば、なかなかの美人ではないか。先ほどまで興奮していた為か、ほんのり頬を赤く染めた顔に、片側だけ露出した白い太股。レンジャーはごくりと生唾を飲み込んだ。
 相手は気絶している。自分が気絶させたのだが、あれは不可抗力。初めから狙っていたわけではない。
 そう、初めからこんな事をするつもりがあったわけではないのだ、などと自分に言い訳を聞かせながら、ゆっくりと近づき、膝を突いた。
 露わになっている右太股。細すぎず太すぎず、そして滑らかな程に白い肌。さわれば心地よい程の弾力があるだろう事を妄想しながら、男は手を伸ばした。
「エリ・・・!」
 突然、室内に声が轟いた。
 決着が付いたのか? 驚き振り返ると、そこには見慣れたハンターの姿も見慣れてはいないが見覚えのあるハンターの姿も無い。
 白い衣装に、倒れている女よりも白い肌を持ったフォース。緑の瞳が、きつく男を睨み付けている。
「・・・お前・・・すぐに彼女から離れるんだ」
 怒りを露わに、突然現れたフォースが叫んだ。
「ああ? 誰だお前は? いつの間に、ここに入って・・・」
 美味しいところを邪魔しやがって。男も怒りを露わにしながら立ち上がる。だが、その場を離れようとはしなかった。
「・・・彼女カラ離レロ!」
 すぐに離れない事に業を煮やしたのか、フォースは更に怒りを爆発させ、男に迫った。
「なっ・・・!?」
 フォースが男に触れたとたん、男の体を光が包み始めた。
 叫び声を上げようとする男。しかし声は発せられることなく、まるで吐き出したい声が内側に苦しみとなって逆流してくる。
「なっ・・・エリちゃん!」
 部屋に飛び込んできたのは、ZER0。目の前で起きている事態を瞬時には理解できない。
 解ったのは、光と共に何かが・・・レンジャーとフォースが消えていった事と、エリが倒れている事。
「エリちゃん、無事か! エリちゃん!」
 気絶している彼女を揺さぶり、必死に声をかける。
「・・・ル・・・カ・・・ル・・・」
 どうやら気絶していただけと知り、胸をなで下ろすZER0。
「ふぅ・・・良かった。大丈夫かい?」
 安堵の溜息を漏らすZER0の顔を見ながら、エリも安堵の笑顔を見せた。
「私・・・無事だったんですね・・・もうダメかと思ってました・・・ありがとう、ZER0さん」
 ZER0の手を借りながら立ち上がり、エリはそこでまた一呼吸置いて感謝の言葉を述べた。
「やっぱり、あなたにお願いして正解でした」
 自分の失態で、危うく失格になるところだった。それをZER0が機転・・・と言うべきかエリは僅かばかり戸惑ったが・・・機転を利かせ救い出してくれた。
 初めて出会った日、そしてオペレータとして見守り続けた日々。ZER0というハンターがいかに頼もしいかを彼女はよく知っていた。だからこそ彼に依頼したのだが、それが誤りではなかった事をここに来て改めて実感する。
(でも不思議・・・彼に会えたような気が・・・あの人が傍で守ってくれていたような・・・)
 状況から見て、救ってくれたのはZER0だと思う。彼以外誰もいないのだから。
 だが、別の誰か・・・エリが求めている「彼」が助けてくれた、そんな不確かだが彼女にとって確かだと信じたい事があったような気がしてならなかった。
「エリちゃん? 少し休むかい?」
 立ち上がってから惚けているエリを気遣い、ZER0が声をかける。
「あの・・・ぼうっとしててごめんなさい」
 自分が「彼」の事で頭を埋め尽くしていた事を僅かに照れながら、エリはまた謝罪の言葉を口にする。
「さっき会った人、ずっと探してた人に・・・声がすごく似てて・・・会ったこともない彼に・・・」
 随分と抽象的な「さっき」という言葉だが、この「さっき」が指し示す時間が何時なのか、ZER0には見当が付いていた。
 謎のフォース。白い服に白い肌、そして赤い瞳を携えたあのフォースの事だろう。
「ごめんなさい、ZER0さん」
 何度も謝っているな。自分でも自覚しながら、しかし謝らずにはいられなかった。
「私、あなたに黙っていた事があるんです」
 ここまで迷惑をかけていては、もう黙ってはいられない。意を決して、彼女は真の目的を口にし始めた。
「この試験に合格したいっていうのは、その・・・さっきの彼・・・カルからの頼みなんです」
 謎のフォースを、エリはカルと・・・カル・スだと、確信している。
 声が似ている以外に、何の根拠もない。だがエリは絶対の確信を持っている。
 そこを尋ねたいが、それは今聞く事ではない。ZER0は黙ってエリの説明を聞き続けた。
「私、ラボのシステムを操作中に・・・彼からのメッセージを受け取ったんです・・・短いメッセージでした」
 きゅっと、右手で左腕に取り付けられた端末・・・メインコンピュータ「カル・ス」へと繋がるオペレータ用の端末を握りながら、エリは言葉を続けた。
「VRフィールドで行われる選抜試験に合格して欲しい・・・それだけ」
 ここまでエリを突き動かすには、本当に短すぎるメッセージ。
 だが、彼女にはこれだけで充分だった。
「わかってるんです、バカみたいだって。ただのイタズラかもしれないし。合格したって、なにも・・・なにも起こらないかもしれない」
 涙ぐみながら、エリはどうしようもない己の胸中を明かした。
 バカみたいだと自覚しながら、それでもじっとしていられない自分。バカみたいだと自覚しながら、ZER0を巻き込んでしまった自分。
 何をやっているんだろう。自分を責める事もある。でも、どうしようもない。どうしても、どうしても・・会いたかった。
 彼に。
「それに彼は・・・私達とは違う・・・A・・・」
 言いかけて、言葉を止めた。
 言いかけた言葉が、興奮しきった彼女を急に冷静にさせた。
 判っていても、口にしたくなかった。
「えーと・・・ですね。ちょっと疲れたのかもしれません」
 ごまかしと照れが、不自然な言葉を紡ぎ出した。
 判っている。ZER0には、彼女が口にしたくなかった言葉を判っていた。だからこそ、気付かぬふりをするべきだろう。
「そうだね、やっぱり休んでいくか?」
 エリにも判っていた。ZER0が気を使ってくれている事ぐらい。
 彼のそんな優しさが、今のエリを支えていた。
 彼で良かった。エリは改めて実感した。
「大丈夫です! 頑張ります!」
 もう、止められない。
 ここまで来たんだ。エリは決意を新たに、この困難へ立ち向かう覚悟を決めた。
「IDも3つ全部集まったみたいですし。合格までもう少し!」
 条件はそろった。後はFINALステージ・・・ゴルドラゴンが待つエリアへと赴くだけ。
「この付近に次のエリアへの転送装置があるはず。そこへ向かいましょう!」
 彼は待っていてくれる。それを信じ、エリは駆けだした。
 何が待ち受けているのか、それは判らない。だが何が何でもエリの思いだけは守ってみせる。もうミスは犯さないとZER0は決意新たにエリと共に駆けだした。

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